「うぅぅ……」
べとべたぁの持つ数枚のカードを眺めながら、俺はどのカードを取るかを考えていた。
ババ抜きの真っ最中である。
ふりぃざぁの様子から見るに、べとべたぁがババを持っているのは間違いない。
故に俺はべとべたぁのカードと顔を眺めて楽しんでいた。
ババではない(推定)カードに目をやれば、肩をぎゅっと縮めて片目を瞑る。
ババ(予測)を見ると、ほっとしたように胸(ない)を撫で下ろす。
非常に分かりやすくてよろしい。
「どれがババかなぁ……」
なんて心にもないことを口にしつつ、カードに手を伸ばす。
勿論迷っているかのように指を動かして、たっぷり楽しんだ後に、一枚カードを取った。
「よっし、一個揃った」
「つ、次は私の番ですねっ」
などとのんびりトランプに興じるのも一週間ぶりだと思う。
「ババ抜きは大得意ですよぅ!」
ひゅばっと勢い良くカードを抜き取るふりぃざぁ。
それは当たり前のようにペアとなった。
良く見ると、俺とべとべたぁの手札より枚数が圧倒的に少ない。
「さ、大佐の番ですよぅ」
「つぎはがんばるです……!」
ぐっと拳を握り、目に火を灯してふりぃざぁのカードを睨む。
カードに燃え移るんじゃないかというほどの熱い視線。
「ところでふりぃざぁ」
「なんでしょう……?」
「働け」
なんていってるうちにべとべたぁがカードを取った。
肩を落とし、軽く目が潤んでいるのを見ると、揃わなかったようである。
……まずはどうしてババが取ってもらえないかに気付いてくれよ?
そっと見守る。すぐに元気になった。
「はたらきたくない! はたらきたくないですよぅ!」
「べとべたぁに悪影響だからやめろ」
「では……えぇと……」
コホン。
「嫌です! 私は……働きたくない! 貴方の懐にある自由を奪ってでも……私は……!」
「デコピン連打されたいのか……?」
「ぐぉれんだぁ! ぐぉれんだぁ!」
なぜ、べとべたぁが知っているのかー。
俺達が相手できない時間はテレビを見るくらいしか出来なかったわけだから……。
反省。
「ごしゅじんさまのばんですよ!」
「ん、じゃあどれにしようかな……」
「むー……」
どうやらべとべたぁ、自分の手からババが抜かれていないことを考えている様子。
となれば、それを後押しするようなヒントを出す必要がある。
俺はふりぃざぁの方に顔を向けて、話をしながら前もって確認しておいたババを引いた。
やったです! という声が横から聞こえ、視線をやれば、喜びながらも首をかしげるべとべたぁが見える。
何らかの結論に至ったようで、べとべたぁの顔から思考の表情が抜けた。
「お前が働いてくれないと、バーガーが食べられなくなるんだ」
「はんばーがーがたべられなくなるですか!?」
「うん、ハンバーガーも安くないからな。削れるところから削るしかないんだ」
ハンバーガーというワードでべとべたぁを釣る。
そしてべとべたぁスキーのふりぃざぁが黙っているわけにはいかなくなる。
「分かりました。あまり気はすすまないですが、働かざるをえないようです……」
「何、お前ならできるさ。結構丁寧だしな」
「そうです、ふりぃざぁさんならできるですよ!」
「大佐にそう言われたらいくらでもがんばりますよー!」
まぁこういうときに俺が悲しい扱いなのはいつものことキニシナイ。
ともあれこうしてふりぃざぁがパーティーの柱になったわけである。
そしてふりぃざぁが選んだのは、バーガーショップであった。
何故そんな激戦区を選んだのかは、わかるようなわからないようなというところである。
だが、性格に合わないレジをやらされているそうな。
というわけで、
「きょーはどのはんばーがーをたべようーですかー」
来た。
ちゃんと働けているのか気になって、やってきてしまった。
バレないように、サングラスをして、である。
……まぁからかって楽しむためでもあるのだが。
「なぁべとべたぁ、このクーポンのやつにしないか?」
「どんなはんばーがーがたべれるですか?」
「ハンバーガーは好きなの選べるぞ」
「そうですか……あ、じゃあちきんばーがーにするです!」
お昼時は非常に混雑していて、行列に並びながらの相談である。
そして今並んでいる列はレジ前で三つに分かれていて、うち一つはふりぃざぁがあわあわしながら捌いていた。
几帳面な性格から、最初は整っていただろう赤のサンバイザーは小さく斜めにずれていて、自分のことに手が回らないほどにがなっていることがよく分かる。
同様にして、白の半袖のブラウスも、黒のミニスカートに前掛けも、少しずつ乱れていた。
あと、妙にふりぃざぁの方に多く人が流れているのはきっと幻覚に違いない。アーアーミエナイミエナイー。
「俺はなんにするかな……」
と、ぼんやりふりぃざぁの働き振りを眺めながら考えていると、レジにもう一、二組というところで、アクシデントが発生した。
ふりぃざぁが注文を受けていた親子連れに商品を渡してすぐのこと。
子供が、親から受け取ったばかりのソフトクリームを落として泣き始めたのである。
当然のように周りは快くない感情を持って騒ぎ始めた。
親はぺこぺこと頭を下げながら子供を諭すが、すぐに泣き止むものでもない。
そんな混雑の中、目立った動きをするものがいた。
「どうかいたしましたか?」
ふりぃざぁだ。
すぐ傍に立っていた店員に、掃除道具を用意するように伝えた後、親子のもとへ行き、しゃがみこんで子供と同じ視線で訊ねた。
「……?」
子供はぱっと泣くのをやめて、ふりぃざぁの顔を涙目で見つめる。
質問に子供が反応を返したからか、言葉遣いが変わった。
「ソフトクリーム落としちゃったの?」
「うん……」
「それじゃあ、お姉ちゃんのソフトクリームあげる。だから、泣かないで、ね?」
「うん」
「ちょっと待っててね」
ささーと中へと戻っていき、周りと服装の違う店員……マネージャーか店長か、と一言二言言葉を交わしてから、ソフトクリームを作り出した。
レジ周辺ではふりぃざぁの動き以外の全てが止まっていて、成り行きを見守っているような、そんな雰囲気になっていた。
作り終えると再び子供のもとへ近寄って、にっこりと笑顔で、
「はい。今度からは落とさないように注意しようね」
「うん! ありがとー、おねーちゃん」
ふりぃざぁは口を開かず、ただ笑みを見せたまま片手をあげてぱたぱたと小さく手を振る。
親子が店を出るまでふりぃざぁはそのまま見送っていた。
商品を受け取り、店内の席に腰掛け十分。
「ごしゅじんさまははんばーがーたべないですか?」
「んー……うん……」
「? なにかあったですか? おなかいたいですか?」
「いやー」
「はんばーがーもらっていいですか?」
「あぁ……いいぞ」
結局、ふりぃざぁをからかう目的だったはずだったのに、あれを目撃してから、どうもその気がおきなくなった。
真面目にやってるから邪魔しちゃ悪いな、というような気持ちではなく。
……うーむ。
レジにちらりと視線を送るとふりぃざぁはまだまだ忙しく動いている。
時折、厨房に顔を向け、慣れない大声を出していたり。
いかにも苦手そうな男子学生たちを、その様子を気取られないように笑顔で対応していたり。
……まぁ、うまくやっているみたいだし、いいか。
ポテトもべとべたぁに持っていかれたのは、言うまでもないことである。
最終更新:2009年05月27日 17:56