5スレ>>765-2


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 ミステリことオーキド博士のフシギバナは自室のベッドに倒れこんだ。
 町一つを留守番するという無茶にも疲れているが、今はもっと大きい不安がある。
 その種は無論、ひーとんこと――彼女に馴染みある姿はヒトカゲだが――リザードンだ。
 あそこまで積極的になるなんて、きっと育て親のオーキド博士も想像出来ないだろう。
 反動だろうか。フシギバナは振り子運動を思い出す。玉を高く持ち上げれば上げるほど、激しく下る。
 あの娘はどれほど振り子の玉を高く持ち上げていたのだろう。
 そして下る勢いで、糸が切れてしまい、玉が飛んでいきやしないだろうか。
 そんな比喩だらけの妄想に、フシギバナは不安の種を植えている。
 それでも、楽しそうだった。嬉しそうだった。笑っていた。
 仰向けに寝転がり、目を閉じて、あの笑顔を思い出す。
 うん、大丈夫だ。ワタシは、大丈夫。
 がばっと起き上がる。まだ眠るには陽が高い。それに客人が一人残っている。
 リザードンとその主は空へ、あの幼いハクリューは海の向こうでもう見えないところだ。
 しかし、あの男の子の最後の手持ち、ストライクはこの研究所にいる。
 大人びていて、どこか憂いを含んだ目をしていた、見たことのないストライク。
 さっきお茶をご馳走した応接室にはいなかった。知らない家屋を探索する人種には思えなかったが。
 ―――とりあえず、もう一回あそこにいくか。
 ベッドから降りて廊下に出る。その足は応接室に向かっている。。
 客人に暇を持て余させるのはよろしくない。留守番した者として、マサラの代表としてだめだ。
 もしかしたら見かけによらず、この不思議でいっぱいの研究所を探検しているかもしれないし。
 そして疲れて元いたあの応接室でくつろいでいれば、それでいい。
 まぁいなければいないで、子供の頃やったかくれんぼみたく家捜しするのも悪くは、
 フシギバナの取り留めない思考はそこで終わる。
 具体的に述べれば、応接室のドアに手をかけ、風が漏れる程度にドアを開けた時に。
 彼女の鼻腔を甘い匂いがくすぐった。
 
 
 
 ふと、今まで徒歩か“なみのり”で旅してきたことを思い出した。
 どちらも重力という絶対の力に従い続けての移動方法だ。別に罪はない。
 しかし、飛ぶという行為にはもっと罪がないように思える。
 肌を打つ空気の粒が自由を謳い、眼下に広がる海洋は知らぬ間に膨張したかのように巨大だ。
 こんな光景は、まったくの無罪じゃなきゃ味わえないに決まってる。
 それとも、オレが夢の世界をそのまま現実に味わってるからこそのこの快感なんだろうか。
 どっちでもいい。それぐらい空は大きくて、リザードンの背中が心地よい。
「どうですマスター。今高度1000メートルぐらいだと思いますけど」
「絶景だな。よくもまぁ、この短時間にここまで慣れたもんだ」
「ふふん。これでこそリザードンですよ」
 リザードンの背に揺られておおよそ2時間。
 最初はやはり家の屋根程度の高さだったが、徐々に高度を上げ、今では雲が手で掴めそうな気さえする。
「マスター、本当に上昇と旋回だけでいいんですか? あの水平線の彼方にもいけますよ?」
「オレは遠いところより高いところのが好きなんだ。あと、お前がどれくらいで怖がるかも見てみたいし」
「失礼ですよマスター。今の私は、泣き虫でも臆病でもないんですから」
「ああ、そうだったけか」
「です」
 会話はそこで止まったが、高度は未だに上昇を続け、1メートル上がる度に変わる景色を共に楽しむ。
 フライトは順調を極めに極め、両者ともにとてつもない満足を味わっていた。
 
 
 
 フシギバナはドアを完全に開けて、その先の光景に匂いの元を探す。
 あっさりと見つかった。匂いの元も、そもそもの探し物も、当たり前のようにいた。
「あら、ここにいたの。てっきり出かけたと思ってたわ」
 あのストライクだ。
 ストライクはさっきと同じイスに座って、同じカップで紅茶を味わっていた。
 違うところといえば、テーブルの上にお茶請けがあること。
 クッキーである。あれが匂いの元なのは自分の鼻が告げている。
「ストライクさん? なんですそのクッキー? あと紅茶もひーとんが飲んじゃったんじゃ」
 至極当然の質問に、そのストライクも当然のように答えた。
「ああこれ? 事後承諾になっちゃうけど、キッチン借りたわ。いいオーブンね」
「キッチンを、ですか? どうしてまたわざわざ」
「食べたくなったのよ。ほら、紅茶あまり飲めなかったでしょ。
 それで紅茶を淹れてみたらお茶請けが欲しくなってね。材料もあったし」
「はぁ」
 フシギバナは面食らった。正直、変な人だとすら思った。
 この反応は正常だといえる。他人のキッチンをそんな気まぐれで勝手に借りる輩はまずいない。
 フシギバナがストライクに抱いていたイメージに、少しヒビが入る。
 そんなことは露知らずとでも言うべきか。ストライクは事も無げにフシギバナに話しかける。
「それより、貴女もいかが? リザードンのことで疲れたでしょ。糖分が必要だと思うんだけど」
「あ、ああ。じゃあ、いただきます」
「だったらこっちに来なさいな。私に持ってこいっていうの?」
 それもそうだ。フシギバナは一言詫びて、こじんまりとしたソファに似たイスに座った。
 ストライクは軽く笑みをこぼして、空のカップ一つにとくとくと紅茶を注ぐ。
 フシギバナのとはまた違う、しかしヒケはとらない香りが部屋いっぱいに広がった。
 
 
 
 飛行開始から3時間経過。
 高度1200メートル達成。どこまでも続くオレ達のフライト、といった感じである。
 正直リザードンがここまでやってくれるとは思ってなかったオレは、口を開けるしか出来ないでいる。
「まだまだいけますよ。羽もいい感じに温まってきたところです」
「どんだけスロースターターだお前は」
 冗談すらも呆れ気味。本当、ここまでの能力があったんだなこいつ。
「ねぇマスター」
 問いかける声はやはり落ち着いている。この状況をなんとも思っていないのだ。
 相槌を打つと、少し間を置いてから、口を開いた。
「見直しました?」
 率直に、奇妙な質問だな、という文字列が浮かんだ。
 少し考える。しかし、やはり答えは決まっている。
「ああ。お前がここまでやれる奴だとは、正直思ってなかった」
 残念なことに、オレが背中に乗っているせいで、今はリザードンの顔は見えない。
 それでも、ぱぁっ、と効果音が聞こえてきそうな笑みが零れているのがわかった。
 よくよく考えてみると、オレは彼女が進化してすぐに、この飛ぶという事を要求した。
 それが出来なかったことを、ずっと気にしていたのかもしれない。
 もしくは、本人も本当はこうやりたかったのかも、とオレにとって都合のいい事も考えられる。
 原因が事故であれなんであれ、それが叶い、オレが褒めた。
 嬉しくて、楽しくて、笑いたくてたまらないのだ。リザードンは今、幸せの絶頂にいる。
「マスター、陸地に帰ったら“そらをとぶ”を覚えさせてくださいね。
 そうしたら今まで旅してきたところを自由に行けて、ハクリューはストライクもきっと喜びます」
 今まで会った中でも、また会いたい奴はいる。その案は本当に素晴らしい。
 高度がまた上がった。もう1300メートルに差し掛かるだろう。
 空にも、かすかではあるが赤みがかかってきた。
「それでマスター。私会いたい人が」
「なぁリザードン」
 頃合か。
 真下の海は、静かに凪いでいた。
 
 
 
 フシギバナがその紅茶を見た第一印象は、キレイ、だった。赤銅色が美しい。
 二度三度息を吹きかけてから、すする。美味しい。もう一度すする。やっぱり美味しい。
 ずっと気になっていたクッキーを手に取る。何か混ぜ込んでいるのか、ほんのり白の入ったキツネ色をしている。
 一口かじると、抑えられた甘味が紅茶のかすかな渋みを残す舌を程よく癒してくれた。これも美味しい。
 口の出しようのない味だ。目の前のストライクは、あのパーティのコックでもしているのだろうか。
「どう?」
「美味しいです。お菓子作りが趣味なんですか?」
「ああ、野生の頃ちょっとね。たまに手に入る小麦粉とかで遊んでたら」
「へぇっ。それでこれなら、才能あるんじゃないですか?」
「そうかしら。気に入ってくれたなら、たくさん食べて。私、クッキー苦手だし」
 何故作ったのだろう。そんなツッコミは胸に秘めて、お言葉に甘えることにした。
 事実、このクッキーは本当に美味しい。これがあればお茶の時間が一層楽しみになること請け合いだ。
 いや、もっと美味しく作れば、帰ってくるリザードンをもっと喜ばせてあげられる。
 かじりつつ、考える。焼き時間は何分か。この白色は何か。材料の配分は。これにもっと合う紅茶は。
 この白色は。
「ねぇ。食べながら飲みながらでいいから、私の質問に答えていただける?」
 そんな筈はない。
「貴女、どうして博士のフィールドワークについていかないで留守番してるのかしら。
 町の人間なんかより、萌えもんの方がよっぽど役立つでしょうに」
 目の前のストライクが紅茶をすする。
「貴女、どうしてあの子に抱きついた時『リザードンの性格が』って言えたのかしら。
 パニックしてる割には、随分的を射た台詞よね。事実、あの娘が変わったのは性格だった」
 こんなストライクは見たことがない。
「ねぇ、貴女どうして」



「? なんですマスター。あ、まだですよ。今日中に図鑑でいうリザードンの限界高度に」
 何も疑っていないリザードンの声。
 心臓を棘で射抜かれる感触。それはこの夢心地から一瞬で覚めてしまうには充分で。
 オレにその一言を言わせるにも充分だった。
「なぁ、リザードン」
 
 
 
 ひーとん、ワタシは。
「そのハーブをそんなに食べて、なんともないのかしら」



「もう、いいから。強がらなくて、友達を庇わなくて、いいから」
 ついに1300メートルを突破した。



「…………」
「答えられないの? じゃあ、これからは私の独り言でも聞きながら食べてて」
 もう食欲はない。そんなものは脳の奥底に引っ込んでしまった。
 今はもう、目の前のストライクの、その淡いピンクの唇にしか興味はない。いや、興味をもてない。
「私が最初に抱いた疑問は、貴女だけがこの町に残っていたこと。
 博士とやらが町を留守にした理由は、珍しい萌えもんを現地で調査する為でしょう。
 なら野生の萌えもんに遭遇するだろうと考えられる。護衛の萌えもんを連れて行かない道理はない。でしょ」
「は、博士には、他に手持ちがいて」
「だとしても、最終進化までした貴女を連れて行かない理由にはならない。
 それにあの子が旅に出る時は、手元には貴女しかいなかったんでしょ?
 他の手持ちなんてたかが知れてるってもんよ」
 言って、クッキーを口に放り込むストライク。フシギバナにはその表情から何も読み取れない。
「貴女は戦闘が付き物の野外調査に向いてなく、むしろそれ以外でやるべき事があった。
 研究者が調査よりも自分の萌えもんにやってもらうべきこととは何か。それは実験しかないわ。
 くさタイプなら、そうね。自分の撒く粉が萌えもんにどんな影響を与えるか、とか」
「ワ、ワタシは一介の萌えもんです。そんな、研究を手伝うなんて」
「出来ないの? 顕微鏡を使って極微量のハーブがあの娘の異常の原因とまで言ってのけたのに?」
 何も言い返せない。心臓が苦しい。息が上がっているのが自分で分かる。
「そう。貴女は博士の研究に関わっている。それもかなり深い部分までね。
 じゃあその深い部分とはなにか。ここでフシギバナという種族について考えてみましょうか。
 フシギバナが自力で覚えるわざの数は全部で11。うち明らかな戦闘用のわざは七つ。
 残りの四つは“どくのこな”“しびれごな”“ねむりごな”“あまりかおり”」
「な、なんでそんな詳しいことを」
 どうでもいい質問。それすらも、そのストライクは逃さない。
「ああ、昔悪い奴のフシギバナを何人か斬ったことがあってね。その時勉強したの。
 さてと。どうかしら。貴女は野外調査についていかないぐらいに戦闘に向いていない。
 戦闘用のわざを除外した結果残った、かろうじて実験にも使えそうなこの四つ。
 仮に自衛用として一つぐらいは戦闘用のわざを覚えているにしても、貴女はこのうちの三つを覚えている。
 紅茶の香りから“あまいかおり”は確定的ね。それでも残り二つ。どうかしら。この二つの枠には」
 どう考えても、萌えもんを状態異常にするわざが入らざるをえない。
 ストライクの言葉が、フシギバナには呪詛にもお告げにも聞こえた。
 
 
 
「え、マスター」
「お前の友達のフシギバナ、ミステリだったっけ? 凄い萌えもんだな。
 “しびれごな”と“どくのこな”を上手く使って、こんなことするなんて」
 恐怖などの負の感情を司る神経を麻痺させて、真逆の神経は毒によって刺激させる。
 大した技術と発想だ。粉の加減一つで、もっと違う性格に変容させる事も可能なのだろう。
 グレンじまでの猛勉強がなければ原因も分からずお手上げだったに違いない。
「でも3時間も診ればなんとなく分かるな。頚椎に直接なんでもなおしを何本か打ち込めばいいか」
「待ってくださいよマスター。なに、なにを言ってぅっ」
 途中で言葉が途切れたのは、なんでもなおしが打ち込まれたのが分かったからだろう。
 明らかに言葉に詰まり、哀れなぐらい動揺が伝わってきた。
 さっきまで幸せに満ちていた笑顔がひどく引きつってると思うと、胸に黒いものが立ち込めてくる。
 でも、仕方ないじゃないか。
 このリザードンは確かにオレの憧れで、彼女がこうであればと夢想し続けていたそのものだ。
 しかしそれだけだ。だからといって、彼女がそうならなくてはいけない理由はもうない。
 わずか3時間しか付き合わなかったけど、はっきり分かることがある。
 自信たっぷりで挑戦的で、オレの不安を全部笑顔で吹き飛ばそうとするこのリザードンより。
 臆病で泣き虫で、オレに人懐こい笑顔を向けてくれるリザードンこそが、オレのリザードンなんだと。
 今の彼女は、本人はそう思っていなくても、無茶をしているようにしかオレには思えない。
「ちが、違いますマスター。これは私が、いや私じゃなくて、いや」
 2本目。
「やめて、それ以上は、私が」
 3本目と4本目。
「いや、やめてくださいマスター。このままじゃ、羽、羽が動かせ」
 5本目。止まる羽。止まる上昇。
「やだよぅっ。やめてマスター。落ちちゃう、落ちちゃうからぁっ」
 6本目。
「やっ。
 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
 落ちる感覚で、魔法が解けたことを知った。



 そのフシギバナがその力を得たのは、本当に偶然としか言いようがない。
 彼女の幼馴染二人が旅に出てしばらくした秋の日に、彼女は博士の実験にちょっかいを出した。
 理由は覚えていないし、どうでもいい。寂しかったというのが、一番しっくり来る理由だ。
 ただはっきりと覚えていることがある。
 実験対象の、見るからに陽気なコラッタが彼女の粉を浴びた途端、顔を真っ赤にして逃げてしまった。
 再度捕獲してその意味を知った博士の顔もまた、彼女ははっきりと覚えている。
「続き、聞きたい?」
「…………」
「無言は肯定よ。とは言っても、あとはもう言うこともないんだけどね。
 貴女がいつからリザードンの泣き虫な性格を治したいと思ったかは分からない。
 けど、今日そのチャンスが来た。貴女は実行を起こした。
 自家製の紅茶を出して、リザードンに多く飲ませる。ま、あの娘が勝手に飲んだんだけど。
 そしてタイミングを見計らって二人きりになり、性格を変容させる。
 あとは紅茶に入れた中から適当なハーブを取り出して、それが原因だと言えばおしまい。
 こっちに専門家はいないからね。騙すのは簡単ってわけ」
「…………」
 完璧だ、とフシギバナは素直に感心した。
 今回の計画について、このストライクはその一切を暴き立てた。
 自分から付け足すことは何もない、と言おうとして、言葉に詰まった。
 いや、まだだ。
「それにしても、大ポカしちゃったわね貴女。そのクッキーに件のハーブが入ってるって気づけばまだ」
 違う。それじゃない。
 まだこのストライクに暴かれていないことがある。
「ま、気づいたとしても他に色々と」
「あの娘は」
「ん?」
 それは動機。フシギバナにとって、一番楽しかった日々の結晶。
「あの娘は初めて会った時から臆病だった。泣き虫だった。
 カメっちによくゲームで負けて、それをワタシが慰めて、それでも泣いちゃって。
 そんな自分を、あの娘は嫌ってた。泣き虫な自分を疎んでいた。
 でも、ワタシにはどうしようもなかった。友達なのに、お茶を出すか遊んであげるぐらいしか出来なかった」
 なんでもしてあげたいのに、一番してあげたい事だけ出来ない無力感。
 それが旅に出ても変わらずに、自分を見てすぐに泣きつく姿を見た時の高揚感。
 このストライクには分かるまい。 
「さっき二人きりになった時、あの娘に訊いたの」
 ―――ねぇ。泣き虫なの、イヤ?
 ―――ワタシ治せるんだよ。ひーとんを、勇敢で強いリザードンにしてあげられるんだ。
「あの娘は少し悩んだけど、頷いた。あの娘はやっぱり泣き虫な自分が嫌いだった。
 ワタシは友達。あの娘が嫌いなものを治せる。だから、ワタシはっ」
 あの娘に、粉を。
 そう言おうとした瞬間、膝が崩れて、床にどんっ、とぶつかった。
 床を見ると、点々とした染みだらけで、それでやっと気づいた。
 ため息が聞こえる。
「ごめんね。説教なんてガラでもないし、ましてや慰め方なんて知らないの。
 ひどいことだけど、勝手にどうぞ」
 ワタシ、泣いてる。
 フシギバナはようやく、自分は友達を弄んだのだと思い至った。



「いやっ、やぁっ、あぁっ」
 途切れ途切れの絶叫。零れる涙は下ではなく上へ飛来していく。
 先ほどの勇姿はカケラもないいつものリザードンは、オレが最後の頼りと抱きついて離さない。
 もちろんオレも離すまいと背中まで腕をしっかり回し、頭まで抱えている。
「なんでっ、なんでマスターっ、なんっ」
 あれだけ時間をかけて上げた高度なのに、落ちるのはあっという間か。
 内臓が丸ごと裏返りそうな気持ち悪さを堪える。本当に吐きそうだ。
「あのままっ、ならっ、マスタッ、あぁっ」
 言葉はただの音でしかなく、だが意味は伝わってくる。
 どうしてわざわざ治してしまったのか。
 あのまま勇敢なリザードンのままなら、マスターも良かったのに。
 吐くため息も、はるか上空へと消えていく。
 これでは言いたいことも何もかも、あの雲の彼方に消えていく。
 だからせめて、抱く力を強くしてやった。
 強く強く、もうバカなこと考えないでくれと、少しでも通じるように。
 しばらくして――といっても3秒経ってないだろうが――絶叫は止んでくれた。
 気絶したのかどうかまでは、さすがに分からない。
 そして、もはや空ではなく海上と言うべき高さ。
 この時オレは多分、人生で一番の大声を出したと思う。
 凪いでいた海が激しく揺れる。
 波は海に溝を造り、溝の奥には、多分、今回のことを何も知らないお子様とその友達。
「ごしゅじんさまー!」
 ハクリューの“かいりき”とメノクラゲの群れが織り成すクッションが、間抜けな二人を受け止めた。
ツールボックス

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