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狐は静かに犬を喰う part2

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東風オリジナル小説

 この作品はTRPG「アリアンロッド」でのオリジナルキャラクターのお話です。
興味ないかもしれませんが、このお話だけでも楽しめるかとも思います。
「アリアンロッド」は菊池たけし氏およびF.E.A.R.の著作物です。


狐は静かに犬を喰う part2

 町はずれ。私はふらふらとしている男の集団を見つけるとすぐに気配を消してゆっくりと近づく。しかし一番後ろにいる奴にだけはあえて自分の存在を気付かせる。
「ん、なんだお前…ここで何してるんだ」
 思惑通り私に気づいた。男が集団から離れて近づいてくると、私は声も出さずにすっと闇にとけこむと、そのまま男の背後に回り込み、首筋に右手の短剣をつきつける。私の目はおそらく暗闇の中で、なお爛々と光っていただろう。
「ひ…な、なんだお前…一体俺に何の用だ――」
「今からする質問に、イエスかノーか、完結な説明で答えろ。そうしないと…わかるな? お前はディドックスの犬か?」
 男はとっさのことに怯えながらも、震えた声で「そ、そうだ…」と答える。
 私には気付いてないだろうが、この男はルコーンの街付近で私を襲った三人組のうちの一人だ。以前と同じように街の外をうろついていたら会えると思い探し回ってみたら、まさにその通りだった。しかも今は一人だ。
 私は冷徹な声で質問を続ける。
「最近お前のギルドが幼い少女と少年を誘拐したな」
 しかし、その質問には男はうろたえる。震えながらゆっくりと口を開き、自信なさそうに「いや…」と呟く。私は左手の短剣で男の左腕を切りつける。
 男が悲鳴を上げて左腕を押さえそうになるが、右手の短剣をぎらつかせて動きを制する。一撃くらいは入れておかないと、こちらの本気が伝わらないだろう。
「言っておくけど、嘘をついたらこのまま切り続ける」
「本当だ! 本当にそんなこと知らねえんだよ! 俺たちみたいな末端だと、本部に行けるのは定期的に開かれる集会くらいで、あとは上の連中が動いてるだけだからそこらへんの情報は流れてこねぇんだよ!」
 ここまで脅しているので、さすがに嘘を言える状況ではないだろう。仕方ない。この男は確かに実力、貫禄ともに下っ端のようだし、得られる情報は少ないだろう。
「集会の場所は?」
「そ、それは言えねえよ…ギルドマスターに殺され――」
 切りつけた左手を再び切りつける。男は悲鳴を上げるが、周辺に人影はおろか動物すらいないため、その声は虚しく響くだけだった。
「もう一回だけ聞く。集会の場所は?」
「う、うう…ルコーンの、北にある…廃村、だ」
「そんなところに根城があったのか…で、構成員はどれくらい?」
「…四十人、くらいだ」
「多いね。幹部みたいな奴は?」
「…そんなの、いねえよ」
 切りつける。これで同じ箇所を連続して三回切られたことになる。この男が段々と可哀そうになってきたが、私の手は一行に緩むことがない。
「刀を持った男とか、いるんじゃないの」
「――くっ!」どうやら図星のようだ。少しの情報をちらつかせ、大きな動揺を誘う。尋問の常套手段だ。
「その人は…多分、シバさんだ。うちのギルドマスターのお気に入りで、右腕とも言われてる。刀を扱ってる人で強いっつったらその人しかいねえ」
 あのサムライはシバというのか。覚えておこう。おそらくディドックスに挑むにあたって一番苦しめられる相手になるだろう。
「他には? 他にも幹部みたいな奴らがいるんでしょ?」
「ぐっ…神術を扱うテリアさんに、それに能力のよくわからんシェパーさん、ギルドマスターのハスキーさんだ…」
 洗いざらい情報を吐いてもらう。各自の能力から扱う武器まで、事細かに聞き出す。途中彼には何度も悲鳴を上げてもらったが、なんとか命だけは繋ぎとめることができたようだ。とはいえ、私がシバにやられた傷と比べると格段に軽いものだ。
「そうか、わかった。いろいろありがとう、助かったよ。シバってやつによろしく言っておいてよ」
「ちょっと…待て、よ…」
 去り際、血だらけの体で男が立ち上がり、私を睨む。どうやら会話の端々で、私がこの前の女だと思いだしたのだろう。
「なにか用があるの?」
「お前、この前の狐女だろ…思い出したぞ」
 やはり思い出していたようだ。私としては、これ以上傷つけるつもりもないのだが、彼が挑んでくるというのならやぶさかではない。しかし、よくよく見てみると、挑んでくるというわけでもなさそうな雰囲気だ。
「お前…今うちのギルドで指名手配されてるぜ。確か〝西風の女狐〟とかいう手配名でな。そのうち幹部連中が抹殺に来るぞ…それまで、覚えてな」
 そのまま男は倒れる。今度こそ気絶したようだ。まあそれほど傷も深くはないし、放っておいて死ぬようなこともない。とりあえずは噂の集会場所に行ってみることにする。
 しかし、さすがに女狐とはひどい言われようだ。確かに目の錯覚や人の深層意識などを利用して手品や魔術めいたことをしていたが、そこまで尾をひくとは。
 頬についた血を取りはらう。ふと、刃に映った自分の瞳を覗き込む。
 なるほど確かに野生の狐のような冷たい瞳をしている。


 小屋には、次の日の夜頃に着いた。一人で乗り込むのだから闇に乗じて襲うのが上策だ。そのためにわざと下準備をしながら夜まで待ったという事実もある。
 私は小屋を遠目に見ながら茂みの中でポーチを漁る。今の所持金をほとんど消費して買い漁ったものだが、どれもこれも使える逸品だ。
 改めて確認し終えると、立ちあがる。久しぶりに探究者(エクスプローラー)としての装備一式で立ち向かう。いつもの気の抜けた軽装などではない。軽装なりに特殊な素材を選んだものが多い。貴族だった頃に、親から与えられていたものだ。
「さて…行きますか、フェネックさん」
 呟いて、歩き出す。私の姿はすっと闇に消え、足音も段々と薄れていく。完全に私は暗闇と一体化し、闇の住人となる。
そのまま小屋の入口まで小走りで駆け寄る。扉には数人の男たちがいる。しかしここで騒がれてしまっては奥に進むにあたり非常に面倒くさいことになる。ここは少しばかり麻痺してもらおう。街の奥で買った呪符を取り出す。何枚か買ってきたのだが、そのうちの一枚を取り出し、すっと彼らのもとへと投げる。
「うぁ…!」「ぐあぁ!」「な、なんだこりゃ…」
 呪符が彼らの近くに近づくとすぐさま呪符は弾け飛び、電撃がほとばしる。かなり足元を見られたが、それだけ効果てきめんである電撃符だ。喰らった相手はよほどの体力の持ち主でないかぎり半日くらいは痺れているだろう。
 彼らが痺れている間に、私は扉を素早く解錠し、中に入り込む。ここまで大きな騒ぎは起きていない。入口の彼らはもう声をあげることもできないだろう。
 中を用心深く進んでいくと、いくつかの分かれ道が出てくる。聞き耳をたててみると、そのうちのひとつに子供のすすり泣くような声が聞こえる。
「…? クランとパレットかな」
 とりあえずそちらの方に行ってみる。トラップの危険性も考え、探知しながら奥に進んでいくと、扉が見えてくる。中にはやはり泣き声、それもクランの声だ。
「クラン!」
 急いで扉を解錠し、部屋へ入る。中には泣き続けているクランと、男の子が一人。
 クランは私の姿をみるとぱあっと満面の笑みを作り、男の子のほうは警戒している。
「フェネック! なんでここに? けがはだいじょうぶ? どやってここにきたの? たすけにきてくれたの? あいつらはどうしたの?」
「わわっ、そんなにいきなり聞かないでって…えーと、怪我は大丈夫だよ。ここには、普通に情報収集してやって来たの。そんでクランのことが心配で助けに来たんだよ。でもって、外の敵は適当にあしらってきた」
 そこまで言うと、クランは眼を輝かせて私に抱きついてくる。よほど寂しかったのか、悲しかったのだろう。心底安心している。そんな彼女を優しく抱き締め、頭をぽんぽんと優しく撫でる。
 そして、彼女の向こう側であっけにとられている男の子を見る。
「えっと…パレット君、かな?」
「ああ。あなたが、フェネック、さん?」
 おっと。こっちの少年はお姉ちゃんに対して大分受け答えがはっきりしている。やはりこのお姉ちゃんをサポートできるのはこういった弟なのだろうか。
「うん。キミのことはクランから聞いてる。良くできた弟だね」
「いえ、俺が兄です。妹が世話になりました」
 ありゃ、話がかみ合わない。どういうことなのだろう。そう思っていると、クランががばっと私から体を離し、パレットの方を見る。
「わたしのほうがおねえちゃんでしょ、わたしのほうがあたまいいし」
「な…何言ってんだ。俺の方に決まってるだろ。先に生まれたのは僕のはずだぞ」
 そのまま少し口喧嘩を始める。どうやら、話の内容から察するにこの子たちは双子のようだ。だから、どちらが兄だの姉だの言い合っているようだ。
 だが、とりあえずここは敵地で危険だ。まずここから脱出する必要がある。
「キミ達、とりあえずここから出よう。さっさと逃げるに越したことはないよ」
 指摘すると二人とも喧嘩をやめ、顔つきを険しくする。
「あの…石を、盗られたんだ」
 パレットが悔しそうに言う。石とは、もちろん彼が持っているきれいな石とやらなのだろう。確かに、私もそれには興味があるのだが。
「うーん…そっちは私がなんとかしておくよ。だから君たちはとりあえず逃げ――」
「嫌だ! あの石は俺が譲り受けたものだから…俺が持っていないといけないんだ」
 なんとも決意は固いようで、頑として私の意見は受け入れないようだ。
「悪いけど、キミを守りきれないかもしれないよ? 私、敵の幹部に一回ぼろぼろにされてるから」
「構わない。俺だって卑怯な手さえ使われなければそれなりに強いんだ」
 大丈夫なようだ。まあ旅をしていたわけだし、多少の護身術は身についているだろう。ある程度なら私もカバーできるし、問題ないだろう。
「わかった。それで、君の武器は?」
「いらない。俺の武器はこの体だから」
 そう言いながら、そこで軽く組み手のように拳と蹴りを披露する。その拳が空を切り、ひゅっひゅっと音がする。なるほど、修道士(モンク)か。それならば確かに武器の心配はいらない。
「おい、クラン。俺たちこれから敵の親玉ぶっ潰しに行くぞー。お前も来るか?」
 それまでぶつぶつ言っていたクランは顔を上げるとにっこりとほほ笑み、こくりとうなずいた。
「クランは…大丈夫なの? 戦闘とか、こういった自体とか」
 失礼なようだが、クランに連続戦闘が耐えきれるだろうか。見かけからしてみてもどう見ても体力系ではないはずだ。
「大丈夫! 大丈夫だよ! こいつは意外と役に立つから、フェネックさんも大船に乗ったつもりでいてよ」
 調子のいい性格だが、嫌いではない。おそらく先ほどまでの警戒していた様子と違い、こちらのお調子者のほうがパレットの地なのだろう。
「わかった。それと…私のことは好きに呼んでいいよ。キミもクランみたくお姉ちゃんでもいいし」
 そう言うと、パレットは頭をひねったような表情をする。ありゃ、クランは私が女だってこと教えてなかったのか。これは話す順番を間違えただろうか。
「えー、えと…フェネックさんって…」
「あ、あのねパレット。私はこんな外見だけど――」
「わかった! わかったから大丈夫! そういう趣味の人はいるから、気にすんなって。俺も気にしないし」
 なんとなく誤解されたようだ。でもまあ、いちいち正すのも面倒くさいしとりあえずこのまま通してしまおう。まずは今の状況をどうするか考えなければならない。
 しかし、パレットから盗るものだけ盗ってあとはこんな部屋に閉じ込めるなんて、彼らはこの子供たち事態にはそれほど重要性は感じていないのかもしれない。
 結局は竜輝石か。他人のことは言えないが、人さらいまでして石が欲しいなんてどうにかしている。
「…ん? パレットが捕まったのはわかるけど、なんでクランまで捕まったんだろ」
 なんとなく疑問に感じる。順番的には石を持っているパレットの方が先に捕まったのだから、必要なのはパレットだけで十分じゃないだろうか。
「まあ、パレットが抵抗したから見せしめにクランを人質にとったのかな…」
 それだとうなずける。まあそんなところだろう。深くは考えている暇はない。とりあえずはこの状況を打開しなければいけない。
 慎重に通路を進んでいくと、再び分岐路に立つ。ただ、ここで別行動をとるのは危険すぎる。聞き耳をしてみてもどちらにも人の気配はある。残り二つの通路で、どちらを選ぶかが問題だ。
「うーん。パレットたちはここの内装とか見なかったの?」
 もしかしたら子供たちが何か解決策を提示してくれるかもしれない。そう思って聞いてみたのだが、彼らの返事はあまり芳しくない。
「えー…俺は眼隠しされてたからなあ。あの部屋くらいしかわからないかな」
「わたしも、そうかな。いきなりパレットのへやにつれていかれたから」
 万事休すか。いや、とりあえずは行動してみよう。右側の通路に入ってみる。通路では灯がともっており、なんとも人が多そうだ。しかし、この小屋全体に本当に四十人も入るのだろうか。言ってはなんだがこの小屋に四十人も入るとは思えない。
 進んでいくと、またもや扉が見えてくる。私は後ろの二人に目配せをして臨戦態勢を取らせる。
 扉に鍵は掛かっていない。そのままゆっくりドアノブを回し、部屋を見る。そこはどうやら書斎のようで、本棚がいくつも並んでおり、所せましと本が置いてある。
「ここは…なんだろう。ただの書斎かな」
 クランは本棚の本を手にとって見ている。パレットはたくさんの本の山に、苦い顔をしている。どうやらお兄ちゃんは運動系で、お姉ちゃんは勉強型らしい。
 しかし、人の気配もしていたはずなのに誰もいないというのは意外だった。私の感覚も案外まだまだだということなのだろうか。
 私もしばらく本棚の本をぱらぱらとめくってみる。どうやらその大半が歴史書やら伝記で、いくつか軍学書、錬金術の本が混ざっている。
「本当にただの書斎みたいだ」
「ねえ、フェネック。これ、なんだろう」
 クランが声を上げる。どうやら、読んでいた本の中に紙切れが混じっていたらしい。私はそれを受け取るとその紙切れに書かれている文字を読む。
――【東西の竜が北の聖地に降りる時、犬は時代に押し潰され、地に沈む】――
 二度、三度と呼んでみるが、一向に文章の謎を解くことができない。いったいどういうことなのだろうか。なにかの暗号であることは確かだ。この文章の意味するところがわかったならば、先に進めるかもしれない。
「クラン、この紙切れどこにあったの?」
 私が尋ねると、クランはゆっくりと手に持っていた本を上げる。
 その本のタイトルは、名もなき旅人の叙事詩のようなものだった。装丁や中身をぱらぱらと流し見てみるが、どうにもわからない。こういった知識が必要なものは苦手だ。昔から感性で渡り歩いてきたような人生だったので、本とは無縁である。
「これは、しょうかんじゅつのことがかいてある」
 クランが横から本を覗き込む。なんと、頼りなかったクランに意外な特技発見となった。この子は確かに勉強していたのだという実感が、今さらになって湧き上がってくる。
「しょうかんじゅつ…うん? しょうかん、っていうより、しんこう? かみさまをおろす? かみさまじゃない? ま、まぞく?」
「魔族? 魔族って言うと、あの角が生えてて翼が生えてて闇に住むような奴らのこと?」
 言ってみて思ったが、これは人間の中の亜人(ドゥアン)と呼ばれる種族の特徴でもある。翼のある種や、角や爪が生えた種の多い特殊な人間だ。まあ、竜人である私が言うのも変な話ではあるが。
 ともかく、クランは魔族と言った。それは、小さい頃におとぎ話で語られる邪悪な存在の呼び名だった。エリンディルという大陸には魔族がいるという噂もあるが、それもまゆつば物である。私が生きているうちには魔族なぞついぞ見ないだろうし、そんな存在がいるとしてもこの大陸ではまず見ない。
 それくらい、魔族とは疎遠なものであった。
「おいおいクラン…魔族を召喚、だって? 幽霊でも降ろすつもりかよ」
 パレットも半ば冗談交じりに笑う。クランは必死に「ほんとうだもん」と抗議しているが、さすがにこれは信じられない。
 とりあえずメモはそのまま持っていき、本は元の場所に戻しておいた。この部屋は本格的に外れだったようだ。仕方ない。探索にはこういうことはつきものだ。
 元の分岐路に差し掛かると、人の気配がする。私はすぐに後ろの二人に合図して、息を殺す。
「二人とも、ちょっとここで待っててね」
 そう言って二人から離れる。そのまま隠れながら近づいていくと、五、六人の男たちが立っている。どうやら入口の門番が電撃で伸びていたことに異常を感じているらしい。
「侵入者がいるんじゃないか? さっさとボスに連絡した方がいいって」
「いや、ここは俺たちで侵入者を見つけ出して、手柄を取っちまおうぜ」
「ばか、やめろ。門の奴らの様子を見ろ。あれはかなりの手だれだぞ」
 そしてそのまま男たちは走りだす。しかし、書斎の方へと向かっていくので、仕方なく暗闇から姿を現す。
「ん? …あっ、お前は!」
「へ? ああ、この前絡んできたやつか」
 この前適当にあしらった狼族の男がそこにいた。ディドックスの犬に喧嘩を売ったのだから、ここにいるということはおおかた予想していたが、いざ会うとびっくりする。周りの男は、侵入者に驚きながらもすぐに武器を構える。
「お前…! この前の、西風の女狐だな!」
「あ、もしかしてその名前アンタがつけたの? やめてよ、ダサいもん」
 私の挑発にも乗らずに、すぐに相手は剣を構える。私はそれに応じるようにしてくるりと一回転する。その一瞬ですぐに、私の両手には短剣が握られる。
「またその手品かよっ…くそっ、鬱陶しいな」
「そう言わずに。私の大道芸を見ることなんてなかなかないんだから」
 私は短剣を勢いよく投げつける。それは光の筋のように瞬間的に軌跡を伸ばし、男の一人に刺さる。
「うぐっ、ぐ…」その短剣は見事に男の脇腹に刺さっており、崩れ落ちる。
 よし、あんまり試したことはなかったが意外と上手くいった。こんなに大人数で小屋の通路なんかに来るからだ。一気に飛びかかってくるような心配がないのはこういった狭い場所での利点だ。
「うおっと…それ投げたりもするのかよ。しかし、大切な短剣投げていいのか? これでお前は短剣一本でこの人数相手にするんだぜ?」
「それはどうかな」
 そういって、私は懐に手を入れて素早く抜き放つ。すぐに短剣が飛び出し、もう一人の男も倒れる。短剣は的確に男たちをとらえ、行動不能にしていく。そのまま三人目、四人目と短剣は突き刺さっていく。
「嘘だろ…っ、こんなに強いなんて…」
 どうやら以前私に負けたのは偶然だとでも思っていたようだ。しかし、残っているのは二人。もはやおそるるに足らない。
「さ、時間もないことだしさくっといくよ」
「っくそ! 俺だって負けっぱなしじゃいられねえんだよ!」
 私が短剣を投げようとすると、男が向かってくる。やはり素早い。私ほどではないが、この狭い通路ではこのくらいの速度でも脅威となる。
「いいか! 覚えとけ! 俺の名前はバーナードだ!」
 切りかかりながら名前を名乗るなんて、なんとも三下くさい男だ。しかしプライドはあるのだろう、そのまま身を低く構えて力任せに切りつける。分格好だが、戦士としてとても効果的な全力攻撃(バッシュ)だ。さすがにこれは避けなければいけない。私は足全体に力を入れ、バネのように弾け飛ぶ。私の一番得意な回避行動(ドッジムーブ)だ。
 彼、バーナードの全力攻撃は見事に私のいた床を直撃し、小屋全体を揺らす。私はその隙を見逃さずに彼の後ろに回り込み、斬りつける。一瞬反応が遅れてしまったのか、バーナードは床に剣を突き立てたまま私の短剣の餌食となった。
「ぐあっ…くそ、この…女狐が…」
 私は今にも倒れそうなバーナードの前に立つ。今だに女狐呼ばわりとは、つくづく喧嘩腰な男だ。まだ私を挑発するなんていい度胸をしている。しかし、背中を入りつけると同時に足の腱にも一回お見舞いしてやったのでまず動けないだろう。今は剣を杖代わりにしてよろよろ歩くことしかできないだろう。
「さて、最後の一人…れ?」
 振り返ると、先ほどまでいた一人がいない。もしや助けを呼ばれたのだろうか。そうなるとまずい。バーナードにかまっている暇などなかったのだ。
「ああっ、くそっ! 早くどうにかしないと!」
 急いで追いかけようとする。しかし、後ろの方から遅れてこそこそと足音がするのに気づいて振り返る。そこにはパレットたちがいた。
「フェネック! どうしたんだ? 俺たちも手伝うか?」
 そう言いながら、走ってくる。ええい、仕方ない。相手が大勢で来るのならこちらもそれ相応の戦力で立ち回る必要があるだろう。
「パレット! 戦闘が始まるよっ! クランのこと守ってあげて!」
 そう言いながら私は懐から短剣をもう三本取りだす。それをジャグリングよろしくくるくる宙でまわしながら構える。私が家で教わった、変幻自在の構えだ。
「なあ、フェネックって一体どういう奴なんだよ…? そんな不思議な戦い方ばっかりして…手品師みたいだな!」
 パレットが私のすぐ後ろまで駆けつける。私は笑顔を向けると、それには答えずに大勢の足音がする方へと顔を向ける。
 パレットの疑問もわかる。私自身、これは自分の家だけの特殊な戦い方なので珍しいとは自覚していた。本来私の家は、没落する前までは竜人の村と祖国をつなぐ懸け橋として重宝されていた。しかし、実際のところは斥候や暗殺術に長けた、情報収集を目的として貴族入りしていたのだ。
 両親がスパイとして竜人の村から派遣された刺客なのか、それとも祖国から要請されていた二重スパイだったのかは今になってしまっては確認のしようがない。今では私の家はその両方から疎まれ迫害されているのだ。とはいえ、私の身体にはしっかりと斥候や暗殺術、道化師として世を渡る術が刻まれているのだ。
 まさに、狐のような戦い方を刷り込まれてきたのだ。
 足音が近づく。幸い、ここは狭い通路だ。ある程度人数が多くてもどうにかなるだろう。私が取りこぼした敵だけをパレットが相手にしてくれればいい。
「行くよ、パレット」
「おう。安心して背中預けてくれよ」
 そして、大勢の武装した者たちが現れる。私はそれに対して素早く懐に入り、的確に急所をついた攻撃をしてそのまますぐに次の敵へと向かう。踊るように、流れるようなそのステップは、相手を惑わせ私の姿をとらえにくくする。
「フェネック! 危ない!」
 声が響くと、すぐ後ろに剣を構えた男が立っていた。しかし、その男は別のところからの攻撃に予測できずに、小屋の壁を突き破って吹き飛ばされる。
 瞬時にパレットの攻撃だと理解し、彼の方を少しだけ見る。パレットはにかっと笑いながらも親指を突き立てている。私は微笑で返し、すぐに次の敵へと向かった。
 その後も私が素早い動きで、パレットは巨体を吹き飛ばすような攻撃(ハリケーンブロウ)で敵を追い払っていく。なかなか初めてにしては息の合うチームワークだ。パレットはだてに冒険者をやっていないことはあり、乱戦の中でも私とクランのどちらも守るような戦い方を続ける。
「ファイアボルト!」
 突然、その場の温度が上がる。私はすぐにパレットとクランを抱いて後ろに飛ぶ。目の前を火球が通り抜け、壁にぶち当たって砕ける。
「おいおい、俺の攻撃を避けるなよ…せっかくの魔力がもったいないじゃねえか」
 そう言いながら、魔術師のような服装の男が歩いてくる。どうやらその出で立ちや余裕な態度からしても、今までの敵とは違いそうだ。おそらく幹部の誰かだろう。
「あんた…ハスキーってやつ? ギルドマスターならてっとり早いんだけど」
「ああ? ハスキーさんだと? 気安くその名前を呼ぶんじゃねえ!」
 私が尋ねると、相手は突然怒り出して再度火球を放つ。何発も連続して打つので避けるのに必死になるが、どうやら仲間のこともお構いなしらしいので、部下の奴らにも火球が直撃する。
「いいか! この俺、シェパーが! この!〝ディドックスの犬〟の中では最強の幹部だ! この炎はあらゆるものを燃やしつくす…お前ら消し炭になるぜ」
 オーバーリアクションをしながら私たちに向かって口上を垂れる。なんとも余裕のある男だ。これほどまでに自信過剰なのも珍しい。
「パレット、あいつお願いできる?」
「え…俺か? でもあいつ、めっちゃ強そうだぞ。燃やしつくすとか言ってるし…」
 パレットは少し不安になっているようだ。確かに、あの自信の持ちようには何か底知れぬ勢いが感じられる。しかし、私はそんな不安を一蹴して前に進む。
「大丈夫。最初に出てきて俺は最強! っとか言ってる奴に強い奴なんていないから。それにね――」
 私はシェパーの向こう側で腕を組んでいる祭礼服の女性を見る。
「私は、多分あっちのほうの相手をしないとダメみたい」
 パレットは事情を察し、頷くと構えを取ってシェパーを迎え撃つ。
 私はそれまで何本も投げていた短剣をしまっていき、二本の短剣を両手に構える。乱戦の場合は何本も構えていた方がいいが、一人を相手にする時は二本のほうが集中して戦える。
 私はそのまま走っていき、祭礼服の女性のマントの上から切りつける。しかし、耳を刺すような金属音で、短剣ははじかれ吹き飛んでしまう。
「…まずは、自己紹介からしたらどうですか? 男装のご婦人?」
 うむ、やはり男装していることはばれているようだ。仕方がないので距離を取り、開き直って短剣を構えなおす。
「フェネック。お察しの通り、だけど?」
 女で何が悪い、と言わんばかりの怒気を込める。しかし、相手も女性であるためか長い髪をすくいながら私を見つめる。
「私はテリア。見ての通り、ただの神に仕える神官ですよ」
「ふん、最近の神官さんはそんなごっつい装備で身を固めてるわけ? えらく激しい戦場で神に祈るのね」
 私が言うと、テリアはマントを払いのける。彼女のマントの下には、屈強な戦士が身に付けるような板金鎧に、普通は両手で振り回すようなミスリルハンマーを片手で持っている。
「そうですね…こういった場所で、あなたのような人を神の元に送るのが仕事ですから」
 そう言いながらミスリルハンマーを振り下ろす。私はすぐに跳躍してそれを回避し、短剣を投げる。しかし、板金鎧には弾かれるだけでなかなか効果的ではない。
「いやっ…それ、無理っ!」
「いきますよ、私のハンマーフォージ…」
 テリアはくすりと微笑みながら、力任せにハンマーで薙ぎ払う。神官といいつつもこんなギルドに在籍しているだけあって、容赦なく殺しにかかってくる人だ。
 私は彼女からの連撃を避け続けながらも、なんとか懐に入ろうとチャンスをうかがう。しかし、内は板金鎧、外はミスリルハンマーでなかなか近づくことができない。下手すれば頭が吹き飛ばされてしまうだろう。
 テリアのミスリルハンマーは尚も私を狙って勢いよく動き続けている。回避するだけならばいくらでもなるのだが、やはり相手を倒すところまで行くとなると私は弱くなってしまう。仕事がらこのような真っ向勝負がないのだから、仕方がない。
「しかし、どうにかしないといけないね…」
 私はミスリルハンマーの嵐をかいくぐりながら必死に彼女の隙を見出そうとする。しかしなかなか彼女の鉄壁を崩すことができない。神官というからにはおそらく高度の治癒術(ヒール)や障壁魔法(プロテクション)も覚えているだろう。少しのダメージを与えたところで痛くもかゆくもないだろう。私のもっとも苦手なタイプだ。
「くっ…使うしかないか…」
 悔しいが、そろそろ使いどきだろう。私は懐から呪符を二枚取りだすと、念じて宙に放り投げる。呪符はまるで意思を持ったかのように私の周囲を移動すると、一枚は私の肩に、そしてもう一枚は私の短剣へと張り付く。
「ふっ、何を用意しようとも無駄ですよっ!」
 私が呪符を取り出した隙に、テリアは距離を詰めて私の体を容赦なく薙ぎ払う。完全に直撃を喰らい、私は人形のように吹き飛ぶ。一瞬ではあるが、視界が完全に真っ暗になり、そのまま意識の闇へと落ちていきそうになる。しかし、残った力でポーションを取り出すと、自分の顔にざばっとかける。
「ぶはっ、はあ…はあ…どんだけ威力あるんだか。そのバカ力、大したもんだよ」
 私はポーションを気つけ薬に一気に意識を取り戻す。口の中を切ったようで、澄んだポーションの水がよくしみる。
「あら? 完全に倒すつもりでしたが…意外とタフなんですね。見直しました」
「そりゃどーもっ! 私の手品にハマったねっ!」
 再び私は彼女に詰め寄る。今度は攻撃を当てる隙など与えないほどに早く、速く動く。その連撃は、しかし彼女の板金鎧に当たって何度も金属質の悲鳴をあげる。
「ふふっ、そのちゃちな短剣では私のこの鎧は防げませんよ。なにせどんな物理攻撃も防ぐんですから――」
「物理攻撃は、でしょう?」
 予想した通りだった。私の言葉と同時にテリアの鎧には大きな亀裂が走り、そのまま広がっていく。勝負あったようだ。もう彼女に鉄壁は存在しない。
「な、な…何をしたのですか! 私の鎧が、こんなにも…!」
「理力符。風の魔力を宿した呪符が、私の短剣に宿ってたのさ。呪符を見ても何も警戒しないなんて、アンタって完全にその鎧に頼りっきりだったんだねえ…」
 私が呆れている間にも、亀裂は広がっていく。テリアはあまりのショックに我を忘れているようだ。よほど自分の鎧に自信があったようだが、その鉄壁も瓦解してしまえば意味がない。
 ちなみに彼女のミスリルハンマーをもともに貰って意識が飛ばずに済んだのは障壁符と呼ばれる呪符のおかげだ。瞬間的に私へのダメージを呪符がある程度吸収してくれたのだ。決して安くはない買い物だったが、こういう時のためのものだ。出し惜しみなどする方が命を粗末にするだろう。
「さて、そんじゃあ…少し楽になっててもらおうか。その鎧やミスリルハンマーはさぞ重かったでしょう? 」
「あ、あ、私の…最強の鎧が…あああ…」
 そのまま彼女とすれ違うようにして短剣を振りはらう。風の魔力が宿った私の刃は、その最後の魔力を使い切るようにして彼女の皮膚を切り刻んだ。苦しむことも辛いだろうし、せめて楽にとどめを刺す。
「さて、パレット…大丈夫かな」
 慌てて振り返ると、パレットがシェパーと激戦を繰り広げている。パレットが彼の炎をかいくぐりながら、拳を振りぬいていく。それを、シェパーは炎で受ける。
 なんとも互角のような戦いだが、パレットの戦い方には何か狙っているような動きがある。
「っくそ! このガキ! 邪魔なんだよ! いい加減に消し炭になりやがれ!」
「へっ、そういうおっさんこそ疲れてんじゃないのか? 炎なんてアツいもん使ってるくせに、中身は全然アツくなってないぜ!」
 パレットは炎の中にも関わらず顔は笑ったままだ。対するシェパーはそんなパレットにある種恐怖すら抱いているように見える。
「俺は! このギルド最強で! 誰にも負けない――」
「そんなこと言ってるから弱いんだよ! 自分が一番とか、大口叩く前にちょっとは修行でもしてろっ」
 力をため、次の大技を放とうとしていたシェパーに、パレットが一瞬で詰め寄る。そのまま深呼吸をしたかと思うと、すっと腕を上げシェパーの懐に重い一撃を当てる。修道士ならではの肉を越えた一撃、気功拳(ペネトレイトブロウ)だ。並の修行では習得できないだろうに。彼もまた苦労をしているのかもしれない。
「フェネック! そっちも片付いたんだな!」
 パレットは少し火傷した顔で笑う。なんとも年相応で無邪気な顔つきだが、そこには確かにいっぱしの戦士としての顔付きも見られる。周囲はどうやらあのシェパーという男の炎に巻き込まれたようだ。ほとんど火傷による全滅である。
「さて、と。そんじゃあ私は反対側の方に行ってくるから、二人は――」
「まってフェネック。さっきのしょさいのことなんだけど…」
 クランが私の手を掴む。物陰に隠れていたのであろうが、突然出てきたのでびっくりする。
「あ、クラン…そんなところにいたんだ。で、何か思いついた?」
 クランは首を縦に振ると、私の手を引いて書斎に戻る。パレットもわけがわからないまま私たちについていく。
 そして再び私たちは書斎へと戻る。クランは相変わらず意味不明なままの文章が書かれた紙切れを取り出す
「とうざいのりゅうがきたのせいちにおりる…ってところ。これ、どこかでききおぼえない? すこしまえのじけん」
 いきなりのクランからの謎かけに、私とパレットは頭をひねる。あいにくと知性に関してはとんと御無沙汰している分野なので、心当たりもない。基本的に感性で生きているような人間であるためにこういった小康状態には弱いのだ。
 それに関してはパレットも同じのようで、先ほどからずっと黙っている。業を煮やしたクランが少し怒ったような口調で私たちを見比べる。
「ひらめきも、だいじ」
「すみません…」
 正直ここでの頭脳がクランというのもすごい話だ。私も、いい大人なのだし、さすがに頭が固くなってきたか。それともただ勉強不足なだけか。
「とうざいのりゅうっていうのは、せきりゅうとはくりゅう、っておきかえられる」
 赤竜と白竜――そこまで聞いたらもう頭に浮かぶのは強国二つの名前である。白竜王国は我らが故郷であるグラスウェルズの別名であり、またグラスウェルズに対をなすような大国レイウォールが冠している別名は、赤竜王国だった。
「赤竜王国と白竜王国が北の聖地に…って、もしかしてロスベルク島…!」
 私が呟くと、クランは嬉しそうにうなずく。その島の名前はつい最近両大国の戦場の真っただ中となり、被害が甚大に発生した中立地帯の島だった。
「ってことは、いぬはれきしにおしつぶされ、ちにしずむってのは」
 要領がわかってきた。なるほど、ようは言葉遊びなのだ。犬というのは確実にこのギルド〝ディドックスの犬〟のことだろう。ならば時代に押し潰されるということは、読んで字の如くではないのだろう。
 今度は、パレットが周囲を見回しながら手を打つ。
「わかった、歴史書だな! 伝記とかの!」
「そう。ロスベルクとうに、れきししょってことは…」
 私は急いで本棚を漁るロスベルク島に関する書物は、一冊しかなかった。もちろんこの一冊が鍵となるのだろう。
「で、ちにすずむっていうのは…」
 そう言いながら、クランはロスベルク島攻防史と書かれた本を抜きとる。
 その動きに合わせるようにして、本棚の一部が後ろにスライドしてそこに階段が現れる。
「ちかしつへのいりぐちってこと」
 そこには、胸を張ったクランが立っていた。
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