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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~  第十五章:《アンナマリア》の激闘2後半

  {初めに…
 この作品は東風の作品「MELTY KISS」の人狼側からの話です。
 よって、その作品と世界観が同じはずですが、稀に違うところもあるかもしれません。その時は温かい目で見過ごしてください…


後半……

★   ☆   ★

《アンナマリア》東部にあるサンルームでは他と少々違うことが起こっていた。もちろん人狼と魔女の攻防という点では同じであるが、飛び交う悲鳴や逃げる者は魔女よりも圧倒的に人狼の方が多かったのだ。
「くそ、何なんだ?」
「本当にあいつ魔女か?」
「とにかく逃げろ!」
 口々に漏れる悲鳴のような声と共に逃げる人狼達。皆、一つに集まり塊となって避難していた。まるで逸れたら最後とでもいうかのように。否、事実、その温室ではぐれた者は次の瞬間には仕留められたであろう悲鳴が聞こえてきた。
 彼らを狩り立てるは一つの影。その影から発せられる言葉は、その敏捷なそして残忍な行動からは想像もつかぬほどにゆったりと、気の抜けたような声であった。
「はやはや~。どうして逃げるんでしょうね~」
 土精の魔女・シャローン。いつものような柔和な笑みを浮かべ、手を顎に添えて可憐に首を傾げて見せた。
 彼女の動きは、標準から言えば少々豊かと言えるその体から生み出されるとは到底思えないほどに俊敏で、どんな戦士にもマネのできぬほど洗練されていた。
 まるで追いかけるのが厭きてしまったかのように、彼女は魔法を使うことも無く人狼に追いついた。彼女の姿を見た瞬間、人狼達の顔から驚きと恐れの色が浮かぶが、逆に踏ん切りがついたと見え踏みとどまって彼女を迎え撃とうと構える。
「そうでなくてはいけませんね~」
 シャローンは一切表情を変えることなく人狼の群れに飛び込んでいく。人狼達の爪が牙が彼女を殺すために煌めく。が、それは彼女の衣服にすら触れることはなかった。まるで踊るような足運びでシャローンはそれを避ける。飛び、回り、流れ、あたかも彼らははなからそこには存在しない幻影に攻撃をしているかのような、手応えも何もない。目では捉えているのに寸での所ですり抜けていく。
「その体、まさに流れる大気のごとく淑やかに。捕えんとする者、何人も捉えることあたわず。その手、まさに天を裂く雷のごとく猛々しく。捉えられし者、何人も避けることあたわず」
 身を翻し避けたシャローンの両の手刀が二人の人狼の固い毛皮を裂き分厚い胸板を貫いた。それを引き抜く頃には両者は事切れ地面に崩れ落ちた。
 亡霊。
 それは皆の心に浮かんだ言葉。いや、もしかしたら誰かの口から声として漏れていたかもしれない。ニッコリと優しげな笑みを浮かべるシャローンはどのような相手よりも違和感と恐怖を与えたに違いない。
 再度逃げようと背を向ける人狼達に、シャローンは小さく「仕方ないですね~」と聞き分けのない子供でも見るかのように呟くと、片手を地面に付ける。
「私が命じます。土さん土さん。あの子達を逃がしちゃダメですよ~」
 彼女の言葉と同時に大地が答えるように逃げる人狼達の足元がぬかるみ動きを一瞬封じたかと思うと、そこから無数の杭が天高く突き上げられた。逃げる間も与えられずに人狼達は串刺しとなり絶命。
「あらま~。これは惨いですね~。生徒がいなくて良かったです~」
 やり過ぎた感を出しながら立ち去ろうとした時、新たな相手の気配に足を止める。
「これはこれは、こんな所で出会えるとは嬉しい限りだね。やはり、お前は私に殺される運命なのだろうね~」
 凶悪な笑みを浮かべギラギラした目で立つのはコロンであった。丁寧な言葉とは裏腹に彼からは並々ならぬ殺気が発せられていた。シャローンはそんな殺気にも動じることも無くニコリとするだけ。しかし、その笑みは今までのような単純な温かさを感じさせる笑みと比べれば、どこか背筋が震えるような冷たい物が含まれていた。凶悪な笑みと冷ややかな笑みのまま向かい合うのは僅かな時間。コロンが人狼特有の超脚力で彼女との間合いと詰め襲いかかる。彼の爪は全てを朽ち果てさせる。
 シャローンは突き出される爪を躱しながら腕を掴むと関節を固定させてその巨体を投げ飛ばしコロンを頭より落とす。
「射よ」
 コロンを頭から落とすと同時に彼女の口より発せられた言葉、コロンは咄嗟に空中で身を翻し、彼女の頭を蹴り込み彼女が避けると同時に束縛から逃れる。コロンが落ちるはずであった地点より杭のような物が付きあがるが、彼はそのおかげで着地地点をずらしたので微かに回避できた。
 だが両者の攻防を続く。転がるコロンの後を続けざまに大地が襲いかかるが、彼は爪で引き裂き朽ち落とす。何とか態勢を整えた時にはすでにシャローンの手刀が目前。コロンは爪を切り上げた。そのままいけば彼女の手がコロンの目を突いていただろうが、同時に彼女は腕を失っていただろう。彼女は攻撃を寸での所で止め爪を回避すると身を翻し、回転のままコロンを蹴り込んだ。後方へ飛ぶコロン。
 シャローンは地面に両手を押し当てていた。
「赤き土牢(ルベ・テッラケル)」
 瞬間、幾重もの触手のような物がコロンの足元より飛び出すとコロンを囲み、球体を作り出した。球体は圧縮されるかのように小さくなる。と同時に、雄叫びと共にコロンの爪によって土が朽ち果て寸での所でコロンが脱出してきた。
 息を上げ、土により体中に傷を作ったコロンは血を流しながらもその目は先ほどにも増してギラギラと燃え上がっている。それにシャローンは少し驚き、同時に感心したように笑みを消した。
「今のは、危なかったぞ。この忌々しい魔女め」
 コロンの口から耳を覆いたくなるような罵声が上がる。淑女が聞けば気を失ってしまいかねない程の下品な言葉の数々に、流石のシャローンも顔をしかめる。
「まぁまぁ、なんて下品なことですか~」
 彼女が手を振るとコロンの両足に杭が突き立つ。彼の曇った悲鳴。
「そんな人にはお仕置きですよ~」
 彼女が口を開こうとした時、彼女は猛スピードで襲いかかる存在に気付いた。すでに見ている暇は無いと咄嗟に感じた彼女の口から「私を逃がせ」と短く発せられる。と同時に、彼女は消え立っていた場所が深く抉られた。
 勢い余って地面に爪を立てて方向を変えるのはマーブルの姿だった。彼は逃げたシャローンをさらに責め立てる。いきなりのことで万全に躱すことができなかった彼女はよろけていたのだ。マーブルの爪の速度は彼女に魔法を撃たせる暇を与えない。そうと知るや彼女は飛び、サンルームより校内へと繋がる窓に飛び込み逃げた。すぐ後を彼の爪が窓と言わず壁をも切り裂き通路を作った。校内に逃げ込んだシャローンは今や遮る壁を失い立つ、マーブルの姿を確認するとゆっくりと起き上がる。ガラスで所々切っているようだ。
「はやはや~。ちょっとだけ、驚きましたよ~」
「これはこれは、マーブル君。これからお楽しみだと言うのに、無粋なことをしてくれるね。君という男は」
 マーブルの登場でコロンは毒を吐く。マーブルはそれを気にすることも無くコロンに手を差し出した。
「まだ立てるな? まさかもう戦えないとでもいうのか?」
 マーブルの言葉に顔を顰めるコロンは彼の手を弾いて無理矢理起き上がった。両者が迎え撃つは、未だ笑みを浮かべし魔女。
「気を付けたまえよ。マーブル。あの魔女は妙な体術を使う。あの技は見事だぞ、我々の同胞たちが何人、あの魔女一人に手籠めされたことか?」
 いやしく顔を歪め冗談めかしく言うコロンだが、ピリピリと緊張感が感じられた。
「あの魔女は私が手籠めにする」
 コロンは凶悪に笑みを浮かべたのと同時に、動いたのはシャローンが先であった。


 ラルドックが目を覚ますとそこは小さな部屋であった。部屋というよりもこの建物の構造上できた隙間と言ってもいい空間。階段下の空間だろう。ぼんやりと明かりが灯されたそこには雑多な物が置かれていた。
寝かされている状態のそんな彼を、見知った顔が彼を覗き込んでいた。
「気分は? ラルドック」
 ラルドックはしばらく彼女の顔を見ながら記憶からその顔と名前を引っ張り出していた。確かレントが仲良く話している魔女の集団の中にいた一人だ。名前はクルタナだった気がするが、確証はない。
「なんで俺はここに?」
 声を出して気付いたが、恐ろしいほどに擦れた声だった。自分は何十年も知らぬ間に年老いてしまったかのようだ。
「あなたは血を流して倒れてたんですよ」
 彼女は彼が倒れていた状況や場所を事細かに教えてくれる。同時に、ラルドック自身も何が起こったのかを徐々に思い出してきた。彼は《アンナマリア》に隠された宝を探し、誤って人狼・グリフォスの幽閉場所を開いてしまったのだ。その結果が今の様である。
 彼が起き上がろうとするとクルタナは支えてくれる。
「あまり動かない方がいいですよ。結構血を流してましたし、処置をしたといっても私がした程度ですから、また傷口が開いてしまうちゃうかも」
 彼女の言葉にラルドックは噛まれた喉を摩ると、そこには包帯が巻かれているも痛みはほとんどなくなっていた。確かに彼は喉笛を噛みきられていた。致命傷を避けたとしても重症はまのがれない。一生話せないだろう。むしろ今こうして意識が戻ることもありえなかった。
「これは君が?」
 ラルドックの問いにクルタナは少々恥ずかしそうに首肯した。
「まぁ、私は戦闘というよりも治療専門の魔女なんで、と言ってもまだまだ未熟だし、実は生身の人に使うのは初めてだったり」
 アハハと恥ずかしさを誤魔化すように笑うクルタナを見る。改めて魔女の使う魔法の凄さを思い知った。彼を助けたのが魔女でなければラルドックは生きていない。
「グリフォスは?」
 ラルドックの問いに彼女は首を傾げた。どうやらあそこにグリフォスが閉じ込められていたことは知らなかったようだ。彼女が来た時にはグリフォスは姿を消していたのだろう。
 ここはあそこからどれほど離れている場所なのだろうか? いや、それよりもどのくらい意識を失っていたのだろうか? 未だ朦朧とする頭の中で疑問が幾多も浮かび、そして回答を得る前に消えていった。
「今はまだここにいた方がいいです」
 耳を澄ませば微かに外の喧騒が聞こえてくる。彼が意識を失っている間に戦場がここに移ったらしかった。
「レントは? どうなってるんだ?」
「人狼達はグレーランドを越えて、《アンナマリア》に攻め込んできたんです。一瞬のことで、もう何が何だか。他の子達と避難場所に向かおうと思ってたんですけど、あなたが倒れてたので私だけ逃げ遅れました」
 笑みを見せるクルタナだが、その笑みはぎこちなく引きつっていた。非戦闘員の彼女がこんな所にいるのだから、怯えるのも無理ないことだ。ラルドックは彼女の表情を見ながらそう思い、そして彼女が魔女であることを思い出したかのように首を振った。
 退治すべき魔女に同情するとは……
 そんなことを思っているなど想像もしてないクルタナは急に首を振る彼を心配そうに眺めた。「大丈夫か?」と目が語っていた。
「どうして助けたんだ?」
 ラルドックは唐突に尋ねる。
「どうして? 俺はお前たちの姉妹でもないし、味方でもない。むしろ聖騎士で、お前達の敵みたいなものだ。お前達と一緒に戦う気もない俺を助けて、結果お前はこうして窮地に追いやられた。どうして助けたんだ?」
 彼女はしばらく彼の問いの意味を砕いて理解するかのように、微かに自分で頷きながら彼の目を見て笑い短く言った。
「さぁ~?」
 何ででしょうかね? と笑う彼女。
「倒れてたんで、あ~。このままだと死んじゃうな~。助けないと。って、思ったんですよ。今の私達の敵は人狼なので、あなたが敵か味方かまで考えてませんでした。それにレントの友達じゃないですか」
「俺はあいつと違って、お前らを見捨てて逃げようとしたんだ」
「まぁ、いいんじゃないですか? これは魔女と人狼の戦いですから。私だって、正直逃げたかったです。覚悟はしてたつもりですけどね。いや~。覚悟って言うよりも成り行きでこうなるんだろうな~って思ってただけなんでしょうけど……でもやっぱり怖い。正直言えば、もうここから出られないんです。外に出るのが怖くて怖くて。あなたがここにいてくれるのって、結構安心したりするんですよ。独りじゃないって思えて。それが聖騎士だろうがなんだろうが、人狼じゃないだけマシです。私達、《アンナマリア》の魔女って外の世界にほとんど行かないから、聖騎士って言われてもピンとこないんですよ。噂とかで聞いたぐらいで。私、あなた達が来るまでは聖騎士ってもっと化け物みたいな人達だと思ってたぐらいですからね」
 カラカラ笑うクルタナが逆に痛々しく思う。彼女と話せば話すほどに、自分が敷いてきた魔女と人間の差が縮まっていく。
 ラルドックは視線を彼女から外し起き上がった。まだ少し体が痛いが、驚くべき回復である。彼女はそんな彼を見上げ、見守っている。
「どうしたんですか?」
「いつまでもここにいるわけにはいかないからな」
 ラルドックは扉に近づき外の様子をコッソリと確認してから出る。ここも戦闘があったのだろう。傷ついた床や壁と共に人狼や魔女の死体が転がっている。クルタナもゆっくりと出てくるが、それらを目にして口元を抑えラルドックの後ろにぴったりとくっついた。
「離れろ。動きづらい」
「あの~、一緒に行動しててもいいですよね?」
 懇願にも近い目を向けるので、彼はできるだけその目を合わせないようにしながら冷たくあしらう。
「お前の好きにすればいい。だが、人狼に襲われても、俺に助けてもらえるとは期待するなよ」
 彼の冷たい発言に、幾分ションボリしながら「そうですよね」と呟くが、それでも彼に付いて行くことに決めたようだった。
 ラルドックは意識を集中しながらなおかつ素早く進む。取り敢えず武器になるものを探さなければならない。今の彼は丸腰である。傷ついた彼を助けてくれたクルタナも、彼の武器までは一緒に運んでくれなかったようだ。
 ラルドックは武器を探しながらも、クルタナの言う避難場所へと歩を進める。すると彼の見覚えのある所に出る。ここは彼らが寝起きしていた部屋からあの封印していた場へ行くのに通った道だ。もし彼が噛まれたままの状況であれば、そこに彼の愛剣フィールドとテリトリーがあるはずだ。
 彼が突然走り出したので、クルタナは困惑し思わず大き目の声を出してしまった。
「ラルドック! どこに行くの? そっちは逆……」
 しかしラルドックからの返答は無かった。彼は一気に暗い廊下を駆けていく。今までも素早く足早に行動していたが、それでもクルタナを配慮してか。もしくは人狼を警戒して速度を落としていた。しかし今は完全に全速力にも近い速度であった。そんな速度にクルタナが付いていけるわけもない。気付けば彼ははるか彼方へ行ってしまい、所々炎が上がるおかげで不気味に暗く照らす廊下に飲まれてしまいそうだった。
 彼女はその背を見ながら、置いて行かれる心細い気持ちが表に涙となって出そうな感覚を必死に抑え、ラルドックを置いて進むかそれとも彼と共に戻るかの判断をするよりも早く彼女はラルドックの後を追い走っていた。
 今の彼女にとって一人残されることが一番恐ろしかった。
「ま、待ってください!」
 彼女の弾んだ声は結局ラルドックに届くことはない。彼はそのまま見えなくなり、結局彼女は独りになってしまった。

 ラルドックは周囲を警戒する。
 やはりグリフォスの気配はもうない。まだ、ここは戦闘に至ってはいないようで、人狼・魔女どちらの死体も無かった。そして予想通りに彼の武器ものまま落ちていた。おそらく自分の血だろうが赤く染める場所に運ぶのに邪魔になったと思われる大剣や鎧、そしてフィールドとテリトリーの双剣は外されたままの状態で無造作にあった。思わず彼の口元が笑みに歪む。
 大剣や鎧もそうだが、フィールドとテリトリーは彼にとっては宝だ。命に等しい物なのだ。
 彼はそれらを装備し直し来た道を引き返そうとした時、遠くな場所から悲鳴が聞こえてくる。咄嗟に身を隠すが少し距離がある上に、どうにも向かっている方向は違うようだ。
 ラルドックは身を隠した場所から出て再度歩きはじめると、また悲鳴が聞こえる。が、先ほどよりも方向がはっきりしている。どうも一階下からの声だった。身を乗り出して見てみると、若い魔女が人狼に追いかけられている。
「クルタナ……」
 ラルドックは魔女を見て気付く。彼を追いかけてきて不運にも人狼に遭遇したようだった。戦闘向きではないと言うだけに、全く戦う様子も無く彼女は必死に人狼達より逃げるが、お世辞にも速いとは言いにくい。人狼達も彼女が相手になるような魔女ではないことを理解したらしく、余裕にも喉を鳴らしいたぶるようにゆっくりと追いかけていた。どうやらこの辺りには助けてくれるような魔女もいないようで、まるで兎を狩るようにジワリジワリと迫っていた。
 ラルドックは踵を返す。
 ああなったのは彼女の注意不足であるし、彼自身、極力危険は避けて通りたい。こういってはなんだがこれは彼女の自業自得なのだ。
 それに……
 彼は自身に言い聞かせる。
 それにあの子は魔女なのだ。魔女が死のうが、殺されようが知ったことではない。
『彼女らは普通の女の子だ。何も変わらない……死なせたくない』
 レントは彼にこう言った。
 レント、お前は惑わされているんだ。魔女は人を騙す。魔女は人を惑わす。魔女は人を陥れる。魔女は人を殺す。魔女は人間の敵だ。人狼と同じなんだ。
 だったら……俺も惑わされている。
 ラルドックは知らず知らずに、首に巻かれた包帯を触っていた。

 ラルドックと逸れてから人狼に会うまでは、そんなに時間はかからなかった。不意に互いに出会い瞬間面食らったが、逃げる彼女に彼らはすぐに彼女の力量的な物を見抜いた。
 日頃運動などしていないクルタナも、自分が運動に秀でているなど思ってもいない。自分がまだ走り逃げていられるのは、単に自分が遊ばれていることぐらいわかっていた。しかし、逃げるしか彼女に無いことも、また理解していた。
 息がすぐに上がり膝も笑い始める。足が縺れ、嗚咽の様な無様な呼吸使いに人狼達の低い嘲笑が聞こえる。
 彼らは彼女の恐れや怯えの香りを楽しみながら、非力でか弱な獲物を追い詰める。何度もへたり込みそうになるクルタナを威圧し、唸り声を聞かせ、罵声を浴びせて再び走らせた。その都度、彼らの愉快そうな卑劣な笑いが聞こえてきた。
 が、とうとう彼女はへたり込んでしまう。肩で息しながら声にならない悔しさと、恐れが彼女の涙となり床に落ちる。もう、人狼達がどれだけ脅しても、威嚇してもテコでも動きそうになかった。
 人狼達は興ざめしたとばかりに、互いに顔を見合わせ溜息をつき、そしてその顔から笑みが生まれる。追い詰めた兎を追いかけるのは終いだ。今から料理し食す時間が始まるのだ。
「我々は運がいい」
「刃向う者ばかりかと思ったが、こんな小鳥がいるとは」
「哀れだな。群れから逸れるとは」
 牙を魅せる笑みを浮かべ近づく人狼達。クルタナはへたり込んだ状態のまま、彼らに背を向け自身を抱くようにしっかりと両手で腕を掴み震える。
「け、獣達め」
 やっと彼女の口から出た言葉に人狼達は笑う。
「最後の言葉はそれでいいか? それとも他にはあるか?」
 舌舐めずりをして、彼女に手を伸ばそうとする人狼は突然、苦悶と驚愕の悲鳴を上げた。その人狼の胸から赤い大剣の刃が突き出ていた。
「あるぜ」
 その声は人狼の背後から。
「まだ、助けられたことに対して礼を言ってなかったんだよ」
 背後から大剣を突き立てたのはラルドックだった。彼は突き刺した人狼を突き放すと即座に腰に手を回す。いきなりのことだが一人がやられ、ほとんど反射的に攻撃に転じていた両側の人狼達。だが、彼らの刃がラルドックの届くよりも速くラルドックは両腕を振り上げる。
 それと共に、巻き起こる剣風。それは今まさに襲いかかろうとしていた人狼達をズタズタに引き裂いていた。いくつかトリガーのような物がついた彼の両手の柄より出るのは、まるで蛇のような。否、両側に刃がついているのならそれはさしも百足のようにうごめく剣であった。
 フィールド&テリトリー
 彼が腕を振り下ろす頃には、長く伸び巨大な生命を思わせたその両剣は元の剣へと戻っていた。
 ラルドックは未だに状況が飲み込めず、ビクビクしているクルタナの元へ。
「救ってくれたことに感謝する。お前が来なかったらヤバかった」
 若干ぶっきらぼうに言うラルドックを呆けた顔で見ていたクルタナだったが、自分が助けられたことにようやく気付くと途端にワッと泣き出した。
「おい、早く起きろ。泣いている場合じゃないぞ。起き上がるのを助けるほど、俺を紳士と思うなよ」
 ラルドックは幾分イライラしたように彼女に言ったが、当の彼女は泣きやむ気配も無く、また立ち上がる様子も無いことにラルドックは落胆するように溜息をつくと彼女を軽々と抱きかかえた。
 これも予想外の事だったらしくクルタナは目を白黒させたが、急に彼の首に抱きつき泣きながら感謝の言葉を言い続けた。
「戦いになったら落とすからな」
 ワンワンと泣き続けるクルタナを抱きかかえながら歩き出すラルドックは冷たく言うが、まったく聞いていないであろう彼女に溜息をつきながらも微かであるが、彼自身意識していないのかもしれないが笑みを浮かべた。
「さぁ、避難場所へ向かおうか」
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