第二話 雪合戦


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 今日は担任のレスリー先生が午後から出張だとかで半日授業だ。
 小さな学校で最小限の先生しかいないから、こういうこともたまにあるらしい。
 結局他の日に授業は割り振られるけど、何だか得した気になるのは仕方がない。
 給食を食べた後、昼休みにクラスで雪合戦をして解散。そういうことになった。

「マーシュってさ、体育得意そうだよね」
 靴箱で上靴をしまっていると、クラスメイトのミュートがそんなことを言ってきた。
「そう見える? でも、期待に添えなくて悪いけどあんまり運動神経は良くないんだ」
「ふぅん」
 ドネッドと家の中で遊ぶことが多かったから、というのを言い訳にするのは卑怯だけど。
 敢えて言い訳するなら、まだ雪の上を歩くのにも慣れてないってことかな。
 体育が苦手っていうミュートでも上手く滑らない場所を滑らないように歩いている。
 こういうの、どれぐらいで慣れるものなんだろう。
「ミュート、マーシュ、早く来なさいよ。もうみんな出てるわよ」
 外から女の子の声がした。リッツだ。
 まさにクラス委員って感じの子で、大人びている。
 みんな一目置いているというか一歩引いてるけど、転入したてのときに色々世話を焼いてくれたし、ぼくは嫌いじゃない。
「じゃ、行こうか。リッツ、怒ったら恐そうだし」
「うん」
 ミュートはくすっと笑い、凍った排水溝の上をひょいとまたいで危なげなく歩いていった。
 一方のぼくは、出口で踏み固められた雪に転びかける有様だった。

 雪の積もるグラウンドは物凄く寒いとばかり思っていたけど、厚着と照り返しで汗をかくぐらいだった。
 雪合戦用の壁は既に出来ている。
 前に作られて、何度も使い回されてるようだった。
 さすが雪国、と妙なところで感心してしまう。
「ルールみたいなのはあるのかな? たしか旗を取り合う公式ルールみたいなのがあった気がするけど」
「普通だと思う。単純に雪玉をぶつけ合って、多く当てた方の勝ち。そんなに細かくもないよ」
 たしかに、みんな一斉に投げ合うんだから正確に数えることはできないだろう。
 現に今ライルとコリン達がふざけて雪を投げ合ってるけど、それだけでも数え切れない。
「じゃあみんな、さっき言ったとおり席の右と左で分かれてちょうだい」
 リッツの声にぼく達は壁の両側にぞろぞろと移動した。
 こっちのチームはぼくとミュート、体育委員のライルに美化委員のノーマだ。
 ライルを見てミュートはちょっと困った顔をした。
 ライルとギネス、コリンの三人組はミュートをよくからかってる。
 暴力とかじゃないけど、見ていて嫌な感じだ。
 向こうのチームはそのギネスとコリンに加えて、リッツと保険委員のヴァージニア。
 はっきり言って、戦力差がありすぎて試合にはなりそうにない。

 ライルも同じことを思ったみたいで、大げさに頭を抱えて嘆いている。
「うわ、こんな弱っちいやつらと組んだって面白くも何ともないよ。なぁ、転校生?」
 転校生っていうのはぼくのことだ。転入してきてから三人組からはそう呼ばれている。
 特に反論も同意もする気にならずに肩をすくめると、ライルは今度はミュートに絡んできた。
「あれ、ミュート。今日はクマさんと一緒じゃないの?」
 からかう口調で、ミュートの頭をつつきながらそう言った。
 クマさん……確かにミュートはいつもクマのぬいぐるみを持ち歩いている。
 宝物らしく、前に触ってもいいか聞いてみるとやんわりと断られた。
 でも、理由を聞いたら納得した。だってそれは……
「ほらミュート。ロッカーにでもしまったのか? どうなんだよ」
 ミュートは口を固く結んで俯いている。きっと、言い返せば余計絡まれるから。
 だけどそれを面白がって、壁の向こうから今度はコリンとギネスまでやじを飛ばしてきた。
「そりゃそうさ。雪合戦なんかで大切なクマさんが汚れたら大変じゃん?」
「ママからもらった大切なクマさんだもん、な?」
 そう、小さい頃にママから買ってもらった大切なものだと言っていた。
 だけど、ミュートのママは――
 柄にもなく少しカッとなって、気づくとぼくはミュートの前に出てライルを睨んでいた。
 普段黙ってるぼくが睨んだところでライルはひるみもせず、鼻で笑っている。
「何だよ転校生。言いたいことがあるんなら言ってみろよ」
 口を開こうとして、みんなの前でママに関することを言ったらミュートが傷つくかもしれないと思い、声は喉の奥に沈んだ。
 その様子を見ていたギネスは笑い声を上げている。
「ほっとけよライル。どうせこいつ言い返さないよ。女みたいにヒョロっちい性格なんだから」
 さすがにそんな挑発には乗る気にもならず、それでもギネスのほうを見ると意外なことになっていた。
 リッツがギネスを下から睨み上げ、きつく眉を寄せていた。

「そういう発言、やめてくれる? 「セクハラ」って言うのよ。「じょせいべっし」だわ。社会じゃ裁判沙汰よ」
 難しいことを言われてギネスが口をぱくぱくさせていると、それに構わずリッツは今度はこちら側に歩いてきた。
 ライルは少し後ずさり、「俺はそんなこと言ってないよな?」なんて呟いている。
「な……なんだよ、リッツ」
「あっち行きなさい」
 ビッ、と鋭い動きでリッツは親指を背中側に向けた。
「え?」
「こっちがイヤならチーム替わってあげるって言ってるのよ。これで満足でしょ? あたし、さっさとゲーム始めたいのよね」
 イヤとは言わせない迫力でそう言うと、ライルも逃げるように壁の向こう側に走っていった。
 不謹慎にも少し痛快に思っていると、リッツは今度はぼくの方まで睨んだ。
「あんたも名前くらい言い返してやればいいのよ、マーシュ。いつまでも転校生なんて呼ばれちゃって!」
 綺麗なピンク色の髪の毛が逆立ちそうな勢いでそう吐き捨て、ぷいと顔を背けた。
 唖然としていると裾が控え目に引っ張られた。ミュートだ。
「ごめんね、マーシュ」
「何でミュートが謝るのさ。ミュートは何も悪くないよ」
 悪いのはライル達と……ぼくだ。
 リッツの言うとおり、こういうときは言い返してやればいい。
 なのにそれができないのは単にぼくに勇気がないからなんだ。
 ちょっと情けない気分になっていると、当のリッツは校舎から出てきた先生に声をかけていた。
「先生、準備できました。ゲームを始めましょう!」
 一部始終を見ていなかったレスリー先生は全員揃っていることを確認するとうなずき、首に下げた笛を持ち上げた。
「よし、じゃあクラス内紅白雪合戦を始めるぞ。……始め!」
 ピィーーッ、と甲高い笛の音がグラウンドに響き渡った。

 先陣を切ったのはやっぱりリッツだ。
 両手に持った雪玉を勢いよく投げ、ライルとギネスに命中させる。
「うわ、やったな!」
「おいギネス、コリン」
 ライル達が一箇所に集まって何か相談を始めた。
 ヴァージニアがスカートの裾を気にしながら投げてくるけど、目をつぶってるから当たりっこない。
 好機とばかりにリッツは次々とライル達に投げつける。
 ぼくも及ばずながら何個か投げたけど、全部外れた。
 ミュートはやっぱりこういうことは苦手みたいで、雪玉をせっせと作ってはぼくやノーマに「はい」と渡す。
「もう、ミュート君も自分で投げてよね」
 ノーマは呆れ顔だけど、この性格にも慣れてるみたいで受け取った玉をなかなか上手く投げた。
 ぼくも負けてられない。ミュートから貰うと精一杯投げ続け、何とか一つ当てた。
 下手な鉄砲……と自分でわかるのが悲しい。
「ほら、あんた達も喋ってないで参加しなさいよ!」
「言われなくてもちゃーんと参加するって。なぁ?」
「ああ。じゃあやろうぜ」
 やがてライル達はにやにや笑いながら雪玉を作り始めた。
 怪訝に思いながらぼく達が投げていると、まずコリンがベースボールの投手の真似をしながら投げた。
 リッツのより速く飛んだそれは、雪玉を作っていたミュートの背中に命中した。
「あっ」
「ほらミュート、背中向けてたら流れ玉に当たっちまうぞ!」
 ミュートがもたもたと体を起こしていると、今度はギネスの玉がまたミュートに当たった。
「や、やめてよ」
「何だよ、俺達は委員長様に言われたとおりマジメに雪合戦やってるだけだろ?」
「ほら、どんどん点取っていくぞ」
 三人は玉ですらない雪の塊を次々ミュートだけにぶつけていく。
 ミュートは逃げ惑い、リッツは不機嫌そうに対抗し、ぼくは何もできなかった。

 ライル達はリッツに当てられるのも気にせず、壁から身を乗り出してミュートに集中攻撃する。
 ぼくはミュートの前に出ようとしたものの、脚の間や頭の上を上手くすり抜けてミュートに当ててくる。
「ちょっと、やめなさいよ!」
 見かねたリッツが注意するけど、三人はそ知らぬ顔だ。
「ちゃんと雪合戦やってるだろ。反則なんてしてないぜ」
「よく言うわ、さっきからミュートばかり狙ってるくせに!」
 ギネスは笑ってまたミュートに、今度は頭へ雪玉を当てる。
「わっ」
「大丈夫、ミュート?」
「うん、平気……」
 ミュートは顔についた雪を払いながら首を振る。
「ほら見ろ。ミュートは平気だってさ」
「当たり前でしょ! 平気じゃなかったらどうするつもりよ!?」
「うるさいなぁうちの委員長は」
 リッツの剣幕に少し押されながらも、コリンがまた雪玉をミュートの顔に当てた。
「痛っ!」
 さっきまでと違う悲鳴に振り返ると、うずくまるミュートの額に赤い色が滲んでいた。
「ミュート、額のとこ切れてるよ!」
「え……?」
 ミュートは半泣きで傷に触るとビクッと震え、指についた血を見て青ざめた。
 その足元には、白一色の上に一個だけ雪にまみれた石が転がっていた。
「石が入ってたんだ……!」
 ひどい。こうなるとゲームどころじゃない。 

「俺、石なんて知らないぜ。雪玉投げただけだもん」
「だいたい、ミュートがトロいんだよ」
「狙われたって当然さ。ゲームに勝つには点を取らなきゃ。なぁ?」
 三人は口々に勝手なことを言うけど、石を入れたのは間違いない。
 リッツは腰に手を当て、心底軽蔑したような声を上げた。
「勝てれば何してもいいわけ? あんた達最低ね。これだから男の子って嫌いよ」
「何だと、この白髪オンナ!」
 雪より冷たい声に罪悪感が湧いたのか、単にカッとなったのか、ライルはリッツを振り向いて怒鳴った。
 ……白髪? 何だってリッツに白髪だなんて……
 勝手な罵声かと思ったのに、リッツは体を強張らせて怒鳴り返した。
「誰のことよ!?」
「染めてるクセに! お前の頭、ほんとは真っ白じゃん!」
「やーい、白髪ババア! いっつも澄ましやがって!」
 尻馬に乗ってギネスとコリンは次々はやし立てる。
 そういえば染めてるのはわかっていたけど、やけに鮮やかに色が乗ってるとは思っていた。
「何ですって! もう一度言ってみなさいよ!」
 リッツにとってそれは許せないことだったらしく、飛び跳ねてるコリンに掴みかかろうとしていた。
 頭に血が上ってる。止めないと――
「いい加減にしなさい!!」
 レスリー先生の怒鳴り声に、リッツと三人組のみならず、ぼくも含めた全員がすくみ上がった。
 周りで遊んでる他のクラスの子達も何事かと振り返っている。
 先生は三人とリッツの間に割って入ると、珍しい大きな声で周りに告げた。
「雪合戦は中止! ライル、コリン、ギネスは今から職員室に付いてきなさい」
 厳しく告げると、すぐ心配そうにミュートの方を見た。
「ミュート、怪我は大丈夫か?」
「あ、は、はい」
「そうか。じゃあみんな、今日はもう解散だ。帰っていいぞ……ライル達は帰るな!」
 逃げ出そうとしていたライル達を引っ張って先生は校舎に入っていき、後には重い空気が残った。

 こうして、全員に嫌な気持ちを刻んでから今日の学校は終わった。
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