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伊勢神宮の門下町について

おはらい町について

定義:内宮の宇治橋のたもとから五十鈴川に沿って続く約800mほどの参宮街道をいう。
歴史:江戸時代に建築され、妻入造の街並みができあがる。当時は「御師」(一般に「オシ」と読むが伊勢では「オンシ」と読む)と呼ばれる全国に伊勢信仰をひろめた人たちの家が立ち並びんでいた。彼らははるばる伊勢に来た参宮客をおはらい町の屋敷に泊め、神楽を奏し、おはらいをして参宮客に「お礼」を授けた。これが「おはらい町」の名前の由来である。時代が変わり、御師たちの家は次第に参宮客に憩いの場を提供するお店へと変わっていった。戦後、近代化が進み、電柱が立てられ、道も舗装された。しかし当時の街並みの保存を願う地元の人たちは、「赤福」の資金協力でついに平成元年、「伊勢市まちなみ保全条例」制定に成功した。のちに電柱は撤去され、道路は石畳にし、店頭は、銀行も魚屋の薬屋も外装を修理し、江戸時代のまちなみは復活したのである。
現在の様子:主に土産屋と伊勢名物のサザエ、大アサリ、伊勢うどん、てこね寿司、赤福餅
      などを提供する飲食店が並ぶ。もちろん江戸時代の街並みである。
おかげ横丁について
定義:新橋の通りの終点付近にある広場をいう。
歴史:赤福誕生300周年にあたる平成5年7月にできた。
名前の由来:赤福が創業場所で300年やってこれたのは「お伊勢さん」のおかげであるこ
      とと、江戸時代後期から明治時代初期に伊勢参宮を「おかげ参り」と呼んでい
      たことから。
現在の様子:レトロな商品を売るお店や歴史館などがあり、レトロな雰囲気を味わえる。