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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~  第十八章:届かぬ願い後半

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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~  第十八章:届かぬ願い後半

 {初めに…
 この作品は東風の作品「MELTY KISS」の人狼側からの話です。
 よって、その作品と世界観が同じはずですが、稀に違うところもあるかもしれません。その時は温かい目で見過ごしてください…

 残すはアンナマリア・シャシャ編だけだぜぇ

第十八章:届かぬ願い



 イリスの魔法を砕き出てきたアポロは、目前の三人。レント、ラルドック、イリスの姿を見て薄らと笑った。彼らの目には、特に人間である二人の目には彼を恐れる感情が感じられなかった。だが、代わりに強い警戒が込められている。真っ直ぐ彼を見て、静かであるが敵意を向けてきていた。彼らは緊張に身を固めている。心臓の激しく鳴り響いている鼓動は、アポロの耳にも聞こえてくる。そのリズムで踊れそうだ。
 弟を殺したジルベルトの姿は無い。周りを動いていた子蠅のような魔女達もいない。彼女達を逃がすために彼らは残ったのだ。このアルタニス最強と恐れられるアポロから、魔女達を救うために。なんとも健気なことだ。とアポロは思い目を細める。自らを犠牲にしてまで守ろうとしているのだから。言ってしまえば、目の前にいる彼らはアポロに捧げられた生贄と何ら変わらない。
 それでも、そうであっても、彼に向かおうとする彼らには諦めの感情はうかがわせなかった。生きて帰る気であるのだ。否、勝とうとすらしている。貴様に勝って帰るのだと、レントの目がギラギラしている。
 最初の動きは何気なくアポロが一歩踏み出したこと。
 身構えると同時に三人は仕掛ける。
「浸食の刃(エーローシス・ラーミナ)」
 イリスのよる闇の刃はアポロの周囲の波とぶつかり消え去る。続けざまにラルドックの双剣が唸りを上げ、しなり、忍び寄り、獲物に襲いかかる様に牙を剥いた。鞭のように素早く滑らかに、鋸のように抉るように削り取り切り裂く彼の双剣だが、空しくも刃は覇長を舐めるだけ。アポロの周囲にぶつかる双剣とイリスの魔法は、まるで小石を水面に投げ込むように波紋となるが、覇長を越えていくことはない。
 その間を縫うように進み出るレントが、魔剣・ネスティマを振り上げアポロに斬り下ろす。何を斬らせてもまるでバターのように切断して見せるネスティマだが、アポロの覇長だけは例外だった。耳障りな甲高い悲鳴のような音を立てて、覇長に弾き返される。
 アポロの覇長があらゆる物を薙いでいく。それを身を翻し必死に避ける三人。一撃でも当たれば、いや、かすりでもしてさえ命に関わる攻撃である。
 アポロはちょろちょろ逃げる三人に鬱陶しそうに鼻を鳴らすと、地面を蹴りつける。地面が一瞬波打つかのような様相を見せると、下から突き上げられるような衝撃に三人とも跳ね上げられ地面に落ちた。ただ一人、レントのみが地についたと同時に態勢を整え踊り出る。
 しかし、あと一歩のところでレントは急遽、足を止め飛び退る。彼の中の何かがそれ以上足を進めることに警鐘を鳴らしていた。通常を見えないアポロの波に対して、レントの感覚が恐れにも似たものを抱いたのだ。気に当てられたというよりも、波に当てられた。
 レントはまるで大型の肉食獣のような、アポロの様子を窺うように、彼の覇長ギリギリの所をじわりじわりと移動する。
 アポロはしばらくその動きを奇妙そうに眺めていたが、相手から動かないのを見るや攻めてくる。振るわれる腕のたびにその空間自体が猛り狂っているかのような轟音と衝撃。レントはしなやかな体でそれを躱しながら、アポロの懐に入りネスティマを振るうが覇長を越えることはかなわない。何度やってもキリキリと音を立て弾かれる。それでもレントは諦めず、素早く斬りつけ、身を翻し、突き刺し。一体、相手がアポロでなければ何人の人狼が死んでいることだろうと思えるほど攻撃を繰り出すが、ネスティマの攻撃が覇長に弾かれる際出る炎や氷が申し訳ないように波に呑まれ消えていった。
 そうしているうちにラルドックもイリスも攻撃に加わってくる。三人の攻撃もアポロが身を震わせるだけれ消し飛んでしまう。
ラルドックの放つテリトリーとフィールドはその名に恥じるかのごとく、アポロの領域に圧倒される。アポロは高速で動くテリトリーを雑作もなく、それも素手で掴むとそのまま引っ張り投げ捨てる。まるでラルドックは重さを失ったかのように、振り回され瓦礫に激突した。あまりのことと鈍い痛みに食いしばる歯の間から悲鳴が漏れる。強い力で急激に引っ張られたせいで、身を起こすまで肩が外れたことすら気づかなかった。
幸運だったのはアポロがラルドックにそれ以上の敵意を向けなかったこと。彼は諦めずに切り込むレントに意識を持っていっていた。
素早い動きは容易には捉えられない。
アポロが強い波でレントを巻き上げる。成す術もなく宙に浮いたレントに彼は拳をつくり殴りつけた。レントは咄嗟にネスティマで防いだが、それが功を奏した。普通の剣ならば砕け、受けた者も木端微塵となっていただろう。ただ彼の剣は普通ではなかった。もっと言えば特別だったのだ。耳を塞ぎたくなるような甲高い音を立てながらも折れもせず、曲がりもせず、ヒビすらも許さずに自らを操る主を守り抜いた。とは言っても、アポロの衝撃は防ぎようもなくレントは吹き飛ばされ瓦礫に埋もれた。
 アポロはその様子に少し驚いた。彼自身、自分のまともな攻撃を受けて耐え抜いた武器を始めて見たのだ。だが、そんな表情もすぐに消え、同じく吹き飛ばされたレントに意識を向けていたイリスに向いた。
 別段、不意を突かれるほどに意識を逸らしたわけではなかった。これに関しては一瞬の隙を突いたアポロを褒めるべきだ。イリスがアポロの動きに気付き魔法を唱えようと口を開いた時には、アポロの大きな手が彼女の首を掴み持ち上げていた。絞められた手はとても固く、彼女は喘ぐしかできなかった。
 そんなイリスの様子を見るアポロの目が無情な光を放った。
 途端に、イリスの体より白い煙のような物が立ち上り始め、彼女はアポロに持ち上げられながら悶え、のたうち回る。
「ふ~ん。案外簡単だな」
 悲鳴すら出ぬイリスを見ながらアポロは呟く。それは以前、大神がジャンバルキアの三姉妹。水連の魔女と呼ばれた者を殺した技であった。体内の水分を蒸発させて殺す。彼の覇長がそれを可能にさせていた。
 ただうまく扱えていないせいか、なかなか死なない状態だ。アポロが波に集中しようとしていた時、ホールの空気の変化に気付く。それは急激に下がり始め、地面が凍り付きはじめていた。
 見ればレントが床にネスティマを突き刺していた。それは床一面を凍りつかせ、壁を、燃え上がっている炎すら凍りつく。炎が凍りつくなどあり得ないが、おそらくネスティマより出る冷気のような物は根本から違うのだろう。やがてその凍てつく冷気はアポロの覇長すら凍りつかせはじめる。
 今度こそアポロは驚愕する。こんな現象を見たのは初めてだった。
 アポロはその光景を愛しそうに見た。自分の波が凍るなど想像もしてみなかった。気付けばその手よりイリスを放している。凍っていく覇長は美しかった。その背後より、肩を嵌め直したラルドックの双剣が襲う。しかし、凍りついた覇長は砕けるも、それ以上の侵入を新たな波が許さなかった。あたかも凍ったのが表面だけで、内々より放たれる新しい波が氷を押しはがすような奇妙な光景だ。
 ラルドックの攻撃が通らないことを見て、最も落胆したのは他ならぬアポロ自身であった。今までにない攻撃に、ほんの少しだけ何か起こるのではないかと期待していたのだ。だが、それでも自らを守る波は強すぎた。
 アポロは自嘲するように笑うと、悔しそうに睨むレントとラルドックを見やる。そして床を叩く。すると、凍りつく床は弾け飛び、全ての氷を吹き飛ばした。しかしそれだけでは収まらず、ついに耐え切れなくなった床が抜けた。砂塵を巻き上げ、轟音と共に四人は下へ落ちた。

★   ☆   ★

 落ちた瓦礫の頂点にアポロが立ち上がると、それに合わせて巻き上がっていた砂塵が吹き飛ばされ周囲の様子が見える。そこは暗い地下のような場所。ただただ広い空間が広がっており、所狭しと立派な石柱が立っていた。さしずめ石柱の森だ。
 恐らくアポロと共に落ちてきたであろうが、瓦礫の山より見る分にはレント達の姿は無かった。しかしイリスの姿はすぐに発見できた。元より彼のすぐそばにいたのだから、落ちる所も変わらない。
 動くことなく横たわるイリスだが、まだ息があった。
 アポロがそれを見下ろし、無造作に踏みつけようとした時だった。瓦礫の影より踊り出たレントが、アポロに斬りかかる。渾身の一撃とばかりに振り下ろされるネスティマ。
それは音を立て波を斬り込んでいったが、残念ながら届くことなく止まる。
「俺の仲間を足蹴にしようとしてんじゃねぇぞ!」
先ほどまでであったらそこで弾かれていた剣は、今は先ほど以上に燃え上がり切れ味を増しているように波に更に食らいついた。刃がアポロの目前まできていた。レントは歯を食いしばり踏み込んだ瞬間。今までは無かった剣と波より生まれた衝撃に、レントだけでなくアポロすらも吹き飛んだ。
吹き飛んできたレントをラルドックが受け止める。
「大丈夫か?」
「あぁ、あとちょいなんだけどな」
 アポロは瓦礫より転げ落ちながら呆然としていた。受けたダメージは無い。無傷ではあるが、今の現象に呆けていたのだ。吹き飛ばされることなど今まで無かった。全て覇長によって妨げられてきた。あの剣はその覇長を押し退けてきたのだ。アポロは今までにない高揚感に身を震わせる。あの剣ならば、もしかしたら自分を斬ることが可能なのかもしれない。今まで何の変調の無い、興奮も高揚も戦闘で味わえなかった自分に与えられるかもしれない。
 そう思うとアポロは珍しく緊張に動悸が速くなるのを感じた。
 見れば、レントはイリスを抱えてラルドックと共に、この柱の森を逃げていた。
 アポロは意外な出会いに驚喜した。運命とも思える不可思議な出会い。魔女の巣食う城に偶然居合わせた人間。
 アポロは震え、感情の高まりに遠吠えをした。

 この空間は校舎の下全域に広がるらしく、通気のための場所から洩れる光で何とか暗闇というイメージからは脱するが、薄暗いのは変わらない。乾いてはいるが、通路というよりも地下牢獄のような印象だ。もしかしたら、当の昔にそのような使われ方をしたのかもしれない。
 そんな広大な空間をラルドックとレントはどこに向かっているかもわからず取り敢えず逃げていた。相手は規格外の化け物だ。
「レント。その魔女は置いていけ。足手まといだ」
 レントが抱えるイリスを指して言われた言葉だ。確かに彼女のせいで、レントの動きは鈍い。ただでさえ受けたダメージで疲弊しているのだ。しかし、レントはそれを頑なに拒否し続ける。
「嫌だ。誰も置いて行かない」
「そんな状況で勝てる相手じゃないだろ。いや、逃げ切れるかもわからないんだぞ」
「うるさい! そんなことはお前に言われなくたってわかってる。お前以上にな! でも、嫌なんだ。俺が、こいつらを守るって決めたんだ。俺自身がこれ以上、こいつらを死なせないって決めたから。絶対に守る」
「レント。今は自分の身を守れ! 俺だってイリスを守ってやりたい。でも、無理だ。連れて行くには危険すぎる」
「やってみなきゃわかんねぇだろ! 命だぞ。そんな簡単に諦めんなよ。俺が守るつってんだ。この俺が」
 両者一歩も引かず睨み合う。
「こんな時に、仲間割れはいけませんよ」
 仲裁したのは意識を取り戻すイリスだった。ゲッソリとして、まだよろめくもイリスはレントを突き放すように離れる。
「ラルドックの言うとおりです。私を捨てていきなさい」
 柱に支えられるようにして立っているイリスは、再び支えようと手を差し伸べるレントの手を振り払った。
「生徒達を逃がすために残ってくださってありがとう。今度はあなた達が逃げるばんです」
「何、言ってるんだよ。イリス。俺はお前を捨てない。だって、守るって約束したんだ。誰も、見捨てたくない」
「レント、お前。いい加減にしろ! 一体、どうしちまったんだ?」
「約束したんだよ。せめて、約束だけでも守らねぇとダメだろうがよ!」
 子供のように取り乱し、混乱するレントの姿に、ラルドックは困惑した。彼の知る限り、レントはここまで戦闘中に取り乱すことは無かった。彼はいつだって戦闘で起こることをドライに考えた。誰が傷つこうと、誰が死のうと仕方がないで片づけた。もちろん悲しんだり、悔やんだりしないわけではないが、一種の冷酷さのように感じさせる物を持っているのがレントだったのだ。いかなる時も、生き残るための選択を間違えない。
 しかし、今の彼はあえてその選択を蹴っているようだった。見えていないのか、あえてそれを選ばないのか。まるで何かに怯え、必死に縋り付くかのように、レントは駄々をこねていた。
 何かが彼を変えたのだ。何も見えなくしたのだ。レントの手に嵌められるブレスレットを見て、ラルドックは内心で舌打ちする。あの魔女がレントを変えた。そしてレントがここまで拘るのにはわけがあるのだろう。ラルドックには何が起こったのかは想像するしかなかったが、アムネリスの死は容易に想像ができた。それがレントを盲目的にしていた。平気な顔をしながらも、彼の受けた傷は計り知れない深手を残していたのだ。
 それを感じ取ったのはラルドックだけではなかった。
「レント。あなたは一体、何を恐れているんですか? 自身や私達の死ではないですね」
 レントは彼女の言葉にハッとするように顔を上げた。
「私は、よくわからないですけど……何があったのかを知るすべもありませんけど、人には役割があるんだと思います。その人にあった運命があるのだと。どれほど偶発的に思えても、どれほど奇跡的なことであってもそれは必然なのだと思います。私がこうしていることももそうなのでしょう。
でも、ごく稀に、他者の運命すら変えてしまうほどに大きな運命を持つ人がいるものです。あなたがそうかどうかをハッキリさせる術はありませんが、私はそうだと思います。そして、そのような大きな運命の渦には、私達のような貧相な運命の者は耐え切れないものです。あなたの周りでは多くの人が死んでいく。あなたのために。でも私達のような運命の命はあなたの犠牲になるのではありません。私達があなたを救うのです」
切れ切れに言うイリスの言葉を噛み締めるように聞くレント。
「あなたに命を捧げた者達の死を無駄にしないでください」
 背後より、倒壊の音を立てながら何かが近づく音が。見なくてもわかる。アポロである。進行に邪魔となる柱を片っ端から押し倒し近づいてきているのだ。
「クソッ。柱ぐらい避けて走ってこい! 差支えないだろうが!」
 レントが苛立ちを隠しきれずぼやいていると、イリスはレントからラルドックへ視線を移した。ラルドックは小さく頷く彼女の意図を汲んだ。
 ラルドックは下向き加減に顔を伏せているレントに飛び掛かり、羽交い絞めにしながら後ろに下がった。
「ラル? 何、すんだ? おい!」
 暴れるレントを見送るとイリスは目を閉じ一拍おき、深呼吸をする。
「私は乞う。闇よ。彼らを隠せ」
 イリスの魔法が闇となり、抑えられ退くレント達を隠した。レントの怒声すらも消えていく。アポロの接近はすぐそこまで来ている。ぐったりとしているイリスも、その音を聞き、気を奮い立たせるように立ち上がると彼の前へと立ちはだかる。
 アポロは太い石柱を片手で圧し折り現れた。
「死を選ぶか。いいな。簡単に死ねる奴は」
「私はいつも死ぬ死ぬ言ってましたけど、今ほど死を予感する時は初めてですよ。でも悔しいです。こんな時に限って、生きていたいと願っているなんて」
 フラフラと何とか自力で立つイリスは熱い吐息を吐いた。すると彼女の全身を包む闇が濃くなっていく。周囲の闇たちが彼女の周りに集まってきているようだ。
「私は〝闇憑きの魔女〟イリス。暗澹なる闇の支配者。絶望と虚栄の化身・パルザンテの申し子。我が毒牙、ご賞味あれ」
 彼女を取り巻く闇が濃くなり、ついに彼女自身が見えなくなる。どこまでも深い暗黒。その闇は次第に一つの形を成す。それは暗黒の大蛇。地の底よりさらに深いシュメラルカの穴に住まうと言われる王蛇・パルザンテ。その目で見られた者は石となり、その毒牙に噛まれた者は誰であれ死をもたらす。
「我が最高の毒牙を以て、お前を倒す。
 我、闇を纏いし女王なり(メイ・カリゴス・レギーネス)」
 イリスの全身より闇がタールのように溢れ出る。形を成した闇の大蛇がアポロめがけ大きな口を開き飲み込んだ。
 その迫力に、アポロも思わず笑みを零しながらも腕を振り上げた。


 その場の闇が消えた時、残されたのはイリスの衣類のみ。イリスの体は闇に溶けていた。アポロの姿は見えない。未だに周囲を支配する闇と共に消えていた。彼女の魔法は闇以外の物を食い尽くした。
 そんな中、イリスの残された服を前に跪き頭を抱える者がいた。レントだ。
「なんで。こうなるんだ? どうして!」
 悲痛の叫びをラルドックは静かに後ろから見る。
「何で見えない! 今までは見えたんだ。どんな時でも、どんなに苦しくても、絶望的な時でも見えてたんだ。どう動くべきか。どう乗り切るべきかが見えてた。望んだことは、求めたことは、願ったことは全部自分の力で成し遂げてきた! なのに、どうして今回はダメなんだよ。助けれた。俺には助けられたはずだ!」
 何度も拳を地面に叩き付けるレント。拳からは血が流れ出ていた。
「何にも見えない。何にも感じない。こんなことは初めてだ。何が、助けるだよ! 何も助けられないじゃないか。何も……チクショー!」
 レントの慟哭は虚しく闇に呑まれていった。
「利用しろ」
 嘆くレントにラルドックは冷たさすら感じさせる口調で言った。己の無力さや悔しさなどが混ざり合い、涙すら零れ落ちそうなレントは振り返る。
「利用するんだ。レント。今、お前が抱く感情を利用しろ。お前のために死んでいった者達を利用しろ。その激しい感情がお前の力の原動力だろう!」
 レントの魔剣・ネスティマは彼の感情によって力を発揮するのだ。レントはわきに置いてあるネスティマに手を置くと、剣は彼の感情に呼応するかのように熱を帯び始めた。ただそれは敵に向けられるような灼熱ではなく、主を労わるジンワリとした温かさであった。
「俺は剣にまで慰められてるのか……わかってるよ。わかってるよ。お前に言われなくたってな」
 立ち上がるレントだが、闇より切り裂くように聞こえてくる雄叫びに二人は瞬時に目前の闇に視線を送る。雄叫びと共に、闇が吹き飛ばされるように消えていった。そして中より現れるのは無傷のアポロ。彼が一切の変化なく立っていた。
 その光景に二人は唖然とした。
「誰でもいい。教えてくれ。ここまでして、傷一つつかないあいつを、どうしたら殺せるんだ?」
 憎々しい言葉を吐露するラルドックへの回答は、誰もしてはくれなかった。
「どうしてだ? 何で無傷なんだよ。おかしいだろ。何で傷一つ付いてねぇんだよ」
 レントもアポロに言葉をぶつける。籠めれるだけ込めた憎悪が込められた言葉だ。その籠められた憎悪の残念ながらアポロに当たり無残に落ちてしまった。それでも、レントは叫び続けた。
「みんな、命かけてまで、必死で攻撃してるんだ。命がけで……なのに、なのに何で……この差はねぇよ。ゼッテーに斬る。赦さねぇからな!」
 常套とばかりにアポロは手を上げて挑発する。レントの振るうネスティマはこれまでに無いほどに灼熱の炎を滾らせていた。
 ラルドックはそんなレントは止めに入るが、彼はそれを振り切りアポロへ飛びかかる。するとアポロは一歩下がり、彼の剣先を避けた。これは今まで無かったことだった。続けざまに切り付けるがアポロは回避する。
 レントは畳み掛けるように仕掛けるが、決してアポロを追い詰めたわけではなかった。それはすぐにハッキリとした。彼は振られるネスティマをそのまま素手で掴んだのだ。燃え上がる刃を触れているにもかかわらず熱くないように、万力で固定されているような強い力でじっくりと剣を食い入るように見つけた。
「どういう仕組みになっているんだ?」
「俺のネスティマに気安く触るんじゃねぇよ」
 掴まれる剣を引き抜こうとするもアポロの手はビクとも動かないので、レントは飛び上がり両足でアポロのその狼面を蹴り込む。もちろん当たりはしなかった。アポロは剣ごとレントを地面に押し付ける。地鳴りのような音をさせて。
 衝撃に動きを取れなくなっているレントを踏みつけようと足を上げたアポロに、鞭のようにしならせた刃が唸りを上げて彼の波を震わせた。完全には妨げることはできなかったが、一瞬だけ遅らせられたためその隙にレントは身を転がして避ける。
 立ち上がったレントに、アポロの強打。太い丸太のような腕で薙ぎ払われた。ネスティマで受け止めるも、彼はボールのように吹き飛ばされ石柱を抉りながら闇へ消える。
 消えたレントの方へ足を向けるアポロだったが、彼の顔を掠めるように刃が通り弾いた。
「化け物。来いよ。少し揉んでやる」
 ラルドックへ顔を向けるアポロに再度、彼は腕を振り顔めがけて彼の蛇腹剣が飛んだ。それを何度か繰り返す。次第にアポロは鬱陶しそうに喉を鳴らし始める。
 ラルドックは高速に動かしながらも精確にアポロの刃を当てていった。それはまさに変幻自在。ついにアポロがラルドックへ標的を変えた。
 弾丸のような速度で迫るアポロを冷静に見極めながら、ラルドックは攻撃の手を止めい。下がりながらも彼の両手より繰り出される高速の刃達はアポロの周囲の波を削り取る勢いでぶつかっていく。
 アポロとの距離を測り、接近しすぎることもなく、離れすぎることもない距離を維持しながら戦う。アポロの俊敏な動きに接近を許してさえも彼は落ち着いて対処する。攻撃が通っていないことを別にすれば、アポロと互角の動きを見せていた。
「どうした! 化け物。それがベストか!」
 啖呵を切り、彼が懸命に戦っている時。吹き飛ばされたレントはようやく起き上がり、体中の痛みを押し殺しラルドック達の元へ走り出す。気付けばだいぶ距離があいたようだった。モヤモヤと漂う闇のせいでラルドック達の姿を確認することはできないが、戦いあっている音がその戦いの激しさと離れてしまった距離を教えてくれた。
 初めこそ、対等に動けていたラルドックであったが、次第に疲れが全身を重くしていく。だがそれでも歯を食いしばり動きを鈍らせない。
「ベストを見せてみろよ!」
 ラルドックの発言に、アポロは薄ら牙を剥いて笑った。背筋に寒気が走ったのと、アポロの覇長が膨れ上がり周辺の石柱を含めたラルドックを吹き飛ばしたのは同時であり、ろくな対応ができずに吹き飛び、瓦礫に打ち据えられ、転げまわる。
 全身は血で染まっている。それでもノロノロ動きながら彼はアポロを睨みつける。
「…………!」
 …………っ!
 さらに啖呵を切ろうとしたが声が出なかった。口の中が鉄の味でいっぱいだ。手を口に手を入れて確かめるが舌は問題ない。その手は下にさがっていき喉の巻かれた包帯へ。血でぐっしょり湿っている。
 傷口が開いたのだ。声帯がやられたらしい。
 荒い呼吸音しか出てこない。
 一瞬だけ戸惑うが無理矢理考え直した。
幸運にも自分は魔女ではない。声を出して戦う必要が無いのだ。傷ついたのが喉、声で幸いだった。と。
しかし、負傷していたのは喉だけではなかった。全身に痛みが回り麻痺したせいで気付かなかったが、左腕を上げた時に気付いた。肘から先が力なくダラリとぶら下がっていた。
 左手に持っていたテリトリーの姿はなくなっている。呆然とその光景を見ているラルドックの前にアポロが彼を見下ろしていた。
「そんな模造品の剣じゃ、虫も殺せねぇな」
 嘲笑うかのようなアポロの言葉。この剣を何よりも大切にしてきたラルドックにとって、屈辱的な言葉であった。
 声にならない叫びを上げ、残された右手のフィールドを振りあげる。
 その刃は真っ直ぐにアポロの顎を食らおうと襲ったが、アポロは動き回るフィールドを掴み取ると握り潰した。金属の甲高い音は、あたかもフィールドの悲鳴のように聞こえた。フィールドはバラバラに砕け散り、無数の刃が宙を舞い落ちた。
「ほら、所詮はボロ屑だ」
 アポロが笑った時、背後よりレントが現れた。ネスティマの狙いは完全にアポロの首筋を捉えていた。振り下ろされる刃はアポロの覇長を抉り、切り裂いていったが、彼の首筋に届く寸前で進行が止まった。先ほどよりも深く斬り込んでいるのは間違いないが首の皮一枚届かない。レントは言葉にならない叫び声をあげ、さらに押し込めようとするも、アポロの手がネスティマを掴み、もう一方の手で彼の胴を掴んでいた。
 突き刺さる爪に悲鳴を上げるレントをアポロは軽々と石柱に投げつける。そして奪い取る様に捥ぎ取ったネスティマをレントに投げつける。一直線に石柱からずり落ちてくるレントの右肩に突き立ち、彼を磔にする。レントの絶叫がその空間に殷々と響き渡る。
 両手でネスティマの柄を手に持ち、引き抜こうとするも深々と石柱に突き立った剣は引き抜くことができない。
悶えるレントに手を向けるアポロ。それをラルドックが確認するやいなや、彼はは柄を握りしめたまま、素手で覇長を殴りにかかった。何の躊躇もなく殴った彼の拳は砕け、覇長によって右腕は消し飛んだ。声が出ない喉でも悲鳴は出た。
視線を上げればアポロがラルドックを見ていた。まるで跪き命乞いをするような格好であるラルドックをおかしそうに眺めていた。
「命だけは助けてやろうか? 死ぬのは怖いだろ?」
 慈悲ではない。情けでもないだろう。ただの戯れだ。絶対的強者の思いつき。そして彼の肉体ではなく精神を殺そうとした言葉であった。圧倒的な敵を前に、正直言ってしまえばその申し出は喉から手が出るほど縋りたい。死にたくなどない。殺されたくなど……だが、ラルドックの精神はそれを撥ね退けた。差し出された手に唾を吐きかけたのだ。彼のオリーブのような瞳が語る。「この俺を見損なうんじゃない」と。真っ直ぐアポロを睨んだ。
 アポロはそれを見て、満足そうに、「合格」と言わんばかりに頷くと、体を捻り拳を固めた。
 レントが何か叫んでいたが聞こえては来ない。すでにラルドックの耳には静寂しか届かない。
 アポロの拳が振り抜かれる瞬間。喚くレントはラルドックと目が合った。彼は何も発することない口を動かし、優しく微かに笑む。
(最後まで一緒にいてやれなくて、ごめんな)
 アポロの拳はラルドックの頭蓋を破壊した。下顎を残し、彼の頭は弾け飛び体は倒れた。
 レントの悲鳴が耳を裂かんばかりに木霊した。
 両手で掴まれたネスティマは赤みを帯び始めレントの傷口を焦がす。ズブズブと剣は動き始め、レントの体より引き抜かれた瞬間。盛大に紅蓮の炎を上げ落ちる。レントも同じく落ちた。炎により傷口は焦げた臭いをさせながらも塞がり出血はなくなっていた。
「生かしてやろうか?」
 四つん這いになるレントを見ながらアポロは言う。
「どうする? 永遠の奈落に囚われ、世界の終りまで悶え苦しむのは嫌だろう? 生かしてやろうか? 人間」
 レントは怒りに身を震わせ、食いしばる歯よりギリギリと歯軋りの音が聞こえる。獣の唸り声にも似た音がレントの喉より漏れる。
 レントはそばに転がっていたラルドックの双剣の一つテリトリーを左手で掴んだ。
「……テメー。テメー、知らねぇな」
 強く握りしめるレントの口より出る言葉にアポロは首を傾げるが、レントは続けて言い続けていた。
「テメー、知らねぇな。誰を相手にしてるのかを」
 ギロリと睨み据えたレントの瞳は、人の目とは思えぬほどにゾッとさせるものがあった。レントはゆっくりと立ち上がりながらネスティマを握りしめた時、今までにないほどの勢いで剣は輝き、熱を放ち、燃え盛る。周囲に漂う闇すらも、その輝きにより一気に消え去るほどに。
 燃え盛る炎は、それを出しているレントをも燃やす。ネスティマを掴む彼の右手、そして右腕と炎が彼の体を包み始めたのだ。ジワリジワリと侵食していく炎だが、レントは一切気にも留めなかった。熱さも苦痛も感じないようだ。だが、確実に炎は彼の身を飲み込もうと進行していた。
「俺は魔剣士・レントだぜ」
 レントはまるで獣のように牙を剥き、豪胆不敵に言った。

★   ☆   ★

 自らが放つ炎で右腕を焼かれるレントの不敵な物腰や発言を見て、アポロは手を打ち喜んで笑った。
「面白い人間だ。自分達とは何の関係もない戦いに参加し汗に塗れ、己の無力さに涙で塗れ、脆い体に己の血で塗れ、しまいには憐れな憎悪の炎に塗れている」
 クックックと押し殺すような笑い方をしながら言うアポロだが、一拍置くと声を低く「だが」と続けた。
「自惚れるなよ。人間」
 まるで相手を石に変えてしまうかのようにカッと見開かれているレントの目を、アポロは真っ向から見る。どちらも視線を逸らすことはなかった。
「自身の憎悪に身を焼くなんざ見飽きてる。お前ぐらいの連中なんざ、ごまんといるぜ!」
 アポロの声が殷々と響くごとに、燃え上がる炎が激しく震えた。
 牙を剥き合う両者は同時に前に出た。
レントの横一線。
アポロは手でそれを受け止める。今までとは違うのは受けたアポロが一番わかった。波で受けるでもなく、弾くでもなく受け止める。それは垂れ流しているような波の末端ではネスティマを止められないからである。斬撃は炎となり波を嘗め尽くしていた。
アポロは覇長を操り、レントの剣を受け止める。レントが振れば振るほどにネスティマの炎は強さを増していき、それに伴いアポロの覇長を燃やす量も増えていく。アポロが前に出ようとすると、レントは左手のテリトリーを振り牽制する。忌々しそうに舌打ちするアポロはテリトリーを払い除けていると、レントはネスティマを翻し彼に突き立てた。
ついにアポロの表情に危機を感じさせた。
両の手で挟み込むように受け止められたネスティマは、アポロの腹部ギリギリで止まった。レントがさらに力を入れると、動きはしなかったがネスティマより炎が巻き上がりアポロを包む。咄嗟にアポロは剣ごとレントを投げ捨てた。
猫のように宙で身を翻し着地するレントは、アポロから放たれる覇長の攻撃をネスティマで切り裂き、テリトリーを彼へ放つ。
ラルドックほどではないが、器用に操りアポロの周りを弾かれる。アポロの覇長の波がレントを襲うが、レントは素早くそれを避けた。
避けながらレントは自分の視界の見え方に変化があるのに気付いた。世界がダブって見えるのだ。まるで時間で分けられたコマを同時に見ているような感じだ。初めは目に入った血のせいかと思った。次は自らの身を焼いている炎のせいで右目がやられたのだと思った。だが、そうではない。
レントを焼く炎は彼の腕だけではなく、今では右上半身を、そして右の顔にまで広がっている。燃えてなお、彼の右目は光を失っておらず、光景を映している。ただしその右の目の白目部分は真っ黒に染まり、黄金の瞳が爛々と光る。真っ暗な暗闇の中に浮かび上がる金色の不気味な目。その瞳は人というよりは、獣の目に近い。
アポロにもレントの動きの変化に気付く。攻撃の躱し方に余裕が出てくる。否、余裕のある避け方はしていない。まるでギリギリを避けているように動いている。
アポロが腕を振りその衝撃が襲いかかるが、アポロが腕を振る段階ですでにレントは動いているのだ。それはまるで……
「まるで、数秒先を見ているような」
 未来を見て動いているような動きだった。
 アポロはレントの放つテリトリーを掴み、引き千切ると宙に舞う無数の刃の欠片を覇長で飛ばす。それらは弾丸と化してレントに迫る。彼の目はジッとその光景を見るや、ネスティマを殺陣のように振り回し全てを受け止めながら剣の面で流すように逆にアポロへ飛ばす。レント自身もその後を追うようにして駆け出した。
 テリトリーを難なく弾いたアポロは試しにレントにフェイントをかける。すると、レントはフェイントの後の攻撃を出す前に確かにその対処をしている。おそらく本人は気付いていないのだろう。時と動きがちぐはぐなのだ。瞬時に離れ、身を低くして構えるレントを見ながらアポロは思った。
 確かにレントは未来を見始めている。
「まるで獣だな。鏡を見てみろ。俺達人狼よりも獣みたいだ」
 すでに四つん這いのように身を屈め構えるレントに言った。炎のせいで服は焼け上半身は裸体を晒している。格好だけではない、牙を剥き、目を見開いた彼に正気を感じられない。
 未だその突如として現れた能力に適応していないといっても、未来を見て動くレント自体は厄介であった。自分の攻撃は全て相手に筒抜けになっている状態なのだ。しかし、まだまだ脅威とは言い難い。能力に気付かないレントの動きは明らかにぎこちないのだ。動きだけでいえば、以前の方が断然よかっただろう。
 そして同時に言ってしまえば、見えていることと対応できるのは全く別の話だ。
 アポロは何もない空間を殴りつける。すると空間に亀裂が走り空間自体を崩壊させた。それはアポロとレントの間の空間。
 気付けば二人の距離は無くなっており、レントの目前にはアポロの爪が迫っていた。身を引きその爪を躱しながら斬りつけ、距離を取ろうとするもその度にアポロは間の空間を砕き距離を消していく。
 常人としては素晴らしい動きを見せるレント。
足元からアポロの覇長が巻き上がる様に現れる。それを先に見るレントは素早くさがる。しかし、その距離は破壊され同時にアポロの単純に差し出された手がレントの顔面に届き、そのまま石柱に押し付けた。見方によればアポロは手を添えただけ。レントと石柱が彼の元に寄ってきたようだった。軽いようにも見えたアポロの手だが、その押し付けた瞬間の衝撃音は凄まじく一発でレントの意識を吹き飛ばす力はあった。むしろ彼の頭がまだ形を保ち、死んでいなかったのは一重にアポロが手加減したせいだろう。
 心のどこかで目の前の男を殺してしまうことが勿体なく思ってしまったのだ。自分を斬れる可能性のある剣を持っているだけでも心躍るのに、それに加えレントは未来を見始めるという芸当を見せたのだ。この次は一体何を見せてくれるのかという期待や高揚が手に力を入れさせなかった。子供が次から次へと驚きを与えてくれるおもちゃを手放すことを躊躇うように。
 意識を失い白目をむいているレントの体からはすでに炎は消えていた。炎の後は酷い火傷となり煙を出している。
 アポロは躊躇った。自分のために目の前の敵を生かしておきたい。と。このまま放っておき死んでしまえばそこまでの男だが、仮に生き残ったら。この戦いで死なずに生き残るほどの強運の持ち主だったら。間違いなく自分達人狼、さらに言えば主である大神を阻むために立ちはだかる者となるのは間違いなかった。その時に彼が一体どのようになっているのか見てみたかった。
 だが、そんな危険を冒すわけにはいかないと自分に言い聞かせ、アポロは手に力を入れ始めた。だらりと垂れさがるレントの体は一瞬ピクリと痙攣するように動いたが、それだけだ。彼の頭蓋が軋んでいく音が聞こえてきた。

★   ☆   ★

 レントの頭があと一押しでトマトのように破裂するであろう時、それは起こる。石床であった一帯が瞬く間に土の床へ変化した。
 疑問に思う暇もなく、アポロの周囲の土が無数の杭の状態となりアポロを襲う。まったく身を動かすこともなくアポロの覇長は杭を砕いていくと同時に、土はレントの背後の石柱を破壊したためレントがアポロより解放される。
 気付けばレントはアポロより離れた場所にいた。一人の魔女に抱えられて。
「やはり、生きているのはあなただけでしたか~」
 のんびりした声の中には無念を隠しきれないものがあった。もちろんその魔女はシャローンであった。
 シャローンはレントを抱え、そばにあるネスティマを掴んで立つとアポロに魔法を放つ。一切通らない攻撃に舌打ちしながらも、アポロより放たれる波を土の壁を築き防いだ。といっても、壁は木端微塵に吹き飛ばされたが。
「デウスとは正直、戦いたくないんですけどね~」
 困ったような表情で、彼女は柄にもなく弱音をはく。
 地面に息を吹きかける。
「喰土(エレトゥラ)」
 土たちが音を立てながら周囲の物を腐らせていく。マーブルやコロンを圧倒した技であったが、アポロの足元に来たとたん土はシュンとなり元の土に戻っていってしまった。アポロは軽く手を差し伸べ、何かを押すような仕草をするとシャローンは上から何かに押さえつけられたかのような圧を感じ跪いた。
「他と比べればできる魔女みたいだな」
 冷たく言ったアポロにシャローンは苦しみながらも笑みを向ける。
「んん~。やはり、まだあたなと戦うのは早かったようですね~」
 そう言うと手をアポロの頭上、天井に差し伸べる。すると天井が落ちてきた。やられたらやり返すとはこのことだ。アポロは頭上から大量の瓦礫に押し潰された。そしてシャローンは地面にネスティマを掴んだ手を土に添えると、彼女の体は地面へ消える。もちろんそれはレントも一緒にである。
 あっという間に消えてしまった二人。
 アポロは瓦礫を砂に変え姿を現したが、そこにはすでに誰もいない。取り残された彼はその様子をキョトンとしながらしばらく見ている。何をするでもなく、ただ二人が消えた場所を見ていた。そして次第に顔が歪んでいき、声が漏れ始めた。誰かがその光景を見ていて、それが笑いだと気付くのにしばらくかかっただろう。アポロの笑いは次第に大きくなる。まるで爆発してしまいそうなほどに。
 そして確信したかのようにアポロは言った。
「やっぱりだ。やっぱりそうなんだ! あの男はここで死ぬ運命ではないんだ」
 嬉しそうに今にも踊りだしそうな勢いで喜んでいる。
「あの男もまた死に嫌われている。そうだろ? 魔剣士。これは運命だ。だからその魔女が助けに来た。お前をだ。お前を助けるために現れた。それはあの黒い魔女のためでも、紛い物を振り回す男のためでもない。ただお前のために用意された道。あぁ楽しい。あぁおかしい」
 もはや誰もいない場所を見て彼は叫んだ。
「俺達はまた運命によって出会うだろう。仮にそうでなくとも、這いずりまわってでも俺の元に来い。そしてそれまでに練り上げてこい。その技を、その心を、その武器を、そしてその能力を」
 アポロの高笑いはいつまでもその空間に響き渡る。殷々と、空間自体を震わせるかのように。
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