妖術宰相ゾフォルは二人の若い男女を従え、最後の階段を昇った。通路の中央には扉がある。どうやらそこが目的地であるようだ。
ウリアの決心は固いはずだったが、その扉の前に立つと心が揺れた。彼は横に立つバシテバを盗み見た。
踵を返してここから出ていこう。貧しくても、たとえ子々孫々に至るまで権力に縁がなくてもいいではないか。
言葉が胸に溢れる。しかしそれを口にすることは何故か憚られた。
一方バシテバの顔色は青ざめていたが、あえて夫を見ようとしない。ひたすらに前を向いて、決心が鈍るのをかたくなに拒んでいる。彼女は富を渇望していた。いつか生まれるであろう我が子のためにも権力を得たかった。
ゾフォルはそんな二人を振り返り囁く。「フフフ、お二方よ。何を怖がることがある?さあ、扉を開けるがよい。ただ一夜とひきかえに、富と権力が約束されるじゃろう。扉を開けずに戻ることもできる。しかしこのまま戻ればお前たちは一生涯貧しいままで終わるだろう。どうする? 行くのか行かぬのか?」
事の発端は一月前に遡る。ゾフォルは突然ウリアの館を訪れた。ディンガル一族とは名ばかりの小さく貧しい邸宅。彼は自分の現在の境遇を恥じていたが、受け入れてもいた。
ゾフォルはつつましい生活を送る若きウリア夫婦を伴ってディンガルの富裕層の生活を見せて回った。輝かんばかりの調度品に囲まれた部屋。目にまばゆい宝石。世界中の珍味。かしずく大勢の召使たち。望むものをすべて与えられ、満ち足りた子供たち。未来への不安のない生活。
ウリアとバシテバは初めて見る世界に魅了された。善良で控えめだった彼らの心の中に、羨望と嫉妬が渦巻いた。富と権力がもたらす快楽など、知らねば求めることもなかっただろう。手に届かないとわかっていればあきらめることもできただろう。しかしゾフォルは巧みに夫妻を誘惑した。
「ウリアにバシテバよ。取り引きをせぬか。ただ一夜、魔道の塔にて夜を過ごせば目の前の富はお前たちのものとなる。そこで囚われの身となっているある高貴な御方にお前たちの夫婦の交わりを見せればいいだけだ。簡単なことではないか。どうだ、やってみぬか?」
正常な判断力があれば断っただろう。冒険者でもない二人が、たとえゾフォルの保護のもとといえども魔物が跋扈する魔道の塔に赴くなど狂気の沙汰だ。ましてや夫婦の営みをそこで行うなど。
しかし二人は富に焦がれ、一月の間迷ったあげく承諾した。たった一夜のことだ。こんなことなどなんでもないと己が理性を納得させながら。
そして扉の前で躊躇するウリアをよそに、バシテバは扉をゆっくりと開ける。おそるおそる部屋に踏み込んだ彼らの正面の壁には下半身が埋まっている男の姿があった。腕は頭上で鎖に拘束され、手は下半身と同じく壁に埋まっている。
男が口を開いた。「よく来た」
ウリアとバシテバは畏怖に打たれた。男はこの状態で生を保っている。
壁の前には柔らかな絨毯が敷かれていた。絨毯には何か魔方陣のようなものが描かれている。ここで自分たちは睦み合わねばならないのか。
ウリアは確信した。ここに来たのは間違いだった、自分たちは愚かにも逃れられない衝に捕らえられたのだと。
凍りついたように立ちすくむ二人をよそに、ゾフォルが宣言する。「ではわしはこれで失礼する。明日の朝にはお前たちを迎えにこよう」ゾフォルは退出し、二人の背後で扉は音を立てて閉まった。
シャロームが再び口を開く。「フフフ、何も心配することはない。余の名はシャローム。余と取り引きをするのだ。ウリアよ。汝の肉体を余に貸すがいい。これは契約だ。受け入れればお前たちに地上の栄華を与えよう」
驚愕するウリアをよそに、シャロームが何か念じた。男の額から光がこぼれ、まばゆい輝きに包まれてウリアは意識を失った。
バシテバは思わすウリアに駆け寄る。光が消えた後、そこに立つのはウリアではなくシャロームだった。バシテバは悲鳴を上げる。シャロームはかまわず彼女を見つめて言った。
「驚く必要はない。一夜身体を借りるだけだ。さあ、バシテバよ。余を受け入れるがいい。服を脱げ」
バシテバはシャロームに魅了された。夫のものでありながら、夫ではないその身体。長身で筋骨たくましく、顔は彫刻のように繊細で力強い。
しかしバシテバは気付かない。彼の外見は美しくとも、その精神は酷薄で無情であることを。シャロームにとってバシテバはただの道具。優しく扱うつもりはない。人類の革新のために我が身を捧げることができるのだ。感謝するがいいとすら思っている。
シャロームの冷たい瞳は妖しい輝きを放ち、バシテバは戦きながらも目を逸らすことができない。そして忽然と悟る。私はこの方への奉仕者。この方の望むがままに身体を捧げることが私の使命だ。
これは自分の本心なのかあるいはただ操られているだけなのかバシテバには判断できない。しかしシャロームの命じるまま、質素な衣服を一枚一枚脱ぎ捨ててゆく。
彼女もまた美しかった。小さな顔、切れ長の目に薄い桜色の唇。肩に流れるみどりの黒髪。身体は小柄で、胸も小ぶりではあったが形よく天を突いている。胸の頂上には石榴の果肉の一粒に似た薄紅色の乳首。
ヒップは大きく張り詰めている。デルタ地帯の繁みは薄く、まっすぐ伸びてその奥のヒダがかすかに見える。一糸まとわぬ姿となって、魔法陣の中で待っているシャロームの前で身体をさらけ出す。彼の視線に導かれ、バシテバは前に進み出る。シャロームも服を脱いで彼女を迎える。
男根は大きく、ぬめりを帯びながらそそり立ちバシテバの前に突き出されている。彼女は彼の足元にひざまずき、一物を口に咥えた。片手で根元を持ち、全体をまずはゆっくりと舐める。
一物がしっとりと唾液で濡れたのを見計らうと、今度は先端だけを口に咥えなおす。そしていとおしげに棒の部分を手で軽くしごく。
バシテバは上目使いでシャロームをうかがう。しかし、彼は冷たい表情を変えず轟然と彼女を見下ろす。
バシテバは焦り、さらに男への奉仕を続ける。彼は何をしたら悦ぶのだろう?
口から男根を放した。そして小さく開いている鈴口を舌でくすぐり、雁首に添ってくるりと舌を絡める。そのままくるりくるりと舌でなで上げ、雁をひたすら責め続ける。
シャロームがピクリと動く。
バシテバは一度口を離してついばむようなキスを降らせ、また棒の全体を口に含み、頭を激しく動かしてピストン運動を始める。その間裏の筋に舌を這わせて舐め上げる。指は根元を包み、口が届かないところを優しく愛撫する。
ようやくシャロームの表情に変化が出た。目を閉じ、軽く眉をしかめている。軽くうめき声も漏れる。手の中の一物が脈打つようにさらに硬くなった。
バシテバは動きを止めずにさらに深く吸い付いた。もう一方の手で袋の部分を軽く撫でてみる。
シャロームの息使いは段々と荒くなる。彼女の頭を抑える手に力が加わる。さらにバシテバが動きを早めると、シャロームは彼女の頭を強く掴んで口の奥まで猛り立った一物を押し込んだ。そして熱い液体を一気に解放した。
「飲み干せ」バシテバは言われるがままにむせ返りながらもすべて飲み干し、いとおしむように男根を舐め上げた。そして次の命令を待って、シャロームを見上げる。
「横たわり、脚を開け」シャロームが命じる。バシテバは言われたとおり、絨毯の上に横たわった。脚をM字に大きく開いて、ピンク色の花弁を露わにする。奥からこぼれ出た液体で濡れて輝くその裂け目を見つめるうち、シャロームの一物にまた力がみなぎる。彼はバシテバの開かれた脚の間に身体を入れた。そして彼女の脚を手に取り高く掲げ、己の男性自身を勢いをつけて挿し込んだ。
「ああッ……」バシテバは甘く切ないあえぎを漏らす。シャロームの一物を求めて腰を突き上げる。両脚を彼の背にからめる。陰茎の根元が敏感な肉の突起に触れ、痺れるような快感を彼女に与えた。彼女の悦びが強くなるにつれ、シャロームの肉棒は強く締め付けられる。
シャロームは巧みに腰をグラインドさせて彼女を突き上げ、秘部の壁を男根で刺激する。彼女はその動きに翻弄されて、自分をコントロールできない。
「もっと…。お願い、もっとゆっくり」しかしシャロームは応じない。ただ頂上を求めて、もつれるように重なり合い、動きは早まってゆく。先に達したのはバシテバだった。
「ああ、ああ、ああ、すごい…、もう…駄目です…、も、だ…あああっ……」体が痙攣し、弓なりに反り返った。
「くはっ…」シャロームは深く突き上げ、彼女の奥に精をほとぼらせた。
バシテバはまだ解放されない。シャロームの男はまたすぐにいきり立ち、彼女の体を求めている。シャロームは絨毯に腰を下ろし、バシテバに手を差し出した。
そのまま座った姿勢でバシテバと向き合う格好になりながら、座位にもちこんで彼女を再び貫いた。片手で彼女の腰を支えながら目の前で揺れる乳房をもう片方の手のひらで包み、頂きの蕾を口に含む。軽く噛む。
「ああ…、ふう…ぅん」バシテバからため息が漏れる。
そしてシャロームは耳元で囁く。「どうしたバシテバよ。まだまだ終わりは来ぬぞ。さあ、腰を動かすのだ。深く余を迎え入れよ」
言われるがまま腰を動かした。シャロームの首に手を掛けて身の仰け反らせながら腰を振る。乳首を弄ぶ彼の舌の感触に陶然となる。敏感な部分に強く擦りつけられる彼の肉体の感触に蕩けてゆく。すぐに体は熱くなり、欲望に任せて体を打ち付けあうごとにくちゅ、ぐちゅりと音をたてる。
汗が体を伝う。限界を感じて体が小刻みに震える。互いの快感が高まるにつれてバシテバは高く強く何度も突かれて体が跳ね上がる。不意にシャロームが動きを止めた。彼が達すると同時に、バシテバは彼に敏感なマメを押し付けて悲鳴を上げるほど強く昇りつめた。
…それから幾度シャロームに抱かれただろう。部屋の中は性の甘いような独特の香りが充満している。
今も彼に貫かれながら、バシテバは感じたことのないような深い疲労を覚えていた。性行為の後に感じるような疲れではない。精神の源が崩れるような根源的な疲労だ。自分の何かが損なわれ、喪われていくような感じがする。
シャロームへの不条理ともいえるような従属心には未だ捕らえられていたが、彼女はもはや自分の意志で体を動かすこともままならない。
シャロームは四肢を伸ばして両手を絨毯に突き、肩で息をしているバシテバを見ながら考えた。
ほう…。早くも魔法の影響が現れたか。やはり革新し得ない凡庸な人間は滑稽なほどか弱いものだな。しかし今少しこの女には持ちこたえてもらわねばならん。法の完成までには、まだまだ我が精を身に受けさせねば。
バシテバは体が持ち上げられるのを感じた。彼女の意識は遠のき、白濁していった。
ウリアとバシテバは人の声で目覚めた。二人は絨毯に横たえられている。真っ先に着衣を確認したが、訪れた時と変わらぬ様子で身につけている。二人は立ち上がり、部屋を見回す。蝋燭の明かりにともされた薄暗い部屋は、今が朝か夜かも知らせてくれない。壁の男は、初めて見たときと同じように封印されたまま目を閉じている。
ゾフォルが口を開く。「さあ、役目は終わった。来るがいい。おぬしたちの家まで連れてゆこう」
扉が閉じる前、バシテバは壁の男を振り返った。男は目を閉じたまま身動きしない。そして彼女は扉を閉じた。それがバシテバとシャロームの永劫の別れだ。
館の前まで二人を送ると、ゾフォルは去っていった。ウリアは霧がかかったような意識の中で何があったのか記憶をさぐる。バシテバは心の奥底まで入り込まれ好き勝手に蹂躙されて心身ともに深手を負っている。
形は違えど二人は深く傷ついていた。歩きながら互いのぬくもりを求めて体を寄せる。見つめ合う。
…昨夜何があったとしても、もう思い出す必要はない。あれはすべて夢だったのだ。私たちの人生はこれから始まる。子供をつくり、豊かに幸せに暮らそう。もともと善良なふたりは、お互いの弱さを認め合い許しあうことを選んだ。未来への希望を胸に抱きながら。
ゾフォルはひとり、歩きながら考える。
哀れな若き夫婦よ。喜ぶがいい。お前たちにはあれほど望んでいた富と権力を与えよう。
だが幸せを望むか? それは叶わぬ。お前たちはいずれ知る。 その腹に新しい命が宿ったことを。それが誰の種かということを。
生まれる子は、その生い立ちゆえに親であるおぬしらに恐れられ疎まれるだろう。…わしのように。すべてはさだめだ。
心の弱さがある限り、人の世の悲しみは続く。しかし安心するがいい。その悲しみも長くは続かん。すぐに世は闇に包まれるのだからな。
そして光もささない暗く冷たい部屋の中、おごれる王シャロームは微笑んでいた。彼は待ち続ける。いずれ訪れるであろう少年を想って。愛にも似た感情を抱きながら。(終)
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