5スレ>>928-6


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コンクリートジャングルから離れた郊外にならば、
人工的でない自然がまだまだ残っていたりする。
ここにそびえる小さな山も、その一つだ。
送電線を何本も従える鉄塔が一本建っているのを除けば、
民家のない未開の私有林である。
名前もないその山に向かって、今、一人の黒い鳥萌えもんが飛んでいた。
かなり小柄で若い、ヤミカラスの少年である。
彼は目印である大きな石の上に降り立った。
「アルセウス様!」
その場で、主人の名を呼ぶ。だが、返事はない。
仕方なくその場を歩き回る。
そして、森には不自然な真っ白い姿を木の上に見つけた。
畏れ多いとは知りつつも、主人が腰かける枝の所まで飛んでいく。
彼女――『空』の妹――は、その場で器用に眠りこけていた。
その寝顔にはややあどけなさが見える。
人間で言えば、二十歳かそこらだろう。
だが彼女はそれとは桁違いの年数を生きた萌えもんである。
真っ白な長髪と襟足から伸びる黒い髪、
胸元に黒い帯が入った白いドレス、
これらは全て創造神アルセウスの証拠である。
彼女が持つ個性は、肩の部分が露出していることと、
裾が短くてその分灰色がかった半透明の布が付いていること、
それから髪を後で一つにまとめている点だ。ちなみに髪留めの色は空色。
この個体に付けられた名前は、シエルという。
彼女を起こそうか迷っていると、目を覚ました。
「あ、坊や。エヴィールの反応はどうだった?」

本来、十七人いるアルセウス達に固有の名前はない。
エヴィールやシエルといった名前は、長姉の封印の後に付いたものだ。
いずれも封印が解けた後、人間から直接的にまたは神話によって間接的に与えられた、
あるいは自ら名乗ったものである。
故にその名前を互いに知ることはまれなのだ。
では何故シエルがエヴィールの名前を知っているかというと、
これはただ単にヤミカラスの少年から聞いたからである。

「用件が済んだら出ていくよう言われまして……
その後もしばらく見張っていたのですが、
『反応を試しているから無視して良い。向かっているなら向こうから来るでしょう』
とのことでした」
「そう……やはり賢いね、『悪』の妹は。
人間の感情から作られただけのことはある」
「それで、僕、いえわたくしは……」
「もう帰って良いよ。引き止めて悪かったね」
「は。それでは、またいつか」
言って、ヤミカラスの少年は遠くへ飛び去っていった。
その姿が見えなくなってから、シエルは溜め息を一つ漏らした。
「これで、十人目……偶然?」
やがて彼女も、流星を逆回しするような速さで空に消えていった。



シエルは、砂埃の舞う地面に降り立った。
目の前には、ボロボロのコンクリートの建物がそびえている。
四階建てだが窓ガラスは割れており、これはかつて学校だった廃墟だ。
彼女はその建物に侵入し、隅っこの部屋に赴いた。
引き戸を開け中に入ったたことで埃が立つ。
窓から差し込む太陽光のせいで、ゴミが光の粒と化した。
その窓際に、一人の女性が木の実を齧りながら座り込んでいる。
彼女はそのドレスや髪の色、年齢、顔つき、背格好までシエルとそっくりだった。
違うのは脚をすっぽり覆う長さの裾、ドレスに入っているラインが茶色である点だ。
もちろん、目と髪飾りの色もそれと同じである。
が、何より特徴的なのはフードをかぶっていることだろう。
「お帰りなさあい、シエルぅ」
この間延びした口調で話す彼女も、やはりアルセウスの一人である。
属性はシエルの正反対、『大地』だ。
「アニー、よくこんな所で食事できるね」
窓ガラスが割れていて風通しが良いとは言っても、
机や壁は風雨や日光の為にボロボロで、毎日埃が堆積する。
これから雨期に入れば多少はマシになるかも知れないが、
どちらにしても人が近づくような、ましてや住むような場所では決してない。
もっとも、厳密には彼女らは「人」ではないのだが。
「シエルが潔癖すぎるんじゃないのぅ?」
「ま、今に始まった事じゃないからもうとやかく言わないけどね。
それより、また局面が動いたよ。どうやら『悪』も来たみたい」
「これでええと……十人目?」
「そう。これで十人の妹が日本に渡り来たことになる。
あと五人、いや、お姉様を除いてあと四人か。
……一体何が起こるんだろうね」

ちなみに、シエルは妹の中でもかなり早い段階で目覚めた。
そしてその俊敏さを生かして、世界中の妹の居場所を探し、特定している。
分かっていないのは、長姉を除けば二人だけだ。
どこかに隠れているか、あるいはまだ封印されているか。
いずれにしても、何らかの方法で集まって来るであろう事は明白だった。
ちなみにアニーは最初から日本にいた妹なので、
渡来した十人の中には含まれていない。

「シエルぅ。そろそろ動いたらぁ?」
「動く?」
「そうだよぅ。ここまで来たら、偶然では片づけられないじゃない?
だったらぁ、積極的に近づいても良い頃だと思うのねぇ」

エヴィとの接触にヤミカラスを介したように、
シエルは他の妹との接触を怖がっているきらいがある。
喧嘩別れした仲なのだから、当然といえば当然ではあった。
しかしアニーの言うことももっともである。
今や、アルセウスが一箇所に集まっている事実を知るのは
自分たちだけではない可能性が高い。
事の状況を把握する為にも、それは必要と思われた。

「あんたの言う通りだね。それじゃ、一緒に来てくれるね?」
「やだ」
「言い出しっぺが」
「いや」
「引きこもってないでたまには外に」
「断る」
「怖いの?」
「めんどくさいの」
「……」
てこでも動かないと分かったシエルは、仕方なく一人でエヴィの所へと戻ることにした。



大好物のあんみつを食べて、エヴィはとても満足げだった。
ニコニコしながら隣を歩く男の腕に自分の腕を引っかけている姿は、
どこからどう見ても年頃の娘のようだ。
が、その笑顔に突然かげりが差した。
横断歩道を渡っている最中に、エヴィは突然足を止め空を見上げた。
「……どうした?」
「いえ、何でもないわ」
嫌な予感に苛まれ、彼女は腕を解いた。
その予感が現実になったのは、研究室棟に入ろうかという時だった。
十階建ての屋上に同胞の姿を認め、エヴィは身構える。
李白もその場から三歩退いて、彼女が見ているものと対峙した。
すると高みから見下ろしていたアルセウスが、二人の前にすとんと降下してくる。
講義時間中で人が少ないのが幸いだ、と李白は思った。
「そんなに怖い顔しないでちょうだい。話をしに来ただけだから」
それから、李白が何歩か進み出て言った。
「あなたもアルセウスなのですね?」
「はい。『空』の妹、名をシエルと言います」
先程のヤミカラスの件を思い出し、
エヴィと李白は思いのほか早く来た事に驚きを隠せない。
「では、研究室で話をしましょうか」



「申し遅れました、僕は、この大学で講師をしている宮田李白という者です」
お茶を淹れてから李白は、名刺を差し出しつつそう切り出した。
「ご丁寧にどうも。緊張しなくても良いですよ」
「そしてこっちが――」
「『悪』の妹、名はエヴィール」
「――知っていて当然でしょうね」
「ええ。あなたは彼女のマスター?」
「まあ、そんなところです」
「珍しいですね、特定の、それも一人のマスターを持つ妹がいるなんて」
この言葉に、エヴィが素早く反応する。
「『空』、いえシエル。他の妹の居場所を知ってるのね?」
「私は空から全てを見下ろすことが出来るからね。
誰がどこにいるかは大体把握しているよ。
例えば君の場合……半年前はアメリカにいたね?」
「すごい……じゃあ、最初のアルセウスの居場所も?」
李白の問いに、シエルは首を振って答える。
「残念ながら、お姉様と何人か見つからないのがいるの。
でも逆に、ほとんどの妹の居場所を私は知っている。
お話というのは、その事です。
実はここ五十年で、居場所を日本に移した妹が急に増えたんです。
エヴィール、君が十人目なの」
「じゅ、十人目だって!?」
李白が立ち上がって驚きを見せる。
「さすがアルセウスのマスター、
これが異常な事態であることが良くお分かりのようですね」
「というか、僕は萌えもんに関する伝承が専門分野だからね。
神話、創世記もその一つなんだよ」
「ああなるほど。では、あなたがマスターになったのは必然かも知れませんね」
「そ、それで……今、日本にアルセウスは……」

「最初からいた『大地』と、世界中から監視をしていた私を入れて、
今やこの島国に十二人が集まっています」

「「十二人!?」」
李白とエヴィが声を揃えて叫ぶ。
無理もないだろう、全部で十七人いるうちの十二人だ。
これだけの神が一国に集合するのが異常であることは疑いようがない。
各国の首脳が集まって会議をするように、
何か目的を持って集結していると考えるのが筋である。
「ここから近い場所では、『大地』『電気』それから『草』がいますね」
「しかし、何故そんなに集まっているのでしょう?」
「私はそれを調査しているのですよ、宮田さん。
さて、エヴィ。何故君は日本に来たの?」
「お姉様に会う為よ。日本から来た萌えもんから、
アルセウスが日本にいるって話を聞いて。
仲間に会えれば、お姉様に会う手がかりが得られると思ったの」
「そう……じゃあもっと他の妹にも話を聞かないとダメね」
この言葉に疑問を抱いたのが李白である。
「……さっき、ほぼ全ての妹の居場所を知っていると言いましたよね。
その妹達とは話をしていないんですか?」
するとシエルはエヴィに一瞥をくれてから、
「さっきエヴィールが私に対して警戒していたように、
少なからず敵対心を持ち合わせている妹がいるのは確かです。
そして文明が進歩した今、私たちが戦うと被害が拡大しやすくなります。
それを避ける為に、私は今まで監視役でいたんですよ。
でも、いつまでもそうしている訳にはいかない……
そう思って私は、こうして参上したのです」
「なるほど。お力になれなくて、申し訳ない」
「人間であるあなたが謝る必要はありませんよ。
これは私たちの問題ですからね」
「そう、リハクが悪く思う事なんてない。
むしろ私の方が感謝するべきなのかも知れない。
リハクに付いていたから、お姉様の手がかりに一歩近づけたのだから」
そもそもエヴィが李白にくっついている理由は、最初のアルセウス、
妹たちがお姉様と呼ぶ存在に会う手がかりを得る為だった。
だからこうして『空』の妹に出会えたことは実を結んだことになる。
まあ、シエルの出現と李白の存在には何ら関係性がないのだが。
「じゃあ、エヴィ……」
李白は心配そうな面持ちで呟いた。
「これでお別れなんだね」
「え?」
「だってそうだろう? こうして仲間に会えて、『お姉様』の手がかりも……
その糸口も見つかった。もう僕の所にいる理由はないじゃないか」
「それは……そうだけど」
「教授、その必要はありませんよ」
このシエルの言葉は、二人の絆を見かねての助け船ではない。
彼女の目的はあくまで妹達と話を付けることである。
それはアルセウスが集まってきているという事実を伝え、
他の妹と出会っても戦わないという協定を結ばせること。
シエルの身軽さは探索や逃走に向いており、単独の方がやりやすいのだ。
「それに二人以上で近づいたら、
手を組んで襲いかかりに来たと思われかねません」
「それは考え過ぎでは?」と李白。
「戦いを始めたことで妹全員が封印された過去があるんでしょう?
だったら、もう争うことは止めようと思う妹がいてもおかしくありません。
まあ、性格は様々でしょうけれど。
そのあたりはあなた方の方がお詳しいでしょう」
「ええ、おっしゃる通りです。
しかし、三百年ほど前のことでしたが『草』の妹に接触したところ、
彼女は話をする間もなく攻撃してきました。
そんなことがあったものですから……
しかし、今回エヴィールと接触できたおかげで一つの答えが出ました。
人間と交流のある妹は攻撃性が薄い、と。
そもそも、萌えもんは人間のパートナーですからね。
そこで宮田さん、一つお願いがあります」
「何でしょう」
「この事態を上手く収める為に、是非協力して欲しいのです。
具体的には……人間の側からのアプローチとでも言えばいいのでしょうか。
とにかく、私と人間、その二方向からで調査に当たりたいのですよ。
もちろんできる限り隠密にお願いしたいのですが……」
李白はうーん、と僅かの間悩み、シエルの要求を受け入れた。
「この手の話について研究している知り合いがいますから、頼んでみましょう。
エヴィを見せれば多分信じてくれます。
とはいえ、あなたの行動力とは比べものにならないでしょうけど」
「そんなことはありません。
私もできる限り情報は提供しますから、その知恵を貸して欲しいのです。
その知能においては、人間は萌えもんを凌駕する事もありますからね」
「神様をしのぐ知恵か……では、喜んで協力しましょう」
李白が右手を差しだし、シエルもそれに応じる。
『空』の妹の手は、もう少し強く握れば壊れてしまいそうなほどに軽かった。
「ところで、協力ついでにこっちも頼みがあるんですが」
「はい」
「我々人間に伝わるアルセウスの伝承……
それが、事実とどれほど一致しているのか検証していただきたいのです。
この本によれば、あなたは最初の方に生み出された妹とのことですが――」
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