「マスター、これからどうしましょうか?」
宿に入って部屋へ行き、荷物を降ろしてからのニーナの第一声。
こちらも背に負った荷物を降ろし、畳へと寝転がる。
見上げる天井は木の板で出来ていて、染み付き。
畳も掃除が行き届いてはいるものの、色も褪せ、随分と古いもののようである。
クリスマスを過ごす部屋としては随分とみすぼらしい……ボロいのだが、
『泊まる所よりも遊ぶ為にお金を使いましょう』
とニーナが言うのでこの宿になった。
別に、宿に余分にお金回しても遊ぶ分は十分あったんだけど……。
というか、泊まる場所の方が重要な気がしないでもない。
『そうだなぁ……休み、ってことにしたいけどやることなくなるよね?』
「はい。私達は旅が目的ですからね。特にやるべきことがあるわけでも」
『だよね。とりあえず、ぶらついてみる?』
「町を、ですか?」
『町だけじゃなくても、この宿結構広いみたいだし』
「じゃあ、宿の敷地内を探検ってことにしましょう」
探検って子供っぽいこと言うなぁ。
実は僕も少しだけワクワクしてたりするんだけどね。
僕らは必要そうな荷物だけを装備して部屋を出た。
『まずは地図がいるね……貰いに行こう』
「はい。あ、少し待っていてください。忘れ物を……」
急いでないから慌てなくてもいいのに。
ぱたぱたと部屋に戻っていくニーナを見て軽く頬が緩くなる。
一分もたたずにニーナは戻ってきた。
『何を忘れたの?』
「……それは秘密です」
『秘密にする必要はあるの?』
「さぁ? どうでしょう」
おかしいなぁ……。
クリスマス一緒に過ごせないからいじわるなのかと思ってたのに。
思わず首を傾げてしまう。
そんな僕の腕を引いて、ニーナは歩き出す。
恥ずかしいから……という言葉は人のいるところに行ってからでも遅くないかな。
「地図……やはり女将さんが持っているのでしょうか」
『たぶん』
そもそもこの宿は女将さんって言うのだろうか。
うーん……まぁいいか。気にすることじゃない。
待合室を探していると、玄関の方から女将さんがやってきた。
「あら? お二人とも、どこかへ出かけられるのですか?」
「いえ、この宿を回ってみたいと思ったので……」
「そう、それじゃあ地図がないと大変よ」
『?』
「建物の中ではそう迷わないのだけれど、庭の方に出ると少し……」
「そんなに庭、広いんですか?」
「えぇ。町外れの山まで囲んでますからねぇ」
「それは……確かに広いですね」
女将さんと話をしながら、管理室へ向かう。
辿り着いてから部屋の外で少し待ったが、すぐに地図を出してくれた。
宿みたいに古い地図かな、と思ったけれどかなり新しいものだった。
もしかすると、迷子から遭難に発展することが冗談でなくあるのかもしれない。
「へぇ……マスター……広いですね」
『うん。せいぜい街中までかと思ってたもんね』
「それじゃあ外から回ってみましょうか。中は夜でもいいですし」
『分かった』
「外は寒いですから十分に気をつけてくださいね」
「はい。わざわざ有り難うございます」
「それと……二人とも若いからって無茶はしちゃだめよ? その場のノリで一回戦開始とか」
「な、なにを……///」
『一回戦? バトル……しないよ?』
「あらあら。これは苦労しそうね」
ニーナが顔を真っ赤にしてるけど……?
一回戦……どこかでトーナメントでもやっているのだろうか。
僕らは女将さんと別れて玄関口から外へ。
正面から町へ出ずに、宿の裏へと回った。
「えぇとですね、マスター」
『何?』
「ここからあの山の向こう側までがここの敷地のようです」
『……ここからあの山の向こうまで?』
「はい。ほら、地図にも線が引いてあります」
『ホントだ』
見た限り山まで相当距離があるような気がする。
そこまでにも林とか湖とかがあってかなり凄い。他の形容詞が広いくらいしか思いつかない。
もしかするとこの宿がボロボロだったりするのは維持費が凄いことになってるからかもしれない。
「どこへ行きましょう?」
『このあたりまで行って帰ってきたら時間になりそうだけど』
「では、そこまで行ってみましょうか」
ちょうど湖のあたりが切り返しに丁度よかった。
さ、行こうかと促そうとすると、ニーナの手が僕の腕掴んでいることに気付いた。
……あの時からずっとこうしてたのかも。
「? どうしたんですかマスター? 行きますよ?」
『あ、うん』
「早くしないと遅くなるまでに帰って来れないかも知れませんよ」
『それはないから』
スキップでも始めそうなほど機嫌のいいニーナを見ていると、宿を取って正解だったかな、と思えた。
「ふぅ……ここが湖ですか……地図で見ると分かりにくいですが、広いですね」
『うん。地図を見たときはこんなに広いとは思わなかったんだけど……』
「これだけ広いとネッシーとかいそうですよね?」
『ねっしー? 何それ?』
「湖に生息してるって言う恐竜みたいな生き物ですか?」
『聞かないで欲しい』
「私だって見たことないので分からないんです」
ふぅん……世の中には萌えもん以外にも面白い生き物はいるんだなぁ。
何かエサでも投げ入れたら出てこないかな……。
僕はポケットに何か食べられそうなものがないか探った。
……あ。
飴玉があった。
でも……飴玉じゃ水の中に放り込んでも意味ないよね。
『ニーナ、飴、いる?』
「飴? 持って来てたんですか?」
『ポケットに入ってたの』
「マスター、それ、いつのやつか把握してますか?」
『今日のものだと思うよ? 常識的に考えて』
「それもそうですね……あれ? 一個しかないんですか?」
『うん。だからニーナにあげる』
ニーナ、甘いもの食べるの好きだし。
僕もまぁ好きだけど。
日頃の感謝の利息分みたいな感じで。
「でも……マスターの分が……」
『いいの。貰ってくれない方が傷つく』
「……分かりました。ではありがたく頂きます」
包みを剥がして、ニーナは飴玉を口の中に放った。
『どーしよっか。少しのんびりするくらいの時間はありそうだけど』
「そうですね……。湖の周りをぐるっと回ってくるのでどうでしょう?」
『ニーナがそうしたいなら』
「その言い方、マスターは行きたくないんですか?」
ニーナが詮索した気な目でコチラを見た。
だけど、別に他にやりたいことがあるわけでもない。
それに、湖をぐるっと一周するのは結構楽しそうだ。
もしかしたらネッシーという生き物にもあえるかもしれない。
『行きたいよ? ただ、ニーナに一応確認しただけ』
「……私がやりたくないことを提案すると思うのですか?」
『最近はそうは思わないけど。旅を始めてすぐとかは……』
「む、昔は昔。今は今ですっ」
『昔のニーナも今のニーナの一部だと思うけど……』
言うとニーナがぷいっ、とそっぽを向いてしまった。
バッジ、ちゃんと揃ってるんだけどなぁ。
『機嫌悪くしないでよ。まだあと一、二時間は二人で歩くんだから』
「そんな理由じゃ知りません」
わがままだ。
驚きのわがままさだ。
ニーナが昔と比べて変わったことの大きな一部。
まぁ、わがまま言われるのは嫌いじゃない。
『そんなこといわないでよ。ほら、そんな顔してるとネッシーが出てこないよ?』
「……ね、ネッシーのこと知らないくせによく言います」
『ニーナも知らないくせに……。ともかく、人の不機嫌な顔は普通見たくない』
「マスターは……マスターはふつうに入るんですか?」
『それはニーナ次第かな……』
「どういう意味ですか?」
『んー? 良くわかんない』
はぁ、とニーナが溜息をついた。
どうやら観念してくれたみたいだ。
ニーナの不機嫌な顔なんて頼まれたって見たくない。
これが本音だが、口にするのは恥ずかしい。
そんなこんなを話している内にいつの間にか湖を一周していた。
『結局、ネッシーでなかったね』
「はい……マスターのせいです」
『え? どうして僕のせい?」
「教えません。自分で分かってください」
『???』
全然分からない。
何度も尋ねてみたけど教えてくれなかった。
……ホントに何が原因なんだろう。
『ここを掃除すればいいんですか?』
「えぇ。そうしてくれると助かります」
『どうせ暇なので構いません。ところで、ニーナのほうは?』
「ニーナ……あぁ、あの娘ね。あの娘は他の客のお連れさんと遊んでもらってるわ」
『お連れさん?』
「あなた達みたいに二人旅で、萌えもんのほうが少し幼い子だから」
どうして僕が宿の掃除をしているかはノートに書いたとおり暇だったからである。
外を歩いてから帰ってくると時間が相当に余った。
そのまま部屋でのんびりしていても良かったが、日頃から動いているせいで、のんびりしていると落ち着かなかった。
『成程……』
「では、お願いしてもいいのでしょうか?」
『いいですよ』
「本当に助かります。これで今年はツリーが作れそうです」
『ツリー?』
この時期にツリーといえばクリスマスツリーしかない。
いや、少し前までクリスマスを忘れていた僕が言うのもアレだけどね。
聞くところによると、ツリーを作るのはここの伝統みたいなものだったらしい。
だけど、数年前から人手が足りなくなって作れなくなったそうだ。
『ツリーが見れるならなお更お手伝いをがんばらないといけませんね』
「あ、あんまり頑張られると仕事でやってる私の立場が……」
『気にしないで下さい。こちらもお手伝いさせてもらってるので』
「そんな風に言われると……。有り難う御座います……」
言うや否や女将さんは走っていってしまった。
そんなに忙しいならお礼なんて気にしなくてもいいのに。
でも、少しだけ忙しさとは違う気がしたけど……気のせいだよね。
さて、晩御飯ができるまでに終わらせちゃおう。
「……ご主人様?」
「はい。ご主人様と一緒にきてるです」
もう一組の客、その連れの子が一人でつまらなそうにしている、と女将さんに言われて、私はその子と話をすることにした。
どこかで見たような気がしたが……ベトベターを連れたトレーナーなんて無数にいるので特定の誰かは分からない。
玄関でぼんやりしゃがみこんでいるこの子を見たときは暗い子だと思ったけれど、話してみると随分とあかるい性格だ。
「ご主人様はすごいのです。来年はあのおっきなツリーを作るっていってました」
「……あのツリーですか? 大きいですね……」
さっきからずっと彼女の話を聞いているばかりだが、楽しそうに話しているのでコチラも楽しかった。
でも、あまり自慢話をされると……言い返したくなります。
だけどぐっとこらえる。私はこの子より年上だから。
歳は聞いてないけど。
「ニドリーナさんはダレときてるですか?」
「ニーナでいいですよ」
「じゃあニーナさん」
「私は、マスターと」
「ますたぁ?」
「あなたのご主人様と同じですね」
「ニーナさんのご主人様ですか。その人は今どうしてるんですか?」
「今は少しお手伝いをしています……」
「お手伝いですか……えらいです」
マスターを褒められると素直に嬉しい。
この子みたいに純粋な子だとなおのこと。
だから私は気になった。
この子はどんなトレーナーと一緒に旅をしているのかな、と。
最終更新:2007年12月26日 20:14