とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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パラドックスの確率 1



 スーツ姿の彼女は歩道で一人、尻餅をついていた。
「あいたたたた……」
 突如自分を襲った痛みに涙を浮かべ、彼女は腰のあたりをさすりながら辺りをキョロキョロと見回す。
「あーあ、実験は失敗かぁ……。まさか実験施設の中じゃなく外に飛んじゃうとはね……。見たところここって第七学区だから、とりあえず歩いて帰……?」
 彼女は痛む腰のあたりをさすりながら辺りをもう一度見回した。
 何かが違う。
 彼女が知っている風景より、ここは全般的に建築物が少し古い気がする。
 逆に、道を行く通行人が彼女を見たら、突然何もない虚空から現れて彼女が地面に落下したように思えて『もしかして空間移動能力者が空間移動に失敗したのか?』と驚いたかも知れない。
 彼女は辺りをキョロキョロと見回して表示板を見つけると、そこには間違いなく『第七学区』と書かれている。
「……確かにここは第七学区だけどさ……やけに古くない? 何かまるで、私が中学生の頃みたいなんだけど」
『上条美琴』は痛む腰をさすりながら立ち上がる。


「……うーん、実験は成功だったのか、それとも失敗だったのか。それが問題だわ」
 上条美琴、二四歳。
 ただいまとあるコンビニの店頭でスポーツ新聞を立ち読みしながらおでこに人差し指の先をつけ、今後について検討中。
 あの後、美琴は自分が『転がり出た』歩道から立ち上がると汚れた服をパンパンと叩き、記憶を頼りに一番近くのコンビニに飛び込んで、マガジンラックからスポーツ新聞を一部引き抜き日付をチェックした。
 日付は今日。それは間違いない。
 ただし、西暦は美琴の知っている年から一〇年過去のもの。
「どうも景色が昔とそっくりだと思ったら、やっぱりここは私がいた時代から一〇年前の学園都市かぁ……。元の時間へ帰る方法にあてはあるけど、だとしてもここでぼんやり……あれ?」
 美琴は視線を手元のスポーツ新聞から全面ガラス張りの向こうに広がる歩道のその先へ。
 歩道の向こう側には何台かの自動車が走り抜ける片側二車線の車道と、白いペイントの横断歩道が見える。
 その横断歩道で信号待ちをしながらあくびをしている、見覚えのあるツンツン頭のあの少年は誰だったっけ?


 上条当麻は一人、あてもなく散歩をしていた。
 あてもなく、というのは少しおかしいかも知れない。あてはあったのだが、外れたのだ。
 上条はスーパーの日曜早朝特売セールに行くつもりで、前日の夜に目覚ましをセットしたがうっかり二度寝をしてしまい、同居人のインデックスによる『おなかへった』コールで目を覚ましてみればすでに特売セールスタートの時間。慌てて着替えて部屋を飛び出しダッシュしたものの、スーパーに辿り着いてみれば特売品は全て売り切れ。
「せっかく、起きてから余裕を持ってスーパーへ行くまでの時間も、行列ができるであろうタイミングも全部計算しておいたってのに……不幸だ」
 ツンツン頭をガリガリとかいて悔やんでみても、もう遅い。
 下手に時間に余裕を持たせていたせいで、目を覚ましたとき『あと五分』なんて思ってしまったのが全ての失敗の始まりだった。
「あーあ、インデックスが肉を楽しみにしてたのにな……買えなかったなんて言ったら怒るだろうな、アイツ」
 早朝特売セールの目玉品は豚肉の小間切れ。
 一〇〇グラム当たり二五円という上条家の財政に優しいお値段だったので、ここで買いだめして使わない分は冷凍保存しておこうと思っていた。他にも玉子や牛乳など、貧乏な上条家における貴重なタンパク質の特売オンパレードだったのだ。しかしそれらは全部上条がスーパーにたどり着くまでには売り切れていた。
 あてが外れた上条は元来た道を引き返し、最寄りのコンビニでインデックスに与えるためのお菓子を見繕って帰ろうとしていた。
 いつもの横断歩道で信号待ちをしながら盛大にあくびをしていると、横断歩道の反対側でぶんぶんと大きく手を振っている女性の姿が目に入る。
 よく見ると、どうやら彼女は上条に向かって手を振っているらしい。
 耳を澄ますと、『おーい』という女性の声も聞こえるような気がする。
「……誰だあれ? どっかで見た事があるようなないような……」
 上条は寝起きの頭をフル回転させて、前方の女性と一致するシルエットを検索する。
 髪は茶色でセミロング、年齢は見た目二〇歳代、化粧映えのする顔立ち、胸は大きめ、スポーツで鍛えたようなシャープな体型、服装はコンサバティブ。
「ああ、あれって御坂の母さんの美鈴さんじゃないか。おーい、美鈴さーん!」
 上条は視線の前方で自分に手を振る女性に向かって手を振り返す。
「美鈴さーん、こんな朝早くから学園都市に来る……来る……ちょ、こっちに向かって来る!?」
 横断歩道の反対側で上条に手をぶんぶん振っていた美鈴は、信号が変わるやいなや上条に向かってダッシュで駆け寄り、両手を広げるとぎゅうううううーっと強く上条を抱きしめた。
「やーん、かわいい!」
 美鈴はぐりぐりと猫のように上条に向かって頬をすり寄せる。
「……はい?」
 横断歩道から歩きだして三歩目で、反対側から走ってきた美鈴に抱きしめられて、上条は訳が分からない。
「かわいいかわいいかわいい! 一〇年前だからこっちの当麻が学生って言うのは分かってたけど、うーん、髭が全然生えてない当麻ってかわいい! 若いってやっぱり良いわねー」
「……ちょ、美鈴さん!! ここは天下の往来!! アンタはこんなところで朝っぱらから俺に向かって何やってんだ!? 離せ、いいから離せーっ!!」
「もー、そんなに照れなくても良いんだってば。この時代の当麻ったらかわいいなー」
「ぎゃわーっ!? 酒もないのにこの人酔っぱらってる!? 止めろバカ離せ!! ……あれ、当麻?」
 上条の記憶にある御坂美鈴は、上条の事を『上条くん』と呼ぶ。美琴の母親ではあるが上条とはそれほど親しい間柄とも言えないので、彼女は上条の事を下の名前では呼ばない。
「もう、さっきから人の事を美鈴さん美鈴さんって母親の名前で呼ばないでよ。私には美琴ってちゃんとした名前があるんだから」
「……はい? 美琴?」


 御坂美琴は早朝の道を、両腕を組み首をひねりながら一人早足で歩いていた。
 しかし、早朝の空気が気持ちいいから散歩に出てみました、などと深窓の令嬢が口にするような理由で美琴がここを歩いている訳ではなかった。
 美琴には目的があった。しかしあてがなかった。
「うーん、おっかしいなー。どこにもないなんて」
 美琴が毎月コンビニで立ち読みしている月刊少年マンガが、どこの店に行っても見つからないのだ。今月は印刷部数が少なかったのか、どこの書店でも少数しか入荷しなかったらしく店頭から瞬く間に消えてしまったという。
 いつもならどの店にも二~三冊は積まれているので美琴は後で読もうと軽く考えていて、時間ができたので立ち読みに出発したらこのていたらく。
「あの探偵マンガの解決編が今月号に載るはずなのよね。こんな事なら門限破ってでも発売日当日に立ち読みすれば良かったわ」
 そんな訳で美琴は早朝から一冊のマンガ雑誌を求めてコンビニ行脚の真っ最中、と言うか放浪中。
 広い学園都市の中ならば、どこか一軒くらいはあの月刊少年マンガが店頭に残っているはず。
 そう思ってかれこれ一〇軒ほど回ってみたものの、マンガ雑誌は影も形も見つからない。
「この先に確かコンビニがあったからそこをあたって、そこにもなかったらいったん引き返そう。寮で地図を使ってコンビニのある場所を調べて、もっと効率的に回った方が良さそうね」
 てくてく、てくてく、てくてくと歩いて。
「……あれ?
 不意に美琴は、奇妙な違和感を覚えた。
「何だろう、これ。私自身の力を外から放射されているような……ううん、違う。これって……空気中の静電気が大きく揺らいでる?」
 美琴の周囲の空気に含まれる静電気が奇妙な感じに揺らいでいる。
 そわそわと落ち着きがなく、まるでここにいてはいけないと言われているような不思議な感触が空気中に漂っている。
 美琴は優秀な電撃使いで、その能力の応用は多岐に渡る。
 たとえば電磁波センサー。
 美琴の『自分だけの現実』から生み出され、美琴の体を包むように放射される微弱な電磁波は、そのままセンサーとして転用できる。
 自分の電磁波と違う波長とぶつかる事で、直接視認しなくてもそこに誰かがいる、異物があると言った具合にレーダーの役目を果たすのだ。
 その電磁波センサーが美琴に何かを促している。
「妹達(シスターズ)……とも違うわね。まるで私自身がもう一人いるみたいな……いやいや、完璧なクローンは作れないはずだからそれはないけど。でもこの不安定な静電気は何か気になるわね」
 美琴はマンガ雑誌の探索を切り上げて、不安定な静電気の正体を探る方に意識を切り替える。『おかしな静電気』は風に乗った匂いのように空中を漂っている。
 美琴は空を見上げ、空中の静電気の奇妙な流れを目で追う。
「……あっちか」
 おかしな静電気の流れを追い駆けて、美琴は走り出す。
 何か嫌な事件でも起きていなければ良いが。
 美琴が静電気の流れを目で追いながら角を勢いよく曲がると、少し離れた前方の横断歩道の上でいちゃいちゃと抱き合うカップルの姿を見かけた。どうもカップルは女性の方が年上らしく、積極的に男に抱きついている。いや、誘惑しているのか?
「……ったく。どこの世界にもいるのよねー。ああやって朝っぱらから見せつけてくれちゃう連中ってのがさ。どこのバカップルだっつーの。こっちはこのヘンテコ静電気を……?」
 美琴は遠くで恥も外聞もなく抱き合っているバカップルを見つめてため息をつき、やがてその片割れの男の方に気がついた。
 学生服らしい服装、中肉中背の体型、そして特徴的なツンツン頭の彼。
「……あれは……あの馬鹿は……」
 バチバチと火花の散る音が聞こえる。
 それが自分の出す高圧電流の音だと気がつく前に、美琴は爆発した。
「あの馬鹿……何を朝っぱらから路上で不純異性間交友なんかしちゃってるのよーっ!!」
 美琴は叫び、直接裁きを下すべく上条の元へ突っ走る。


「うん、美琴。私、美琴よ?」
「……はい?」
 上条には訳が分からない。
 何故ならば、目の前の美鈴がにこにこ顔で美鈴自身の顔を指差し、あまつさえ『私は美琴です』だなどと自己紹介しているのだから。
「あのー……美鈴さん? 朝っぱらから見え見えのドッキリなんかされたって、俺どうしたらいいか対応に困るんだけど?」
「だーかーらー、私は美琴なんだけど……って、ああそうか」
 自分を美琴と呼ぶ、おかしな美鈴は上条から手を離すと、右手でグー、左手でパーを作り両手を合わせてポンと叩いて
「ごめんごめん。説明が足りてなかったわね。私は美琴なんだけど、正確には一〇年後の美琴なのよ」
「…………………………………………はい?」
「アンタに会いに来たの。一〇年後の学園都市から」
「………………………………………………………………はい?」
 上条には理解できない。
 目の前の美鈴が自分を『美琴』と言いだして、しかも一〇年後の世界からやってきましたなんて、ドッキリにしてもレベルが低すぎる。
「……美鈴さん、アンタの娘と何かトラブったんなら、俺でよければ相談に乗るけど?」
「うーわー、アンタこうやって女の子とフラグ立ててたんだ。なるほどねー。かわいい顔してもやる事は大して変わんないのか、うんうん」
 美鈴は話を聞いてくれない。それどころか『きゃーかわいい』と言いながらしきりに抱きつくわ頭を撫で回すわとやりたい放題だ。
 美琴と美鈴は母娘だけあって、外見はよく似ている。美鈴を見ていると、美琴があと一〇年経ったらたぶんこんな感じに育つんだろうな、と言うのがよく分かる。それくらいこの母娘が似ているのは認めるが、よりによって自分の娘の名前を騙っちゃうのはどうなんだろう。おおかた学園都市の進んだ科学技術に触れて、未来志向にでもかぶれてしまったのだろうか。
「とりあえずさ、俺から離れてよ。あと子供みたいに頭を撫で回すのも止めろ。ここは横断歩道で、大体アンタの娘の美琴なら今そこからビリビリと……げっ! 本物の御坂!?」
 上条がしつこく抱きついてくる美鈴を引っぺがそうと暴れていたら、そこに常盤台中学の最強電撃姫こと美琴が現れた。
 しかもお怒りモードで。
 美琴は全身に電気を纏って
「……あのさ、アンタがどこの誰と付き合おうと私には全く! これっぽっちも! 関係ないけど! 路上で朝っぱらから人に見せつけるみたいに、どっかの女といちゃいちゃしないでくれるかしらー……? 今ここで黒子の代わりに、アンタに正義の鉄槌を下してあげても良いんだけど?」
「ほら美鈴さん! アンタの娘がここにちゃんとこうして……美鈴さん?」
 上条をぎゅうううっと抱きしめたまま、美鈴の動きが凍る。
 目は丸く見開かれ、口はOの字に、そしておそるおそる片手で美琴を指差すと
「……うわー、中学生の私だ。そりゃそうよね、一〇年前の学園都市なんだから私と出くわしても当然か」
 などと変な事を口走っている。
「……お、おいおい? 何言ってんだよ美鈴さん」
 今度は上条の言葉を聞いた美琴が眉をひそめる。
「ねぇアンタ。この女の人に向かって今『美鈴さん』って言った?」
「え? この人お前の母さんじゃないの?」
「確かによく似てるけど……別人よ、その人。大体、能力者でもないのに、うちの母さんがこんだけ強力な電磁波を放出してる訳ないじゃない」
「……へ?」
 上条は美琴と美鈴の顔を見比べる。
 そう言えば上条の記憶の中にある美鈴より、この女性は少し若いような気がする。美鈴が努力で保たれた美しさというなら、目の前の美鈴は天然の輝きがある。
「……、あれ? じゃあこの人一体誰? お前の親戚か? まさかお前の母さんの妹達?」
「んなわけないでしょ。こんだけ見た目がそっくりなのも驚きだけどさ。それで、そっちのアンタ……アンタは一体、どこの誰?」
 美琴は美鈴によく似た女性に向き直る。
 答え次第によっては能力の使用も辞さないという構えだ。
「んー、説明してあげても良いんだけど。その前に……ひとまずここから逃げるわよっ!」
 美鈴似の女性はにっこり笑うと上条の腕を掴み、そのままものすごい速度で走り出した。

 かくして上条と美鈴似の女性は一時間も街を走り回った。

「……って、待て! この時間の進み方が早すぎる展開はどっかで見覚えがあるけど、何で俺まで一緒に走らなくっちゃならないんだよ!?」
「うんうん、ごめんごめん。当麻の事巻き込んじゃったし、これからも巻き込んじゃうから一緒に来てもらわないと困るのよ」
 美鈴似の女性は上条をとある裏路地に引き込むと、にこにこしながら
「色々説明するからどっか座れる場所行きましょ。できればあの子がいないところだと助かるわー」
「……あの子?」
 上条は美鈴似の女性の言葉に首を傾げる。
「一〇年前の私の事よ。私とあの子がこの時間で顔を合わせんのは、まずいのよ。……たぶん、推測だけど」
「まずい? まずいって何が?」
「それを説明したいから、どっか座れる場所に行こうって言ってんのよ」
 彼女が一〇年後の美琴だとしても、傍若無人なところは今の美琴と何にも変わらないんだなと上条が心の中で思っていると。
「何? 一〇年後の私が美人なんで見とれた? やだなぁもう、私照れちゃうじゃない」
 いやーんやっぱり一〇年前の当麻って初心でかわいいーと一声叫んで、自らを美琴と名乗る女性は上条をぎゅううっと強く抱きしめる。
「だからいちいち抱きつくな! 熱い苦しい首が極まってる!? ギブギブ!!」
「ほーら当麻の好きな大きなおっぱいですよー。もう、こういうのが好きなくせに照れちゃってー。この頃の当麻って素直じゃないのね。かわいいなぁホント」
「止めて止めてお願いだからそのデカいのを押し付けんな!! お前見た目は俺の理想のタイプなのに中身は御坂一族そのものか!?」
「あらーん? なるほど、それじゃ子供の頃の私がいくら突っかかっても相手してもらえない訳だわー。昔の私ってぺったんこだったもんねー」
「は? 子供時代のお前? ……何か分かんない事言ってっけどまあいいや」
 上条は巨乳気味な女性の話を聞き流し、熱い抱擁から何とか抜け出すと、ぜーはーと肩で息をついて
「……っつーか、お前が一〇年後の御坂だっていう証拠はあるんかよ?」
「それもそうよね。さすがに証拠を見せないと当麻も信じてくれないわよねー。……じゃあ早速」
「だからって脱ぐなよ! 頼んでもいないのにいきなり脱がれたって分かんねーよそんなの! ……もっとほら、何かないのかよ。御坂は超能力者(レベル5)なんだから、能力使ってみせるとかさ」
「うーん、じゃあちょっとだけ。今はちょっとしか能力が使えないんだ」
 美鈴似の女性の前髪が静電気でふわふわと浮き上がり、バチバチと火花が飛ぶ。
「……これでどう? ゲームセンターのコインがあったら超電磁砲を撃ってあげられるかもしれないんだけどねー」
「それは物騒だから止めてくれ。……、まあしゃべり方が妹達とは全然違うけど、妹達が成長したら一人くらいまともなしゃべり方になりそうだしな」
「向こうでもそうだったけど、どうしてこう当麻は頭が固いのかなー。固いのは」
 上条は美鈴似の女性の口元を両手で押さえ込んで
「テメェ今ナニかとんでもない事をさらっと青少年の前で口走ろうとしただろ!? ここに載せられない事をしゃべろうとしてたな!? 一〇年後の御坂ってこんな感じなのかよ?」
「あっはっはー。そりゃねー、一〇年後の私がどんな奴かだなんて当麻に教える訳ないじゃない。教えたら歴史が狂っちゃうもの」
「……歴史が、狂う? 何だそれ」
 美鈴似の女性の言葉に、上条は怪訝な顔をする。
「こういう言葉って知ってる?」
 美鈴似の女性は、真剣な眼差しを上条に向けて
「歴史改変。……あるいは時間犯罪とも言うわね」


「……それでとうま。もう一度聞くけど、この薄幸少女改め薄幸女性はどこの誰ちゃんなの。クールビューティにも短髪にも似てるけど、親戚か何か?」
「俺にもよく分かんねーけど、とりあえず困ってるってのは分かったから連れてきた……かな?」
「いやー、小っこいシスターに会うのも一〇年ぶりなのよねー、そういえば」
 険悪な雰囲気を漂わせるインデックスと、割と脳天気に笑う美鈴似の女性こと美琴(仮)と、インデックスによって体中のあちこちに噛み跡をつけられた上条は上条の部屋でご対面。
 インデックスの機嫌が悪いのは、上条が早朝特売セールで手に入れるはずだった肉を買ってこれなかったせいもあるのだが
「とうま! そうやって困ってる女の子を考えなしにほいほい助けるのはそろそろ止めた方が良いかも!!」
「とはいえさ、インデックスだって救いを求める人の手をはね除けたりはできねえだろ?」
「そ、それはたしかにそうなんだけど……」
「ごめんごめん。すぐ出て行くからさ、ちょろっとだけここに置いてくれる?」
 美琴(仮)は残りの二人に向かって両手を合わせて拝む振りをする。
 インデックスは小さくため息をつくと、開き直ったように部屋の真ん中に仁王立ちで
「……仕方ないかも。とうまだってスフィンクスを拾ってくれたしね。ここは歩く教会の私に任せるんだよ!」
「そんな胸を叩いて任せろって言われてもな……」
 大体この人は猫じゃないんだからさ、と上条は独りごちる。
 美琴(仮)は、インデックスの前では『美南(みなみ)』と名乗っていた。上条にはよく分からない話だが、一〇年前の人間に一〇年後の美琴が来ている事を知られてしまうのは、歴史上都合が良くないらしい。
 美琴(仮)の説明によれば
「『今』の時点で確定した未来の情報を過去の人間が掴んでしまうと、それだけで未来が変わっちゃう可能性があんのよ」
「じゃあ俺はどうなるんだよ」
「当麻はたぶん大丈夫ね。右手の幻想殺しが片っ端から可能性を消し去ってると思うから。ただ、当麻の記憶の中に私の情報が残るとまずいから、私は当麻の前では本当の自分を出せないけど」
 美琴(仮)は幻想殺しについても何かを知っているらしい。
 上条は美琴(仮)に問い質したが、美琴(仮)は『たった今、未来の話を過去の人間が知る事は危険だって説明したでしょ? 可能性は打ち消されるけれど、当麻の記憶の中に情報が残るのはまずいのよ。ごめん、それは理解して』と苦笑いを浮かべて回答を拒否した。
「するってーと何か、脱いだり抱きついたりしてきたのは、あれは全部演技だと?」
「……………………………………………………えへ」
「怪しい笑いでごまかすな!」
 大体こんな感じに落ち着いた。


「うーん。みなみの話をまとめると、みなみは何か……じっけん? で失敗してこの学園都市に来たの?」
「そうそう、そんな感じそんな感じー」
「ずいぶんアバウトだなオイ」
 美琴(仮)が一〇年後の世界からやってきたと言う事を大っぴらにはできないため、要所要所をぼかして説明するとどうしてもこんな感じになってしまう。
 美琴(仮)が何かの実験に失敗して、一〇年という時間を飛び越えてしまったというのは納得いかないところではあるが、そうでもないと目の前にいる美琴(仮)の存在を証明できない。
 美琴(仮)は自らの証明として、上条と美琴しか知らない妹達計画について、上条に詳細を語って見せた。
 あの事件の全貌と、鉄橋の上での対決は上条と美琴しか知らない話だ。それを事細かに説明できる以上、彼女が一〇年後の美琴である事は否定できない。
 しかし。
(この巨乳なお姉さんが御坂の一〇年後? ……嘘臭えー。美鈴さんが一〇年後の御坂の振りをしてるって方がまだ信用できるぞ)
 美琴と顔立ちに類似性が見られるものの、美琴(仮)はスタイルが別人のように変わっているのだ。服のセンスも、あけすけな性格にも、今の美琴の面影がほとんど見つからない。……性格は美鈴さんにそっくりな気がするが。
 美琴(仮)はこの時代の住人に一〇年後の美琴の情報が伝わらないよう演技をしていると言っていたが、本当に演技なのだろうか。
「なあ、それでみこ……じゃない、美南さん。元いた『場所』に帰る方法って何なんだ?」
「口で説明してもいいんだけど……何か書くもん貸してもらえる? たぶん二人には理解できないから、書く分には大丈夫でしょ」
 上条が学生鞄の中から使いかけの科学のノートとシャーペンを取り出して美琴(仮)に差し出すと、美琴(仮)は白いページにすらすらと公式を書き出していく。上条は横からノートをのぞき込んでいたが、最初の三文字目で何が書いてあるのか分からなくなって、両手で頭を抱えてその場に突っ伏した。
「……ねえ、みなみ。本当にこれはかがくの式なの?」
 美琴(仮)の隣でノートに書かれた公式をのぞき込んだインデックスの表情がどんどん曇っていく。
「ん? そうだけど? アンタこれに見覚えでもあんの?」
 美琴(仮)は公式をノートに書き込んでいた手を止めて、インデックスの方に顔を向ける。
「……うん。すごく見覚えがある。といっても、私が見たものとは逆なんだけどね」
「逆? 逆って何だ、インデックス?」
「……『復活の罪典』に載ってる術式と、みなみが今書いてる式ってよく似てるんだよ」
「ふっかつの、ざいてん?」
 何だか嫌な予感がする。猛烈に嫌な予感がする。この話は聞かない方が良い予感がする。
「うん。私が持ってる一〇万三〇〇〇冊の中にね、そう言う魔道書があるの。用途はそのままズバリの死者再生。と言っても死んだ人間を蘇らせるんじゃなくて、死んだ人間の時間を巻き戻す事で一時的に生き返らせるの。遺言を聞き直したいときとか、死んだ人の力を借りたい時に使うんだけどね。みなみがノートに書いている式は、その復活の罪典にある術式を、終わりから逆に書いているように見えるんだよ」
「……するってーと何か。美南さんがノートに書いている公式を逆向きに直せば、死んだ人間が生き返らせられると?」
 そんなのはもう魔術(オカルト)じゃなくて怪談(ホラー)じゃねえかよ、と上条はげんなりする。
「魔術師一〇〇人分くらいの膨大な魔力が必要になるけどね。それに、要所要所が復活の罪典にある術式と違うから、これを完全に逆に書き直してもそれだけじゃ無理かも」
「まどうしょ? 一〇万三〇〇〇冊? アンタ達二人で何言ってんの?」
 左右から意味不明の単語を口走られてキョトンとなる美琴(仮)。
「復活の罪典は、使い道だけなら単なる魔術書で済むんだけど……これが禁書目録に収められた本当の理由は死者再生ができるからじゃないの」
「? 何か隠しコマンドでもあんのか?」
「かくしこまんど、って何?」
「隠しコマンドって言うのは、本来使われるはずのなかった機能を、簡単には見つけられない方法で仕込んでおくって話よ」
 隠しコマンドについて知らないインデックスに、美琴(仮)が助け船を出すと
「?……とうまが時々買ってくる本に付いてる『ふくろとじぐらびあー』ってやつに似てるかも」
「お前はお黙りインデックス!」
 意外な流れで意外な話を暴露されて慌てる上条。
「とにかく、復活の罪典が禁書目録に収められた理由はね。……歴史改変ができちゃうから」
「歴史改変?」
 美琴(仮)が使った言葉をインデックスもまた口にして、上条の肩がギクン! と一瞬こわばる。
「人を一人生き返らせちゃうって事は、その人が本来歩むべきだった人生を『やり直させる』事につながるからね。本当だったら病気で死んじゃった人が、怪我で死んじゃう、なんて話になると『死んだ』って結論は同じでも、途中で通った道が違っちゃうから、未来に伝わる確定情報が変わっちゃうの。そうすると、後の世の人が困った事になっちゃう。たとえば、生まれてくるはずの人が生まれてこなかったりとか。とうま、『マラキの予言』を覚えてる?」
「ああ、あの変な預言書な。あれがどうかしたのか?」
「あれが魔道書にならないのは、過去に向かって送り届けられる情報が『予兆』に過ぎないから。曖昧な情報だから、あれで未来を知っても歴史改変にはつながらないの。でも、復活の罪典は使えば確実に未来が変わる。あの本は危険なの」
 使えば確実に、未来が変わる。
 つまり、一〇年前の、この時代にいる美琴が一〇年後の確定情報である美琴(仮)の姿を完全に把握してしまったら。
 最悪の場合、本来辿るべき時間がねじ曲がって一〇年後の美琴(仮)の存在が消えるかも知れない。
 そこで上条は美琴(仮)の顔を見た。
 美琴(仮)の書いた公式と、復活の罪典に書かれた術式はほぼ表裏一体。
 統括委員会と科学者達が神を否定しながら『神ならぬ身にて天上の意志に辿り着くもの』を追い求めるように、魔術もまた才能なき者が才能ある者に追いつくために術を磨く。
 科学(サイエンス)はもう一つの魔術(オカルト)。魔術はもう一つの科学。
 上条は頭の中で一つの可能性にたどり着く。
 美琴(仮)の公式も復活の罪典も求めるものは同じ、時間の操作。
 美琴(仮)は失敗だと言っていたが、おそらく美琴は何らかの理由と手段で時間を操作しようと試み、予期せぬ『失敗』でこの時代へやってきた。
 しかし、上条が自分の推論について美琴(仮)に尋ねて、美琴が是と答えたら、その瞬間に歴史が変わってしまうかも知れない。
 これ以上『情報』を知るのは止そう。上条の右手でも扱いきれないほど危険すぎる。
 上条は口を噤み、視線を美琴(仮)の横顔からノートに書かれた理解できない公式の羅列に移して
「なあ。この公式、破いて捨てちまった方が良いよな?」
「そうね。読めなくなるまで粉々にお願い。後々誰かに解析されちゃうと困るしね」
「? その式なら私が全部読んで覚えちゃったけど?」
「しまった! インデックスそれ今すぐ全部忘れて! 色々と世界の危機だから即刻忘れて下さいお願いします!!」
「話がよく見えないけど、その『復活の罪典』とやらに書かれている術式を調べれば、次こそ実験を成功させられる……? ねぇ小っこいの、その術式って奴を私に教えてもらえないかしら?」
「? ……私は魔力がないし、覚えても誰かが聞いてこなければ答えたりしないからみなみの式については大丈夫かも。それに、私は復活の罪典に書かれてる術式について教えるつもりはないからね。魔道書の原典は常人が目を通せば発狂するから、そんな危ないものをみなみには見せられないんだよ」
 二人分をまとめて回答する魔道図書館こと銀髪碧眼シスター。
 ツンツン頭の少年はその言葉に安堵の、そして巨乳っぽいお姉さんは落胆のため息をついた。


 一方その頃、美琴はムカムカしながら早足で街の中を歩いていた。
「……マンガは見つからないし、不純異性間交友のあの馬鹿を締め上げようとしたけどいなくなっちゃうし、それにあの母さんそっくりの女はいったいアイツの何なのよ!?」
 念のため母・美鈴に電話をかけてみたが、
『いやー、美琴ちゃんが大きくなったらママそっくりになる可能性はあるけどねー』
 美琴の親族に美鈴似の容姿を持つ女性はいないという。
 しかし上条のそばにいたあの女性は、美鈴に生き写しだった。
 けれど、圧倒的に違うものがある。
 彼女が身に纏っていた電磁波は、美琴にもおなじみのものだ。
 間違いなくあの女は発電系能力者だ。しかも自分と限りなく能力の使い道もレベルも近い。
 大人の能力者がいるという話はほとんど聞かないが、この学園都市なら何があってもおかしくない。
 それとももっとぶっ飛んだ話で、知られざる家系の秘密が発覚したのかとも思ったが、別に美琴が王位継承権ルートに入った訳でもなければ、生まれた頃に取り決められた顔も知らない婚約者が突然花束を持って現れたりもしない。
 それにこの、肌を刺すようなピリピリとした空気が美琴には気にかかる。
 空を見上げれば、澄んだ川にペンキを流したように、空中をおかしな静電気の束が漂っている。
 静電気は空気中にまんべんなく拡散するので、普通こんな現象は発生しない。
 明らかにこの世界とは異質の何かが混じっている、と美琴は思う。
 それなのに、この静電気の流れを追い駆けようとすると、美琴が予想もしない場所へ放り出されてしまう。
 まるでそんなものはありません、いませんと遠ざけられているような気がする。
 誰かが意図的に迷路の出口を操作しているような奇妙な感覚に
「もう、いったい何なのよ、これって……」
 美琴は頭をガリガリとかきむしって、当初の目的だった本屋の前で立ち止まる。
 コンビニと合わせて本日二三軒目の訪問。
 これでお目当ての月刊少年マンガが見つからなかったらあのツンツン頭を訴えてやると美琴は心に誓う。
 罪状なんか何だって良い。
 強いて言うなら、乙女の心を踏みにじった罪にでもしておこうかと思いながら、美琴は本屋の自動ドアをくぐり抜けた。


「……歴史改変、か」
「そ。あの小っこいシスターも言ってたけど、ヤバいのよ、それって。本来通るはずだった筋道をずれると、たくさんの人に影響が出るの。生まれてくるはずだった命が生まれてこないとか、幸せになるはずだった人が不幸になるとかね。だから、歴史改変は絶対起こしちゃいけない訳」
『超機動魔法少女カナミンインテグラル』の再放送が始まったからと、インデックスはテレビに見入っている。
 上条と美琴(仮)は禁煙派から追い出された愛煙派のように、ベランダに出てしばし会話に興じていた。
 上条は教室の机に突っ伏すように両腕をベランダの柵に引っかけて自分の体を支え、美琴(仮)はベランダの柵に後ろ向きに肘をついて空を見上げる。
「さっきもう一つ言ってたな。時間犯罪、ってのは?」
「本来の歴史から過失で道を逸れてしまうのが歴史改変なら、改変を意図的に起こすのが『時間犯罪』。未来を自分の思いのままに変えてしまおう、とかね」
「時間移動って、大変なんだな……ミス一つが命取りかよ」
「まぁね。だから、当麻に色々しゃべっちゃうとまずいのよ。当麻が意図していなくても、聞いてしまった情報を元に当麻が動いてしまった場合、歴史が変わっちゃう可能性が高いから。だから当麻の力を借りるのに、詳しい事を何一つ話せなくてごめんね」
「手伝うのは問題ないけど、俺に何ができるってんだ?」
「当麻の右手は、異能であれば何だって打ち消す、だったわよね。じゃあ私がこの世界にとって異能の存在だとしたら?」
「……え?」
 もし美琴(仮)の言う通りなら、上条が美琴(仮)に触れた瞬間彼女はこの世界から跡形もなく消し飛んでしまう。
「……あれ? でもお前、さっきさんざん俺に抱きついてきたじゃん」
「そうなのよ。だから最初はちょっとドキドキしちゃった」
「その場合のドキドキってデッドオアダイじゃねえの!?」
「いやーん、この頃の当麻ってばホントかわいいー。女の子に興味があるくせに無理しちゃってさー。さっきだって私に抱きつかれて嬉しかったんでしょ? もう、正直に言ってよねー」
「俺をベタベタ撫でるな! 一体どこまで演技なんだよこの女!? ……あれ? そうすっとお前が実験しようとした理由って何?」
「んー? 妹達の件で当麻に助けてもらったからその恩返し?」
「……という嘘くさい建前はおいといて真実は何だ?」
「うわー、一ミリたりとも信用されてないなんて、この時代の当麻は冷たいのねー」
「だから何で今度は俺の胸で嘘泣きすんだよ?」
 美琴(仮)は嘘泣きの顔を笑顔に戻すと
「……あの小っこいのが言ってた通り、ここに来ちゃったのは偶然の産物、実験の失敗よ。いや、結果だけ見たら成功なのかも知れないけどね」
「じゃあやっぱり恩返しってのは真っ赤な嘘じゃねえか!」
「でもね、一〇年前のここに来て、当麻の顔を見たいって思ったのは本当よ。偶然でも何でも、会えて良かったわ」
「……そうか、そりゃ良かった」
「なーに? 私の目的が当麻に会いに来たからじゃないんでむくれてるの?」
 美琴(仮)は上条を見てニヤニヤと笑う。
「……お前が帰るのってちっと寂しいなって思っただけだ。インデックスもお前になついてたし」
「あらあらー、じゃあ寂しくないようにいい子いい子ぎゅーする?」
「いらねえよ! お前外見良いのにその性格で全て台無しだよ!!」
 上条は何を言ってもテンションが高いままの美琴(仮)にげんなりすると
「それより……そろそろお前が未来に帰る方法について教えてくれねえか? 話せる範囲でいいから」
「そうね」
 上条の言葉に、美琴(仮)は表情を真剣なものに変える。
「こっちの時間に飛んだときの機材をそのままこっちで作れればいいんだけどそれは無理っぽいから、私が私自身を飛ばす……って言えばいいのかな。私は今のこの世界にとって異物だから、いずれこの世界の手で『外』へ弾き飛ばされんのよ。その時の力を利用して、向こうに戻る」
「へえ。じゃあ時が来れば自動的に戻れるってことか? だったら……」
「異物と見なされて弾き飛ばされた存在に、世界は責任なんか取らないわよ。ここからいなくなればそれでオッケーなんだから。つまり、私が飛ばされた先の時代が、一〇年後の未来とは限らないってこと」
「お、おいおい!? それじゃお前、ちゃんと帰れねえじゃねえか!? それに、そんな話を俺にしてもいいんかよ?」
「あくまでも、これは私がさっき演算した結果に基づく推論だから、たぶんしゃべっても大丈夫。で、その推論を確実なものにするために、当麻の右手を借りたいのよ」
「はぁ? 俺の右手で何すんだ?」
「今は内緒。……頼りにしてるわね、当麻?」
 美琴(仮)は上条の右手を取って胸の前に掲げると、にっこりと笑って見せた。

パラドックスの確率 2



 午後八時。
 上条と美琴(仮)はとある河原に立っていた。
「言われた通り呼び出したけどよ、お前がアイツと会ったらまずいんじゃねえの?」
「さっきは確かにそうだったんだけど、今なら大丈夫。もうすぐ私は消えるから」
「……消えるとか、嫌な言い方すんなよ」
 美琴(仮)の言葉に上条が眉をしかめると
「仕方ないもん。この時代にとって、私はいちゃいけない人間なんだからさ」
 美琴(仮)は苦く笑う。
 上条に話しかけられている間、美琴(仮)はずっと空を見上げていた。こうやって空気中の『情報』を読み取って、帰るための時が来るのを待つ。
 ここへ来るまでに何度も美琴(仮)は何度も演算を繰り返した。
 方程式の値を入れ替え、検証し、確信を持って元いた時代へ帰るための準備は整った。
 あとはあの子が現れるのを待つだけ。
「……来たわね」
 美琴(仮)は自分と同種の電磁波を感じ取り、土手の方を振り向くと
「……お待たせ。アンタに言われた通り来たけどさ。何? アンタはこの女といるところを私に見せつけたいの? それとも何か目的でもあんの?」
 常盤台中学の制服を着た、御坂美琴が現れた。
 美琴(仮)の一〇年前の姿で、
 頭から湯気が噴き出しそうなくらいに怒った顔で、
 全身から断続的に火花を散らして。
 美琴(仮)は笑いを堪えながら
「来てくれてありがとう、御坂美琴さん。早速で悪いんだけど、あなたとちょっと話がしたいのよ。……当麻、少し席を外してくれる?」
「……大丈夫か?」
 上条が不安そうな眼差しを美琴(仮)に向けると
「大丈夫よ。この子は私だもん。扱い方くらい分かってるわ」
「……あのさ、私を除け者にして勝手に話を進めないでくれるかし……らっ!」
 美琴の額から美琴(仮)に向かって、挨拶代わりに雷撃の槍が飛ぶ。
「……おっとっと。相変わらず気が短いのね」
 美琴(仮)が笑って槍を受け止める。
 雷撃の槍は美琴(仮)の腕を通り抜け、わずかな間に霧散した。
「おいビリビリ! いきなり雷撃の槍なんか飛ばすなよ! 危ねえだろ!?」
 美琴は腰に手を当てると、ニヤリと笑って
「……この女が電撃使いってのは分かってんのよ。威力を押さえた雷撃の槍程度じゃ通用しない……そうでしょ?」
「ご名答。さすが学園都市の第三位。……当麻はちょっと離れてて。このじゃじゃ馬は少しばかり危ないから」
 美琴(仮)は同じ笑顔を美琴に返す。
「じゃ……ッ、じゃじゃ馬!? ちょっとアンタ! 人をつかまえて良くも……」
「……ヤバくなったら呼べよ?」
「当麻ったらやっさしーい。それでこそマイダーリンよね」
「なっ!? 変な事言うなよ! 俺向こう行ってるからな」
 上条は一度振り向き、美琴(仮)に向かって『冗談は止めてくれよ』と言うと、美琴達から離れた土手まで走って振り返る。そこで二人の会話が終わるのを待つつもりらしい。

 美琴(仮)は上条に向かって手を振ると、美琴に向き直り
「……さて。何から話そうかな。話してもあなたはたぶん全部忘れちゃうんだけどね。何しろ私も今の今まで『忘れてた』から」
「は? アンタなに訳の分かんない事言ってんの? それより、アンタも電撃使いってんなら私と勝負しなさい。アンタに勝ってから、アンタのご託を聞いたげる」
「はいはいストップストップ。決着の時間ならあとで作ってあげるから、今は私の話を聞いてくれる?」
 美琴はいらだたしげに革靴の爪先でトントンと地面を叩いて
「……アンタの話ってのは何? アンタがあの馬鹿の事を馴れ馴れしく名前で呼び捨ててる事? それともダーリンとか呼んでアンタ達がいちゃついてる事?」
「……今にして実物と対面すると、ホント昔の私って気が短かったのね。これじゃ当麻が嫌がる訳だ、うん」
「アンタ一人で何納得してんのよ? さっさと話ってのを始めたら? 私忙しいんだからさ。あの馬鹿がどうしても来てくれって言うからここに来ただけなんだし」
「いやー、過去の自分のツンデレっぷりに頭が痛くなってきたわね。……じゃ、本題に移りましょ。あなた、時間移動能力者って知ってる?」
「……知ってるわよ。まだこの学園都市でも現れていない幻の存在よね。科学者達は念動力の発展系って考えてるらしいけど」
「そう。今も科学者は必死に研究してるだろうけれど、実は一〇年経っても時間移動能力者はまだ現れないのよ。それで、私は別のアプローチで時間移動の研究を始めたの。科学の力で、時間を操ろうとした訳。私が持つ能力を、移動のための動力として使う事でね。私はアンタと同じように空気中の電子線や磁力線を読み取る事ができる。もし、その応用で『時間の波長』を読み取って演算できるとしたら?」
「……できる訳ないでしょ、そんな事。アンタは夢見がちなおばちゃんだったのか」
 おばちゃん呼ばわりされても、美琴(仮)はひるまない。
 それどころか余裕の笑みを浮かべて
「ところができちゃうんだな、これが。さらに言えばあなたは学園都市第三位にして最高の電撃使い。最高出力は一〇億ボルト。これだけ瞬間的に出せれば、小型発電所並に電力を供給できる。……違う?」
「そりゃ私は学園都市の第三位……あれ? 何でアンタの話なのに、私の話が出てくんのよ?」
「あなたは私。私はあなた。私はね、一〇年後のあなたなのよ。……初めまして、『私』」
 そこで美琴(仮)は美琴に向かって優雅に一礼する。
 今ここで美琴としゃべっている内容は、美琴自身がすぐに忘れてしまう。だから好きなだけしゃべる事ができる。
 何しろ、上条美琴自身も忘れていたのだから。
「今から九年後の学園都市で、私……つまり九年後のアンタは時間移動の研究に着手する。時間移動に使用する試作機のエネルギーは自分の能力でまかなって、研究に研究を重ねて一年、ようやく時間移動実験の第一回目を迎えたの。結構これが大変でさ、それでも初期の予定では『三〇分後の過去』へ飛ぶのが限界のはずだった。ところがどうも計算式に抜けがあったみたいでね、一〇年前の今日へ飛んじゃった、と言う訳。時間移動そのものは成功。けれど、とんだ大失敗……だったんだけど」
 美琴(仮)はかつての美琴のようなしゃべり方に戻して、話を続ける。
 上条は離れたところに立っていて、二人の会話は彼の耳には入らない。
「予定していた時間への跳躍は失敗し、私は過去へやってきた。ここに来てからだいぶ時間は経ってるけれど、能力の回復はいまだ全快にはほど遠い。そこで私は『気がついた』。この時間跳躍は偶然じゃない。必然だったんだって」
「……意味が分かんないわね」
 美琴は横に首を振る。
「アンタは私。だから分かんないふりをすんのは止めた方が良いわよ? 私はね、過去の私、つまりアンタに会うためにここに来たのよ。誰が仕組んだかは知らないけどね」
「はぁ? 何のためによ」
 美琴は未来の自分と向かい合うと、自分にどことなく似た女性をキッと睨み付ける。
「アンタさ……好きな人いるでしょ? その人の名前は上条当麻」
 美琴(仮)が美琴に指摘すると、美琴は顔を真っ赤にして
「……べっ、べっ、別に、あの馬鹿の事なんてこれっぽっちも好きじゃないわよ。本当よ?」
 目に見えて狼狽する。
「あのさ、私が私に向かってごまかしてどうすんのよ。アンタが今ここでちんたらやってっと、未来の私に影響が出る訳。だからさっさとくっついてくれる? 私と当麻が幸せに暮らすためにもね」
「……私と、……当麻?」
「そう。私は一〇年後のアンタなんだけど、一〇年後のアンタは上条当麻と結婚して上条美琴になってんのよ。で、アンタはこれからアイツに告白すんの。今日、この河原でね」
「……馬鹿馬鹿しい。与太話はここまでね」
 美琴が唇をギリ、と噛みしめる。
 直後、茶色の前髪が静電気を帯びてふわふわと浮かび始めた。
 美琴(仮)ではなくなった上条美琴は両手をわたわたと振って
「いやいやホントだから。ちょっと落ち着いてくんない? 毎日ムサシノ牛乳一リットル飲んでたってカルシウム全然足りてないんじゃないのアンタ?」
「ちょ、ちょっと! どうしてアンタがその話を知ってんのよ? 黒子だって知らないわよ?」
 美琴は放電を止めると、上条美琴に詰め寄る。
「だから、アンタは私なの。同じ事知ってて当然じゃない。牛乳飲んでる理由も知ってるわよ。……もうちょっと大人っぽいボディになりたい、というより胸が小さいのを気にしてるからよね? でもね、毎日牛乳飲んでもダメだから。アイツに協力してもらった方が早いわよ?」
「……あ、アイツって?」
「あそこにいるツンツン頭だけど?」
 上条美琴は、土手でぼけーっとしている上条を指差す。
「ばっ、ばっ……ばはば、馬鹿じゃないのアンタ? 何をどう協力してもらうのか知んないけどさ、そんなんで大きくなる訳……」
「都市伝説とか眉唾もんとか良く言われるけどさ、んー、愛の力って奴? 経験者がここにいんだからちったあ信じなさいよ」
 上条美琴は『ほらこんな風に』と親指で自分の胸を指し、美琴がそれを食い入るように見つめる。
「……大体私の話はこんなところかな。で、何か質問とか感想とかってある?」
「……本当に牛乳飲んでもダメなの?」
「質問ってそっちか。……私らしいと言えばらしいけど」
 上条美琴は苦笑すると
「うん、ダメダメ。牛乳の習慣は固法先輩を見習って始めた事だけど、先輩が大きくなったのは違う理由だと思うわよ? つか、固法先輩がムサシノ牛乳で大きくなったって言う確証がそもそもどこにもないじゃない」
「…………そうだったんだ…………」
「い、いやあのね、そんな涙目になって落ちこまなくて良いんじゃない? アンタはこれからなんだからさ。元気出しなさいよ、ねっ?」
 美琴は上条美琴の励ましに、ううと唇を震わせつつ上空を指差して
「それから、このヘンテコな静電気の発信源はアンタよね? 何でこんな事になってんの?」
 上条美琴もつられるように空を見る。
 二人の超能力者は、空中に飛び交う電磁波や静電気を能力で読み取ると
「推測だけどね……たぶん私が本来ここにいてはいけない人間だからだと思う。私の存在はこの世界の摂理って奴に反してるから、世界そのものによって排除されかかってんのよ。だから私の体に帯びてる電磁波も静電気も、この世界から『弾かれて』異物として引っかかってんのよ。今こうしてアンタと話している内容も情報という名の『異物』だから、私がこの世界を離れたら、世界の摂理によっておそらく一斉に消去されるわね。例外は当麻の右手……あの右手はいろんなものを跳ね返しちゃうから、当麻に話した内容だけは残っちゃうけど、当麻が人に話してもたぶん誰も信じてくれないと思うわ」

 確証のない、推論ばかりの話。
 実験データを積み重ねなければ裏付けさえ取れない話。
 それでも、一〇年前の自分に聞かせておきたかった。
 上条美琴が一〇年前に御坂美琴だった頃、ひょっこりやってきた『上条美琴』に聞かされた話を。

「この世界が私を排除しようとする力を逆手に取って、私は元いた時代へ帰る。手順としてはこうね。まず、私をここから排除しようとする力が、私を『外』へ放り出すために世界に穴を開ける。次に、開いた穴から時間の波を読み取って、元いた時代に向かって『時間のレール』を電撃で作る。最後に、当麻の右手の力を使って、この世界と『私』の接続を断ち切ってもらう。こうすれば、ゴム紐に引っ張られるみたいに、私は世界の『排除する力』を振り切って、元の時代へ帰れるって寸法ね。……一か八かだけど」
「……本当にそんなんで帰れんの? そんな都合のいい話ってあんの? それって失敗するかも……」
「帰るわよ、絶対に。向こうじゃ私の旦那が今頃首を長くして待ってんだから」
 上条美琴は揺るぎない自信を微笑みに乗せる。
「ねぇ、最後に聞かせて。……一〇年後のアイツって、どんな感じ?」
「……優しいわよ。優しすぎてフラグ体質に拍車がかかってっけどね」
 上条美琴は美琴の肩をポンポンと叩いて
「……そろそろ時間だわ。最後に、私が元の時間に帰るためにアンタに協力してもらいたいんだけど、いい?」
「……いいけど、何やればいいの?」
「アンタの全力を私に叩き込んで。それだけでいいから。アンタの電気をもらって、それで私がレールをかける」
「ちょ、ちょっと! いくらお互い電撃使いと言ったって……それに教えてくれれば私がレールをかける方法だって……」
 美琴がうろたえながら『本当にそれで良いの?』と上条美琴に問いかける。
「今のアンタじゃ無理なのよ。より強固な自分だけの現実と高度な演算が必要になるから。……大丈夫、私を信じなさい。きっと最後はうまく行くわよ」
「……やけに自信たっぷりな自分って何かムカつくわね」
「私はツンデレだった過去の自分を穴掘って埋めたいくらいよ。それじゃ、そろそろ当麻を呼ぶから、アンタは私が合図をしたら全力でよろしく」
 そこで上条美琴と御坂美琴は顔を見合わせて、同じ顔で大きな声を上げて同時に笑った。


「当麻ー、おまたせー」
 上条美琴が土手から戻ってきた上条を『やっぱりかわいいー、連れて帰りたーい』と騒いで抱きしめる。
 上条が焦りながら『お、おいこらよせって』と上条美琴を引きはがそうとする。
 それを見た美琴のこめかみにビキリと青筋が立つ。
「……で、どんな感じ?」
 分かってても堪えきれない何かに美琴が拳をブルブルと震わせながら上条美琴に問いかけると、上条美琴は人差し指で天を指し示して
「見える? あれが、私をこの時代の外へ吹っ飛ばそうとする力って奴よ。私を追っかけて発生するなんて、まるで掃除機ね。やだなー、推測通りになっちゃった。向こうに帰ったら論文の書き直しだわ」
 見上げた空に黒く大きな穴が、渦を巻くように開いていく。
 穴は、まるで空に浮かぶ悪意の塊のようだった。
 空に開いた巨大な穴から、黒い光が美琴(仮)の両肩にゆっくりと降りそそぐ。
 世界の摂理が、いよいよ美琴(仮)を『外』へはじき出すべく干渉を始める。
「……で、このままぼーっとしてっと私はあれに吸い込まれちゃうと思うから、アンタは本気の電撃をよろしくね。で、当麻は最後に、力いっぱい私に向かって右手をぶつけて。……いい?」
「ホントにそんなんで帰れんのか?」
 この時代に未来の情報を残さないために、上条は『美琴』が未来に帰る手段について、詳細な説明を聞かされていない。
「あれにつかまったら私は一巻の終わりだからね。当麻は私の足元に伏せて、準備してて」
 美琴が走って上条美琴から距離を取ると
「……では、遠慮なく……」
 美琴は空に向かって右手を掲げる。
 バチバチという火花は、やがて青く揺らめく閃光に、
 閃光は大地と空をつなぐ火柱に、
 何かがはじけるような音は、やがて足元を震わせる轟音に変わった。
「……いけえっ!」
 美琴から虚空へ、虚空から上条美琴に向かって、一〇億ボルトに達する光速の雷撃の槍が発射される。
 同じように右手を空に掲げた上条美琴が空から降る雷撃の槍を受け止め、即座に演算を展開し、その身に受けた電気を全て自分の中に蓄えようともがく。
「……、大丈夫か?」
 上条美琴の足元にしゃがみ込んでいた上条がおそるおそる目を開けて見上げると
「だい……じょうぶ……演算は成功、充電は……完了、ってね。レベル5同士の電撃の交換なんてやった事ないから本当に一か八かだったけど」
 上条美琴は少しだけ笑って
「ありがと、手伝ってくれて。当麻に会えて、あの子に会えてよかった。……当麻」
「……何だ?」
「一〇年後の世界で会いましょ……必ずよ」
「ああ。それじゃ……行くぞ」
 上条美琴が空に向かって伸ばした右手から、細い糸のような光が虚空に開いた穴に向かって伸びていく。
「こっちはいつでもオッケー……これで向こうと『つながった』。あとはアンタの全力でお願い」
「元気でな。……また会おうぜ、美琴!」
 上条当麻は立ち上がり、大振りに構えた右手の拳を、上条美琴に向かって突き刺すように、

 振り抜いた。

 何かを殴りつけた感触はなかった。
 空に開いた穴はもう見あたらなかった。
 上条美琴の姿はどこにもなかった。
 上条は手応えのない拳を見つめ、呆然とする。
「夢……じゃ、ねえよな」
 上条が人の気配に振り向くと、そこには一瞬で最大出力を使い、虚脱状態となった御坂美琴が立っていた。
「御坂?」
 上条の呼びかけに、美琴は夢から覚めたように肩を一度震わせて
「あれ? ……私、ここで何やってたんだっけ? マンガを探して、アンタに呼び出されて、ここへ来て……それから……何してたんだっけ……雷撃の……槍を……」
 どういう理屈なのか分からないが、上条の前から一〇年後の美琴は消えていた。
 どういう理屈なのか分からないが、御坂美琴の記憶から一〇年後の美琴の事は抜け落ちていた。
 詳しい事情を何一つ聞かされていない上条は、『私、こんなところで何してたんだっけ』という美琴の問いに答えられない。
 だから、上条は笑ってこう言った。
「お前、立ったまま夢でも見てんじゃねーの?」
「ゆめ? ……そっかこれ、ゆめなんだ……だったら、ゆめなら、いいよね……」
 夢と現実の境目が見えなくなったような口ぶりで、美琴が何かを呟きながら、ふらふらと上条に歩み寄る。
 おぼつかなげだった美琴の歩みがピタリ、と止まった。
 どこかぼんやりとしたまま、肩の力が抜けたままの美琴は、上条を見上げるように
「あのさ。私は、アンタの事が―――――――――――――――」


「――――――――――――――――――――――――美琴ッ!」
 重いドアを蹴飛ばして、一人の男が美琴の名前を叫んで病室に転がり込む。
「病室ではお・し・ず・か・に」
 ベッドの上の上条美琴は、人差し指を唇に当てると、床に這いつくばるように病室に飛び込んできた上条当麻に微笑んだ。
「馬鹿野郎! 実験の最中に姿が消えたって聞いて、俺は死ぬほどビックリしたんだぞ!? 無事か? 痛いところはねえか? 気分はどうだ? 熱は?」
「大丈夫よ。『向こう』からの時間移動に成功したけど、戻ってきた場所がまたしても歩道だったから、転んでちょっとすりむいただけ。念のため精密検査を受けたけど異常なし。今夜はここにお世話になるけど、明日には退院できるから」
「そうか……よかった……」
 上条はほっと安堵の息をついて、備え付けの見舞い客用パイプ椅子に座り込む。
「お前がこの学園都市で最高レベルの電撃使いなのは知ってるけど、だからってもうあんな実験に参加するのは止めてくれ。俺の寿命が縮んじまうよ」
 上条は硬く目を閉じ、首を横に振る。
 美琴はそんな上条を見て微笑むと
「当麻も過去にこの『私』と出会ってんだから分かってる通り、今回の実験結果は『起こるべくして起きた失敗』だもん。今回の失敗を糧に、より安全な時間移動を目指すつもりよ、私は」
「だけど俺は……」
「ホント、当麻は頭が固いわよね。一歩でも前に進もうとする夢と意欲に溢れてて良いと思うんだけどなー、時間移動って」
「夢に溢れてんのは結構だけど、俺を悲しみの涙で溺れさせないでくれよ。お前がいなくなったら俺はどうすりゃいいんだ」
「あはは、ホント当麻って甘えんぼさんね。昔の当麻が嘘みたい。昔の当麻は、あれはあれでかわいかったけど、こっちの当麻もかわいいわねー」
 美琴はぎゅうううっと上条の頭を抱え込んで抱きしめると
「そう言えばさ、向こうの当麻が『私』に言ってたんだけど……『外見は好みなのに性格で全て台無し』ってどういう意味かしら?」
 そのまま上条の頬をぎゅううっとつねる。
「いはいいはいいはい!(いたいいたいいたい!)そ、そんな昔の俺が言った事なんて責任取れっかよ! 大体、その頃の俺はお前とまだ付き合ってもいなかっただろ!? だからつねらないでごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
 美琴は上条の頬から手を離すと
「でもさ、こうして当麻と私が一緒にいるって事は、向こうの私はうまくやったみたいね」
「……一〇年後のお前がいなくなって、『お前』の記憶がすっぽり抜け落ちたお前が、寝ぼけてるんだと思って俺に告白してくんだからビックリだったな。お前がもっと素直になってくれれば、俺から告白しに言ったのに」
「……だったら時間移動で歴史を変えてくる?」
「止せよ、『今』の俺達の幸せが壊れちまうって。ともかく、約束通り一〇年後のお前に会えて良かったよ、美琴」
 とある病院のとある個室で、時間移動から帰ってきた少女と時間移動に出くわした少年が笑いあって、時間が過ぎていく。
 一〇年前の二人に思いを馳せて、一〇年後もこうして笑い会える事に感謝して。
 一〇年前の二人と、一〇年後の二人の時間移動騒動劇は、こうして幕を下ろした。


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