(サアァーーー……)
雨が降っている。
薄暗い空から沢山の水滴が降り、寂しげに地面を打つ音が周囲に響く。
窓からは、雨に晒される萌えもんタワーの姿が見えた。
「………」
こういう時は、昔を思い出す。
マスターと出会う前……お母さんと一緒に、野生で暮らしていた頃のこと。
そして……お母さんを失った、あの日のことを。
『紫苑の町に、雨の音』
確か、もう10年くらい前の話だ。
あのころは私はまだメリープで…森の奥の洞穴でお母さんと二人で暮らしていた。
「おかーさん、おなかすいたよぅ」
「はい、今日はオレンのみをとってきたのよ」
「いやなのー、おかーさんのおちちがいいのー」
「もう…仕方の無い子ねぇ」
あの日は太陽がまぶしくて、いい天気だった。
私は洞穴でいつものようにお母さんに甘えて……お母さんはそれに応えてくれていた。
お昼が近づいてくると、お母さんは森にきのみを探しに行く。
「まだ、あなた一人では危ないから、洞穴から出ちゃだめよ」
「はーい!」
元気に返事をし、安心して森へ出て行くお母さん。
でも私も、あのころは遊びたい盛りで好奇心旺盛な時期。
洞穴での昼寝にも飽きてきた頃、私は外が気になって仕方が無かった。
「ちょっとだけなら…いいよね」
そして私はお母さんとの約束を破り、光あふれる森の中へ出て行った。
そのせいであんなことになるとは、そのときは思いもしなかった。
森の中は、初めて見るものでいっぱいだった。
木々にいる様々な虫萌えもんたち。
空を飛ぶ鳥萌えもんたち。
植物の萌えもんも沢山いた。
幸いなことに彼らは皆優しくて、私も楽しく遊んでもらった。
そして夢中になって遊んでいた私は、森を飛び出し……道を歩いていたニンゲンにぶつかってしまった。
「あたっ!」
「んあ? なんだコイツ…」
「ふぁ、ごめんなさいぃ」
そのニンゲンは私にもわかるほど不機嫌そうで、私はとっさに謝ってそそくさと退散しようとした。
だが、彼は私を見逃してはくれなかった。
「待てよ…」
「ひぅ!?」
「おめぇがぶつかってきたせいで、俺の服ドロドロなんだけどさぁ?」
睨み付けられて立ちすくんだ私に、威圧的に話しかけてくる。
それがとても恐ろしくてなにも言えずにいると、その態度に腹を立てたのか彼は手を上げた。
「なんか言えやゴラァ!」
「!!!」
振るわれる拳に頭を抱えて身を固める。
が、
パシッ!
その拳は、私に届く前に誰かが受け止めていた。
「あぁ? 何だテメェは。邪魔すんじゃねぇよ!」
「この子は私の娘です……子を守るのは、親の役目ですから」
「おかーさん…?」
「まったく、外へ出ちゃダメって言ったでしょう?」
「ひぐ、ごめんなさい…」
お母さんだった。
お母さんは私を背後にかばい、彼と向き合った。
「うちの娘がどうやらご迷惑をおかけしたようで…無礼を許しては頂けないでしょうか?」
「ハッ、そいつぁ無理だ。俺は今ヒッジョーに機嫌が悪いんでな…オトシマエくらいはつけてもらわねぇとなぁ!」
「…ッ!」
「オラ、出て来いサイドン!」
彼が叫んでボールを投げると、大きな体をした萌えもんが現れる。
「サイドン、突進だぁ!」
そしてそのサイドンは、私たちに…いや、私に向かって突進してくる。
私は足がすくんで動けず……横から、お母さんに突き飛ばされた。
そしてお母さんは、サイドンの突進を正面から…受け止めていた。
「なにぃ、止められた!? なんつーレベルのデンリュウだよ!」
「おかーさん!」
「あなたは逃げなさい!」
「やだよ、おかーさんもいっしょ!」
「わがままを言わないで! すぐに戻るから、住処で待ってなさい!」
「何だかしらねぇが、死にたいならてめぇから瞬殺だ! サイドン、角で突け!」
「ぐふっ…早く、逃げなさい…ッ!」
「う…うああああああああん!」
私は泣きながら森の中へ走り出した。
後ろは振り返らなかった。
ただただ夢中で走って、住処の洞穴に駆け込み……息を潜めて泣いた。
そして暫く泣いた後……私は泣き疲れて眠ってしまった。
再び目を覚ましたときには辺りは薄暗くなり、軽く雨が降り出していた。
お母さんは、まだ帰ってきていなかった。
「おかーさん…」
寂しくなった私は、走ってきた道を戻り……森の外の道へとたどり着いた。
そこに、お母さんはいた。
地面にうつ伏せに倒れ、瞼は閉じられ、眠っているように見えた。
「おかーさん…!」
お母さんが居ることに嬉しくなり、私は駆け寄る。
お母さんは、起きない。
寝ているお母さんを起こそうと、私は体をゆする。
「ねぇ、おかーさん…おきてよ、あめふってるよ、ぬれちゃうよぅ…」
お母さんは、起きない。
「いじわるしないでよぅ…わたし、こんどからいいこにしてるから…ひとりでもりにでないから…」
お母さんは、起きない。
「すききらいもしないよ…ちゃんときのみもたべるもん…ひとりだちできるようにがんばるよ…」
お母さんは、起きない。
「ひぐっ、おかーさん…おかーさん…うえぇん…」
ついに私は泣き出してしまった。
それでもお母さんは、起きない。
私をあったかくだっこしてくれた手はとても冷たくて。
やわらかく抱きしめてくれた体は硬くなっていた。
私はお母さんの体にすがりつき、雨も気にせずに泣いた。
その時だった。
「どうしたの?」
さっきのニンゲンと比べると小さいニンゲンが、私をみていた。
「えぐ、うぅ」
「泣いて、るの?」
「おかーさんが、おきてくれないの…」
「そのひとが、きみのお母さん?」
「……うん」
彼は私のそばに来て、お母さんを見る。
そして、私にもっていた傘を預けてきた。
「ちょっと待ってて」
彼はそのまま、どこかへと走っていった。
…その後は、大人のニンゲンが来て、お母さんは『萌えもんタワー』というところに送られた。
私はというと、別の大人のニンゲンに引き取られた。
そこには、さっき会った子供のニンゲンも居た。
それが、私とアキラさん…マスターとの出会いだった。
「どうしたんだ、メリィ…こんな窓際に一人でさ」
「あ、アキラさ…じゃなくて、マスター」
気がつくとマスターが部屋に来ていた。
マスターは苦笑いすると、私の隣に腰掛ける。
「はは、別にプライベートの時くらい『マスター』じゃなくってもいいんじゃないか?」
「ううん、これは私なりのけじめだから」
私は、マスターと旅に出るときに呼び方を変えた。
萌えもんバトルだって、安全なものばっかりじゃない。
「家族」として過ごしてきた私が傷つき倒れたら、マスターに辛い思いをさせてしまう。
だからせめて、立場を家族ではなくするためにと思ってのことだった。
「まったく、メリィは真面目だよな」
「そうかなぁ…」
もっとも、マスターは相変わらず私を家族として見ているようだけど。
と、そこでマスターは思い出したように話を振ってきた。
「ところでさ、メリィ。もうそろそろ、あの日だろ」
「あの日?」
「お前のお母さんの…命日さ」
「あ……」
「なんだかんだで萌えもんタワー来るのは初めてだし…丁度いいから、行ってこようぜ」
「マスター…」
「色々と報告したいこと、あるだろ?」
「……うんっ!」
お母さん、私は元気です。
新しい家族は、みんな優しい人ばっかりです。
好き嫌いもしてません。色々なこともできるようになりました。
お友達もいっぱいいます。
それと…好きな人も、できました。
今はまだキリが良くないからしないけど、いつか…この旅が一区切りついたら、告白しようと思います。
だから…お母さん。
いつまでも私のこと、見守っていてくださいね。
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・あとがき
スレ的には二度目まして、曹長です。
今回は俺の嫁ことデンリュウにスポット当てて書いて見ました。
いやー、それにしても悲しい過去持ってんだな俺の嫁は…書いたのは俺だけど。
では、短い後書きですがこれで閉めたいと思います。
またいつかお会いしましょう。
最終更新:2008年05月24日 21:51