5スレ>>418


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――ガキの頃の思い出、といわれれば、俺にはマサラで過ごした日々しか浮かばない。
それ以前は文字通り右も左もわからないガキだったし、それ以降はろくでもない荒れ具合を晒していた。
己のガキさ加減に気づき、乱行を改めた今、まだまだ子供のくせに年寄りくさく己の人生を振り返ると、自然とそうなってしまうのだ。
だから。

「……変わってねぇなぁ」

数年ぶりに見たその町の、あまりに変わらぬその姿に、柄にもない感傷を抱くのも、仕方ないというものだろう。



『Canon ~へたれのための追走曲~ 改訂第一節 錆びた記憶の笑顔を追って』


「……おぉ、君か! 大きくなったのぉ、よく来てくれた!」

「……たかだか三年だろ、大袈裟だよ糞爺」

数年ぶりに踏んだマサラの土、その感触を味わいもせずまっすぐに足を向けた一軒の研究所。
『オーキド萌えもん研究所』と記された看板を背負うその建物は、かつて俺がこの町にいたころ、親の次に世話になった会いたくもない老いぼれが、趣味の悪い研究を続けている、大嫌いな施設だった。
普段なら絶対立ち寄らないこの施設――いや、“普通なら帰ることなどない”この町に、俺が戻ってきた理由。
それが、数年ぶりに連絡をよこしたこの老いぼれ――オーキドからの、唐突にして緊急の呼び出しがあったからである。

「……で? わざわざシオンからマサラくんだりまで出張らせる“急ぎの用事”とやらはなんなんだ糞爺。 こんだけ面倒かけさせたんだ、相当なワケがあるんだろうな?」

古びた外見には不釣り合いなほど奇麗に整えられた研究所内、その応接間に当たるであろう部屋のソファに深く腰掛け、眼前の老人を睨み据えながら詰問する。
俺の住むシオンから、このマサラまで。
その道程はそうたやすいものではない。
まず第一に、シオンからマサラへの直通最短ルートには二つの山――イワヤマトンネルとお月見山がある。
特に、シオンからハナダへ抜ける道程に横たわるイワヤマの険路は並大抵のものではない。
その名に冠せられるほどの荒れた岩肌の続く山道に、光の差し込まぬ山内の洞窟の暗さ。
おまけに洞窟内に住む萌えもんは余所者を嫌い、侵入者と見れば容赦なく襲いかかるときた。
ある程度の力量のあるトレーナーならまだしも、一般の人間が超えるのは相当な準備と覚悟がいる。
かといって、それ以外の道程を通ることも、現状では決して容易ではない。
普段ならヤマブキを経由しての行き来が可能な四都市――ハナダ、クチバ、シオン、タマムシ――の通行が不可能になっているからだ。
理由は、唐突なヤマブキシティの交通封鎖。
如何なる事態が起きたのか、一切の説明もなく強行されたその措置のために、四都市間は、ハナダ――クチバ、シオン――タマムシ間それぞれの地下通路でしか行き来ができなくなってしまっていた。
そのため、陸路でイワヤマを避けてマサラに向かうことは不可能。
しかも、海路を使おうにもセキチク――グレンの間の潮流は萌えもんでなければ通れぬほど移ろいやすく、そのうえ、途上にはふたごじまという天然の迷路が立ちふさがる。
そういうわけで――結局、俺はイワヤマとお月見山を越える、最も厳しいルートを通り、このマサラまでやってきた。
道中に費やした時間、体力、資金諸々。
俺が今ここにいる理由が、失ったそれらに見合わなければ、正直やっていられない。

「おお、そうじゃそうじゃ……ちょっと、待っておれ」

テーブルを挟んで俺と同じように腰かけていた爺は不意に立ち上がり、そのまま奥へとひっこむ。
なんだってんだ、と頭を掻いて背もたれに体重を預けると、腰につけた二つのボールから、二条の赤い光が奔った。
その光はやがて二人の人影を形成し、そして、光が消えたあと、俺の前には二人の萌えもんが立っていた。

「……お前ら、じっとしてろっつったろうが」

「おやおや、つれないねマスター? ここまで連れてこられたんだ、僕らにも詳しい話を聞く権利はあるだろう?」

肩をすくめて眉をひそめ、あからさまな苦笑を作る、黒い死に装束の男――ゴースト。

「……私も……あのおじいさんのお話……聞きたい、な……?」

ハの字に眉を寄せ、短い紫髪を揺らしながら、上目づかいに伺いを立てる女――ドガース。
お世辞にも陽気とは言い難いこの二人こそ、俺の今の相棒たちである。
ゴーストは腐れ縁。
ドガースは押しかけ。
どちらもいわゆる“普通”の方法で捕まえたわけではないが、今ではかけがえのない仲間だ――口にはしないが。
うっかり口を滑らせてそんなことを言いでもすれば、ゴーストは一週間はそれを肴に俺をからかい、ドガースはそのまま俺を押し倒すだろう。
俺としてはどちらの状況も遠慮願いたいので、二人にかける感謝の言葉は必要最低限にさせてもらっている――勝手に。
……しかし、いかがしたものか。
ゴーストはへらへらと、ドガースはおどおどと。
けれど共通しているのは――二人とも、笑みを浮かべているということ。
この表情……こいつら、俺が爺の“頼み”とやらを引き受けるものと、勝手に思いこんでやがる。
いったい俺がいつそんなことを言った、と問いただしかけて――やめる。
そういえば、ゴーストには話したことがあった。
おしゃべりなこいつなら、十中八九ドガースにも話しているのだろう。
つまり、こいつらは、知っている。
俺があの糞爺――オーキドの呼び出しに答える気になった理由を、知っている。



――にいさん、まって……!
――いかないでよ、にいさん……!
――いいこになるから、いいこでいるから……だから……!
――わたしをおいていかないで、にいさん……!



「……ったく」

振り払う。
錆びついた記憶を。
古びたレコードのような、思い出の中の残滓を。
そして――未だに気楽な笑みを浮かべる二人に、きっぱりと、宣言する。

「言っとくけどな――俺は、どんな話だろうと受けるつもりはねぇぞ」

その言葉に。

「――え?」

ゴーストは意外そうに目を丸くし。

「……そうなんですか?」

ドガースは、不安そうに表情を陰らせた。

「当たり前だろうが。 どんな要件だろうが、俺はもうあの糞爺とはほとんど縁が切れてんだ……頼みを聞いてやる義理なんて、これっぽっちもありゃしねぇ」

そう答え、あとはただ、じっとうつむく。
これ以上干渉されないように。
思い出を掘り起こされないように。
色褪せた笑顔を――思い浮かべずに済むように。

「はぁ……やれやれ」

「マスター……いいの……?」

ゴーストの溜息も、ドガースの囁きも、聞こえない――聞こえてなど、いない。
まして、あの馬鹿の笑顔など、浮かんでは――

「いやぁ、待たせたの! 見つけるのに少々手こずってしまったわい!」

「……遅ぇよ、糞爺」

――まぁ。
ちょうどいいタイミングで戻ってきたことに免じて、文句はそれだけで済ませてやろう。
俺のそんな打算も知らぬ顔で、爺は何やら妙に派手な彩色の箱を、テーブルの上に載せ、それを開く。
その中には。

「……なんだこりゃ」

なんとも形容しがたい――強いて言うなら、マジックパンチ、とでもいうのだろうか。
先端にグローブがあしらわれ、ばね仕掛けのようなものでそれが伸び縮みするおもちゃに酷似したものが入れられていた。

「かわいらしいおもちゃだね」

「ちょっと欲しい……かも」

うるせぇ。
お前らの意見は特に聞いてねぇよ。

「これは“ラッキーパンチ”といってな、萌えもんに持たせると攻撃が急所に当たりやすくなるという一品じゃ」

「いや、そうじゃねぇし」

なぜかその代物についての解説を加える爺の言葉を遮り、テーブルに身を乗り出すようにして、その間抜けな面を睨みつける。

「そのラッキーパンチとやらをここに持ち出して、いったいどうしようってんだ、って聞いてんだよ」

俺としては、かなりの威圧を込めた視線。
だが、この糞爺は、それを意にも介さずあっさりと、告げる。

「これをな、クチバまで届けてほしいんじゃよ」

「断る」

即答した。
爺に二の句を告げさせる前に、畳みかける。

「わざわざシオンから呼びつけといて、運び屋代わりに人を使おうってか? 虫がよすぎるにも程があるだろ。
 それに、俺はあんたの頼みを聞かなきゃいけねぇような借りを作った覚えはねぇぞ」

ふざけんな、と毒づいて。
俺は再び、ソファにどっかと腰を落とした。

「はぁ……なんともはや」

「あ、あう……マスター……」

あからさまな溜息を洩らすゴーストと、挙動不審に俺と爺を交互に見るドガース。
なんとでも言え、ここで折れてたまるものか。
俺はもう、なんの関係も、ないんだ。

「ふむ」

爺は。
俺の拒絶を聞き、数瞬の逡巡の後、ぽつりと、さもなんでもないことであるかのように、言った。

「……これを届ける先が、君の“幼馴染”じゃと言っても――駄目かの?」

その、一言、で。

「――――――――っ!」



――にいさん、にいさん。
――んー?

忘れていた、忘れようとした記憶が。

――みて。
――お、きれーだな……どこにあったんだ?

俺の脳裏に、まるで映画のように鮮やかに、けれど色褪せて映し出され。

――あっち。
――そっか……よし、おれもつみにいこう。

その中に、確かに残った、大切な、大切だった少女の。

――また、おはなのかんむり、つくってくれる?
――ああ、まかせとけ。
                ・・・
忘れない、忘れられない笑顔が――やめろ。



「――関係、ねぇよ……もう、俺には」

「まぁ聞きなさい。 君は、君が引っ越した後のあの子のことを知らんじゃろう。 その話を少し聞いてからでも、決断は遅くなくはないかな」

震える拒絶の声を遮り、爺は、そう言った。
反論しなければ駄目だ。
反論しなければ、なし崩しで仕事を引き受けさせられてしまう。
でも――声が、出ない。

「……マスター? どうした?」

「だ、大丈夫……?」

ゴーストが柄にもなく気遣わしげな声を上げ、ドガースが心配そうな顔で俺の顔を覗き込んでくる。
それに答える余裕も、今の俺には、ない。

「あの子は――君がいなくなってからも、強い子のままじゃった。 より強くなった、と言ってもいいかもしれん。
 笑うことを覚えた。 泣くことも覚えた。 昔のように、感情を押し殺す子ではなくなった。
 誰かを信じられるようになった。 自分の力で、険しい旅を乗り越えられるようになった。
 あの、君と出会ったばかりのころからすれば、ずいぶんな進歩じゃ。 しかし――」

爺はそこで、言葉を切る。
そして、小さく溜息をつき。

「……しかし、まだまだ危うい子であることに変わりはない。 子供らしい感情を手に入れた代わりに、それを制御しきれんところがある。
 おまけに、あの子をいじめていた連中も、あの子に続いて旅に出た。 この間も、彼らに喧嘩を吹っ掛けられたと連絡が入ったしの」

「な――!」

気がつけば、俺は飛びかかるようにしてソファから立ち上がり、爺の胸倉をつかんでいた。

「ふざけんな! あいつらは、俺が――――」

「そう、君が引っ越す直前、自分の立場が悪くなることも顧みずに叩きのめした連中じゃ。
 じゃが、喉元過ぎればなんとやらで、君がいなくなってしばらくすれば、また元通りになっておった」

「……!」

めまいがする。
それなら――それなら、俺がやったことは、いったい、なんだった?

「……マスター、少し落ち着こう」

「……ゴースト」

「博士の話は、まだ終わってないよ――聞こうじゃないか、最後まで」

相棒に肩を押さえられ、わずかながらに正気に戻る。
……上等だ、聞いてやろうじゃないか。
俺がいなくなってから、あいつがどう変わっていったのか。

「……話を続けよう。 連中は以前と同じようにあの子に突っかかっていった。 じゃが、あの子はもうやられっぱなしではなかった。
 一度奴らを返り討ちにした、と報告してくれた時は胸がすかっとしたわい」

呵呵と笑う爺に、思わず釣られそうになる。
そうか。
あいつは、俺がいなくなっても、ちゃんとやっていけていたのか。

「じゃが、のう」

不意に笑みを引っ込め、渋い顔に戻る爺。

「ワシにできたのは、そこまでじゃ。 あの子に萌えもんについての知識を教え、一緒に旅立つパートナーを与えてやることはできても、隣で支えてやることはできん。
 そして――あの子がそれを許すのは、ワシの知る限り、君しかおらん」

そう言って。
爺は、直視するのが恐ろしいほどの強い意志を籠めた眼で、俺を、見据えた。

「……買いかぶりすぎだぞ、糞爺」

「ワシはそうは思わんよ」

じっと、睨み合う。
だが――結果など、最初からわかりきっている。
どれほど老いぼれと罵ろうが。
どれほど物好きと嘲笑おうが。
数えきれない修羅場を潜ったこの老人と、たかだか十と数年生きただけのガキでは、そもそもの力量が違いすぎる。

「……畜生が」

だから、せめてもの意地に捨て台詞を吐き捨てて。
俺は――テーブルの上に乗せられた、色鮮やかな箱を、手に取った。

「こいつを――クチバに持ってきゃいいんだな?」

そう尋ねると、爺はにんまりと笑みを浮かべ。

「よろしく頼むぞ」

その右手を俺の前へと、差し出した。
……口惜しくはあるが。

「――まぁ、頼まれたことくらいは、こなしてやるさ」

俺は、憎まれ口とともに、その右手を、握り返した。

「……まったく、ひねくれたご主人さまだ」

「……ほんとに、ね」

……うるせぇよ、この馬鹿共。




……こうして、俺はあの馬鹿の背中を追いかける羽目になった。
だが、この時の俺はまだ知らなかった。
まさか、この旅が、ああも長く――かけがえのないものになろうとは。







――そして始まる追走曲。
それは、少年が少女と共に置き去りにした、“心”を見つける物語。
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