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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~第7章:戦友(とも)(1)

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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~第7章:戦友(とも)(1)

 {初めに…
 この作品は東風の作品「MELTY KISS」の人狼側からの話です。
 よって、その作品と世界観が同じはずですが、稀に違うところもあるかもしれません。その時は温かい目で見過ごしてください…

 仔細あってこの章は2つに分けることになった~!


   第七章:戦友(とも)

    1

 アポロとポポロンが目的地周辺まで走ってきた時、ようやくアポロが足を止める。息が上がっているポポロンは膝に手を置き荒く呼吸を整えた。月明かりが今日は明るい。
「…あ、アポロさん。あんた、結構、やっぱり凄いんですね」
 体力には自信があったポポロンだが、隣でまったく汗一つかかず息もあがっていないアポロの様子を見て、驚嘆の声を上げた。
「まったく、未熟者めが! 鍛練が足りないからこんなくらいでまいってしまうんだ」
 こればかりはまったく言い返す言葉がない。「そうっすね」と頷くポポロン。だいたい呼吸が整ってきたポポロンが立ちあがると、アポロはまた進み始める。
 目的の場所はすぐに見えてくる。森が少し切り開けた場所に小屋が建っていた。ノックとすると返答はすぐに帰ってきた。急に外側に開いた扉は、ノックをしたアポロはポポロンの目の前で扉に押しつぶされ消えた。
「ん? 誰だ? お前は。何か用か?」
 中から出てきた左頬に大きな傷のある黒い目をした男が、ポポロンに目を向けて言った。
「あの…ホルンさんですか?」
「いかにも、私がホルン・オルクス・ラングドシャだ。お前は?」
「僕は…ポポロン・クレヴォと言うものです。アポロさんの付き添いで来ました」
「アポロ?…うむ。それで、アポロは?」
 ホルンの問いに、ポポロンは扉を指差す。それを辿ってホルンも視線を移し、扉を動かすとアポロが倒れてきた。
「アポロ。久しいな。大丈夫か?」
「…よ、よう。ホルン。だ、大丈夫だ」
 さも久しぶりに友人との再会を喜んでいるように見えた二人であったが、若干ホルンの顔が曇っていることにポポロンは感じ取っていた。


 小屋の中は奇麗なものであった。片付けられた室内に、ランプが明るく照らしていた。奇麗なキッチンにテーブル。暖炉など生活感溢れる場所である。
 アポロとポポロンは椅子に腰かけ、ホルンが出したお茶を飲んでいた。ホルンはテーブル越しの椅子に腰を下ろし、アポロと世間話を楽しんだ。
 ホルンとアポロ、加えてマーブルとガルボは旧知の仲であった。父親達が元々、仲が良かったのもあり、大神が復活する前から交流がある。大神の復活によりアルタニスとして集った彼らであるが、ホルンだけはそれには参加しなかった。
「しかし、何年ぶりかな。こうして話すのは」
 アポロは満足そうに話す。そしてついに本題へと入った。
「ホルン。お前の力を借りたい」
 その言葉で一気に空気が変わり重くなったことを、蚊帳の外であるポポロンですら気付いた。
「俺は戦士ではない。アルタニスでもない」
「俺達はもうすぐエンシャロムにいる火竜を叩く。その時のために、お前が必要なんだ。戻って来てくれ」
 ホルンは即答したが、アポロは食い下がる。
「共に、闘おう」
 そんな目を輝かせながら言うアポロに、ホルンは小さく首を振る。
「アポロよ。この家を見ろ。妻や息子とずっと暮らした私の家だ。人は長くそこにいると、そこが自分自身になる。今ではここが私自身だ。今更、どこかへ行こうなどと思わない」
「フィーナとジュニアが死んでもう十年が経つぞ。もういいだろ?」
「時間は関係ない。私にとって、思い出は色褪せない。ここにある物全てに思い出が詰まっている。不思議なものだよ。形だけの恋愛。形だけの結婚。だけのはずだったのにな。今はここにあるもの全てが愛おしい。今は静かに余生をここで過ごしたい」
「それは叶わない願いだ。我らは戦士として生まれた。戦士として生き、そして死ね」
 アポロの口調はいつもよりもきつい物があった。
「…なるほど。そう言うことか。だからお前が来たのか」
 アポロの様子にホルンは忌々しく舌打ちしながら吐き捨てる。
「大神に慈悲の心はないのか?」
「俺をここに派遣した。それが主の慈悲だ」
「俺は静かに暮らしたい。何も邪魔はしないし、ここでずっと大人しくしている。俺に構うな」
「ホルン。俺は主からお前の説得に来た。だが、それはお願いに来たのではない、これは命令だ。主の命は、黙して為してこそ我らアルタニスだろう」
 今や、一触即発の空気である。二人の破長がビリビリと大気を震わせ、身を打ち合っている。その迫力にポポロンは口を挟むことができない。むしろ必死で存在を消そうとでもするかのように身を縮めていた。ホルンはそんなポポロンに急に視線を向けた。
「彼は監視係か。お前はアルタニスの中でも甘い存在だからな。お前が私を見逃さないようにするための。信用されていないな」
 吸い込まれそうな黒いホルンの瞳に見つめられ、少し体が浮かぶような錯覚を受けるポポロンだったが、今は必死にその瞳を見返すぐらいしかできなかった。
 大変な所に来てしまったと、今まで以上にポポロンは後悔したが、今となっては遅い。
「俺と一緒に来い。頼むよ」
「フン。命令の割には下からだな。お前が来た時からおかしいとは思ったんだ。お前が送られた理由は何かとね。連れて帰れなければ、殺しても構わん。か?」
 ホルンの言葉にアポロは顔を顰める。その反応に「近からずも遠からず。と言ったところか」と笑う。
「俺が来たのはお前を説得できるからだ」
「違うな。俺の説得だけなら。マーブルやガルボに任せればいい。特にマーブルは口がうまいから、奴は適任だ」
「あの二人は今は忙しくて、俺しか動けなかった」
「本当にそう思っているのか? 違うだろ。大神は運命すらも見える。力が戻っていない今でも大まかな流れは見えるようだな。こうなると知っていた。だからお前を送ってきた。あの二人ではなくだ」
「違う。俺はそんなこと…」
 アポロは気が昂った言葉をホルンは片手を上げ制止した。そしてゆっくりと口を開く。
「何が違うんだ? あの二人が来なかった理由は明確ではないか。あいつらでは私には勝てない。故にこれは必然なのだ。アルタニス最強と呼ばれしお前がいるのは至極必然だ。そう思うだろ? “大神に継ぎし者”(デウス)よ」
 薄らと笑いながら言うホルンの目はしっかりとアポロを捉えている。彼も視線を外すことなくホルンと見る。すると二人は、急に堰を切ったかのように笑いだした。何がおかしいのかわからないほどにケラケラと腹を抱えて笑いだす。
 展開は唐突であった。
 アポロとポポロンの前に置かれたコップが急に弾け割れたと、思ったらポポロンがアポロに襲いかかっていた。彼の爪がアポロの目を抉らんと迫る。アポロはそれを目前で掴み受け止める。視線を隣のポポロンに向ければ彼は今や変態しかかっていた。そして彼のブラウンの瞳は黒く変色し、虚ろとなっていた。アポロはそれを見ると舌打ちし、空いている方の拳でポポロンの腹を殴りつける。軽く殴ったように見えたその攻撃は、ポポロンの人狼と化しつつある巨体を吹き飛ばした。彼は小屋の壁を突き破り消えた。普通の人間であれば即死だろう。
 しかしアポロの意識はすでに彼には向かず、対面のホルン。彼はテーブルを押しアポロを押し潰そうとした。アポロは迫るテーブルを掴み力を入れる。両側から万力を込められたテーブルは堪りかねて中央から軋み弾け上がった。
 無数に舞い上がる破片の中をくぐるようにして両雄の拳が互いの顔面を打ち貫く。
 小屋を弾き飛ばされた両者はすでに人狼へと変態していた。頬に傷を持つホルン、それに対応するはブラウンの毛並みを持つアポロである。
「考え直せ! 今ならこのことは目をつぶる」
 顔を悲痛に歪め言うアポロだが、ホルンは全く聞く耳を持っていない。というよりも、聞いてすらいない。彼の意識は壊れた小屋に向けられている。
「私の宝が…」
 残念そうに首を振るホルン。
「頼む。俺に戦わせるな!」
 苦しそうに、嗚咽しそうな感じに何とか捻りだしたようなアポロの懇願。しかしそれはやはりホルンには届かない。彼がうっとりとしながら小屋の方を見ている。
「まぁ、いいさ。後でいろいろ探そう。お前を殺した後で…待っててくれ」
「ホルン!」
 大気が震えるほどのアポロの声で、ようやくホルンはアポロに視線を移す。その眼には一切の躊躇いを感じさせない、冷たく無機質な物があった。アポロはそれに咄嗟に身構えていた。瞬間、ホルンの目が細まる。
 大気が震え、世界が静止した。アポロの足元の土が盛り上がり、まるで獣が口を開いたかのようにぽっかり穴があきアポロを飲み込む。蟻塚のように盛り上がったアポロを飲み込んだ土山。ホルンが再度目を細めると、その山が押し潰される。
 ホルンの能力は“支配”である。この視界に存在する物を支配する目を持っているのだ、そして一方のアポロは…
「はやり、この程度では死なんな」
 押し潰された土山にまるで干渉されなかったかのように、何もないかのように立っているアポロの姿にホルンは吐き捨てる。
 アポロは足元の石を蹴った。それは弾丸のように凶悪にホルンへと飛ぶ。
“時の支配”
 空中で石が止まる。ホルンは石の軌道から逸れると、石はまた意識を取り戻したように飛び、背後の小屋を破壊した。
“宙の支配”
 天空を見上げるホルン。そのまま巨大な気配がアポロの真上から衝突してくる。ひんやりとした空気が流れらかと思った瞬間。一帯が押し潰れ凍てついた。遥か上空の氷点下の空気が暖められることなく地上に降ってきたのだ。しかも大量に。
 アポロはその中心にいた。が、彼が立っていた場所。凍りついた一帯の中心には氷の球体があった。それは所々で波紋が出てくると思うと、パキパキと壊れ始める。その中からアポロが立っていた。まったくの無傷で立つ彼は一切の感情を排除した目でホルンを見つめる。いつも笑っている彼しか知らぬ者が見れば、豹変さに恐怖するに違いない。
 アポロは静かに足を踏み出すと、地面を入れつくした氷に亀裂が入り地が震え、彼を中心に四方に割れた。崩れ落ちていく地面に巻き込まれないようホルンは後ろに飛びのきながらも、彼は胸いっぱいに空気を吸い込み吐き出した。衝撃波となり飛んでくるホルンのハウンドボイスは割られ凹凸の地を均すようにアポロに向かったが、アポロが軽くそちらに手を向けると、一瞬波紋が生まれ、衝撃波はまるで裂かれたかのようにアポロを避けて飛んでいった。しかし、ホルンはすでに意識を声から他に移している彼の目は支配する。
“空の支配”
 星が見えた空が厚い雲に覆われ、雷雨となる。雨がヒタヒタと降る中で、アポロのそれは姿を見せる。雨は彼の周囲に発生する球状の空間にぶつかり落ちる。その空間は雨に打たれる度に、波紋を広げては治まっていく。
“雷の支配”
 ホルンの目により放たれし漆黒の雲より放たれし雷。あたかも神が下す裁きそのものにさえ見えるような一撃。だったが、その雷はアポロの空間に接触した瞬間に屈折し目的を失い地に突き刺さった。
「無駄だ」
「お前の“覇長”の攻略を考えていたが、うまくいかんな」
 皮肉っぽく笑うホルンに、アポロはもう笑わない。アポロは絶叫する。腹の底に響き渡るような声と同時に周囲に降っていた雨が吹き飛び、地に落ちた水がその衝撃にまるで逆再生したかのように舞い上がる。舞い上がった水が地に落ちる時には、既に上空を覆っていた厚い雲は消え、また星が見えた。
 圧倒的な存在感。圧倒的な力量の差であった。
「化け物が…」
 ホルンは苦虫を噛み殺すかのように言った。人間から“化け物”呼ばわれされている人狼が、化け物と恐怖していた。
 アポロの“覇長”と呼ばれる物は、人狼特有の破長と何ら変わりはない。ただ強力なだけ。体から発している波が強過ぎるが故に、それがあらゆる干渉を拒絶する。未熟であった頃に彼が暴走した時、マーブルやガルボ、そしてホルンに彼らの父親達が総出で抑え込んだことがあった。
 今度は、初めてアポロが仕掛けた。人狼の脚力により、間合いは一気に詰まる。
“右:時の支配・左:水の支配”
 アポロの接近にホルンは右目で瞬間的に時を止め、左目で地面中の水を圧縮し壁とした。拳を振り上げるアポロは、そのまま水の壁へ拳を叩きつける。それは想像以上に堅かったが、彼には関係ないことであった。彼の放つ“波”が水を一気に沸騰させ気化させた。壁は無意味。突き進んできたアポロの拳がついにホルンを捉える。後方に飛んだホルン。掠める程度であったが、彼自身の血肉が沸々と沸き立つのを感じ、意識が瞬間遠のいた。頭を振り、呼吸を肺いっぱいに吸い込んで自分を落ち着かせるホルンだが。今の僅かな時間だけで、大量の汗に荒い呼吸は尋常でないことを物語っている。だが、それ以上に感じるのは強大な目前の敵に対する対抗感と、自分を陶酔させるような高揚感だった。
「これもアルタニスとしての血か…」
 そんな自分にホルンは舌打ちしながらも呟くが、こうなってしまえば後には引けない事はよくわかっていた。相手をねじ伏せなければ気が済まない。感情を隠したアポロであっても、その感情は変わりないはずである。戦いこそが己が己であれる真の場所。底知れぬ所から湧きあがってくるような闘争心は、戦士として生まれ、戦士として死んでいくことを宿命とするアルタニスの根本であった。
 向かい合っていたのはほんの数秒であっただろう。この頃になると彼らは時間の感覚はなくなっていた。一瞬が永遠のようにすら感じられた。
 だが、それは一瞬。動いたのは同時。
“波の支配”
 ホルンはハウンドボイスをすると、その声の波を支配し、接近するアポロにぶつけた。ハウンドボイスはアポロの覇長と同調したが掻き乱す程度。
“右:風の支配・左:狭の支配”
 アポロの周囲に見えないが空間が発生し閉じ込めると。そこ一帯を真空状態にした。真空状態での波の移動は不可能のはずだ。流石に負担が大きかったホルンの視界が霞んできた。が、アポロを攻めるのであれば覇長が消えた今が好機である。さらに攻めようとした時だった。霞んでいた視界が明るくなった。
「な…アポロ?」
 視界の回復は支配の解放を意味していた。戻った視界に見えたのはアポロの顔。そしてアポロの腕がホルンの胸に突き立っている。そしてそのまま心臓を抉った。
「なぜだ…? お前の覇長は…」
「俺の覇長は全てを隔絶する。それはお前の“支配”も例外ではない」
 静かに言うアポロの絶対的な言葉に、ホルンは膝をつきながら声を上げて笑った。声が尽きるまで笑った。なぜか、笑うしかないからである。これほど絶対的な力の前で笑いしか出ない。凄いを通り越して滑稽である。
 アポロは死んでいく戦友の笑いを、目を離すこともなくただ黙って見つめ、そして彼の最期を看取った。


 ポポロンが目を覚ましたのはやけに頭が痛いからであった。
「んあ? なんだ?」
 ガガガガガガガと頭が擦れる痛みに驚くポポロンにアポロが足を止め、ひょっこりと顔を覗き込んだ。
「お。起きたか。ちょっと強く殴り過ぎちまったな。悪い」
 いつもの感じに笑って見下ろしているアポロ。ポポロンにはホルンの家でお茶を飲んでいたまでは覚えているが、その後の記憶がない。そんな彼にアポロは、今までの経緯を説明した。
「なるほど、僕がホルンさんに操られてしまい、僕をこれ以上巻き込まないようにアポロさんは僕を飛ばし、戦線を離脱させてくれた。それでホルンさんに勝利したアポロさんは僕を捜しだして運んでくれてたんですね。ただ…」
 ポポロンは説明をまとめ納得しながら言う。アポロはポポロンの言葉にウンウンと頷きながら答える。
「ただわからないのが、なんで僕の足を持って引き摺りながら運んでたんですか? もっと、違う運び方があるでしょ!」
「その方が早く起きるかなと思って」
「あんたバカか? 雑過ぎるでしょ! どこの世界に意識のない負傷者の足を持って運ぶ人がいるんです?」
「いやいや、戦場とか」
「ここは戦場ですか? 戦場なんですか?」
 自分の雑な扱われ方に腹をたてながらも、内心では危ない所を救ってくれたアポロに感謝と、やはりアルタニスであるという尊敬の念を抱いたポポロンだが、「助かったんだから、いいじゃねぁかよ~」などといつものニヤけたバカ面で言うアポロには、決して口に出して本人に直接は言うまいと心に誓ったのであった。
 それから森の中を歩くと、ホルンの家のあった場所に着いた。ポポロンはその現場を見て呆けてしまった。どういった戦いがあったかは知らないが、今見ている現場の凄惨さが戦いの凄さを物語るには充分過ぎたからだ。
「結局、お前の出番になってしまったな」
 アポロはポポロンに言う。ポポロンは頷きながら倒れるホルンの元へ。
「あの…アポロさん。ホルンさんと仲がよろしかったのなら、ここから先は見ない方が…一応死を冒涜するようなことなので」
 いつものような元気ではなくやはり、友を手にかけた後とあってどこか空元気なアポロに、気を使ってポポロンは言ったがアポロは首を横に振る。
「殺した当人に、それは今更だよ」
 笑って言ったアポロの笑顔は、とても寂しげで今にも、泣いてしまいそうな顔だった。ポポロンはそれを見るとすぐに視線を前へ戻す。これ以上は見てはならない気がしたからだ。そして作業を始める。
 それは簡単なことだった。ポポロンは自分の目を抉り、そして同じくホルンから抉り取った目を自分の、眼孔に入れた。たったそれだけである。
「これで終わりです。任務は完了しました」
 ポポロンの言葉にアポロは「そうか」と消えそうな声で言う。アポロの視線はホルンの死体へと向けられている。ただ黙って、ホルンの前に膝をつく。堪えるように、視線を忙しなく動かしているのをポポロンは感じ取った。
「ただ…ただ神経系が付くのに少し時間がかかりますから。僕はしばらく何も見えないんですよ」
 そう言って、ポポロンは少し離れた所に座りこんで押し黙った。アポロは自分の顔を手で覆う。圧し殺そうとしていたものが決壊したかのように、押し出てきたからだった。初めは静かに耐えようと、声を押し殺していたが、ついに爆発したかのように泣いた。声を上げ、髪を掻き乱し顔を地面に押し付け、嗚咽し泣いた。
「声を出したら…聞こえちゃいますよ」
 視覚を失っているポポロンは、ポツリと言ったがすでに聞こえるような状態ではなかった。

 ポポロンの視覚が戻った時には、アポロも元に戻っていた。
「まったく、神経くっつけるのに時間かかり過ぎなんじゃないか?」
「無茶言わないで下さいよ」
「気合いが足りないから遅いんだ」
「関係ないです」
 いつも通りの笑みを見せるアポロ。
「だいたい、俺らには時間がないんだ。まったく余計な時間を」
「あれ? アポロさん。僕が目を直している間。何してたんですか?」
 アポロの捻くれた発言に、ポポロンは意地悪をした。
「バ…俺はお前が襲われねぇように警戒してたし」
「ん? アポロさん…目が赤いですよ」
「違―し! 俺、毎年この時期は花粉症で目が赤いし。何言ってんのお前?」
 アタフタするアポロに笑うポポロンは、アポロの強さを知った気がした。
「さぁ、出発しますか」
「ああ、マーブルが待ってるはずだ」
 踵を返し進もうとしたアポロであったが、最後に一度。横たわっているホルンの死体を見た。
「あの、よかったら、葬ってあげたらいいんじゃないですか?」
 ポポロンの言葉に、アポロは軽く笑い前へ歩きだす。もう二度と振り返ることはなかった。
「アルタニスに、墓はいらんよ」
 アポロの言葉がポポロンの鼓膜を震わせた。


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