去りゆくもの 残されるもの14

「だったら今すぐにでも!!」
「セシル殿……」
意気込むセシルに対してヤンは冷静であった。
「お待ちください!」
今すぐにも制御機械へと剣を振りおろそうとするセシルの前にヤンの巨大な体躯が立ちふさがる。
「ヤン……急がないといけない。君も協力するんだろ?」
「勿論そのつもりです」
「だったら!」
もしかして怖気づいたのか? だが、すぐにもそれが的外れであることを自覚する。
「ここは危険です!」
「だからとっとと終わらせて、二人で脱出しないと」
もう少しでカイン達もやってくるだろう。もしかするとすぐそこまで来ているのかもしれない。
いずれにせよカイン達を危険に巻き込みたくはなかった。あんなことがあって気を落としているローザもいるし
覚悟を決めたばかりのリディアにも無理強いはさせたくない。
ヤンと協力して巨大砲を破壊してカイン達と合流する。それがセシルの頭が描いた展開であった。
当然ながらヤンも同じ考えだと思っていたのだ。実際に提案にも賛同してくれたのだし――
「ですから……必ずしも安全だと言いきれないのです」
目の前に聳え立つヤンの剣幕は恐ろしいものであった。
そこでようやく気付いた。ヤンの真意を
「ヤン――まさか」
すぐには信じられなかった。否信じたくなかったのだ。
「もし何かあったら妻に伝えてくれ――」
しかし続く言葉はやはりセシルの予想の範疇であった。
「楽しい旅であった――」
言葉の終わりと共にモンク僧の鋼の肉体が高速に身を翻し後ろへと跳躍、そのまま片方の足で地面を蹴りあげて
もう片方の足でセシルへと蹴りかかる。
修練したモンク僧の一撃。警戒していてもその攻撃を交わす事は容易でなかったであろう。
ましてや目の前の事実を受け入れず驚愕しているセシルにとっては直撃であった。
「ごめん――」
ほんのかすかな声でヤンがそう言った気がした。もしかすると空耳だったのかもしれない。
ファブールが誇るモンク僧ヤン――彼の渾身の蹴りを直に受けたセシルが空を舞い遥か彼方へと吹き飛んで行く。
痛みはなかった。当然だ。ヤンはセシルを傷つけるつもりは毛頭ない。手加減したのだ。
何故こんな事を? 自問して愚問だと気づく。
こうでもしなければ自分はヤンの前から立ち去らなかっただろう。
視界から遠ざかる制御室の鉄扉を見ていた。黒煙に覆われここからではヤンの姿を確認できなかった。

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最終更新:2010年01月16日 08:33
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