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 甲高い金属音が、荘厳だった廊下に響き渡る。
 ひとつ、またひとつと増えるたびに、壁に床に、赤黒い染みが増えてゆく。
 右から打ち込まれた突きを紙一重でかわし、最低限の動きでがら空きになった腹部に手持ちの獲物を叩き込む。
 鎧ごと臓腑を貫き背骨を断ち切ったのが、柄から直に伝わる。
 仲間の死に、怒り狂った竜騎士が怒声を上げながら向かってくる。
 その数、三人。前方一列状二人、やや左後方から一人。
 たった今、絶命させた竜騎士を剣に乗せたまま、前方の二人に投げつけるように振る。
 狙った通り、前方一番前は死体がぶつからないように足を止める。後ろは、前の仲間が邪魔になり、棒立ちとなる。
 長剣はそのまま大きく弧を描き、左後方から来た奴を捕らえた。
 硬いものと軟らかいものを同時に断ち切る感触。幾度も血を啜ってきた愛剣は、貪欲に新しい犠牲者の血を啜る。
 犠牲者の上半身が床に口付けをする前に、前方に踏み込こむ。
 足が止まっていた一人を、死体を踏み越え、上から一刀両断にする。
 血の糸を引きながら左右に分かれる仲間を見てか、その後ろにいた竜騎士の顔に、恐怖の表情が張り付いた。
 勢いは止まらない。
 獣が獲物に襲い掛かる直前の動作さながら、体全体を大きく沈ませ、勢いに任せて地面を蹴り上げる。
 突き出した長剣が、竜騎士の顔面に突き刺さった。


「ぜいっ、ぜいっ、ぜいっ・・・」
 吸っても吸っても、酸素が足らないように肺が空気を求める。心臓が破れんばかりに脈打っている。
 息が整うのを待たず、ぐるりと周囲を見回す。
 あと1名、残っている。が、目を合わせたら完全に逃げ腰になった。
「こないのか?」
 愛剣を大きく振り、壁と床に新しい染みを増やす。
「ひぃぃぃー!!」
 そいつは情けない悲鳴を上げ、持っていた剣を落とした。
 根性無くて宜しい。
 なるべく人の悪い表情を浮かべ、言い放つ。
「いつまでもそこにいると、間違えて切っちまうかもよ?」
「#○☆@△ж!!」
 謎の悲鳴を上げ、通路の闇に消える。
 それを確認し、手近かな通路の影に潜り込む。
 広いロストール城内部。現在完全に道を失っている。
 ・・・ゼネテスとレムオン救出後、大量に出てきた竜騎士に完全に包囲され、目くらましにと風の禁呪を使ってしまったのがいけなかった。
 魔法を使った進入や暗殺を防ぐ為に、城内には魔法を無力化する結界が張られている。
 最初普通の風呪文を試したところ、結界に阻まれたものの、微風を起こせた。
 もしかしたら、禁呪なら発動するかもしれない・・・と発動した途端、制御に失敗したのか、大暴風が無秩序に吹き荒れた。
 その影響で目くらましどころか、周囲の竜騎士をなぎ倒した。だけでなく柱や天井も大破し、落下してきた。
 混乱の中、二人は壁の隙間から外に抜け出たのだが、自分も続こうとしたら、天井が穴を埋めてしまった。
 そして城内を逃げ回り、現在へと至る。
 ・・・端から見たら、笑いネタにしかならない・・・


 見覚えのある柱が見えた。
「あれは・・・?」
 早足で近くに寄る。それは王家の者が住まう場所に通じる通路の柱だった。
 豪華華美な柱の足元に、ここで警備を担当していた、顔なじみの竜騎士の亡骸が横たわっている。
「・・・ご苦労さん」
 半開きになっていたまぶたを、そっと閉じてやる。
 帝国の将校となっても王女の部屋に出入りしていたのだが、エリスの手配によるものか、その辺の事情を知っていたらしく、
「よっ、モテル色男は大変だね」
 などとからかわれてたりしたものだが・・・
 黙祷し、天空神ノトゥーンに冥福を祈る。
 通路の奥に目を向ける。確か、ティアナ王女はまだ捕まってなかった筈だ。
 駄目もとで行ってみよう。部屋にいなくても、隠し通路から外に出られる。
 もしかしたら、そのルートで脱出したのかも知れない。
 無事でいるといいな。心の底から、そう思った。 
「あいてっ」
 通路に踏み出そうとした瞬間、首筋がずきりと痛んだ。 
 手を当てると、軽く出血しているのか、少量の血が指に付着する。
 ダルケニスとして覚醒し、錯乱したレムオンを相手にした時の傷だ。
 錯乱していたにもかかわらず鋭く巧妙な剣技に、長剣は不利だった。
 愛用の全身鎧を着ていないこともあり、素手で押さえ込んだのだが、懐に入る直前の攻撃でこの傷を負うこととなった。
 もう少し深かったら動脈に達していただろう。
 治療は後の方がいいか・・・誰か来ると厄介だ。
 ため息をひとつつくと、濃厚な闇が滞積している通路に、足を踏み入れていった。


 扉の外から、中の気配を探る。
 気配は無し・・・
 音を立てないように扉を開けると、隙間に滑り込むように体をねじ込む。
 注意深く周囲を見回すと、カーテンが開いているので、薄暗い程度の室内が浮かび上がる。
 何時も通っていた時のまま。ほとんど荒らされていない室内に驚く。
 ゆっくりと警戒しながら奥へと進む。と、床に綺麗な櫛や装飾品が散乱しているのが見えた。
 流石に宝石とかは被害にあってしまった様である。
 人間騒動に巻き込まれると、品性を失うことが多いからな。
 変なことを考えた為油断したのか、足元でぺきっと乾いた音がした。
 ぎょっとして足元を見る。散乱していた薄い櫛を踏んでしまったようだ。
「きゃぁ・・・!」
 奥から聞こえてきた声に、さらにぎょっとする。心臓に悪い。
「あ、その声・・・ティアナ様?」
 思わず、一気に寝室への扉をくぐる。
「はぃ・・・あ、貴方は・・・どうして此処に? 確かカルラ陣営に参加されていた筈ですが・・・?」
 訝しげな声を頼りに視線を向けると、寝台の上で両膝を抱え、小さくなっている少女を発見した。


「えー・・・詳しいことは長くなるので・・・ここから出てから話します」
 手を差し伸べると、ティアナは身をさらに小さくした。
 怯えているのだろう。
 そうでなくても、自分は敵軍の将校だ。警戒して当然だ。
 安心させようと、思考を働かせて話しかける。
「戦いに向こうの傭兵として参加してますが・・・えと、知り合いが危険と聞いて駆けつけてしまいまして・・・」
 血に汚れた剣と格好をなるべく見せないように、横を向く。
「ティアナ様、御無事で良かった」
 沈黙。雰囲気が重苦しい。
「・・・ここにいると危険です。アトレイア様もゼネテスも先に脱出されて、待っていますよ」
 びくり、と、少女の体が震えた。
「・・・あの・・・」
「うん?」 
「・・・あの・・・貴方は・・・のこと・・・」
「え?」
 膝の間に顔を埋めているので、よく聞こえない。寝台の上に身を乗り出し、耳を寄せる。
「どうかしたのですか?」
 それを感じ取ったのか、ティアナが顔を上げる。目が合った。
 澄み切った青空のような瞳が、憂いを含んで揺れている。
「・・・貴方は・・・私のこと・・・どう思ってますか・・・?」
 かすれているが、今度はしっかりと聞こえた。
「・・・は?」
 意味が飲み込めず、思考も体も硬直した。

 

「えーと、あのー・・・ティアナ様?」
「・・・すみません・・・でも・・・」
 目を逸らし、再び膝に顔を埋める。 
「もう、何を支えに生きていけばわからないのです・・・」
「・・・」
「こんな時に・・・いえ、こんな時だからこそ知りたいのです・・・貴方の気持ちが」
 周囲の暗闇が濃くなり、強い圧迫感を覚えた。
 困った。激しく困った。
 秘めた想いを告白し、小さくなっている少女を目の前に、思考がほとんど働かない。
 何か言わないといけないと、気は焦る。が、何も出てこない。
 口の中がからからに乾燥し、喉が焼ける。
 ・・・実はと言うと、すでに想い人がいる。告白はもちろんしていない。
 告白していない理由は身分違い。ロストール王家の血筋を持つが、この少女ではない。
 しかし、それを言うわけにもいかず、かといって、嘘を言う訳にもいかない。
 どれだけ時間がたったのだろう。
「・・・ウフフ・・・」
 少女から、何かを押し殺したような笑い声が聞こえてきた。


「ティアナ・・・様?」
 気まずい想いで、かすれる声で、少女の名を呼ぶ。
「わかっていました・・・貴方の意中の御方・・・アトレイア様だって・・・」
 小さな両肩が、豊かで明るい黄金色の髪が小刻みに揺れる。
「王女という肩書きに関係なく、接してきてくれたのは、あの人と貴方だけだった・・・」
 くつくつと、疲れたように笑いながら、一人独白する。
「・・・お父様にも、ゼネテス様にも、貴方にも、わたしは受け入れられはしなかったのですね・・・」
「へっ・・・?」
 科白になにか引っかかるものを感じ、ティアナを見る。
 それに呼応するかのように、少女がゆっくりと顔を上げ、こちらを見上げる。
 いつも太陽のように明るかった少女の瞳が、悲しみの涙で濡れている。
 その瞳を直視できず、顔を背ける。
 わかってしまったのだ。こちらの気持ちが。
 胸の中に重いものが鎮座する。
「・・・すみません」
「・・・」
 無言。沈黙が痛い、痛すぎる。
 先程まで感じていた息苦しさが強まり、この場から逃げ出したい衝動に駆られる。
「ティアナ様・・・あの・・・ここは危険です。・・・逃げましょう・・・」
 視線をはずしたまま、しどろもどろで脱出を促すが、少女は無言のままだ。
 わずかに視線を戻すと、うつむき加減で、何かを堪えるように震える姿が映った。
 見ていられず、再度視線を外す。
「・・・し・・・のに・・・」
 うめくような声が聞こえた。ほとんど聞こえなかった。が・・・次の瞬間。
 視界が半転した。

 

 否。寝台の上に引っ張りあげられたと理解した時には、ティアナが襟首を締め上げていた。
 がらんっ、と金属が床に落ちる音が薄暗い室内に響く。
「わたしが・・・わたしが貴方を先に見つけた・・・先に好きになった・・・なのに、あの女は貴方をわたしから奪っていこうとする・・・!」
「ぐ・・・がぁっ・・・ティア・・・ナ!」
 振りほどこうと暴れるが、どこにそんな力があるのか、細い両手は緩まない。
 それどころか、万力で締め上げられるよう確実に、ぎりぎりと首が絞まっていく。
 もがくたびに寝台が大きく揺れ、ぎしぎしと悲鳴を上げる。
「貴方だけじゃない・・・ゼネテス様も・・・あの女に・・・!」 
 視線が一瞬、交差する。少女の瞳が、赤く変わっていた。
 訪れる度に、立場が微妙なこちらを気遣い、明るく優しい笑顔で出迎えてくれた少女の面影は、そこにはもう無かった。
 肺が酸素を求めて、のた打ち回る感覚に襲われる。
 覚悟を決め、容赦なくティアナの腹に蹴りを入れた。締め付ける力が緩む。
 その隙に、手を引きちぎるように離させる。
「ごほっ、げほっごほっ・・・苦しかった・・・」
 激しく咳き込みつつ、ティアナの傍から逃げるように距離をとる。
 ごつんっと背中から音がし、それ以上進めなくなる。
 逃げる方向を間違えた。どうやら壁際の方にきてしまったようだ。
 ティアナは俯いたまま、ぶつぶつと何事かをつぶやいている。
「わたしがお父様の子じゃないから・・・? 皆、それを知っているからわたしから離れてゆくの?」
 狂ったように言葉を紡いでいく。
「本当の王女じゃないから・・・だから・・・だから・・・本当の王女に皆持っていかれる・・・!」
 血を吐くような叫びに、背筋が凍る。

 

「・・・エリス様は不倫なんてしてない・・・」
 痛む首筋を押さえながら、うめくように言葉を搾り出した。
「ウフフ・・・何を根拠に?」
 どこか虚ろな赤い瞳で射抜かれる。
 怖い。ものすごく怖い。
 全身が、本能が逃げろと警告を発している。
 血潮のように赤く染まった瞳。自分を押さえ込んだ怪力。蹴りをまともに食らいながらも、そのダメージは全く見られない動作・・・
 以前、蹴り一発で、鍛えられた大人を失神に追い込んだことがある。しかも、今回は近すぎる状況ゆえ、手加減を全くしていなかった。
 その攻撃を受けたにもかかわらず、見るからに脆そうな少女が平然としているのだ。
 本来ならば、到底耐えられるとは思えない。
 理性も、本能に従った方が良い。と囁きはじめた。しかし・・・
「ティアナ様誕生によって、王との絆が深まるのを切望していた・・・」
「嘘!」
「エリス様本人が、そう話してくれた・・・あの方は、いつも家族のことを第一に考えていた。自分の命以上に」
「・・・」 
「ゼネテスだって、庭園でアトレイア様を庇ったのは、彼女が攻撃されようとしていたからだ。攻撃される相手がティアナ様だったら、ティアナ様を庇っていた」
 気のせいか、周囲の闇が薄まったように思えた。圧迫感が和らぐ。
「貴女ははちゃんと知っている筈だ。二人の性格を」
 動揺しているのだろうか。肩が細かく震えている。涙が白い頬を伝わって流れ落ちた。
「・・・お母様・・・ゼネテス様・・・」
 小さな嗚咽が、可憐な唇から漏れ始めた。
「駄目だなぁ、ティアナ様。ちゃんと欲しいものは手に入れてもらわないと」
 不自然な程明るい声が、部屋に響いた。


「シャリ・・・!!」
「あれれ? さっきぶりだね『竜殺し』」
 異国風の衣装を身につけた少年は、長い付き合いのある友人のような口調で話しかけてきた。
「本当は一緒にお茶しながら、じーっくりお話したいところだけど、今はちょっと大人しくしてね」
「!?」
 シャリがこちらに指を向けると、全身から力が抜けた。思考が白濁し、まぶたが別の生き物のように、視界を奪おうとする。
「お疲れのようだから、ゆっくり休むといいよ。良い宿を紹介してあげる。ご褒美は闇の神器で、なんてね。アハハハハハハ」
 前めりに崩れ落ちそうになるのを両腕で堪えようとし・・・失敗した。
 地面から引きずり出された芋虫が、地面の上でもがく様相さながら、顔だけは少年の方に向ける。
 少年は音もなく床に降り立つと、ティアナの横へと移動する。
「『竜殺し』も苦手があるんだね。女性を口説くならもっと優しくいかないと、嫌われちゃうよ? ねぇティアナ様?」
 ティアナは無反応。シャリの表情がおや?という表情になった。
「おや、愛する彼の言葉を信用するの? アハハ、じゃあ、お父様の言葉は信じられないって事だね?」
 少女の瞳が、恐ろしい存在に怯えるような色を宿す。
 意地悪く笑うと、ああ、と言葉を付け足した。
「『お父様』は不適当だったね。ウフフフ、ごめんね」
 はじかれたように、ティアナがシャリを見る。
「国王様は、貴女が本当の娘ではないことを知っていた・・・だから、あれ程までに無関心を決め込んでいたんだよ。
そうしないと、王妃に自分がどうにかされちゃうからね!」
 ・・・そういうことか・・・
 部屋よりも暗い闇に落ちそうになる意識の中、状況を整理する。
 ティアナが王女ではない、とあれほどまで荒んたのは、父親に娘ではない、と疑念を肯定されたから・・・しかし、何故だ?
 国王?!
 激しい憤りと魔法への抵抗で、食いしばった唇から血が流れだした。
「国王様が怖い? やだなぁ、国王様があんな姿になったのも、貴女があんな目にあったのも、全ては王妃が悪いんだよ?」
「やぁぁぁっ・・・!」
 悲鳴を上げ、ティアナは頭を抱える。小動物が追い詰められ、怯えるように、小さくうずくまって震える。
 弱まっていた部屋の圧迫感が強まる。
 周囲の闇から生まれた黒い靄が、ティアナに向かって収束している。
 不意に、その靄が少女の中へと消える。同時に、震えが止まった。
「さて・・・君を惑わせた人には、お仕置きをしないとね」
 少年と少女が、静かにこちらを見据えた。今まで体験したことの無い戦慄と恐怖が、背筋を駆け上るのを感じた。

 

 ティアナの細い両手が、顎に添えられた。死者のように白く冷たい。
「酷い人・・・わたしの心を盗んだのに、他の女のところに行こうとする・・・」
 恨み言が言い終わらぬ間に、そのまま上に持ち上げられる。不自然な態勢に、息苦しさに、うめき声が口から漏れる。
「酷い人・・・わたしから離れていくだけでは飽き足らずに、わたしを惑わせるなんて・・・!」 
 白い顔が迫ってきた。
 唇にひんやりとした、しかしやわらかい感触。口内に何かが侵入してくる。
 口付けから逃れようと首を振り、顎を閉じようとするが、手が顎を固定している為か全く動かない。
 舌で唇の傷を開かれる痛みと、口内を愛撫される感触。新たな血と互いの唾液が絡み、口の端から溢れ出す。
 どれだけそうやっていたのだろう。ティアナがゆっくりと離れると、名残惜しげに唾液が糸を引く。
「貴方を手に入れる・・・そして・・・」
 肩口を掴まれた、と思ったら、寝台の豪奢な天蓋が視界に入った。体を反転させられたのだ。
「壊す・・・!」
 圧しかかられ、耳元でぞっとするような声音で囁く。と、首の傷に指を突き入れられた。
「っぁ、ぁあぁぁああっ!!」
 激痛に、先程から出なかった声が、悲鳴が口から上がる。両手で細い手首を掴むが、こちらも全く動じない。
 蹴りを試みようとするが、何かに掴まれているかのように上がらない。視線だけ動かしてみる。ティアナが邪魔しているので見えない。
 が、黒い靄が生き物のように蠢きながら、足がある方にわだかまっているのが確認できた。
 少女は悲鳴に満足したのか、恍惚とした表情を見せる。指に力が篭り、指をさらに捻じ込こまれる。
「っぁ・・・がぁっ・・・ぁぁ・・・!」
 首筋と背中が、生暖かい液体によって濡れていくのがわかる。ティアナの指が、動脈を破ったのだ。
 心臓が一回脈打つたびに、焼けるような苦痛の感覚に襲われる。血液を失うほど、全身から抗う力が抜け落ちてゆく。
 痛みと出血で視界が歪んできた。その歪んだ光景に、ティアナの赤い双眸が輝いている。
「うわー、強烈。ティアナ様ってサディストだったんだねー」
 シャリの場違いな明るい声に、指の力が止まる。
 途切れそうになる意識を、必死で持たせようとする。ここで意識を手放せば、二度と光を目にすることは出来ない予感がする。
 ここからだと姿は見えないが、声は響く。
「流石にその出血じゃ持ちそうに無いだろうから、傷口だけ治療しちゃおう。いいよね?」
 ティアナはしぶしぶ頷くと、首から手を抜いたのだろう、傷の痛みがわずかに和らぐ。その隙に動こうとしたが、痙攣しているかのような弱い動きしか出来なかった。
 少女は指に大量に付着した血を、舌でゆっくりと舐め取る。豪華なドレスに血が滴り、赤い模様が広がっていった。

 

「いたいのいたいの、とんでけー。なんちゃって、アハハハ」
 傷の痛みはなくなったが、全身を包む倦怠感はまるでなくならない。それどころか、寒気を感じる。
「寝ないように頑張ってたから、サービスで眠気も取っておいたよ。さぁ、続きをどうぞ」
 どうぞ、じゃねぇ。悪態が脳裏に浮かぶが、声にはならなかった。
 シャリは眺めるつもりなのか、窓際の椅子にちょこんと腰掛ける。
 それを合図にしたように、ティアナの手が腰のベルトに伸びてきた。
 避けようと、体を動かそうとするが・・・首から下が動かない。
 窓のほうを見ると、お茶の準備をしようとしていた少年がにやり、と意地の悪い笑みを浮かべた。
 少女はおぼつかない手つきで二つのベルトを外すと、まず上の服をゆっくりと左右に開かせる。
 二枚目からは上からかぶるタイプの服だ。業を煮やしたのか、びりびりと素手で二枚とも破いた。
 現れた上半身に、ティアナが息を呑むのが聞こえた。そしてそのまま胸に顔を埋めてくる。薄い金色の髪が、その表情を覆い隠した。
 先程冷たいと思った少女の体は、熱を帯びているように熱く感じられた。
 その手が、舌が、髪が、全身を優しく、時に荒々しく愛撫してゆく。様々な場所に、爪による引っかき傷と口付けの後が付いていった。
 時折、唇を吸おうとするが、こちらが首を振って逃げる。そのたびに、ティアナは悪戯を指摘された子供のように口を尖らし、違う場所へと移動する。
 なんとか抵抗はしているが、愛撫によって興奮するのは止められない。息使いが荒くなってきているのが、静寂の中耳障りだった。
「体が冷えてますわ」
 何度目かの抵抗後、ティアナが口を開いた。唇からのぞく舌が、妙に赤い。
 ティアナが纏っていたドレスが、形を失い、闇に溶け込む。一糸纏わぬ姿となった。
 やや小ぶりながら、形の良い乳房が視界に入る。綺麗な桜色をした乳首は、つん、と重力に逆らって上を向いている。
 顔が熱くなるのを感じ、反らそうとして、頭を抱え込まれる。 
 耳の中に舌が突き入れられた。逃げようにも頭を抱えられてしまっている為、喘ぐことしか出来ない。
 ティアナは舌で中をゆっくりとかき混ぜ、耳たぶを咬む。耳たぶの感触が麻痺したように無くなった。
「暖めてあげましょう」
 耳に息を吹きかけるように、そう囁いた。


 白い手が、胸から腹、腰へ時折爪を立てながら伸びる。新しい傷が、赤いものを含み、痛覚を送ってくる。
 と、服の上から股間の突起物に触れられた。その瞬間、びくりと体が反応した。
「ウフフフ・・・ここはまだまだ元気そうですね」
 ゆっくりと服の上から、突起物を擦る。優しく包んだかと思うと、急に荒々しく掴みあげる。
「うっ・・・ぐぅ・・・」
 絶え間なく襲ってくる快楽と苦痛に、堪えていた喉の奥からうめき声が漏れた。
 ティアナはそれを聞くと、一気にズボンを引きおろした。
 現れた男根に、ティアナはうっとりと顔を綻ばせる。
 その淫乱な表情に、思わず顔を背けた。
 屈辱と恥辱で、腸が煮えくり返る思いが沸き立った。と、強く首が引っ張られ、強引に唇を持っていかれる。
「わたしを見なさい・・・いえ・・・そうさせてあげます」
 ティアナは荒い呼吸の中そう囁くと、唾液に濡れた舌を体に這わせ、下へとおりてゆく。やがて、男根に辿り着いた。
 少女の愛撫に、本人の意思とは関係なく膨張したそれを、舌を使って根元からゆっくり先端に向かって嘗め回してゆく。
 そして先端まで行き着いたら、剥けているいる部分を重点的に攻め立てた。
 その間、両手が太股と臀部を弄り、全てを手中に収めようと暗躍する。
 少女の吐息が激しくなるほどに、それらはその動きを増徴させてゆく。
 「うぁぅ・・・」
 自分の分身とも言える部分を愛撫され、先程の感情は快楽にとって変わっていった。
 思考の中に空白が生まれた。それはゆっくりと理性を侵食しながら、膨張してくる。


 ティアナは男根から口を離すと、こちらの胸の上に座り込み、蕾がこちらに良く見える位置へと移動した。
 軽く肺を圧迫されるが、細く引き締まった臀部の感触がやわらかい。
「見て・・・もうこんなになってしまいました・・・」
 恍惚とした表情で見下ろしてきた。暗闇にぼんやりと浮かぶ少女の姿は、淫乱ながらもどこか荘厳さを称えていた。
 つい、見ほれてしまった。少女は可笑しそうに笑った。
「どうしました・・・『竜殺し』様?」
 意地悪くそう言うと、繊細と表現するに相応しい指で、金色の茂みを掻き分け、自らの蕾を押し広げた。
 そこからは不透明の体液が溢れ出している。
 ティアナは指を、その蕾の中に差し込んだ。
 「あうっ、あぁぁん・・・」
 中で指を動かすたびに、少女の全身が痙攣し、ぴちゃぴちゃと淫猥な音が暗くなってきた室内に響く。
 指の隙間から蜜が滴り落ち、身動きできない青年の胸板をゆっくりと汚していった。
 それでも指の動きは止まらない。残った片手で漏れ出た蜜をすくい取ると、自らの胸に塗りはじめた。
 ゆっくりと乳房の周囲を撫で回しながら中心へ、そして先端を摘む。
「あぁんっ、気持ちいっ・・・!」
 少女の興奮が肌を通して伝わるのと、蜜の淫らな芳香が、徐々に理性を溶かす。空白がそれ食らってゆく。
「はんっ、あぅ・・・あぁうん・・・」
 ずぷり、と、もう一本指を差し込み、中を掻き回しながら蕾を押し広げる。
 びくんっびくんっ、と華奢な体が獣のように跳ね、蜜が飛散する。顔にかかり、汗と交じり合いながら流れ落ちる。
 渇く。口の近くに流れてきたそれを、自らの舌で舐め取った。
 理性が空白に屈服した。思考は快楽に溺れる。
「ウフフ・・・物欲しそうですね・・・」
 ティアナは蕾から引き抜いた指を、口内へとねじ込んだ。青年は顔を背けることなく、素直にそれを受け入れた。


 蜜を残らず舐め取ろうというのか。青年は僅かに動く部分を使い、貪欲に指を貪る。
 ティアナは指を離すと、体を青年の腹の下にずらす。蕾から蜜が滴り落ち、胸板に筋がつく。
 そして蜜と唾液で光る唇に、ティアナは唇を押し付けた。
 これまでは一方的でしかなかった口付けが、違った。青年が少女を求めてくる。互いが互いの唇を、舌を貪りあった。
 濃厚な絡み合い終えると、ティアナは熱い吐息と共に、言葉を紡ぐ。
「手に入れた・・・やっとわたしを、わたしだけを見てくれた」
 ティアナは妖艶な表情で青年を見やると、物足りなげな瞳と交差する。口元の笑みが大きくなる。
 手探りで限界まで勃起した男根を探し当てると、爪を立てながら強めに握る。
「わたしが欲しいですか?」
 苦痛より快楽の表情を浮かべた青年に、問いかける。
 青年は躊躇う事無く頷いた。
 腰を持ち上げ、怪しく滑る蕾に先端をあてがった。
 そのまま、ティアナは腰を落とす。
 熱い。
 互いに感じた最初の感触が、それだった。
「ぐぅぁっ・・・!!」
「あぁぁっ、いいっ・・・!!」
 二人の口から、吐息と共に喘ぎ声が漏れる。
 それからは、少女は青年を、感触を貪るように腰を振り回した。
 両足と腕の力を使い、腰を持ち上げる。男根がもう少しで離れそうになるまで引き出す。
 力を抜き、重力に従って腰を落とす。硬くて柔らかい、熱い物体が、体内を駆け上る快感。
 男根が蕾の内部・・・膣を力強く、奥まで突き上げた。
「はぁっ・・・あぐぅ・・・ぁん・・・!」
 堪らず、ティアナ口から声と唾液がこぼれる。両の手が、知らず青年に食い込み、血が流れる。
 腰を浮かす。再び男根が出て行こうとする。と、膣が逃がすまいと抵抗し、きゅっと絞め上げる。
「んぁっ・・あぁっ・・・!」
 青年は自らの分身を絞られると、苦痛にも似た恍惚感に酔いしれる。もはや全身の傷の痛みも、快楽の一部と化している。
 少女の腰の動きがあるたびに、ぐちゅっ、じゅぷっと濡れた音が響く。寝台が大きく揺れ、ぎしぎしと歓喜の声を共に上げる。
 音がするたびに、重なり合う隙間から蜜が溢れ、二人の肌を滴り落ちてゆく。
 男根が少女の内部の限界に当たる。と、膣が震えて一層強く絞める。青年を食らうかのように。
 それに呼応したのか、少女の背が反り返り、腰を大きく痙攣させた。
 分身を噛み切られるような快楽に、青年は限界に達した。少女の内部に、自らの体液を注ぎ込んだ。

 

 荒い息の中、ティアナは意識を失った青年の胸板に顔を埋め、疲れ切ってはいるが満足げな表情をシャリに向けた。
「手に入れた・・・この人を・・・ウフフフ・・・」
 すすっていた碗を口から放すと、シャリはにこやかな表情を返す。手に持った碗から湯気が立ち上っている。
「お疲れ様、ティアナ様。これで僕がこっそり立ち回った苦労が報われたよ」
 碗を窓辺に置き、大袈裟に肩を揉む。
「禁呪を使ってくれて助かったなー。あれがなければ、ゼネテスとレムオンと引き離すことも、ここに追い込むことも出来なかっただろうね。アハハハ」
 笑いながら椅子からぴょんっと降りると、カーテン越しに外を見る。
「そろそろ行こうか。面倒な人達がくるよ」
 ティアナは頷くと、名残惜しげに青年から体を離す。膣より溢れ出た蜜と性液がシーツに染み込む。
 少女は身を屈め、そっと青年の頬に口付けをする。その後姿に、シャリは意地の悪い口調で声をかけた。
「おめでとう、闇の王女様。後は壊すだけだね」
 永遠の闇に落ちた、かつての光の王女は、妖艶だが凄みのある表情を浮かべた。
「ええ。もう二度と、この人の心が何処かに行かないように。世界が破滅する瞬間まで、わたしの物である為に・・・」