5スレ>>75(2)


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まあ何はともあれ、面白いものを拾った。
というのがゲンガーの素直な感想だった。

まだ完全に懐いてはいないが根は素直だし、本来は言うことを聞かせるための
存在ではないので、とりあえずの所はついてきただけでも良しとしよう。
時間が経てば、もう少し上手な動かし方も見えてくるというものだ。

そう考えて、ゲンガーはちらりと背後を伺った。

音も立てずに後ろからついてくる相手は、さっきから一つも言葉を発しない。

死闘を繰り広げたあの時からは想像もつかないほど無防備に、
ただ無防備に、過ぎてゆく人並みを視線で追っている。

能面みたいな顔だと思う。
整いすぎていて、ぴくりとも動かない。
何というか、歳相応の温度を感じさせないのだ。
あれだけ大きな目をしているのだから、もう少し笑えば可愛げも出るだろうに。

とりあえず人に飼われていた存在だけあって、一般常識の類は持ち合わせているようだった。
どこぞの荒くれ者みたいな真似は一切しないし、分からないことがあればとりあえず俺に聞いてくる。

しかし、箱入りだったことには変わらないので「余計なことはせんでくれよー」と
簡単に祈って、ゲンガーはポケットに入れていたキシリトールガムを取り出し
口に放り込んだ。

口さびしくても、二十歳過ぎるまで煙草には手を出すなよー?と
行き着けの喫茶店のマスターに注意されたのが切っ掛けで噛み始めたガム。
今ではすっかり習慣になってしまい、これが無いとどうにも落ち着かなくなってしまった。

口に放り込んで、ガリっと噛み締めた瞬間だった。
泣き叫ぶ甲高い声に、背後の気配が身を竦ませる。
ぴりぴりと飛んできた電気のような刺激にゲンガーは眉をしかめた。

視線を向ければ、顔中くしゃくしゃにして泣き喚く幼い子供に、同じくらい顔を歪めて
怒鳴りつけている若い母親が人目もはばからずに修羅場を繰り広げていた。

ああなってしまうと人間(特に血の気の多い部類の)脆いもので、
血が繋がった者同士だとか親子だとかいうものはあっさり霧散してしまって
制御できない自我だけが相手をどう攻撃するかだけに集中してしまうのだ。

己、も同じような状況になれば、同じような反応を示すだろう。
けれど周囲の通行人たちは、自分は無関係とばかりに横目で眺めつつ通り過ぎていくだけ。

もうとっくに理性を手放してしまったらしい母親が、ついにその細いけれども
決して弱くはない腕を振り上げて、子供の濡れた頬を打った。
さすがにその音は聴こえなかった。いや、聞こうと思えば聞けただろうが、あいにく
そんな心が鬱々としてくるような音を聞こうとする趣味は持ち合わせていない。

ゲンガーが気になったのは、もっと別のことだった。
子供に平手打ちが当たった瞬間、再び背中に走った痺れに仕方なく振り返る。

大きな黄緑色の目が、やはり感情など微塵も浮かべずに、じっと母親と子供を
その瞳に捉えていた。


「あれは、おかあさん、ですか?」

十秒ほど経ってから、問われたのはそんなことだった。

「そうだろうな。
 赤の他人がやってたら流石に周りの人らだって騒ぐだろうし、警察だって来るだろうよ」

「おかあさんだったら、いい、のか…」

「まあ、そういうことになってるな」

「そういう、こと?」

「教育とか、しつけとか、そういうのだよ」

「…そういう、の…」


意味が伝わってないんだなこりゃあ と、ゲンガーは己に備わっている
適当な語彙を検索して、言葉にした。


「あれもまた家族アイってこと」

「…アイ」


皮肉をこめてそう表現すると、能面のような顔のカゲボウズはオウムのように繰り返して
またじっと親子のほうに瞳を向ける。
夜風に吹かれた銀色の髪の毛が、わずかに揺れた。


「あい」


問いかけるような響きでもなく、もう一度同じ言葉をぽつりと呟く。
何も言葉を求められなかったので、ゲンガーは肩をすくめただけだった。


「……ここ、は、優しいところだと、思ってました」


いい加減立ち止まっているのも飽きたので、歩き出してみれば
小さなカゲボウズは黙ってゲンガーの後をついてくる。

『ここ』というのは今いるこの世界…カオスなコンクリートジャングルのことなのか。
『ここは』ということは、この子供は以前はこんな普通の世界には無縁の存在だったんだろうか
などと、一通り心の中で憶測してからゲンガーは返答した。

いや、正確には答えではないだろう。彼は別に尋ねたわけではないのだから。


「人間も萌えもんも、どこにいようと、別に人間だし、萌えもんだろ?」


大きな黄緑色の目を、思い出してみれば今日初めてはっきりと、彼はゲンガーに向けた。
そこに幾らかの感情が動いたのはわかったが、形を成す前にゆらゆらと消えてしまう。
カゲボウズの心の動きを掴みかねて、ゲンガーは何となく腹が立った。


「変わらねえよ、どこに行こうと」


ああ、天国にでも行けば話は別かな と。
半ば八つ当たりのようにそう吐き捨てると、銀色のこうべをうつむけて
小さな溜め息と共に、じゃあ無理です と零す。



「俺は、天国には、いけないから」



まだ生暖かい夜風に吹かれながら、二人は妹分のエネコの待つ
ゲンガー行き着けの喫茶店へと歩いていった。

気まずい雰囲気は、夜風になびく髪の毛のようにさらさらと流れてはくれなかった。
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