「あひるのこ」


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 ゆらゆら。
 ぺたぺた。
 そんな音が、木々に囲まれた道を歩く、俺の前から聞こえ続けて、かれこれ三十分。
「…………」
 俺の視界の端、足元のあたりで、黄色い物体が忙しなく動く。
 ゆらゆら。
 ぺた、ぺたぺた。
 こいつをモンスターボールに入れてからかれこれ三日目になるが、まともに外に出したのは今日が初めてだった。
 正直、緊張していたのが半分。知能が高く、人の言葉を理解し、あまつさえ会話すら可能な彼らに、俺はどうやって接すればいいのか、という不安。
 あとの半分は、こう、なんだろう。その他、だな。なんか色々。まさか適齢期から七年も過ぎてから、ポケモンと接することになろうとは、俺も思っていなかったし。
「…………んー」
 ゆらゆら、ぺたぺた。
 都会育ちだった俺は、そもそもポケモンというもの自体はたくさん見てきていたのだが、それは扱いとしてはペット的であって、実際に育てるのには色々な苦労もあるし、大変だ。
 何より、俺の住んでいたマンションでは、ペット禁止だったのだ。モンスターボールに入れたままポケモンをペットだなんて言えるはずもなく、十歳になっても特別何事もなく、遠目にポケモンと連れまわす友達をみていた気がする。
「ふわぁ……ねむ」
 ゆら、ぺたぺた。ゆらゆら。
 だから、比較的に言えばいわゆる田舎であるこの島に引っ越してきた時も、まさか俺がモンスターボールを腰に下げてみたり、こんなのと一緒に"お散歩"することになるなんて、毛ほども思っていなかったのだ。
 ぺた、ぺたぺたぺた。ゆらゆら。
 黄色い小さな尻尾が、俺の視界の下でゆらゆらとゆれる。
 面白い。何が面白いって、短い足が土の地面を踏むと、なぜかぺたぺたと音がする。水かきか何かが張り付いているのかは知らないが、なんとなく面白い。
「マスター! マスター!」
「あん、どうした、コダック」
 振り向いた興味津々そうなコダックを見ていると、まるで歳の離れた妹か何かを相手にしているような、妙な気分に駆り立てられるのだった。


『あひるのこ』


「マスター! あれはなんですかっ」
 道を先行くコダックに追いついてみると、小さい体をぴょこっと背伸びさせて、コダックはひたすら木の上を指す。見上げてみると、夏らしい青く生い茂った葉が、潮風になでられてざわざわとゆれる。
 が、特別それ以外にはなんもない。
「俺には木と葉っぱしか見えないんだけど」
「きとはっぱってなんですか!」
「あー……なるほど」
 そういやぁ、薄々わかってきたことがあった。こいつはただでさえちっこいのに、年齢的にもかなり下なのだろう、ということ。
 俺が知っているポケモンってのは、人によく慣れ、野生ですら人語を軽く話せるような物だったのが都会的なポケモンであるが、こいつの場合はその"田舎分"も含めて、そもそも生まれたばかりのような感覚さえある。
「木ってのは、その地面から生えてる、これ。で、木の上に緑色のやつがついてるだろ、あれが葉っぱ。わかる?」
「マスター、わかりました!」
 あと、なんかバカっぽい。納得がいったのか、またコダックはゆらゆらぺたぺたと道を歩き出す。
 挙動がきびきびしてて、必死なのはわかるんだけど、それでもあんまり道のりとしては進んでなかったりするところもなんかな。
 実は今歩いている道、いわゆる散歩道みたいなものよりもっと短いやつで、徒歩十分くらいで抜けてしまう小さな林道だ。
 もっというと、俺が引っ越してきた家の裏手の庭みたいなもんでもある。誰の私有地でもないがゆえの、自然の庭。林の中は青臭くてたまったものではなかったが、こういう道があれば眺めだけはいいもんで。
 しかし、そんな短い道のりに三十分もかかっているのは、俺の歩幅の三分の一未満のこいつの相手をしつつも、かつ質問を右から左へ受け流しているせいである。
「マスター、まだですかっ はやくいきましょう!」
「わかってるって、そう急かすなよ」
 林の中とはいえ、夏場だけあり、気温もかなりのもんだ。この近くには幸いテッカニンやらのうるさいポケモンはいないし、海に近い分だけ、夏的な雰囲気は薄れているものの、気温までは隠し切れない。あんまり汗はかかない方だから、一見すれば暑そうには見えないかもしれないが、正直こたえる。
「なあ、コダック。お前、みずてっぽうできないわけ?」
「みずてっぽうって――」
「あー、あれだ、水を出せないかってことだ」
 俺の知り合いのカメックスなんかは、どこにそんなもんを溜めてるのか知らないが、とりあえず砲身みたいな所から物凄い勢いで水を出していた。ハイドロポンプとかいうたいそうな名前がついていたが、あんな感じでこう、ね?
「……マスター、みずってどうやって出すんでしょう?」
「俺も知らん」
 あ、口じゃないか? ってそれはなんかこう、汚いっていうか。水浴びできねぇ……。
 コダックは、水を出すっていうところに引っかかりを感じるのか、首をかしげて、両手を頭にそえてうんうんと唸っている。その仕草をしてると余計に頭悪そうに見えるのが不思議だ。
「うー……水を……出す……?」
「ほら、コダック。それはもういいから。ひとまず海行こうぜ、海」
 そういってまくし立てようとするも、コダックはうなったまんまだ。帽子みたいな頭の上から今にも疑問符が飛び出てきそうで、話題をふった俺としても若干不安になる。
「おい、コダック」
「水、水……?」
「無視すんなっての」
「わ、わ、わ!」
 ひょいっと持ち上げたコダックは、なんだか水気のあるマシュマロみたいな不思議なさわり心地だった。
 というか、思い切って持ち上げたはいいが、実はこいつに触れるのはこれが初めてで、ちょっと緊張したりしていたのだが、思っていたよりは案外楽というか。
 やっぱり見た目通り、軽い。80cm程度の身長もさることながら、軽さもそれに見合ったもののようで、やっぱり持ち上げた感想としては、幼稚園児を持ち上げるようなものであった。
「マスター! なんですか!」
 俺が後ろからもちあげたため、俺の方を向けないコダックは、足や手をばたつかせて、なんとかこちらを見ようとする。
 振り向けるわけがないじゃん。すぐにそう気付くと思ったが、いつまでもじたばたするのをやめないものだから、俺の方からくるりと振り向かせた。
 わき腹あたりで持ち上げたコダックは足をぷらぷらとさせながら、何事かとこちらを見ている。ぽけーっとしたしまりのない顔をよく見ると、真顔より少しだけ目を丸くしていた。
「そっか。このまま連れてけば楽だな、俺の歩幅でいけるし」
「このままいくんですかっ」
「ああ、海までな」
「海ですかっ」
「ああ、海だ」
 なんとなしに、肩車をする形でコダックを運搬する形にして、ようやく俺とコダックは林を抜けることになった。
 とはいえ、海にいってもやっぱり変化はなくて、コダックの質問責めが待ち受けていたわけだ。
 そのほか、海の中ではやたらと機敏に動いたり、道中出会ったクラブと反復横とびで競い合ったりなんかして、いつまで経ってもバカなまんまだった。
「だからさ、俺、こいつと一緒に初心者トレーナーとしてアレコレするのにすっごい不安があるんだけど」
 と、母さんに打ち明けた。
「あら、でも、やりがいはあると思うわよ」
 そうやって母さんが笑うと
「やりがいですか!」
 とコダックが反応する。口のまわりが食べかすだらけだったので、「お前は大人しくエサ食ってろ」と促す。
「なんだか、子供ができたみたいで、結構楽しいと思うんだけどなぁ、ポケモントレーナー」
「まあ、言いたいことはわかるけど。でもなぁ、なんかこいつ、バカっぽいし……」
「え、そこが可愛いんじゃないの」
「……あー」
 そういうことか。やりがいってのはつまり、こいつのトレーナーをやる、という事に対してのやりがいってわけで、特別、俺がトレーナーとして何をどうするかって考えは母さんにはないらしい。
「別に、チャンピオンになって、賞金王になれとか、世界中のポケモンをつかまえろとか、そういうのじゃないのよ。ただ、その子、可愛いじゃない。だから、それがやりがいになるんじゃないかなって」
「なるほどねぇ」
 と、目の前でバカだのなんだの言われても、せっせとポケモンフードを食べるコダックをみやりながら考える。
 まあ、確かに。可愛いといえばそうなんだが。こう、保護欲というか。母性ならぬ父性本能というか。
「見てる分にはかわいいけど、戦わせたりなんだりはなぁ」
「その辺りは自由になさい。トレーナーでも、コーディネーターでも、ブリーダーでもいいじゃない。どんな形であれ、ポケモンとふれあってみるのもいい事よ」
 うん、それはわかる。
 ポケモンについては今までいまいち実感みたいなものが足りなかったけれど、こうして実際に触れてみて、ようやくポケモンの魅力っていうのがわかった気がする。
 こいつもこいつで、バカっぽいけど、素直だし見ていて飽きないのは確かだ。まだ何をどうするって方向性すらないけれど、近いうちにポケモンセンターにでも行ってみるか、などと考えたりしていた。
「まあ、でも、コダックでよかったのかもな」
「なにがですか、マスターっ」
「お前とはうまく付き合えそうだってことだ」
 そうして、ぽふぽふと頭を軽く叩くと、わ、わ、と叩くたびにコダックは声をあげた。痛いっていう意味での声というよりは、なんだかよくわからないという意味をはらんだもので、俺がそれをやめると、やっぱり首をかしげながらまたエサを食べ始める。
「大丈夫よ、あなたならコダックと相性良いって、母さんが保障するわ」
「あん、なんでそんなの保障できるの?」
「だって、ねえ」
 そういって、クスッと母さんは笑う。
 言いたいことはわかってる。そう思って振り向いた先、棚の上にある写真。
 そこに映っている、若き日の母親と、その相棒であるゴルダックの仲睦まじいツーショットは、ポケモンをよく知らなかった子供の頃の俺にとっても、ポケモンに憧れを抱かせるくらい、十分に魅力的な品だったからだ。

***A☆TO☆GA☆KI***
 コダックのバカっぽい立ち絵が以前から可愛かった。どうしてもSSを書きたかった。カッとなって書いた。今は反省している。
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