こんこんこん。
「どうぞー」
部屋の主はオレではないが、主の主人はオレなので、代理に返事した。
真っ暗な空間に蛍光灯の光が差し込み、それに照らされる一輪の花。
来訪者はフシギバナだった。彼女はオレに一礼して、部屋に入ってくる。
「あの、ひーとんは」
「ちゃんとここにいるよ。ほら」
すぐ目の前のベッドを指差す。窓を通した月明かりが、赤い髪と安らかな寝顔を照らしている。
夕飯前と何も変わらぬ姿を見て、胸を撫で下ろすフシギバナ。本当に安堵しているのだろう。
あの後オレ達二人は、半ば放心状態のまま、ハクリューに乗ってマサラまで戻った。
フシギバナとストライクは海岸でオレ達を待っていたらしく、フシギバナはもう既に涙でぐちゃぐちゃ。
リザードンが無事だと知ると、フシギバナは彼女を抱きしめて、それはそれは大泣きした。
それで目を覚ましたリザードンもまた癇癪を起こして、二人は抱き合い共に泣きあった。
ごめんねごめんね、と繰り返されたフシギバナの謝罪を、リザードンはどう受け取ったのか。
そのままリザードンは泣き疲れて眠ってしまい、彼女が使っていた部屋にオレ達が運んで、今に至る。
フシギバナを見る。腫らした目で、リザードンを労るように見つめていた。
「あの、いいですか」
視線はリザードンに向けたまま、フシギバナが言った。
オレはなんだか彼女を見てはいけない気がして、同じくリザードンを見てから相槌を打つ。
「トレーナーさんはいつから気づいてましたか? その、ワタシの」
なんだそんなことか。少し呆れたが、彼女にとっては大切なので、マジメに答えることにする。
「キミは友達想いすぎる」
「え?」
「キミが原因だと言った白い葉っぱは『しろいハーブ』って言う、有名な戦闘用ハーブだろ。
本来ならもっと誰も知らない物を使うべきだったのに、キミはあんな物を使った。
それはリザードンを不安がらせないためだろ? ストライクは知らなかったようだけど」
リザードンはあれが入った紅茶をたくさん飲んだ。
もしそれがリザードンの知らない得体の知れない代物では、彼女がどう思うか分からない。
このフシギバナは、そんな些細なところにすら気を配った。配れた。
「『しろいハーブ』で性格が変わるわけがない。そう考えると、キミだけが留守番してる事が気になった。
あとはストライクの探偵ゴッコを思い出してくれればいいと思う」
「あのストライクさんは、えーと、何者、ですか?」
「さぁな。オレもいつも振り回されっぱなしだし。もしかしたらオレより早く気づいてたかもしれん」
というかまずそうだろう。オレが耳打ちした命令は『フシギバナを探れ』なのに、解決までしやがった。
オレだってリザードンを詳しく診て、ようやくフシギバナが犯人だと完全に理解したというのに。
あいつ、オレよりトレーナーに向いてるんじゃなかろうか。
「じゃあ、飛び立つ前からそれとなく分かられちゃってたんだね、ワタシ。
危ないことしますねあなたも。ハクリューがうまく助けてくれなかったら、今頃」
「さすがに命はかけないよ。あいつには『21ばんすいどうで友達と遊んでろ』って言っといたんだ。
実はリザードンには上昇と旋回だけさせて、真下にハクリューがいるポイントを維持し続けといてね。
落ちる時は潜水してたみたいだから、一瞬ヒヤッとしたけど」
もちろん、ハクリューは何も知らない。
それどころかオレ達を受け止めての第一声は「すかいだいびんぐ? あたしもやりたい!」である。
あいつはまだそれでいい。分からないのなら、そのまま笑って育ってほしい。
これぐらいだろう、種明かしは。
フシギバナも納得したらしく、またリザードンの無事も確認出来て、用はなくなった。
彼女はまたオレに一礼して、踵を返す。その背中に、声をかけた。
「なぁ。今回の後遺症って残るのか?」
振られる首。揺れる花。
「いいえまったく。今回のことは、ひーとんにとってはおぼろげにしか残りません。
神経を色々と麻痺させましたからね。起きたら多分、夢を見ていたとでも言うんじゃないでしょうか」
「ああ、そう。なら、もう一つ」
「はい?」
「ありがとうな。おかげで、オレもリザードンも楽しかった」
「…………」
ドアが閉まる。返答は素振りですら知れなかった。
皮肉でもなんでもない。本当に、心からの感謝の言葉だと、伝わっていればいい。
今回、オレがリザードンと一緒に飛ぶ必要はどこにもない。
マサラでじっくり診ればそれで済んだ話だ。なのに、オレはもう捨てたはずの憧れにしがみついた。
このリザードンに乗って空を飛んでみたい。あの強いリザードンと一緒にいてみたい。
リザードンも、もしはっきりと覚えていれば、まず感謝をフシギバナに伝えると思う。
例え無理やり変えられた性格とはいえ、あの時の彼女は、間違いなく楽しみ、嬉しく思っていた。
彼女が強がっていると思っているのは、本当にオレだけかもしれない。
もし、オレがあの時なんでもなおしを海に捨てていれば。
「バカだな、オレ」
なんで気づけないんだろう。
なんでオレは『しろいハーブ』を使えない。フシギバナのように出来ない。
こいつが、誘われれば頷くぐらい、泣き虫であることを治したがっていると。
そんなことする必要はないって、なんでもっと前に言えなかったんだ。
リザードンは眠っている。起きればきっと、今回の事件はほとんど覚えていないだろう。
でも、気持ちまで消えるなんて、都合のいいことはきっとない。
ほほにふれる。もう何百回と見続けてきたこの寝顔に、二度目の約束を伝える。
終わりはもう見えている。トキワジムさえ超えれば、とうとう萌えもんリーグだ。
四天王を倒したその後に、きっと二人きりで。
「やり直そうな」
そう、聞いているはずもない泣き虫なかえん萌えもんに呼びかけた。
最終更新:2009年10月16日 14:50