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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~  第十七章:落ちゆく城後半

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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~  第十七章:落ちゆく城後半

 {初めに…
 この作品は東風の作品「MELTY KISS」の人狼側からの話です。
 よって、その作品と世界観が同じはずですが、稀に違うところもあるかもしれません。その時は温かい目で見過ごしてください…

 もう戦闘ばっか書くの飽きた~! 頑張れ、あと実質大変なのは2章だけだ。熱くなれよ! 俺。

第十七章:落ちゆく城



 燃え盛る廊下に二人の影が仁王立ちのような感じでいる。
 覚えているだろうか、自称・番犬三人衆のトッポとカットである。
「なぁなぁ、俺達って忘れられたように出てこなかったよな」
 カットが隣のトッポに話しかける。
「まさか、俺達番犬三人衆が忘れられていたとは思わんがな」
「しかし、改めて戦闘をしてみて思ったが、アルがいないのは結構大きいな」
 そうだな~。とトッポは頷いた。トッポが惑わし、アルフが動きを封じ、カットが仕留める。と言うのは彼ら番犬三人衆の盤石の法則なのだ。その一人が欠けている今、彼らの戦闘能力は半減とまではいかないまでもかなり削られている。
「まぁ、アルは我々の中でも最も弱い奴だったからな」
「だから死んでねぇって。どっか行っただけだから。若干、俺もそろそろあいつが死んでんじゃねぇかな~とか、思い始めたけど、そんな報告も無いから死んでねぇ」
 トッポの軽口にカットが言うが、少し前に比べて自信がなさげだ。
「何してるんだ? お前ら」
 不意に二人に声を掛けられ飛び上がりそうなくらい驚いてみると、そこには大怪我を追っているルックと片腕の無いマーブルがいた。
「あ、おぉ。マーブルさん。腕どうしたんっすか? 落としたんすか? 一緒に探しましょうか?」
「落とすわけあるか! 斬られたんだよ。魔女に! ってか、拾ってくっつくわけねぇだろ! ポポロンじゃあるまいし」
トッポの発言に言うのはもちろんマーブルではない。その隣のルックだ。真面目に「俺の腕は腐り落ちて砕けたから探しても……」などと答えるマーブルを遮って、苦しそうな息遣いだがルックがまくしたてるように言ったのだ。
しばらく休んだおかげで、ルックもだいぶ回復しているようだった。
「そう言えば、コロンさんを見ませんでしたか?」
 カットが言うとマーブルは少し暗い顔をしてから、彼の死を告げる。二人は目が飛び出るほど驚いた。
「コロンさんが死んだ?」
「コロンさんが死んだ?」
「ま、まぁ、コロンさんは我らの中でも最も……いや、そんなことは無い」
「うむ。そんなことは無いな」
 どうも頭が混乱し、整理がうまくいってないようである。
 そこへ転がり込んでくるかのように背の小さい人狼が駆けてくる。
「おぉー。そこにいらっしゃるのは、マーブル様。よかったぜ~」
 他のルック、トッポ、カットは視界には入っていないらしく、一直線にマーブルの元へ。
「どうした。えぇ~」
「俺、エアーズっす。風使いのエアーズ。よろしくお願いします」
「ヘン。人狼なのに風使いだぁ~?」
 エアーズを尻目に意地悪そうに言うトッポ。同じく無視されて気分を害したカットも意地悪そうな顔をしている。
「んだと~。コラ。おい、この天パとヒョロッとした人狼。海藻みてぇな頭に、もやしみてぇな体しやがって」
 エアーズの暴言に激怒する二人。エアーズも一歩も引かない。三人は鼻面をぶつける勢いで睨み合う。
「だいたい、風を使うなんざまんま魔女と同じじゃねぇかよ」
 トッポの言葉には隣で聞いているルックが苦笑いした。
「よさないか。何か用があったんじゃないのか?」
 マーブルの言葉に三人は離れる。エアーズはまだむしゃくしゃしながらも、マーブルの元へ近づいて報告する。
「そうなんですよ。ガルボ様が魔女に苦戦を強いられておりまして、俺は援軍を連れてこようと」
 その言葉に一同がどよめく。
「ガルボさんが苦戦? どんな相手だよ」
 皆が抱いた感情をルックがいち早く口にした。エアーズはルックを見て、改めて報告する。
「ガルボ様のみではありません。ガルボ様のご子息二人に。老将・ビート様もです」
「誰が相手だ?」
 マーブルの問いに、待ってましたとばかりにエアーズは彼の目を見て言う。
「それは、この《アンナマリア》教頭。時と波の魔女・ダニアです」
 マーブルは名を聞き忌々しそうに目を細めると、エアーズに案内を頼み走り去る。
 ルックも腹の調子を訴えるトッポとカットを無理矢理引きずりながらマーブルの後を追いかけた。

★   ☆   ★

 ガルボの俊足が地を鳴らす。地を、壁を、天井を駆ける彼の動きは到底視認できる速度ではなかった。しかし、彼の爪はダニアを捉えることなく、空しく空を切るばかり。いや、それどころか……
「最速と聞いていたので、もう少し速いのだとばかり思っていたんですが」
 残念とばかりに漏らすのはダニア。彼女は常にガルボが移動する場所の正面。爪がギリギリ届かぬ場に現れる。
「ほらほら、もっと速く動きませんと、ご子息を守れませんよ」
 ダニアがそう言った時には倒れるビートとアタフタする二子の前。
「鏡槍(ランクルム)」
 両手を突き出すダニア。彼女の魔法が二子とビートを襲う前に、ガルボが彼らを引っ掴みそれを回避。彼らを雑に投げ捨て、ダニアの方へ振り向く頃にはダニアの手がガルボの胸に添えられていた。
「鏡槍(ランクルム)」
 身を捩り回避するも、躱し切れず深く肉体は抉られた。彼も彼女を引き裂こうと爪を振るうも彼女には届かない。
一旦距離を取るガルボ。周囲では、ガルボと同じくダニアに戦いを挑んだ人狼達が無残に死に絶えていた。ダニアは若返った顔で人狼に笑む。
「もう少し速く。動いてみましょうか」
 まるで教師が優しく生徒を導くかのような、そんな言い方であった。
 ダニアが一瞬消える。消えると言ってもアルタニスの中でガルボほどに動体視力を持った者はいない。その彼が見ても消えたのだ。できたことは身を庇うことだけ、身を庇う左腕の上から凄まじい衝撃。ガルボの体が浮く。次に彼が捉えられたのは彼女がすでに逆側に移動していること。
 ガードするのがやっとだった。次々と繰り出される彼女の何のことは無い攻撃は、まるで破城槌で打ち据えられるかのような衝撃だった。ガードの上からでも息が詰まる。
 彼女は確かに正面より攻撃した。わかっていてもガルボの体が動くよりも速く、ダニアの攻撃がガルボを打ち据える。
 ガルボは耐え切れず背後に吹き飛び壁で止まる。彼の黄色い瞳は、さも退屈そうにいるダニアを見ている。まだ諦めなど微塵も感じさせない。
 牙をむき、受けた傷の痛みなど感じぬかのように闘志をむき出しにダニアに向かう。だが、飛び掛かるようなマネはしない。ジリジリと間合い(そんなものがこの戦いにあればだが)を気にし動く。
「どうしたものか……」
 相手の能力がいまいち把握できない。ガルボは顎を摩る。どれだけ速度を上げても、相手はそれを上回ってくる。そして攻撃しようとすればすり抜けるかのように当たらない。あたかも、そばにいるのに遥か彼方にいるような。遠い。そう、遠い。ダニアに近づけば近づくほどに、力を籠めれば籠めるほどに彼女は遠のく。
 ビートならば何かわかるかもしれないが、今はグランとドランの所でぐったりしている。死んでいるわけではないがかなり辛そうだ。それに、ゆっくりとビートと話すことをダニアが許してくれるとは思えない。
「どうしたものかな……」
 ガルボはさらに速度を上げて動いた。ゆらりと動いたかと思うとダニアが消える。ダニアはそれを確認し、さらに加速する。すでに見ている二子には二人の動きは見えない。ガルボの速度はドンドン上げるうちに、体の軋みが聞こえてきた。ガルボの攻撃も当たらなければ、ダニアの攻撃も当たらなくなってくる。
 筋肉の悲鳴と、血管の切れる音が耳の中で爆発するように聞こえてくる。
 その極限の状態で彼の突き出す手。それをダニアは受け止めた。
 目前で受け止められたガルボの手に、ダニアは初めて満足げに笑った気がした。
「破鏡(スパクルム)」
 ガルボは衝撃と共に地面に叩き付けられたが、すぐさま立ち上がり構える。あと僅かであったのだが、その僅かが届かない。無理な動きをしたせいで、体全体が痛い。だが、そんなことはガルボはおくびにも出すことは無いが。
「この私に、無理矢理に《距離》を詰めるとは。面白い」
 ダニアはもう一度来いと言わんばかりだ。
「苦戦しているようだな」
 割って入るように現れるのはガルボにとっては見慣れた人狼。マーブルである。
「見ての通りだ。ボコボコにされているよ」
 片腕を失っている友をしばらく観察しながらガルボは言う。マーブルはダニアの方を見ながらガルボの隣に立った。マーブルの後から、エアーズとルックに連れられたトッポとカットが現れる。
「これはこれは、また大所帯になってきましたね」
「あれが教頭・ダニア? もっと老けてるのかと思ったぜ」
「まぁ、女は化粧で化けるって言うからな。意外と歳なのかも」
 ワラワラ出てきた人狼を楽しむかのように言うダニアを見て、トッポとカットはコッソリ話している。
「この魔女がダニア。なるほど、噂通りの魔女というわけだ」
 マーブルは周囲の状況を見ながらガルボに話す。同じダニアを見る会話なのにトッポ達とは雲泥の差の重みがある。
「あぁ、この魔女がアンナマリアに続く脅威。だが逆に言えば、この魔女さえなんとかすれば、《アンナマリア》の戦力は大幅に削られることになるだろう」
 ガルボの黄色い瞳がギラリと光る。それは他の人狼達も同じであった。
「じゃぁ、さっさと倒しましょうか」
 そう言ったのはルックである。彼は人差し指を突き立て光線を放つ。しかしそれは彼女に当たる前に霧散した。それが戦闘の合図。
 ガルボとマーブルは同時に仕掛ける。ガルボの蹴りは彼女は避けるまでもなく移動し、その後ろからマーブルの爪が煌めく。しかし、その爪も彼女には届かない。すぐそこにダニアがいるにもかかわらず、爪は不思議なことに空を切るのだ。シャローンと戦っていた時とは、全く違う感覚だった。シャローンの場合は当たらないが、確かにそこに存在する。だが、ダニアは視認するのと攻撃対象との距離が違うような感じがするのだ。
 共に空を切る両者の攻撃は続く。ルックは彼女を氷で動きを封じようとした。エアーズは手を大きく振り風を起こして彼女を巻き込もうとした。だが、どれも彼女には届かない。氷は砕け、風は消える。
 諦めずに攻撃を切り返す人狼達にダニアはカラカラと笑う。
「どうした。それが限界か? もっと本腰を入れてかかってきなさい」
 まったく彼女の相手ではない。子供と遊ぶかのようにダニアは立っている。彼女はそこにいるのだ。そこにいるはずなのに攻撃だけが当たらないのだ。
 その光景に圧倒されるのはトッポとカット。彼女の威圧に当てられ動けなくなっていた。すごすぎる戦いに圧巻していた。こんな戦いに自分達が参加できるわけがないと尻込みしていた。
 そこにエアーズがダニアに押され(一見はそう見えた)、吹き飛んび転がる。
「って~。ドチクショウだぜ!」
「おい、チビ。しっかりしろ」
「無理すんなって、お前もどっちかって言うと俺ら側なんだから」
 エアーズを助け起こすトッポとカット。
「あぁあん? 今は魔女をぶっ潰す。俺ら、そのために来たんだろうがよ!」
 そう言い残すとエアーズはダニアに向かっていく。誰一人として諦める者はいなかった。ダニアに遊ばれるように吹き飛ばされ、踏みつけられても誰も。いつか活路を見出してみせると、皆の目がそう言っていた。二人は拳を握りしめる。
「カット。俺達は今、二人でも番犬三人衆だよな」
「あぁ」
「俺達は負け犬なんかじゃないよな!」
「あぁ」
「俺達、ここで死ぬかもな」
「あぁ。だが、ただで死ぬつもりなんざさらさらないぜ」
「アル。怒るかな。俺らが勝手に死んで」
「まだ、死ぬって決まってねぇよ。でも、怒るだろうな~」
 トッポとカットは互いに視線をやり、ガッシリと手を掴みあう。互いの存在を確かめるかのように、そして互いに頷き合った。
「チックショ~! 何が教頭だ!」
「うお~。絶対に倒~す」
 トッポとカットが戦闘に加わる。トッポは自らの分身を増やし、カットは体の骨を自在に操り武器のように扱った。ただ、二人が加わった所で戦況に対して変化はないのだが。
「そろそろ、時間もありませんし終いにしましょう」
 ダニアがそう呟いていた時、分身し増えているトッポが一斉に襲いかかってくる所だ。最初のトッポが彼女に届く寸前。彼女は消える。そして次の瞬間には飛び掛かっていたトッポ達は全員ぶちのめされていた。分身は消え、本体は力なく落ちる。周りを見れば、それはトッポだけではない。骨を剣のようにしていたカットも、風を起こすエアーズも、光線を放つルックも、爪で襲いかかろうとするマーブルもダニアの攻撃で吹き上げられ力なく落ちる。そして中心に立つダニアは素早く動いたガルボの足を捕まえ地面に叩き付ける。
「鏡槍(ランクルム)」
 ダニアが素早く上に両手をかざせば、天より突かれし刃によって皆の体を貫いた。各々の悲鳴を上げる中、ガルボだけの姿が無い。
 彼の俊足は回避していた。彼はダニアの前で動きを止め、睨み据える。
「まだまだ。まだまだだ!」
 突き上げられる爪は空を切る。また追いかけっこが始まった。それに皆も再度集まり先ほどと同じ状況となる。

★   ☆   ★

 ビートが意識を取り戻したのはそんな時だった。
 騒々しい戦いの中で彼を心配そうに見る二子の顔が目に入り、彼は優しく微笑んだ。まだボ~っとする頭で周囲の戦況を見たビートは呟いた。
「そうか……そういうことか」
 彼の口にする言葉は二子にとっては全く理解できない言葉。未だ、誰一人としてダニアの衣服すら傷つけていない。逆に彼女の攻撃は面白いほど当たっていた。今まだ、誰一人として命を落としていないのは間違いなく彼女の慢心が招いていること。彼女が一度、彼らを殺そうと思えばいつでも、それこそ赤子を捻る様に殺せると言う絶対的な驕りがあるからだ。だが、それを誰も否定できない所が歯痒い所である。誰もが油断している今こそが、ダニアを仕留めるチャンスであることはわかっているのだ。
 当たっては砕け、当たっては砕け。まるで波が岸壁にぶつかるかのように、アルタニスの戦士達はダニアに手も足も出なかった。
「残念至極。この百年。私はこの日のために技を磨いてきました。どれだけこの日を待ち焦がれたか、どれだけこの日に恋い焦がれたか。はやる気持ちを抑え、鍛錬の日々を過ごしてきたことか。だのに、蓋を開ければこれだけの実力差ができてしまったとは。あれほど思いを馳せた、噺の中の屈強で逞しい戦士達は今や昔。乙女の夢の中で消えて行ってしまった。彼らの末裔は私の足元に平伏すのみ」
 ダニアは倒れる人狼達の間を歩き切なそうに話した。
「だぁ~。ありゃ、魔女じゃねぇ。ただの化け物だぜぇ」
「何が乙女の夢だっつぅの! 百年生きりゃ、十分ババァだよ」
「こりゃ、アポロさん呼んでこなきゃダメだぜ~」
 仲良く並んで倒れているエアーズ、トッポ、カットが早々に弱音を口にする。それを聞いたダニアは、溜息をついた。
「アポロ……そう、もはや私が期待できるのは、デウスのみ。私は……ッ!」
 悠然と語り歩くダニアの背後、まるで何かを縫うように進み出た者が。それは手傷を負い、倒れていたビート。彼の動きに最も驚いたのはダニア。咄嗟に身を引いた彼女のわきを通るビートに、一同がどよめいた。
「ダニア、血を流した」
 ビートの爪は薄らとダニアの首筋を傷つけ血を流したのだ。いかにかすり傷とはいえ、初めて人狼の攻撃が彼女に通じた。
「死にぞこないが。鏡槍(ランクルム)」
 すでに背後を取ったダニアがビートの体に無数の刃を突き刺した。悲鳴を上げることなくビートはガルボに倒れ掛かる。微かな声、ビートがガルボに囁く。暴れろと。その声はその場にいる人狼全員に聞こえる。
 人狼達は互いに顔を見合わせる。
「ビート爺の攻撃は当たった……」
 ルックは呟く。
「攻撃が当たるのなら、我らに殺せぬ者などいない」
 マーブルの言葉と共に、皆が弾かれるようにダニアに挑む。トッポやカットですら悪態を、喉が擦り切れんばかりに叫びながら突撃する。
 ビートを置き、ダニアに向かおうとしたガルボを彼は止めた。
「時を待て、時はお前の息子が切り開く」
 ビートは切れ切れながらセリフを吐く。
「魔女と人狼から発せる波は反発する。それが強ければ強いほどに」
 普通ならばそのような波の反発は余程のそれに伴う能力でない限り支障をきたすことは無い。だがあのダニアはその波を操る。反発する波と同調する波を使い分けるのだ。敵の攻撃に反発する波をぶつければ、まるで磁石が反発するかのように攻撃が届かない。ダニア自身がすぐそばにいても、彼らの攻撃は能力が強ければ強いほどに当たらなくなるのだ。彼女が瞬間的に消えるのは、彼女は時と波の魔女。波を同調に変え、時を瞬間的に止めているから。近づいた時に反発する波に変えると、波同士が衝突し人狼は自分の波に弾き飛ばされるのだ。
 ダニアの波は人狼のアポロの〝覇長〟に似ている所がある。だが、彼は生まれ持った能力であり、彼女はそれを努力で習得したのだ。どのような言葉でも言い表せぬほどの努力だったのだろう。それ故に、彼女はほとんどの魔法を使うことも無く、人狼達を圧倒しているのだ。
「だが奴はアポロではない。所詮は奴の波は造り物。魔法に過ぎない。今ここは人狼と魔女の放つ波が渦巻いている。こんな状況では攻撃を当てることはできんだろう。だが、一旦波が消えれば。全ての波が消えた瞬間。奴の鉄壁の壁は崩れる。
ガルボ。最速のアルタニスよ……奴の瞬きより、速く動く自信はあるか?」
 切れ切れに語るビートの手を掴む。
「老将・ビート。古き血のアルタニス。私を見損なわないでもらいたい。例えこの身が千切れようとも、私は時の流れすら凌駕して見せよう」
 ガルボが視線をダニアの方へ向けた時、皆が戦う中でグランとドランが立っていた。ドランの放つ闇。それは全てを吸収する。マーブルの斬撃も、ルックの放つ光さえも。彼らが放つ波の全てを飲み込んでしまう。
「ドラン! みんなを吸っちゃわない様に気を付けてね」
 彼の後ろで心配そうに言うグランに、ドランは闇を放出しながら「任せとけって!」といかにも軽く言う。彼の言葉とは裏腹に、人狼達は急に現れたドランの闇に驚愕し、吸い込まれない様にタジタジであった。
 完全に攻めてくる人狼達の動きに気を取られ、ドラン達の動きには一切注意を払っていなかったダニア。だが、気付いてドランに魔法を放つがそれすらも彼の闇は飲み込んだ。
 彼女は完全に二子の力を見誤ったのだ。彼女の目が明らかに獲物を狩る目つきに代わり、標的を二子へと移した。
「「ぎょべべっ!」」
 ダニアの接近に気付いた二子が驚愕し、互いに抱きしめあい素っ頓狂な声を上げる。彼らにとってダニアは母が夜に聞かせたお伽噺の怪物よりも怖い。
 ドランの闇が消えた。と同時に、ダニアの消えかけていた波も元に戻り始める。
刹那。
 瞬きをしなくてもその瞬間だけは誰もが見逃した。
 唯一、反応したのがダニアだったのはやはり賞賛に値する。
 ガルボの直進は何物にも勝る。今まで出したことのない速度。周囲や自分の体への労りにより抑制されてきた彼の速度を解放した。
 あらゆる速度を可能にする強靭な肉体でありながらその速度には耐えれなかった。
まずは目をやられた。
目などいらん。もとより視認できるような速さではない。
 足の筋肉が断裂する音が体を通り聞こえてくる。
  もはや足など必要ない。役目は終えているのだから。
 屈様な胸が潰れ呼吸ができない。
  呼吸など初めからする気はないさ。
 腕の骨が圧し折れ奇形となっている。
  すでに腕は振られている、爪さへ届けばそれ以上は望まない。
 擦れ違いざまにダニアの手が横一線に振られる。それは彼の右の顔の皮膚と耳を奪っていった。彼が通過した場は、彼の全身より吹き出る血で一本の道ができる。
 ガルボは痛みは感じない。何も感じない。ただ見えるはずもない目に光が見えた。
 ガルボは転がるように停止する。子供たちの前でできればしたかったが、格好よくとはいかなかった。いかに超人的な身体能力と言っても瀕死一歩手前の状態である。目も見えず血泡を吐き、起き上がることすらできぬガルボであったが、鼻に皺をよせ牙をむいて威嚇していた。
 元通りになった彼女の纏う波。
 ダニアはガルボを助け起こそうとする二子ともども忌々しそうに目を細め、手を突き出した。
「ランク……ル……」
 手が震える。視線を落とせば彼女の脇腹は深く抉られていた。信じられない物でも見るかのように、ダニアはもう一度ガルボを見て傷口に戻す。
すでに決着はついた。それぐらいに傷は深い物だ。
 そばで見る人狼達も動こうとはしない。今まで戦ってきた化け物の死期を静かに看取ろうとしているかのようだ。
「うむ……慢心は人を殺しますか。悪い癖です」
 傷口に触りながら、他人事のように話していた。
「そう言えば、アンナマリアに学生の頃よく叱られていましたねぇ。そう考えると、私は成長してませんね。シャローン(あの子)にああ言った手前、このような姿を見られていたら笑われていたでしょうねぇ。
あぁ、できればデウスと戦ってみたかったのですが……まぁ、最後に少しだけ楽しませてもらいましたし、良しとしましょう……」
 そう言うとダニアは笑って死んだ。
 彼女が息絶えた後も、誰一人彼女に近づこうとはしなかった。遠巻きに彼女を見て、傷ついた仲間達を助け合う。
「俺はもうダメだ。カット。アルにお前のこと勝手に殺しててごめんって伝えてくれ……あぁ、もう痛みすら感じなくなってきた」
「はいはい。お前が思ってるほど傷、酷くないから」
 悶える軽傷のトッポにカットは冷たく言いながら素通りする。
「お前は無事か? チビ」
「エアーズだ。っつてんだろーが。このもやしヤロー」
「誰がもやしだ! カットだ。エアーズ」
「ヘンッ! もやしみてーな体してっから、もやしっつってんだよ。カット」
 三人はなんだかんだで無事であった。
 だが、ルックとマーブルに支えられるビートはすでに虫の息であった。
「ビート爺。しっかりしてください」
 ルックは心痛な面持ちで彼を見るが、すでにびーとの目には光は映っていない。
「ダニアは……?」
「ガルボが、倒しましたよ」
 マーブルが一語一語、噛み締めるように言った。それにビートは嬉しそうに「そうか、そうか」と呟く。
「ガルボは?」
「一命は取り留めそうです。当分、要安静でしょうがね」
 マーブルの言葉にこれも、重々しく頷く。
「まだ、死ぬには早いのではないですか?」
 ルックが寂しげに語るのを、ビートが鼻で笑った。
「バカ抜かせ。まだ生かそうとするのか?」
「あなたに教わりたいことが、まだまだたくさんあったんですがね」
 マーブルはビートの手を取り言った。
「もう、教えることなど無いさ。言ってやれるのは、長い説教ぐらいだ」
 そこへ、ガルボの処置を終えてきたドランとグランは涙を目に近づく。
「爺々は死ぬの?」
「そんなのヤダよ!」
「「もうイタズラもしないし、爺々のお説教だってちゃんと聞くから」」
 縋り付く二子を愛おしそうにビートは見た。
「二子よ。よくやった。よくやってくれた……後に父の代よりお前達の時代が来るであろう。今日、老輩に良き物を見せてくれたな」
 満足げな顔をし、二子の啜り泣きを聞きながらビートは死んでいった。
目安箱バナー