5スレ>>812-2


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Colors 【vol.2】


 マサキの家で一晩過ごし、翌朝。相変わらずの豪奢な門扉の前で、僕とシャワーズはマサキに見送られていた。
 ちなみに他の娘は朝温泉でとろけているところをボールに収容。今もまだとろけて夢うつつだろう。
 シャワーズは昨日の寝だめがきいてるらしい。

「なんや、もう行ってまうんか」
「まぁね。こっちには遊びに来たわけじゃないし」

 キクコ婆様から連絡があった夜から、もう五日だ。
 大学への休学届けやら、携わっていたプロジェクトの引継ぎやら、相棒たちの説得やら。向こうで様々な雑事におわれていたらこんなに経ってしまった。
 さすがにそろそろリーグ本部があるセキエイ高原に向かわなくてはならないだろう。

「そか。そういやまだリーグは休業中やったなぁ」
「そういうこと。僕が早く行かないと再開されないんだよ」

 四天王が一人でも欠けた状態ではリーグは機能しない。
 何年か前に四天王の一人である氷使いのカンナさんが修行のためにリーグを空けたことがあったと聞いているが、そのときも今と同じくリーグは休業状態だったらしい。
 まぁ、なんにせよそんな休業状態は誰にとっても得ではないに違いないだろう。
 挑戦者たる萌えもんトレーナーは肩透かしをくらっているだろうし、運営に携わるスタッフもクレーム処理が大変そうだ。
 例外を挙げるならばチャンピオンと他の四天王だろうか。案外ふってわいた休暇くらいに思っているかもしれない。

「ほな、ジャンのデビュー戦は楽しみにしてるわ」
「……キクコ婆様の孫として、恥はかかないようにがんばるよ」

 余談だが、リーグの四天王戦やチャンピオン戦は衛星放送などで専門チャンネルがおかれている。
 有名なトレーナーが挑戦するときや、チャンピオンの長期防衛記録がかかったバトルなんかは、地上波で全国放送されることも少なくない。
 今回は新しく四天王が誕生したわけではないけど、僕の立ち位置はそれに近いものになる。
 当然ニュースにはなるだろうし、僕の四天王としての初バトルはきっちり放映されるはずだ。

「また休みの日にでも顔出してや。こっちも割と暇やし」
「ありがとう。また寄らせてもらうよ」
「楽しみに待ってるわ。気ぃつけてな」

 固い握手をかわして、僕はその場を後にした。
 親友の一人暮らしとは言え、他人の家で気を張っていた体を思い切り伸ばす。すると体からバキバキと気持ちいい悲鳴が聞こえてきた。
 そんなことをしていると、男同士の会話を邪魔しないように数歩下がっていたシャワーズが追いついてくる。

「ジャンさん、それではセキエイ高原に向かうんですね?」
「そうだね。朝に連絡いれたら、ハナダの萌えもんセンターに迎えをよこすってさ」
「お迎えですか。さすが四天王さんは違いますね~」

 うふふとシャワーズはいつものように微笑む。シャワーズの、こういうぽわぽわした雰囲気は好きだけど、緊張感がなくなるのはいただけない。
 代理とはいえ、四天王の手持ち萌えもんだという自覚があるのか甚だ疑問だ。

「まぁ、どんな迎えか分からないけど、一応ピシっとしていこうか」




 ……結果から言うと、全くもってそんな必要性はなかったんだけど。
 二十五番道路、二十四番道路からハナダシティへ向かい、萌えもんセンターへ。その前で待っていたのは、見知った存在だったからだ。

「ご無沙汰しております、ジャン坊ちゃま。お久しぶりです、シャワーズさん」
「流石にもう坊ちゃまはやめてよ、クロバットさん」
「どうもお久しぶりです、クロバットさん」

 クロバットさんはキクコ婆様に長く仕えている萌えもんだ。僕が成人する前から面識があって、そのときから僕を「坊ちゃま」と呼んでいた。
 でも二十五になったいい大人をつかまえて、「坊ちゃま」なんて呼ぶのはどうかと思うんだけどなぁ……。

「坊ちゃまは、坊ちゃまですから」

 答えになってない答えを返したクロバットさんは、次いで懐からなにやら封筒を取り出して僕に差し出した。

「これは?」
「カントー萌えもんリーグ本部より正式な通達です。坊ちゃまを、代理四天王に迎えるという」
「あらあらおめでとうございます、ジャンさん」

 クロバットさんから封筒を受け取りながら、シャワーズのゆるみっぷりに頭が痛くなる。癒されるのは癒されるが、TPOで使い分けてほしい。
 ご丁寧に蝋で封された封筒をペリペリと開ける。その中の書類には、さっきのクロバットさんの言葉が難しく回りくどく書いてあった。
 最後に事務方の最高責任者と現チャンピオンが署名捺印しており、これが正式なものであると証明されている。

「それでは早速ですが、セキエイ高原へ移動しましょうか」

 クロバットさんがクールな声で、僕に告げる。今まで考えないようにしてきたことが、ついにきてしまった。
 冷や汗なのか脂汗なのかよく分からないものが体中から分泌される。無意味に書類をもう一度読み直してみたり。

「どうかしましたか、坊ちゃま?」
「いや、なんでもないんだけど。ひ、久しぶりなんだし、もう少し話さない?」

 やけに強引に引き止める僕に、クロバットさんは首をかしげる。

「いえ。すぐにお連れするように命じられておりますので。さぁ」

 言って、手をこちらへさしのばすクロバットさん。しかし僕はその手を取ることができない。
 なぜならば――。

「あぁ。そういえばジャン坊ちゃまは、“空を飛ぶ”恐怖症でしたね」

 そう。僕は“空を飛ぶ”恐怖症だ。
 それは他の空を飛ぶ手段――例えば飛行機やヘリ――には普通に乗れるが、なぜか萌えもんの“空を飛ぶ”には拒否反応がでてしまう人のことをいう。
 割とポピュラーな障害で、知り合いにも何人かいる。人によって拒否反応は様々だけど、僕の場合は強烈な嘔吐感だ。
 目的地に着いた途端、地面に蹲って戻すのはしょっちゅう。酷いときには空の上でも戻してしまう。
 だからなるべく移動には公共交通機関を使って、“空を飛ぶ”にはお世話にならないようにしてきた。
 手持ちに飛行タイプの萌えもんがいないのは、そんな理由から。

「しかし、セキエイ高原へは“空を飛ぶ”が一番早くて手軽な方法なのですが……。今からチャンピオンロードを抜けていては日が暮れてしまいますし」
「デスヨネー。……ジャア迷惑カケチャウカモシレナイケド、クロバットサン頼メル?」

 思いっきり棒読みだったが、大人の対応をしてみる。恐い怖いと言っていては始まらないし、なにより僕はキクコ婆様の代理として四天王を務め上げるために来たのだ。
 こんなところで躓いていては、それこそキクコ婆様に笑われてしまう。

「分かりました。では急ぎますので、シャワーズさんはボールの中へ入っていてください。二人に注意を割く余裕はないので危険です」
「は~い。ジャンさんのことよろしくお願いしますね」

 二人がなにか会話していたが、そんなことに気を回している余裕は僕にはなかった。人という字を掌に書いて、それを飲み込む作業で忙しかったからだ。
 ……ってあれ、これ何のおまじないだっけ。
 などと僕がぼけている間に、シャワーズは腰のボールに収まり、クロバットさんは僕を背負っていた。ここまできたらもう腹を括るしかない。
 それに案外、クロバットさんの“空を飛ぶ”では大丈夫かもしれないし。

「それではセキエイ高原まで、超特急で参ります」




 ……まぁ結果から言うと、全くもってそんなことはなかったんだけど。
 クロバットさんの“空を飛ぶ”は、一単語で言うと『最悪』。ニ単語でなら『超最悪』と言えるものだった。
 進化前の段階で“空を飛ぶ”が覚えられないことから分かるように、もともと彼女の飛び方は誰かが乗ることを考慮したものではない。
 急旋回、急上昇、急下降、猛スピード、最短距離。目視ではなく超音波によって飛行コースを確認する彼女の飛び方は、自然トリッキーなものにならざるを得ない。
 僕にとっては、地獄のような時間だったと記しておこう。
 幸いにしてか僕の恐怖症のことは伝えてあったらしく、セキエイ高原に着いたときには萌えもんセンターのラッキーがエチケット袋を持って待機してくれていた。
 だけどここまで準備が良いなら、ヘリの一つでも用意していてほしかったのが僕の本音だ。そんなVIP待遇はありえないだろうけど。

「すみませんジャン坊ちゃま。まさかこれほどとは知らず……」

 地面に降りたとたん、エチケット袋へ盛大に戻している僕に、クロバットさんが申し訳なさそうに声をかけてきた。
 この吐き気は恐怖症も勿論あるけど、彼女の乗り心地による酔いも大いに含まれている。申し訳ないが今後一切、彼女に“空を飛ぶ”で移動させてもらうことはないだろう。
 胃の中にあるものを全て戻したら吐き気が治まった。エチケット袋と同じく用意してくれていたウェットティッシュで口と手を拭く。
 拭ったそれを袋の中に入れ、口を縛ってラッキーに後処理を任せる。や、本当に申し訳ない。

「まぁ、クロバットさんが気にすることはないよ。僕の体質の問題なんだから」
「申し訳ございません」
「だからいいって。……それより、僕にお客様みたいだ」

 使用済みエチケット袋片手のラッキーとすれちがいに、リーグ本部から二人の人物が出てきた。
 一人は、黒いノースリーブシャツに、薄紫色のタイトスカートを合わせたメガネの女性。
 もう一人は、白い胴着の上をはだけさせ、筋骨隆々とした上半身を露にした偉丈夫。
 言うまでもない。カントー地方では知らぬ者はないだろう、四天王のカンナさんとシバさんだ。
 二人に目礼し、役目を終えたクロバットさんがリーグ本部へと歩いて行く。 

「貴方がColors――ジャンね? 私は四天王のカンナ。これからよろしく」
「はい、僕がジャン・エイメルです。こちらこそよろしくお願いします」

 差し出された、ほっそりとした手を握る。氷タイプの使い手だからか知らないけど、その手は少し冷たい。
 眼鏡の奥から理知的な光をたたえた瞳がこちらを見ていた。
 カンナさんとの握手が終わると、隣にいたシバさんが手を差し出す。

「同じく俺が四天王のシバだ。これからよろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします」

 今度は、がっしりとした無骨な手を握る。握手のときは相手の目を見るのが礼儀だが、僕も身長は高いほうなのにシバさんは見上げなければならないほど背が高い。
 二メートル近くあるんじゃないだろうか。その背の高さと鍛え上げられた肉体から、気圧されそうになる。
 しかし、意外にも優しい目が僕を見つめていた。

「早速だが、君にはやってもらわなければならないことがある」
「そう。代理とは言え、四天王になるには通らなければならない試練があるのよ」

 台詞自体は深刻そのものだが、二人からはどこか呆れたような雰囲気が漂っている。
 あ、今カンナさんがやれやれって肩をすくめた。

「試練って、どういう内容なんですか?」
「それはこれからすぐ分かるさ」
「通過儀礼みたいなものだから、気楽にしてるといいわ」

 二人に連れられて、リーグ本部へと進んでいく。
 その道すがら、二人そろって「これだからうちの大将は……」なんて呟いていたのがひどく印象的だった。
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