とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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X'mas_in_love.



 上条当麻は土下座していた。
 土下座している場所は学園都市のとある歩道で、土下座の相手は中学生である。
 世界有数のお嬢様学校として名高い常盤台中学の制服に発育途上の体を包み込み、両腕を組んで上条を見下ろす少女の名前は御坂美琴。
 美琴とすれ違う男が一〇人いれば一〇人が確実に振り返るであろうほどに、美少女と呼んで差し支えのない整った顔立ちには眉間に縦皺、こめかみに青筋、細い眉はヒクヒクと震え、どう見ても『私怒ってます』としか表現できない感情の奔流を隠すつもりはないらしい。
 美琴は両腕を組んだまま苛立たしげに革靴(ローファ)のつま先だけで歩道を踏み鳴らして、
「あのさ。話をまとめるとつまりこういう事? クリスマスイブに付き合ってくれる相手が誰もいないから最後の最後に私に声をかけた訳? しかもアンタ、イブ当日は補習があるから、補習後から完全下校時刻までの間の暇つぶしに私を誘ってるの?」
「いや、その……嫌だったら別に良いんだ。無理にとは言わねーけど時間が空いてたらちっと付き合ってくんねーかなって……」
 恐る恐る地面から顔を上げつつ、何故美琴がここまで怒っているのか理解できない上条。
 今日は一二月一七日だった。
 クリスマスイブを一週間後に控えたこの日、上条がクラスメートに『もうすぐクリスマスだし、みんなでパーッと騒がねーか?』と声をかけたところ、
『悪いにゃーカミやん。イブは舞夏が腕によりをかけてスペシャルメニューを披露してくれるらしいってことで、オレは予約済みぜよ』
 と鼻高々で告げたのが三馬鹿(デルタフォース)の一角を占める土御門元春。
『カミやん聞いてーな。あのな、ボク憧れのあの子とイブの日にデートするんや。いやぁ、ついにボクにも春が来ましたで!! 今冬だけど』
 とつまんないボケをかましつつのろけるのが青髪ピアス。
『クリスマスイブ? 予定ならあるわね。クラスの女子で集まって男子禁制クリスマス女子会を開くの。パジャマパーティを兼ねてね。もちろん幹事はあたしだけど』
 と大上段に斬って捨てたのが吹寄制理。
『私もクリスマス女子会に参加。あの子にも声をかけたから』
 とさりげなくインデックスも連れて行く事をほのめかしたのが姫神秋沙。
 クリスマスイブ一週間前にしてとっくに出遅れていた上条は最後の切り札であったインデックスまで売却済み(よていあり)に愕然とし、その後片っ端から知り合いに声をかけるも全員不発に終わったのである。
 夏休みのとある一日以前の記憶(おもいで)を持たない上条でも、クリスマスイブに男がコタツに足を突っ込んで一人きりでテレビ鑑賞、と言うのはどれだけ寂しく空しく悲しく不幸な光景であるか容易に想像できる。
 と言う訳で『そういやビリビリにまだ声をかけてなかったっけ。ダメ元で頼んでみるか』と美琴を呼び出し、話を切り出したところ美琴が妙に不機嫌になったのでひとまず土下座してみた、と言うのがここまでのあらすじだ。
 美琴からすれば、上条がクリスマスイブを一緒に過ごす相手が欲しいなら真っ先に声をかけてほしかったのに、よりによって『知り合いに声をかけたけど全滅したから仕方なく自分を誘った』と言うのが気に入らないのだが、さすがにそれをストレートに口に出せる訳がない。
 結果として自分と上条それぞれに対して腹を立てつつ、
「(アンタが頼んでくるならちょっとくらいの無理は聞いてあげるのにどうして話を持ってくるのが一番最後なのよ!! アンタにとって私の優先順位はそんなに低いのかっ!!)」
「何か言ったか?」
「なっ、何でもないわよ!!」
「えっと……だったらそろそろ俺は立ち上がっても良いですか? 足が痺れてきたんだけど」
 土下座の姿勢から足を崩そうとする上条を美琴が一睨みし、上条は再び平伏する。
 美琴は組んでいた腕をほどき、はぁ、とやるせないため息をはき出すと、
「……わかった。付き合ってあげる。イブは寮でクリスマス会があるからそれまでには確実に帰らなくちゃならないし、黒子は風紀委員(ジャッジメント)の特別警戒態勢とやらで忙しいらしいから、私もその日は中途半端に時間が余ってるのよ」
「ホントか!?」
 どことなく哀れっぽい表情から一転し、ガバァッ!! と美琴を見上げる上条の瞳は女神を見つけた旅人のようにキラキラと希望に満たされて輝く。
 美琴は上条の変貌に一瞬引きつつ、たとえわずかな時間でも二人でイブを過ごす口実ができたと内心で喜ぶ。
「それで、アンタの補習が終わるのって何時頃?」
「えーっと、多分四時頃じゃねえかな。朝からびっしりだし」
「それじゃ二時間ちょっとくらいしか一緒にいられないじゃない!!」
「二時間ちょっとでも良いから上条さんをイブの気分に浸らせてくれよ! ……つか、何でお前そんなに怒ってんの? そりゃ、俺の孤独(ふこう)に付き合わせちゃって悪りぃとは思ってるけどさ」
「い、い、良いでしょ別に。だってせっかくのイブなのにほんのちょっとしか一緒にいられないなんてつまんないって言うかどうせならもっと一緒にいたいとかもっと早くに声をかけてくれればいろいろ準備だってできたって言うか」
 なぜか顔を真っ赤にして何やら色々と口ごもる美琴に対し上条は首を傾げつつ、
「?? ……あの。それで、そろそろ俺は立ち上がっても良い? 本当に足が痺れて結構辛いんだけど」
「ばっ、馬鹿! いつまでそんなところで土下座なんかしてんのよほらさっさと立ちなさいってば!!」
 顔を真っ赤にしたまま怒鳴りつつ上条を立ち上がらせるべく手を差し伸べる美琴。
 俺を土下座させたのはお前なんだけど、と言いかけた言葉を飲み込みつつ美琴の手を借りて立ち上がる上条。
 が。
 上条が立ち上がったその時、すでに痺れきった足は上条の意志を離れてもつれ、
「う、うわ、うわわわわわわぁっ!!」
「わ、ば、ちょ、ちょっと!!」
 上条はバランスを取れず仰向けにひっくり返り、何とか上条を支えようと上条の手を掴んだままの美琴は体重差に負けて上条に引っ張られ前のめりに転ぶ。
 ドシン!! と一瞬差で上条の背中が道路に叩き付けられ、
(痛てっ!! ……御坂!!)
 痛みに顔をしかめつつ自分の上に落ちてくる美琴の体を支えようと空いた右手を前方に向かって伸ばすが目測を誤り空を切る。
 一方美琴は完全なパニック状態に陥り繋いだ手を離す事もできず重力と上条に引かれるままつんのめる。
 結果、美琴の体はアスファルトに叩き付けられる前に上条の体をクッション代わりに押しつぶし、
「!」
「!!」

 二人の唇はこれ以上ないほど綺麗なキスの形で重なった。

「…………………………………………」
「…………………………………………」
 自分の身に起きた事故(キス)を脳内で処理しきれず、上条と美琴の瞳は見開かれたまま互いを見つめる。
 茫然自失状態から先に立ち直ったのは美琴の方で、
「!?」
 バッ!! と重なっていた時間に比べ二〇分の一の早さで立ち上がり、繋いでいた手を離して自分の口元を押さえる。
「……あ、あの。あのな? み、御坂。その、今のは痛てっ!!」
 自分の体の上から美琴の重みが取り除かれた事でようやく上半身を起こした上条はにもかくにも今の非礼を詫びるべく土下座しようとするが、今度は膝を起点に前向きに転んでガン!! とおでこを打つ。
 痛むおでこを右手でさすりながら美琴を見上げ、
「あ痛てててて……じゃねえ。御坂、悪りぃ! い、今のはその狙ってやった訳じゃなくて、そ、その、これはいわゆるつまり不幸な事故って奴で決してお前の唇を奪おうと思ったんじゃ」
「そそそそ、そうよね。これは事故、事故よね!! こんなのべ、別にファーストキスって訳じゃないわよね!!」
 口元を片手で押さえたまま美琴が後ずさる。
「そ、それじゃ私行くから。イブの件はメールで連絡して!!」
 まるでその場から逃げだすように踵を返して美琴が走り去る。
「あ……み、御坂ッ!!」
 美琴を引き留めようとするが痺れたままの足では立ち上がる事もままならず、上条はペタリと座り込んだまま伸ばしたままの右手を下ろす。
「こんなの、どうすりゃ良いんだよ……」
 これから送るべきメールの内容も、事故とはいえ『やらかして』しまった事への弁解も思いつかないまま上条は歩道に座り込み、小さくなって行く美琴の背中を見つめる。


 一二月二四日。
 街中でクリスマス・キャロルだの人気歌手が歌うクリスマスナンバーやらがそこら中のスピーカーから盛大に流され、夕暮れ時の街は山ほど取り付けられたライトで美しく装う。
 クリスマスシーズン特有の雰囲気は学園都市も外の街と何ら変わらない。
 ホワイトクリスマスこそ逃したが、日本では間違いなくクリスマスは『恋人達の日』である。
 一年を通して独り身が一番肩身の狭くなる日。
 寂しさが一層募る日。
 それがクリスマスだった。
 今も腕を組んだ学生カップル達が何組も上条当麻の前を通り過ぎて行く。
 誰もが皆嬉しそうに。
 誰もが皆幸せそうに。
 上条の前を、通り過ぎて行く。
 待ち合わせ場所として指定した歩道橋の上で、上条は御坂美琴を待っていた。
 正直な所、あんな事があった後ではさすがに来ないだろうと思ったが、美琴は律儀な一面を持っている。
 待ち合わせの件を伝えたメールに返事はなかったが、ここで待っていれば来るかも知れない。
 上条は歩道橋の手すりに寄りかかって暮れかかる冬空を仰ぐ。
 雲は北風に流され、その向こうにわずかな星の光が輝き始める。
 ビルの壁面に掲げられた電光掲示板が現在時刻は四時二五分である事を告げる。
 待ち合わせは四時三〇分。
 来るか、来ないか。
「シングルベール、シングルベール……って、やっぱり来る訳ねーよな。あんな事があったんだし」
「……お待たせ」
 上条が手すりに寄りかかったまま声のする方を向くと、美琴が立っていた。
 手にはクリスマスらしいラッピングを施した小さな紙袋を持っている。
「……来てくれたんだな」
「まぁ、約束したからね」
 美琴は常盤台中学の制服を着ていた。
 常盤台中学では校則で常に制服を着用するよう定めているため、美琴の服装はいつも通りなのだが、
「……あれ? 何かお前、いつもと違うように見えんだけど気のせいか?」
「気のせいじゃない? ブレザーもスカートも革靴も同じだもの」
 校則がある以上私服を着て寮を出る訳にも行かないので、美琴なりに気を遣って予備の制服(新品)をわざわざ引っ張り出してきたのだ。
 だから上条は美琴の制服に痛みが少ないのを違和感として受け取ったのだが、自分でもそれをうまく説明できない。美琴が話を流したので、上条も『あれ?』と思いつつそのまま話を合わせる事にした。
 上条が足りない頭を振り絞ってシミュレートしたところ、美琴と顔を合わせた瞬間にキスの件を思い出しうまくしゃべれなくなって逆に美琴の怒りを買いそうな気がしたのだが、
 ……いつも通りどころか割と和やかに会話できている。
 上条は美琴の手にある紙袋を指差して、
「それ、何だ? 白井へのプレゼントでも買ってきたのか?」
「ううん。これ、アンタへのプレゼント」
「え? 俺に?」
「だって今日、クリスマスイブじゃない。クリスマス気分を味わいたいんじゃなかったの?」
 美琴は苦笑しつつ上条に『メリークリスマス』と告げて紙袋を手渡した。
 上条は恐る恐る紙袋を受け取って、
「開けてみても良いのか?」
「良いわよ。サイズが合えば良いんだけどね」
「サイズ?」
 袋の中から出てきたのは白いミトン型の手袋だった。
 いかにも男物と分かる大きめのサイズで、手の甲には緑色の毛糸を使ってどこかで見た事のあるカエルのキャラクターが編み込まれていた。
 上条は一瞬だけげんなりしつつ、
「……さんきゅー。でもこれ、どうしたんだ?」
「家庭科の実習で編んだのよ。自分用に編んだつもりだったんだけど、ゲコ太の模様に凝りすぎて、気がついたらサイズが大きくなっちゃったの。そんなんで良かったら使ってよ」
「そ、そっか。そういうことか。ははは。でも手編みかぁ。俺こんなのもらった事ねーからすげー嬉しいぞ」
 ゲコ太の柄だけは心底遠慮したかったが、上条は薄っぺらな学生鞄を小脇に抱え直し、手袋を両手にはめる。
 美琴は上条の両手に踊るゲコ太を見ながら、
「サイズが大きくなりすぎたかもと思ってたけど、ぴったりだったわね」
「そうだな。俺の手のサイズにぴったり……ん?」
 何かが上条の心に引っかかった。
 美琴はこの手袋を自分用として編んでいたはずなのに、今の会話だけを拾い上げるとまるで上条のために編んだようにも受け取れる。
 上条は追求するべきか迷ったが、
「んで、これからどこ行くの? アンタが誘ってきたんだからクリスマス気分とやらのプランは立ててあんのよね?」
「え?」
 美琴からの思わぬ逆襲に言葉が詰まる。
 美琴はすかさず畳みかけるように、
「え? 何? まさかアンタノープランだったの? 自分から言い出したんだから回りたいコースくらい決めておくのが普通じゃない? やっぱり抜けてるわね」
 これではまるで大覇星祭の罰ゲームを立場を入れ替えてそっくりお返しされているみたいだ。
 しかし、
「……ちくしょう。当たってるだけに何一つ言い返せねえ」
 上条はがっくりとうなだれる。
 何しろ『ロンリークリスマスを回避する』事だけしか考えてなかったので、何をどうするかなどと言うところまで気が回っていなかったのだ。
「んじゃ、おつむの足りないアンタのために私から提案。手袋のお返しって事で何かプレゼントしてよ。そういやアンタ、妹達(シスターズ)にネックレスをプレゼントしてたでしょ? あれくらいので良いからさ」
 上条が御坂妹に買ってあげたのは消費税込み一〇〇〇円ジャストの安物だったが、そもそもプレゼントした理由は単純に美琴と御坂妹の見分けをつけるためである。
 上条は改めて両手にはめた手袋を見つめる。
 この手袋を編むために使った毛糸は編み物入門者用の安物ではなく、おそらく最高級のブランド品だ。しかも細かい編み目が綺麗に揃っており、編んだ者の労力と着け心地への心配りさえ感じ取れる。
 そのお返しを安物のアクセサリーでごまかしてしまっても良いのだろうか。
「良いわよ。それくらいの方がもらう時に身構えなくて済むし。じゃ、早速そのお店に行きましょ」
 美琴が先頭を切って歩き出す。
 上条は慌ててその背中を追い駆けると、
「お、おい! そういやお前、自分の手袋は?」
 美琴の細い手を包み込む手袋はどこにも見あたらない。
 美琴はキョトンとした顔で、
「そう言えば、してくるの忘れてたわね」
 次の瞬間ヒュウ、と音を立てて冷たい風が二人の間を通りすぎる。
 上条は自分の手から手袋を外すと美琴の左手を取って、
「だったらほら、この手袋はお前が着けとけよ。こんなに手が冷たくなってんじゃねーか」
「ばっ、ばっ、何馬鹿な事言ってんのよ!? アンタにあげた手袋を私がはめたら意味ないじゃない!!」
 上条に手を握られて思わず顔が真っ赤になった美琴が照れ隠し気味に叫ぶ。
 上条は冷え切った美琴の手を手袋と自分の手でサンドイッチ状に握りしめているのだが、美琴が顔を真っ赤にしている理由には気づいていない。
 ただただ、この冷たさを何とかしてやりたい一心で、
「わかった。この手袋の右手を俺がはめるから、左手はお前が着けろ。これなら公平だろ?」
「だから公平とかそう言う問題じゃなくて」
 美琴が何やらわめいているが上条はそれを無視して美琴の左手に手袋をはめてやると、
「……本当にぶかぶかだな」
「そ、そりゃ私とアンタじゃ手の大きさが違うんだから当たり前じゃない。しみじみ言う事じゃないでしょ」
 美琴は上条から視線を逸らすように自分の左手の甲で踊るゲコ太を見つめる。
 上条は自分の左手で美琴の右手を握って、
「そんで、これで寒さも半分ずつで公平だ」
 ビシッ!! と美琴の動きが変な形で止まる。
「ちょ、ちょ、ちょ、あ、あ、あ、アンタ」
「ほれ。俺の手、さっきまでお前がくれた手袋してたから暖かいだろ?」
「『暖かいだろ?』じゃなくて……だからその」
「ん? 何だよ急にもじもじして……あ」
 そこでようやく、上条は自分が何をしているのか気がついた。
 気品あふれる制服姿で一〇〇メートル先からでも認識できるほど有名な常盤台中学のお嬢様と歩道橋の上でお手々繋いで歩き出そうとしているのだ。
 しかし今さら振り払うのも何となく失礼に思える。
 上条は半ばヤケクソ気味に、
「さ、寒いから! 今日は冷えるし、お互いの手で温めあって寒さ我慢だ!! な、そうだろ御坂?」
「そ、そうよね!! これって一種の我慢大会よね!! 毎日寒くて嫌になっちゃうわよねホントに!!」
 クリスマスイブなのだからもう少しロマンチックに言えればいいのだが、『あんなこと』があった後で互いに気にしないよう意識しているのでは色気も雰囲気もあったものではない。
 かくして、一組の手袋を分け合いなおかつお互いの手を腕相撲でもするみたいに固く握りしめあった高校生と中学生がずんずんずんずんと肩を怒らせながらイブの学園都市を練り歩く。


 地下街の片隅でアクセサリー屋を営んでいる露店はすぐに見つかった。
 が、店番がいつもの老人ではない。
 そこに立っていたのは髭を生やしたレゲエ風の男だった。
 店番の男はまるで旧知の友人に声をかけるみたいに、
「よっ。そこのお二人さん、クリスマスプレゼントを探しに来たのかい? だったらウチによって行きなよ。掘り出し物がゴロゴロあるぜ? ほら、この髑髏のマスクなんかキマってるだろ?」
 どうやらこの店番の男は上条と同レベルのファッションセンスを持ちあわせているらしい。
 過去にアクセサリーを巡る御坂妹との会話で多少なりとも学習した上条は、
「いやえーと、そう言うのじゃなくて」
「おっと、それ以上は言わなくたって分かるってもんよ。ズバリ、お二人さんは付き合い始めて日が浅いんだろ? しかもごく最近チューしたばかりとか」
 ギクッ!! と二人揃って男の言葉に背筋が凍る。
 なるべく会話に上らせないよう心の中で封印していた事に偶然触れられてびっくりしたのだ。
 男は両腕を組むとニヤニヤしながら、
「そっかぁそっかぁ。その様子じゃ二人の友達にはまだ付き合ってる事をバラしてないんだろ? じゃあ、彼女にプレゼントすんのはあまり目立たないものの方が良いよな? しかも」
 ここで男は声をひそめると上条に耳打ちで、
「……できればこの後に控えるデートのために予算は節約しつつ、彼女にはそれなりのものを贈りたい。その辺が本音じゃないのか?」
「い、いや俺はそのデートとか付き合ってるとかそんなんじゃなくて」
「照れるな照れるな。俺も男だから分かるんだよその気持ち。初めての彼女なんだろ? だから付き合ってる、なんて言われるとつい否定したくなっちまうもんなんだよな?」
「だから俺達は本当にそう言うんじゃなくて」
「そんなに仲良く手を繋いだままで否定するのもおかしいぜ?」
 上条は『寒いのを我慢しているだけなんだ』という言い訳さえ通じない事を悟ると男の言葉に対して曖昧に笑ってごまかす事にした。
 男は上条の笑顔を肯定と受け取ると今度は美琴の方に向き直り、
「お嬢さん。男って奴はつい照れが先に出て心とは裏腹な言葉が出ちまうもんなんだ。大目に見てやってくれよな。おっとっと。肝心の仕事を忘れていたぜ。クリスマスのプレゼントならこの指輪なんかどうだい? デザインは控えめだけど造りはしっかりしてるし、彼女の細い指にぴったりだと思うんだけど」
 男は両手の親指と人差し指で一つずつ指輪をはさんで美琴の目の高さに持ち上げる。
「しかもめずらしい事に、この指輪はペアなんだ。ウチにあるペアものはこれ一組だけでさ」
「……ペア?」
 美琴が思わず聞き返す。
 男は深くうなずくと、
「お客さん達は運が良い。俺が店を開いて百人目のお客さんだから、もしこれを買ってくれるならサービスで裏側に文字を刻んであげるけど、どうだい?」
 美琴は男から指輪を受け取ると掌に乗せ、ためつすがめつ眺める。
 指輪の表面は細く波打つ模様が幾重にも重なり、あたかも一つの波紋を描いているように見える。露天商で取り扱っている品だけに、材質はせいぜい銀が良いところだろう。
「ところで彼氏さん、これの値段だがペアで消費税込み二〇〇〇円ぽっきりでどうだい? 実はペアもののリングってなかなか売れなくて、正直こっちも困ってんだよね」
 それが本音かよ、と上条は心の中でため息をつく。
 クリスマスプレゼントにかこつけてさりげなく売れ残りを押しつけられたのだ。
 当の美琴はと言うと、
「……これ、良いわね。角度によって色合いが淡く変わるなんて。模様も派手過ぎないし、私の好みかも」
「御坂、それで良いのか? 良いんだったらそれにするけど」
「これが良い」
 そこで美琴はくるりと上条に向かって振り返り、
「もちろんアンタもこれ着けるのよ?」
「え? 俺も?」
 上条は思わず真横に並んで立つ店番の男を見る。
 男はうんうんと嬉しそうにうなずいて、
「お買い上げありがとうございます!!」
 これ以上はないほどに深々とお辞儀する。


 上条が会計を済ませると、店番の男は露店の裏から何やら彫金の道具らしきものをあれこれ引っ張り出してきた。
 どうやらこの場で刻印サービスを行うつもりらしい。
 上条は慌てて、
「ちょ、ちょっと待った!! 文字を入れてくれんのはありがたいけど、指輪のサイズが合わなかったらどうすんだ?」
「大丈夫大丈夫」
「全く根拠がねーのに何が大丈夫なんだよ?」
「俺、こう見えても人の指のサイズを当てるの得意なんだよね。二人の薬指にジャストフィットだぜ、この指輪。さて、お嬢さんの方の文字だけど……刻印サービスは俺からのプレゼントって事で好きな文字を入れさせてもらおうか。お嬢さん、お名前は? ……美琴さんか。綺麗な名前だねぇ。イニシャルはMか。で、彼氏さんの方は……当麻? これまためずらしい名前だな。イニシャルはT、と」
 男は細いペンのような道具を手に取って、
「お嬢さんの指輪の裏には『From T to M』。これで行こう。で、彼氏さんの方は」
 男は指輪を持ち替えて、
「『Eternally』(永遠に)」
 あっという間に二つの指輪の裏側に文字を彫り入れた。
 見た目はレゲエだかファンクだか良く分からないが腕前は確かなようだ。
 店番の男は文字入れの終わった二つの指輪を掌に乗せて、
「さて、それじゃまずは彼氏から彼女に指輪をプレゼントだ。はめるのはもちろん左手の薬指だからな?」
「……え?」
「プレゼントなんだろ? それくらいしてやったって罰は当たらないぜ?」
 小さな指輪を上条に渡す。
 上条はしぶしぶ指輪を受け取ると、
「……御坂。あの、えーと、ひ、左手を出してくれねーか」
「ひっ、左手ね? わかったわ」
 美琴は慌てて手袋を外し、上条の前に左手を差し出す。
 上条はまず地面に薄っぺらな学生鞄を降ろし、次に小脇に挟んで右手にはめた手袋を外すと左掌に乗せた指輪をそっとつまむ。それから空いた左手で美琴の左手を支えてゆっくりと指輪を薬指にはめた。
 美琴は自分の左薬指を凝視して、
「……本当にサイズぴったり」
「だろ? 彼氏さんもおそらくぴったりだぜ。ほら、今度はお嬢さんの番だ」
 男は得意げに笑いながら指輪を渡す。
 美琴は右手の親指と人差し指で慎重に指輪をつまんで、
「ほ、ほら。アンタもさっさと手を出して」
「……どうしてもか?」
「ここまで来たら覚悟しなさい!! これもクリスマス気分の一環よ!!」
「わ、わかったよ」
 上条は見た目しぶしぶ、内心ドキドキしながら美琴の前に左手を差し出す。
 美琴の細い手が上条の手を支え、上条の左手の薬指に銀色の指輪がすっ、と通される。
 上条は自分の左手を見ながら、
「あれ? 本当にぴったりだ」
「だろ? だろ??」
 店番の男はさらに得意げに笑うと、
「メリークリスマス!! 初々しいカップルに幸せあれ!!」
 地下街中に響き渡るほどの大声で叫ぶ。


 上条当麻と御坂美琴は手を繋いだまま常盤台中学『学外』学生寮へ向かってやや早足気味に歩いていた。
 露店でのやりとりで思ったよりも時間を食ってしまったからだ。
 上条は手袋をはめた右手で薄っぺらな学生鞄を提げながら、
「……なぁ」
「何?」
「俺達ってさ、その……カップルに見えんのかな」
「!!」
 美琴の足がピタリ、と止まった。
 上条は繋いだ手が後ろに引っ張られるのを感じて振り向くと、
「どうした? 何か変な事でも聞いたか?」
「アンタは……その、どう思ってるの?」
 美琴はうつむいたまま呟く。
 うーん、と上条はうなって、
「お前がどんな奴であれ、その制服を着てるって事は常盤台中学のお嬢様な訳だろ? 対して俺は見ての通り平凡校の生徒で、進級が危ないから今日も補習を受けてる位の無能力者(レベル0)。自分で言うのも何だけど俺は見ての通りの面構えだし、対してお前はその……俺の知ってる内では美人の方に入るから、俺達が恋人同士だとかカップルに見えるってのは無理があるんじゃねーかなって」
 「でも」美琴はやや強い口調で顔を上げて「あの露店の人は、私達がカップルに見えるって言ってたわよ。『男って奴はつい照れが先に出て心とは裏腹な言葉が出ちまう』とも言ってたわよね」
 それに、と美琴は一拍置いて、
「アンタと恋人同士に見えても良い。……見えたって、良いじゃない」
 耳を澄まさなければ消え入りそうな小声だが、明確な意志を秘めた語尾だった。
 上条はしばらく黙って美琴を見つめると、
「あのさ。……だったらお前が寮に帰るまでで良いから、恋人ごっこ、してくれねーか?」
「……え? え? ええええ? いきなり?? ごっこ???」
「そ、そんなに騒ぐなよ!! ……ほら、今日はクリスマスイブだろ? だからさ、クリスマス気分の締めくくりに何つーかその、ほら」
 辺りをぐるりと見回すと、街のそこかしこには上条達と似たようなカップルの姿があった。
「そ、そうね。寮に帰るまでだったらすぐだし、それくらいだったらサービスしてあげるわよ」
 上条と繋いでいた手を離し、上条の左腕と自分の腕を絡ませる。
「うおっ!?」
「ちょ、ちょっと!! 自分から恋人ごっこを要求しておいてその反応は何よ!!」
「い、いやその、お前がそう言う事をするとは思わなかったから」
「そ、そこのカップルがやってんのを真似しただけでしょ!! これくらいでいちいちオタオタすんなっ!!」
「そ、それもそうか。そういやみんな腕組んでるもんな。恋人ってこんな感じなのか。はは、何かすげー不思議な気分だ」
 罰ゲームの時のような無理矢理ハイになった気分じゃなく、ごく自然にわき起こる高揚感と興奮で上条の頬が少し赤くなる。
 上条は左腕に美琴の重みを改めて感じ、美琴の横顔をそっと盗み見る。
 美琴の頬は上条と同じかそれ以上赤く染まっているように見えたが、それ以上に紅く見える美琴の唇につい目線が行ってしまう。
(そういや俺、事故とはいえコイツとキスしたんだっけ)
 思い出した瞬間、上条の首の辺りから上に向かって急速に血が上り、心臓が早鐘を打ち始める。
 この動悸を鎮めたくて何かしゃべろうと思うのだが、口がうまく動いてくれない。
 黙りこくったまま歩き続け、気がつけば美琴の住む寮の近くまで来ていた。
 上条はようやく会話の糸口を見つけ出した思いで、
「み、御坂。門限まで後何分だ?」
 美琴はポケットから携帯電話を取りだし時刻を確認すると、
「後一〇分。余裕で間に合ったわね」
 上条と組んでいた腕をほどき、左手からぶかぶかの手袋を外すと上条に差し出す。
「だ、だったらあと五分! いや、せめて三分で良いからもう少しだけ一緒にいてくんねーか?」
 自分でも何を言っているのか良く分からぬまましどろもどろに切り出す上条。
 上条からの思いがけぬ言葉に返事を告げられず目を見張る美琴。
「あ、あのさ! その……お前とここでさよならしたら俺のクリスマスイブは終わっちまうから、その……もう少しだけ夢を見ていたいんだ。幸せな夢を」
 上条はようやく言葉を絞り出し必死に告げる。
 美琴は左手の薬指にはまった指輪と、左手から外した片方の手袋と、上条の顔を順番に見比べて、
「……そうね。私ももうちょっとだけ夢を見ていたい気分」
 上条の左手を取り、手袋をはめてやる。
「その手袋、自分用に編んだんじゃないの。元々アンタのプレゼント用に編んだんだ。ゲコ太は私の趣味だけどね」
「やっぱりそうか。だけど、俺の手の大きさなんて良く分かったな」
「私自身もつい最近まで忘れてたんだけどね、アンタの手を何回か握った事あったのよ。その時の事を思い出して、大体このくらいかなって」
 美琴が照れくさそうに笑った。
 あまり見た事のない表情だな、と上条は思う。
 手袋に残る美琴の温もりを噛みしめるように、
「そっか。改めてさんきゅー。手袋、大事にする」
 それとさ、と上条は一拍置いて、
「あの、その……この間の事なんだけど」
「この間の……事?」
「ほら。俺がお前を巻き込んで転んで……」
 ゆっくりとその場に土下座する。
「悪りぃ。ずっと謝ろうと思ってたんだけどなかなか切り出せなくて。でも心残りのあるままお前とのイブを終わらせたくなかったんだ」
「い、良いわよ別に気にしなくても。あれは事故なんだし。それに……今はごっこだけど、私達は恋人なんでしょ? だったらこの雰囲気のまま水に流さない?」
 ほら、と美琴が上条を立ち上がらせるべく手を差し出す。
 上条は差し出された手を取るとゆっくりと立ち上がる。
 今度は転ばずに済んだ事にほっとして、
「……さんきゅー」
 何度目かのお礼を告げる。
 美琴は再びポケットから携帯電話を取りだし液晶画面で時刻を確認すると、
「恋人ごっこもあと二分で終わりだけど、何か希望ある?」
「それじゃ」
 上条は学生鞄を地面に置くと、息を大きく吸い込む。
 失敗すればバッドエンドルート一直線間違いなし。
 残り二分の『恋人ごっこ』に全てを賭けて、
 美琴の両肩を自分の両手でしっかり抱え、

 上条は美琴の唇に自分の唇を押しつけるようなキスをした。

 美琴の唇の柔らかさと、熱と、緊張と、吐息に触れて上条は頭が痺れるような感覚に包まれる。
 どこか遠くでジングルベルのメロディが聞こえたような気がした。
 上条はもう少しだけ、あと少しだけと思いつつ美琴の動きが止まったままのうちに唇を離して、
「……悪りぃ。でも……言い訳はしねーよ。恋人ごっこが終わるまでにお前とこうしたかったから」
 美琴は長い眠りから覚めたロボットのように無言で携帯電話の画面を上条の前に掲げる。
 てっきり張り倒されるかさもなくば電撃、と覚悟していた上条は首を傾げて、
「御坂? ケータイがどうかしたのか?」
「……過ぎてるわよ」
「過ぎてるって、何がだ?」
「時間よ。恋人ごっこの時間が終わってるのにキスなんかされたら本気にしちゃうじゃない。クリスマスプレゼントに指輪くれて、しかもペアで……その最後にキスなんかされたら本気になっちゃうじゃない。ずっと……ずっと片思いだと思ってたのに期待しちゃうじゃない」
 最後は涙声だった。
 あふれそうな涙を必死にこらえ、美琴がカエルを模した携帯電話を掲げる。
 液晶画面に表示されたデジタル時計は一秒ごとに表示が進み、門限まで残り約二分である事を告げる。
 上条は美琴の両肩を掴んだまま、
「恋人ごっこにかこつけたのは謝るよ。でもその……言葉じゃうまく伝えられねーんだ。この気持ちがうまく言葉になって出てこねえんだ。クリスマスの気分に乗せられてんのかも知れねーけど、お前とペアの指輪して舞い上がってんのかも知れねーけど、本当はあのキスの時からずっとお前の事が気になってたのかも知れねーけど……」
 美琴は鼻を少しだけ啜って、
「今日はクリスマスイブだから特に寮監のチェックが厳しいのよ。だから……協力してよね。門限破りが見つかった時の言い訳を考えるから」
 上条は返事の代わりにもう一度美琴にキスをした。
 上条の両腕が美琴の腰に回り、美琴の両腕が上条の背中を抱く。
 キスでお互いの顔を隠すように、長く長く。
 どこか遠くで『メリークリスマス』と言う声が聞こえたような気がした。


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