3スレ>>537


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 吸い込むと清清しく、それでいてどこか体の中を焼かれるような純粋な空気。
 澄み渡るように雲ひとつなく晴れ上がった青空。
 ぽかぽかとした陽気日になりそうではあったが、時間が未だ午前であるせいか服が肌にまとわりつく事もなく、
涼しい風が通って、むしろ活動には最適な環境だった。
 見渡せばほぼ濃緑一面、水しぶきもあげずに緩やかに流れる川以外の音は、時々聞こえる虫のさざめきのみ。
 がくんと一人分の身長ほどの谷間があるその川には、橙色の球体二つが、清流に逆らわないように時々浮き沈みする。
 その球体から繋がる、水の雫を垂れる糸。
 それがくいくいと引っ張られるように水中に引き込まれる動作を見せると、逆に強い力によってあっという間に引き戻されて丘に揚がった。
 同時に引っ張りあげられた小魚が、ゆんゆんと垂直に垂らされた糸を揺らす。

「……」
「小さいな、主」
「そうだな、逃がそう」

 川の傍に腰掛けるのは二人。
 片方は男で、片方は女。
 男は小魚を川に解放すると、また手に持っていた釣り竿を川へと投げ込んだ。
 女はその様子を傍目で見つめながら、自らの自慢であるドレス状のそれが汚れるのも構わずにぺたんと直に座り込み、
時々竿を持つ手をくいくいと上下させていた。

「……静かだな、パルシェン」
「そうだな。しかし何が言いたい、主」
「いや、何だか眠くなりそうなだけだ。これだけ辺りが静かだと、気付かないうちに瞼が閉じそうだから」
「寝るのは勝手だが、ちゃんと起きろ。こんな早い時間から目覚まし係はまっぴら御免だぞ」
 ふひゅう、と目一杯深呼吸をしながら、彼は小刻みに腕を動かす。
 ぴくり、と僅かな反応を感じると、またもや一気に引き上げた。
 今度は、それなりに大きい。
「分かってる。だからせめて話し相手になってくれ。何も釣らないと二人が残念そうにしそうだ」
「残念というより、いびられるという方が正しいと思うが……まぁいい」
 彼女がちらりと横を見ると、彼は今しがた釣った魚をぽいと脇のバケツに投げ込むところだった。
 そうしてから、自分のバケツもちらりと見て、また水面に視線を戻す。
 お互いに顔も見ないまま、ただ森の声だけが聞こえる中でぽつぽつと話し込む。
「……仲間が増えないんだ」
「何をいまさら。主の方針のせいだ」
 表情も変えずにパルシェンは一刀両断する。


 街と街の間を繋ぐ道路、少し外れの森林地帯。
 新しいもえもんと鍛錬とちょっとした探検気分を兼ねて探索を始めるものの、犯罪ギリギリの合法ロリが多めにいること以外に特に変わったことはない。
 捕まえて解放してを繰り返しながらさんざん探索しつくし、次の行動は夜にしようという事で休憩。
 スピアーの巣に無謀な喧嘩を売ったドククラゲが返り討ちにあって寝込んだため、モルフォンはそのお守りとして午前中は付いている事になった。
 交代休憩という事にして、二人は食材集めも兼ねて近くの川にやってきたのだった。


「わざわざ野生を抜けてまで苦しい思いをする意味が、常識的に考えてあるわけがないだろう。好戦的にも限度があるぞ」
「……至極真っ当な意見だと思うんだが、それだと俺のもえもんがみんな非常識だって事みたいだな」
 微かな鳥の鳴き声と共に、彼は手元の竿を探った。
 確かな手ごたえを確かめて手首を返し、日光を照り返す銀色の腹を暫く見つめた後にまたバケツに放り投げる。

「非常識だ。当たり前だろう」

 その様子を横目でちらりと見ながら、パルシェンは当たり前のことのようにきっぱりと断言した。
 くるくると針糸を指で弄ぶ主を視界から消して、自分の竿を見つめながら彼女は続ける。
「非常識だよ。あのクラゲも毒蛾も、……無論のこと私もだ」
「そうか?」
「そういう事になる。私だって主のモノになるのは、正直半分博打でも打つような気分だったが」
 小刻みに動かすパルシェンの竿は、震える様子を一向に見せない。
 彼女の主は未だに竿を動かさず、その弛んだ糸を張り直す作業の真っ最中だった。
「けど、実際には利害とか以外にも色々あるだろう?」
「主、分かって聞いていないか? 私に当たり前の説明をさせるな。鶴の恩返しではあるまいし、そう簡単に一時の縁だけで今後の人生を決めるような奴がいるか。
いるとしたらそれこそ変だ、生き物にあるまじき発想だな」
「……それも極端な考え方の気はするが」
「そうかもしれないな。否定はできない」
 ようやく糸を張りなおすと、彼はしゃんと竿をしならせてもう一度水面に仕掛けを漬ける。
 水の流れの中でたゆたうその姿は、またもや魚影を惹きつけていく。

「何にしても戦力不足を解決するなら、主がもえもんを解放するのを止めれば済む話だと思うが」
「……それはなあ」
 平然と言うパルシェンに、彼は口を濁して息を吐いた。
「相棒を探してるわけだしな。大人数の中でベストのメンバーが出るっていうのは、普通チームと言うんだろうが」
 ふう、と息をつくのに連動するように手が震えると、近づいた魚影が離れていった。
「もえもんの世界じゃ、レギュラー以外のもえもんがレギュラーを追い越すための努力なんて出来ないからな。
使うほうの気分次第か、さもなければ交換に出されて違う人間に使われるか……どっちにしても気分次第と言えるか」
「なるほど」
「まあ、とにかく相棒は人数以上はいらないって事さ。追加ならともかく補充戦力って考え方は、特にまっぴらだな」
 息を整えて、竿を握りなおす手をもう一度。
 今度はきちんと自然体で握りなおすことができた。
「主は相変わらず、頑固だな」
「カタいのは、お前の方もだろ?」
 くん、と。
 パルシェンの方が垂れていた糸が、ぴんと伸びて下流に引っ張られていく。
「それが私の取り柄だからな」
 ふう、と息を吐き出して彼女はそう呟くと、目の前の事柄に集中力を懸けた。
 岩場に引っかからないように慎重に寄せ、一気に手首を返して引き上げると、彼女の頬にぴちゃりと水がはねる。


「うぅ~……た、たすけてぇー……」
「……」

 橙と白を基調にした服に、頭には王冠を模した何かがあるそれは、生命力だけならNo1と言われるコイキング。
 じたばたと暴れたいのだろうが、体勢のせいでいまいちよく暴れられないそれが、手足をえっちらおっちらと動かしながら涙目で訴えていた。
 背中の服にはどうやって引っ掛けたのか、器用に先ほどまで垂らされていた針が引っかかっていた。
「大きいな、パルシェン」
「皮肉か、主」
 若干不機嫌になったように見えるパルシェンは、その場で竿をぐっと上に持ち上げ、下に引きおろし、もう一度上げる。
 それに呼応して糸がたわんで張ってを繰り返すと、針は彼女の服をたやすく突き破った。
 当然、針に釣り上げられる形になっていたコイキングは、水面へと真っ逆さまなわけで。

「あひゃあぁぁああー……」

 霞むような小さな声で悲鳴をあげると、ぼちゃんと音がして水面に消えていった。
 こちらを振り返ることも無く、一直線に下流へと逃げていく。
「可哀想に」
「知るか。食われないだけマシと思ってもらいたいものだ」
 そう言って彼女はびっと竿を投げると、また川には二つの浮きが並ぶことになった。


「で、さっきの相棒が見つからないという件だが」
「……話を最初に戻すのか? パルシェン」
「いや、今思いついた事がある」
 パルシェンが顔のちょうど右側を彼女の主に向けると、それに気が付いたのか、彼も自らのもえもんの方を向く。
 相変わらず腕は忙しそうだったが。
「つまりセオリー通りの方法で探すから、主の相棒が見つからないんだ。セオリーを崩した方が結果的に早く見つかるんじゃないか」
「非常識だからか?」
 パルシェンはこくりと頷いて、ちらりと一瞬だけ竿に視線を走らせてから、また戻す。
「よく考えれば私達が出会ったのは、普通とは違う場所だったじゃないか。毒蛾も分布図とは全く違ったし、クラゲに関しては言うまでもない」
「まあ、確かにな」
「確率的にも、私もこういう方法の方がいいかと思って今まで何も言わなかったが。ひょっとすると、どうだろうな」

 パルシェンが首を傾げると同時に彼の方の糸がぴくりと反応して、彼は慌てず騒がず正面に向き直る。
 彼女も正面に向き直ると、その間にやはり彼はまたも魚を釣り上げ、バケツに放り込むところだった。

「普通の場所にいないもえもん。普通の事をしていないもえもんか」
「……そうだな」
 ほんの少しだけ遅れてパルシェンが返事をすると、彼は顎に手をそえてうーん、と唸る。
「それでいいものか。何か自分からキワモノを集めるような事をするのは、抵抗があるんだが」
「何をいまさら。それに試してみるだけだ、それで集まるとは限らない」
「……何だろうな、この上手くいってほしいような行って欲しくないような心境は」

 呟いて彼はもう一度ぽちゃんと浮きを着水させると、目を細めて空を見つめていた。

 ――と、隣で座っているパルシェンが、俄かにちらちらと視線を彼の方へちらつかせる。


「……ところで、主」
「何かな、パルシェン」
「……いや、その」
 珍しく言い淀む仕事師である彼女に、彼の視線は自然と向くことになった。
 物事ははっきりと言うタイプではあるが、その時ばかりは視線がさ迷っていたし、彼の方を見たり左脇を見たりと落ち着きがない。
 何より膝から下がそわそわして落ち着かない。
 それをあろうことか、彼女の主は悪い方に受け取った。

「小用か? それなら離れているが」
「くたばれ」
 結果、向き直った向こう脛を思い切り蹴られることになる。
「……ッ、痛いな、パルシェン」
「自業自得だ」

 半ば呆れ返った顔をしながら、鉄壁を誇る二枚貝はやれやれと息をつく。
 痛打を受けた彼は脛を両手でさすりながら、彼女を見上げるようにして尋ね直した。
「で、実際のところは何なんだ?」
 尋ね直すとそれはそれで、蹴りを入れたときとは打って変わって彼女は挙動が変になる。
 腕を組むが、むしろその様子では不自然なようで――むしろ自分を落ち着かせる目的であるように見えた。

「……私にも教えてくれないか」
「……? 何を」
 ぎりぎり、と彼女が歯噛みする。
 彼にとっては意味がまっこと理解できないのだが、ともかくプライドの高い彼女のこと、何もないだろうという事は感じられて。
 次の言葉を聞き逃さないように、ずいと体を寄せた。

「だから――」
「だから?」
 迫ったらむしろ嫌がるかのように離れていく。
 視線を相変わらずうろうろさせていたが、ようやく意を決したように半眼で彼を見つめて、呟いた。



「――釣りだ」
「は?」


 すぐには、意味が、分からなかった。
 それを感じ取ったのか、びっとパルシェンが指し示した先には二人に割り当てられたバケツ。
 彼から見て手前は魚が泳ぎまわって、そろそろ何とかしないと窮屈そうなほどだったが、ちょうど彼女に寄った顔の真下にあるバケツは、未だにカラッポだ。

――ああ、そういえば釣果らしい釣果って、さっきのコイキングだけだったっけ……?

 彼にしては会話と、森の呼吸を楽しむついでに釣りをしていた程度のことであって、大して釣果に気を配っていなかったのだ。
「ああ、なるほど、それで」
 ようやく合点がいったように、彼は竿から片手を離してびっと彼女の胸を指差す。
「さっきから変に声の調子が変わる時があったのか。それは悪かった」
「……変に細かいところに気が付く奴だが、それで謝られるとむしろ私が苦しい。謝罪はいいから、教えてくれ。
酷いインチキでもなければ、これは私の技量不足が結果だと見たぞ」

 言ってしまえばむしろ苦しくないようで、彼女はほんの少し期待した目で見つめてくる。
 じゃあと彼は出来るだけ分かり易く口で説明すると、しかしパルシェンは首を捻ってむ、と唸った。

「やはり口だけでは分かりづらいな」
「かもしれないな。俺も結構無意識にやっているところがあるんだ、昔からの慣れだから」
 それに加えて二人の決定的な感性の違いというのもこの場合は大きいのだが。
 彼はほんの少しだけ悩むと片手の人差し指を立て、おもむろに竿をがっと地面に置いてバケツで固定する。

「……?」

 そして、合点がいかないような顔をして見守る彼女のちょうど後ろに、覆い被さるように座った。
 丁度後ろから抱きかかえるような格好。

「多分、直接の方が早い。まどろっこしいのは好きじゃないだろう?」
「……まあ、そうだが」

 彼の方からでは、当然のように彼女の表情を窺い知ることは出来ない。
 窺い知る気も思い浮かばなかったし、彼女も振り向く事はなかったから。
 ――ふう、と。
 何故だか彼女は疲れたようなため息をして両肩を一瞬竦めてから、いつもの調子で口を開いた。

「そうだな。それなら、頼む。昼ごろまでに一尾でも多く釣れるようにしてくれ」
「わかった。できるだけな」

 一つの竿に二つ目の手。
 白く、どこか冷え冷えとした彼女の手ごと竿に自分の手を重ねて、彼の教授は始まった。








 何故か全く動かしていない、元々彼が持っていた竿に反応が現れるまで。
 パルシェンが今度こそ露骨に不機嫌になるまで、あと十分。
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。