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◆前回までの主な登場人物とキーワード

青年:主人公。人間を探してタオと旅をしている。彼自身は人間ではないらしいが……?
タオ:ヤミカラス。マスターのことが大好き。今回はずっとボールの中にいるため、ほぼ出番ナシ。
フリーザー:氷の司。精霊信仰的な意味での「神」に近い存在。
異形種:萌えもんのこと(一番変えちゃいけない気もしますが、やってしまった。反省はしていない)
〈PC〉:人間に快楽を与え続ける機械。モンスターボールの技術を人間に応用したものらしい。
治療器:ポケモンセンターに置いてあるアレ。正式名称が分からないので、暫定的にコレで。
モスクワ:シベリア鉄道の終着駅がある都市。
ルーマニア:東欧~中欧に位置する国。



◆前回までのあらすじ

モスクワに幼女はいなかった……!
もうビリリダマでもいいかな、とか思い始める青年だったが、タオの存在を考慮して自重する。
モスクワでのハーレム実現を泣く泣く諦め、新天地を目指して旅立つ青年。
果たしてヨーロッパ地域に幼女はいるのか?!

※「前回までのあらすじ」はイメージです。実際の内容とは異なる場合があります。






◆本編

『霜と死も』


 ――夜が来るよ。
 ワラキアは、もう我慢できないみたい。お目覚めにならない王に、愛想を尽かしちゃったの。
 カロルは、毎晩ひとりで泣いてるよ。ナイショにしてるけど、バレバレなんだな。
 ボルシャは、賢い子。みんなが衝突するのを待ってる。いつだって、有利な方の味方なんだから。
 ボクは、どっちでもいいんだ。この槍が錆び付く前に、誰かを突き刺したい。それだけ。
 ワラキアでも、カロルでも、ボルシャでもいい。みんな強いからね。
 ――戦いたい。
 一方的な虐殺じゃなくて、同じ力を持った存在と、生き死にを賭けて戦いたい。
 ボクは、それだけ考えてる。
 狂ってる? そうかもしれない。
 でもね、もうとっくに、みんなおかしんだ。
 異形種として生を受けたときから、ボクたちはみんな狂ってるんだよ。
 ――さあ、城壁の端が闇に沈んだよ。
 誰がボクを殺しに来るかな。
 誰かボクを殺しに来ないかな……。



 薄闇に霞んだ部屋の隅で、彼女は独り言をやめて顔をあげた。窓から外を覗くと、街並みの向こうに巨大な城のシルエットが黒々と聳えていた。あの城で、王が眠っている。
 日が沈んで、気温は急激に下がりつつあった。明るさを失っていく大気の底では、白く鋭い夜霜が、ほとんど芸術的な繊細さで伸び上がろうとしていた。そして、それを踏みしめて遠くから近づいてくる微かな足音を、暗がりにうずくまる彼女は敏感に聞き取っていた。
 彼女は両手の槍を星明かりに透かし、それが未だ鋭さを失っていないことを確かめた。同胞達は今日も動かない様子だった。ワラキアは王の寝台の傍らに控えているだろう。カロルは誰も訪れるはずのない城門を守っているだろう。ボルシャだけは読めないが、たぶん自分と同じように、兵舎で仲間達の動向を窺っているのだろう。
 つまらない現状維持だ。彼女は溜息をついた。王はもう目覚めやしない。何が起こったとしても、あの〈PC〉とかいう白い棺のなかで眠り続けるだけだ。生き残った人間どもは、そんなことは早々に理解して、どこか他の土地へと逃げていったというのに、異形種は馬鹿正直に王都を守護しつづけている。
 狂ってる――。
「そう、狂ってるんだ」
 彼女はその童顔に歪んだ笑みを浮かべ、誰にともなく言った。
「殺したい、殺されたい、異形種みんな、牢のなか、闇夜の階段、のぼってくだり、カーテンレールのホコリに惑い、風が濁る濁る、トランシルバニアの夜――♪」
 それは歌とも言えない、細い旋律のつぎはぎだった。ぶつ切りにされた彼女の思考は、小刻みに震える空気の振動に乗って、城下町の夜に弱々しく溶けていった。地面に零れたその残滓は、すぐに冷たい霜の中に閉じこめられた。
「寂しがりなクロバット、強がりサイホーン、計算高のウツボット、狂ったスピアー、眠れる王様!」
 彼女は突然ひざまづき、虚空に向かって恭しく頭を垂れた。
「王様! ご用命は何なりと。お客様は如何様にもてなしませう? 晩餐の用意を? それとも拷問? なんと、問答無用の斬首と仰いますか! いえいえ、とんでもござりませぬ。すべて御意のままに」
 まるで舞台でライトを浴びる役者のように、彼女は大げさな動作ですっくと立ち上がり、身を翻して窓から外に飛び出した。
「ようこそ、王都へ♪」
 彼女の注ぐ視線の先には、生まれたばかりの霜を踏み砕きながら、夜闇のなかで身構える一人の青年の姿があった。




          *



 国境を越えてから良いことが無い。青年は突如として現れたスピアーを前に、そう思った。傷ついたタオの休むモンスターボールに触れると、彼女の微弱な温もりが彼の掌を暖めた。
「うふふ。お兄さん、相当苦労してきたみたいだね♪」
 明らかにただならぬ雰囲気を漂わせるスピアーは、その童顔に無防備な笑顔を作った。しかし、それと対照的に、彼女の両手に握られた巨大な槍は、鋭利な輝きの中に異様な凶暴性を見え隠れさせ、青年を本能的に警戒させた。もっとも、機械に〈本能〉などというものがあればの話だが――。
「この国は、戦闘バカしかいないのか?」
 青年は目の前の〈戦闘バカ〉に訊いた。ルーマニアに入ってからというもの、何故か出会う異形種すべてが攻撃を仕掛けて来るので、青年はいい加減うんざりしていた。どれも大した戦力ではなかったため、タオと共に上手くあしらいながらここまで辿り着いたのだが、連戦は疲労も溜まりやすい。青年はともかく、タオはもうこれ以上戦える状態ではない。
「そう、王様がちょっと特殊なお方なんだ。この国の軍隊は、異形種ばっかりなの。ボクを怖がって、ほとんど逃げ出しちゃったんだけど……みんな野生に返っても、刷り込まれた闘争心は抜けないのかなァ」
 一筋縄では行きそうにない。
 笑いながら語るスピアーの声には、善意はもちろん悪意さえ微塵も含まれていなかった。しかし、彼女の果てしない無邪気さは、それだけで十分に異常で、しかも不気味だった。
「戦い詰めで相方がバテてる。休ませてもらえないか」
「だ~め~。王様のご命令で、侵入者は即刻処刑って決まってるんだ。さァ、そのバテてる相方さんを出しなよ、殺すから。それとも、もしかしてボクを殺してくれる? それも大歓迎だけど。大歓迎だけどォ~♪」
「よく喋るな……」 
 話の通じる相手でないことだけは、よく理解できた。
 青年が次の一手を思案していると、モンスターボールの中からタオが語りかけてきた。
「マスター、私なら大丈夫です……まだ戦えます」
「バカ言うな、休んでろ。俺一人でなんとかする」
 言うまでもない。こんなに弱々しく喋るタオを頼るわけにはいかない。彼女が大人しく承知したのを確かめると、青年はやや腰を落とし、ふらふらと姿勢の定まらないスピアーを睨みつけた。
 青年が身構えたのを見ると、彼女は訝しげに首を傾げ、すぐに悟ったような表情になった。
「お兄さん、人間じゃないね? 面白いですねェ。無抵抗の人間殺すのも、弱ッちい異形種殺すのも、もう飽きちゃったからっ」
 言い終わらないうちに、スピアーが物凄い勢いで跳んだ。彼女は翅を使って空気を蹴り、ありえない鋭角を描きながら青年に向かって凶器を突きだす。咄嗟に身をかわすと、体重と落下速度が乗った槍の一撃は、青年の立っていた地面を深く鋭くえぐり取った。まともに食らえば、たとえ岩タイプの異形種でも無事ではいられないだろう。
「その槍、どうなってんだ」
「やるじゃん、お兄さん。カッコイイよォ。ボク、ちょっとアツくなってきちゃったよォ」
 彼女は振り返りざまに、再び一撃を繰り出した。その瞬間でさえ少しの殺気も見せず、ただ笑顔だけを湛えている。青年はその槍の先端をかわし、無防備になったスピアーの腹に鉄拳を叩き込んだ。
 それで勝負は決した。
「うぐぅっ……げほ」
 肺の空気を全て吐き出し、彼女はよろめきながら唾液を流す。しかし、その笑顔が苦痛に歪む事はなかった。それどころか、足腰が立たないのを地面に突き立てた槍で無理に支えながら、スピアーは恍惚とした表情を浮かべた。青年は、かつて圧倒的な力を持つフリーザーと対峙した時とは、また別の戦慄を覚えた。
「あッ……イイよお……お兄さん素敵ィ……もっと、もっとちょうだァい」
 尚も、スピアーはふらふらと青年に歩み寄ろうとする。すると、それを制するように、不意に夜闇を鋭い声が震わせた。
「グラ、そこまでだ!」
 それと同時に、一人の異形種が青年とスピアーのあいだに素早く割って入る。一見重厚な鎧に身を包んでいるかのように見える彼女は、一般的にサイホーンと呼ばれる存在だった。
「あはっ! 君も一緒にヤる? このお兄さん、ちょっとスゴいんだァ!」
 スピアーが彼女に馴れ馴れしく声をかける。
 サイホーンはしかめた眉を解くことなく、まるで威嚇するようにスピアーに一歩近づいた。
 かなり強い。彼女の背中は、背後にいる青年さえをも牽制するほどの迫力と威厳とを持ち合わせていた。
「静まれ。主はこんなことを望んでいない」
「王様は眠ってるんだよ。御意は誰にもわからない。それとも、ボクと戦ってくれるのかなァ? 君が目の前にいるってだけで、ボク、さっきからウズウズしてるんだからサ」
「黙れ! いいから退くんだ!」
「もォ、そんな怖い顔しなくたってイイじゃない。冗談だよ、今のところはね」
 気圧された様子など少しもなく、相手をからかうように槍をゆらゆら振りながら、スピアーはサイホーンの肩越しに青年にウィンクしてみせた。
「お兄さん、また会いにくるからね。ボクをアツくさせた責任、取ってもらうんだから♪」
 言葉の最後は、ほとんど闇の奧から染み出してくるように聞こえた。それが薄れて消えてしまう頃には、もうスピアーの姿は夜に紛れて見えなくなっていた。
「旅の人、すまなかったな」
 スピアーの気配が消えると、サイホーンは緊張を解いて後ろを振り返った。
 青年はようやくまともな異形種に出会えた安堵から、思わず腰に下げたモンスターボールに手をやった。相変わらず、心地よい暖かさだった。
「何なんだ、さっきのスピアーは」
 青年が訊ねると、サイホーンは複雑な表情を作り、言葉を選びながら訥々と語り出した。
「彼女は、グラ。ルーマニア王国近衛騎士隊の一人、私の同胞だ。我らの主君が御寝所にお隠れになって以来、彼女はありもしない王命を作り上げ、それに妄執し、王都の敷居を跨ごうとする者を無差別に攻撃するようになってしまった」
「王様は〈PC〉の中、か」
「……そうだ。王だけではない、国民はほとんど〈PC〉に捕らわれている。残された者は、人間はもちろん異形種までも、グラを怖れてどこかへ逃れてしまった。あなたが何を求めて王都を訪れたのかは知らないが……部外者にとって、この街はあまりに危険だ。早々に立ち去った方がいい」
「相方がだいぶ疲れているんだ。できれば少し休んでいきたいが、無理か?」
 青年がモンスターボールを掌の上で転がしてみせると、サイホーンはそれを見て僅かに寂しげに目を細めた。かつて自らも身を預けたことがあるのであろう、生温い闇を懐かしんでいるようにも見えた。
「……分かった。城にまだ使える治療器があったはずだ。私が一緒にいれば安全だろう」
「恩に着る。おいタオ、大丈夫か? もう暫くしたら、少し休めるぞ」
 青年の掌でモンスターボールがコトリと動き、タオが頷いたのがわかった。



          *



 脆い霜を踏みながら歩く音は、凍りついた夜にまだ時間が流れていることを辛うじて思い出させた。西に向かうにつれ、ロシアで度々あったような豪雪に行く手を遮られることは無くなっていたが、それでも依然として寒さは遠のかなかった。無音の雪がもたらすほとんど直接的に死を連想させる類の寒さではなく、いま彼らを取り巻いているのは、逆に生を実感せざるを得ないような、神経を盛んに刺激する寒さだった。すぐ側に控える春に向かって意地を張るかのように、東欧の冬は最後の力で辺り一面を霜で覆い尽くしていた。
 凛然と冴え渡る夜の大気を切って早足で歩くサイホーンを、やはり早足で青年は追っていく。城下町の大通りをしばらく行くと、やがて城の堀にぶつかった。そこにかけられた橋は、暗い城内へと吸い込まれるようにして消えている。サイホーンについて城門をくぐるとき、青年は何か巨大な生物に喰われているかのような嫌なさむけを覚えた。
「なぜ、あのスピアーを放っておく?」
「主君の御意だ。互いに争ってはならぬ、それがあの方のお口癖だった」
「その結果が、この無人の王都というわけか」
「……私は、主のお言葉に従うだけだ」
 永遠に眠り続ける獣のように、街は静まりかえっていた。その残酷な素顔を隠して、いつまでも夜の底で沈黙を守るのだ。
 その不気味さを背に受けて、青年はサイホーンに導かれるままに城の門をくぐった。
「今この城にいるのは、私とグラを含めた異形種が四人だけだ。他の二人は、グラのように無闇に人を襲ったりはしない。安心してくれ」
 灯り一つともっていない回廊を先導しながら、サイホーンが青年に言う。城の中まで染み込んでくる寒さに、気のせいか廊下の絨毯までもが凍りついているように固かった。
「あのスピアーがまた出てきたらどうする」
「そのときは、私が責任を持って対応にあたる」
 それは、戦うと言うことなのか。それでは〈主のお言葉〉に反することになるだろう。では、あの狂気に捕らわれた異形種を、説得できるとでも思っているのだろうか。冗談じゃない。
 しかし青年の思考が言葉となって噴出する前に、サイホーンが廊下の一角で立ち止まった。
「この部屋だ。治療器がある」
 彼女が戸を開けると、いつのまにか雲間から顔を覗かせたらしい月の光が、窓から差し込んで部屋の姿をぼんやりと浮かび上がらせた。応接間のような作りの部屋で、中央に埃っぽいソファーが対になって置かれている。それらを見下ろすような格好で、近代的なデザインの治療器が重々しく鎮座していた。半ば場違いな雰囲気ですらあった。
「まだ動くはずだ。使い方は分かるか?」
「ああ、大丈夫だ。助かるよ」
 治療器の電源をまさぐるサイホーンの横顔を、月光がうっすら照らし出した。スピアーと対峙した様子からは想像できないほど優しげな瞳だったが、それは固く疲れた表情の中にうずもれてしまっているのだった。
「タオ、起きてるか? もうじき出してやれるからな」
 青年が相棒に呼びかけると、それに答えるように、手中のモンスターボールがゆらゆらと揺らめく。
 しかし次の瞬間、喚起された安堵の僅かな隙間に、水を差すような不穏な声がねじ込まれた。
「カロル、何をしているのですか」
 完全に油断していた青年とサイホーンが顔をあげると、いま二人が入ってきた戸口に寄り添うようにして、小柄なシルエットが月明かりに浮かんでいた。
「誰です、そいつ」
 闇に溶けそうな黒紫のフードを被ったクロバットと呼ばれる異形種は、青年とサイホーンを見比べて、露骨に不快そうに眉をひそめた。
「……ワラキアか。こちらは客人だ。治療器を使いたいというので、ここに通した」
「それ、客人じゃないです。カロル、あなたが勝手に通しただけ。客人って、王様が招いた方のことでしょう?」
 会話から、ようやく二人の名が〈カロル〉と〈ワラキア〉であることに気付く。名前によって土地に縛り付けられることもあるものかな、と青年は自分でも意外なほど呑気なことを考えた。
「何でもいいだろう、ワラキア。この人は困ってるんだから」
「もう、たくさんです……!」
 ワラキアと呼ばれたクロバットがそう言い終えるのと、彼女が元いた場所から消えたのが、ほぼ同時だった。
 刹那、青年とカロルは身を引く。治療器のすぐ脇、敷かれていた高級そうな絨毯が切り裂かれ、積もっていた埃が激しく舞い上がった。
「おい、話が違うぞ!」
 まず治療器が損傷していないことを確認し、青年は息をつく。しかし、このままではすんなりと機械を使わせて貰えるか分かったものではない。
 カロルという名のサイホーンは、ワラキアの高速移動を辛うじて目で追いながら、彼女を恫喝するように低い声を出した。
「ワラキア、何のつもりだっ」
「前から気に食わなかったんです、リーダー面してるあなたが。今度だってそう……ぬけぬけと〈客人〉だなんて、王様気取りですか?」
 ワラキアの淡泊な声が、空気を裂く音とともに部屋に響く。
「何を言ってる、お前らしくないぞ」
「あなたが私の何を知っていると――?」
 いつの間にか、カロルの背後にワラキアが立っていた。不意をつかれて動けないカロルの耳元にワラキアが口を寄せ、冷たい吐息で囁くのが聞こえた。
「もう、終わらせましょう? 王様はお目覚めにならないわ。グラはおかしくなってしまったし、ボルシャだって、いつでも隙あらば誰かの寝首を掻こうと考えてる。こんなの狂ってます」
「王の御意に背くというのか」
 身を強ばらせるカロルの言葉に、ワラキアは初めて可笑しそうに笑った。
「御意? 何ですかそれ……ねえカロル、分かってるんでしょう? 私たち、王様に捨てられたの。王様のご意志は、ただずっと眠っていたい、それだけなんです。あの冷たい棺の中でね」
「それ以上、王を冒涜することは許さん!」
 カロルの怒声が、それまで澱んでいた部屋の空気を激しく揺さぶった。それに乗じるように、背後を取られていることなど構いもせず、彼女はワラキアに裏拳を放つ。
 その拳を紙一重でかわし、ワラキアは再び夜闇に紛れる。すぐさま部屋のどこかの暗がりから、染み出すようにして彼女の嘲笑が沸き起こった。
「分かる……あなたの拳に込められている、憎悪……いったい誰を憎んでいるんですか?」
「貴様、妄言を!」
「おい、お前らいい加減に……」
 主にタオの身を案じて口を開いた青年の言葉は、しかし、姿を現したワラキアに敢えなく遮られた。
「部外者さん、これは私たちの問題です。早く治療器を使って、用が済んだら、どうか王都から立ち去ってください。お願いします」
「マスター、一体何が……」
 外界のただならぬ様子を察知したタオが、溜まらずボールのなかから主人に呼びかける。
 それには答えず、青年は治療器の蓋を開けてコードを引くと、それを直接モンスターボールの外部ポートに接続した。機械によって電気的に合成されたエネルギーが、コードとボールを通ってタオに供給される。まるで臍の緒に繋がれた胎児のようだ、と青年は思った。
「タオ、お前は何も心配しなくていい。体力が戻るまで寝てろ、いいな」
 この状況下で、ボールから出して治療するのは危険すぎる。青年はそう判断して、タオの返事を待たずに治療器の蓋を閉じた。
 そう、危険なのだ――ついに対峙したカロルとワラキアではなく、暗がりのどこかから此方を狙っている、あの無邪気な狂気が。
「出て来い。そこにいるんだろう」
 部屋の暗闇に向かって呼びかけながら、青年はタオの眠る治療器を庇うようにして立つ。
 思った通り、〈彼女〉はすぐに姿を現した。〈戦闘バカ〉は、決して不意打ちなどしない。
「あはっ、バレてたか。やっぱりお兄さんとは、運命の糸で繋がってるのかなあァ」
 スピアーの〈グラ〉は、幼げな顔に愛想よい笑みを載せ、顔中を真っ赤に染め上げて、すぐ側で睨み合うカロルとワラキアに熱い視線を注いだ。
「それとも、ハァ、そうか……ボクったら興奮しすぎて何かいけないニ・オ・イ、出しちゃってたかな。何たって、カロルとワラキアの一騎打ち! ずっと興味あったよォ……どっちが強いの? ねェ、どっちが濡れる? ううん、選べない。選べないよォ」
 昂揚した声色のグラに、カロルとワラキアは答えない。グラの存在に気付いていないはずなどないが、互いに一歩でも動けば戦闘が開始されてしまうことを、どちらもよく分かっているのだ。
「何でもいいが、タオには手を出すなよ」
 青年の忠告に、グラは一瞬興を削がれたように冷めた目で治療器を見遣った。
「そのモンスターボールのコト? 安心してよ。さっきも言ったでしょ、ボクもう弱いヤツ殺すの飽きちゃったし。そ・れ・よ・り、お兄さん、ボクと遊んでくれるの? 嬉しいなっ」
 何の躊躇も駆け引きもなく、いきなりグラが床を蹴った。青年は治療器から離れるように身をかわし、直後、グラの槍がソファに巨穴を穿つ。
 その衝撃に気を取られ、カロルの視線が僅かに脇へ逸れた。
 抜け目無く、ワラキアが神速でカロルに襲いかかる。しかし威力の弱い彼女の一撃はカロルの厚い装甲に弾かれ、両者は再び距離をとった。
「仲間同士で殺し合うなんて、馬鹿げてる……」
 青年は、思わず声を漏らした。モスクワで出会った異形種たちのことが思い出された。彼女たちの姿を見ている青年には、いま眼前で展開されている殺し合いの意味が理解できなかった。
 なぜ殺し合う? なぜ手を取り合えない?
 これも、みんな馬鹿げた〈PC〉のせいだと言うのか。
 ならば、人間の手を借りなければ異形種が生きられないという、これがその証明ではないのか。
 もし〈人間ではない〉という意味においての〈異形種〉でしかないのだとしたら、彼らの生まれた意味など、一体どこにあるのだろう。
「ねェお兄さん、〈仲間〉ってどういう意味? ボクたち、殺すことしか知らないんだよ。そう育てられたんだもん。それ以外のことは何も知らない、何も分からない、ふふ」
 愛おしそうに両手の大槍を見つめながら、グラが言った。相変わらず善意も悪意もなかった。ただ純粋な衝動に突き動かされて、彼女は死の興奮を求めている。
「グラ、本当にそう思っているのか?」
 問うたのは、カロルだった。彼女は、本当は穏やかな瞳いっぱいに涙を溜めて、グラを見つめていた。
「私は、できる事ならば昔に戻りたい。王がいて、みんながいて、不足は何もなかった……」
 しかし、カロルの涙目はすぐに苦痛に歪んだ。
 冷徹に背後を取ったワラキアが、狭い装甲の隙間から、彼女の首筋に鋭い牙を突き立てていたのだ。
「よそ見をするとは、随分なめられたものですね」
「ワラキア……お前も……!」
 カロルの首から、ゆっくりとワラキアの牙が引き抜かれる。月光にてらてらと光る彼女の牙は、同胞の血液によってどす黒く染まり、それでも飽きたらずに血の雫を滴らせていた。
「あなたの思い出など知りません。私はただ、全て終わりにしたいだけ。王様の眠りの先には、私たちの苦しみがあるだけです。私たちは王という中枢を失った以上、もはや核のない細胞のようなもの。緊張状態をゆるやかに維持しながら、徐々に崩壊に向かって呼吸するだけの存在。生きる意味も、希望もないのです。ならばいっそ――あなたを殺して、私も死ぬわ」
 ワラキアは再度牙を剥き、カロルの急所に追撃を加えんと襲いかかる。
 しかし、彼女が勝利を確信した瞬間、夥しい血液を撒き散らしながら、カロルの渾身の一撃が同胞の胸部をとらえた。彼女は悲鳴さえあげることもできず、嫌な音で胸を軋ませながら吹き飛び、部屋の隅に落下してぼろ切れのように沈黙した。
 それで終わりだった。
 グラは呆然とした表情で、二人の決闘の顛末を見届けていた。
「カロル、ワラキア……ボク、難しいことは分かんないよ。でも、何でかなァ――」
 聞き手を求めるようにグラが部屋を見回し、ようやく思い出したように青年に目を留めた。自分でも理由が分からないまま、彼女は泣いているのだった。
「二人が戦ってるのを見てたら涙が出るんだ。おかしいなァ……お兄さんと遊んで、こんなに、こんなに、こんなに気持ちイイのにっ」
 あまりに無防備に、グラが槍を構えて青年に飛びかかる。威力も早さも損なわれてはいないが、彼女の瞳には、さっきまで確かにあった不気味な光はもやは灯されていなかった。
 その一閃を寸前でかいくぐり、青年はグラの腹部に反撃の正拳を叩き込んだ。
「がほ」
 奇妙な音を喉から発して、グラはゆっくりと床に崩れ落ちた。
 近くに寄って見ると、彼女の身体は既に傷だらけだった。おそらく以前から繰り返されてきた戦闘によって、途方もないダメージが積み重ねられていたのだろう。青年は暗澹たる思いで、死にゆくグラを見下ろした。
「うぅ……イイよォ、お兄さん……い、イっちゃいそう……」
 身体を小刻みに痙攣させるグラは見るからに痛々しく、今まであれほどの速度で戦闘を展開していたのが信じられないほどだった。
「腕が動かない……あ、足も……ボク、うゥ、やっと、死ねるのかなァ……ああ、気持ちイイ……ぼ、ぼんやりしてる……ねえ、お兄さん……あ、ありがとう」
 心臓が止まってしまうまでの僅かな時間、グラはずっと泣きながら笑っていた。
 それを見届けてから、青年は部屋の中央で倒れているカロルを助けおこした。
「大丈夫か」
「毒だ……」
 青年の肩を借りて身を起こしたカロルは、血の気のない顔で弱々しく喋った。
「毒?」
「ワラキアの考えそうなことだ……」
 虚ろな眼差しで中空を見つめるカロルの耳には、青年の声はほとんど届いていないようだった。
「治療器を使えば、まだ間に合うかも」
「天国で、主が待っている……」
「王は眠ってるだけだ。お前が死んだら、誰が王の目覚めを待つんだ」
「ようやく御許へ……」
「おい、聞いてるのか!」
 声を荒げて肩を揺すぶってみても、カロルは何かぶつぶつと呟くばかりで、もはや返事らしい返事はなかった。美しい瞳だけが、その輝きを保ったまま土気色の瞼に埋もれていた。
 そのとき、誰も喋るはずのない部屋に、凛とした声が響いた。
「そのまま死なせてあげてよ」
 青年が声の主を探すと、戸口に一人の異形種が佇んで此方を見ていた。寒冷地にはほとんど棲息していないはずの、ウツボットだった。
「お前が〈ボルシャ〉か」
 話に聞いていたのとは随分印象が違う、と青年は思った。
 目の前に立っているボルシャは、目つきこそ鋭いものの、とても安らかな温度の視線によって、同胞の骸を撫でていた。
「王はとっくに死んでるのよ。私たちの目の前で、病気でね――」
 ボルシャは青年に抱きかかえられたカロルに歩み寄ると、右手で彼女の瞼をそっと閉じた。宝石のように麗しい瞳は、乾いた皮膚に覆われて見えなくなってしまった。カロルの呼吸は既に止まっていた。
「でも、みんなはその現実を受け止めることができなかった……王は〈PC〉の中で眠っているだけだって、そんな妄想で辛いのを誤魔化していたの。狂っていたのよ、みんな」
「じゃあ、お前は……」
「仲間として、事の顛末を見届けようとこの城に留まっていたんだけど……まさか、こんなことになるなんてね。悲しいけど、でも、仕方ないわよね。誰も悪くないんだから。ただ――」
 今度はワラキアの亡骸を整えながら、ボルシャは自らに言い聞かせるように呟いた。
「きっと、みんな安らかに眠っていると思うわ。〈PC〉の眠りなんかよりも、ずっと安らかに……」
「そう祈ろう」
 青年が抱えていたカロルの遺骸を横たえると、藍色に染まりつつある大気に包まれて、彼女の表情が少しだけ柔らかくなったような気がした。
 祈り方など知らなかったが、青年はカロルの肩を叩いた。その労いを、彼女への祈りにしようと決めた。
「ねえ、あなたのパートナーの治療、もう終わったみたいよ」
 そう言いながら、ボルシャは治療器の蓋を開け、モンスターボールを取り出した。
 青年がそれを受け取って掌に載せると、ボールは身震いするように何度か揺れた。
「タオ、大丈夫か」
「はい、おかげさまで。そろそろ外に出てもよいですか?」
 青年は部屋をぐるりと見回して、改めて凄惨な出来事が起こったことを確認すると、タオに「もう少し待っててくれ」と応えた。
 ボールが不満そうに一度揺れた。
「もう夜が明けるわ。その子を連れて、もう行ってちょうだい」
「お前はこれからどうするんだ」
「心配してくれるの? ふふ、優しいのね――」
 ボルシャは、物言わぬグラの骸を強く抱きしめた。
 力無くくずおれるグラの頭部は、まるでボルシャに甘えているかのようにも見えた。彼女たちを、夜明けの淡い光がそっと包んでいた。
「私は、みんなにお別れをしないと。そしたら私もサヨナラするわ。次はどこか、暖かいところがいいわね」




          *



 連なる山々の端に明けくる青い光を見つめながら、青年は城を後にした。
 もうじき日が昇るだろう。少し暖かくなったら、タオを外に出してやろう。そんなことを考えながら、足下の霜を踏みしめ、青年は西を目指して歩き始める。
 いま足の裏に感じられる反発も、太陽が顔を出せばすぐに溶けて無くなってしまう。自分も、タオも、ルーマニアの近衛騎士たちも、夜と朝とのあいだで繰り返される無限の鼬ごっこの狭間で、ただ戸惑い震えることしかできないのかもしれない。そして、そんな些細な存在のことなど気にも留めず、圧倒的な時間の反復はあらゆるものを忘却の彼方に押しやってしまうのだ。無論、霜と死も例外ではない。
 いい加減虚しくなりそうなのをどうにか堪えて、青年は歩を進める。しかし、この〈虚しさ〉というものを、彼は少し前まで全く理解することができなかったはずなのだ。
 自分の中で、何かが変わりつつあるのかもしれない――その〈何か〉を見極めるためにも、まだ足を休めるわけにはいかない。少なくとも、今はそう思う。
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