僕たち四人は「乙女の鏡」に来ていた。タレモクゲの汽水を入手するために。特にギルドの依頼ではなかったが、タレモクゲの汽水はあちらこちらの国のギルドで依頼があるので近くに寄った時に手に入れておいた方が重宝するのだ。近くのモンスターを倒してしまうと、僕たちはしばらくのんびりとピクニック気分でそこで時間を潰すことにした。古代の遺跡も眠る「乙女の鏡」はモンスターさえ出なければ、綺麗な景色と湖が広がり、時折吹き抜けるそよ風がとても気持ちがいい。
カイ――僕たちのパーティのリーダーの名前だ――は、ちょっと森の方に行ってくるよ、と言い残してフェティを連れて森の方へ姿を消した。フェティは、強引ですわー、この下等生物!とかなんとか言いながらそれでも彼にくっついて行ってしまった。あの二人、いつの間にあんなに仲良くなったんだろう。フェティが仲間になった当初はお高く止まってカイに対してもツンツンしていたのに。まぁ、今でも僕やルルアンタの前では相変わらず偉そうな態度を取っているけど。「ナッジ?」二人を見送りながら草の上に腰を下ろした僕にルルアンタが声を掛けてきた。「食べる?」腰に付けたポーチから干しぶどうのカップケーキを取り出して僕にくれた。おやつ兼非常食に持ってきたんだろう。「ありがとう」ルルアンタはにっこり笑って自分も腰を下ろしてケーキを食べ始め、水筒から木苺のジュースを蓋に注いで飲んだ。――可愛いなぁ。ルルアンタは本当に可愛い。リルビーは大抵可愛いけれど、ルルアンタはその中でも特別に可愛いと思う。カイと一緒に育てられた兄妹のような間柄だと言うのにカイは最近ルルアンタに少し冷たい態度を取っているように見える。カイがフェティと仲良くなり始めてから、ルルアンタは少し寂しそうだ。僕にこんな妹がいたら、彼女が出来てもほったらかしにしたりしないのに。そんな事を考えながらルルアンタの方を見ていたら、視線に気付いたのかこちらを見ていつもの笑顔で聞いてきた。「どうしたのナッジ?」「ん……ほら、ケーキの屑が付いてるよ」僕はルルアンタの頬に付いているケーキの屑を取りながら言った。「ルルアンタもお父さんとお母さんがいないの?」「うん。でも死んじゃったフリントさんが可愛がってくれたし、お兄ちゃんみたいなカイもいるし、全然寂しくないよ……ナッジもフェティもいてくれるし」「そうだね。僕もみなしごだったけどおじいちゃんがいたし、今はカイやヴァンがいてくれるから寂しくない。ルルアンタもいるしね」僕たちは何となく共感みたいなものを感じて笑った。ルルアンタの笑顔を見ると本当にほっとする。
「ねぇナッジ……ちょっとお願いがあるの」急にかしこまって言ったルルアンタの口調にちょっとどきりとする。何?「角に触っていい?」真面目な顔でぶつけられたその質問に思わず吹き出した。「いいよ。やっぱりコーンスの角は珍しいの?」ルルアンタは頷いて、おずおずと僕の角に触った。僕たちコーンスの角には感覚がない。けれど額に伝わる微かな振動を感じる。「ざらざらしてる……」ルルアンタはかなり長いこと僕の角を指で触っていたけれど、不意に指を離して顔を僕の顔に近づけた。「えっ?」ルルアンタの白い喉元が見えて、木苺のジュースの匂いがする。「ん……お砂糖の味がするかと思ったんだけど……何の味もしないのね」「ル、ルルアンタ、角を舐めちゃダメだよ」僕はどきどきしてしまった。感覚がないからよく分からなかったけれど。ルルアンタは、えへへ、と悪戯っぽく笑ってゆっくり僕の膝の上に乗ってきた。深い緑色の瞳でじっと僕の顔を見る――お人形みたいで、可愛い。「……ルルアンタね、ナッジの事、好きだよ」え、いきなり愛の告白?と一瞬思って自分が恥ずかしくなった。相手はまだまだ子供。この子の好き、はカイの事が好き、木苺のジュースが好き、カップケーキが好き、と同じレベルの好き、なんだろう。「僕もルルアンタの事が好きだよ」そう答えると、ルルアンタは本当に嬉しそうな顔をした。それからちょっと真剣な顔をして囁くように言った。「じゃあ、キスしてくれる?」「え?」キ、キスって?この子の口からそんな言葉がいきなり?「キス。カイはおやすみなさいのキス、いつもしてくれるよ?」ああ、そういう事か。僕は一人で動揺したのが恥ずかしくて、ちょっと照れながらルルアンタのほっぺたに音を立ててキスした。果物みたいにピンク色で柔らかいほっぺた。「んー、じゃあ、今度はここに、お願い」そう言ってルルアンタは小さな唇を尖らせた。木苺のジュースで濡れている小さなくちびる。くちびるに……?それってちょっとまずいんじゃないの?カイともそんな事してるの?「ダメ?」ルルアンタは聞いてきた。ちょっと涙目。悲しそうだ。ダメって言って泣かせるのも可哀想だよね。それに僕も嫌じゃないし。ちゅっ、と音を立てて僕はルルアンタの唇に軽くキスした。くちびる。柔らかい。した後、ちょっと僕は恥ずかしくなった。頬が熱い。ルルアンタは僕が赤くなったのがおかしいのか、すごく嬉しそうにくすくす笑って、とっておきの秘密でも打ち明けるかのように言った。「ルルアンタね……『大人のキス』知ってるよ」「え?」大人のキス、って?「あのね……この前カイとフェティがキスしてるの見てたんだ、こっそり」え?あの二人もうそんな関係になっているの?全然知らなかった。「こんな風だったよ」ルルアンタはそう言うとさっきの彼女の言葉で混乱している僕の唇にいきなり軽く噛み付いた。「うひゃっ!?」間抜けな声を上げてしまった。ルルアンタは僕の唇に噛み付いて、それから僕の唇を小さな舌で舐めた。ぺろぺろ、子犬みたいに僕の唇を、頬を、鼻の頭を舐める。ぱくりと僕の唇を噛む。二人の鼻がぶつかってすごくくすぐったい。「ル、ルルアンタ、これは……違うと思うよ」僕はくすぐったいやら面食らうやらでやっとそれだけ言って彼女の顔を僕の顔から離した。そして笑いながら言った。「ルルアンタ、これは『大人のキス』じゃないよ」
僕の顔から離れたルルアンタの顔はほっぺたを膨らませている。ほっぺたがリンゴみたいに真っ赤だ。拗ねたように、怒ったように言われた。「ナッジ、ルルアンタの事、子供だと思ってるんでしょ」「え?子供って……子供じゃない」僕がそう言うとルルアンタはもっとほっぺたを膨らませた。怒らせてしまったみたいだ。「ルルアンタはリルビーだけど、もう子供じゃないもん」「ごめん……ごめんね、ルルアンタ」その膨れっ面のルルアンタが可愛くて可愛くて、僕は思わず彼女の小さな身体を抱きしめた。「ルルアンタ……怒らないで、機嫌を直してよ」彼女は僕の半分くらいしか身長がない。ぽんぽんと僕の胸の中のルルアンタの頭を、背中を軽く叩く。二人の身体が密着して、お互いの鼓動が聞こえそう……なんだか、甘酸っぱい匂いがする……それに、さっき舐められた唇と顔の感触が甦ってくる……変な気持ちになってくる……うあ!?下半身に重い感触がしてきた。僕の身体が、こんな小さな子の身体に反応してきてる?どうして?……僕って最低かも……僕の身体とルルアンタの身体は今、密着している。その状態が非常にまずい。僕は慌ててルルアンタの身体を離そうとした。ルルアンタの視線が下を見た。「あれ?ナッジのここ、どうしたの?」うわ気付かれた!ルルアンタは不思議そうな顔をしてそこに……僕のモノを手を伸ばして服越しに触ってきた。「うわ!ルルアンタ、そこ触っちゃだめ!」「わー、固い……どうしてこうなるのー?あれ?どんどん固くなってきてるよ?」ルルアンタは無邪気に僕のモノを掌で撫で回している。まずい、非常にまずい、このままじゃ……ちょっと気持ちいい……だんだん変な気持ちになってくる……「ふむっ!?」ルルアンタの身体を無理矢理そこから引きはがして、気がついたら僕はいきなりルルアンタの唇を奪っていた。そして舌を差し入れてルルアンタのつるつるの歯の表面を舐め、口の中を舐める。舌を絡めて、吸って軽く歯を立てる。カップケーキの味がする……「ふぅ……うん……」ルルアンタの苦しそうな声が聞こえて、ようやく僕は唇を離した。しばらく僕は放心状態でルルアンタの幼い顔を見ていた。ルルアンタもぼうっとした表情で僕の顔を見てる。「ナッジ……これ『大人のキス』?……すっごい、きもちいいよ……」ルルアンタの声が上ずっている。唇も、ほっぺたも真っ赤。「ねぇ……もう一回して……?」躊躇わずに、僕はもう一度彼女に口付けた。深く深く深く。彼女の唇を食べてしまうくらいに。そんな事していると、また、身体がむらむらしてくる……下半身が熱くて、がちがちに強張って……僕って本当に最低かも。唇を離すと、ルルアンタの身体は力が抜けてくたっとなってしまった。慌てて僕は身体に寄り掛からせた。また二人の身体が密着してしまう。
「ルルアンタ……なんだか暑くなってきた……」ルルアンタはそう言うと、僕の胸の中でのろのろと上着を脱ぎ始めた。う、うわ!?慌てている僕のことなんか気にもしてないみたいに、ぱさっと上着を脱ぎ捨てて彼女はノースリーブの肩や胸元まで露出したワンピース姿になった。この子、何も知らないんだ……きっと。そのまま彼女は僕の胸に顔を埋めた。甘酸っぱい、小さな子供の匂いがする……「ナッジ……大好きだよ……ナッジのおっきい手も……あったかい胸も……」どきどき。なんで僕こんなにどきどきしているんだろう。こんな小さな子を相手に。頭の中がくらくらして、胸の音が聞こえそうだ。「ナッジの角も……さっきのキスも……大好きだよ……」僕の胸の中のルルアンタのすべすべした白い首筋が、むき出しの肩がすぐ目の前に見える。う……キスしたい。舐めたい。むしゃぶりつきたい。そう思い始めるとますます下半身が熱く、痛くなってきた。ダメだ、絶対に、この子は何も知らないし、カイの妹みたいなものなんだ……そう思って必死に自分の欲望を理性で押し殺す。ルルアンタ、もう膝から降りて、と言おうとしたら、不意に下半身に……僕のモノに何かが当たっている……?「ナッジ……ルルアンタ……なんだか変なの……」ルルアンタが熱に浮かされたみたいな声で呟いた。「なんだか変な気持ちなの……おなか……の下の方が……じりじりして……」そう良いながらルルアンタの身体がずるずるっと降りて僕のお腹の上にしがみつく形になった。「ル、ルルアンタ!?」「あん……ナッジ……すごく、変……」ルルアンタは足を少し開いている。そして足の間が……こ、これって……?ルルアンタは自分の足の間を僕のモノに……ぱんぱんに膨れ上がったそこに擦り付けている……。「あんっ……あん……っ」ルルアンタは息を荒くして、腰を上下させている。うわ、なんてエッチな動きなんだろ、ミニスカートの裾がまくれ上がっている……なんて見とれている場合じゃない、これはただ事じゃない。僕はその……女の子の体の事はあんまり分からないんだけれど……これはひょっとして……ひょっとしなくても、これって女の子の……オ、オ、オナニーしてるって事?ルルアンタが、僕のお腹の上で、僕のモノを使って?うわわ、それってすごい……信じられない……あり得ない。「ル、ルルアンタ、やめよう、やめようよこんなこと!」「あんっ……ナッジ……きもち、いい……止まんない……」ルルアンタは全然聞こえてないみたいだ。両手をぎゅっと握って僕のお腹にしがみついている。はっはっと呼吸を荒くして……あんまり身体をぎゅっと押し付けてくるので、ルルアンタの体温まで分かる。熱い、火照ってる。そして僕のモノも……熱い。そこにぎゅうぎゅうと押し付けられているルルアンタの……そこが擦れて……すごく、気持ちいい……くらくらしてきた……うわ!先っぽ濡れてきた……まずいよ、このままじゃ!僕の胸の中ではぁはぁ言ってるルルアンタの身体に今すぐむしゃぶりつきたくなる。
「ナッジ……お願い……ぎゅっと、抱きしめて……」ええええ?混乱しながらその言葉を聞いた。本当はルルアンタの身体、引き離すつもりだった。だってこのままじゃ僕、何するか分からない。でも、気がついたら僕は言われた通り、お腹の上のルルアンタの身体を、ぎゅっと締め付けるように抱きしめていた。すごく可愛い……僕だけのものにしたい……「あんっ……はああんっ……」ルルアンタはますます激しく腰を動かして僕のモノに自分の足の間を擦り付けてくる。小さな身体が上下して、赤毛のツーテールがふるふる揺れる。子供なのに、すごく、いやらしい……スカート、完全にまくれ上がってる……白い股が見える。血管が透けて見えそうなくらい、白い。じわじわ、僕の中心に熱が集まって……ただでさえ擦られて気持ちいいのに、もう爆発しそうだ……限界だよ……!「ナッジ……はぁ、はああん!」ルルアンタはまだしばらく激しく腰を動かしていたけれど、感極まったみたいに顔を上げて叫んで、それからがくがくっと身体を震わせた。ひきつけを起こしたみたいに……それからぐったりして僕の身体の中に倒れ込んで動かなくなってしまった。はっはっと荒い息だけが聞こえている……ルルアンタもしかして、イッちゃったの?僕の上で、僕のモノを使って?……本当に?「はっ……ナッジ……すごく、きもちよかった……」ルルアンタはそう言いながらのろのろと身体を起こした。額に汗が浮かんでいる。目は虚ろでとろんとしている。僕はどうしたらいいのか分からない。それに僕のモノは……全然落ち着いてないし、落ち着くどころか、ますます……こんな可愛い子が僕の胸の中で、僕の身体の一部を使って、イッちゃうところを見てしまったら落ち着いていられる訳なんてないよ……「あ……」ルルアンタは何かに気がついたみたいに自分の服を直し始めた。ルルアンタのワンピースの胸の部分がずり落ちかけている。そして……片方、小さな膨らみとピンク色の突起が顔を覗かせている……うわ、可愛い……見ちゃいけない……けどもっと見たい、触りたい……「恥ずかしい……」ルルアンタはそう言いながら慌てて胸元を直し始めた。ぱちん。それを見て僕の頭の中の何かが弾けた。もう、何がどうなってもかまわない。この子を僕のものにしたい、僕のものに……「ルルアンタっ!」僕はこの子の名前を叫んで、小さなその身体を地面に押し倒した。ルルアンタが、ひゃっ、と小さな悲鳴を上げた。
「こらーっ!お前ら、何してるっ!!」響き渡る怒声に一気に正気に覚まされた。頭に登っていた血が一気に下がる。いつの間にか戻ってきたカイとフェティが怒り心頭に達した顔で僕と、僕の下敷きになっているルルアンタを見下ろしていた。カイの顔は真っ赤でぶるぶる震えている。「ナッジっ!お前、何のつもりだ!」「カ、カイ、違うんだ、これはその……」違わない。僕はルルアンタを襲おうとした。ルルアンタはまだ虚ろな目で地面に倒されたまま。スカートはめくれているし、上着は脱いだままだし……僕が脱がせたと思われても、しょうがない……「ご、ごめん……」「ごめんで済むか!ナッジ、お前見損なったぞ!」「まあ!こんな小さい子を押し倒して……ゴーカンするつもりでしたの!?信じられない!コーンスってや、ば、ん!野蛮、ですわー!」カイの怒声とフェティのキンキン声を聞きながら僕はただ頭を下げるしかなかった。
それからすぐに僕はカイに殴られた後、パーティを外された。僕のしたことを考えると当然のことだ。リーダーのカイの妹と変わらないルルアンタにキスして……押し倒してしまったんだから。斬り殺されてても、文句は言えなかったかもしれない。僕は数日間、宿屋に引き篭もってうじうじと自己嫌悪に浸っていた。あの時、カイとフェティが戻ってきて本当に良かった……もしあのままだったら僕は……ルルアンタをひどく傷つけて、怪我させて、泣かせてしまっただろう。そうならなくて本当に良かった、と思う。でも、もうあのルルアンタの笑顔を見ることはできないんだ……そう思うと辛くて、悲しい。でも、悔やんでいてもやってしまった事はどうしようもない。ヴァンの仇も討たなきゃならないし……やっと宿屋から出る気になった日に、僕は再び転送機で猫屋敷に呼び出されていた。
カイは、渋々といった表情で僕を見ながら言った。「ルルが、お前と一緒じゃないと旅したくないんだと」え?信じられないと言った僕の顔を見て、カイは腹立たしそうに続けた。「あいつ、ここ二日くらいろくに飯も食ってないんだよ」ルルアンタ……こんな僕にまた会いたいの?僕はルルアンタに欲情して……それに僕はルルアンタのその……恥ずかしい姿を見てしまったと言うのに……カイはどこまでルルアンタに僕のことを聞きだしたのだろう。「俺は反対したんだがな。俺は会わせたくなかった。でもあいつ、言うこと聞かねぇんだ」「ごめん、ごめんカイ……」僕は申し訳なくてまた頭を下げて何度も謝った。「もう二度とあんな事しないから……」「当たり前だ!二度とあんな事したら承知しねーぞ。もししたら……」カイの目に真剣に殺意を感じた。ひっ、と身の縮む思いがする。「あいつは俺の妹なんだからな」「約束する!」「じゃあ、さっさと来いよ。後でちゃんとルルにも謝れよ」
ルルアンタはカイに連れられてきた僕の姿を見ると、ぱあっと花が咲いたみたいに笑って出迎えてくれた。ナッジ、会いたかったよって何の邪気もない言葉を掛けられて、僕は涙が出そうになった。夕食の後、少し彼女と二人きりになった時、僕はルルアンタに謝った。「どうして、ナッジ?どうして謝るの?」無邪気に聞き返すルルアンタが可愛くて、申し訳なくて、僕は何度も彼女の頭を撫でながら、ごめんね、ごめんね、と繰り返した。
それから数ヶ月間はカイは僕に冷たく接し、僕とルルアンタを二人きりにすることはなかった。時折、カイの視線は氷のように冷たくなって、それが身を切られるように痛かった。フェティも以前にも増してツンツンして僕を軽蔑したような態度を取ってくる――まぁ、フェティは以前からそうだったからあまり辛いとは思わなかったけれど。当のルルアンタだけは何事もなかったかのように、僕に相変わらずの笑顔を見せてくれている。それだけが救いだった。
やっとカイが僕のことを許してくれたと思えるようになった頃、アミラルにしばらく滞在した。海の近くのこの街では今、ドラゴン祭が催されている。街には大陸中の人々が集まり、賑やかだ。街道のあちこちでいろんなものを売る露店が幾つも出ている。紙袋や大きな荷物を持って行き来している人が大勢いた。街を歩いているだけで気持ちがうきうきしてくる。「ねぇカイ、ナッジと一緒にお店を見てきていい?」ルルアンタがカイに聞いた時、カイはしばらく不満そうな顔をしていたが、渋々言った。「店見るだけだぞ。一時間後に海王の像の前に集合だ」「カイー、リルビーとコーンスなんてほっておいても良くってよー。でも高貴なアタクシをほっておくなんて許しませんわよー!」「ああフェティ、今行く」二人の後ろ姿を見ていると、ルルアンタが僕の腕を引っ張った。「ねえねえナッジ、お店行こ!さっきね、可愛いもの売ってるお店見つけたんだ!」ルルアンタに連れられて僕たちは露店にたどり着いた。そこには女の子の喜びそうな可愛い装飾品や小さい置物が並べられている。僕は思いつく前に言っていた。「ルルアンタ、ひとつ買ってあげるよ」「え?……でも……」「子供は遠慮しない」「ルルアンタは子供じゃないって、もう……!」ルルアンタは僕にべえっと舌を出してから、すぐにえへへ、と笑った。「じゃあね……これがいい」ルルアンタはひとつの指輪を指さした。銀で作られた薔薇の花のモチーフの横に深い緑色のコロル石がひとつはめ込まれている。ルルアンタの瞳の色と同じ。お嬢ちゃん目が高いねぇ、なんて露天商のドワーフの親父が言うのを聞きながら、僕はお金を払ってそれを受け取った。はい、と言ってルルアンタにそれを渡そうとするとルルアンタはちょっと真剣な顔をして言った。「ナッジ、嵌めてくれる?」そして左手を出した。小さな、かわいい手。「ここに……この指に」左手の薬指。えええっ!?それって……?どきまぎしながらその指に指輪を嵌めてあげると、ルルアンタはこれ以上ないくらいの満面の笑顔で微笑んだ。そして、指輪を嵌めるためにしゃがみ込んでいる僕の頬にちゅっ、と音を立ててキスした。そして耳元でこう言った。「カイには黙っとくね……二人だけの秘密ね」僕はまた、どきどきしてしまった。ルルアンタは指輪を嵌めた手を陽に翳すように高く差し上げた。そしてくるくるとステップを踏むように回ってから満面の笑みを僕に向かって贈った。僕には分かった。この微笑みさえあれば、僕には他には何にもいらないって事が。
---終わり---
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