長かった冬の寒さがゆるみ、季節は春。一ヶ月のみの短い春。
すごしやすい陽気の中を散歩して、休憩にハイツェンに入ろうとする人たちがいる。
だが扉に掛けられたCLOSEのプレートを見て、引き返すことになる。
午後一時すぎまで開いていたので、今日は半ドンということになる。急用があって店を閉めたわけではない。
用事はあるが、毎月のことだ。毎月同じ日に昼から大掃除をすることになっている。
その証拠に店の中を見てみると、複数の動く人影が見える。
この大掃除はケイタの母親が、年末にまとめてやるのは面倒だと言って、毎月少しずつやり始めた。
その習慣が今も残っているのだ。
フロア、厨房、倉庫、家の順で毎月掃除していて、今日はフロアの番だ。
皆で棚の物を下ろして、埃を落とし、拭いて、また物を戻していく。
そのあとは個別で動く番だ。
「スグさん、机を一箇所にまとめましょう」
「ん、わかった」
男二人は力仕事をこなす。
一方、女たちは、
「リサちゃんとキラちゃんは、床を掃いてそのあと洗剤を使って汚れを落として」
「マールさんは?」
「私は窓拭きをするわ」
水切りワイパーと雑巾を入れたバケツをリサとキラに見せる。
「……私は?」
そう聞いたのはキラの隣に立つトーガ。店を閉めても帰らなかった。
掃除するからと言っても、暇だから手伝うと居座ったのだ。
「え、えーと……キラちゃんの手伝いお願いしようかしら。
リサちゃんはカウンターの掃除に回ってくれる?」
お客を働かせていいのか迷ったマールは、一番仲のいいキラと一緒にいさせることにした。
対応をキラに放り投げたともいう。
「了解です」
「うふふ、綺麗王と呼ばれた私の実力を発揮するとき」
「はいはい、存分に発揮してね~」
キラがトーガの腕を引っ張って連れて行く。
どうでもいいが掃除王ではないのかと問うてみたい。
男たちがテーブルと椅子を移動し、一箇所に積み上げていく。
そのあとはケイタはカウンターの手伝い、スグは窓拭きの手伝いへとむかう。
広くなったように感じるフロアをキラとトーガが掃いていく。
キラはカウンターの下にある小物を整理中。
マールは外で弱めのみずのはどうを窓にぶつけている。ワイパーで汚れを落とし、もう一度水をかけたあと、雑巾で拭くつもりだ。
掃除は進みケイタはカウンターから、フロアの手伝いへと移動。
水に洗剤を混ぜモップを浸す。それをそれぞれ持って、床の汚れを落としていく。狙いは、普段の掃除で落ちないしつこい汚れ。
一番熱心だったのがトーガ。すごい集中力を発揮し、小さな汚れも見落とさず綺麗にしていく。
綺麗王の名は伊達ではなかったらしい。
普段の掃除をさぼっていたわけではないので、三時間もすれば掃除は終る。
「まさに光り輝く」
「床はね」
うっとり床を見るトーガにケイタは苦笑する。
いつもの大掃除よりも綺麗になった床。ここまで頑張らなくても、と少しだけ思ってしまう。
「さて、飲みたいものを言ってくださいな」
「温かい烏龍茶」
「ういうい。キラさんは?」
「わたしはオレンジジュースで」
「りょーかい」
ケイタは注文を受けた二人と自分の分を準備し始める。
リサとマールは汗と汚れを落とすためシャワーを浴びている。
キラとトーガとスグはすでに汚れを落としたあとだ。
スグは夕食を作っている。メニューは消費期限の近づいたものを入れたシチューとオムレツ。
「おまちどうさま」
「「いただきます」」
のんびりと飲んでいるとシャワーを浴びていた二人が出てきた。
「二人も何かいる?」
「冷たいもの」
[私もそれで」
二人にリンゴジュースを出したあと、今度はケイタがシャワーを浴びにいった。
夕食のあと、リビングで明日のことを話しながら、皆ゆったりとしている。
「明日はお花見。集合は十二時、東学校の校門で」
「東学校ってどこ?」
ただ一人この町出身ではないトーガが疑問の声を上げる。
シキタウンの周辺には三つの学校がある。東に一校、西に一校、南に一校。その中でハイツェンに近い東学校に毎年集まる。
学校は六才から十二才までの六年いくことになっている。さらに勉強したい人はシキタウン中央にある上級学校にいく。
「トーガはうちにきたら? 一緒に行こう」
「そうする。
お花見は場所取りが一番の楽しみ」
トーガの瞳の中に炎が揺らめいた。
「気合入っているところ申しわけないけど、場所は余ってるから争いごとは起きませんよ」
揺らめいていた炎が消える。
「そうなの?」
声も寂しそうだ。
「あちこちで桜が咲いて、各々好きな場所で見るから」
「残念」
「食べ物は俺で、手の込んだお菓子はマール、飲みものはケイタでいいんだよな?」
スグの確認にケイタとマールが頷く。
あとは各々好きなお菓子でも持ち寄ってくるとなり、今日は解散となった。
晴れだという天気予報は見事に当たり、ぽかぽかと暖かな花見日和。
校門にはじめに着いたのは大き目のバスケットを持ったマール。
そのすぐあとに、料理をつめたお重とタッパーを持ったスグと二人でござを持つキラとトーガが到着。
リサも着いて、最後にクーラーボックスと魔法瓶二つを抱えたケイタの到着で全員そろった。
「皆早いな。今十二時になったばかりだぞ?」
「時間前行動は軍隊の基本」
「軍隊ちゃうよ」
なんでやとケイタがトーガに突っ込む。
一行は学校の目の前にある、校庭を兼ねた公園へと入っていく。
大き目の公園の半分を八分咲きの桜がうめている。
すでに花見宴会を始めている人もいて、にぎやかな話し声笑い声が聞こえてくる。
探せばいい場所はいくらでもあって、昨日話していたとおり争いなんか起きようがない。
「ここらでいいか」
「ござ敷くよー」
スグが立ち止まった場所に、キラとトーガがござを敷いていく。
料理やお菓子、飲み物が置かれていく。
男二人とトーガにはお酒、残りの三人にはジュースやお茶が渡された。
「それではハイツェン新人と新常連歓迎会兼お花見を始めます! かんぱーい!」
店長の音頭にあわせて、皆飲み物を掲げる。
ちょうどお昼時ということもあって、箸が進む。
会話も弾み、さまざまなことを話して笑いあう。
「俺とスグさんが初めて会ったときの話?
初めて会ったのはバイトの面接に来たときで、話したのは毎年やってるこの花見のとき」
「ああ、そうだったな。大人四人で盛り上がって、俺たちはほっとかれたんだ」
懐かしいなと当時を思い出す男二人。
「プルさんとななさん元気かな?」
「あの二人ならどこでも元気だろうさ」
「その人たちって、どういった方ですか?」
マールが聞く。
「マールがハイツェンに来る前にいたメンバーだ。プクリンの男と人間の女で夫婦だ」
「ジョウト地方にあるレストランにコック長として誘われて、引っ越していった人たち。
プルさんはスグさんの料理の師匠。すごく料理が上手だったんだ」
「師匠の腕には追いつけないだろうなぁ」
「そんな人たちがいたんですね」
「昔話はここまで、ほかの人が参加できないからね」
「そうだよー参加できなくて寂しいよー。
というわけで、リサ歌います!」
どういうわけなんだかわからないが、リサは立ち上がり歌いだす。
少し離れた場所から、いいぞねーちゃんー! なんて聞こえてくるものだからリサはさらに調子よく歌う。
キラも混ざって歌いだすものだから、賑やかさはさらに増した。
「いつも以上にテンション高くて、変だと思ってたらいつのまにか酒飲んでたとは」
初めて飲んだ酒に酔いリサとキラは寝ている。
なぜかリサはケイタの背に寄りかかって、キラはケイタの膝に頭を乗せて。
その状態でケイタは、トーガの酒盛りにつき合わされている。
「両手に花以上ですな、店長」
「この原因が言わないで」
いつのまにかジュースを酒に換えたのはトーガ。自分用に持ってきていたものを使った。
口当たりのいい飲みやすい果実酒だったので、お酒だとばれなかったのが勝因だと語る。
「キラさんはスグさんの家族なんだから、スグさんのほうにいけばいいのに」
「あれは邪魔できないっす」
トーガが指差した先に見えるのは、スグと酒を飲む幸せそうな笑い上戸マール。
さらっと告白まがいのことを口走っているのは、酔いのせいだろう。
笑い上戸に巻き込ませないためじゃなくて、酔ってもスグと一緒に入れて幸せそうなマールを邪魔するのはしのびないという配慮から、トーガはキラをこっち側に寝かせた。
トーガの膝枕じゃないのは、起きたときの反応が楽しみだから。
「トーガさん強いですねー」
ちびりちびりと飲むケイタとは対照的に、トーガはハイペースだ。
すでに750mlの瓶一つと半分飲んでいる。
「どくガス萌えもんだから、毒には耐性がある」
「酒は毒ってわけじゃ……飲みすぎは毒か」
本当かどうかわからないが適当に納得しておくケイタ。実は女の子二人の近すぎる接触に余裕がなかった。
「うぶな奴じゃ」
そんなケイタの心情を見抜いてトーガはほおっている。
「もう一回乾杯しよう」
「なんにですか?」
突然なトーガにケイタは聞き返す。
「新たな出会いと混沌に」
「混沌!?」
「楽しそうでしょ?」
「楽しそうかなぁ?」
首を傾げながらもケイタは乾杯とコップを打ち合わせる。
飲みながらスグとマールを見ると、いつのまにやらダウンしたマールがスグの膝枕で寝ていた。
ダウンした三人はほぼ同時に起きて、リサ以外は慌てた様子を見せた。
特にマールの慌てぶりはすごく、乾杯の効果がもうでたのかとケイタは思う。
混沌、あまり激しいのは簡便してくれといるかわからない神様に祈ってみたケイタだった。
最終更新:2008年02月15日 19:56