5スレ>>805

 暗い部屋。
 その中央に、一体の萌えもんが立っていた。

「…………」

 紫がかった白銀の髪。
 日の光を知らぬような白磁の肌。
 薄く開かれた瞼から覗く、暗黒色の瞳。
 それらを覆うように、所によっては強調するように、身に着けられた鈍色の鎧。

 ガチャリ

 扉が開き、男が一人入ってくる。
 背が高く、目つきの悪い男。

「気分はどうだ?」
「……悪くは、無い」
「クック、そうか……」

 男は喉だけで笑う。

「まずは慣らしだ。お前も、マトモに戦うのは久しぶりだろう」
「……何をすれば、いい?」
「壊せ。俺の命じた通りに、な」
「わかった……」
「よし……行くぞ」
「……お父様達、は」
「ん?」
「褒めて、くれる……かな」
「クク……最後まで上手くやれば、きっと褒めてくれるだろうよ」
「……そう」

 そんなやりとりを交わし、彼女はヘルメットを身に着ける。
 バイザーに隠れた彼女の瞳は……その姿にそぐわない程、幼く、そして純真だった。





『紅の狂気と純真なる破壊者(前編)』






 トキワシティ。
 マサラタウンの隣、そしてセキエイ高原の麓に位置し、駆け出しのトレーナーからリーグ挑戦者まで幅広い層のトレーナーが集う町。
 ナナシマ諸島での療養と修行を終え、アキラ一行はリーグの出場登録と……もう一つ、リーグバッジを得るためにこの街を訪れていた。

「で、トキワのジムに挑戦すんのかよ?」
「まあな。一応カントーまで来た目的の一つは修行な訳だし……ここいらで、カントー最強のジムを突破しとくのも悪くないだろ」
「かぁ~……ったく、面倒なこって」
「そう言うなって」

 面倒くさそうにぽりぽりと頭をかくゲン。
 だが、その表情はこころなしか楽しげに見える。

「ゲン……頬が緩んでる」
「何だかんだ言って、ゲンくんも楽しみなんじゃないの?」
「うっせーぞお前ら……まぁそーだけどよ。腕が鳴るぜ」

 そんなゲンの横では、スイクンが頬を膨らませていた。

「むぅ~、なんであたしは一緒に行っちゃダメなの?」
「あのなぁ……公式戦でホイホイ伝説の存在を露にするわけにもいかないだろ」
「まぁ主様の事情もわかるけどぉ……」
「だからな?その辺で待機しててくれ。頼む」
「しょうがないなぁ……じゃ、適当にその辺走ってるね」

 そう言ってしぶしぶながら引き下がり、一瞬で姿を消した。
 恐らく、もう見えないところまで走っていったのであろう。

「……ふと疑問に思ったのですけれど、普通では捕らえきれないような速度で走る彼女が何故ロケット団に捕まったのでしょう?」
「餌に釣られて、罠にかかったのですわ。あの時は私も驚きましたわ」

 デルとリースはスイクンについて話をしている。
 一応催眠のことで一発平手を食らわせたデルだったが「お陰で心の靄も晴れました」とのことでそれ以上はお咎めなしであった。
 と、そんなこんなでジムの前まで到着する。

「よし、着いたぞ……皆、ボールに戻ってくれ」

 全員をボールに戻し、アキラはジムの門をくぐった。



 電気の殆どついていない、妙に寂れた廊下を進む。
 そして辿り着いた先のスタジアムに、長身で目つきの悪い男が待っていた。

「ようこそトキワシティジムへ……と、言っておこうか」
「あんたがこのジムのリーダーか……この趣味の悪い薄暗さもあんたの趣味か?」
「ククッ、まあそんな所だ……それより、そんな問答をしにここに来た訳じゃないんだろう?」
「まあな。んじゃ、早速始めさせてもらうぞ」

 そう言い、フィールドの端にあるジャッジマシンをチラっと見てボールを構えるアキラ。
 それに対し、男は両手をポケットに突っ込んだまま動こうとしない。

「……何だ、始めるんじゃないのか?」
「いいや、俺の手持ちはそこのゲートで待機してるんでね……さあ、遠慮せずに始めればいい」
「余裕綽綽だなおい……まあいいか。頼むぞ、リース!」
「はいはい、頼まれましたわぁ」

 一番手はリース。
 アキラは弱点が比較的少なく、芸達者な彼女でとりあえず様子を見ることにした。
 そして、対するは。

「来い、『μ2』」

 ゴゥン、と。
 重厚な音を立てて開いた扉の向こうに、一体の萌えもんが立っていた。
 シャープなフォルムの鈍色の鎧を身に纏い。
 ヘルメットから溢れた紫がかった銀髪を風に揺らし。
 生気の感じられないほど白い肌を装甲の隙間から晒しながら。
 『彼女』は、ゆっくりとフィールドに降り立つ。

「じゃ、始めよう。ルールは……どんな手を使ってでも、相手を先に全滅させた方が勝利だ」
「何だって……?」

 と、そこでアキラはリースの様子がおかしいことに気付く。
 ……リースは、震えていた。
 いつもの余裕たっぷりの表情は消え、青い顔で目を見開いている。

「こ、こんな……嘘、ですわ……」
「お、おいリース。一体どうした!」
「ほぉ……あんたのスリーパー、中々相手の力量を見る目はあるようだな」
「くっ……惑わされるな、リース!サイコキネシスだ!」
「うう……あああああああああああ!!!」

 半ば悲鳴を上げるような声と共に、リースの念力が『μ2』と呼ばれた萌えもんに向かって襲い掛かる。
 だが、それは。

「やれ『μ2』」
「……」

 ブンッ

 彼女の腕の一薙ぎで打ち消され。

 ゴッ
 ゴバァン!

「がふっ……!」

 その余波で、リースをスタジアムの壁面にめり込ませるほど吹き飛ばした。

「リースっ!?」
「……フン、ここに挑戦しにやってくる程だから少しは耐えるかと思ったが、一般じゃ所詮この程度か」
「何だと……!?」
「もういい……お前、残りの手持ち全員でかかってこいよ。話にならん」
「おい、そりゃ流石に公式戦のルールとして……!」
「……ああ、そこのジャッジマシンを気にしてるのか。くだらんな、あんなポンコツなど……やれ」

 次の瞬間、リースの戦闘不能を示していたマシンがバラバラに吹き飛ぶ。
 どうやら彼女の念力で破壊したようである。

「問答無用って訳か……後で吠え面かくんじゃないぞ!」

 アキラは嫌な汗をかきつつも、リースを戻して残る五人を全員ボールから開放する。

「皆、奴のサイコキネシスはとんでもなく威力が高い!相殺の余波でリースが落ちるほどだ!絶対にまともに食らうなよ!」
「わ、わかったよ!」
「了解いたしました!」
「……無理難題を言う」
「ハッ、やってやろうじゃねぇか!」
「……(キッ」
「サイホは穴掘って潜行、デルとゲンは懐に潜り込んで引っ掻き回せ!」
「……っ!」
「はい!」
「おうよ!」
「メリィとホウは中距離から支援、回避優先で立ち回れ!」
「おっけー!」
「ん……!」

 アキラの指示を受け、散開する五人。
 メリィとゲンは左右に跳び、ホウは頭上へと舞い上がる。
 サイホは地中へ身を潜め、デルは正面から突撃する。
 まっすぐ向かってきたデルを、『μ2』は念力で弾き飛ばそうとする……が。

「超能力は……私には通用しませんっ!」
「……!」

 拳に悪の波動を纏わせ、そのまま振りぬくデル。
 間一髪、それは腕の装甲で防がれる。
 その後ろから、ゲンが同じように殴りかかっていた。

「お……ラァッ!」
「……っ」

 跳躍してかわす『μ2』。
 そこにホウのエアスラッシュの弾幕が襲い掛かるが、リフレクターを展開されて無効化される。
 だが、本命はそれではない。

「あとはよろしく……メリィ」
「了解だよっ……いっけぇーっ!!!」

 ガードに気をとられている彼女に、充電を済ませたメリィの雷が放たれる。
 が、しかし。
 危機を感じたか、エアスラッシュへのガードを薄くして新たに張られた光の壁に雷は完全に弾かれた。

「嘘ぉっ!?」
「……これは、驚き」

 メリィとホウはその光景に冷や汗を垂らしていた。
 抜群ではないとはいえ、メリィの充電雷はチームで最高の威力である。
 それをいとも容易く弾かれるということは、遠隔攻撃は本当に足止めにしかならないということだった。
 打つ手なしか、と二人が思ったとき。
 彼女が地上に降り立つ直前に、アキラは指示を飛ばした。

「ゲン、あいつに組み付け!動きを止めるんだ!」
「お、おう!」
「……っ?」

 ゲンは後ろから彼女を羽交い絞めにし、言われた通りに動きを止める。
 そしてその直後。

「サイホ、角ドリルだ!」

 二人の目の前の地面が盛り上がり、サイホが飛び出した。
 『μ2』はそれに反応しきれず、ゲンごとその鎧に覆われていない腹部を貫かれた。

「ぐ、ふっ……」
「……やったか?」

 喀血し、膝を着く『μ2』。
 しかし。

「へぇ……手加減してやったにしては中々やる」
「手加減だって?」
「ああそうさ……まさかあいつに、本気で勝てるとでも思っていたのか?」
「……手加減されてようが勝ちは勝ちだろ。さっさとバッジを貰えないか?」
「お前は二つ勘違いをしている」
「……何だよ」
「まず一つ、俺はまだ負けていない……『μ2』、自己再生!」
「は……っぁ」
「なっ……!?」

 その命令が飛んだ瞬間、彼女の腹部に開いた風穴が見る見るうちに塞がっていき……最後には傷跡すら残さずに修復されていた。

「再生、完了……」
「そしてもう一つ……最初のスリーパーを弾き飛ばした念、アレはサイコキネシスではない。ただの『念力』だ」
「なん、だって」
「そして……サイコキネシスとは、こういうものだ。『μ2』、あのガキを『潰せ』」
「えっ」
「……」

 そしてアキラがサイホの方を向いた瞬間。

 フッ
 ゴシャァッ!

「ごぶっ……」

 目にも止まらぬスピードで壁に叩きつけられ、サイホは血を吐き、声を無くしたはずの喉から音が捻り出された。
 それでも念力は止まらず、サイホの骨をへし折ろうとギリギリと圧迫していく。

「も、戻れサイ……」
「おおっとそれはさせないぞ、金縛りだ」
「んがぁっ!?」

 アキラはボールに手をかけた格好のまま固められてしまう。
 そして男は大仰に腕を開き、言った。

「――――さあ、惨劇の始まりだ」



 ……そこからは、正に一方的な『狩り』だった。
 サイホを助けようと間に割って入ったデルは、両足を折られた。
 メリィは恐慌状態に陥り暴れたが、奮戦空しく左右の拳を砕かれた。
 ホウは体が竦み、ほぼ無抵抗のまま肩を壊された。
 ゲンはホウを守りきれなかったことで逆上し、無謀にも突貫して下半身を吹き飛ばされた。
 アキラは……それをただ、見守るしかできなかった。

(みんな……!)
「さて、俺の勝ちだ……何だ、その目は」
(こんちくしょう……せめて、体さえ動けば皆を助けられるのに!)
「気に入らないな……やれ、『μ2』」
「わかった……」
「ぐぅっ……!!!」

 念力で空中に持ち上げられ、首を絞められるアキラ。

(やっば……これ……死ぬかも)
「ふん、いいザマだな」
(くそ、こんなことになるんだったら……!)

 酸素不足になり、体に力が入らなくなってくる。
 そして、ついに意識まで失いそうになったその時。

 ドザァッ!

 アキラの入ってきた扉から鉄砲水が『μ2』に襲い掛かり、彼女はガードのためにアキラを解放した。

「げはっ!……いででで、た、助かったのか?」
「水、だと……貴様、一体どんな隠し玉を」

 そして、鉄砲水が止まった時。

「主様、無事?生きてる?」
「ああ、お陰さまでな……スイクン」

 アクアブルーの装甲付きドレスとクリスタルのティアラを身に纏い、青水晶の剣を構えた美しい萌えもんが。
 伝説と呼ばれる水の守護者たる萌えもんの一人であるスイクンが、アキラを護るように立ち塞がっていた。


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・後書き

 ども、毎度お馴染みの曹長です。
 ……うっは、また前後編分割になってもーたww
 これでも結構尺短くしたんだけれどなぁ……修行が足りない。

 今回からはついに舞台をカントー本島へと移し、トキワ編です。
 ……と言いましても、ほっとんど活躍できてませんが。
 まぁ、相手が悪かったということで。

 さて、今回の敵役ですが。
 『μ2』と呼ばれている萌えもん、まぁ彼女はご存知の通りミュウツーです。
 そして彼女を使役している男、こちらのほうはご存じない方も多いでしょうが……詳しくはストーム7氏のSSをどうぞ。
 ええ、ゴーグルシリーズでミュウツー連れて登場する彼と同一人物です。今回の話は、その前日譚の位置づけになります。
 毎度のことですが、クロスオーバーさせていただいているストーム7氏に、この場を借りてお礼を申し上げます。
 もっと色々と語りたいこともありますが、それはまた後編のお楽しみと言うことで。



 それでは次回予告。

 謎の萌えもんの前に、パーティ壊滅に陥るアキラ。
 寸でのところで助けに入ったスイクンと共に奮戦するも、苦戦を強いられる。
 果たして、男の目的は何なのか。そしてアキラとスイクンは『μ2』を打ち倒すことができるのか。

 次回、萌えっこもんすたぁ Long long slope
 『紅の狂気と純真なる破壊者(後編)』

 それではまた、次回の後書きでお会いしましょう。

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最終更新:2009年11月27日 23:54
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