『あくの道 社会見学編』
カントーのどこかにあるロケット団支部。ここは、最近できたばかりの支部だ。
ここは、世界中へもえもんを運び出すため集めて、時期がくるまで一時的に拘束しておくための場所。
警察やもえもんレンジャーに見つからぬよう、カモフラージュされた倉庫の中に、いくつもの檻が並ぶ。
檻の中には、実験用、観賞用、愛玩用に集められた何人ものもえもんたちが入っている。
薬で弱らされているのか、誰もが騒ぐこともせず、静かだ。
ちなみにレベルの高いもえもんは、誰一人としていない。
ロケット団も取引先も、実力の高いもえもんを必要としていないからだ。
低レベルのもえもんでさえ、丸腰の人間には脅威となる。それなのに、高レベルのもえもんを買ったところで、暴れられて逃げられるのがおちだ。
弱らせる薬もいつか効果がなくなる。そのとき、復讐される恐れがある。
必要とされるのは、大人しく、反抗せず、なんでも言うことを聞く存在。
強いもえもんを求めるのは、酔狂な金持か、優れたもえもんを所有するトレーナー崩れくらいだろう。
そんな施設にひょっこりと、メノクラゲが入り込んだ。
あくを目指し、ロケット団に入団しようとして、逆にブラックリスト入りしたメノクラゲだ。
「おおきなあくを目指すため、今日はあくのお手本を見に来ました。
どんな組織かは知らないけど、たぶん勉強になるのです」
いわば社会見学。今後の参考にするため、あくの情報を集めて、ここにきた。
ただ、ここがロケット団支部とは気づいてないようだ。もし気づいてれば、近づくこともなかっただろう。
それにしても、壁にでかでかと描かれたRの字に、気づかないのはどうかと思う。
隠密スキルなど持っていないメノクラゲは、いろんな人々に発見されながらも、注意されることなく建物中を歩き回った。
あまりに堂々と歩いているので、誰かの手持ちもえもんと思われていたのだ。
さらに運のいい事に、メノクラゲの情報は、ここでは支部長とその周辺くらいしか知らない。
メノクラゲを見たのは、全部下っ端のロケット団員だ。
これらの理由で、メノクラゲは自由に歩き回れていた。
しかし、その幸運をメノクラゲは、いかせていなかった。ここで何をやっているのか、理解できていないからだ。
何をやっているのか、わかっているようなふりをして見学を続けるメノクラゲが倉庫に入る。
両手には飴やお菓子。ここにくるまでにもらったらしい。
「皆、狭い中に入って何やってるんだろ?
なんだか元気もないです」
何がなんだかわからないまま、檻の間を歩き回る。
話しかけても、メノクラゲに反応せず、どこか遠いところを見ているもえもんたちを不思議に思う。
もえもんたちは、別に洗脳されているわけではない。ただ、諦めているのだ。
長い間閉じ込められて、何をしても檻が壊せず、出られないと悟ったときから、抵抗することをやめた。
こういった諦めを植えつけることも、ロケット団の目論見の一つ。
「そこのメノクラゲ!」
「うん?」
何事にも例外はつきもので、諦めることを受け入れないもえもんもいる。
メノクラゲを呼んだもえもんも、そんな一人。
「あなたは、オコリザル?」
声のした方向を見ると、そこにはオコリザルが一人。
何度も檻に攻撃を加えたのだろう、檻は傷がたくさんついていた。
「ああそうだが、今はそんなこと関係ない。頼みがあるんだ」
「頼み?」
「あそこにスイッチが見えるだろ? あれを押してくれないか?」
オコリザルの指差した方向には、たしかに赤いボタンのスイッチが。
だが、その近くには見張りが立っていた。
今は、物陰に隠れてみつかっていないが、あそこまで行くとさすがにばれる。
さらにボタンまで押そうとすれば、捕まってしまうだろう。
「ボタンを押したら誰か困りますか?」
「まあ、困るだろうなぁ」
なんでこんなこと聞くのかわからないオコリザル。
「困りますか! それはりっぱなあくです!」
「悪? ……そうなんだろうか?」
オコリザルは、テンションの上がってきたメノクラゲに不安になる。
(よく考えてみれば、こんなところにいるのも変だ。でもメノクラゲに頼らないと現状を打破できない。
多少変だと贅沢いって、チャンスを逃すのは馬鹿らしい……)
少し悩んだオコリザル。変でも、助かるならかまわない、と結論がでたようだ。
「では、行ってきます!」
「ああ、頼んだよ」
やる気に満ちたメノクラゲは、隠れてこっそりとボタンを押すとか考えずに、走っていく。
「ちょっ!? おまっ隠れながらとか!」
後ろから聞こえてくるオコリザルの言葉も、あくを為すという目的を持ったメノクラゲには届かない。
「そこの真っ黒さんどくのです! わたしはあくを為すのです!」
「なんだ!?」
突然、変なことを言いながら現れたメノクラゲに驚くロケット団員。
「とまれ!」
突発的な事態というものに慣れていたのだろう、驚いたのは一瞬。
だが、メノクラゲはその一瞬で、距離を縮めていた。そのままの勢いで、ぶつかってロケット団員を吹き飛ばす。
したたかに打った腹を押さえて、苦しむロケット団員を気にせず、邪魔者がいなくなったので、ボタンを押そうとするが、
「と、届かない」
メノクラゲの身長では、背伸びしてもまったく届かない位置に、ボタンはあった。
「えっと」
「ジャンプすれば届くだろ!」
どうしようか悩むメノクラゲのもとに、オコリザルのアドバイスが届いた。
「おお!」
自分では思いつかなかったことに関心しつつ、ジャンプするため、ぐっと沈む。
「そこまでだ!」
起き上がったロケット団員が、手持ちのもえもんを使い、メノクラゲの邪魔をしようとする。
邪魔されたメノクラゲは、むうっと頬を膨らませ不満を表した。
「あくを行う邪魔をする人は、吹っ飛ぶのです!
ハイドロポンプ~」
生み出された水流に、ロケット団員ともえもんは、壁さえも突き破って吹き飛ばされた。
それを満足そうに見たあと、ぴょんぴょんと三回ジャンプして、ボタンを押すことに成功した。
同時に、サイレンが建物から響き渡る。
正しい順序で、ボタンを押さなかったので、防犯ベルが作動したのだ。
「皆、逃げるよ!」
開いた檻から出て、オコリザルは脱出を呼びかける。
もえもんたちは、次々と檻から出てくる。
諦めていたもえもんたちだが、死んでいたわけではないので、メノクラゲとロケット団員の騒ぎは聞いていた。
ロケット団員がボタンを押して、檻の開閉を操作しているのは、皆知っていた。
それが押されるかもしれない、脱出できるかもしれないと知って、再び活力が湧いてきたのだ。
活力さえ湧けば、薬の効果など、はねのけることができる。最近は、弱めの薬だったことも幸いだ。
オコリザルの指差す、メノクラゲの開けた穴を目指し、もえもんたちは走っていく。
異変を知ったロケット団員も集まってきている。
だが、再び捕獲する前に、技が飛んできて、手持ちのモンスターボールを取り出す暇もない。
小技ばかりでも、たくさん飛んでくれば、しゃれにならない威力になる。
それを、身をもって知ることになったロケット団員たちは、ほうほうの体で逃げ出していった。
ロケット団員たちが、戻ってくる前に、もえもんたちも逃げ出した。
捕まっていたもえもんは、誰一人捕まることなく逃げることができた。
森の中、メノクラゲとオコリザルが向き合っている。その回りには、逃げたもえもんたちもいる。
皆、メノクラゲに感謝の念を向けていた。
「ありがとうな、おかげで助かったよ」
「よくわからないけど、どういたしまして」
メノクラゲは、いまだにオコリザルたちがあそこにいた理由をわかっていない。
「こっちも、あんたがなんであんなところにいたのか、わからないんだよな」
「わたしはあくのメノクラゲ。今後のあくのため、見学に行ったのです」
「あはははははは、そーかそーか、見学か。勉強熱心なんだな、お前は」
メノクラゲの言葉を、冗談と受け取ったオコリザル。回りのもえもんも皆、同じ反応だ。
冗談と思われているとは知らずに、メノクラゲは褒められて嬉しそうだ。
その笑顔も、オコリザルの言葉で凍りつく。
「今日やったことは、悪というより正義の味方っぽいけどな」
「え?」
回りを見ると、皆うんうんと頷いている。
「え? え? うううぅ、わたしはあくのメノクラゲ……せいぎのメノクラゲなんかじゃありませんー!」
ショックを受けたメノクラゲは、涙目でその場から走り去っていった。
それを呆然と見送るオコリザルたち。
今日のことが原因で、メノクラゲのブラックリスト順位は上がることになる。
「明日はぜったいあくを為すのですー!」
どこかの岬、太陽にむかって宣言するメノクラゲの声が、響き渡るのだった。
大きなあくは、無理だと思うぞメノクラゲ。
小さなあくで、満足しとけメノクラゲ
最終更新:2008年01月07日 21:14