5スレ>>75(3)


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今日も、生きてた。

朝起きてゲンガーが一番に思うのは、いつもそれだった。

いつも生き延びる為の努力は惜しんではいない。
だから、老年者でもない限りそう思うのは、さぞ滑稽なことなのだろう。

しかし眠りの中で見る夢が、いつもおかしな物ばかりだからなのか
無事に目覚めることができると、無性に嬉しくなってしまう。

とある伝手で無料でもらえた中古車が、捨て萌えもんであるゲンガーの城であり
たったひとつの住処。この中にさえいれば雨風だってある程度しのぐことができるし
安全運転を心がければ移動だって出来る。

ボロ中古車の中に、ひとつの溜め息と、安らかな吐息がふたつ。

後ろのシート席には、小さなレディーのエネコが。
助手席には、相変わらず能面みたいな顔のカゲボウズが。

やらわかなタオルケットに包まれて眠る二人の吐息が、今が現実であることを
ゲンガーにそっと教えた。


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


さて、浮浪者もどきであるゲンガーは金に困ることも多い。

一応は貯金はしているのだが、それはある大切な計画に使うためのものなので手を出したことがない。
手を出すのは死にかけた時のみ、と硬く己に誓いを立てているのだ。

ダッシュボードに散らばる小銭が、今のところの全財産。
はっきりいって己のことだけで精一杯だ。拾い物などしている場合ではない。

ガラス窓を開けて外を見る。
チョークで落書きされたアスファルトの地面を、近所の子供たちと一緒にケンケンパして
遊んでいるエネコと、それをただじーっと眺めているだけのカゲボウズ。

エネコは歳相応の自我が芽生えているだけ、世間知らずでもまだ安心ができる。
しかしカゲボウズは常識こそあるように見えるが、基本が全然なっていないのだ。

食うか? と食事を差し出せば、賞味期限が相当あやしいものでもさっさと食べてしまうし、
寝てろ と言えばどこだろうと文句ひとつ言わず眠りに入る。
逆に言えば、何も指図しなかったら基本そのままだ。
何十分だろうと何時間だろうと、用足し以外にはそこから動こうともしない。

元々は人に飼われていたとはいえ、これはないだろう。
いやそれとも…と色々想像して、ゲンガーはげんなりとした。
この歳で介護なんて冗談じゃないぞ と。

そういえばあれから約三日が経過したが、まだ二人とも、名前を呼んだことが無かった。
いわゆるニックネームも前の飼い主から付けてもらっていなかったようだし、特に必要がないと思っていたからだ。

それにいつも「おい」とか、「行くぞ」とかで会話が片付いてしまう上に
二人からもゲンガーに対しての呼びかけは「あの」とか「ねえ」とかで済んでしまうのだ。
本人たちからも「呼んで欲しい」とは言われないため、ゲンガーははっきりいってその問題を放置していた。

再び外を見ると、元気そうに跳ね回る猫のような少女と、
何を思い、何を考えているのかさえ分からない銀髪の子供がただふわふわとそこに居るのみ。

(面倒だな…)

しゃべるとかしゃべらないとか、そんなの対した問題ではないと思っていたのだが。
ここまで酷いとなると、ある意味しんどくなってきてしまう。
エネコが普通にしゃべれるだけあって、余計にそれが際立ってしまい、面倒になってきている。

何かこう、柄にもない教育を自分がこれから成して行かなければならないのか
と思うと、軽く眩暈がした。

そんなゲンガーの内心に気づいた様子も無く、エネコは近所の子達とのケンケンパに夢中になっているし
カゲボウズは何をするでもなくアスファルトの上に座り込んでいる。

何もしていない、というのは少々語弊があるかもしれない。熱心に…というほどでもなかったが
ひどく真っ直ぐに、自分の前を通り過ぎていく生き物たちを見つめている。
ゲンガーには何が楽しいのかさっぱり分からない。


「おーい、そろそろ行くぞおまえらー」


とろりとしたオレンジ色の光が、ビルの向こう側へ沈みかけた頃になって声をかけた。
エネコは充分に遊んで気が晴れたのか、「ばいばーい」とあっさり子供たちと解散し
カゲボウズも大人しく立ち上がって車に乗り込んできた。


――― 一度戦った相手たち。
けれど、二人ともまるでそこしか安全な場所は無いかのように、ゲンガーの元にやってくる。


話は変わるが、エネコは、どうやらちょっとした記憶障害持ちらしかった。
一度ふらふらっと、貧血症状のようになった後には必ずと言っていいほど数時間前の記憶が無くなっているのだ。
一度それを目の当たりにしたときは肝を冷やしたものだったが、カゲボウズはもうそんなことに
慣れているらしく、てきぱきと倒れたエネコの介抱を行っていたものだ。

彼の落ち着きぶりのお陰か、ゲンガーも今となっては大して驚かなくなってしまい
カゲボウズ程とまではいかないが、エネコが倒れてもさっさと介抱を行える余裕が出てくるようになった。

…その持病?の為か、彼女はゲンガーとの死闘のこともほとんど覚えていないらしく、
特に警戒することもなくゲンガーにさっさと懐いた。


しかし、カゲボウズは違う。
彼はエネコのような症状はないし、むしろ記憶力は良いようだった。
そんな彼が、一度やりあって負かされた相手にひょこひょこ付いてくることだけが
ゲンガーには不可解だった。


「…面白かったか?」


シート席に座ったエネコと、助手席に座ったカゲボウズに問うと、
エネコからは「うん!」という元気な返事が返ってきて、カゲボウズからは無言の頷きが返ってきた。

とりあえずは面白かったらしい。
その返答に満足し、ゲンガーは鼻歌を歌いながら愛車をゆっくりと走らせた。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


…さて、悪い企みというものは、どうも見透かされるものらしい。

しばらく見ることの無かった馴染みの喫茶店の「臨時休業」の札を前に、ゲンガーは口の中の
キシリトールガムを思いっきり噛み潰した。

皿洗いついでに晩飯に預かろうとしたのがまずかったのだろうか。
ちぇー、と小さく呻いて、オンボロ車から取り出したマジックで札に落書きを始めた。
わたしもー! とエネコがねだったので、赤いマジックを持たせたら彼女も落書きを始めた。

二人の少し後ろに座り込んだカゲボウズは、他人事のようにそれを眺めていたが
やがて興味がなくなったのか、地面を指でなぞり始めた。何か描いているのだろうか?

札への落書きだけでは気が治まらなかったのか、「ええい畜生」と腹立ち紛れに
ゲンガーは銀色のこうべを「ぺちん」と叩いた。
勿論反撃は覚悟の上での行動だったが、カゲボウズはただポカンとしているだけだった。


(…ひょっとして、若年性アルツハイマーとかいうヤツなのか?コイツは)


ゴーストタイプにあるまじき金色の雷をその身に纏わせて、
殺意むき出しで挑まれたあの時のほうが、よほどマシに見えたような気がする。

すっかりやる気を削がれてしまったゲンガーは立ち上がった。


「飯、探しにいくぞ」


エネコは素早くついてきたが、カゲボウズはまだ叩かれた頭を押さえていたので
襟首を引っつかんで引き上げた。頭が痛い、というわけでは無いのだろう。
あの戦いの時は、こんなものよりももっと酷いものを叩き込んだのだから。


(…しかし、何でコイツ、俺なんかについて来るんだか)


ぽいっと助手席に放り込み、小さなレディーが後ろのシート席に乗り込んだことを確認して

ふと、半分紺色に染まった空と、黒い影になったビル群を見上げる。


(聞いた話じゃあ、人間が住んでいるところには大概こんなビルが建っているっていう。
 でも、アイツは『ここは違うと思っていた』と言った。
 ここは…ってことは、アイツは、アイツらは……どんな所で育ったんだろうか?)


車に乗り込んで、アクセルを踏みつつ「腹減ったか?」と尋ねる。
二人とも大きく頷いた。今日はロクに飯にありつけていなかったから、当然の反応だった。


「いいか?今日の日付に近いやつを探すんだぞ」

「今日?」

「×月 ××日! できるだけこの日付から離れてないやつを探すんだ!」


そういえば、残飯漁りなんて、考えたこともなかった日があったっけなあ。
絶対そんなことは出来ないだろうと思っていたが、ふと気づけば自然とやっていた。

…そういえば、いつだっただろうか


……はじめて いきものを この手で仕留めたのは。



考えたって、もうどうにもならないことばかりのはずなのに。
まだ引きずっているのは何故なんだろう。

身体中を駆け巡る血、なんて
血液型とか云々とか、色々と区別はされているけれど、誰でも大して変わらないのに。

…この、両目にしても。



ふと気配を感じて、隣を見た。
何てことは無い。助手席の子供が、少しみじろぎをしたのだ。
みじろぎ、というか…ほんの少しだけ、こちら側に寄ったようだった。


「…ん? どーした?」


試しに、にいっと笑いかけながら聞いてみたが、やはり言葉としての返答はなく
黄緑色の目は前の景色を眺めていた。

ま、いいか。
オレンジと紺色が微妙に交じり合った空を見て、シート席のエネコが「キレイー」と感嘆していた。


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



『 なんて無力な子なんだろうね、おまえは 』


隙間風のような、漏れた空気の音が耳で鳴っていた。

気がつけば、それは自身の息の音だった。
よくよく考えれば当たり前のことだった。
この車は中古とはいえ、まだまだ隙間風が入ってくるほどのオンボロというわけではない。

拳をぐっと握り締めたら、汗で濡れていて気持ちが悪かった。
額を触ってみたら、そこも汗でぐしょぐしょになっていた。


(――― ああ、またあの夢か。)


人間に飼われていた頃の記憶ではない、妙に気味の悪い夢。
目が覚めれば内容はあまり覚えていないのだが、それは全く持って身に覚えの無いものばかりだった。

皺まみれの老人の手、手、手。
明らかな悪意と嘲笑。
生き物の匂いがしない、熱の無い空間。


『 悪いが消えてもらう。我らの繁栄のため 』


いわゆる“前世の記憶”というものなのだろうか?
だとしたら冗談じゃない。何故そんなものに、現在を生きている己が振り回されなければならないのだ。

週に一、二回は見る夢。
生きている心地がしない夢。

死の匂いしかしない、嫌な夢。


二人を拾ってから、誰かの気配を感じながら眠れるようになってからは見なかった
久方ぶりに見た気味の悪い夢に、奥歯が鳴る。身体が、震える。


キシリトールのガムが入ったプラスチック製のボトルに手を伸ばす。
しかし、震える指先はいうことを上手く聞いてくれない。

…縛られている。

こうやって、安らかに眠ることさえ、満足に出来ない。

見えない何かに縛られて、生きることさえ満足に出来ない。


(ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう…!)


現在ではなく、現在ではない いつかの時に縛られたままなんて、嫌だ。

でも、自分は一歩たりとも、そこから逃げられていない。
自分は、動いていない。



夜目は利くはずなのに、周囲がよく見えない。やみくもにガムのボトルを探して手を伸ばす。

不意に触れた温かいものに、知らず知らずのうちに身体が跳ね上がった。
不安にに駆られ、飛び退き、振りほどこうとしたが、温かいものは離れない。

ふと、気がついた。これは他の誰かの手であることに。
そして、手だけではない感触に気がつく。

つるりとしたプラスチックの、ほんのり冷えた感触。

その手は、キシリトールのガムが入ったボトルを、ゲンガーの手に握らせようとしたのだと
やっと分かった。


「…ちがい、ましたか?」


ゲンガーがボトルを掴んだのを確認したのか、そっと指が離れる。
隣の影を見やると、仄かな街灯の明かりを受けて、僅かに光る銀色が見えた。
暗かったが、あの黄緑色の目がゲンガーを見ていることは分かった。

離れていった体温は、暖かなものだった。
安心できるような、そんな優しさを含んでいた。

ボトルをかぱん、と開けて、ガムを数個口の中に放り込む。
大きく息を吸って、嗅ぎ慣れたミントの匂いで鼻の中がいっぱいになった。

ガムの砂糖衣をがしゃがしゃと噛み砕き、だいぶ軟らかくなった頃
ゲンガーはやっと、もう一度傍らに視線を向けた。

小さな体をさらにちぢこませ、銀色頭の子供が膝を抱えていた。
視線は、いつものように前だけに向けながら。


「俺は、いないほうが、いいですか?」


気遣われているのだろうか。まなざしはいつもどおり感情を見せてはくれない。
だから、真意を見出そうとしても分からない。

それでもそこには哀れみの色は一切なく、ゲンガーは少しほっとした。
返答を待っているのか、カゲボウズは一言もしゃべらない。


「かまわんよ」


それがちゃんと伝わっているのか、言葉にしてから不安になった。
この子供は…といっても、体格が小さいだけであって実際にはそう歳は離れていないのだが。
まあとにかく、この子供は語彙が少ないらしい。
自分が知っている言葉で、どれだけ伝わっているかどうか。

だが、問い返す声はなかった。


「そう、ですか」


そんな短い言葉を済ませると、再び眠るためか彼は身じろいだ。
ほんの少しだけ、ゲンガーのいるほうへ。

人恋しいんだろうか。と、夕方にも思ったことを再び思った。

一瞬だけ、すれ違った車のライトに照らされて、銀色のこうべが煌いた。
夕方に拳を振り下ろした辺りに、手を触れてみた。


「痛いか?」

「いいえ」

「そうか」


銀色の髪の毛はほどよい軟らかさと硬さを持っていて、撫でていて気持ちがよかった。
震えも、いつの間にか止まっていた。

すこしだけ表情を緩めて、カゲボウズは両目を閉じた。
犬か猫みたいだな、と思う。頭を撫でられて眠るなんて。


「まだ、ここにいても、いいですか?」


眠たげな声に問いかけられる。
撫でる手を止めぬまま、ゲンガーは答えた。


「構わねえよ、ここにいても」



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


翌朝、ゲンガーは馴染みの喫茶店に車を走らせた。
理由はいつものようにモーニングコーヒーをたかるためだ。

店長が黒と赤のインクに落書きされた札を持ってきて文句をつけるのを、ゲンガーは軽く
笑顔であしらった。二人の幼い子供たちの見ている手前でもあったので、店長はあまり
しつこく怒りはしなかったが、罰として皿洗いを命じゲンガーはそれにYESと答えた。

エネコはにこにことしていたが、カゲボウズはやっぱり何を考えているのか分からない感じで
それを眺めていた。二人はコーヒーにミルクをたっぷりと入れてやらないと飲めないタイプだった。

ゲンガーは、ミルクが七割をしめているコーヒーを飲む二人を眺めて、笑った。

今日で四日目。
一緒にいる時間が何日増えようと、もうどうでもよくなった。
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