とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

150

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

それでも私は、きっとアンタに生きて欲しいんだと思う




―常磐台中学校・来賓室にて―

いかにも「お嬢様学校」と言わんばかりのきらびやかな装飾が施された室内。
そんな室内に似つかわしくない、いかにも「サラリーマン」な男性が一人。
彼は第七学区に存在する洋服店『セブンスミスト』を経営する企業の営業マンである。

『セブンスミスト』は以前の虚空爆破事件による一時閉店後、客足が遠のいていた。
たとえ建物や内装を一新したとしても、地球上で最も多感で繊細な生き物と称される女子中学生には、あの事件の印象が大きすぎたのである。

この状況を打破するため、男はある計画を練っていた。
まず、現在の店舗の横に別館となる新店舗を建築。
そのデザインを学園都市内の著名な若手建築家に依頼した。まず、それだけで大きな宣伝効果が期待出来る。

そして、最大の目玉は『御坂美琴デザイン』
これは、若手建築家からの強い要望(というか、これを飲めなければやめるという条件なのだが)でもあった。
主要購買層である女子中学生の憧れ、御坂美琴がデザインするとなると、女子中学生は死んだ動物に湧いてくるウジ虫の如く群がるであろう。
(後は濡れ手に粟の左団扇。私にもいよいよ重役の席が見えて来たか…?)
一人創造の妄想に励む男。
対峙する少女。
学園都市が誇る超能力者の第三位、御坂美琴その人である。


 御坂は学園都市の、いや、全世界の命運を左右する様な数々の戦場をくぐり抜けた英雄(雌?)である。
 幻想御手事件の解決、第三次世界大戦での核ミサイル発射の阻止、そしてハワイでの戦い…
 御坂の輝かしい功績を挙げると、枚挙に暇がない。
 そんな歴戦の強者たる彼女だが『一万の脳を統べる者』でも『神の如き者』でも『合衆国大統領』でもない、
ごく普通の『いかにもサラリーマン』が放つ、超音波の様なマシンガン営業トークによって完全に混乱していた。

「この度リニューアルオープンする『セブンスミスト』のデザイン・監修を担当して頂きたいのです。御坂様は学園都市を代表するレベル5でありますが現役中学生というご身分ですので、中学生としての率直な意見や感想なども伺えればと。もちろん御坂様のお好きなショップを優先して入店させることも可能ですし、内装に関してもある程度は考慮いたします。ただひとつ条件がございまして、内部の電気設備に関する監修も担当して頂きたいと考えております。以前の虚空爆破事件の反省を生かしまして、学園都市最高の電撃使いである御坂様のご意見を拝聴し、セキュリティを大幅に強化したいと考えておる所存です。今回の物件に関しましては幾分特異な点がございますので…」

男には自信があった。
レベル5とはいえ相手は所詮ただの女子中学生。
約25年間鍛え抜いた営業トークを間髪入れずに徹底的に叩き込んでいけば、詳しい内容など理解する間も与えず契約にこぎ着けることができるであろうと。
そして甘いエサで釣り、『御坂美琴』というブランドを手にいれれば用済み。
後は「監修のため」という名目で現場に送り込み、『電撃使い』としての知識と技能を『電気工事士』という形で遺憾なく発揮してもらえばいいのである。


御坂は混乱しているで、その目論みは半分は当たっていた。しかし、御坂が混乱した理由は他にあったのである。
(『セブンスミスト』っていつもの服屋よね?ってか私の意見ってことは…ビルを丸ごとゲコ太専門店にするとか?むしろビルごとゲコ太にするとか?
そんなの作るしかないじゃない!監修でもQuand Chouでもいつでもかかって来なさい!)

「…という条件などもございます。もちろん学業を優「やります」せん…え?」
「私、やります」
「い、いやしかし詳細をまだ…」
「やります」
(ゲコ太専門店、やってやろーじゃないの!)
こうなってしまっては、最早彼女を止める術はない。
試合に勝って勝負に負けた格好になり、複雑な表情を見せる営業マンを尻目に、御坂は一人息巻いていた。




それでも私は、きっとアンタに生きて欲しいんだと思う 2




―第七学区・とある学生寮にて―
珍しく土曜日に補習の無かった上条は、だらだらと寝転びながらテレビを観ていた。
珍しく、本当に珍しく平和なひとときである。
時刻は午前11時をまわり、そろそろゴクツブシもとい、白い同居人にエサをやる時間だなーなんて考えていた時、御坂から電話がかかって来た。
「あ、もしもし?少しお願いがあるから、いつもの公園に来て欲しいんだけど。ま、無理なら別に諦めるんだけどね…」
上条は、普段とは違う御坂の大人しい態度に少し違和感を感じたが、茶化すようにして返す。
「へー。ビリビリでもお願いなんて出来るんだな!」
「うっさいわね!とにかく来れるんならすぐに来て!」
「へいへい。さっさと行きますよー」

そんなやりとりを隣で聞いていた、寄生獣もとい、白い同居人は
「とうま短髪の所へいくの!?お昼ご飯まだなのに!?ねえ私のご飯は!?」
という慈愛の心に溢れたラブコールを発する。
「だいじょーぶだって!すぐに帰って来るから!」
そう返答しながら、上条は内心ブチ切れていた。
(これに『歩く図書館』とか名付けた奴どんな神経してんだよ…)
(図書館がこんなにうるさい訳がねぇだろうがよ…)
(どう考えても『生きるダイソン』の方がピッタリだろうがよ…)
(『吸引力の変わらない、ただ一人の人間です。』ってな…)
(少しはゴキブリを見習えっつーの。あいつら静かだし、燃費は恐ろしくいいし、黒いし…あぁ…不幸だ…)
キラウエア火山の如く沸き立つ不満や愚痴を押さえ込み、いつかイギリスの産業廃棄物処理業者を呼んでやろうと心に決め、寮をとび出した。

そして、これまでの経験と不幸センサーをフル活用し、お願いの内容について考えてみる。

人の都合など一切考慮せずに勝負を挑まれ、秋田県に生息する某妖怪の如く一晩中追いかけ回される。
詰まったキャッシュカードを出す手助けをしてもらえたと思った瞬間警報が鳴り響き、人生の経歴に「前科一犯」と記載する寸前まで追い込まれる。
自販機にミルコ・クロコップ顔負けのハイキックをブチかまし、人生の経歴に「前科二犯」と記載する寸前まで追い込まれる。
端的に言ってしまえば「あいつに関わるとロクなことがない」が結論である。
故に今回のお願いもロクなことがないだろう。
(はぁ…不幸センサーがビンビンだ…)


公園に着いた時には、既に御坂も到着していた。
むしろ、缶ジュースを飲み終えていることから、かなり前からここにいた事が読み取れる。
お互いに軽く挨拶を済ませ、御坂にお願いの内容を伺う。
しかし、御坂は恥ずかしそうに、気まずそうにモジモジと体をくねらせ、なかなか話し出そうとしない。

(あれを言うのは恥ずかし過ぎる!やっぱり無理!レベル5いや、人間としての沽券と尊厳に関わる…!)

ぬがー!と雄叫びをあげ、悶え苦しむ御坂。
ユーラシア大陸もかくやと称される程の懐の広さを持つ上条だが、いつまで経っても事情を話さない御坂に、いいかげん痺れを切らしはじめていた。
「なぁ…用事が無いなら俺もう帰っていいか?」
「分かった!言うから!説明するから!」

御坂はかく語りき。

「で、要するに。
お前が中学生向けの服屋のデザインを担当することになって

ゲコ太まみれのデパートに仕立て上げようとしたら全力で止められて

結局プロのデザイナーがデザインしたものをお前が選んだだけの店になった上に、

学園都市最高の『電撃使い』だからっつって工事してるオッサン達に電気に関する授業をして

現場にまで駆り出されて仕事しまくっていい汗流した挙句、停電時には非常用バッテリーにされたってか?」
「なによー!文句あんの!?」
御坂は顔を真っ赤にして反論する。上条はぷるぷると震えながら笑いを堪える。しかし、
「ぶはははは!お前俺より不幸じゃねぇか!ひー!腹いてー!」
ついに堪えきれず吹き出してしまった。そこへ御坂は無言で近づき、コインを取り出す。
「ごごごごごめんなさい!ゼロ距離超電磁砲はおやめください!股間では『幻想殺し』は発動しません!『竜王の息子』を殺さないでください!」

世界を救った英雄も、右手以外はただの人。
こうなってしまえば、蛇に睨まれたゲコ太ならぬ、蛙である。


「で、お願いってのは、その建設中のビルでたまに謎のジャミングがかかるから俺の右手で何とかしろって事だな?」
「そいうこと。ま。影響はほとんどないんだけど、ただ…」
ただ…と続けた御坂は不安そうな顔を浮かべる。
「普通のジャミングなら私の能力で原因が分かるんだけど、それがうまくいかないのよ。なんか気味が悪いっていうか…」

何度も繰り返すが、御坂は学園都市最高の電撃使いである。少々のジャミングなど歯牙にもかけず能力を行使できる。
ジャミングが機械や能力によるものであれば、原因となるものを突き止め、破壊すればいいだけの話だ。

しかし、言葉では言い表せない得体の知れないイヤな雰囲気は、ロシアやハワイで経験したオカルトを思い出させる。
科学によって構成された『自分のだけの現実』を、根底からひっくり返すような非科学的現象。
オカルトはあまり認めたくないが、現実に起きたオカルトは嫌が応にも認めざるをえない。

「もしこの前みたいにオカルトの仕業だったらどうにもならないじゃん。そこで右手よ。アンタなら能力でもオカルトでも関係なく破壊できると思って」
ネジを開きたいのだが、プラスドライバーで開くのかマイナスドライバーで開くのか分からない。ならば、ネジそのものを破壊すればよい。というものである。
お願いを聞いた上条は、思いのほか深刻なお願いでなかった事に安堵していた。

しかし、そうは言っていられない。
これがもし『グレムリン』や『魔術サイド』からの攻撃の前兆であれば、一刻も早く原因を突き止めねばならない。
「行くぞ、ビリビリ。早く案内してくれ」
「御坂美琴だっつってんでしょうが!」


―セブンスミスト・7階にて―
新・セブンスミストは、大方建設完了というところまで来ていた。
7階建てのビルの外観は完成していたし、内装もあとは細かな装飾とテナントの入店を待つ、といったところだ。
ビル内の壁や天井には淡いパステルカラーが用いられ、床にはポップな動物達の絨毯が敷かれている。
隣に並び立つ本館のセブンスミストに比べ、若干内装が子供っぽい気がするのは、やはり『御坂美琴デザイン』の影響だろう。

上条はファンシーすぎる店舗の内装に居心地の悪さを感じていた。
女子中学生向けの店舗とはいえ、いくらなんでもこれは酷い。酷過ぎる。もっとも、
『新・セブンスミストなう。デザイン酷すぎワロタwww』
などとこの女子中学生の前でつぶやけば、0距離超電磁砲というフォローが返って来ることうけあいだ。
(こりゃ営業始まったらぜってー来ねえな…)
そんな事を考えながら、御坂に続いて7階への階段を登る。

本来ならエレベーターでの移動だが、名目上建設中ということもあり、非常階段を登っていく。
殺風景で無骨なデザインの非常階段だが、今はなにより目の保養になる。
「ここが問題の部屋よ。この階はお店じゃなくて水族館って感じなんだけど…」
御坂に促され7階の扉を開けると、そこには幻想的な風景が広がっていた。

プラネタリウムのように光度を落とされた室内。
その真ん中には、天井、壁、床、全てをガラスに覆われ、その中にたっぷりと水をたたえている球体の形をした部屋があった。
入って来た非常階段と、その対極に備えられたエレベーター、球体の部屋の横に設置されたポンプと思しき大型の機械、そして青白く輝く球体の部屋。
それ以外は何も無いというその姿は、宇宙に浮かぶ地球を彷彿とさせる。


圧倒され声も出せない上条であったが、御坂に促されて球体の部屋へ入る。
(自分が熱帯魚になったみたいだな)
上条が部屋に入って最初に持った感想はそれだった。

「すげえなこの部屋!正直下の階は心配だったけど、これだけで客呼べるぞ!」
「それどういう意味!?しかもこの部屋は私のデザインじゃないんだけど!」
あまりの感動に思わず本音が出てしまう。しかし、そんなことも気にならないぐらい上条は感動していた。

すると、奥から人が歩いて来る。
「気に入ってもらえましたぁ?」
間延びした素っ頓狂な声の主は、ひょろりと縦に長く伸びた男性であった。
年齢は上条より幾分上のようだが、いかにも頼りなさそうだし、覇気も感じられない。
「こんにちは源本さん!例のアレを連れてきました!」
例のアレ扱いされたことに少し苛ついたが、かまわず自己紹介をする。
「はじめまして。上条当麻です。ド素人なのでお役に立てるか分かりませんが…」
「あぁ。きみが噂の上条くんかぁ。」

源本と呼ばれた男性は、朝顔の観察をする小学生のように上条を眺めたかと思うと、唐突に、そして飄々と自己紹介を始める。
「はじめましてー。ビル全体とこの部屋の設計をした建築家の源本海貫(みなもとうみぬき)ですー。ノロケ話はいつも御坂さんから聞いてるよー」
「ちょちょちょちょちょ!なに言ってるんですか!ノロケてなんかいません!…とにかく、今日はジャミングの解決の為に来たんだからね!」
顔を真っ赤にしながら無理矢理話題を逸らせる御坂。それをニヤニヤ眺める源本。

再びイヂメられることを危惧した御坂は、さらに話を逸らそうとする。
「そっそういえばもう水入ったんですね!確か源本さんは水流操作の能力者ですよね?これもご自身で?」
「そうだよー。液体限定だけど、このビルの範囲内ぐらいならどこへでも転移させれるからねー。ポンプなんて必要ないない」
目論み通り、話題を逸らすことに成功した。この人に建築の話をすると、饒舌になるのはお見通しだった。
さらに畳み掛ける。
「とてもきれいですよねー!このビルの目玉っていうか!」
「これをやるためにこのビル作ったようなもんだからねぇ。というか、ぼくはこれの為に生きてるようなもんだしねぇ。いやはや、待ち遠しかったよー」
そう言いながら感慨深げな表情を浮かべ、球体の部屋を慈しむように撫でる。
「大げさすぎですよー!で、ジャミングの件なんですが…」
だが、意外な一言で問題は霧消してしまった。

「ああ。それもう解決しちゃったんだよー」

「「ええー!?」」

上条と御坂の絶叫が部屋にこだまする。
「たぶんこの機械のせいだねぇ。何せ世界でたったひとつの特注の機械なんだから。御坂さんも理解できない変な電磁波もでるさー。でも電源を切ったら何も無いだろー?」
源本の言うとおり、この部屋に漂っていた不可思議な妨害電波は感じられなかった。
灯台下暗しという言葉の通り、答えは目の前に転がっていたのである。

なんというあっけない幕切れであろうか。
「ってことは俺、いらない子?」
捨てられた子犬の様な目を二人に向ける上条。
「「まあまあまあまあ!ゆっくりしていきなよ!」」
という二人からの哀れみのこもったフォローが返ってきた。
悲しみは増す一方だった。


そこから約30分。二人は上条そっちのけにし、ずっと設計の話で盛り上がっていた。
あまりにも気持ちのよい放置っぷりに上条は疎外感を感じる。
感覚的には友人が昔の同級生と再会した時のようなものだろうか。

上条はあまりにも手持ち無沙汰なので、ここはひとまず戦略的撤退をしようと試みる。
「すいませーん。男子トイレってどこです「無いわよ」か?って無いだと?」
「あるわけないでしょ。ここが誰向けの店か分かってんの?」

何と言う合理主義。
何と言う現実主義。
女子しか来ないからといって、男子トイレを取っ払うとは。
事業仕分けの魔の手がこんな所にまで及んでいるとは思ってもみなかった。
「ま。身障者用のでっかいトイレなら下の階にあるわよ。場所はテキトーに探して頂戴。で、さっきの続きなんですけど…」

嫌でも追跡してくるいつもの態度とは裏腹の、存外にぞんざいな扱いを受けた上条は、テンプレートな台詞と共に悄々と非常階段へ向かって行った。
そしてこうつぶやく。
「不幸だ…」


―セブンスミスト・6階身障者用トイレにて―
(はぁ…不幸だ…このまま帰ってやろうか…)
上条は洋式便器に腰掛けながら、一人ごちる。
昼飯も食わず、白い悪魔もとい、同居人からの噛み付き攻撃を回避し、大急ぎで駆けつけた結果がこれではあんまりだ。

(不幸だぁ…とにかく戻るか)
ふぅ、とひとつ息を吐く。細かい不満は排泄物共々水に流そうと、心に『フン』切りをつけ、壁に備え付けられたボタンを押す。

しかし、一向に水は流れない。水に流すなということか?再びボタンを押す。
しかし、一向に水は流れない。もう一度ボタンを押す。
しかし、一向に水は流れない。不思議に思った上条はボタンを見る。

そこには『呼出』と書かれていた愛嬌あるボタン。
さらに、その下部にはこう書かれていた。

『このボタンは水を流すボタンではありません。
気分が悪くなられた方はこのボタンを押してください。
なお、非常事態の際は3回押してください。
直ちに警備員、風紀委員に通報いたします』

「不幸だああああああー!しかも俺、3回押したよな?」
上条は思わず立ち上がり叫び声をあげる。そこへ、
「ジャッジメントですの!通報を受けて…」
通報を受けてやってきた白井黒子が見たものは、下半身がダビデ像状態で頭を抱え、叫び声をあげる上条当麻であった。

身障者用トイレを包む静寂。
ぴくりとも動かない二人。
プラプラとこうべを傾げるアレ。

そんな硬直状態から先に立ち直ったのは、白井であった。
「もしもし初春?トイレに侵入した露出狂を発見しましたの。いえ、こちらで拘束いたしますから御心配なく。それでは」
「ちょっと待てやー!トイレでズボン脱がない方がおかしいだろ!?つかなんで白井が!?」
「それはこちらの台詞ですの。女性向けショッピングセンター、それも建設中で一般人は立ち入り禁止。そのトイレにどうして色情盗撮魔さんが?」
「俺はそんな破廉恥極まりない名前じゃねぇ!話すと長くなるが、御坂が…」

御坂、という単語を発した瞬間、目の前の白井が豹変した。
「おィ変態クソ猿。お姉様に欲情した時がテメェの人生の最期だぞ?そこンところ正しく理解してンのかァ?」
「節子、それドロップやない。おはじきや」
「異教のサルがぁぁぁぁ!」
「それも違う!」


「つまり、お姉様に付き添われたが、置いてけぼりで話が盛り上がり、手持ち無沙汰なのでトイレに逃げ込んだと?」
「何回もそうだっつってんだろうが!」

さながらキューバ危機の如く、一触即発状態から和平交渉へと漕ぎ着けた上条だが、その心はベトナム戦争で焼かれた森林の如く荒みきっていた。
「つまり…今でもお姉様はその殿方と二人っきりで睦言を…?」
「睦言じゃねぇけどな。ま、あの調子ならまだまだかかりそうかな…」
「その男、ンなに死にたきゃギネスに載っちまうぐれェ愉快な死体(オブジェ)に変えちまおうかァ!?」
「だからそれお前のキャラやない!一方通行や!」

やいのやいの。

「それにしても、やけに来るの早かったよな?」
「たまたま近くを通りかかっておりましたの。決してお姉様のストー…失礼。お姉様の動向が気になるからではありませんの」

白井の話によると、御坂は全没されたデザインの件で一度は落ち込んでいたものの、建築に携わっていた源本と意気投合。
そこからのテンションは、まるで曲芸飛行を魅せる戦闘機の様な奇跡のV字回復を見せた、ということらしい。
「全く…お姉様には私というものがありながら…」

普段ならば「なんでやねん!」の一言でも入れるところであったが、上条はおおむね白井の考えに同調していた。
昔はなんだかんだで仲が良かったが、最近では街中で遭遇する事すら無かった。
その理由が男とは。

しかも、このデザインの件も今日まで聞かされていなかった。それにあの態度…
(これじゃ嫉妬深い女々しい男じゃねえか!彼女でも何でもないのに…)
上条はぶるぶると頭を振ったのち、立ち上がって白井に呼びかける。
「白井、とりあえず御坂のところへ行くぞ。上の階にいるはずだ」
白井は決まりが悪そうに視線を逸らしながら、こう告げた。

「…で、その股間に鎮座まします、ミシシッピニオイガメはいつしまわれますの?」

勇者(ヒーロー)は、ひどく赤面した。







それでも私は、きっとアンタに生きて欲しいんだと思う 3




―セブンスミスト・7階にて―

上条がトイレに行った後も、相変わらず二人は話し込んでいた。

「上条くん感動してたねぇ。やりがいがあるってもんでしょ」
「はい!ほんとは完成してから来たかったんですけど…」
「まぁ今回の問題を解決する為だからねぇ。
で、その上条くんをほったらかしにしていいのぉ?あの態度はどうかと思うよぉ」

御坂は内心焦っていた。お願いして連れて来た上に放置。確かに自分でも酷かったと認めざるをえない。
しかし、御坂も必死なのである。ビルがオープンした時には、上条をデートに誘おうと心に決めていたのだ。
だからぎりぎりまで報告できないし、設計に関する話となると、少しでも良いモノを!と、ついつい熱が入ってしまう。

その時、ピリリリリという着信音が、だだっ広い部屋に響き渡った。どうやら源本のものらしい。
「もしもしぃ?電源入った?はーい。りょうかーい」
源本はそれだけ言うと、部屋の端に置かれた機械をいじり始めた。
幻想的な部屋のなかで、この機械だけが現実的で異彩を放っている。
「…ねぇ御坂さん。液体水素って知ってる?」
「え?はい。ロケットの打ち上げの時に使われる…」

突然放たれた質問。
液体水素といえば、ロケットの燃料に使われるものだ。水素自動車なんてものも開発されている。
しかし、なぜ今その質問が飛んでくるのか御坂は理解できないでいた。
「この機械はねぇ。水を液体水素に変換する機械なんだけど、いかんせんよく電気を食うからねぇ。
仮の電源じゃなくてちゃんとした電気が来るまで使えなかったんだよぉ」

なにがなんだかわからない。水槽と水素。語感はそっくりだが、何の関係があるというのか。
「ま。上条くんが帰ってくるまで待とうか」
そう言ったきり、源本は黙り込んでしまった。
先ほどまでは饒舌に建築に関して語っていたのとは対照的に、思い詰めた気難しそうな顔をしている。
部屋に重苦しい空気が流れ、ごうんごうんという機械の騒音だけが辺りを包む。

それから何分たったであろうか。非常階段へと続くドアが唐突に開かれた。
どうやら上条が帰ってきたらしい。
「おかえりーって黒子?アンタどうしてここに!?」
「まぁ紆余曲折ありまして、露出狂を捕まえに」
「だから違うっての!」
「きみも御坂さんの友達なの?」

今まで黙り込んでいた源本が、突然話に割って入る。
「いえ。私は友達などではなく、生涯の伴侶となるものですわ」
「何勝手な事言ってくれちゃってんのかしら黒子ぉ!?」
毎度おなじみのやり取りをしている二人を、源本は嬉しそうに眺めている。
「じゃあちょうど都合いいやー。突然だけど、皆には僕の弟の話を聞いて欲しいんだよ」

「僕の弟は魚が大好きでねぇ。いつか自分の部屋一面を水槽にしたいってずーっと言ってたんだよー。だからこの部屋は弟の夢の完成形なんだ」

突然語りはじめた源本に、三人は首を傾げる。
「じゃあ弟さんも楽しみにされてるんじゃないですか?」
「残念ながらねぇ。弟はもう動けないんだよー。所謂植物人間ってやつ」
「あ、すいません…失礼でしたね…」
御坂はばつが悪そうに頭を下げる。

「そのことについてだ。弟はとある爆破テロに巻き込まれてねぇ。
バイオ医研脳細胞研究所って所にいたんだけど、知らないとはいわせないよー。
なんせ『きみが爆発させた』んだからねぇ」


―源本海貫―
―弟が研究所を狙った爆破テロに巻き込まれたって聞いた時は目の前が真っ暗になったよー。なんで弟が。ってねぇ。

―で、いろいろ調べているうちに、弟が関わっていた実験はかなり危ないものだったって知った。

―真相を知るには苦労したよー。何せ学園都市の機密事項だからねぇ。裏の世界にも片足どころか腰までどっぷりって感じ。

ーまぁそのおかげでこんな装置も手に入れることができたし、真相を知る事もできたし、その張本人のきみにもこうして会うことができたし。

―弟のことだけど、心配しなくてもいいよー。『僕の中』で生きているからねぇ。

―ある日弟が入院してる病院に科学者が来て僕にこう言ったんだ。「なぁ。実験(ギャンブル)してみねぇか?」ってね。

―その実験はねぇ。弟と僕の脳に脳波を電波に変換する機械を埋めて、強制的に脳波を繋ぐっていうものなんだぁ。

ー開発中の実験だからいろいろリスクがあるらしいけど、もちろん僕は迷わなかった。

―ギャンブルには勝った。弟と僕の脳波がリンクしたんだ。

ー僕が見て、聞いて、感じて、考えたことは弟に繋がるし、反対もまたしかり。

ーあ、元ネタが分かった?そうだよ。きみの『妹達』のアイデアを借りたんだ。

―気味悪がっていたジャミングだけど、たぶんこの電波のことじゃないかなぁ?なんせ弟の怨念がこもってるからね。

―あの実験のことだけど、確かに酷い。きみが爆破させたくなるのもわかるよ。

ーでもね。そこにいる人達の気持ちを考えたことはあった?爆発させたらそこにいる人はどうなるか。とか。

―そんな暇はなかったよね。きみも必死だったからね。

―でも、ぼくも今は必死なんだ。『弟と二人できみに復讐する為に』

―だから僕はきみに教えてあげようと思う。

―『大切なものを失う』ってのはどういう気持ちになるのか。


―セブンスミスト・7階―
御坂にあの時の絶望感が蘇る。
「あれは…私のせいじゃない!あんな実験してたんだから爆破して当然よ!」
自分に言い聞かせるように叫ぶ。それはまるで悪戯の言い訳をする子供のようだ。

「確かにその通りだ。でも、僕はこう言いたい。
『あの実験はだれがDNAマップを提供したのせいで始まったの?』ってね。
結局きみは自分自身の尻拭いの為に、まわりの人間を巻き込んでいったんだよ」
その言葉は御坂の精神を削るように、的確に真実を突いていく。
「目には目を、歯には歯をって言うだろ?だから復讐には復讐を、爆発には爆発をもって対抗する」

源本は先ほどの機械へと向かって歩いて行く。
その姿に先ほどまでの頼りなさは無く、戦地へ赴く兵士の様な凛々しささえある。
「御坂さんはぼくの能力知ってるよねー?液体の場所を移動させられる能力なんだけど、それって液体水素でもできるんだよねー」
するする…と、布と布が擦れ合う様な音が背後から聞こえて来る。
その直後、爆発音が轟いた。直後襲い来る、焼ける様な爆風と熱量。

目の眩むような赤い炎が晴れた先には白井が倒れていた。

「黒子!」
上条と御坂は思わず駆け寄る。白井は顔をしかめながらも、呼びかけに答えて起き上がろうとする。
しかし、足を負傷したらしく、起き上がることができないでいた。
「やっぱり他人の能力を使うのは難しいなぁ。液体水素はいい感じだったのに」
まるで夜店の射的を楽しむかの如く、軽い口調で源本は語る。
その言葉に御坂は憤る。

と、同時に酷い違和感を覚える。
「どうしてこんなことするんですか!?それに『他人の能力』って…」
「『大切なものを奪う』ためだよ!それに言っただろ?『弟と僕は脳波が繋がってる』って。
だから僕は弟の発火能力も使える訳。僕の能力で液体水素を転移させて、弟の能力でドン。
二人の力で復讐を遂げるのさ!泣けてくる兄弟愛だろ?」

けたけたと笑う源本を見て混乱する御坂。
『幻想御手の副作用』という例外を除いて、幻と言われている『多重才能』。そんなものがありえるというのか。
「いやー。あの入れ墨科学者には感謝だ。まさかこんなオマケがついてくるとはね。…さて、次は当てるよ」

来る。

そう身構えていた上条と御坂の間に、突如シャボン玉の様な水の塊が出現した。
するする…という音とともに、水の塊はどんどん膨張していく。
上条がとっさに右手で水の塊に触れると、「バギン!」という音を残して消えてしまった。

それを眺めていた源本は、不思議そうに、しかし同時に納得した顔を浮かべる。
「なるほど。上条くんの右手の話を聞いた時は冗談かと思ったけど、ほんとに能力を無効にできるんだねぇ。すごいすごい!」
源本は楽しそうに笑い、次々と水の塊を作っていく。
「させるかよ!御坂!お前は白井を頼む!」
「う、うん!」

御坂は圧倒的な強さを誇るレベル5だが、この状況では何もできなかった。今、電撃を出すのは自殺行為だ。
もし、液体水素に電撃による火花が飛び散れば大爆発は免れない。
それを理解していた御坂は白井の元へ駆け寄り、起き上がる手助けをする。
上条は二人を護衛するように液体水素の塊を叩きつぶして行く。

だが、一人で対処するにはあまりにも数が多すぎた。
上条の足下にある塊がビーチボールぐらいの大きさに膨らんだ時、狙い澄ましたようなタイミングで横から細い火花が飛んでくる。

(まずい…!爆発する…!)

そう思った時には、辺り一面を凄まじい大爆発が取り囲んでいた。


耳をつんざき、肌を焼き、目をくらませる爆発が収まった。
御坂が瞑っていた目を開けた瞬間、爆風で吹き飛ばされた上条が落下してきた。
思わず駆け寄り、上条を見た御坂は絶望した。

上条には左足の膝から下が無かったのである。

その姿は、一方通行に屠られ、左足を引きちぎられ、列車の下敷きにされて虐殺された「あの妹」を彷彿とさせる。
(いや…もうやめて…)
トラウマを掘り返された御坂は、倒れていた白井にしがみつき、がたがたと震えながらえずいていた。
事情の知らない白井は、気をしっかり持つように、と呼びかけることしかできない。

そこへ源本は歩みより、見下しながらこう問いかける。
「『大切なもの』を失う気持ち、少しは分かったぁ?まぁ分かったところで無駄だけどねー。じゃあそろそろ…」

そこまで言ったところで、背後から何かを引きずる音がすることに気付く。
まさか。と思いつつ、源本は振り返る。

そこには上条当麻が立っていた。

(ありえない…あの爆発で?それに左足を失っているのに…)
俯いているため表情を伺い知ることはできないが、鬼気迫るその姿に思わずたじろぐ。

上条は腹の底から絞り出すように声をあげる。
「御坂に復讐すれば、それだけで弟が救われるとでも思ってるのか…?お前がやってる事はただの自己満足じゃねぇか!」
「違う!頭の中で弟が言ってるんだ!『助けてくれ、苦しい』って!だから…復讐して少しでも楽にさせてやるしかないんだよ!」
源本は口角泡を飛ばし、大声で叫び否定する。

しかし、頭の中ではうすうす勘付いていたのだ。
復讐したところで弟の意識は戻らないし、なんの解決にもならないことを。
そこに上条から決定的な一言が飛んでくる。

「本当に弟が大切に思うんなら『復讐』より『回復』を願うんじゃないか?」

頭を金槌で殴られたような衝撃だった。
どうして気付かなかったのか。
いや、気付いていたのだろう。
源本は回復の方法を見つけるより、復讐する方を選んだのだ。
いつになるのか、いや、存在するかどうかすら分からない回復の方法を探すより、はっきりと目の前に見えている復讐という手段に逃げた。
そうして復讐すれば弟は救われると勝手に思い込んで。
それを自己満足以外に何と呼べようか。

そんな思いを振り払うように、源本は能力を発動させ、液体水素を転移させようとする。
その瞬間、こめかみを万力で締め付けられるような強烈な痛みが源本を襲った。
思わずうずくまり、こめかみを押さえ込む。
そこから夥しい量の血液が流れてきた。
「おい!大丈夫か!」
上条は自分も重傷を負っていることを忘れ、源本のもとへ駆け寄る。
「言っただろ…『いろいろリスクがある』って。二人分の能力の演算を一人でこなせばこうなるさ…」

源本は痛みにこらえながらも、晴れ晴れとした顔でこうつぶやく。
「…復讐ばかり考えていたけど、このビルの建築は本当に楽しかったんだ。
復讐さえなければ、友達として仲良くできれば。って悔しいけど何回も思った。
『ここにアイツを連れて…』なんて話をされると、ぼくもいつか弟を連れて…って…」

そういって嗚咽を漏らして涙を流す。
彼にはもう、復讐に費やす気力は無かった。
そうして絶望だけが源本の心に残った。

「魚は入れれなかったけど、満足したよね?もう終わりにしよう」
自分の中の弟に問いかけるようにつぶやく。
(まさか…!)
上条がそう思った時には遅かった。
源本は残された力を振り絞って、ビル全体に液体水素を転移させていく。
そうして弟の能力で液体水素に着火する。

今までの何倍もの規模の大爆発が、ビルに襲いかかる。


意識を取り戻した源本は、現状の把握に努めようとする。
(ビルを爆破して…死んだはずでは…?)
ビルは確かに崩壊した。
しかし、自分たちの周辺だけは幸運にも隙間ができていて押しつぶされずに助かっている。
どうやら御坂が磁力で鉄筋を支えていたおかげで崩壊は免れたようだが、
今も崩壊は続いているようで、いつここも崩れるか分からない状態だ。
御坂とその友人も何とか無事のようで、こちらへ向かって這ってくるのが分かる。

その直後、御坂のにある天井が鈍い音をたてて崩れ始めた。
地鳴りのような音をあげ、天井が落ちていく様がスローモーションのように見える。
あっけにとられ、何もできない御坂。源本は駆け寄ろうとするが間に合わない。

すると、御坂の横から何かが飛びつき、御坂を遠くに突き飛ばした。
御坂は突き飛ばされた方を見ると、この世の終わりのような表情をし、その場へ駆け寄る。
「当麻!」
突き飛ばしたのは上条であった。とっさの判断で御坂を助けたのである。

しかし、その代償として自分が崩壊に巻き込まれた。
そして、崩壊したがれきは、右手を押しつぶしていた。
能力には絶対の効力を発揮する右手だが、それ以外には何の効力も発揮できない。

「御坂は無事か…?よかった…」

上条が願っていたのはそれだけだった。
それさえ分かればもうなにもいらない。
この期に及んで笑顔を見せる。

そして、源本の方へ視線を向けてこう告げる。
「お前にはまだまだ文句が山ほど残ってんだ。勝手に死ぬなよ…」
体はぼろぼろで息も絶え絶えだが、その言葉には強い意志が込められていた。
「あと、良い医者も紹介するよ。弟もきっと良くなる」
そう言い残して、上条はその場に倒れ伏した。


「ねぇ当麻!しっかりしてよ!お願い黒子!テレポートで当麻を助けて!」
御坂は、柱に挟まれた上条の姿を見て半狂乱になり、助けを求めて叫ぶ。

対する白井は諦めたような顔をしている。
自分の能力が上条には作用しないことをわかっていたのだ。
「無理ですわお姉様…さっきからやってますが、テレポートが通用しませんの。それにこの場所もすぐに崩壊します!私たちだけでも先に!」
「当麻を放置しろっていうの?できるわけないじゃないの!」

激しく言い争う二人を上条は制す。
「…やめろ御坂。白井、頼みがあるんだ。御坂とこの人を先にテレポートしてくれ。『俺は最後でいいからさ』」
白井はこの言葉に秘められた強い意志と覚悟を汲み取った。
あとで助けに来た頃には、もうこのビルは完全に崩壊していてきっと助からないだろう。
かといって、テレポートで助け出すことも出来ない。

上条はそれを理解した上で『最後』と言ったのだ。
御坂を先に逃がす為、御坂の命を最優先する為。

(なるほど…お姉様が惚れ込むのも無理は無いですわ)

つくづく認めたくはないが、本当に強い意志を持った男だと、内心負けを認める。
ならばその崇高な意志に、自分が泥を塗る訳にはいかない。

「…了解しました。『最後には助けに戻りますわ』」
「御坂のこと、頼むな」
「…言われずとも、ですわ」

しかし、御坂はそれを許さない。
自分より重傷な上条を、どうして放置していけるのか?御坂にはそれが理解できなかった。
「私は絶対にいやよ!アンタが当麻より私を優先するっていうなら、アンタを殺してでも私はここに残る!テレポートが無理なら天井ごと超電磁砲で…」

白井は目の前にいる、どうしようもない分からずやの目を覚ますために強烈なビンタをお見舞いした。
パンッという小気味よい音があたりに響く。
「そんなことをすれば全員まとめてあの世行きですわ!あのお方の覚悟がお分かりになりませんの!?
あなたの無事を何よりも願ってらっしゃるのです!お姉様はその願いを踏みにじるというのですか!?」

御坂は自分を絶望の縁から救ってくれた右手を恨んだ。
数々の不幸を打ち壊し、生きる希望を与えてくれた右手が、今度はその生きる希望を奪おうとしている。
こんな右手さえ無ければ、と、思う。

(こんな右手さえ無ければ?)

あることを思いつき、我に返った御坂は、おもむろに能力を発動させて近くに落ちている鉄の棒を二本引き寄せる。
一本を柱に挟まれた右腕の下部に敷き、もう一本をその腕の上部に合わせる。

「…なるほどな。その発想は無かったわ」
今から何をされるのかを理解した上条は、ふっと笑みをこぼす。
「じゃあ早く帰らせてくれ…さっさと帰って昼飯作らねえとまたインデックスに噛み付かれちまう」
「こんな大事な時に何よそれ!」
間の抜けた会話に思わずほほが緩む。

しかし、深呼吸をして精神を統一し、上条にこう告げる。

「…ねぇ、聞いて。私は今からアンタの『大切なもの』を奪う」
「別に『大切なもの』じゃねぇよ…むしろせいせいするさ」
「私にとっては『救いの象徴』なの。当麻…本当にごめんなさい」

最後に付け加えるようにこうつぶやく。

――――それでも私は、きっとアンタに生きて欲しいんだと思う。

二本の鉄の棒が、磁力によって引き合わされた。
その後、上条は白井のテレポートによって外に運び出された。


―いつもの病院・病室にて―
私は源本さんの病室の前にいた。
謝りたかったのと、ある問題を後回しにしたいが為に。

「謝って済む問題じゃないことは分かっている。でも、謝らせて欲しい」
源本の病室に足を踏み入れた途端、こんな言葉が飛んで来た。

罵倒されるのではないか、いや、殺されるのではないか。
と、危惧していたが、その心配は杞憂に終わった。

「なぜ源本さんが謝られるんですか?そもそも私が弟さんを…」
「いや、ぼくが勝手に突っ走ってただけなんだ。上条くんに教えられたよ…」

上条

その言葉を耳にした瞬間、心臓がどくん、といやな揺らぎをみせた。
悟られないように話題を変える。
「で、弟さんは…?」
「これも上条くんに感謝だね…もうすぐ意識が回復するそうだ」
「よかった…」

安堵のため息をもらした。
こころの中にある重圧がひとつ、消えた気がした。

しかし、その重圧の大半を占めるものはまだ…

「彼は本当にすごいね…出会って一時間以内に人生を180°変えられるなんて…」
源本がぽつりとつぶやく。
「ええ。私もアイツに救われました」

しかし、そんなアイツはもう…
そこに源本からの一言がこころに突き刺さる。

「もう上条くんのところへお見舞いに行った?」


―いつもの病院・病室にて―
「お姉様?まあお姉様!?まあまあまあまあお姉様!!」
「だああああ!やめーい!」

そういいながらいつもの如くテレポートで飛びついて来る。
いつもなら正直勘弁願いたいが、いまは逆にいつも通り接してくれることに感謝する。

「もう足の怪我平気?結構痛そうだったけど…」
「少し火傷の跡が残るそうですが、お姉様が心配してくださるのなら黒子、こんな痛みなど!」
「じゃあもう平気そうだから帰るねー」
「ああ!お待ちくださいお姉様!…で、『あのお方』の所にはもう行かれたのですか?」

変態で、
ふざけていて、
つきまとってきて、
ときどき頑張りやで、
でもやっぱり変態で。

(それなのに、どうしてこんな時だけ鋭いんだろう…)

「…まだよ」
「まさかお姉様。逃げるおつもりではありませんか?」

その言葉が一番聞きたく無かった。
その言葉が一番こころに響いてくる。
その言葉が一番、つらい。

「アイツにどんな顔してあえっていうのよ!私の都合に振り回されて左足と右手を失って!
しかもただの右手じゃない!あれはアイツのアイデンティティみたいなものよ!それを奪って…」

そこに平手打ちが飛んで来る。
あの時と同じ、目を覚ます為の一撃だ。

「お姉様は馬鹿ですわ!大馬鹿者ですわ!『右手がアイデンティティ』?お姉様はあのお方の能力が存在証明だとお考えですの!?」
「なにがあっても諦めない、困っている人は全員助ける。お姉様はあのお方のそんな『こころ』に惹かれたのではありませんか?」

そこにとどめの一言が。

「ならば『ごめんなさい』よりも先に『助けてくれてありがとう』というべきではありませんの?」

いつしか黒子は涙を流していた。このどうしようもない分からずやな私を思うが故の涙だった。

そんな愛すべき後輩に感謝した。
決心がついたのだ。

「黒子、ありがとう。私、アイツの所へ行って来る」
「それでこそのお姉様ですわ。あと、二度もぶったことをお許しくださいませ」


―いつもの病院・いつもの病室―
すーっ、
はーっ。
病室の前でひとつ大きく深呼吸をする。

アイツは今、どんな姿をしてるんだろう?
どんな顔をしてるんだろう?
どんな気持ちでいるんだろう?

たった一歩踏み出すだけで見える答えが、今は遠い。

意を決して、ノックをする。
コン、コン。という小気味良い音が、まるで判決を告げる前のガベルの様に聞こえる。
「どうぞー」

アイツの声だ。心臓がいままでにないぐらい速く胸を打つ。
ドアを開け、一歩を踏み出す勇気がない。
死刑台へと足を運ぶかのようだ。

ドアを開け、一歩を踏み出す勇気。
今はそれが三番目に欲しい。
二番目はアイツに許されること。
一番目は…

とにかく今はドアを開けなければ。

「失礼しまーす」
普段通り、冷静に。
大丈夫、ちゃんと歩けている。

そこにアイツからの一言が。

「おっすー御坂ー。元気かー?」
「なんでアンタはいつもそんなんなのよ!」

今までの心配はなんだったんだろう?
あれだけ部屋の前で悩んでいたことがバカらしくなる態度だ。

でも、気を取り直さなければ。
「助けてくれて、ありがとね。『妹達』の件も含めてアンタには借りを作ってばっか…」
「借りとか気にすんなよ。俺がやりたいようにやっただけなんだから」

コイツはいつもそうだ。

目の前に困っている人がいれば助ける。
たとえ自分の身を削っても。
それを損得考えずにできるのだから、本当にすごい。
でも、今回ばかりは取り返しのつかない事を…

「…手、もう無いんだね」
「前に切断した時は生えてきたんだけどなぁ。今回はもう生えてこないみたいだ。まぁトカゲじゃあるまいし、無くなったもんは仕方ないよ」

やっぱりもうダメなんだ。

そう分かった瞬間、涙がこぼれそうになる。
あの悪夢から救ってくれた右手は永遠に失われてしまったのだ。
「…ごめん…なさい。私のせいで…」

もうだめだ。

涙がとまらない。

すると、頭にぽんぽん、と手が乗せられる。
アイツの『左手』だ。
「泣くんじゃねーよ。あの状況じゃあれ以外に方法がなかったんだ。むしろ感謝したいぐらいだ」
「でも…怖くないの?これから片手片足だけの人生なのよ?」

それを聞いて、アイツは少し表情を曇らせる。
いや、今まで無理をして明るく振る舞っていたのだろう。

「…怖いさ。これからの人生、正直やっていける自信がねえ」
「ほんとうに…ごめん…」

アイツはまた、私の頭をぽんぽんと叩き、こう告げる。
「お前のせいだ、って言うんなら、一生俺の面倒をみてくれねえか」
「もちろんよ!アンタの為なら何だってやる!一生かけて償うわ!」

何の嘘偽りもなく、そう宣言した。
本当にコイツの為なら何だってやるし、何だってできる。

しかし、アイツは少し困った表情を浮かべている。
どうやら意思の疎通に齟齬があるようだ。
「いやー。そういう意味じゃなくってだな…その…」
「金銭的にも苦労させないし、医療関連の手続きもする!アンタが許してくれなくても勝手にやるわ!」

コイツはますます困った顔をして、顔をぽりぽりとかく。
やはり何かが違うらしい。
「だーかーらー!そうじゃなくって!お前が必要なんだよ!一生傍に居続けてくれって意味だよ!わかんねえのか!」

コイツは何を言っているのか。
自分の手足を失う原因を作った女と一緒にいたいとは。
何かいやがらせでも考えているのだろうか。

それとも…

「御坂が天井に潰されそうになった時、『もしお前がいなくなると』って考えたんだ。でも、『お前がいない世界』なんて考えれなかった」

さらに語る。

「そうしたら力が湧いて来て、お前を助けることができたんだ。もしあの時、お前を助ける事ができなかったら、きっと俺は後悔してあのまま死んでただろう。その位俺はお前が必要なんだ」
本当にコイツは何を言っているのだろう?

私が必要?
そんな訳がない。

でも、アイツは続ける。
「『大切なものは失って気付く』って言うだろ?でも、俺は『本当に大切なもの』を無くす寸前で見つけることができた」

「もう一度言う。御坂、いや美琴。俺の傍に居続けてくれ」
「…はい。」

…全く。
私の人生、良い意味で当麻に狂わされっぱなしじゃん。


―いつもの病院・その後―
私はある計画を当麻に告げた。
当麻は『お前らしいよ』とかえしてくれた。

しかし、私も人生をかけるのだ。
ただでは済まさない。
「当麻にも手伝ってもらうわよ。なんてったって実験台第一号なんだから」
「な、なんか不幸な予感が…」
「あと、当麻には経営学についても勉強してもらいます。なんてったって…」

先の事はまだまだわからない。
でも、当麻とならどんな不幸も乗り越えられる。
私にはそんな希望が胸に満ちあふれていた。









タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー