くらげまるの中身

長門有希のカレーなる1日 2回目

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kuragemaru

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足早にスーパーへと向かっていたあたしは、路地裏で意外な人物と出会っていた。
「あ、ハルにゃーん」
「あら、妹ちゃんじゃないの。どうしたのこんな所で」
ニコニコと嬉しそうにあたしにまとわりついてくる妹ちゃん。この子ってばなんてかわいいのかしら。
「今までお友達と遊んでたの。おうちに帰る前におやつ買おうと思って」
「なるほどね。ちょうどいいわ、あたしと行きましょう。ふふっ、今日はあたしがごはん作ったげるわよ」
あたしの言葉を聞いて目を丸くする妹ちゃん。そして満面の笑みを浮かべてあたしに抱きついてきた。
「さあ、いきましょう。キョンが変な物を作る前に急いで行かなきゃね」
「キョン君のお料理おいしいよ?」
首を傾げて不思議そうにあたしを見る妹ちゃん。
「そうなんだ、意外ね。あいつの事だからレトルトかなんかで済ますのかと思ってたわ」
「そんな事ないよ、あんまりたくさんお料理はできないけど、とってもおいしいの」
「へえ、どんなのができるのあいつは」
妹ちゃんは両手を挙げてブンブン振りながら、あたしに答える。あたしが言うのもなんだけどハイテンションね。
「んとね、カニカマ入りのチャーハンでしょ。それとカレーライス、タコさんウインナーが入ってるの」
あいつがタコさんねえ。なんだかイメージがわかないわね。
「それとオムライス。とーってもおいしいんだよ」
まるで自分の事の様に話すのね。歳の離れた兄妹ってみんなこんな感じなのかしら。
「ふふっ、そんなにおいしいんだ」
「あたしがね、テレビで見たオムライス食べたいって言ったら、キョン君が練習して作ってくれたの」
ふーん。あいつがねぇ。でも妹ちゃんたらほんとに嬉しそうに話すわねぇ。
「妹ちゃんはキョンの事大好きなのね」
あたしの言葉を聞いた妹ちゃんは、お日さまの様な笑顔で「うん」と力いっぱい返事をしてきたわ。
「じゃあ、あたしとキョンのどっちがおいしいか、妹ちゃんに審査してもらわなきゃね」
あたしは妹ちゃんの手を取り、スーパーへと入っていった。

煮込みを開始した鍋を横目にして、俺はウインナーをタコさんにすべく切込みを入れていた。
妹と長門の分で、そうだな8個もあればいいか。いささか危なっかしい手つきで切り込みをいれる。
「長門、もうあとは煮込むだけだからリビングで待っててくれ」
「了解した」
音も無くリビングに消える長門。さてもう一仕事するかね。俺は灰汁取りのおたまを手に取った。
それから30分程経過、いい感じに煮込まれた具材を確認して、俺は火を止めた。
ルーを鍋に投入してしばしかき混ぜる。カレーのスパイシーな香りがあたりに漂う。
「さてと、後はもう少し煮込んでフィニッシュだな。っと、その前に少し味見をするか」
最初の頃は水の量もいいかげんで、お世辞にも美味いとは言えん物ができたりしたよなあ。
過去の思い出に浸りながら、小皿にカレーを取りスプーンで口へ運ぶ。うん、わりといい出来だな。
「ずるい」
何事かと振り向くと、リビングにいたはずの長門が俺をじっと睨んでいる、様に見える。多分な。
「長門、ずるいって何がだ。俺が何かしたってのか」
長門は無言で指を指す。味見の為の小皿をだ。
「あなただけ先にカレーを楽しんでいる」
いや、長門よ。これは味見と言ってだな、料理の際に調理をする者がするべきテストなんだ。
これをしないで敗れていったキッチンファイター達は、数知れずって程に重要な事なんだ。
「決してつまみ食いではないぞ」
「そう」
長門は納得したのか、またもや多分であるが、表情を柔らかくして小皿を見つめている。
「わたしも味見をする。許可を」
こんな時まで『許可を』かよ。相変わらずだな長門は。
「いいぜ、この後もたっぷり食べてもらうつもりだが、お気に召すかわからんもんな」
俺の言葉を受け、こくりと頷いた長門はゆっくりと瞼を閉じて、それと同時にゆっくりと口をあけた。
何だこれ? 味見をするんだよな、長門よ。目を閉じた長門の手はきっちりと両腰辺りにあり、どう見ても自らの手を
使う気が無い様に見える。
「長門?」
「あーん」
問いかけようと名を呼んだ俺を制するかの様に、長門は擬音を口にした。
いや、落ち着け俺。長門がどうにかなったわけじゃないだろうし、何よりここには俺と長門しか居ない。
他人に見られる危険は無いわけで、それならば珍しい姿を見せた長門の要望を叶えてやるべきではないのか?
はたしてどれ位考えていたのであろうか、恐らくは1秒にも満たない時間だとは思う。
何か言葉を吐き出す前に俺の体は自然と動いていた。スプーンにカレールーとじゃがいものかけらを乗せて、
そろそろと長門の口に運び込む。
理由はわからんが、心臓がフル回転でポンピングしているのを感じる。
スプーンは無事に長門の口に到着し、長門は閉じていた目を開きそのくりくりとした瞳で俺を見ている。
見つめられている俺はと言えば、閉じられた長門の口を凝視し、金縛りにでもなったのか身動き一つしていなかった。
「あー、有希ちゃんがいるー。ねえねえキョン君、どうして有希ちゃんがいるの?」
突然の妹の登場に、俺の心臓はそれまでの暴れっぷりから急転直下、活動を停止したね、0.1秒程。マジで。
「キョン君、有希ちゃんにあーんしてるよ、ハルにゃーん」
妹の背後、にこやかに笑うハルヒは何故か眉間に皺をよせている。器用な奴だな。
「て言うか、なんでお前がここにいる」
「あんた、有希を連れ込んで何してるのよ」
質問を質問で返すな。ただの味見だよ、そんなに騒ぐもんでもなかろうに。
「ふーん、味見ねぇ」
相変わらずにこやかに、それでいて俺を睨みながら近づいてくるハルヒ。俺、死ぬのかな。
「あーん」
はい? 何してんですかハルヒさん。死を覚悟した俺が見たものは、長門と同様に目を閉じ口をあけているハルヒ。
何かがおかしい。長門といいハルヒといい、俺をおちょくって楽しんでいるのか。
いささかネガティブな思考が頭をよぎったが、俺は長門の時と同じ様に、ごく自然に身体を動かしていた。
「ほれ」
口を閉じカレーを味わうハルヒ。さて、判定や如何にって感じだな。
「いいじゃない。妹ちゃんが褒めるだけはあるわ」
なんだそりゃ。俺の居ない所で何を吹聴しているんだ、わが妹よ。まあ、俺の料理を褒めてるってのは嬉しいがな。
「メインのカレーは準備オッケーね。あんたは食器とか用意しなさい」
すっかり場を仕切ってるが、お前は何しに来たんだ。
「……あんたにから揚げ作ってあげるわ」
少しばかり顔を背けて、口をとんがらせてハルヒは呟く。
「覚えててくれたのか、すまんな」
「ふん、借りを返さずにいるなんて、SOS団団長たるこのあたしにはありえない事よ」
ハルヒは俺に背を向け、調理に取り掛かる。俺は邪魔にならないよう、カレー皿を取り出し食卓へと向かった。
そこにはスプーンを手にし、待機している長門と妹がちんまりと座っていた。

そんなわけで食卓には俺作製のカレーと、ハルヒ謹製のから揚げ&長門の手によるキャベツの千切りが並んでいる。
「キョン君、おいしそうだね」
スプーンをぶんぶんと振る妹。こら、行儀が悪いぞ。
「えへへ、ごめんなさぁい」
俺は皿にご飯とカレーをよそって、タコさんウインナーを2匹乗せ、妹の前に置く。
同じ様に長門の分とハルヒの分を置き、最後に自分の皿を置く。準備完了だ。
「妹ちゃんと有希のはタコのウインナーだけど、あたしとあんたのは……これ何?」
「ああ、豚バラのブロックを薄めに切ったもんだ。薄めでも1cmはあるがな」
「へぇ、変わったもん使うのね」
角煮なんかに使う肉だが、カレーに入れてもうまい。脂身が多いから一緒に煮込まず、別に焼いてある。
脂がきついのは妹が苦手で、それでタコのウインナーが代わりと言うわけだ。
「少ない」
今度は長門か。それも言われるとは思ってたが、家のカレーは少量よそって、冷めないうちに完食するんだ。
大量によそうと最初はいいが食べ終わる頃には、ライスもカレーも冷めちまってあまりうまくないだろ。
でだ、熱々のうちに食べきれる量を何杯も食べるってわけだ。
「……納得した。おかわり」
「あたしもよ、キョン」
お前ら早いな、こりゃ気持ち多めにするか。言った事をいきなり翻すのも、どうかとは思うが調整は必要だもんな。
「タコさん」
長門、お前のには豚バラも入れといたからな。
「感謝する」
さて、俺もいただくとするか。ハルヒのから揚げからいこう、なんてったって出来たてを所望したのは俺だしな。
よく見ると2種類のから揚げのようだな。衣の厚い奴とそうでない奴だ。
「気が付いたわねキョン。あたし特製の2種のから揚げよ、たっぷりと味わいなさい」
では、さっそく。まずは衣の厚いほうからいこう。ざっくりとした衣の感触が歯から伝わってくる。
中のモモ肉はしっかりと下味が染み込み、さらに肉汁とタレが合わさった物が肉の間から溢れてくる。
「あっついな。でもこれはうまいぞ、ハルヒ」
「ふふん、ウチのお母さん直伝よ」
こんなうまいから揚げを伝授した、お前の母親に俺は感謝したい。
「次はそっちを食べてみなさいよ」
ハルヒの解説によると、最初に食べたのは水で解いた粉をたっぷり付けて揚げて、食感も楽しめる物だそうだ。
そして、今俺が箸でつまんでいるのは粉をまぶして揚げた方だ。
一口かじると、あっさりめのむね肉を使っているのがわかる。しかし舌に刺激を感じるぞ。
「それは花椒塩よ。これは中華風のから揚げなのよ」
なるほどねぇ。こっちは揚げてからさらに、熱した中華なべに放り込んで油を飛ばしつつ、花椒塩とやらをまぶす
んだそうだ。この短時間でよくやるな、こいつは。

そんなわけで俺達が用意したカレーとから揚げは、きれいさっぱり食卓から姿を消した。
「ハルヒ、から揚げうまかったよ。ごちそうさん」
「何よ、あんたらしくないわね」
俺はうまいもんを食べて、素直に礼を言わないほど、ひねくれた人間じゃないと自負しているんだがな。
「そ、そう」
長門じゃあるまいし、お前こそらしくないな。そう思う俺の顔は多分にやけていたんだと思う。
「あんた、何で顔が緩んでるのよ。いやらしい」
人を変態みたいに言わんでくれ。誤解されたらどうするんだ。
「うるさい、バカキョン」
ハルヒは皿を持って、不機嫌そうにキッチンへ消えた。いったい何なんだあいつは。
ふとリビングに目をやると、長門が妹とゲームに興じている。なんだか楽しそうだな。
しかし、その楽しげな場に行くわけにもいくまい。そう、俺には片付けという仕事が残っているのだ。
俺がテーブルに残された食器を重ねて、キッチンへと向かうと何やら聞えてくる。
何かと思えば、ハルヒが食器を洗いながら鼻歌を歌っている。さっきの不機嫌さは何処に行ったんだよ。
「もう、やっと持ってきたわね。ここに置いて、洗うから」
「そういうわけにいくか。俺が洗うからいい」
ハルヒは俺の眼をじっと見て、くすくすと笑う。
「バカね。もう洗い始めちゃったんだからいいわよ。あんたはそっちの洗い終わったのを拭いてなさい」
と、これまた上機嫌で、水切りの…何て言うんだカゴだか何かを指差す。
俺と並んで食器を洗うハルヒ。やはり先程と違って何やら嬉しそうだ。
女心と何とやらって奴かねぇ。俺には何が何だかさっぱりだがな。
「キョンくーん。あたしと有希ちゃんお風呂入っちゃうね」
「おう」

……長門と風呂だと? 今日は晩飯食べて終わりじゃなかったのか。

つづく

コメント

のんびり進行。この後何かあるかというと何も無いですけど。
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