分厚い雲に覆われた、少し灰色掛かった空が懐かしい。港と言うものは人々が行き交い、心の交流で賑わう。船員達は積荷の確認を始め、降ろす荷物、次に積む荷物の点検をしている。城下都市方面の方を見やると見張塔の頂点にはためく、エンシャントの旗印。正面の奥には、女神ライラネートを祀った神殿が一際映えている。『帰ってきたんだな』と言う実感が胸に湧き上がってきた。船が港に定着すると階段が架けられ、乗客達が次々と降り始める。
キャラック船の甲板から軽やかに跳躍し、船着場へと着地する一人の少女。カチャッと具足が音を鳴らすと、その場で大きな伸びと深呼吸。「はああ~~」栗色の滑らかな髪は後頭部の頂で結われ、馬の尾のように垂れ下がった髪は腰辺りまである。上半身を鳩尾辺りまで覆う、美しい青い鎧。腹部と脚部には防具が無く、ハイレグ状の下着のようなものしか履いていなく、かなり露出度が高い。その背には大きな鎌が背負われており、太陽の光が当たる度に鈍く輝く様を見れば、使い込まれた得物だと言う事がすぐに解る。あどけない笑顔を浮かべる少女の顔とは裏腹に、周囲の人々は怪訝そうな表情を浮かべ、特異の眼で見つめる。「ただいまエンシャント、お久しぶりディンガル」その場で二、三、地団駄を踏む。懐かしの地を踏みしめているのだ。「ほら、アンタも早く」少女は自分が降りた船のほうを向き、声を掛ける。すると、船上の一人の青年がその声に反応した。
銀色とも見て取れる、薄い水色の髪の毛。風が吹きつけ、太陽の光を受けると青年の髪はうっすらと青く煌いた。白銀の全身鎧に身を包み、その背には悪魔の角でも模したかのような、湾曲した巨大な両手剣。少女の大鎌同様に刃の部分が鈍く光っており、幾多の戦場を駆け抜けてきた事が見受けられた。「ちょっと待ってくださいよ、まだ僕達の荷物を受け取ってません」端整な顔立ちに、切れ長の眉、鋭い眼からは信じられないくらい穏やかな口調。はいよ、と船員が荷物を渡すと、青年はゆっくりとした足取りで船に架けられた階段を降りる。「ほらほら、生まれ育った大陸への凱旋だよ。何か感慨はない?」「ありませんよ」船員から渡された二人分の荷物を少女に手渡す。「つまんないね~ ちょっとは喜びなさいよ、生きてまたこの地を踏めたってことをさあ」扉をノックするかのように、青年の鎧の胸元をコンコンと叩く。「入ってますかー? もしもーし」青年が困ったかのような顔をすると、少女はさぞ愉快そうに微笑みながらノックを続ける。「ありー? 留守かな? 返事がないぞー?」「……カルラさん、次の船に乗る方達の邪魔になってますよ」カルラ、と呼ばれた少女が後ろを振り返ると、そこには確かに人の列が出来ていた。二人の姿を見れば、歴戦の戦士と言うのは容易に見て取れる。故に、一般の人々が気軽に「そこをどいてくれ」なんて声は掛けられないものだろう。「行きましょう」青年は人の列を掻い潜り、城下都市のほうへと足を進めてゆく。「あ、ちょっと待ってよ、ルナ」カルラは駆け足で青年の後を追いかけていった。
港を抜け、城下都市へと出た。小奇麗に敷き詰められた石畳には、所々雑草が生えている。人々の憩いの場として親しまれる小さな庭園には、今も変わらず色とりどりの花が咲いていた。町並みも当時と変化が無く、綺麗に建て直されており、見事に復興していた。道具屋の配置、宿屋、ギルド、鍛冶屋に酒場。当時のままの場所で店を構えていた。二人は足の向くままに、歩を進める。黄銅で作られた戦神ソリアスの像は今日も雄雄しく剣を持っており……魔道アカデミーは相変わらず至るところに破壊の痕跡が見える。天空神ノトゥーンを崇めるための教会のステンドグラスも修復されており、天上から降り注ぐ光が美しく彩られていた。スラム街の方は相変わらずな風だったが、昔のように人攫いや野盗が潜んでいることもなさそうだ。
かつての闇の王女の事件が嘘のように感じられる。
「やっぱ人間の力ってのは逞しいねぇ、あんなに派手に壊された街が見事に直されてるし」戦神ソリアス像を見上げながら、カルラは呟く。隣のルナ、と呼ばれた青年は共に像を見つめ、カルラには答えない。随分と長い間を置いて「そうですね」と小さな声で返した。「感動薄いねぇ~」カルラはやれやれ、とでも言うかのようにお手上げの身ぶりをする。「自分で救った国が復興を始めてる。これって言いようの無いカンドーがあると思うんだけどなぁ」鎧の肩の部分をノックする。「英雄サマには解りませんか? それとも救って当然だから、とか思っちゃってたりする?」「………」物思いに耽る青年と違い、隣の少女は落ち着く様子がない。
「かしましい声がすると思いきや……お前達か」声のした方に顔を向ける二人。貴族が着るような深紫のガーブに身を包み、その下には漆黒のコール、クリーム色のスカーフには美しい赤い宝石が止め針となっている。要所に金の装飾が付けられており、右胸にはディンガル帝国宰相の証がつけられ、存在を誇示する。特徴のある頭頂の尖がった髪型は相変わらずだった。護衛らしき黒鎧に身を包んだ騎士達が数歩離れた位置に立っていた。「あらぁ、ベルゼーヴァ。久しぶりじゃん」ベルゼーヴァ、と呼ばれた男はカルラの馴れ馴れしい呼びかけに鼻で笑って答える。人を蔑視するような冷たい瞳が突き刺さるかのようだ。「帰ってきたのだな」「うん、ついさっきね」「風の便りで聞いている。二人とも、随分派手に動き回ったらしいな」ベルゼーヴァは感情の篭らぬ眼で二人の顔を見る。「戦場を駆ける戦乙女、青き死神カルラ」「いやぁ~ 有名になったもんだねぇ~」わざとらしく頭を掻くカルラ。「月よりの使者、白銀の悪魔ルナンデス」ルナンデス、と呼ばれた青年が眉を顰める。先程カルラが『ルナ』と呼んでいたのは、略称なのだ。「勇猛果敢、百戦百勝、挙げればきりが無い。戦あるところに二人あり、とな」半ば呆れ顔をしていたベルゼーヴァだったが、すぐに険しい顔つきになり、二人を睨む。「しかし、お前達が帰ってきたと言う事は……またこの大陸が戦乱に包まれるのか?」「いんやぁ、そーいうこっちゃなくて。ただ単に懐かしの地に戻ってきただけよん。ね~?」ルナンデスの顔を覗き、子供のように同意を求める。「そうか。だと良いのだが」
ベルゼーヴァは安堵の息をつく。「お前達はこのバイアシオン大陸を離れていたから知らぬだろうが、この国の復興はまだ表面だけにすぎん。ロセン復興との兼ね合いもあってディンガルは貧困に喘ぎ、財政難の状況だ」 腕を組み、瞳を閉じる。「加えて、ロストールとの国交回復、リペルダムの統治権問題、新たな四聖将軍の候補選定。苦悩の種が尽きぬよ」「なぁるほどね~、だから頭が尖がっちゃったんだ?」カルラの軽口にベルゼーヴァは、「この髪型は生まれつきだ」と、慣れた様子で返した。「街を見回る兵すら足りぬ。だから巡察も兼ねて三日に一度はこうして私も街中を見て回っているのだ。いつまた『神の使い』とやらが現れるか解らぬからな」「ベルゼーヴァ様」数歩退いていた黒鎧の兵が、言を投げる。その言葉にベルゼーヴァは周囲を見渡すと、少なからず人が集まり始めていた事に気付いた。街を見回る宰相と物騒な身なりの二人組みが立ち話をしているのでは、目立って仕方が無いだろう。尋問、と見受けられているかも知れない。「あらぬ誤解を招きかねんな……カルラ、ルナンデス、差し支えないようならばディンガル城に招きいれよう」つもる話もあろう、と付け加えて。「や~りぃ、今夜はゴチソウだね」パチンッと指を鳴らすカルラを、ルナンデスは肘で小突く。「財政難って、言っていたばかりでしょう?」二人のやりとりを見て、ベルゼーヴァは失笑する。「客人に豆のスープを出すような真似はせぬ。ついてくるがいい」「お~」無邪気に笑いながらベルゼーヴァの横に並び、城の方へと歩き始める。やれやれ、と肩をすくめると、ルナンデスは護衛の兵の後ろに続いた。
要塞と冠するに相応しいディンガル城。高く聳える城壁はよほどの事が無い限り崩れることがないと言う。城の周りには水路で固められ、大軍で攻め入るには正面からしかないため守りは堅固だ。城内は何階層にも分けて作られており、かなり広いため新米兵士が迷子になるのは恒例のことだとか。ベルゼーヴァの後に続いてゆく、二人。幾多の階段を登り、長い通路を暫く進むと大きな扉の前に出た。懐かしい、謁見の間の扉だった。扉の両脇に立った黒鎧の兵にベルゼーヴァが眼で合図を送ると、扉は開かれた。
高い天井。両壁の上部にある窓から太陽の光が零れ、その下の旗印を照らす。王への道である赤い絨毯。その先にある幅広い玉座には、かつての仲間が腰掛けていた。黒絹のような美しい髪は上腕部半ばまで長さ。少し冷ややかな印象を受ける顔だが、美人と言うことに変わりは無い。黒い礼服に身を包んでいるが、脚部だけ短いスカートになっており、白い腿が際たつ。「ベルゼーヴァ宰相ですか。城下巡察ご苦労さ……」玉座に腰掛けた女性の言葉が止まった。「やっほ、ザギヴ」カルラが手をあげて挨拶し、ルナンデスは軽く一礼する。宰相の後ろに立つ二人の姿を見、時が止まったかのように静止するザギヴ。冷ややかな表情は見る見る内に氷解し、暖かい笑顔へと変わってゆく。「カルラ……ルナンデス……久しぶりね」玉座を立ち、懐かしい友人達の方へと歩み寄り、二人の顔を見回す。ベルゼーヴァは、ザギヴと二人の邪魔にならぬように数歩後方へ退いた。「いつディンガルに帰ってきたの?」「ついさっきよん。二人で街中を見て回ってたら、不審人物って事でタマネギ宰相さんに連行されちゃった」カルラの言葉にプッ、と吹き出すザギヴ。
「変わってないわね、その軽口。嬉しいわ」「アンタは随分変わったわねぇ~ 漂う気品、大人の色香、女帝ここにありって感じ?」くすくすと笑う若き二人の女性。朗らかな空気が、謁見室を包む。ベルゼーヴァはルナンデスの肩を叩き、「すまないが、ザギヴ様と二人にさせてやってくれ」と、言葉を掛ける.無言で頷き、それを承諾した。
――― 執務室。
来客用の豪華なソファーに腰掛け、エイジティーを嗜むルナンデス。黒漆で彩られた、優美な机に向かうベルゼーヴァ。背もたれの大きい絢爛な椅子の後ろから陽の光が差し、黒光りしていた。その首には拡大鏡の役割を担う黄銅縁のスペクタクルズが掛けられている。机の上に積まれた沢山の書類。一つ一つ手に取っては隅々まで目を通し、そこにサインをする。無言の一時。だがそれは決して二人が気まずい関係にあるからではない。語りたいときにはどちらかが口を開く、それを理解しあっているからだった。「君達が帰ってきてくれて、良かったよ」ルナンデスのエイジティーを運ぶ手が止まる。『君』と呼びかけるその声は、彼なりの親しみが籠められた口ぶりだ。惚けた顔でベルゼーヴァを見つめるが、当の本人は職務を続けている。「久々にザギヴ様が笑顔を浮かべられた。偏に君達のお陰だよ」サインを終えた書類を纏め、トントンと机に打ち整える。そしてまた別の書類に手を伸ばし、職務へと戻る。
「先程言ったように、今この国は大変な状況に置かれている」羽根ペンの先にインクを浸す。「ロストールとの和平条約が結ばれてから、国民達はひとまず安堵した。国としては街の復興、東方諸国の統治を率先して行いたいのだが、思い通りにはいかなくてね」 机に向かい合いながら、ベルゼーヴァは言葉を続ける。「財政難と人員不足……復興に励む国民に負担がなるべくかからぬよう税は以前より下げた。これはザギヴ様の発案だ」ルナンデスはその言葉を聞きながら、空いているティーカップにお茶を注ぐ。「無論、我がディンガル帝国領の近辺諸国も合わせての政策だ。国民達は歓喜に踊ったが、貴族達は表情を曇らせた」書類を纏め、背もたれに身を預けて一息つくベルゼーヴァ。「貴族達は国の復興よりも御家の建て直しの方に手一杯だ……となれば当然先立つものが必要となるため、自分の治める領地の税を重くするのは誰もが思いつく事」ソファーから離れ、先程注いだお茶をベルゼーヴァに渡す。すまんね、と一言礼を言う。「この書類はその政策に反対する貴族達の署名、懇願書だ。目先の物事しか捕らえられぬ愚昧な者達の、痴れし書状の山」吐き捨てるように言い、舌の渇きを潤す。「かつての帝国のように、民衆や貴族を畏敬させるような人材が少なくなってしまった。ネメア様が皇帝となりし時代、その名を轟かせた四聖将軍等がそうだな」ベルゼーヴァの愚痴にも近い話を黙って聞き入る。「ザギヴ様にも国民を導く力量、器と共に問題はなく民からの人望も厚い。だが悲しくはザギヴ様を軽んじている貴族連中の方が多いということか……」椅子から立ち、窓へと身体を向け、背中を見せる。「ザギヴ様の心労は並大抵のものではない。ましてや、年頃の乙女が一国の主たるは毎日が辛酸を舐める日々。だがそれを懸命に担うのは皇族の血故なのかも知れぬ」しばらく静止する。そして、ゆっくりとこちらへ振り返った。「君達の帰還は僥倖と思いたい。元青竜副将軍ルナンデス、元青竜将軍カルラと共に我が国に仕官してくれぬかね」そう言ったベルゼーヴァの瞳は、真剣そのものだった。
「仕官、ですか」沈黙を続けていたルナンデスが、口を開く。その言葉にベルゼーヴァは小さく頷いた。「カルラには再び青竜将軍としてロセンを統治してもらい、君は白虎将軍として西方に領地を与え、そこを治めて欲しい」凛然たる物言いは友人としてではなく、すでに宰相としての言葉になっていた。「ある程度この国が持ち直された時、白虎将軍には別の者を据え、君はザギヴ様の近衛将軍となってもらう。そして行く行くは……いや、何でもない」わざとらしく大きな咳払いを一つし、とにかく、と付け加える。「我が国には英雄が必要だ。閃光の獅子、獅子帝と敬われたネメア様のような英雄が。そのネメア様をも引き込む魅力を持つ、君の力を借りたい」真剣な眼差しを受け、ルナンデスは戸惑いを隠せなかった。『まさか、あのベルゼーヴァ殿が』と言う、予想の出来ない事態に。「時代は急を要している……和平条約も所詮は机上の紙一枚で交わされたものに過ぎぬ。ロストールが国として早く立ち直ればこちらにその気が無くても、条約を破棄するやも知れんからな」 「まさか。ティアナ王妃に限って、そんなことは有り得ませんよ」「政治と言うものは常に最悪の事態を想定して行うものだよ、ルナンデス。飽くまで『可能性』として私は君と話しているだけだよ」淡々と述べるベルゼーヴァであったが、ルナンデスは浮かない表情だ。「…………」答えあぐねる友人を見て、ベルゼーヴァは己を嘲笑するかのように鼻で息をする。「すまない、急な話であったな。答えは今すぐでなくても構わん、じっくり考えて欲しい」興奮して少々緩んだスカーフを締め直すと、再び黒塗りの絢爛な椅子に腰掛けた。「今日はどうするのだ?」その言葉の真意は『宿泊するのなら、部屋を用意しよう』と言う意味だ。「城下街の宿で休みます」「そうか、遠慮はいらんのだがね。また暇な時にでも顔を出してくれ、君とはまだまだ話し足りんからな」ルナンデスが背を向け、執務室を後にしようとする。扉の前に立った時、ようやく己から「そういえば」と、声を掛けた。「父君は、変わらず壮健ですか?」「……カルラの軽口がうつったか?」ベルゼーヴァが質問を質問で返すと、二人は互いに小さく笑い、部屋を後にした。
謁見室に向かったところ、扉の前に立った兵が、「ザギヴ様でしたなら、貴方様と一緒におられた御方と自室に向かうとおっしゃってました」と、教えてくれた。カルラの事だから、陽が傾くまでザギヴとつもる話をして、ディンガル城で一日過ごすだろう……と思慮する。ルナンデスはディンガル城を後にすることにした。
王宮という庭園から出ると、大きく伸びをする。ザギヴに一声掛けなかったのは少々悪い気がしたが、カルラがフォローしてくれるだろうと踏んだ。ひとまず今夜の宿の予約を入れるべく、大通りに店を構える宿屋に向かう。行き交う人々で賑わい、立ち話をする主婦や、花を愛でる老夫婦などの姿が見える。ギルドで依頼達成の帰りらしく満面の笑みを浮かべる冒険者、仕事を終えた船員など、様々な人間でおりなされていた。露店でバターロールサンドを二つ買い、齧りながら歩く。辺りをよく見回すと、かつての街並みと違うのは様々な種族を見かける事だった。ドワーフ、コーンスなどの姿がちらほらと目に入る。税を低くした政策は、こうした様々な種族が気に入った土地に定住しやすくするためでもあるという事が解る。同時に、治安を守るのにもこれまで以上の人員が必要というのも確かだろう。
先ほどのベルゼーヴァとの会話が脳裏を過る。
真摯な態度での、勧誘。国を憂う宰相の願い。心を揺さぶるものが、感じられた。だが一つ気になる事、それはベルゼーヴァが『行く行くは……』の先を削ったこと。削られた言葉の先を想像するが、ルナンデスには皆目見当がつかない。あれこれ考えている内に、いつの間にか露店で買ったパンを二つとも食べ終えていた。
宿屋の入り口を潜り、部屋の予約を取る。冒険者当時の宿屋のマスターでないのが、少し寂しく感じた。階段を上がり、渡された部屋のカギを使い、部屋に入る。四つ並んだベッドの奥のほうに腰を降ろす。備え付けの鎧立てに自分の鎧を掛けてゆき、胸当てだけの軽装に着替え、ベッドへと寝転がる。窓をちらりと見て、まだ昼下がりである事を確認する。
―― 今日はもう休もう。
長い船旅の果てに帰ってきたその身体は、思っていた以上に疲弊していたらしい。瞼を閉じ、心を無にすると……
心地よい眠りはすぐに訪れた。
…………
………………
パッと目が覚める。正面に映る天井が青黒い……すっかり陽が落ちているようだ。頭を少し擡げると、窓からは外の街灯の炎がうっすらと差し込む。外からは酒場にいるであろう人の賑わう声。数時間程度、眠っていたらしい。「一人では、熟睡できないか……」上体を起こし、頭を振るう。眠りが浅いのは、戦場に長く居た者の宿命。傍らに相棒がいないのならば、尚更の事だろう。枕元にあるテーブルに置いた水筒に手を伸ばし、起床時の渇きを癒す。ふぅ、と一息つくと腰を上げ、吊り下げられたランプの灯りを燈した。淡い光が部屋を包む。
懐をまさぐり、所持金を調べる。せっかく帰ってきたのだから何か上手いモノでも食べに行くかな、と。ルナンデスは軽装のまま、部屋を後にした。
宿屋から出ると、夜独自の涼しい風が頬を撫でる。目が覚めたばかりの火照った身体には心地よい。ソリアス像前の方の大通りを見ると、昼間とはまた違った盛り上がりを見せている。貴族のように優雅に……とは言わないが、木製のテーブルを中心にして食事や茶を楽しむ者の姿。露店で食事をとろうと思い、足を向かわせた。
酒場の前を通り過ぎようとしていた時。店内のカウンターに、見慣れた姿が座っていた。ディンガル城に宿泊するとばっかり思っていた、カルラの後姿が。たゆたうかのように前後に揺れるその身体を見る限り、お茶や食事を嗜んでいた訳ではなさそうだ。酔っているな、とすぐに理解した。酒場のマスターが困ったような顔で声を掛ける。カルラは空のグラスを突きつけ、無理矢理酒を注がせる。テーブル席の冒険者やドワーフ達はそのやり取りを見て、笑っていた。しょうがないな、と酒場の中へと進路を変更した。
「カルラさん」カウンターより数歩離れた位置から声を掛ける。「んー?」だるそうな気の無い返事と共に、こちらに振り向く。焦点の定まらない眼からして、相当酔いが回っているようだった。「はぁ~い、アンタも飲みにきたん?」カルラは「んふふ」っと子供のように笑い、緩んだ顔でこちらに近付いてくる。「いつの間にか一人で帰ってるしぃ。ダメじゃん、相棒をおいてっちゃさぁ~」ヒック、と大きなしゃっくりを一つと共に、酒気の帯びた吐息が顔にかかる。「カルラさんとザギヴ様の邪魔をしてはいけないと思ったんですよ」ルナンデスの言葉に口を尖らせる。「な~んでそーゆー気遣いばっかり気が回るんかねぇ、キミィ? そのクセ肝心なトコで鈍感だから、タチ悪いよねぇ~まったく、アンタって男……」「っと、危ない!」言葉が途切れ、足を縺らせて倒れそうになったカルラを支える。「うぅ~~ 飲みすぎたかも~」唸りながら呟く。「とにかく、もう飲むのは止めてください。今宿屋に連れていってあげますから」
「ちょいと兄さん、嬢ちゃんの勘定たのむよ!」
酒場のマスターに勘定を払うと、宿屋に引き返すべくカルラに肩を貸す。……が、既に立つこともままならない状態だった。「もぉ歩けないわぁ~ おぶって~」「はいはい、解りましたよ」体勢を変え、カルラの腕を肩に差し入れさせる。「転ぶんじゃねぇぞ、若いの! 気ぃ付けてな!」テーブル席のドワーフが背中から声を掛け、同席していたドワーフも楽しそうに笑う。ルナンデスは一礼し、カルラを背負って酒場を後にした。
「う~ 悪いねぇ~」酔いですっかり上機嫌なカルラ。宿屋の方へと道を引き返す。「今思ったんだけどさぁ、こーやっておぶってもらうのは初めてかもね~」ふと、今まで越えた死線の事を考える。「そうですね。お互い肩を貸すことはよくありましたけど、背負う程動けなくなるのは無かったですし」「イエーィ、初おんぶ」背中ではしゃぐ相棒の言葉に、思わず口元が緩む「はしゃぐ程のことじゃないでしょうに。ほら、もう着きますよ」「うむ、護衛ご苦労。このまま部屋まで向かうように」「お任せを、隊長殿」軽口にのって返すと、カルラは無邪気な子供のように笑い、頭をポンポンと叩く。「よろしく頼むぞよ」つられて、ルナンデスも声に出して笑った。
宿屋に入り口を潜り、二階へと上がってゆく。懐からカギを取り出して、部屋の鍵を外した。扉を開けて部屋に入り、窓側のほうのベッドにカルラを降ろす。「ありがと~」「いえいえ」感謝の言葉に一言返すと、ルナンデスは自分の荷物の入った麻袋に手を伸ばし、幾ばくかの金を取り出し懐に収める。カルラの飲み代を払ったお陰で、手持ちがすっかり無くなってしまったから。部屋から出ようとカルラの横を通ろうとした時、ズボンの裾が掴まれた。「ちょいちょい。悪いけど鎧脱がしてくんない? 寝にくくてしょうがなくってさ」「ん、解りました」肩当を外し、首と背中を守るプレートを脱がせる。胸当てを固定する器具を外し、上半身を開放し具足も外すと、カルラは上下共に下着一枚の姿になった。足元に畳まれた毛布を被せてやる。「いくら酔ってて火照るとは言え、毛布を蹴って風邪をひかないようにして下さいね」子供に言い聞かせるかのように忠告する。身を翻し、再び部屋から出ようとするルナンデス。だが、カルラはズボンの裾を放そうとしない。掴んだまま寝ているのかと思ったが、その瞳は開いたままだった。じーっと、睨みつけるように見つめる。「な、なんですか」「ちょーっとくらい理性が揺れてもいいんじゃない? うら若き乙女を脱ぎ脱ぎさせといてさぁ」口を尖らせ、不満そうな表情。「脱ぎ脱ぎって……お互い、鎧を脱がせるなんて慣れっこじゃないですか」ルナンデスの言う事はごもっともだった。幾多の戦場を越えた相棒同士の二人にとって、怪我した相方の治療のために肌着一枚にさせる事はよくあった事。たかが鎧を脱がせたくらいで、発情するような間柄ではなかった。「そーかも知れないけどさ。状況が違うじゃんよ、そういう時と今とじゃさぁ」カルラはズボンの裾を引っ張る。
「どうしたんですか。何かあったんですか?」普段の相棒からは想像つかない言葉に、ルナンデスは怪訝の瞳を向ける。自分を思いやる一言に、カルラは眼を伏せる。
一拍間を置くと大きなため息をついた。「……ザギヴね、アンタのこと好きだってさ」え? と呆気にとられる、ルナンデス。「昔っから好きだったんだってさ。アンタがザギヴを救い出した時から」ズボンの裾から手を放す。「そりゃあね、うん。ルナはイイ男だしさ、惚れるのも解る。甘ちゃんだけどやる時はやるし、優しいし、仲間思いだし、腕も確かだしさ」カルラは上体を起こし、膝を抱えて座る。「どんなに沢山の矢が飛んでこようと、超反応で斬り払うクセして、女心には超鈍感。典型的なおバカって感じ」はぁーっ、とまた大きなため息。「ザギヴがね、アンタに恋人はいるのかって聞いてきた訳よ。で、今言った言葉を一語一句違わずに伝えてあげたんよ。そしたら『じゃあ、カルラとルナンデスは恋人同士じゃないのね』ってさ」 顔をルナンデスから逸らす。「まー、あたし等って単なる相棒同士だし。そんな間柄じゃないって答えたら、ザギヴはりきっちゃってさ……アンタのこと、色々聞かれたのよ。好きな食べ物とか、好みのタイプとか」 淡々と語り続ける。「そしたら驚き。あたしってば質問に答えられなかったんだよね、そういったアンタのコト全然知らないんだもん。そしたらなんか悔しくってさ……自棄酒なんてしちゃってバカみたい。むしろバカそのもの」
その言葉と同時に、部屋の空気は沈黙に包まれた。
「………」
「…………」
窓から零れる街灯の炎が消えた。喧騒も、徐々に静まってゆく。夜の帳が下り、部屋の照明は天井から垂れ下がるランプのみとなる。ジリジリと油の燃える音が大きく聞こえるのは、この空間が静寂に包まれているからだ。「なーんてね」カルラはルナンデスの方へと向き直り、満面の笑みを浮かべる。「ドキッとした? ちょっと傷心に耽るオネェさんっぽくなってみたけど、どう? よっ、モテる男は辛いねぇ」にくいぞっ、と付け加えて肘で脚を小突く。「逆タマだよ、逆タマ。世界を救った元英雄ならディンガル国王の座も相応しいってベルゼーヴァも祝福してくれると思うよん」明るく振舞うカルラだったが、ルナンデスの表情は崩れない。「ごめんごめん、ちょっとからかってみたくなっただけだから怒んないでよ~」「別に怒ってなんかいません」ギシリとベッドが重みで揺れる。ルナンデスが、腰を降ろしたのだ。「でも『理性が揺れても』って言う事は、そういう事態を想定してたと受け取りますよ」カルラの手を握った。突然の事に、思わず身体を跳ねさせる。「え…… な、なに?」「もしかしたら、僕に襲われるかもしれない……そう考えていたのでしょう?」両肩を掴まれ、そのまま後ろに倒される。「ちょ、ちょっとタンマ」更にベッドは揺れ、寝かされたカルラの上をルナンデスが覆う。「待ちません」その言葉を放った口が徐々に迫り来ると、その唇はあるべき箇所に戻るかのように、カルラの唇と重なり合った。
一瞬、時が止まった……そんな錯覚を、感じていた。
唇と唇が名残惜しそうに離れる。「……同情のつもり? だとしたら、許さないよ」ルナンデスから顔を背ける。「僕が、そんな感情で貴方を抱くと思ってますか?」背けた顔を正面に戻され、再び唇が重なり合う。先ほどのくっつきあっただけの行為と違い、ねぶりあい、這いずりまわり、獲物を求める舌が差し込み、徐々に唇をこじ開ける。カルラの舌が捕らわれ、舌同士が絡み合って踊る。脳内の中心から痺れが生じ、身体全体にピリピリと静電気が感じられた。舌の愛撫が終わる。酒の酔いとは違った、芯からくる奥底の熱が思考を遮る。「……これ以上嫌なら、言ってください」「………」「カルラさん、貴方が言った言葉を覚えています。十二歳の時に故郷が滅ぼされ、目の前で両親が嬲り殺されたということを」ルナンデスは優しい口調で言葉を続ける。「口にはしなくても……その時、貴方も嬲られた事くらい解っています。だから………」
この男の言いたいことはよく解っていた。
思春期の頃、ロセンの兵に強姦されたカルラにとって、こういった男女の営みは苦痛、恐怖、嫌悪、憎悪でしかない。母を汚し、いたぶる。その後に、自分の上で下卑た笑いを浮かべながら腰を振る兵士の姿を今でも鮮明に記憶している。誰も助けてくれない、助けてくれる人もいない中、沢山の兵士に輪姦された。膨らみかけの乳房を捻られた激痛、口内に無理矢理性器をねじ込まれ、呼吸すらままならなかった感覚。自分を囲む男達は、人の皮を被った魔物。
本当に、地獄だった……。
だから、ルナンデスは躊躇するのだろう。若さに暴走し、振り回されることなく。本当に、甘ちゃんだった。
「……アンタとなら、嫌じゃないよ」カルラの前髪をたくし上げる。まるで子供に対して行うようで、妙に優しい感じがした。「いいんですね? もう止まりませんよ?」「うん。て言うか遅すぎるくらい」額にチュッとキスをされる。「いただきます」「どーぞ召し上がれ」お互いのやり取りに、思わず吹き出した。
ランプの火は消され、月明かりが窓より零れる。部屋は濃密な男女の吐息に包まれていた。一糸纏わぬ裸体が、二つ。仄暗い空間に、縺れ合い、絡み合い、喘ぐ。「はぁぁ……」うなじにかかる息に、カルラの切ない言が共に漏れる。耳朶を唇で噛まれ、少し硬い両手で乳房を弄ばれる。「な、なんか……慣れてない? 実は、経験豊富、だったり?」興奮で張った、桃色の頂点を指でなぞられ、摘まれる。耳朶から降って首筋に口付け。「ゼネテスさんに娼館に連れられたことが、結構ありまして」「あら、娼婦仕込み?」「……半分はそうかも知れませんね。もう半分は違います。娼婦の人とする時はこんなに口付けしません。嫌がりますから」再度唇を奪われ、舌と舌が絡み合う。
唇が離れると、その間に銀の粘糸が二人を紡ぐ。「見た目よりも大きい感じですね」感触を楽しむようなルナンデスの手の動きに、身体を跳ねさせる。「へっへー。ナイスバディっしょ?」甘い痺れを感じながらも、いつもの軽口で返す。両手が乳房を解放すると、今度は身体中を這い回る。腹、背、腰、尻、腿と、至る所に手が回り、その感触を確かめるように揉まれる。普段ならばくすぐったいだけだろうに、今日に限っては違う感覚に包まれ、何だかゾクゾクしていた。「あ……ん……」その手が腹から徐々に下へ行き、敏感な秘所へと移る。「あぁん……」快感に喜ぶその箇所は既に濡っており、指の来訪を快く迎える。秘裂を優しく撫でられ、まるで硝子細工を扱うかのよう。「凄く溢れてますよ」一番敏感な突起をゆっくりと刺激して、カルラを喜ばせる。優しく甘い愛撫に、四肢が快感に震え、脱力してしまう。「やっばいわ……すっごい気持ちイイ……ハマっちゃいそ」ルナンデスの身体によりかかり、快感の奔流に全てを委ねる。入り口を解すかのように指を押し付け、揉みまわしていると、ぬるりと指の侵入を許す。瞬間、強い電撃が身体を打ちつけた。「あうっ……!」一本の指が己の内部を行き来し、粘質な音を体内に響かせ、鳴らす。「指……入っちゃいましたよ」熱い吐息……飲み込まれた指の感触に、ルナンデスも興奮しているのが解った。「凄い熱くて、うねってます。蠢いて飲み込もうとしているみたいで、指が抜けなくなりそうです」「バカ、は、恥ずかしいじゃんよ……そんなこと言わないで……」羞恥に顔が熱くなる。「かわいいですよ、カルラさん」
頬に軽いキスをするとルナンデスは体勢を変え、カルラをベッドに寝かせて、向き合う。組み敷いたまま、じっと見つめる。「きれいですよ」そう言い、また唇を重ねる。愛情の込められた口付け。下に降り、喉、鎖骨へと移り進む。身体が跳ねるたびに、ふるふると揺れる乳房の頂点を口に含まれると、舌で転がし始めた。「あぁぁ……」頭の中が真っ白になってゆく。抗えない快楽の波に飲まれ、艶やかな喘ぎを奏でる。また下へ下へと降りて行く。腹部、腿と口付けをされながら吸われ、全身にルナンデスの唇が触れるかのようだった。そして熟した果実のように汁の溢れるソコへと、口が付けられる。「あっ……あぁっ……!」柔らかい舌が、カルラの秘所を隈なく這い回り始めた。溢れる粘液をピチャピチャと卑猥な音を立てて舐めとられ、羞恥心が更に煽られる。体内から熱い感覚が溢れ、腰が浮きそうになる。敏感な突起も舌で刺激され、強弱をつけながら吸われる。「ふぅぅ……ん」鼻にかかったような声が自然と出てしまう。舌の愛撫が終わると、カルラは寒気を感じたかのように身体全体を震わせた。脚を開かせ、割ってのしかかってくると、愛しい男の顔が正面に来る。また、口付け。唇同士が舐り合い、お互いの意思で舌を求め合う。「いいですか?」息の止まるような口付けを終え、より深い営みへの確認をしてくる。「ごめん……ちょっと待って」
快感に溶かされそうな己の身体を精一杯動かす。ルナンデスの肩を押し、離れてもらうと、カルラも起き上がる。「どうしました?」疑問の言葉に、態度で返答する。「うっ……」「あたしばっかりしてもらってたら悪いじゃん……ね?」熱く、猛った男の象徴を握る。薄暗くてよく見えないが、確かに起立していた。あの時以来、この器官は苦痛の権化でしかない、と忌まわしく思っていたものだった。だがこの男のものだと思うと……どこか可愛らしいというか、愛しい感情が湧いてくる。「うまくないだろうけどさ……あたしにもさせてよ」腹につきそうな程、張り詰めたソレを両手で優しく握りしめる。「そ、そんな……別に構わないのに」「いいの。不公平はよくないわん」ドクドクと脈打ち、鉄のように硬く、指なんかよりもずっと太くて長い。これを口に含んだり、舐めたりすれば気持ちイイってことくらい知っている……と言うより、やらされた経験があるから。恐る恐る舌を伸ばし、亀のような先端を舐めあげる。「……っ、くう」ぞくり。良い声が聞こえた。先端を口に含み、吸ってやる。「はぁ……き、気持ちいいですよ」ルナンデスも興奮から敏感になっているのかも知れない、と思った。股間に顔を埋め、吸い付いたまま首を前後に動かし始める。「くぅ……そんな、吸わないでくださいよ……」「ありゃ……気持ちよくなぁい?」「ち、違いますよ。気持ちよすぎるんです」キュンと胸が締め付けられる。「マジで? だったらもっと気持ちよくなってよ」
ポニーテールが揺れる。ルナンデスの手が、カルラの髪を掻きあげる。口の中でビクビクと震える感触に、酔いしれていた。「ああっ、カルラさん……」陶酔に溺れた言葉。剣聖、竜殺し、青竜副将軍……今では白銀の悪魔と恐れられた男が、こうして快感に震えている。「うあ……だ、ダメです、もう……」歯を食いしばり、耐えている。頭を離そうと両手を添えてくるが、カルラは強引にそのまま口淫を続ける。切なそうな吐息が零れ、「うあぁっ!!」と一際叫ぶと同時に、口内のものが硬く膨張し、爆発する。二度、三度、と身体を弾かせる度にドクン、ドクンと絶頂の証を放った。口の中に溢れる精を躊躇うことなく、飲み込む。「ふふっ、アンタもやっぱり男なんだねぇ……気持ちよかった?」うっとりとした顔で、ルナンデスに声を掛ける。息を荒げ、射精の余韻に浸るその様は妙にいとおしい。「そりゃあ、好きな女性にしてもらうのは最高ですよ……あ、早く吐き出さないと」「ざ~んねん、もう飲んじゃったもんね」「そんな無理しなくても……気持ち悪いでしょうに」「血に比べりゃ~美味しいもんっしょ」先端に残る残滓を舐めとる。尾を引いた快感から、身体をぶるりと震わせるルナンデス。「初めて『好き』って、ちゃんと言ってくれたね」「………」口を真一文字にし、不器用そうな照れた表情。カルラの肩を押してゆっくりと後ろに倒し、寝かせられる。先ほどのように脚を開かせ、組み敷いてきた。
「いきますよ」「うん、きちゃって」
大きくて逞しいソレは、挿入するのに相当苦しいだろうと思っていたが、意外にも簡単に入ってきた。先端が所々で引っかかりながら、侵入してくる。「あぁぁぁ……」「くぅっ」互いの快楽の言葉が漏れる。熱いモノがゆっくりと奥まで入ってくる。「んっ……!」最奥の方まで進むと、軽い痛みが生じた。「だ、大丈夫ですか?」カルラの表情から、痛みを感じたことに気が付く。「だいじょぶ、ちょっとお腹が苦しいって感じただけ」気丈に笑顔を浮かべる。ルナンデスは心配しながらも、内部を馴染ませるかのように軽く腰を捻る。「……動き、ますよ」遠慮がちに、前後に動き始めた。ゆっくり、ゆっくりとお互いの感触を確かめるように抜き差しする。「あっ……はぁー……」寒気でも感じたかのように、身体が震える。静電気が血管を巡り、指先、つま先、脳天にまで走り回る。優しい快感に焦らされるのが気持ち良い、とカルラは感じた。「うっ……くっ、はぁ」目の前に居る、眉を顰めて快感に喘ぐ男。思わずその身体に腕を廻し、強く抱きしめた。その行為に対し、同じように背に腕を廻し抱きしめ、口付けで返してくる。「はふっ、んん」柔らかい唇同士が擦れ合い、頭の中が本能に絆される。
熱く硬いモノが、内部の至る所をゆっくりと開拓してゆく。徐々に徐々にだが、明確な感覚として体に快感が刻まれてくる。「はあぁっ!!」内部の中程の手前辺りで擦りあげられた時、強い快感の衝撃を受けた。短い悲鳴が発せられたと共に、ルナンデスは腰の動きを少し早める。「あっ……んっ……あはっ……」時に浅く、時に深く、様々な箇所を擦りあげる。かつて味わった苦痛と嫌悪、恐怖でしかなかった強引な交わりの記憶など、溶けて無くなってしまうかのような、蕩ける快感。腰を打ち込まれる度に流れる、甘い痺れに身を委ねる。まるで長年愛し合っているかのような錯覚。「カルラさんの中……凄く、良いです……」「あ、あたしも……もう、どうなっても……いいって、感じ……」感情と快感、肉体が一つとなり、共有される。ルナンデスの体に廻していた腕が解かれ、その両の手を握られ、指が絡み合う。そんな簡単なことですら、今は気持ちいいと受け取れた。身体が浮遊しているように感じ、全ての感覚が快楽となってゆく。「すっご……感じる………!」一突きされるたびに、奥底から何かが昇りつめてくる。自分の意思で抑えられない快感の波に溺れそうになり、必死に耐える。「やばっ……な、何か……怖い、かも……」押し寄せる絶頂の兆しが、自分の魂をも突き抜けさせてしまうのではないか、と軽い恐怖感に見舞われる。「大丈夫です……そのまま、受け入れてください」互いに繋ぎあった手……それを握る力が強くなった。「放しません、から」快感に耐えながらカルラを気遣う。優しさに胸が締め付けられる。ルナンデスも絶頂が近いのか、体内のものが更に太く、硬くなっていた。腰の動きが更に早まり、汗が粒となってポタポタと垂れてくる。
「くっ……カルラさん……そんなに締められると……僕、もう出そうです……!」痛みを感じていた最奥が、いつの間にか強い快感を生んでいる。より快感を求め、奥へ奥へと突き進むルナンデスのものを逃がさぬよう、無意識に強く締め付けていた。「あ、あたしも……もう……や、ばい……」お互いの荒い吐息が部屋に充満する。「あっ……ああっ、ああぁ……!!」身体を弓なりに反らせ、体内に溢れる快感を全て受け入れる。四肢は強張り、瞳を強く閉じ、惚けたように口を開ける。一際強く、浅瀬から最奥まで一気に貫かれたその時、
「んあああぁっ!!」
押し寄せる波に飲まれ、奔流は脳内で強く弾けとんだ。意識を消し飛ばすような激しい快感が身体全体に広がってゆく。「ううっ……カルラさん……!」一瞬鋼鉄のように硬くなったルナンデスのモノは、勢いよく引き抜かれる。「はぅっ!」思わず力の入った内部から強引に引き抜かれた感触が、強烈な快感となり身体を弾かせた。熱された鉄棒がカルラの下腹部の上で踊る。ビクビクと震え、暖かい精液が胸元まで飛び跳ねてきた。
しばし、吐息の一時。
お互いに強烈な絶頂の余韻に浸り、言葉が出なかった。「ん……」大きく開いた口を塞いだのは、ルナンデスからの唇だった。軽く口付けては離れ、幾度となくキスを繰り返してくる。
「すっご……こんなに良かったなんて知らなかったよ……こんなに気持ちよくしてくれるんだったら、ガマンしなくてよかったのにさぁ……」握り締めあった手を解き、ルナンデスの頭を撫でる。「ぼ、僕も……こんなに興奮したのは初めてですよ」カルラの頭を撫で返してくる。「ふふっ、嬉しいじゃん。そんなこと言われると」空いた片方の手で、ルナンデスの放った精の感触を確かめる。ぬるぬるとつるつるが合わさったような、不思議な感触だった。「中で出してもよかったのに」身体に塗りつけ、たっぷり放たれた体液を皮膚に吸収させる。「ダメですよ。自分を大事にしないと」ルナンデスの言葉に口を尖らせる。「いーじゃんよ、別に。デキちゃったらその時は責任とってもらうし~」屈託のない笑顔を向ける。「…………」口を真一文字にして、気恥ずかしそうにするルナンデス。「うふふ」さぞ楽しそうに笑い、子供が甘えるかのように抱きつく。
「ジョーダンよ……ねっ、ルナ……また、抱いてね」
カルラの問いかけに言葉は返さず、ルナンデスは小さく頷く。そしてまた、唇が重なり合った。
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