何事を成すにも犠牲が必要だ。
自己の利益を得る為には、他人に損をさせなければいけない。
勝つ進む為には、相手を負かせ落とさなければいけない。
大きな目的を果たそうとするのなら、そのぶん犠牲は大きくなる。
優勝というのは多くの敗者が積み重なって出来たものだと言っていい。
いや、全ての生物が生きるという事をするにも、犠牲は必要だ。
食事を摂る為には、何かを殺しそれを食さなければいけない。
酸素を吸えば、当然その分だけ酸素は減り二酸化炭素は増える。
安心して眠る為には見張りとして誰かを起こさなければいけない。
快適な生活を望むのなら更なる犠牲が必要である。
堪った鬱憤を晴らすには何かにそれをぶつけて散らすか、
もしくは自分よりも下の者を見下し虐めて満足するしかない。
何事を為すにも犠牲が必要だ。
だから、私、ボーマンダが怠け者なのも。
幼馴染である彼をしっかりとした人にする為の、犠牲である。
「いや、何の関係も無いだろう」
わけの分からないことを言い始めたボーマンダに彼はつっこんだが、
それに対しボーマンダは寝起きなのか焦点が合わない視線を送り続けている。
動く様子の無い幼馴染に彼は「あぁ、もう」と眉を顰め苛立たしく呟いた。
「いいから早く顔洗って着替えろ。今日の朝食の当番は俺たちだろ」
「貴方が一人でも料理が出来るようにする為に、私は休む………」
「いやもう出来るから。ほら、早く早く」
語気を強め出来る限り急かしてみるが、それでも働こうとする気は無く、
少し動いたが、それは抱いていた枕をより強く抱いて寝惚け眼で彼を睨むだけ。
威厳や恐怖など全く無い威嚇を数秒だけ続けた後で、ポツリと本音を。
「働きたくない………働いたら、負けだと思っている」
何というダメ萌えもん。こいつは本当にドラゴン族なんだろうか。
ドラゴンに対し強い憧れを持つ人達が聞けば卒倒しかねない発言である。
彼らへの申し訳なさで一杯であったが、諦めるわけにはいかなかった。
「さっさとしないと無理やりにでも着替えさせるぞ」
ポケットから手を出し冗談ではない事をボーマンダに知らせる。
言うまでも無いがこれは脅しであり本当に着替えさせる気は彼に無く、
羞恥心から自ら着換え出すだろうという、目論見の上からの発言である。
その目論見は功を為したのかボーマンダは抱きしめていた枕を離した、が、
「…………」
「…………?」
しかしそれ以上は動こうとせず寝惚け眼で彼を見つめ続けていた。
これに彼は不思議がったが、数秒後にある言葉が彼の脳裏を駆け抜ける。
「墓穴」。今まで黙っていたボーマンダは不思議そうな表情を作る。
「………着替えさせてくれないの?」
「 や っ ぱ り か 」
予想はしていたのだがやはり彼の体に衝撃と言う名の稲妻が走った。
異性を着替えさせる。それは男にとってロマンの一つであると言えるだろう。
だが今の状況から考えれば、彼女の将来が本当に心配になってくる発言である。
それに気付いた彼は顔を引き攣らせ、目の前のダメドラゴンをどうしようかと考えるしかなかった。
………結局、ボーマンダは調理台へと向かわず、数秒後には夢の世界へと戻っていった。
最終更新:2009年03月20日 21:09