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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~ 第十二章:シャシャ・ランディの試練2

  {初めに…
 この作品は東風の作品「MELTY KISS」の人狼側からの話です。
 よって、その作品と世界観が同じはずですが、稀に違うところもあるかもしれません。その時は温かい目で見過ごしてください…



第十二章:シャシャ・ランディの試練2



 しくじった。彼女の心の中にはそれしかなかった。自分を攻める言葉しか思い浮かばない。与えられた物を充分にこなすことができなかった。無能で最低の結果であった。
 シャシャは目隠しをさせられ手枷に足枷をされた状態で冷たい石の部屋に入れられていた。首に巻かれる特殊な首輪によって魔法を抑えられているため、魔法を使うことが出来なかった。
 彼女は頭を壁にぶつけながら、心の中で自らを罵る。涙が出てくるくらいに悔しい。愚かしい自分に腹が立つ。オリスが自分を信じて任せてくれた試練をわざわざしくじったのだ。彼女にとっては屈辱以外何ものでもない。またオリスを失望させてしまった自分が憎くて仕方なかった。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……」
 期待を裏切ってしまったことへの怒りが、情けなさに変わり彼女は項垂れる。
動けない状況でどうしたものだろうか。
いい案が浮かばない自分の不甲斐なさに、本当に涙が出てきたシャシャであった。

★   ☆   ★

 レントは炎の夢を見た。赤い赤い炎。それは全てを飲む込もうと押し寄せる。熱く、吸い込めば肺が焼けてしまう程の熱気が感じられるほどにそれは現実じみていた。熱さに苦しみ悶えてもその炎は周囲を蹂躙していく。
 大きな山を埋め尽くすような炎。レントは気付いた、その山は動いている。否、それは山ではない。強大な生き物である。炎を纏った生物。しかもそれはほんの一部である。山であると思ったのは[それ]の尾の端。山から突き出た岩のような物は[それ]の角であった。巨大過ぎて全体を見ることはできない。尻尾の全体すら視認できなかった。凄まじい威圧感、存在感にレントは圧倒され声すら出なかった。身を焼かれる程の痛みもまた忘れ去ってしまう。
[それ]が動く度に地鳴りが響き、地が割れんばかりに震えた。レントはただジッと身を固め、動くことなく[それ]を見送る。ゆっくりと進む[それ]に気付かれないように、まるで穴蔵で捕食者の影にブルブルと息を顰めて身を縮める赤子のように、彼はジッとして動かなかった。
 通り過ぎる[それ]を見送った彼は安堵のため息を吐く。彼の肺に新鮮な冷たい空気が入り込み、火照った体を冷やす。周囲は荒野、無限に広がる荒野になっていた。と言っても前そこがなんであったのか知らないので、なる。という表現は間違いかもしれない。
「これは強運の星元に生まれた子よ」
 当然声が降ってきた。振り返れば、そこにはすすにより真っ黒になった木に大きな梟がとまっていた。黒いその梟はケラケラと笑っているような声を出しながら、奇妙な光を持つその瞳を首を回しながら向けてくる。
「お前が言ったのか?」
 その梟以外にレントの周りには存在しないので、彼は半信半疑ながらその梟に話しかける。
「梟が話すわけもないか」
「フクロウハハナスワケモナイカ?」
 梟の嘴から洩れる声にレントはギョッとしながら後ずさった。梟はそんなレントをさらにおかしそうに笑いながら見つめている。
「そんなに驚くな強運の星元に生まれた子よ。お前は運がいい。否、運命がいい。お前は運命によって守られ、導かれてきた。そしてお前に繋がる運命の糸はついに運命の大河へと混じり始める」
「何を言っている?」
「空を見よ。星を見よ。月を見よ」
 梟は視線を頭上へと移す。レントも習い頭上を見上げる。そこには気付かなかったが、大小様々な満点の星、そして巨大な赤い三日月がかかる。
「月は力を求め、更なる輝きを持たんとしている。しかしまた一方で今、ようやく運命の星々は動き始めている。強運の星元の子らが一斉に動き始めたのだ。空を覆う月を落とさんとするために。だが、まだだ。まだ星は光が足りない。あまりに小さく弱弱しい。月の光を覆う程ではない。明星達に導かれよ。王よ」
「何を言っている? お前はなんだ?」
 理解できていないレントに梟はケラケラと大きく笑う。
「運命の糸はすでに絡み始めた。弱い星々はすでにお前の元に集まり始めている。いずれ自分の役割に気付く時が来るであろう。まずは苦難を乗り越えよ。暗き都で待っている」
 梟は翼を広げたそれの大きさと言ったら、怪鳥である。その翼は天をも覆う程に広く大きかった。飛び立つ梟はレントに言い残す。
「あと少しだ。あと少しでお前にも見えてくるであろう。我々のような万里を見通す目によって。お前は数多くの苦難を乗り越える。だが強運の星元に生まれた子よ。お前を愛しき女神達が守ってくれよう」
 梟は大空へと舞い上がり飛び立っていった。途端にレントは経験したこともない頭痛にみまわれた。痛みで立っていることもできず、目を開けることもできない。自分が何を言っているのかも定かではない。
 そしてその痛みがフッと消えた時。レントは再度、熱を感じた。
「なん…だ?」
 立ちあがるレントは《アンナマリア》の中にいた。そこは火に包まれ、瓦礫が散乱しそして……そして魔女達が倒れ事切れている。炎の熱に、血の臭い。
 攻め込まれた。
 レントは咄嗟に腰に帯びたネスティマを構える。気配を感じ振り返ったレントの目に、迫りくる黒い影が映った……


 レントは悲鳴を上げながら前の者を掴み、咄嗟に手に取ったナイフを振り上げる。それに合わせて小さな悲鳴が聞こえ、我に返るレントの手の中にはアムネリスがいる。首を掴まれ苦しそうに、そして振り上げられるナイフに怯えながらレントを見ていた。
 彼は周囲を見渡すと、そこはいつもと変わらぬ《アンナマリア》で石造りの廊下であった。レントは廊下に座り昼寝をしていたのを思い出す。動揺するように魔女達がレントを見ている。茫然とするレントは未だに把握できない感じであったが、手を離しアムネリスを解放するとナイフを落とし、壁に身を預け丸くなった。荒い息がおさまらない。今見た物が夢であるとは到底思えなかった。それほどリアルな物であったのだ。
 噎せながら起き上がるアムネリスは不安そうにレントに近づいてくる。
「どうしたのよ?」
 手を置こうとした彼女はレントが震えているのに気付く。
「大丈夫? 寒いの」
 今しがた殺されかけた事などすでに頭の片隅にでも追いやったかのように彼女はレントの傍らに寄り添う。レントは震え顔を上げないまま彼女の腕を掴んだ。
「ムネ……逃げよう。今すぐ」
「え? 何を急に……」
「ここは堕ちる。ここは陥落する。そんな感じがするんだ」
 こんな弱気なレントを見るのは初めての事であった。
「みんな死ぬ。ここにいたらみんな死ぬんだ。逃げよう。今からならなんとか間に合う。奴らを躱して行けるはずだ」
 まるで子供が親にねだるように言うレントを見ながら、アムネリスは自分の腕を掴むレントの手を優しく包んだ。
「大丈夫。落ち着いて。私達は負けはしないわ」
「俺を……俺を信じてくれ」
「例え、あなたの言った通りでも、一人で逃げるなんて出来ない。私は残る」
「でも、グレーランドを越えられたらどうする? あっちは千。こちらは半分もいないんだぞ。勝負にならない」
「だったら、なおさら私はいなきゃ。姉妹達を見捨てられない……でも、あなたは逃げてもいいのよ。これは私達の戦いだから。ここは確かに負けるかもしれない。だからいつまでもあなたがここにいちゃいけないのかもしれない。だってあなたは部外者(オーム)だから。逃げて、逃げて生き残って」
 アムネリスはレントの額に口づけをすると立ちあがる去っていく。残されたレントは石の壁を叩いた。
「……俺は、なんて事を……」
 レントに激しい自己嫌悪が襲っていた。


 ラルドックがレントの元に来たのは、誰もいなくなってしばらくしての事であった。彼はしゃがんでいるレントに近づくと、肩を揺らす。
「レント。急げ。ここから離れる」
「ほっといてくれよ」
 動こうとしないレントに苛立ちを覚えたようで、ラルドックが強引に引っ張り立たせた。
「おい! ふざけてる場合か。さっさとこんなとこおさらばだ。荷物をまとめろ」
 手を掴み進もうとするラルドックだったが、レントはまったく動こうとしなかった。何か上の空で考えているようである。
「ラル。俺達は……逃げていいのかな」
「なにをいきなり言ってるんだ? 当然だ。これは俺達の戦争じゃない」
「でも俺達はここのみんなに恩がある」
「命をかける程のものか? 情に流されるな」
 レントの迷いにラルドックは詰め寄り問う。レントは答えなかったが、その表情には明らかに納得のいかないものがあった。
「あの魔女がいるからか?」
 ハッと顔を上げるレントは無言ながらそれは答えと受け取ってもいいだろう。ラルドックは大きくため息をつく。
「目を覚ませ、レント。奴らは魔女だ。異端者だ。殺さなきゃいけない存在だ。駆逐しなきゃいけない存在だ。異端者なんだ!」
「そんな考え方は嫌いだ。自分の目で判断しろよ。ひと月ここにいたんだぞ。彼女らは普通の女の子だ。何も変わらない……死なせたくない」
「レント。異端者の見方をすれば同罪だぞ」
「その言葉、どこかの教会の信者みたいな言い方に似てるぞ」
 どちらも睨みあったまま立つ。
「いいか。俺達は聖騎士だ。異端者を狩るのが役目。幸い人狼と魔女が殺し合ってくれる。俺達はそれに乗じて逃げればいい。わかるだろ。ここにいたら死ぬぞ」
「役目なんてクソッ喰らえだ! 俺は自分の判断に従う。俺の正義のために……お前に正義はねぇのか?」
「俺達の〝正義〟は異端者からこの世界を救うことだろ?」
「違う! 俺の正義は守りたい奴を守る。それだけだ。それが人間であっても魔女であっても関係ない。助けたい。俺は何と言われてもここを離れない。今、そう決めた。俺は……ムネ達を守る」
「なら勝手にしろ!」
 聞き分けのないレントについにラルドックが声を荒げる。何年か一緒にいたがラルドックがこうして激怒するのを見るのは初めてであった。
「勝手に戦って、勝手に死ねばいいだろ! どこへでも行けよ」
 ラルドックは背を向けて歩き出した。そして足を止めると、深呼吸を二度して振り返ることなくレントに言った。
「今までお前と組んで、解散しようと思ったことは数え切れないほどあったが……まさか、こんな形で別れるとは思わなかったよ」
「ラル。今まで迷惑ばかりかけたな。無事に帰れるといいな」
「……お前は図太いから死ぬことはないだろうが、今の内に言っておく。お前と一緒にいたこの数年、結構楽しかった」
 振り返ったラルドックの顔は寂しげながらも笑みを浮かべていた。それにレントはニッコリとまるで子供のように無邪気な、見惚れる程に美しい笑顔で返した。
 こうしてラルドックは去っていった。


 グレーシアはショックでベッドに座りこみ枕を抱いて涙を流していた。ライと名乗っていたシャシャが捕まったことを聞いたのだ。ライ=シャシャとは村からこの《アンナマリア》へ避難してきたのだ。彼女にライはここまで来るのに心の支えのような存在であった。彼女がいなくてはグレーシアはここまで辿り着くことはできなかったと自分でも思っている。短い間ではあったがライのグレーシアに向けた微笑みが、励ましの言葉がどれだけ彼女に勇気を与えていたか計り知れない。そんなライが人狼達の味方であり、《アンナマリア》。しいては言うのなら魔女の敵であるなどととても信じることはできなかった。
 アンナマリアには部屋を出ることは禁じられている。グレーシアはライに会わせてもらいたいと懇願してはみたものの、答えは当然ながらNOであった。不安に押し潰されてしまいそうな重圧に耐えるように、彼女は枕をギュッと抱き寄せる。
 部屋の扉が開いたのはそんな時である。扉の向こうからはお盆を持ったルディアナが現れる。
「ご飯だよ」
 ルディアナはお盆をテーブルの上に置くと、動かないグレーシアの方へ行き覗き込む。
「大丈夫? ご飯だよ」
 そばまで来るルディアナにグレーシアは少し視線を向けて、自分とあまり変わらない(年齢的にはルディアナの方が上であるが外見はさほど変わらない)彼女に若干の安堵を感じたのか、そのまま顔を上げる。
「あなたは外の姉妹なの?」
 ルディアナは好奇心をむき出しに尋ねてくる。
「あなたも人狼達の味方なの?」
「わ、私は違う!」
 不躾な質問にグレーシアはカッとなって大きな声を出した。それを見てルディアナはクスクスを笑う。その目には不思議な光がある。グレーシアは笑われているのに気付いてバツが悪そうに顔を赤らめながらモジモジと丸くなった。
「でも、あなたと一緒にいた子は捕まったってみんな言ってたよ」
 意地悪そうに言うルディアナをいじらしそうに見つめるグレーシアは意識せずに頬をプゥ~と膨らませている。
「ライは悪い人じゃないもん! 何かの間違いだよ」
「なによ! じゃぁ、アンナマリアが間違えたっていうの?」
「そうよ。そうに決まってるわ!」
 ルディアナとグレーシアはムムムと額がぶつかり合う程に近づき睨みあう。
「私達のアンナマリアをバカにするような事を言うと承知しないんだから! だいたい魔女なのに人狼の味方するなんて最低よ!」
「ライはそんなことしないもん! ライはね…ライは。ライは私の大切な友達で、ここまで必死で二人で来たの! そんなライが悪いことなんかするわけない!」
 叫び声に近い大きな声を上げるグレーシアの目には大きな涙が溜まり始める。それは耐えきれずにボロボロと彼女の頬を伝い、彼女はしゃくり上げ大きく泣き始めてしまった。
 さすがに言い過ぎたとルディアナはへたりこんで泣いているグレーシアへ駆け寄り、抱き寄せ謝った。
「ごめん。ごめんね。言い過ぎたよ。大事な友達なのにね」
 いまだ泣きやまないグレーシアにルディアナはオロオロしながら謝り続ける。
「ライは……ライは……悪いことなんかしないもん」
「でも……でも、アンナマリアに攻撃したって」
「何かの間違いだもん……そうだよ。操られたんだ!」
 突拍子もない発言にルディアナは目が点になった。
「村で攻撃された時に、人狼の中に人を操る能力の人がいた。だからそんな感じでライも操られて……」
「え? でも、ここは村から離れてるし」
「ごさいみん……的な?」
「ごさいみん?」
 人に暗示をかけ、ある特定の条件によって催眠状態を与えることだ。「でも、その条件が」と言いかけたルディアナの言葉は止まる。誰にも気づかれずに特定の条件を与えることは不可能だと思ったが、可能である。何せここには声を飛ばせる〝グリフォス〟と名乗る人狼がいるのだから。
「確かに可能かも。だったら、本当にその子は悪くないのかも」
 そのことを説明しながら言うルディアナの言葉に、グレーシアは目を輝かせる。
「でしょ? そうでしょ。ライは操られてただけなの。なのに、牢屋に入れられて可哀そう。ちゃんとご飯食べてるかな?」
「さぁ~。なんか、すっごい魔法使うからあまり近づくなって言われたけど……大丈夫じゃない? 石牢って言っても、ただの小部屋だし」
「でも、縛られてるんでしょ? 動けないようにしてるんでしょ」
「うん。尋問もするって言ってたかな~」
「尋問? ライにヒドイことするの? 助けてよ! 操られてたって言って」
「で、でも、何の証拠もないよ。そんなこと言ったって誰も信じないよ。ただでさえみんな、イライラしてるんだもん。誰も助けてくれない」
「私が助けるもん。私がライから本当の事聞いてくる」
「ダメ! ここから出ちゃダメ」
「でも、私、確かめなきゃ!
 私は命じる。氷よ。枷となれ」
 短い魔法。彼女が発すると、ルディアナの足に氷の枷が現れた。ルディアナが「あ!」と言う間に、グレーシアは彼女の脇をすり抜け扉を出ていってしまった。
「私、確かめてくる!」
「あ~ぁ~! 逃げちゃったよ~。また怒られちゃう」
 ルディアナは動かない足を引きずりほふく前進のように進みながら嘆いた。


 ラルドックは部屋で自分の荷物をカバンへ放り込んでいた。隣のベッドの上に散らかるレントの荷物に視線を向けながら、ラルドックは複雑な面持ちでベッドの上のナイフを手に取ると不覚にも刃で手を切ってしまった。
 指から血が出るを舐めながら溜め息が出る。いつもなら考えられないミスである。武器の扱いは人一倍慣れている。その自信もある。ナイフの持ち方を誤るとは情けない話だ。理由はわかっている。レントである。いつも五月蠅い世話の焼けるレントとともここでお別れだと思うと、少し寂しく感じる。
 ラルドックはもう一度溜め息をつき首を振った。そして血の出る指を舐める。とその時、指から出る血に視線が止まる。
「血……か」
 何かが、ラルドックの頭の中で閃いた気がした。ラルドックはテーブルの上に本を開き、ルディアナに教わった歴史を思い出す。
「魔女と人狼は、大神によって力を与えられた存在〝ヘセドリアン〟の子孫。ヘセドリアンの地はコンキスタドルにより征服されている」
 ラルドックは見つけた結界の解き方についての鍵は必ず、歴史にあると考えていた。何かの根拠があるというよりは、これはレントに毒されたのか単なる勘である。
「《アンナマリア》の者では開けられない。人狼でも開けられない。人狼・魔女の共通点はヘセドリアンであること。そしてこの二つにないのはコンキスタドル。血か。人間なら開けられる」
 思わず笑いが零れてきた。ラルドックは荷造りをさっさと済ませると、急いで部屋を出ていった。


 グレーシアはこそこそと学内を捜索していた。ライが入れられているのは石牢ではなく、小部屋であることは聞いたが、この《アンナマリア》には一体どれほどの部屋があるのか、数えただけで気付けば年老いていそうなほどあるのだ。その中から見つけるのは至難の業である。
 しばらくは何の進展もなく、ただ彷徨っていたグレーシア。正直もう、自分がどこを歩いているのかもわかっていない。引き返せと言われても引き返せないだろう。つまり迷っていた。勢いに任せ出てきたまでは良かったが、今となってはその威勢は消え失せ不安に震え泣きそうだった。
 廊下を歩いているグレーシアの耳に、何かで壁を叩いているような音が聞こえたのはしばらく経っての事である。ゴンゴンと定期的に響いている音。グレーシアにはわからなかったが、これはシャシャが頭を壁にぶつけている音であった。ビクビクしながら歩くグレーシアは音がドンドン大きくなっていく。
「ら、ライ?」
 恐る恐る言ってみるが反応はない。
「ライ!」
 先ほどよりも大きな声で言ってみると、音が止む。そして声が返ってきた。
「グレー? グレーなの?」
 それはグレーシアにとって聞き慣れたライの声であった。グレーシアは急いで声のする部屋へ行くと、重い扉をこじ開けた。
 中には腕を頭の後ろで手錠をかけられ、目隠しをされるライが壁際に座っていた。グレーシアはライに近づき安堵したように抱きついた。
「ライライ。怖かったよ~」
「グレー。大丈夫よ。泣かないで」
 まったく立場とは逆の言葉を優しく言うライに、泣きじゃくるグレーシアは顔を上げる。
「助けに来たよ! みんなライが悪者だって言うけど。本当は違うよね。ライは悪いことしないもんね」
「あぁ。グレー。あなたは私を信じてくれるのね」
 優しく言うライにグレーシアは自分の考えは正しいと思い、手枷と足枷を取ろうとするがビクともしない。
「グレー。私の首輪を外して。お願い」
 グレーシアはライの言うとおりに首輪を外す。それは何のことはないただの首輪。スルリと彼女の首から外れた。
「恋しき虚栄(アマティス・インプセマ)」
 ライが言うと、熱風で手枷と足枷が砕ける。そしてゆっくりと目隠しを外した。感心して見ていたグレーシアは、ライを見てギョッとする。それは目が赤いからである。赤い瞳をしていたからであった。
「ライ……目が。目が赤いよ……」
 そんなグレーシアに構うこともなく、ライは彼女を抱き寄せる。
「あぁ~。グレー。あなたにはなんてお礼をしたらいいの。可愛い。私のグレー」
 ギュッとしっかり抱きしめる彼女に、グレーシアも笑みを浮かべ抱きしめ返した。
「グレー。あなたはとっても素敵だわ。だから、せめて苦しまずに逝ってね」
 ライは目を細め、笑みを浮かべる。それはグレーシアが浮かべる笑みとは明らかに異なった邪悪な物が含まれていた。ライの言葉に「え?」と問いかけようと身を離そうとした時には遅かった。
「愛しき絶望(アモル・ピシィア)」
 抱きしめる腕の中から炎が現れる。それはまるで蛇のようにグレーシアを丸呑みにしてしまった。彼女は悲鳴もあげることもなく炎に飲まれ、ライ、シャシャが抱きしめた手を広げた時には、火の子と共に消えてしまっていた。
「全ては灰へ、そして無へ。焦土と化せ。地獄の鍋底を進んでやる。キャハハッハ」
 抑えきれずに笑いが込み上がってきた。両手を大きく広げ、大きく笑いながら軽やかなステップを踏む。
「神よ! 愛しき大神・オリス。感謝します。再度、チャンスをくれて。もう、失敗しません。あなたを失望させません。期待にこたえます。ありがとうありがとう。そしてエアロ。あなたもありがとう」
 笑いが治まっても彼女の顔から笑みが消えることはなかった。シャシャは部屋を出ると、ゆっくり扉を閉めた……




 二日目の夜が来る。魔女達の心は僅かな希望を見出していた。今夜。今夜さえ守り切れば、人狼達は一カ月攻められない。と。
 今夜を過ぎれば大神の力が急激に下がってしまうのである。だから魔女達は今夜は必死で守ることを誰もが口には出さなかったが誓っている。それは顔にも出ていた。昨日のように不安は確かにあるものの、明らかに決意のような物が滲んでいる。
 一方でそれは人狼達にとっても同じことであった。魔女達に時間を与えれば与える程に不利になるのはわかりきっている。今夜中に最悪でもグレーランドを越えたいと思うはずである。しかし、人狼側は頭の三人。三獣士と呼ばれるアポロ、ガルボ、マーブルが結界に呑まれてしまった。士気も落ちているだろう。
 魔女達はそれも頭に入れてグレーランドへ赴こうとしていた。集まる魔女達にレントも姿を現した。アムネリスはその様子に少し驚いたように目を見開いたが、すぐに笑みを向けた。それにレントもバツが悪そうに笑って返す。
「残ることにしたよ」
「いいの?」
「俺は……戦争屋だ。戦地が似合うんだよ。許してくれ。さっきは弱音を吐いて」
 レントの言葉をアムネリスは指を添えて遮った。彼女の視線はとても優しく、そして暖かかった。
「謝ることはないわ。ありがとう」
「俺がいなきゃ。墓場みたいに寂しくなっちまうだろ?」
 いつもの軽口にアムネリスは吹き出した。
「でも、あなたの夢はよく当たるんでしょ?」
「あれは、あれはただの夢だよ。取るに足らない夢だ」
 レントはアムネリスの腰に手を回すと引き寄せる。
「お前の熱い氷は心地がいい。ずっと一緒にいたい」
 蕩けるような甘いレントの視線に、アムネリスもトロンとしている。レントはそんな彼女の唇に、自分の唇を近づけた。
「「惚気るなぁ~」」
 それはいきなり来た。言葉と同時に飛んできた蹴りを受け、レントは吹っ飛んだ。
「こんな所で惚気ないで下さいよ! 室長」
 攻撃の主はリアナとクルタナであった。いきなりの事で驚くアムネリスに激怒するリアナに、それを頷くクルタナ。
 蹴られた場所を摩りながら起き上がるレントは、ジトーと彼女らを見る。
「もう、みんなの見ている前でそんなことしないで下さいよ。ブレスレッドだけで充分です。大体、そんな願掛けじみたことして」
「まぁ、そう言ってますけど。この子もレントのマネをして交換してます」
 ハンッと鼻で笑うリアナの隣で、クルタナがこっそりと説明した。
「わー! 言うな! クルタナ。言っちゃ。やー」
「いいじゃない。減るもんじゃないし。ルディと交換したって言っても。私もほら、レイアと交換したのよ。ねぇ~」
 顔を赤らめ捕まえようとするリアナを華麗に躱し、レントとアムネリスの前に来たクルタナが自慢げに腕のバンダナを見せる。少し離れた所にいるレイアに視線を向ければ、レイアは顔を真っ赤にしながら顔をそっぽ向けて腕に巻かれたバンダナを見せている。
「ブレスレットなんて洒落たものなんかないから、バンダナにしたんですよ」
 どうやらレントの行為が、《アンナマリア》中で流行っているようだ。
 レントは頭を振り、笑みを向けた。
 シャローンが現れることで、出発の合図であった。レントは彼女らを笑顔で見送った。何度振り払ってもノイズのように視界に映る、破滅の光景を振り払いながら。

★   ☆   ★

案の定、アルタニスの士気は最悪であった。昨夜の手痛くやられたことも含め、マーブル達がいないことは大きかった。
 父親がいなくなり不安がるドランとグランは不安げにビートにすり寄っている。そんな様子を見ていたダースとルックは皆の前に出た。
「どうした? 今日こそは奴らを見返してやろうじゃないか!」
 ダースの言葉は空しく、重い空気に呑まれた。
「そうは言っても、グレーランドを越えられないんじゃ」
 人狼の一人が言った。周囲もそうだそうだと賛同する。
「グレーランドは越えられる。シャシャやエアロが……」
「どうかな」
 ルックの言葉を遮ったのは、ふくれっ面をしたコロンであった。
「どうかな~。遅すぎる。もしその魔女が今も無事でいるのなら成功させているはずだ。だろ? だが、グレーランドは未だ解けていない。あの女はしくじった。所詮は魔女だ。信用に値しない存在だ」
「シャシャは他の魔女とは違う」
「そうだ。シャシャならやり遂げる」
 コロンに反撃するルックとダースであるが、彼の睨みで仔犬のようにすごんでしまった。
「ほぉ~。くだらない信頼か? 魔女を信じるだと? 笑わせるなよ。チビ共。え? そんな薄っぺらな物のために戦えと? 奴らは全力で来るぞ。望みもない状態でどう戦う? いい案があるのかな?」
「グレーランドを越えることはできる」
 口を開いたのは最年長ビートである。癖である単眼鏡を拭きながら立ちあがる彼に、コロンは気付かれないように嫌な顔をする。
「ほう。では聞かせていいただこう。老将どの」
「元来、目指していた場所を目指すのだ」
 彼の答えは簡単であった。昨夜目指した場所を目指す。ただそれだけ。
「保障しよう。そこに行けば、グレーランドへ行ける。聞くがいい皆の者。まだ望みはあるのだ。だが、それを成すには昨晩以上の活躍が必要だぞ」
 ビートの言葉に周囲がどよめく。
「老将。いい加減な事を言ってもらっては困るねぇ」
「おい、爺々の言うことを疑うのか?」
「そうだ。恥を知れ」
 コロンの言葉に激怒したのはドランとグランである。ビートの影に隠れるようにして言っている。その侮辱にも近い言葉にコロンは牙を向くが、冷静を素早く取り戻し咳払いをすると自分を落ち着かせる。
「これは失礼しました。色眼の持ち主である老将の言葉を疑ったのは確かに無礼でした。しかし、仮にグレーランドを越えられたとしても、あの三人がいない戦力で勝てるでしょうか?」
 急に言葉遣いを丁寧にしたコロンだが、未だに挑戦的な目のままであった。その様子にビートは卑しく笑みを浮かべる
「臆したか? あのコロンともあろう者が、魔女などに。あの三者がいなくては勝てぬと? 自分には手に余るというのだな?」
 ビートの言葉にコロンは顔を真っ青にした。それは怒りだ。彼にとってこれ以上の屈辱的な言葉はなかった。いつも軽蔑するような笑みは消え、歯を食いしばる彼の怒りは周りにいる者ですら一歩下がったほどである。
「安心せい。あの三者はいつまでも結界にいるような者達ではない。必ず。戻る」
 コロンに冷たい視線を向けながら言うビートの言葉に、ダースとルックがそうだそうだと大きく頷いている。
「今日はいい色の空だからな」
 見上げるビートのそばに大神が現れる。皆が慌てて姿勢をただした。
「今宵は赤い月だ」
 それだけ言って大神は押し黙る。沈黙の中、ダースが高い所に上がり叫ぶ。
「皆の者、狼煙を上げろ! 死ぬにはちょうどいい月が出ているぞ。赤く染めろ、染め上げろ! あの灰色の地を魔女共の血で染め上げてやれ! 進軍だ!」
 それに応える人狼達は、口々に「狼煙を上げろ」と叫び立ちあがると、行進し始める。目指すはグレーランドである。


 グレーランドでの戦いは昨夜以上に激しく厳しいものであった。魔女の方も昨晩以上の数で攻撃してくるのだ。人狼達は昨晩痛いほど感じたようで、今夜はまったく真っ向から反撃をしようとはせず、ただ避けるのに全力を出していた。飛び交う魔法を潜りながら目的地まで向かう人狼達は、ジワリジワリとではあったが魔女達を後ずさせていた。近距離に持ち込まれればどうしても不利であるからだ。
 目的の地。魔女達が転送に使っていた場所を目と鼻の先に捉えた所で、魔女達も盛り返してきた。
 人狼達は物影に隠れ一時息を整える。
「もうすぐだ。それで? ビート爺。これからどうすればいいんですか?」
 物陰から様子をうかがいながら目を輝かせダースはビートに尋ねる。
「あれを使えば、《アンナマリア》まで行けるんっすよね?」
 ビートは渋い顔をしている。
「かもしれんな~」
「「え?」」
 意味不明な回答に目を点しているダースとルックの前で、ビートはウ~ンと顎を摩る。
「いや、ああでも言わんと、皆のやる気を出さんかったろうからな~」
「嘘だったんですか?」
「いや、行けるかもしれんが、行けないかもしれん」
「嘘じゃないですか」
「そんなに大きな声で言うでない」
 これからの事を思案しているビートに口をあんぐり開けているダース達。そのすぐそばで悲鳴と共に、衝撃が起こった。見ればポポロンが魔女と戦っていた。


「鉄面皮~!」
 ポポロンがレイアスを見つけ飛びかかった。レイアスは何の感情も持たぬ表情でそれを避ける。まるで相手にしていない彼女は執念深く襲い掛かるポポロンに、よくやく視線を向ける。
「砕断の風(オニス・ヴェントゥス)」
〝風の支配〟
 見えない刃の攻撃を支配で弱め躱すポポロンだが、全てを躱しきることはできず浅く彼の肌に傷をつける。薄ら血が出るのを拭きながら睨む。
「この間は邪魔がはいっちまったが、今日は決着をつける」
「あなたの勝ちはありえませんよ」
「やってみなきゃわかんねぇだろうが! 俺の怒りを受けてみやがれ」
「あさましく浅はか」
〝灰の支配〟
 周囲の灰が宙で止まり、そして一斉にレイアスめがけて纏わりつく。
「風の防壁(ヴィ・ゼラ)」
 纏わりつく灰は彼女が創りだす風により吹き飛ばされた。
〝空間の支配〟
 彼女を囲むように立方体の空間が現れ閉じ込める。
〝影の支配〟
 地面から現れた無数の影の杭がその立方体を貫いた。
「くどい。風殺(ストゥナ)」
 レイアスの周囲に現れるうねりを上げた二つの風が、立方体を砕き影を弾く。そしてそのうねりはポポロンを貫いた。血を噴き上げ倒れる後方へ吹き飛ぶポポロンはまともに受身も取ることもなく地面に落ちた。
 血を噴きながらヨロヨロ起き上がるポポロンを無表情で見つめるレイアス。しかしその目の奥には若干の驚きの光があった。
「お前が。お前がヴァンを殺した時点で、俺がお前をぶちのめすのは決定事項なんだよ。さっさとやられろ」
 まったく格好とあっていない発言であったが、その血走った瞳には何者にもバカにさせない迫力があった。
 レイアスは先ほどの驚きの光もすでに消したその瞳を向け、手を上げて魔法を撃ち込んだ。

★   ☆   ★

 ラルドックは騒がしくなった校内を忍び足で進んでいた。聞いた話では捕まえていた者が逃げ出したそうだ。
 こそこそと進みながら、ラルドックはようやく目的の場所に着く。何かが隠されている壁である。結界によって壁になっているが建物の構造的な事を考えたラルドックには、何か部屋らしきものがあることに気付いたのだ。しかし気付いただけで、その壁は砕くこともできずビクともしなかった。結界の存在を知り、特定の条件が魔女でも人狼でも持っていない物である所までわかったが、それ以上の結論に辿り着くことができず一カ月が経った。
 これほどの強固な結界を張った場所である。ラルドックはここに話に聞いた《アンナマリア》の宝が隠されているのではないかと考えていた。それは強大な力を持つ物らしかった。
彼は周囲を見渡してから壁に面と向かう。
 人狼でもなく魔女にもない物。やはり歴史に隠れていた。それは。侵略者の血である。人狼と魔女。共通点などないように見える両者であるが、実は元は同じ種族であり力の使い方が違うだけであった。そこへ新たなコンキスタドルと呼ばれる人間が侵略してきた。つまり、彼らにないのは侵略者、人間の血である。魔女風に言うのであればオームの血である。
 ラルドックはナイフで手を切りつける。溢れ出る血が地面を濡らす。
 後はラルドック自身がコンキスタドルの血を深く引き継いでいることを祈るのみである。
 ラルドックは手を壁に押し付ける。すると、壁が血を吸ったかのように一度鼓動をうつ。そして血は壁の溝を伝い、その溝から壁が離れ始め漆黒の空間が開かれた。
 彼の鼓動は激しく波打つ。だが警戒は怠らない。手に戻ってきた彼の得物。フィールドとテリトリーを両手に構え、暗闇の空間を睨みつけていた。
『やぁ、開けてくれたんだね』
 グリフォスの言葉が急に耳元でした。突然の事で驚いたラルドックに一瞬の隙が生まれる。
 気付いた時にはラルドックの首元を牙が深く抉っていた。暗闇から現れたそれはラルドックに反撃をさせることもなく喉元に食らいつき、軽々と彼を投げ飛ばした。壁にぶつかりずり落ちるラルドックは何が起こったのか理解できず目を見開く。抑える首元からは止まることのない血が大量に溢れだしていた。
「……人、狼?」
「意外とタフだね。親切に苦しまずに殺してあげようと思ったけど」
 目の前に立つのは一人の人狼。彼は大きく伸びをしながらラルドックを見て、ウィンクしながら言った。その声は聞き覚えがある。
「く……グリ、ふぉす……?」
「君のおかげで外に出れたよ。空気がうまいねぇ~」
 グリフォスはいつも頭の中に流れ込んでくる声と同じ調子で言う。ラルドックはようやく気付いた。自分が開けた結界は、《アンナマリア》の宝を隠した場所のではなく、グリフォスを幽閉していた結界であったのだ。うまい具合に誘導されたわけだ。屈辱に霞んできた目で睨みつけるが迫力に欠ける。
「止めを刺してほしいかい? でもまぁ、ここで一撃を耐えて生きたのは何か運命のおかげだ。ほんの少し永らえた命を大切にね」
 動けないラルドックは去っていくグリフォスを見送るしかなかった。叫ぼうにも、もう声が出ない。ラルドックは意識が遠のくのを他人事のように感じた。


 シャシャが中央のホールに着いた時にはすでにアンナマリアが時計塔の前にいた。
「なんて恐ろしい子なのでしょう。あなたを信じた唯一の純粋な子を殺めるとは。人の道にはもう戻れませんよ」
 アンナマリアの冷たい言葉に、シャシャはニヤリと笑って見せる。
「私は生まれ堕ちた時から人の道なんてものを歩かせてはもらえなかったから。どきなさいよ。私は結界を解くのに忙しいんだから」
 その笑みは見たもの全てを凍りつかせるかのようなものを含んでいた。
「彷徨いし憤怒(アヴェロ・イラスカー)」
「火喰(ペルノティア)」
 広範囲に広がる様に現れた炎は、アンナマリアの場所だけポッカリと空間ができる。炎がアンナマリアの掌に包まれるのだ。
「歳を取るといけません。どうしても甘くなってしまいます。それが多くの悲しみを生んでしまうのに……
 炎尾(フルガウラ)」
 直線的な鋭い炎がシャシャを襲いかかる。
「恋しき虚栄(アマティス・インプセマ)」
 襲い掛かる炎をシャシャから発せられた熱風により弾き飛ばす。そのままシャシャは炎を掻き分けるように直進し、アンナマリアの前まで来て手を翳した。
「愛しき絶望(アモル・ピシィア)」
 飲み込むような炎がアンナマリアを包もうとした時、彼女は煙になり火の粉を散らして消え失せた。
 そして車椅子ごと違う場所へ移動する。
「あなたの攻撃は……っ!」
 アンナマリアの言葉は途中で強制的に遮られた。それはシャシャの拳。それがアンナマリアを捉えていた。咄嗟に手で遮ったがシャシャはその手ごとアンナマリアを殴り、時計塔へ押し付けた。
「あんたみたいな中途半端に興味はないのよ! さっさと出てきなさい。この引き籠りが!」
〝咲き乱れる我が愛(ヴォシス・メイ・アモル)〟
 シャシャの拳より出た炎は、アンナマリアをそしてその後ろの時計塔を粉砕した。時計とは爆発を起こす。それと同時に生まれた衝撃波によってシャシャは吹き飛ばされた。

★   ☆   ★

 ポポロンはレイアスの攻撃により膝をついた。レイアスが近づいてくるのを虚ろな視界で見つめる。
 あと少し、あと少し踏みこんで来い。心の中で呟くポポロン。今、完全にレイアスは油断している、間合いに入った瞬間に襲い掛かるつもりであった。例え刺し違えてでもといった覚悟だ。だが、レイアスはギリギリで止まる。
「ここまでが限度でしょうか」
 レイアスは間合い寸前で止まる。彼は読み誤った。油断など彼女はしていない。彼女にそれを味わう感情がまず無いのだから。
 レイアスが軽く手を上げ止めを刺そうとした時、周囲に激しい衝撃波が襲った。人狼も魔女も同じくそれによろめき面喰う。
 そして両者共に驚いた。
「灰が……止んだ」
 誰かの口から洩れた言葉。
 グレーランドにコンコンと降り続けていた灰が止んだのだ。それはアンナマリアの結界が解けた事を意味していた。
「ではお先に失礼しているとしよう」
 それは何人もの魔女達を相手にしていた大神の口から出た言葉。向けられたのはもちろん魔女達。大神がそう残した次には、グレーランドにいた人狼達が消えていた。全ての人狼達が一瞬にして魔女達の目の前から消えた。どこに消えたのかは皆わかっていた。彼女達は凄まじい悪寒を背に感じた。
「シャローン先生!」
 叫んでいたのは珍しくレイアスである。呆然とする魔女達の中で真っ先に事の重大さを把握したのだ。
「皆さん。戻りますよ」
 今回ばかりはシャローンの口調もきついものがあった。シャローンは急いで皆を連れて《アンナマリア》へ引き返す。

★   ☆   ★

 いきなりの爆音と衝撃波で《アンナマリア》内ではパニック状態であった。慌てふためく生徒達。
 ここに残るのは昨晩怪我をしたものや、医療系、補助に特化した者達ばかりで戦闘に適した者はほとんどいないのだ。
「な、何が起きたの?」
 口ぐちに出る質問だが、誰一人答えられる者はいない。
 そしてついに一つの廊下でそれは起きる。
 不安そうに問い合っている者達がプツンと糸が切れたように倒れていく。それに気付いた上級の者達が慌てて下級の者をさがらせた。
 空間は収縮し、それが戻る時にはそれはすでに降り立っていた。漆黒の巨大な狼。それは何物よりも赤い目を持っていた。狼は一声、学校中に響く程の遠吠えをする。

 今宵、ついに大神が《アンナマリア》に降臨した。
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