2スレ>>640


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彼には子供の頃、ひとつの夢があった。
それは幼い日、誰でも見る夢のひとつ。
萌えもんマスターになる、それが彼の目標だった。

彼には幾ばくかの才能があった。人より少しだけ多く努力できる精神力があった。そして何より、彼は諦めることを知らない少年だった。
長じて彼は萌えもんトレーナーとして名前を登録し、ジムバッジを集める旅に出た。
相棒は3人。皆子供の頃から慣れ親しんだ、幼馴染ともいえる親友たち。少しの問題こそあれ、少年と仲間たちには自信があった。自分たちにできないことなんてないと信じていた。
そして彼らはカントーを一円し、実際に3つほどのバッジを手にした。彼と対戦したトレーナー皆、彼のセンスを称揚し、将来の大器ともてはやした。
けれど同時に、どうしても越えられない壁を、少年は自分の中に見出してしまった。
苦悩した。何故このような壁があるのかと。苦悶した。何故このようなことが起こるのだと。
やがて彼は、自らを鍛えるため、さらに遠くを目指す旅に出た。
ホウエンに行き、ジョウトに行き、ナナシマへと渡った。ジムがあれば挑戦し、何人かのリーダーに打ち勝って、さらにいくつかのバッジを手にした。
けれどその壁は、どうしても打ち破ることができなかった。

やがて、不屈の彼にも諦めざるを得ないときがやってきた。
父親の死。果てない夢をひたすら追いかける自分を、暖かく見守ってくれた父が死んだことで、旅を続けられなくなったのだ。
旅をするには先立つものが必要だ。萌えもんバトルに打ち勝てば賞金が入るとはいえ、決して豊富な額ではない。
世間の目で見れば少し腕が立つという程度のトレーナーでしかない、無名の彼の収入では、残された家族を養うことは到底不可能だった。
かくして、彼は夢を諦めた。

――10年――

「ウーノ、クアト、セッテ。俺に続け。セインたちは表口で待機。誰も逃がすなよ」
「ういさ」
少女の声が3重奏で答える。今や立派な青年となったかつての少年は、暗色の制服と防弾チョッキに身を固め、タマムシシティの裏街、朽ち果て、忘れ去られようとしている廃ビルの前に立っていた。
周りにはもう20年以上の付き合いになろう、彼が旅に出た頃からの友人たちが、変わらぬ姿で浮いている。数は3。青年を中心に置いたトライアングル。
じ、っと青年はビルを見上げた。人気のない、しんと静まり返った夜の街。人っ子一人寄り付かない、大都市の裏の顔が、その視線の先に遠く広がっている。
そしてその静けさは異様であった。
人っ子一人寄り付かない街、そこには得てして捨てられた、あるいは野良の萌えもんが、いつしか住み着きコロニーを成しているものだ。
例えばどこにでも住み着くベトベターやドガース。水場があればコイキング。そういったはぐれの萌えもんたちは、駆け出しのトレーナーにとっては良い練習相手である。幼い日の彼にもまたしかり。その思い出は、今も彼の中に強く残っている。
けれど今や、彼らの姿も、声も、住んでいた跡すらも見当たらない。それは余りにも不可思議な光景だった。

合図を送る。3・2・1。小さく命ずる音波の発信。ウーノと呼ばれた少女が、指示に従い、人に聞こえぬ音域の音を、高く高く鳴り響かせる。
同時に彼は大きく足を踏み出す。右手には拳銃を握り、素早くビルの中に駆け行っていく。
素早く通路を、部屋を見てまわり、無人を確認していく。クアトが言う。誰もいないよマスターと。セッテも言う。空っぽだよおにいちゃんと。
「なら上だ。クアト、セッテとこの階を押さえていてくれ。ウーノ、一緒に」
「またウーノぉ? 最近ウーノばっかりなんだからおにいちゃん」
「文句は後にしてくれ、セッテ」

コンクリートがむき出しになった階段を、音も無く駆け上がる。1人同行する彼の萌えもんは、浮遊してすぐ傍らに。無言のままに続く少女の姿は、一目に分かる臨戦態勢である。
2階。3階。人の、生きている者の気配を求めて上へ。上へ。上へ。
5階。このビルは6階建てだ。もう先は僅か。青年の心中に疑念が浮かぶ。もしや自分は間違えたのでは無いかと――
「!」
ウーノが叫んだ。人の耳に聞こえる音域の音を、生まれつき発することのできない彼女。けれどその声を、その叫びを、聞き取る術を彼は知っていた。
伏せる。頭上を過ぎていく銃弾の音。跳弾の音。一瞬遅れていれば頭に風穴だと、僅かに肝を冷やす。

――?
「ああ、平気だよウーノ」
優しく、平静を保った声で青年は答えた。ウーノ特有の、彼を案じているときの音が、かすかに耳に届く。それをさえぎって、下の皆を呼んでくれないかと告げる。
突如として銃撃してきた相手は、そのまま無言だった。闇にまぎれて姿は見えぬ。壁の裏か、放置された机の向こう側か。いずれにしても隠れる場所はそう多くは無い。

「こちらはタマムシシティ市警だ! 武器を捨て、両手を頭の上で組んで出て来い!」
伏せたまま定型文を叫ぶ。やはり返事は無い。ウーノが言う。たぶん5にんくらい。
発音に難のある彼女は、反面聴音に優れている。僅かな呼吸音や心音すらも聞き分けるその耳は、今まで何度彼の危機を救ってきたことだろうか。
開いた左手で、小さいその手のひらを少し撫でる。いつものお礼の印。かすかに笑って少女も、その指を少しだけ強く掴む。
そんな膠着状態は長くは続かなかった。

「おりゃーっす!」
外壁の向こう側から聞こえてくる気合の声。窓ガラスがぶち割れる派手な音。動揺の色が闇の向こう側に走る。
「ウーノ!」
その声を待っていたというようにウーノは飛翔する。彼我を隔てる通路の中央、天井近くに張り付いて、その身の内から生み出した、光の球を強く強く輝かせる。
苦悶の声が今度こそはっきりと聞こえた。一条の光すら差さぬ深い洞窟の闇すら、容易く跳ね除ける閃光だ。用意無く目にすれば、しばらく視力は働くまい。
しっかと目を閉じ、顔を背けていた青年は、その声を聞いて走り出す。それと相前後して、彼を追い抜いていくふたつの姿。階下から飛び上がってきたクアトとセッテである。

制圧は一瞬だった。


赤いパトライトが数個、明け方の廃墟を照らしている。数台のパトカーに分乗させられた黒ずくめの男5人が、タマムシ市警本署へと連行されていく。
その様子を、苦々しく見つめながら、青年は同僚に状況を伝えていた、
「やはりロケット団ですかね」
「でしょうね。このあたり一帯の萌えもんを片端から捕まえ、どこかに送っていたのでしょう」
「萌えもんボール100個、フーズ山ほど、それに銃器類、違法な改造スタンガンその他もろもろ危険物、よくもこんなに隠しておいたもんだ」
「このあたりはロクに地図も無い、どこに何があるのかすら分からないスラムです。隠し場所がここだけとも思えません」
「まぁ、その辺はこっちに任せてください。連中の口、必ず割らせてみせますよ」
強く確約する同僚の姿に、青年も素直に頷いた。後は彼らの仕事。自分の役目はひとまず終わりだ。

「セイン、ウーノ、みんな、ありがとう。おかげでこうして無事に済んだ」
「にーちゃん、私の名前も呼んで欲しいな」
「おにいちゃんわたしもー」
「ますた」
途端賑やかに、今まで黙って側についていた6人娘が騒ぎ出す。ああ、ああ、と、1人1人名前を呼んで、それから1人ずつ頭をなでたり、首の後ろを触ってあげたり、ご機嫌取りに大童だ。
そんな様子の彼を見て、事情を知らない平巡査が、近くにいた上司に問う。

「あの人、捜査課の凄腕で有名な人ですよね。なんでもジムバッジもいくつかもってる、トレーナーとしても有名な人って聞きましたけど」
「ああ」
「でもどうして、使ってる萌えもんみんなコイルなんです? それも6人も……いや、レアコイルが2人なのかな?」
「ああ……彼な、どうしてか知らないけれど、コイル以外には懐いてもらえないんだよ。随分、色々と試したらしいけど、どうしても他の種類を手懐けられなかったらしい。
 トレーナーとして有望視されながらも、道を諦めざるを得なくなった理由はそれさ」
「そんな人、いるんですか?」
「現にいるんだから仕方ないさ」

2人が見つめる視線の先では、未だ30歳にもならぬ身で、今やタマムシ市警屈指の捜査官として名を馳せる青年が、相棒であるコイルたちと楽しそうに笑い合っていた。
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