しんと静まりかえった重厚な書斎には、ペンを走らせる音だけが鳴っている。 この部屋のあるじの青年貴族は、没頭していた書類から、ふと顔を上げた。 革張りの椅子をきしらせて、バルコニーへと続くせいの高い窓のほうへ振りかえる。
男の目に映ったのは、バルコニーの手すりを、外側からぶらさがるようにつかんだ腕。
ああ、またかと彼は思った。
次の瞬間、腕はぐいと体を持ち上げる。 身軽な侵入者が、かろやかに敷石へと降り立った。 まだ少女だ。日に焼けているにもかかわらず、肌はつややかで美しい。丈のみじかい緑色のクロースから伸びた、すらりとした四肢のしなやかさは、実際よりも背を高く見せている。細い手足や腰とは対照的に、ゆたかな胸は服の布地を押し上げている。 青々とした梢の落とす光の波紋の中、こちらを見すえる瞳は、ぞくりとするほど生気にみちて輝いていた。
男は窓辺へと歩みよる。 立ち上がってみると、ひどく肩がこっていたのだと気づく。首筋に手をやって揉みほぐしながら、もう片手で窓のかんぬきをはずす。
勢いよく引き開けられた窓から、びょう、と風が吹きこんできて髪をなぶる。 同時になだれこんでくる、色鮮やかな世界の断片。木々や青草のにおい、流れる雲、うつろう光のけざやかさ。 中心には、その少女がたたずんでいた。 男を見上げると、猫のように笑う。「じじくさい仕草だねえ、レムオン。あんたがまだ生きてるかどうか確かめに、その青白いツラ見に来てやったわよ」「お前の浅黒い顔も元気そうでなによりだ。それと、二本の足で、正面玄関か裏門から入って来い。お前は野獣か何かか。それとも扉の開け方から知る必要があるのか」 「表門か裏門ねえ。ふた通りの方法がある時は、いつも第三の道を選ぶことにしてるのよ」「それが毎回かならず獣道だというのが問題なのだ、馬鹿者め」
少女はレムオンの横をすり抜け、やすやすと書斎のなかに侵入をはたす。お気に入りの長いすの上で、クッションを枕がわりにして丸まった。
レムオンはふたたび椅子にかけ、書類へと目を落とす。 ペンを走らせる音が鳴る。風が梢を吹き抜けて鳴り、少女の額にかかる髪をそよがせる。
書類の山が半分ほどに減ったころ、いつの間に動いたのか、少女が男の隣に立っていた。 無表情で男のほうに手を伸ばす。 頬にかかるひとふさの金髪をすくい取る。じゃれるように指の隙間からさらりとこぼす。 それを何度もくりかえす。 レムオンはなんとも言えない表情で固まっている。ペンを持つ手も完全に止まっていた。
やがて少女が口を開く。
「綺麗ね、あんた」
静かな声の奥底には、熾火のような憎悪がくすぶっていた。
少女の手が、金の髪を強くにぎりしめ、ぐい、と引いた。 レムオンの顔からすっと表情が消える。 息がかかるほどの距離で、真正面から見つめ合う。
「この手入れのいきとどいた髪も、形のいい爪も、傷跡ひとつない指先も、磁器人形みたいに白い肌も。――私たちが食うや食わずで毎日汗みずくになって働いてる時間に、あんたたちが一体何をしていたのか、一目瞭然てやつだね」 少女はぎり、と唇をつりあげ、凄絶な笑みをきざんだ。
「その綺麗さは、私たちから奪い取ったものでできてるんでしょう? 素敵な素敵な御貴族様?」
レムオンも喉の奥で笑う。もっとも深い部分に、果てしない空虚のひそむ笑い。「では、力ずくで奪い返してみてはどうだ?」
すっと細まった少女の瞳が、獰猛に光った。
髪をつかんでいた指がはずれてつと伸ばされ、青年の彫刻のようにシャープなラインの頬をなぜる。その感触を楽しむように下へと移動し、軽くおとがいをつまんであおのかせた。 なんの感情もうかばぬ切れ長の瞳がじっと少女を見つめ返す。いつも皮肉と嫌味しか吐かぬ冷酷そうな薄い唇は、いまはただ沈黙している。 少女は、ゆっくりと顔を近づけた。 レムオンは抵抗しなかった。 カーテンがゆったりと風をはらみ、ざぁっという葉鳴りがしずかに室内にみちる。だんだんと荒くなる吐息にまじってふたつの唇と舌がたてる濡れた音がひそやかに響いた。 しばらくして執拗な少女の唇からのがれると、呼吸を整えるように長い息を吐き、レムオンは苦々しい顔をする。「……俺はこうした意味で言ったわけではない。それに、こういう時は窓とカーテンぐらいは閉めるものだ。多くは望まん、芥子粒ほどでいいから慎みを持て……というか」 しばらく口ごもり、ため息とともに言う。「…………このようなはしたない真似は、よせ」「ふふふ、実の妹とこんなことしたってばれたら、とんだ醜聞だね、お兄様? みんなにバラしてやろうかな」「……貴様は、んっ……」 みなまで言わせずもう一度、意外に熱くやわらかなレムオンの唇を貪りながら、大きな背中をなであげる。 上着をとおしてもわかる鍛え抜かれた筋肉の感触は、完璧な造形美を手のひらごしに伝えてきて、彼女はわけのわからぬ熱に痺れる全身をもてあます。 まわらぬ頭で結論づける。きっと私はこの男から何かを奪うのが快感なだけに違いない。この熱さはただの復讐心に決まってる。 這いまわる少女の指が長い金髪を束ねる紐にかかり、しゅるりとといた。一気にこぼれ落ちる光の奔流。 健康的に日焼けしたしなやかな腕がそれをすくいあげ、ゆっくりとからんではほどかれる。もてあそぶように梳かれるたびに、あわい月光のヴェールのようにさらさらと流れる。 ごろごろと喉をならす猫のように、満足げな顔をして少女は思う。気持ちがいい。ずっと前からこうしてみたかった。この髪も、この身体も、この瞳も、すべてを私のものにしてやる。
やがて長い口づけを終えると、少女はおのれの背にそっと添えられている青年の腕を感じながら、その膝の上にまたがるように座った。 身体をすりよせると、厚い胸板にゆたかな胸が押されてやわらかくつぶれる。秘所に貼りついた濡れた下着ごしに、すでに張りつめている男の股間が圧迫する。その刺激にひくりと収縮し、じわりと染み出たあらたな液体に、彼女はふるりと震えた。 男の長く繊細な指が胸元へと伸びてきて、遠慮がちに緑のクロースの襟紐をといてくつろげる。少女はくすくすとあどけなく笑い、くつろげられた襟元に手をかけて、一気に下へと引き裂いた。 かぎざきの布のあいだから、日焼けした手足とは対照的な、まぶしいほどに白い胸と腹部がさらされる。 誘われるように動いた男の手は、腰にふれ、細いりんかくをなであげて、乳房を優しくつつみ、静かにさする。桃色をした突起を、親指の腹でそっとこする。 まるで焦らされているかのようなじわじわした刺激に、たまらず少女は声をあげた。「ぅ……あぁんっ……」 そうして漏れ出た自分の声の、あまりの細さ切なさに、かあっと頬が熱くなる。 むっとしながら八つあたり気味にレムオンの顔を睨みつけると、熱に浮かされたような視線にぶつかった。その憧憬にも崇拝にも似た感情をやどす瞳からは、つねの氷も、鉄壁の理性もきれいに溶け消えてしまっている。 そんなレムオンを見た瞬間、歓喜とも息苦しさともつかぬ激しすぎる感情に喉がつまる。たまらなくなって男の股間に手を這わせ、男自身をまさぐり出す。すでに潤みきっている秘所へとあてがう。甘いため息を吐きながら、徐々に腰を落とす。 ぬめる襞をかきわけて進入する確かな質量が、内部をいっぱいにみたしてゆく。裂かれるような痛みと、息苦しいほどの圧迫感に比例して、津波のような快感がせりあがってくる。
「はっ……ぁああああん……レムオン……っ……」 信じられないほどの快楽に、少女は動くことすらできず身体を震わせる。根元まで男を受け入れたまま、唇を噛みしめてなすすべもなく大波に翻弄されるのに耐える。 と、男の手がくびれた腰にかかり、ゆっくりと突き上げはじめた。「ひぁっ……ああっん……! だめぇ……!」 思わずきつく男の背にしがみついた。たくましい腕が抱きしめ返してくる。 繋がった部分から淫靡な水音がひびいてさらに官能を追い上げる。耳元にかかる荒い吐息の下から愛おしげに何度も何度も名を呼ばれ、ぞくりぞくりと背筋が総毛立つ。じわりじわりと絶頂に押し上げられていく。こらえきれない涙が頬をつたう。 いっそ手加減なしで容赦なく突いてくれたなら、早めに意識を手放すこともできたのに、男は正気を失ったような目をしながらも、傷つけぬようゆっくりと、優しく彼女をさいなむのだ。 さんざ甘い嬌声をあげさせられ、ついに少女は切羽詰まった声で、すすり泣きながら懇願する。「わ、わた、し、もっ……もう……だめっ……ぁああんっ!……んああっ……!」 レムオンは自身が達する直前、おのれの身体を引き離そうとしたが、しがみついた少女に阻まれてしまう。その反動で、いったん引き抜かれかけた楔は、より強く最奥までも突き上げられた。 ひときわ高い嬌声をあげて、少女の背がしなる。「……ふぁああああああっ!」 びくびくと痙攣しながら絶頂に達する少女の、どろどろに熱い内部が、とろかすようにきつく男をしめつける。男は強すぎる刺激に耐えられず、少女の最奥へと、おのれの欲望を吐き出した。
長いすの上で意識を取りもどした少女は、髪をかきまわしながら体をおこした。 かけられていたレムオンの上着がばさり、と落ちる。 今まで自分が枕にしていた青年の膝を見て、その上の取り澄ました顔を見つめた。 ちっ、と舌打ちする。 なんというか――そう、まるで決闘に負けたような気分だ。「覚えてろ、この馬鹿貴族」「お前の言動は悉くわけがわからんな。……体は大丈夫か」 後半につけ加えられた言葉はひどく気遣わしげだ。伸びてきた腕が上着をひろい、少女の肩にかけなおす。 少女は上着の袖に腕をとおし、釦をとめながら言う。「上着は借りてくわよ。さすがに良い仕立てだね、これ。だいぶ大きいけど」 立ち上がって、窓に向かう。「どこへ行く? お前の部屋に行って、破れた服を着替えてくればよかろう」「――ばっかじゃないの!? 冗談じゃないよ、あんなキラキラヒラヒラしたもの着られるわけないでしょ! 恥ずかしい!」 振り返って怒鳴ると、バルコニーの手すりを越えて、ひらりと飛び降りる。「待て、お前という奴はまた……きちんと扉から帰……!」 背中に投げられる小言を無視して、彼女は走った。 覚えてろ、あの馬鹿貴族め。絶対いつか殺してやる。 さっきから熱くほてっている頬に苛ついて、ぱしぱし叩きながら、そう思った。
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