嘘ではない。夢でもなければ幻でもない。
だが、セシルにとってはいまだに眼前にいる人物を前に今が本当に現実なのかどうかと確かめる気持ちで
一杯であった。
「ローザ。無事だったんだな」
そうやって率直に嬉しさを言葉に出来たのは、ローザとの対面から少したってからであった。
「ええ……セシル」
彼女も同じ気持ちなのだろう。その言葉を交わした後、しばらくの間は無言の間が辺りを支配していた。
お互いに言いたい事は数えきれない程にあるのだ。あまりに話すべき事が多すぎて、何から話してよいのか、
わからずにそのまま会話が途切れてしまっているのだ。
「ふふ……なんだか可笑しいわね」
再開という名の嬉しい沈黙を打ち止めたのはローザの微笑であった。
「あなたに会いたくて仕方無かったのに……沢山話をしたかったのに、言わなければならなかった事も
あったのに、いざこうして会えたらそれだけで頭が一杯になっちゃて……」
「いや僕もだよ……」
笑いながら話すローザは決して怒ってはいないのだが、セシルは少し申し訳ない気持ちを口にした。
「ローザ」
改めて彼女の名を呼ぶ。間違い無く彼女は此処にいる。唯その事実が嬉しかった。
「私……あなたが来てくれると信じていたわ……」
その言葉に呼応するかのようにローザが返答する。その声色には先程の微笑気味の会話には無い涙色が
含まれている。
「ローザ……!」
瞬時にローザはセシルの胸元へと崩れ落ちた。
「もう迷いたくないの……!」
「当然だよ……君の事は誰よりも大切に思っている。僕も――」
カインも。そう言おうとした自分に嫌悪した。
誰もを大切に扱おうとする事は時に全ての人間をすれ違い不幸にする。
それを自分は身に持って体験したではないか? この場に及んで、まだ外面を気にするのか?
ちらりと後ろにいるであろうカインを振り返ると、静かに目を閉じ顔を俯けている。
その姿は、自分達三人が何故このようなすれ違いをおこしたのか? それをよく分かった上での態度であろう。
<君も既に承知しているのか、カイン>
たが、それに対して謝罪する気持ちをセシルは抱かない。それはカインに対しても自分に対しても不幸を訪れさせるだけだからだ。
「そう――僕は誰よりも君を思っているよ。誰よりも……」
もう自分の気持ちに嘘をつかない。過去の暗黒騎士であったセシルは、己の境遇とその当時の肩書に謙遜して、常に本音を隠し誰かを
気づかっていたのだ。
その為、ローザの気持ちにもずっと答えられずじまいだったのだ。
結局、自分は自分なのだ。他人とは違う。自分という存在は常に優先されなければならない。
大事なのは自分。時には誰かを犠牲にしてでも自分の想いを押し通すべきなのだ。
人を愛する前に自分という存在を蔑にしてはいけない。それができなければ、最終的には相手も傷つけてしまうのだ。
「君がいなくて分かったよ……僕は君を……」
だから今、この時セシルは誰でもない自分の気持ちを優先するのだ。
「セシル……」
「……ああ」
胸元で嗚咽を挙げ続けるローザをセシルはしっかりと抱きしめた。
最終更新:2009年07月08日 18:36