ついに辿り着いた。
ふたごじま。
氷の女王、皆にそう呼ばれる萌えもんが住んでいる場所だ。
その洞窟入り口で、俺は今一度荷物の確認を行っていた。
「ごしゅじんさまっ。そんなのわいいからはやくいくですっ!!」
「落ち着け。行くだけいって帰って来れなくなったら意味ないだろ?」
「でもっ! でもでもっ!!」
「あっちはもう十年以上そこにいるんだ。数分遅くなって変わらないよ」
それにな、
「俺たちが助けに行って事故を起こしたら、きっと悲しむ」
劇でのあの萌えもんはそんな優しさを持っていた。
だから事故を起こした時に、町から離れてここに来たのだろう。
そして、悲しむ、の一言でべとべたぁは黙った。
どんなに張り切っていても相手の気持ちを考えるだけの思いやりはある、いい娘なのだ。
「べとべたぁー、ちゃんと着てるかー? もこもこしてるからって脱ぐなよー?」
「――ぅ。分かりましたです、ちゃんときるです」
着てなかったのか……危ないなぁ。
ふたごじまは冗談抜きで危険らしいし……。
毎年調査員が派遣されるけど成果は得られなかったり、救助待ち状態になったりとか。
俺たちみたいに好奇心で突っ込んだヤツは帰ってこなかったこともあるとも聞いた。
だからふたごじまに行くっていった時は全力で止められたっけ。
それでも、と言って船を出してもらおうとしたらお偉いさんまで出てきてややこしくなったけどそこ割愛。
「んっと……ちゃんとあるよな……」
荷物を纏めて自分の体を確認。
大丈夫。
べとべたぁも確認。
大丈夫。
前のなかよし談義のために同色の上着を買ったのは内緒だ。
「む、いくですかごしゅじんさまっ!」
「おうっ! だからってあんまり急ぐなよ? 時間よりも安全だ」
「安全太一ですねっ」
「だれだ太一って」
浮気相手かチクショウというのは冗談で。
べとべたぁの頭をぽむぽむと叩いて、俺は洞窟に入っていった。
「おーい、べとべたぁー。あんまり先行するなーはぐれるぞー」
「ごしゅじんさまこそはやくくるですっ」
「安全第一だっていっただろー」
「あんぜんに気をつかいながらはやさももとめる。それが大人ですっ」
「…… お と な ???」
頭の天辺からつま先まで視線を降ろす。
まず第一に身長がそもそも足りてない。せめて1メートル以上は欲しい。
顔、どう考えても童顔。童顔。……童顔。
胸は言わずもがな、服が少し余ってるくらいの長さだというのももうだめだと思う。
あと、身体的特徴以外に言葉がゆるいのとよく転ぶのもダメ。
「なんですかっ。わたしがおとなでわないとでもいうですかっ」
「……もろ子供」
ボソリと呟いてみたけど聞こえていたらしくぽかぽかと腹の辺りを叩いてくる。
たまに鳩尾にあたって悶えそうになるけどがまん。
「ごしゅじんさまはわたしを子供だとおもってたですかっ」
あれ……? なんかべとべたぁが涙目だぞ……?
ちょっと今までにない反応に俺は戸惑う。
一瞬だけべとべたぁが何か違う生き物に見えた気がする。
「う、む……ま、まぁ……大人であるということを認めるにやぶさかでない気もする」
「……」
「べ、べとべたぁが大人かどうか再検討するよう一層の努力を……」
お、涙が止まった。
どうやら落ち着いたようだ。
一体なにがあったんだ……?
「あーうー、べとべたぁ? だいじょうぶか?」
「はいです」
「そうか、ならいいんだ。うん、先に行くぞ?」
「はいっ。こんなところでたちどまってられないですっ!」
目に炎がメラメラと燃え上がり、両手は気合のこもったガッツポーズ。
いつも通りの……人助けモードでのいつも通りの……べとべたぁに戻った。
泣かせてしまったのにちょっとだけ責任を感じて、軽食をあげたのは秘密。
「げ、げんきがでてきましたっ。いまならふるまらそんもかんそうできそうですっ」
「むりむり、十キロも走れないって」
「でわ今から走るです」
「今から? どうやって距離を測る――ってまてーっはしるなーっ!」
声を掛けるとべとべたぁはぴくりと肩を上げてこちらを振り返った。
が、それがマズかったのかもしれない。
カツッ、べとべたぁが足元不注意で躓き、勢いをそのまま飛び込み体勢。
「あ……」
届かないのに手を伸ばしてしまう。
べとべたぁは呆然とした表情を残したまま、急流の中に落ちていった。
「べとべたぁっ!!」
俺は何も考えずに同じく急流の中へ身を投じた。
最終更新:2008年01月30日 20:40