上条当麻の失恋物語
「好きだ!俺とつきあってくれ!!」
突然、とある公園に、告白の声が響いた。
一端覧祭も間近に迫り、季節は冬に近づく。
肌寒くなってきて人肌が恋しくなったのか、それとも一端覧祭で一緒に回る相手が欲しいのか…
学園都市では、そこら中で告白イベントが起きていた。
この公園も例外ではなかったようだ。
御坂美琴は、学園都市第三位の超能力者であっても、
自分の目的地でそんなイベントが起きていると予測できるはずもなく、
いつものように自動販売機にヤシの実サイダーを買いに来てしまった。
いや、蹴りをかまして、ジュースをゲットするといった方が正しいのかもしれない。
のどの渇きを潤したいのは山々だが、
告白が行われているのは、その自販機の前。
さすがに、二人の間に割り込んで、ジュースを買うことなどできない。
少し待てば終わるだろうと思い、美琴はその姿が見つからないよう木の陰に隠れた。
(…どこもかしこも、こんな感じで……はぁ~)
と、呆れながらも、少しずつ気になり始めた。
彼女も恋愛なんかに興味のある年頃だからだ。
自分にもこういうこと起きないかな、と自分に重ねて想像したら、
浮かんできた顔は上条当麻だった。
(な、なんでアイツの顔が思い浮かぶのよ!!)
自分の想像、いや妄想と言うべきか。
素直になれない美琴はそれを必死に否定しようとするが、
つい、自分の隠れている木を殴りつけてしまった。
告白中の二人に気づかれてはいまいかと、木の陰からそっと様子をうかがう。
そこに立っていたのは、高校生くらいの男女。
女子高生の方が美琴の方を向いていて、男子高生の方が背中を見せているという状態だった。
女子高生の様子を見る限り、美琴の存在に気づいた様子はない。
女子高生は、背が高くスタイルのいい「美人」だった。
少しキツめの目をしていたが、むしろクールでカッコイイ感じ。
一方、男子高生はツンツン頭。
(えっ…ツンツン頭?まさか!!)
美琴はあわてて男子学生から反射してくる電磁波を確認する。
彼女は、体から放出する電磁波の反射で、相手を識別することが出来る。
単なるツンツン頭なら、人違いもあり得るが、反射してくる電磁波はごまかしようがない。
果たして、ツンツン頭からは、間違えなく上条当麻を示す電磁波の反射があった。
(う、うそ…)
彼に好きな人がいた。
その事実が、美琴の思考を黒く塗りつぶしていく。
目からは涙があふれ、頬を伝っていた。
その涙は、自分の心の中に大切にしまっておいた宝物に思えた。
そして、目から流れ出て、自分の元から消え去っていく。
それでも、涙は止まることを知らず、
自分の心の中に、いかに多くの彼への想いが詰まっていたか気づかされた。
でも、気づくのが遅すぎた。
もう、彼には好きな人がいたのだから…
美琴は木の陰から動くことが出来ずにいた。
目の前の二人に気づかれるのを恐れたからではない。
自販機でジュースを買うことをあきらめれば、気づかれずに立ち去ることは可能な距離だったからだ。
しかし、彼女にはここからいなくなるという選択肢を考える余裕すら、すでに失われていた。
その余裕のなさのおかげか、女子高生が発する言葉を聞いてしまうことになる。
「ごめん、上条。貴様とはつきあえない」
「吹寄!!」
上条の呼び止めもむなしく、吹寄と呼ばれた女子高生は立ち去っていった。
(あ、アイツがふられた!)
それを理解した瞬間、真っ暗闇だった美琴の心にかすかだが光が戻ってきた。
かといって、素直に喜んでいるわけではない。
自分の好きな人は振られて悲しんでいるはずなのだから。
自分にもまだ可能性がある、というかすかな期待と、
彼が振られてしまったという寂しさ。
複雑な感情が絡み合って、美琴の思考を支配していく。
しかし、絶望から少しだけ希望側に動いた彼女の感情は、
この場から立ち去るということが思いつく程度にはなっていた。
(こんな姿、アイツに見られたくない)
と思った美琴は涙をぬぐい、上条に気づかれないよう、全力で走り去っていた。
公園を出た美琴は、近くのコンビニに向かった。
自販機に戻っても、もう彼はいないだろうが、
美琴は、あの場所に戻る気にはならなかった。
なにより、先ほどの出来事を思い出してしまう。
今、彼女の心は、99.9%の絶望と0.1%の希望で構成されていた。
彼が振られたからといって、いきなり希望100%になるわけない。
もしそのようになる人間がいたら、それは自分勝手で傲慢なヤツに違いない。
やはり、美琴は超能力をのぞけば普通の少女だ。
むしろ、能力が高い分、自分の想像以上の壁にぶつかったとき、普通の子よりも脆いのかもしれない。
美琴は『絶対能力進化計画』の事を思い出した。
一方通行のところに向かおうと、妹達を助けようとしたとき、
間違えなく絶望のみが彼女の心を支配していた。
希望などどこにもなかった。
しかし、死ぬしかないと思ったとき、
『アイツ』が立ちふさがった。
救ってくれた。
希望を与えてくれた。
彼が操車場へ向かったあと、鉄橋に残された彼女の心には、
わずかな希望が芽生えていた。
だから、動けた。運命に立ち向かえた。
そう。
『アイツ』がくれたのは命じゃない。希望だ。
わずかな希望を大きくふくらませたからこそ、
この平和な世界に結びついたのだ。
(今自分が立ち向かおうとしていることなんて、
『アイツ』が立ち向かっていった事に比べたら、どれだけちっぽけか!!立ち向かえ!私!!)
美琴の心は徐々にではあるが、希望がふくらんできた。
---
「御坂さーん!!」
突然、後ろから声を掛けられた。
「佐天さん、初春さん。こんにちわ!」
「「こんにちわ!」」
振り向くと友人二人が手を振って近づいてくるのが見えた。
買い物帰りのようで、二人ともセブンスミストの紙袋を抱えている。
「買い物帰り?」
「えぇ~そうなんですよ!一端覧祭の時に着る服とか買ってきました!」
そういうと、佐天は手早く紙袋から服を取り出し、自分の前に広げてみせた。
「へぇ~似合ってる!」
それは、胸元にシャーリングが入って、裾にさりげなくフリルの入ったチェニックだった。
半袖だったが、季節を考えると長袖との重ね着をするのだろう。
ジーパンなんかと合わせたら、元気っ娘の佐天には似合いそうだ。
「御坂さん、少しは元気になったみたいですね」
「えっ!?!?」
「なんか、悩んでるっぽかったんで」
初春も、佐天の方を向いて少し安心した表情になっている。
美琴は驚いた。
いつもと同じような表情でいるはずだった。
しゃべりかたも、変わりはない。
なのに、約四ヶ月前に知り合った友人二人にはわかってしまった。
友達づきあいは長さじゃないとは言うが…
そういえば、この二人とはずっと前から友達だったように感じる。
四ヶ月という1つの季節と同じ長さとは到底思えない。
春夏秋冬を何度も繰り返し、一緒に歩いてきたきたかのようだ。
美琴はふと思い出す。
あの時も少しは希望があった。研究所をつぶしさえすれば、実験は終わると。
でも、その希望が潰えて、誰にも相談せずに、出来ずに。
自分が死ぬことでしか解決できないという結論に達していた時のことを。
今の自分もわずかな希望だけで立てている。
その希望さえも壊れてしまったら?
何か間違った結論へ走り出すかもしれない。
いや、今これからの自分の行動でさえ、希望を壊す結果となるかもしれない。
自分自身でも気づかないうちに。
あの時は一人だった。一人ですべてを解決しようとしていた。
その時点ですでに間違っていた?
ならば迷うまい。
目の前の二人なら大丈夫。きっと力になってくれる。
一緒に考えて出た結論ならば、間違えなどない。
もし悪い結果となっても、
その時は一緒に泣いて、笑って…悲しみなんて吹き飛ばしてしまえ。
だって、一人じゃないんだから!
「初春さん、佐天さん。ちょっと相談があるんだけど、つきあってくれない?」
意を決した、美琴の言葉に、二人とも「はい!」と元気に答えていた。
近くの喫茶店。
三人の前に、注文した品が運ばれてきた。
美琴と佐天は紅茶を。初春はパフェを注文した。
二人には相談に乗ってもらうということで、支払いは美琴持ちだった。
佐天が初春のパフェを物欲しそうに見ていたので、
「佐天さんも、パフェ注文すればいいのに。私のおごりなんだし」
「いやいや、実はダイエット中なんですよ~今日買った服が着れなくなると困りますから」
ということらしい。
美琴の方は、あまり食べる気がしないな~ということで、紅茶のみなわけだが…
「ところで、御坂さん。そろそろ本題に入りません?」
「そうですよ~あぁ~早くしてくれないと決意が鈍りそう、初春のパフェは目の毒だ~」
目に手を当てて突っ伏している佐天を見て、美琴は思わず笑ってしまった。
初春も笑っている。佐天自身も、ニカッっといたずらっぽい笑顔を見せた。
これも、佐天なりの気遣いなのだろう。美琴が話し出しやすいように。
友人たちの心遣いに感謝し、美琴は口を開いた。
「笑わないで聞いてくれる?」
真剣な表情に変わった二人がうなずいたのを確認し、
美琴は今日の出来事を洗いざらい話した。
「とりあえず、その人が誰かと付き合うって事態は回避されたって事ですよね。
なら、御坂さんと付き合える望みはあるんじゃない?」
「でも、佐天さん。その人から告白したんだから、御坂さんのことは、そういう風に思ってないって事ですよ。
告白しても、玉砕決定じゃないですか。
心変わりするのを待つってのもあるけど、その人モテるんですよね?」
「う、うん。モテるっていうか、困ってる人を見ると助けちゃうの。
ってか、黒子だって…どうだか……」
「えっ!まさか、あの白井さんが!!」
「それだけならいいんだけど、アイツ、超鈍感でさ~誰からの好意にも気付かないのよ」
「うわぁ~こりゃ、相当な強敵!!」
「ってことは、他の人の好意に気付いたらアウトですよね。待つのもダメか…」
二人は「うーん」と声を出しながら、悩み出した。
そして一つ一つ作戦を組み上げていく。
告白もダメ、待つのもダメ…あれもダメ、これもダメ…
美琴も一緒に考える。
三人の意見が混ざり合って、今後の計画がまとまっていく。
美琴は段々楽しくなってきた。
あれだけ悩んで泣いたのが嘘のように。
やっぱり友達はいいなと思う。
楽しいことは何倍に。悲しいことは何分の一に。
今まで自分に欠けていたピース。
能力なんて関係なく、対等につきあえる、
自分の弱い部分をさらけ出しても大丈夫な、
一緒に笑い、泣くことの出来る、そんな関係。
そんな彼らが、自分に欠けているもう一つのピースを埋めるべく、がんばってくれている。
ならば、自分もがんばって、そのピースを手に入れる。
美琴はそう決意した。
初春のパフェのバニラアイスが融けだし、
美琴と佐天の紅茶がすっかり冷めてしまうくらい時間が経った。
秋の夕暮れは早い。あたりはすでに茜色に染まっていた。
「二人とも、今日はありがとう」
美琴は二人に心から感謝の意を述べた。
「いえいえ、がんばってください!御坂さん!」
「結果報告待ってますから!」
二人と別れた美琴は、寮に向かって歩き出した。
「よっ!御坂!!」
いきなり後ろから声をかけられて、美琴はビクッっとなった。
声の主はすでにわかっている。
心を落ち着かせるために、小さく一つ息をしてから、美琴は後ろを振り向いた。
「……か、上条さん…」
作戦その1:名前で呼んでみる。
佐天は下の名前で呼ぶことを提案していたが、いきなりは無理と言うことで名字で妥協した。
「な、なんですかーいきなり名前で!つか初めて名前で呼ばれた気がするぞ!」
「やっぱり、年上だし…ダ、ダメ、かな?」
「イヤイヤ!!全然構いません。というかいきなりどうしたのでせうか?上条さんは驚いたというかなんというか…」
予想通りの反応とばかりに、作戦2を発動。
「今までゴメン。
勝手にケンカふっかけて。電撃やら超電磁砲、ぶつけちゃって…
私、甘えてた。嫌われることはないって。
ホント私ってバカ。嫌われて当然なのに。
でも、今日で終わりにする。
無意識に漏電させることはあるかもしれないけど…
これからは年上に対する態度とるし…だから、ちゃんと名前で呼ぶから…」
作戦2は、今までの関係を謝って、新しい関係を築くこと。
当然上条がどのような関係を望むのかはわからなかった。
今さっき振られたばかりの彼だ。
「恋人」同士の関係は、ありえない。
でも、普通の友達同士なら。
ケンカ相手という関係よりかは、「恋人」に近づけるような気がした。
「御坂…」
上条の顔が少し真剣なものに変わった気がした。
「俺がお前のこと嫌っているってホントに思っているのか?」
「えっ?」
意外な言葉だった。
二人に相談して、自分のやっていたことが相手にどう受け止められるか気付かされた。
照れ隠しとか、少しでも一緒にいたいとか、
理由と呼べる程度の理由はあった。
しかし、それを相手がどうとらえるかは別問題だ。
ましてや電撃や超電磁砲。死んでもおかしくない。
嫌われても当然だった。
そのことにも気付かないくらい、バカだったのだ。
でも、上条の言葉は、美琴のことを嫌っていないと言っているかのようだ。
あり得ないと思った。嘘だと思った。
いつもと様子のおかしい自分に対する配慮にすぎないと思った。
「もし本気で嫌っているのなら、警備員や風紀委員に通報してるさ。
俺、自分でも気付いてなかったけど、お前とああやってバカやってるのが楽しかったんだな。
お前がああいうのをやめるって言うの聞いて、なんだか寂しく思えてきてさ…」
上条の顔は真剣そのものだった。
そこから発せられた言葉に、嘘偽りが混ざっているようには感じない。
美琴の言葉で、上条自身気付いていなかったものに気付かされた。
そんな感じだった。
美琴の心は激しく揺り動かされていた。
せっかく立てた作戦は、すでに崩壊していた。
今日、二度目の涙が頬を伝っているのがわかった。
でも、その涙は、一度目とは全くの別物だった。
「私、アンタが好きなの。もちろん恋愛の対象として。
だから、好きになってもらえるように変わろうとしたの…」
そこまで言って、美琴は気付いた。
「ごめん。こんなこと言うつもりじゃなかったのに…
白状するとね、私見ちゃったのよ。アンタが振られるところ。
なのに…迷惑だよね。こんな事言われても。
今の忘れて…」
「忘れねーよ!忘れられるわけない」
「だ、だって…」
「それに…あれは……」
「上条!貴様サボって何をやってる!!」
上条の言葉を遮って、いきなり怒声が響き渡った。
聞くなり、上条はまずいものが来たといった表情をし、逃げる体勢に移行する。
美琴もやはり声がする方を向いたが…
それは…『吹寄』と呼ばれていた女子高生。
そう、上条が告白をした相手だった。
美琴は、完全に硬直してしまった。
なぜ、彼女がやってくるのか?
さっき、上条を振って別れたのではないか?
まさか、心替えして付き合うことにしたのか?
しかし、美琴は『吹寄』の言葉を反芻する。
「サボって」の部分に違和感を覚えた。
「あんな劇やってられるかよ!!なんで上条さんはお前に告白しないといけないんだ!?
っていうか、台本からしておかしすぎるだろ!」
そして、台本らしき冊子を投げ飛ばすと、上条と『吹寄』は口論を続けた。
美琴はその台本に目を向ける。
表紙に書かれていた題名は……『上条当麻の失恋物語』
まさかと思った。
昼間見たあの光景は…劇の練習?
台本をめくると、あの時と一字一句変わらない言葉が書かれていた。
美琴は意識が飛びそうになる。
うれしいとか悲しいとか…喜怒哀楽すべての感情がなくなり、
思考停止の一歩手前まで来ていた。
考えることすらバカらしいとでも脳は判断したのだろう。
意識を失うかという時、後ろからの声で美琴は何とか覚醒した。
「カミやん、やっと見つかったにゃー」
振り向くと金髪の男が立っていた。
「確か、アイツのクラスメイトの…」
「土御門だにゃー。人が探し回ってるってのに、カミやんは常盤台のお嬢様とよろしくやってるし…
そんなんだから、一端覧祭の劇の主役になるぜよ」
「よろしくって、別に私は!!ってか、劇の主役ってのは?」
「あーいつも女子にモテモテのカミやんにムカついた男子全員が
振られるところを見たいって企画したんだにゃー。」
男子全員から敵視されるほど、学校でモテている上条を想像した美琴は軽い目眩を覚えた。
(アイツは…)
それを知って知らずか、土御門は続ける。
「でも、気にくわないのが、振られた後だにゃー」
と言って、土御門は美琴の持つ台本の当該部分を指さす。
そこには、
『女子全員(吹寄以外)&小萌先生「振られた上条をなぐさめる」』
『上条「アドリブで」』
「カミやんは、一人をのぞいてクラスの女子全員にフラグ立ててるぜよ。
この部分を入れることで、やっと女子を納得させたにゃー」
美琴は、今度は本格的に目眩がしてきた。
(敵が多すぎる…)
実力行使の闘いなら美琴は自信があった。
しかし、彼女たち相手に電撃や超電磁砲を使うことは出来ない。
何より、上条がそれを許さないであろう。
経験のない精神的な闘いが予想されることは、美琴を不安を煽るには十分だった。
追い打ちをかけるように土御門は、
「この劇は名ばかり。女子たちは本気だにゃー」
つまり、彼女たちにとっては劇(遊び)ではない。本番だ。
だから、台本で上条の部分は『アドリブ』になっているのだ。
こうなったら悩んでもムダだと、美琴は立ち上がった。
目の前で上条は、『吹寄』と呼ばれる女子高生から逃げ回っていた。
美琴は決意とともに、一歩足を踏み出した。
「待て、こらぁぁぁぁぁ~」
fin.