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東風オリジナル小説


白い妖精の住む街


 人間は嫌いだ。
小さい頃に一度、女の子が私を拾ってきてくれたことがある。雨の降る夜に、赤い傘をさした彼女が私に寄り添い、抱きかかえてくれた。
 私は人間の姿や格好に興味はないが、美しい鳥を見上げたときのような、そんな感情にとらわれた。頭髪を二方向で縛り、眼鏡をかけたその少女はふわりと笑いながら私を見る。
珍しい白い毛が汚れるから、と言って彼女は私を自分の家まで連れて行く。彼女なりの優しさだったのだろうが、もちろんその女の子の親は私を養うことを拒否した。
当たり前の事象に女の子は全身で悲しみを訴えるが、親にはそれは伝わらなかった。泣きながら再び私を雨の降る夜へと戻す。
 それでも私への情が深かったのか、はたまた親への抵抗か、近所の公園にある大きな木の下に簡単なダンボールと呼ばれる紙製の家を作り、そこにいくつかの果物を置いていってくれた。
 私はそれから数日間をその簡素な住まいで過ごした。雨風はそこそこしのげるし、例の女の子が時々様子を見に来てパンのかけらなどを与えてくれる。
 しかしその生活も長くは続かなかった。公園に来るのはその女の子だけではない。数人の子供たちが私の家を発見すると、珍しがって中を覗き込む。私を発見すると今度は私を抱きかかえようとして乱暴に扱ってくる。子供とはいえ人間の力である。取り合いになって強引に抱きしめられると私の体はきゅうっと悲鳴を上げながらきしんだ。
 どれくらい悪夢のような時間が続いただろうか。私はなんとか子供たちから解放され、もとの家に戻される。しかし既にあの少女が作った家も子供たちによってもみくちゃにされていた。もともとの材質が弱かった分、子供が少し蹴ったり触ったりするだけで簡単に壊れてしまった。
 やはり人間は嫌いだ。私はその思いを再確認する。
 家は壊れてしまった。しかし幸運なことに、季節を見てみるとやっと雨の多い日から暑い日へと変わったようで、寒くて死んでしまうということもなかった。私は壊れてしまった家を少しの間睨み続け、そしてすぐに歩き出す。家を作ってくれた少女はどう思うだろうか。あの壊れた家を見つけて、私がいないことに気づいて。
 結局その答えは出ないまま、私は住む場所を公園から人の多い住宅街へと移動させた。以前、私の仲間がこの辺りに住んでいるのを見ていたが、人間が廃棄したものの中には食べられるものが多く埋まっているそうだ。前のように放っておけば少女が食べ物を運んできてくれるというものではないが、この生活も数日はうまくいった。
 透明な袋にたくさんのものが入っており、その袋を破るといろいろなものが出てくる。多少の悪臭が鼻をつくが、私は特に気にしない。それよりも焼き魚の食べ残しやら野菜の欠片など、とても食料が富んでいることのほうが私には重要だった。
 時折、黒い鳥たちが私の頭の上を旋回しながらやってくる。その時は、私は自分が食べる分だけの食べ物だけ軽く腹の中に入れ、礼儀にのっとり場所を明け渡す。
 仲間に聞いたところ、これが共生というやつなのだそうだ。取り合いになって殺し合いになっても何ひとついいことはなく、また協力し合うことによって良い食べ物の場所の情報を交換できるそうだ。彼ら黒い鳥は食べ物の他にきらきら光るものを集める習性があるようで、食べ物自体はほんの少しだけつまむのみなので私としても良き友人ができたのかもしれない。
 しかし、人間たちは私たちの行動を面白く思っていないようだった。私自身は経験したことがないのだが、人間は袋を食い破っている私たちを見ると執拗に攻撃してくるらしい。ただ鬱陶しそうに睨むだけの人間もいるようだが、攻撃的な部類のそれは手に棒やらなにやらを持って私たちを追っ払うらしい。
 暑い時期もちょうど真ん中くらいにまで達しただろうか。そんな日に、私はいつものように透明な袋を自分の爪で無理やり破っていたところで目の前に大きな人間が歩いてくるのに気がついた。もとより小さな子供たちにもみくちゃにされているような経験があるので、嫌いではあるが人間という存在自体にはそれほど抵抗もなかった私はそのままその人間が通り過ぎるのを待ってその場に立ちつくす。
 しかし人間は私の姿を見るなりその大きな足で私の身体を大きく蹴り飛ばした。一瞬の出来事に反応が遅れたが、気づいたらもう私は全身の痛みによって起き上がることさえできなくなっていた。目を細めながら私を蹴り飛ばした人間を見上げると、人間はなにやら私に怒鳴っている。どうやら私がここで人間たちの廃棄物に手を出していることが気に食わないらしい。どうにも私には理解できなかったが、この人間はこの後さらに二、三度私の身体を蹴り続けて気がおさまったのかどこかへ去っていってしまった。結局、何がいけなかったのかはよくわからずじまいであった。
 やっぱり、人間は嫌いだ。
 場所を変えてみる。大きなビルとビルの裏。人間たちには覗き見ることさえ難しそうな路地が、私の新しい家となった。そこには私と同じように住む場所を人間に追われ、傷ついた同胞が数多く住んでいた。私はその中のある者と居住を共にし、やがて常に隣にいるようになった。生態の特質状、私は身ごもり、子を育む役目のためにしばらく自分のすみ家を離れられないようになった。そのために彼は何度も何度も食料を調達するために、あるときは傷だらけになりながら、またあるときは何日も帰ってこないときもあった。しかし二人の間に子が数匹できてからは生活は平和なものへとなっていった。危険であることには変わりはないが、私も動けるようになってからは食料を調達しにいくようになった。
 とある日。炎天下の中、私は仲間のために食料を調達するために少し遠くの路地まで出かけていた。その日は珍しく。私たちの子の中で一番上の子が元気に走り回っていたのを覚えている。周りの子達を引き連れて、お山の大将の気分だったのかもしれない。じりじりと照りつける日差しの中、私は建物と建物の間を上手くすり抜けていき、どこかの廃棄物置き場へと出る。そこは丁度良く料理店だったようで、大量の食料の廃棄が手に入った。私は自分が持てるだけ沢山の食料を背中に乗せて、さらに口にくわえると私の帰りを待っている彼らのもとへと急いだ。今は食べ盛りとなって今の状況ではほとほと困ってしまう状況なのでこういうときに食いだめしてもらわないといけない。少しはにかみながら私は帰路を急いだ。
 しかしその途中で私が見た光景は、もう動かなくなってしまった自分の子供の姿だった。元気に走り回っていた一番上の子と、その子によくくっついて歩き回っていた下の子。人間たちの乗り回す車というものに轢かれてしまったらしい。もう二匹ほどいた私の子供の行方もわからない。後から他の者に聞いた話だが、人間たちの手によってさらわれてしまったらしい。偽善的な人間が軽はずみに拾って飼い慣らし、あきてしまえばまた捨てる。一人残った私のもとに、同じ親である彼は帰ってはこなかった。
 人間は嫌いだ。
 一人残った私は、それでも生きる場所を探して歩いた。子を失い、伴侶を失ってなお、私は行き続ける選択をした。しかしながら、もう既に私の中では何かが消えかけていた。結局私の人生とは何の意味があったのだろうか。この世に生を受けてからこの時まで、何を残すでもなくただのうのうと死ななかっただけ。子孫すら残せずにこのまま私は死んでいく。おそらく人間から見たら取るに足らない出来事のひとつとして私の死骸を見るだろう。そんなのはごめんだ。しかし、人間に一矢報いてやろうというという感情とは反対に、私の身体はもう悲鳴を上げていた。背中には確実に死神が近づいてきているのがわかる。
 あぁ、私ももう終わりなのだろうか。そう考えると逆に安らかな気分になる。辛かった今までの人生も、ただ馬鹿馬鹿しいだけでなにを恨むでもない。結局人間を憎み続けるだけの一生だったのだ。
 路地から顔を出す。そこには大きな道が広がっており、私の目の前をびゅんびゅんと高速で人間たちが駆け抜けていく。死神からの迎えに私が顔を上げた時、眼前には道を横断する少女がいた。ぼんやりとその姿を眺めるが、道の向こうから猛スピードで走ってくる車に気づくと私は自然と駆け出していた。少女は走ってくる車に気づいていない。また車の方もスピードを落とす気配がない。嫌な予感とは的中するもので、私は道を横断していた少女に飛び掛る。間に合ってくれ、間に合ってくれと心の中で祈る。
 私は勢いをつけたまま少女に体当たりをして、そのまま少女を後ろへと倒れさせる。少女が痛そうに自分の腰に手を当てているが、そこで私の視界は一度暗転する。世界から光がなくなってしまったかのようだ。私は確かに少女をかばって車の前に出たはずである。それからどうしたのだろうか。
 私の目が光を取り戻したのは、少女の声に気づいてからだった。少女は悲しんでいるようで、私を抱き上げながら涙を流していた。髪を二方向に縛り、眼鏡をかけた少女。本来、人間の区別なんて私にはつかないのだが、なぜかその時だけははっきりと昔一度だけ私に優しくしてくれた少女の顔が浮かんだのだ。
 私は少女の涙をぬぐってやろうと身体に力を入れる。しかし、なぜか自分の身体はうんともすんとも言ってくれない。不思議に感じて精一杯の力で自分の身体を見下ろすと、私は唖然とした。まったく痛みを感じないのに私の身体は不自然に折れていたり、ところどころ血に染まっていたりしている。どうやら少女を車からかばってせいで私が直撃を受けたらしい。打撲に加え、ところどころ擦り傷が目立つ。少女はそれでもなお私を抱え、自分のために助けてくれたのだと泣き続ける。
 こんなに綺麗な白い毛が汚れてしまったね。やっぱりあなたの白い毛は綺麗だった。あの時の子だよね、今日まで生きていてくれて良かった。
 少女の言葉に私は一言、にゃあと鳴いて、ゆっくりと瞼を閉じた。
 やっぱり人間は嫌いだと。
そう考えながら。
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