5スレ>>284


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立春の頃――
暦の上では春になったとはいえ、まだまだ寒いものだ。
だから、こうやってコタツという日本人の崇高な発明におんぶに抱っこという状況もまたいいものなのである。
足元から伝わる温もりが本当に心地良い。
伝播した温かさで蕩けた脳味噌から、ドロドロの思考を垂れ流しながら、俺は楽園を満喫する。
ミカンでも食べようかな、と手を伸ばした先で手と手がぶつかった。
ちなみにこのミカン、最後の一個である。すなわち、取り合いとなるのは自明の理。
加えるならば、俺はこの相手にくれてやりたくなかった。
「心が狭いわねぇ、ご主人様。たまの休日くらい、コタツでミカンを食べてもいいんじゃない?」
読者諸兄よ。この発言をどう捉えるであろうか。
無論のこと、この発言だけを鑑みれば俺が萌えもんに愛情を注がないド外道トレーナーと認識されかねない。
だが、この俺を極悪非道のトレーナーと認識するのは些か早計である。
勿論、普段のこやつの行動を認識しておられぬ諸兄には理解できないであろうが、俺からすれば大問題である。
自分は紳士であると自覚しているこの俺の自制心にひびをいれるとは、我がパートナーながら恐ろしい。
俺は、心からの叫びをあげた。
「普段から怠けている奴のセリフじゃねぇぞこらぁ!」
そう、そうなのだ。こやつにとって日常が休日。毎日が日曜日なのである。
なまじ付き合いが長くレベルが高い故に、大概のバトルも一撃で幕を下ろしてしまうのだ。いや、この事には感謝こそすれ、怒ることではないのだが……。
だがその分、こいつのだらけ具合も等比数列のように加速していく。第何項か数える事はとっくの昔に放棄した。
嗚呼、やる気に満ちていたあの時期が懐かしい、と思い出という名の現実からの逃避場所に逃げ込んだ一瞬の隙を、こいつは見逃さなかった。
持ち前のスピードとパワーでミカンを掻っ攫っていき、器用に手早く皮を剥き、一口で胃に納めた。
ああ美味かった、と溜息を漏らすこいつに、俺の堪忍袋の紐は職務を放棄した。
「てめぇ! こら、ケッキングゥゥ!」
俺の怒号も何処吹く風。
サラリと受け流したケッキングは、そのままコタツに顎を乗せ、トロンとした目付きで俺を見てくる。
「油断してた貴方が悪いわよ」
クスクス笑いながら、ケッキングはじりじりと俺のほうへ寄ってきた。
「おい」
「たまの休みでしょう? 私が一番落ち着くのはここなのよ」
おい、と反論をしているものの、俺の身体は既にケッキングを受け入れる準備を始めている。
コタツから身体を出し、胡坐を少し崩した。すると、その隙間にするりと毛布を持ったケッキングが入ってくる。
ケッキングは身体をこちらに向けて俺の脚の間に座り込むと、毛布を被って俺に抱きついてきた。
俺の首に腕を回しているケッキングは心底嬉しそうだ。
この抱きつき癖は、彼女がまだナマケロだった時代に端を発する。
ナマケロという種族はとにかく動かない。とはいえこやつは、道中はともかく家の中ではボールに入る事を極端に嫌った。
その時分、駆け出しのトレーナーであった俺――今考えると最初の萌えもんがナマケロとか無謀すぎる――は、
家の中では彼女を自分にしがみ付かせたままであった。
三つ子の魂百まで、とは正にこの事だ。
第三段階まで進化しているにも拘らず、未だにこの癖は抜けない。
「はふぅ……。やっぱりここが落ち着くわぁ」
安心したように吐き出された吐息が、俺の胸元を撫ぜた。
柔らかいが、適度にしまった体の感触が心地よい。
「ねぇ、ご主人様?」
心地よい倦怠感に包まれていた俺を、ケッキングが引き戻す。
とはいえ、ケッキングの声音もトロンとしているから、俺の頭には靄がかかったままだ。
「どうして、私を捕まえようと思ったのかしら?」
ケッキングの持つ能力はとんでもないものであるが、その特性故か、一部の玄人トレーナーに人気があるものの、初心者向きとは言えない。
まどろみに逃げ出そうとする脳味噌を叱咤激励し、俺は過去に思いを馳せた。


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俺は典型的な運動音痴のガキであった。
鬼ごっこをすれば無限ループに突入し、ドッヂボールともなれば外野でボールの行方を見送るのみ。笑いたければ笑うがいい。
そんな俺は野生の萌えもんを捕まえる事も出来ず、ただ友人同士のバトルを見ているだけだった。
そんなある日、今現在でも交際のある親友が、一つもんすたぁボールを渡してきた。
「最初はケムッソとかでいいから捕まえてみろよ。お前、頭良いし、アドバイスもいっぱいくれるし……。もったいねぇよ」
いくら数あるボールの中でも最も安価なボールとはいえ、当時の俺たちにとっては貴重な一個だ。
俺は、感激の余りにぶんぶんと機械宜しく首を上下させるほかなかった。
さて、その日の家路である。
気分が高揚していた俺は、いっちょ森を通って物色をしようと考え、森の中を突っ切って行ったのである。
結果は聞くな。分かりきった事ではないか。
よもや、ケムッソごときに撒かれるとは予想だにしていなかった。当時の俺は悔しさに咽び泣いたものだ。
そんな俺が漸く気を取り直して正面の木を見据えたときに、ナマケロ時代のこやつが居たのである。
不思議そうに俺を見つめるナマケロ。
ナマケロ自体がそこそこ珍しい種族である為、友人の誰も持っていなかったという優越感も手伝い、俺はこいつに声を掛けた。
「一緒に来ない?」
我が事ながら可愛らしいものだ。一体どこでどう間違ってここまで捻くれたのやら。
その俺の問いかけに、ナマケロは軽くこくんと頷き、ここに俺の生涯のパートナーとの出会いが果たされたのである。
次の日の学校は俺にとって激動の一日であった。
なんせ、その学校では所持している者のいない萌えもんであるうえ、休み時間はボールから出て俺に常に引っ付いている萌えもんである。
運動音痴の俺が捕まえたということも手伝い、注目の的になったという事なのである。
この時分の子どもというのは思考回路が単純である。当然珍しいイコール強い、という安易な方程式に導かれ――
「さぁ、勝負だ」
といった事態に陥ったのである。
さて、相手は学年内でも十本の指に入る俺の友人の一人だ。
スバメを操る手腕には定評のあった奴だった。
ナマケロは事態を呑み込めていないかのように、俺を見つめてくる。
ナマケロの技は把握している。勝負できるかと聞かれたら、イエスだ。
勝てるかと問われると言葉が詰まるのは仕方ない。それは俺の仕様だ。
「戦える?」
胸に抱きついているナマケロを、丁度高い高いをするように持ち上げて問いかける。
「面倒だけど……、ご主人様の頼みなら」
その返答を受け取り、俺は友人と対峙した。

「つつくんだ」
友人の指示を受けスバメが飛翔する。
一方のナマケロはのらりくらりと戦闘の構えを取る。
ナマケロの能力はたね萌えもんのなかでは高い水準であるが、なまけという特性がそれを覆い隠しているのが現状だ。
当時の俺は、とにかく空から引き摺り下ろす事を考えた。
当時のナマケロの技は「ひっかく」「あくび」「アンコール」「なまける」である。
「ナマケロ! あくびをして!」
俺の指示を受けたナマケロは、口に手を当てて大きく欠伸をした。
その動作にギャラリーの女の子達からは黄色い歓声が飛んだ。断っておくが、別に嫉妬はしていない。
ナマケロはここからが大変だ。
あくびによって誘発されたスバメの眠気。それにより、スバメの瞼が閉じるのを待たなくてはならない。
だが――
「なんだよ。お前の萌えもん、怠けているじゃねぇか!」
友人の言うとおり、ナマケロは地面に座りこんでいる。これは、体力回復用の技である「なまける」ではなく、純粋になまけているのである。
「スバメ! 遠慮はいらねぇ!」
友人の言葉に、様子を窺っていたスバメが急降下した。
その加速のついた一撃は、非常に強烈だった。ナマケロの受けたダメージから推察するに、同程度のレベルだったのだろう。
だが、ナマケロは動かない。いや、その特性のせいで動けない。
その事をバカにしていると思ったのであろうか、友人は更に指示を飛ばした。
「スバメ! でんこうせっかからつばさでうつ」
数々の敵を破った、友人の黄金コンボである。
「でんこうせっか」で相手を撹乱し、そこに生じた隙を「つばさでうつ」で狙う王道の連携である。
だが、ナマケロの耐久力を舐めてもらっては困る。
この連携を、活動できるギリギリの範囲内でのダメージに抑えたことで、風はこちらに靡いてきた。
「スバメ?」
スバメの動きが明らかに鈍っている。確実に「あくび」の効果が出ている証拠であった。
そしてそのままスバメは眠りに落ち――
「えぇっと、まだやる?」
「ひっかく」の体勢でスバメに歩み寄るナマケロに、俺の友人は降参の意を表したのであった。
勝負に勝ったというのに動こうとしないナマケロに俺が近づくと、ナマケロは首だけをこちらに向けて訴えかけてきた。
俺はその要望を察して、ナマケロを彼女の指定席にエスコートした。
そこからは、なまけという最大のハンデを背負った俺たちだったが、
俺の小学生らしからぬ戦術とナマケロの能力の高さを武器に、友人達と数々の名勝負を繰り広げていったのである。


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ああ、懐かしい。感慨に耽るのも何時ぶりであろうか。
そういえば、出会った頃から毎日のようにこいつを――純粋な意味で――抱いてきたのだ。
癖がつくのも当然だ、と。
「何を考えてるのかしらぁ」
物思いに耽っていた俺の頬を、ケッキングが抓る。
手加減しているとはいえ、萌えもんでも屈指の攻撃力を誇る彼女の一撃である。頬が腫れ上がったのは言うまでもない。
「お前と会ったときの話だよ」
ヒリヒリする頬を摩りながら、俺はケッキングに答えを返す。
ああ、と彼女は声を漏らして、より一層強く抱きついてきた。む、胸がぁ!
「ケムッソに撒かれて泣いてた子が、ここまで立派になったのよねぇ」
世の中分からないわねぇ、と呟くケッキング。
しかし、当の俺は胸の感触にてんてこ舞いだ。幾度となく抱き合ってきたが、この感触には未だに慣れない。ぷにぷにだ。
「ねぇ、本当に何で私を捕まえようと思ったのかしら?」
上目遣いに俺を見つめてくるケッキング。俺はその視線に耐えられず目を背け――
「お前が頷いてくれたからだよ」
と、強がるので精一杯だった。
俺の言葉を聞き、ケッキングはクスクスと笑った。
その笑いに嫌なものを感じながらも、俺は追及せざるにはいられなかった。
とある人が言うには――
「ああ、アレ? あれ眠くて頭が下がっただけなんだけど?」
――好奇心は猫をも殺すという。
完全に放心した俺を見て、ケッキングの笑いは更に深くなった。
事実は知るべきだが真実は知るべきじゃないなぁ、とたった一つの真実を見抜いてしまった事で俺の脳内は後悔の二文字で埋め尽くされた。
「バカねぇ……」
放心状態の俺の頬に手がかかり、俺の唇を何か柔らかいものが塞いだ。
――ん? 柔らかいもの?
放たれていた心が俺に帰還し、現状を把握した途端――俺の脳内が燃え上がった。
激しく鼓動を打つ心臓の音がうるさすぎて、それがより一層の羞恥を煽る。
「なっ――!」
唇が自由になってからも、俺の動揺は収まらない。寧ろ口がパクパクしている事で、間抜けっぷりが当社比30%アップだ。
生まれて初めてのまうすとぅまうすに、俺の動揺は収まることなく加速していく。
「捕まるのが嫌だったら、ボールから飛び出ているわよ」
「な――ナマケロだったから、面倒だったんじゃないのか」
漸く搾り出した反論にも、ケッキングはサラリと答える。
「あら、じゃあ私はご主人様に、捕まりたくなかった相手にすら唇を捧げる軽い女と思われているのかしら?」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
思わず返答に詰まる俺。
ケッキングはそんな俺を更に追い詰める。
「ちなみに初めてよ」
「聞いてねぇよ!」
「あら、それは残念。初めてを捧げた人にそんな扱いをされるとは思わなかったわ」
返す言葉も思いつかない。
第一、俺も初めてなのだ。奪われた俺の立場はどうなるというのか?
ケッキングの方を見ると、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべている。
「ご馳走様。また頂戴ね」
いや、そう言われても……。
と、困惑する俺をよそに、ケッキングは俺を抱き枕にしたまま眠りに落ちた。
スースーという寝息が俺の耳をくすぐる。
俺だってやられっぱなしというのは気に食わない。
ケッキングの頬に控えめに唇を寄せた。
そのまま、俺はまどろみに嵌っていく。
意識が完全に無くなる前に、ケッキングの笑い声を聞いた気がした。
俺がこの行動を後に死ぬほど後悔したのは、言うまでもないが蛇足である。



――了――
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