「はぁ…はぁっ……!」
真っ暗な空。
ボクはその中を、息を切らせて飛んでいた。
……急がなきゃ。
……早くしないと。
そう思い、更に羽ばたく。
でも。
「あ……え…?」
視界が歪み、力が抜けていく。
どうやら、血を流しすぎたらしい。
流石にこの高さから墜ちれば、命は無いだろう。
「……ここで、ボクも終わりか」
薄れ行く意識の中、最後に浮かんだのはボクを逃がしてくれた「彼」の後姿。
「…助け……呼べなくて……ゴメン…」
そう、幻に向かって謝ったところでボクの意識は暗闇に落ちた。
『在りし日の幻、置き去りの心』
「おい……起きろよ…」
「彼」の声が聞こえる…
…まだ眠い。
ボクは声を無視して眠る。
すると今度は体を揺さぶってくる。
…鬱陶しい。
ボクは仕方無く目を開く。
次の瞬間、すっかり昇りきった太陽がボクの目を焼いた。
「………眩しい」
「ったりめーだろ、もう昼過ぎだぜ?」
「でも眠い……」
「だーっ、おめーは寝すぎなんだっつーの!」
彼…真っ赤なハチマキを巻いたオニスズメの少年は、ボクに向かってぎゃーぎゃーと騒ぎ立てている。
…寝すぎと言われても、ボク…ホーホー族は基本夜行性だから昼寝てるのは当然なのだけれど。
そう、ボクがぼーっと考えていると、彼は幾つかの木の実を差し出してきた。
「まーいーや。それよりも、ほらよ」
「……何?」
「何って…コレをどう見たらメシ以外の物に見えんだよ」
「……明日は雨?」
「…何時ものことだけど、つくづく失礼な奴だよなおめー」
「……性分だから」
そう言ってボクは彼の持ってきた木の実を平らげる。
…うん、おなかはふくれた。
「…今日は何の用?」
「何の用って…いつもどおりだよ!」
「………?」
はて。いつも彼とは何をしていたのか。
「だー! すっとぼけてんじゃねー! 決闘だ決闘! 今日こそオマエのことぎゃふんと言わせてやるぜ!」
…ああ、そうだった。
半年くらい前に、この辺一帯の子供たちを纏めてる彼に因縁つけられて戦って。
あまりの単純さに無傷で倒してしまったんだ。
「………戦うの、面倒」
「うっせー、そっちが来ねーならこっちから行くぜ! うらぁーっ!!!」
「……面倒…」
ボクは突進してくる彼に対してナナメにリフレクターを張った。
すると、一直線に飛んできた彼はいい感じにリフレクターを滑り、斜め後方の岩にそのままの勢いで飛んでいく。
「…ゲ」
「……今日もキミの負け」
「んなくそーっ!!!!」
彼は敗者の叫びを上げた直後、岩に正面から直撃して気絶した。
……この勝ちパターンも、もう30回目だ。
「……キミ、学習能力無い?」
「あ、あが、が」
当たり前だけど、返事は無かった。
「………はっ」
「……起きた?」
太陽が沈み、更に暫くしてから彼は漸く目を覚ました。
「…え、まさかもう夜か!?」
「……キミは今が昼に見える?」
「いや、そーいうつもりで聞いたんじゃねーんだが…あいてて」
「…平気?」
「あ? 別に何てことねーよ。ちとデコにコブができてる程度だ」
「…これ、使って」
ボクは、予め用意しておいた葉っぱを渡す。
コブができたときに貼っておくと、治りが早くなる葉っぱだ。
「おぉ、さんきゅ……っあー、何か効いてる気がするぜ」
「ん……良かった」
真夜中の森、その中の開けた広場。
ボクと彼はいつもここで過ごしていた。
出会ってから半年、ずっと。
そのせいか、いつしかボク達は一緒に居ることが当たり前になっていた。
彼はどうか知らない…けれど、少なくともボクはそうだった。
一緒に居ると、楽しかった。
戦うのは、面倒だけど…面白かった。
それに、こうして二人で夜空を見上げるのは…よくわからないけれど、悪くなかった。
「……お、もしかして今夜は満月じゃねーか?」
「……確かに」
「へへっ、何だかいい夜だ! こういう時は散歩に限るぜ!」
「ん…君にしては悪くない案」
「んだよ、素直に賛成しろっての……行くか?」
「……ん」
先に立ち上がった彼の手をとり、二人で夜空に羽ばたく。
彼は楽しげに、上下左右にアクロバティックに飛び回る。
ボクはそれを眺めながら、ゆっくりと風を切る。
そんな最中、彼は遊ぶような飛行をやめてのボク傍へと寄ってきて言った。
「へへっ、何だよ。無表情な奴だと思ってたけど、そーいう顔もすんだな」
「……何の事?」
彼の言っている意味がわからない。
すると彼は悪戯っぽく笑って、こう言った。
「いや、お前さ…オレが飛んでるの見て、笑ってたからよ。お前の顔が笑ってるとこなんて初めて見たぜ」
「……………!?」
かぁっと顔が熱くなる。
ボクが、彼を見て笑ってた…?
……この気持ちは、何?
最近感じてた、心を焦がすような感覚と……関係があるのだろうか?
そんなボクの心情を知ってか知らずか、彼は悪戯っぽい微笑をボクに向けると再び飛び回り始める。
「………」
でも、いいか。
まだまだ幼い自分達には、時間はたっぷりある。
そう、思っていた。
異変を感じたのは、一通り散歩を楽しみ住処である広場に戻ろうとした時だった。
広場と…その周辺の森が、明るくなっていた。
「何だありゃ…」
「………」
「おい、行こうぜ」
嫌な予感がした。
「……待って」
「んだよ」
「……嫌な予感がする。戻らないほうがいい」
「そういうわけには行くかよ。あそこは俺たちの住処だろうが。先に行くぜ!」
「……だめ、待って!」
彼の手を掴もうとした手は空を切り。
彼は一直線に広場へと飛んでいく。
放っておく訳にもいかず、ボクも後に続いた。
住処に近づくにつれ、そこがどういう状況なのかがボクの瞳に明確に映し出されていく。
……明るい光は、炎だった。
先行していた彼に追いつくと、彼は驚きと怒りに身を震わせていた。
「何なんだよ…これは」
「………」
「どうして…こんなことになってんだよ!!!」
炎上する森。
塵芥に還される命。
そして幸か不幸か…いや、この場合は不幸だったのだろう…広場の中心に、火種であるらしき萌えもんを彼は見つけてしまった。
黒衣を纏い、体の所々から煙を噴出している萌えもん…確か、コータス族だったか。
「…あいつか」
「……!」
ボクは一目見て悟る。
彼女には、勝てない。
でも、彼はそんなことも構わずに急降下していった。
ボクもそれに続く。
勝てないと解っていても…彼を一人で行かせるわけには行かなかった。
「キサマはあああああああああああああああああっ!!!!!」
一直線に突っ込み、彼は必中の燕返しをお見舞いする。
ボクもそれに続いて、少し離れた位置から念力を送りこんだ。
だけど。
「まだ、生き残りがいたか…フン」
「が…っ!?」
「うぁ……!」
一振りで投げつけられた多数の石礫により、ボク達は成す術も無く撃ち落される。
体の所々に尖った石が刺さり、当たり所が悪かった部位は折れているような感覚があった。
そんなボクたちの様子に構うことなく、彼女はゆっくりとこちらに近づいてくる。
…殺される。
そう思ったとき、ボクと彼女の間に割って入った影があった。
…彼だった。
「おい…オマエ、飛べるか?」
「………ん…」
体を起こし、肯定の意を伝える。
「だったら話は早えぇ…どこでもいい、空飛んで助け呼んで来い」
「…キミは?」
「…オレは無理だ。さっきので肩をやられた…空は飛べねぇ」
「…!」
「だから、助けを呼んで来い…オレが時間を稼ぐから…いいな!?」
そう言って彼はボクの返事も聞かずに彼女へと突っ込んでいく。
ボクは彼に背を向け、翼を広げて夜空へ飛び立った。
あらん限りの力で翼を動かし、風を切って飛ぶ。
彼の無事を祈りながら。
そして……
次に目が覚めたのは、知らない建物の中だった。
辺りを見回すと、人間の少年とメリープの少女、デルビルの少女が居た。
彼らの話によると、ボクはどうやら民家に出しっぱなしになっていたハンモックに引っかかっていたらしい。
我ながら半端無い悪運だ。
そして、危険な状態だったから一旦ボールに保護し、萌えもんセンターという所で治療をしてくれたのだそうだ。
その時に保護してくれたのがこの少年で、一応ボクのマスターということらしい。
その後ボクは、後から来た大人の人間達も合わせて事の顛末を伝えた。
そして数日後、現場検証のためにボクは沢山の人間の大人を住処だった森へ案内した。
……そこは、酷い有様だった。
木々は殆どが消し炭と化し、生き物は全て白骨化するまで燃やし尽くされていた。
………彼もまた、同じように焼き殺されたのだろうか。
そう、思った時。
視界の端に見覚えのある赤色が写った。
「あれは………!」
半分ほど燃え残っている木に引っかかっていた赤い物体。
それは、所々焼け焦げ、血がにじんでいるハチマキ。
…彼がいつも身に付けていた、あのハチマキに違いなかった。
「あ………」
喪失感が、ボクの心を覆っていく。
「ああ……っ」
………いや。
心の奥底ではわかっていた。
…彼はボクの身代わりになったんだと。
彼は最初から死ぬ気で、ボクを生かすために「助けを呼んで来い」と言ったんだと。
ボクはそれを理解した上で飛び立った。
「うあ、あ……ああああああああああああっ!!!」
ボクは彼を……見殺しにしたんだ……………
「おい……起きろよ…」
「………」
目を覚ます。
霞んではっきりしない視線の先には…
「キミ、は……」
「…あ? まだ寝ぼけてんのか?」
「………ゲン」
「……オレで悪かったな」
ゲンは不機嫌そうにそっぽを向く。
別に、悪くは無い。
むしろ、キミに起こしてもらえて良かったと思った。
ボクは、キミの事は嫌いじゃない……ううん、好きだから。
けれど。
事ある毎に、キミに彼の面影を重ねてしまう。
キミではなく、キミ越しに彼を見てしまう。
キミの事は好き、だけどボクはキミを見ていない。
まだ、キミをキミとしてみることができていない。
だから。
「………ゲン」
「んだよ」
「……女の子の寝顔を見るのは、悪趣味」
「なっ……おめーを起こすための不可抗力だろうが!」
「……そういえば、寝ているボクに触った…ボクが起きなかったらきっと襲われてた」
「だっ、なんでいつもいつもそういう方向に話が進むんだぁああああっ!!!」
「否定しない…肯定?」
「そうじゃねええええええええ!!!」
キミをキミとしてみれるようになるまで…ボクの本当の心は、しまっておこう。
いつか、その日が来るときまで…
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・後書き
毎度どうもこんばんわ、曹長です。
最近何故かホウ×ゲンが大人気なので、今回はホウの過去をちょっと掘り下げてみました。
うん、実はホウってばゲンにベタ惚れなのですね(ぁ
さーて、そろそろ本編の続きに取りかからないとなー(滝汗
んでは、今度こそ本編でお会いしましょう。
最終更新:2008年08月01日 14:06