5スレ>>411


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朝。
小鳥がさえずるにもまだ早い時間だが、彼には別段珍しいことではない。
大きくあくびを一つ、それからゆっくりと上体を起こす。
昔は腹筋を使って一息に起き上がっていたものだが、すっかり衰えてしまった。
カーテンの無い窓からは、まだ少々薄暗いながらも晴天が覗いている。
少し伸びをして、傍らに眠っている萌えもんの少女に声をかける。
「おはようさん。今日も天気がよさそうだぞ、フーディン」
返事は無い。「眠っている」のだから当然のことだが。
声をかけられたことに気付く様子を欠片も見せず、安らかな顔で静かな寝息を立てている。
その顔は、昔から本当に何一つ変わらないままで。
寝顔を見つめる男───フーディンのマスターである男を、しばしば遥か昔───
───正確には、あの過去の日の記憶へと誘う。


















「えーっ!?また忘れてきたのー!?
 もー、いい加減にしてよ!ミノルのうっかりや!」
「いちいちぎゃあぎゃあうるさいっての!
 忘れたもんはしょうがねーだろ!」
アパートの前で昼間から人目も憚らず大喧嘩するトレーナーの少年と萌えもんの少女。
どうやら買い物をするつもりだったのに財布を忘れてきたらしい。
トレーナーの方は十台半ばといったところ、平均よりは長身でやや細いがしっかりとした体格の持ち主だ。
萌えもんの方はフーディン。強い超能力と高い知能を持つエスパータイプの萌えもん。
「ほんとにミノルはいっつもそうなんだから!
 なんでそんなにぽろぽろ忘れられるの?信じらんない!」
「エスパータイプのお前と一緒にすんな!
 第一、それならお前が持ってくりゃよかったじゃねぇか!」
「『今度こそ』、きちんと自分で持ってくると思ってたもん!
 あんなに念を押したんだから!」
「俺が出かけるときには必ず何か忘れるなんて大体想像つくだろ!
 それこそ最後に念のためって自分で見てくりゃよかったんだよ!」
アパートを出て既に10分経とうかというのにこの有様。
彼らが買い物をする予定だったデパートと彼らの住んでいるアパートは歩いてすぐの距離。
さっさと戻って取ってくれば済む話である。
だが、一度ぶつかってしまうとなかなか引っ込みがつかないのはよくあること。
今回も、そんな些細なことで済むはずだった。






「…んだよ、全く…
 買い物したかったのはそっちなんだから、自分でとってこいっつの…
 テレポートあるんだし…」
ぶつぶつ文句を言いながら、鍵を開けて部屋に戻る。
何処においていたかはさすがに覚えている。残金を寝る前に確認したから寝室にあるはずだ。
「えーと、あったあった、これこれ」
彼が覚えていた位置に、確かに財布はあった。
「朝起きたら最初に見るだろうと思ったんだけどなぁ…
 思いっきり見落とすなんて…」
財布を拾い上げてポケットへ。
と、同時に携帯のアラームが鳴り響いた。
「うわ、1時か……
 ちょっと急いだほうがいいかな」
後は外で待つフーディンの元へ戻るだけ…
と。
微かに足元に違和感。
「ん?なんか今…」
それは、すぐに微か、なんて冗談でも言えない規模で襲い掛かってきた。
「げ、うわわ、地震かよっ!」
立っているどころか、身動きすら困難な規模の大地震。
見る見るうちに部屋中の家具が倒れ、壊れ、積み重なってゆく。
それだけに留まらず、言葉にし難い世にも不吉な音を轟かせ、壁中に黒い線が複雑に走り回っていく。
「嘘だろっ…」
地震の規模に建物そのものが耐え切れなかったのだ。
すぐに天井の破片が降り始める、始めは小さなものから、続々と大きいものが。
まもなく、降り注ぐ破片の一つが彼の頭を強打し、意識を刈り取っていった。








随分長く揺れていた気がするが、実際にはせいぜい1、2分も揺れていたかどうかだろう。
揺れが収まっても、しばらくフーディンは目を開けることも、立ち上がることも出来なかった。
「…う……収まったの?
 すっごい地震だった…」
彼女の独り言は、最後まで言い終わらなかった。
彼女の目に飛び込んできた瓦礫の山。
ほんの数分前、彼女のマスターが忘れた財布を取りに入っていった、アパートの成れの果て。
「嘘…でしょ…?
 嘘って…言ってよ…」
思わず、声が漏れる。
けれど、あたりにそれに答える者はなく。
「そんな……嫌…
 いやあああぁぁぁぁぁーーーーーー!!!」
あたりに慟哭が響き渡る。







(う……
 あれ…俺…)
誰かの泣声のようなものが聞こえた気がして、意識が戻った。
頭に欠片が当たっていたらしく、ずきずき痛む。
大きさによっては即死していただろうから、そこは不幸中の幸いと呼べる…
…とは言い難かった。
(体……動か…な…
 手…足……は…?)
辺りは瓦礫に埋まって真っ暗で、何も見えない。
だから、何とか耐えられたのかもしれない。
幾ら、既に感覚も無くなっているとはいえ、半分近く瓦礫にぺしゃんこに潰された自分の体を見て、
正気で居るのは難しいだろう。
(そういや…フーディン…は…?
 あいつ……無事…かな……)
すぐに再びぼんやりと薄れて行く意識の中で、彼は自分の相棒のことを考えた。












どれだけ泣いていたのか。
もう、喉が嗄れ果てて言葉を発するのも難しいくらい。
フーディンは呆然とその場に座り込んでいた。
「…………」
ショックのあまり、何も考えられない。
だが、そのとき、エスパータイプの彼女の感覚に、触れてくるものがあった。
「……?…これは…!」
それは、紛れもなく彼女のマスターの意識。
あまりにも弱弱しくて、彼女でさえそれが何を訴えているかは読み取れなかった。
だが、それは彼女に、彼が生きていることを知らせるには十分だった。
ようやく、のろのろとフーディンは立ち上がった。
「早く……助けなきゃ…」
かすれた声で小さくつぶやき、意識を集中させ始める。
山と積み重なった瓦礫を、一つずつ取り除く。
物理的にどけるなら重機が必要なサイズのものでも彼女には関係ない。
焦る気持ちを抑え、確実にどけてゆく。
やがて、地面が見え始め…

彼の、変わり果てた姿が現れた。

「ミノル……そん…な……」
頭部や上半身といった生命維持に必須の部位は、落ちてくる瓦礫の隙間に奇跡的に収まっていた。
そのために即死だけは免れていた。
しかし、逆に、軽症といえる怪我で済んでいるのはその部分だけ。
あとは、ほとんどが完全に瓦礫の下敷きで、どかして見るまでも無く手遅れなのが明らかだった。
まだ失血死していないのが不思議という有様だったのだ。
「私が…意地張ってないで取りに行ってれば……」
いかに強い超能力を持つといえども、常に未来を予測して生活しているわけではない。
これは些細な偶然が積み重なって訪れた不幸であり、彼女を責められる者も、理由も、存在しない。
それでも、彼女は己を責めずには居られなかった。
なまじ超能力を持っているがゆえに。己のとる行動一つで、確かに回避し得た事象であるがために。
「ごめ…ごめんね、ミノル…
 ごめん、ほんとにごめんね…」
目の前に突きつけられた現実のあまりの冷酷さに、ただ謝罪の言葉を繰り返すばかりのフーディン。
とめどなく涙が溢れ、滴り、彼の顔に降り注ぐ。
それが刺激になったのか、僅かに彼の瞼が動いた。
「…!ミノル!?」
うっすらと瞼が開いた。
だが、彼の意識はほとんど感じられない。
彼が彼女に返した反応といえば、僅かそれだけ。
泣きながら名前を呼ぶフーディンに見取られる形で、彼の生涯は終わりを迎えた。
もう、彼がフーディンの名を呼ぶことはない。
ケンカをすることも、笑いあうことも出来ない。
たった今、彼女は自分の主を失った。
自分の中で、彼がどれほど大きな存在だったか。
無理矢理気付かされた、彼女の心は───





         イヤダ

               コンナノウソダ


  ソウダ、ユメニキマッテイル

                        ユメナラハヤクサメテ


          マモッテアゲラレナカッタ 


                     ソノチカラハアッタノニ
  
       
    オネガイ、ますたーヲカエシテ


          
           ワタシニ、ヤリナオシヲサセテ───!





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「……あれ?」
気がついたら、何故かアパートの前に立っていた。
取ってきたはずの財布も持ってない。
「確か……財布拾ったくらいのときに地震があって…
 壁や天井が崩れてきて…それから……」
そこから先が、はっきりと思い出せない。
確か自分は生き埋めになったんじゃなかったか?
フーディンが泣いていた気が……
「……そうだ!フーディンは!?」
唐突に大声を上げる彼を周りが不審な目で見るが、彼にそれを気にする余裕はない。
彼が探す相手はすぐ傍にいた。
息も荒く、苦しそうに蹲って。
「フーディン!?おい、どうしたんだよ!
 しっかりしろ!」
抱き起こして声をかけると、彼女の目が開いてミノルを捉えた。
「あ…ミノル……
 よかった…」
「よかった…って、何のことだよ!
 それになんでそんなにぼろぼろなんだよ!」
立て続けに彼女にバトルを任せ、超能力を使わせすぎたときの症状に似ていた。
だが、これほどまでに苦しんでいる様子は今まで見たことがなかった。
「あはは、ちょっと……無理、しちゃった、かな…」
「無理って、だから何したんだよ!」
話すのも辛そうな様子のフーディン。
その様子にさらに焦燥を煽られ、つい声を荒げてしまう。
さらに問いかけようとしたそのときに、携帯が音を鳴らしだした。
「あーくそ、こんなときに誰だよ!」
焦りのあまりに携帯にまで悪態をつきつつ取り出し、画面を見て───そのまま固まる。
携帯の音は着信を知らせるものではなく、時刻のアラームだった。
……12:50分の。
「な…俺、確かに1時のアラーム止めたぞ…!?
 なんで今12:50分のアラームが鳴ってんだ!?」
先ほどまでとは全く違う動揺が彼の混乱に拍車をかけてゆく。
彼が勘違いをしていたりといったことでは決してない。
1時のアラームも確かに鳴ったし、地震は間違いなく起きた。
ただ、今この時点ではどちらもが「未だ起きていない」ことになっている。
意思で操る強力な超能力を持つフーディンが、彼女のマスターの遺体の前で心の奥底から強く願った事象───
───やり直したい、という願いが、時をねじ伏せた。
「ごめん、ミノル……
 あたし、ちょっと…眠るね…
 回復したら、ちゃんと、起きるから…」
そう主に告げて、フーディンは意識を失った。
「お、おい!フーディン!?」
慌てて抱き起こすと、程なく微かな寝息が聞こえ始める。
「なんなんだよ…ホントに寝てるし…
 でも、まぁ…この様子なら大丈夫かなぁ?」
立て続けにバトルをこなし、疲れ果ててその場でフーディンが寝てしまうことは前にもあった。
その時は、一日寝たら大抵元気に起きてきたし長く掛かっても2、3日だった。
そのつもりで、彼は考えていた。







意思の力である超能力を酷使し、その反動で深い眠りに落ちる。
それは、眠ることで超能力を再び使えるよう、回復するということ。
限界を超えれば超えるほど、反動として求められる眠りは深く、長く。
世界の全てに平等である「時」を踏みにじる、それがどれほどのことか。
彼女に求められた代償としての眠り、それは───




フーディンが眠ってから一日経ち、二日経ち、一週間が経った。
あまりにも起きる様子が無いのをさすがに不審に思い、萌えもんセンターにも連れて行った。
だが、診断結果は過労。時折なるのと同じ、超能力の使いすぎという診断だった。
一ヶ月経ち、二ヶ月経ち、半年が過ぎてもフーディンは目覚めない。
一年が過ぎ、二年が過ぎ、五年、十年、二十年……


    

















「……っと、つい感傷に浸っちまった。
 年取るとやたら昔のことばっかり思い出していけねぇな」
すっかり日は昇り、小鳥も元気にさえずっている。
ベッドの枕元に立てかけてあった杖を取り、ゆっくり立ち上がる。
月日を重ねるうちに腰も曲がり、杖があっても足元が危うくなった。
転ばないようそれなりに気を使いつつ、台所へ。朝食を用意する。
「いっつも同じもんばっかりで悪いな、フーディン。
 他のメニューも作ってやりてぇが、そのままじゃ食えんだろ?」
一日に必要な栄養価を計算して作ったスープを、ゆっくり彼女の口に流し込む。
咀嚼も嚥下もせずに栄養を取らせられるのはこれしかなかった。
気管に入ってしまわないよう、注意して飲ませる。
もう、それにも慣れきってしまった。
フーディンに飲ませ終わり、自分も食事を済ませ、食器を片付ける。
それが済んだら、またフーディンの元へ戻る。
相変わらず彼女は眠っている。口元に微かにこぼれていたスープをぬぐいながら話しかける。
「なぁ、フーディンよ。今日であの日から何年だと思う?
 もう60年にもなるんだぜ。時間の経つのは早いもんだ。」
ゆっくりとした調子で話しかける。
返事の無いのもいつもどおり、嫌というほど慣れている。
ただ、慣れていることは諦めていることではないだけ。
「…まだ、寝足りないか?
 そりゃぁ時間を巻戻す、なんて無茶苦茶な真似をしでかしたんだからな。
 ……でもな。巻戻したっつっても、10分とちょっとだぜ?
 10分動かすのに60年も寝ないといけねぇのかい?」
フーディンの様子は変わらない。
去年も同じようなことを言った。5年前も、10年前も。
「いい加減、俺もいい年だからよ……
 いつまで寝てるお前の面倒見てやれるか、わかんねぇし…」
そういって、ぽりぽりと頭を掻く。かつてよりさほど量は減らなかったが、その代わり真っ白になった。
「ほかの皆は待ちきれなくて、皆先にいっちまった。
 俺もいつまで待ってられるか…」
穏やかに微笑みつつ語りかける男の顔、手に、深い皴がいくつも。
眠っているフーディンに、時の流れは感じられない。
だが、男の容貌、振る舞いには、確かに60年の月日が刻まれている。
「うっかりしててよ……
 お前に、言うの忘れてたことがあんだよ。
 まぁ、時間いじってまで助けてくれてありがとうって、そんだけなんだがな」
その一言を目覚めたフーディンに伝えるために、彼は待っているのだ。
ほかの萌えもんたちの最期を一人、また一人と見送って。
たった一人残された今でも、彼女の目覚めを信じている。
「あとはあれだ、せっかく起きてきたのにおはようの一言もないんじゃ寂しいだろ?
 だからよ……早く起きてこいよ。
 出来れば…俺が待ってる間にな」




いずれ、その日は来るのだろうか。
来る日、目覚めた彼女を何が迎えるのか。
時を歪めてまで救った愛しい主の、老いさらばえた姿?
もしくは、時の流れに命を持ち去られた主の亡骸?

それとも…………
ツールボックス

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