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DESSERT ~MELTYKISS外伝~ 0.「STRAWBERRY DROP」

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DESSERT ~MELTYKISS外伝~


※この小説は、東風の書いた『MELTYKISS』の世界観を拡張するように他メンバーが同じ世界観で書くという企画小説の1本です。
 事前に東風の書いた『MELTYKISS』を読むとより世界観を理解し易いと思いますが、読まなくても大丈夫…かもしれません。
 以上を踏まえて、よろしくお願いします。

0.「STRAWBERRY DROP」



 モルト・ブレンデッド男爵が斥候から人狼発見の報告を受けたのは、人狼が現れたとされた村よりも手前の村であった。
 懐中時計の表示は午後5時を指している。前方からは夕食の準備で上る煙という牧歌的な光景には程遠く、勢いよく煤けた黒煙がもうもうと立ち上っていた。
 人狼によって村を荒らされ、逃げ延びた村人数名がブレンデッド男爵領へと駆け込んだのが3日前。村が襲われたのは大体7日前。人狼の行動半径としてはまだ小さい方だろう。いや、それとも既に辺り一帯は狩り尽くした後だろうか。
 報告を受けたモルトは暫し思案した後、雇った領民などで構成された荷駄隊をその場に待機させ、部下たる31名の異端警察隊と16名の銃士を呼び寄せて斥候の報告を全員に聞かせた。その人狼は灰色の毛で覆われており、口から咆哮と共に炎を吐くという。
「人狼はこの先の村でまだ暴れております」
 斥候の指差す先には、未だに勢い収まらぬ黒煙が上がっている。
「暴れているということは」モルトは斥候の言葉を引き継ぐように口を開いた。「まだ住人が残っているという事だ」
「民家の中に隠れている住人が居る可能性は高いです。煙や炎は燻りだそうとしているのかと」斥候はそう言って隊の中へと引き下がった。
「そう言う事だ」首肯し、モルトは指示を出す。「人狼を引っ捕らえる。銃士は火縄にまだ火をつけるな。村の右側から接近する」
 異端警察隊が準備を進める中、モルトは傍らに影のように寄り添っていた女の黒髪を撫でる。
「グレーン。お前は左からだ」
 グレーンは顔が隠れる程の長い黒髪を揺らして頷いた。



 小1時間程かけて村の右側に部隊を配置し終えたモルトは立ち上る煙を見て風下である事を再度確認すると、銃士に火縄に点火を命じた。
 光が漏れて発見されぬようにカバーを掛けたランタンの周りに集まった銃士達は、ランタンのカバーをそっと上げ、その隙間から火縄を点火させる。懐中時計は午後6時を指している。日が落ちきる前が勝負だ。夜になれば灯りが必要なこちらが不利となるし、火縄の火も丸見えだ。
 人狼の姿は望遠鏡を使わずとも肉眼でハッキリと見える位置にいた。灰色の髪を地面までローブのように垂らした姿は、まるで灰色の死神だ。
 全身が血で斑に染まっている。
 モルトは銃士を前列へと配置し、槍で武装した隊員達を後列に配置した。既に火縄錠銃の撃ち方準備は整えてある。出来る事なら二度程射撃を加えてから接近戦と行きたい所だが、恐らくは一度が限度だろう。それどころか、それ以前に気取られる可能性が高い。
 銃士16名がそっと火薬皿を閉じていた火蓋を開けた。
 灰色の人狼は苛立ったように何事かを呟きながら手近な民家の壁に穴を開けている。何かの腹いせか。火縄錠銃の銃口の揺れが収まる。狙いが定まったようだ。瞬間、モルトが息を吸い込むのと同時に灰色の人狼がこちらを向いた。

「撃て!」

 一斉に蛇型の金具に挟まれた火縄が火薬皿へと落ち、火薬が小さく1度、大きく1度爆ぜて鉛の弾丸が15発。銃口から飛び出す時には危険を察知した灰色の人狼が動いていた。民家の影へと飛び込む。

「次弾装填」

 モルトは腰の長剣に手を置きながら命じる。銃士達は素早く再装填を進めた。
 火薬皿に点火用火薬を注ぎ火蓋を閉じて、発射薬を銃口から流し込む。
 弾丸を蓋をするようにカルカ杖で押し込み突いて発射薬と弾丸を固め、左手の小指と薬指に挟んでいた火種の点いた火縄を再び蛇型の火縄ホルダーに挟み込ませた。
 構え直し、火蓋を開ける。

「撃ち方、用意」

 灰色の人狼が隠れた民家を跳び越して着地した。銃士達へと突進してくる。

「撃て!」

 雪崩れるような爆燃の音が響き、発射煙が漂う。灰色の人狼は胸を守るように交差した両手に数発、右の太腿に一発弾丸を受けるが痛みを吹き飛ばすように息を吸い込み、咆哮を上げた。その口から火焔が溢れ出して銃士達へと襲いかかる。その炎に銃士と隊員が数名が火達磨となり、銃士は身につけた火薬に引火して爆ぜ飛んだ。

「総員、突撃!」

 怯む事なく、隊員達は槍を両手に構えて灰色の人狼へと突撃を開始する。銃士達は火から逃れるように左右に開き、再度射撃を行うべく再装填に移っていた。灰色の人狼は突き掛かってきた1人の槍を右の爪で引っ掛けて取り去ると左の爪で顔面を強打。強靭な爪は先端で切り裂く鋭利な刃であると同時に、太く強固な根元は棍棒と化す。頬骨が砕け顔の半分が潰れて倒れ伏した隊員の眼窩から眼球が零れ落ちた。殺戮は続く。蹴り上げた足の爪で腹部を貫き、互いの息の臭いが嗅げる程の距離から火焔の咆哮を叩きつけ、爪の先で首を裂いた。

 一度目の発砲から1分と経たずに11名が殺傷された。左右から、味方を誤射せぬよう最低限に気を使いながらの火縄錠銃の発射音が響く。流石の人狼でも放たれた弾丸を避ける事は出来ず、幾つかの鉛玉が皮を抜いて人狼の体内へと飛び込んだ。しかし、致命傷に至らない。手負いの獣はその生存本能を刺激され益々凶暴さを増していく。

 肩での体当たりで1人を弾き飛ばし、振り払った右の爪で1人の顔面を裂く。火焔の咆哮を銃士の方へ放って1人を燃やし、引火した火薬が爆ぜて傍に居た銃士2人が倒れる。左の爪を1人の脇腹に突き刺し、持ち上げ、振り回して脇腹から爪を抜き、飛ばす。足の爪を顎から上へ突き刺し、引き抜くと同時に上腕で殴り飛ばして後続の隊員を巻き込ませて倒す。

 モルトは長剣に手を置きながら戦況を見つめていた。モルトの左右には屈強な2名の、彼の個人的な部下が戦槌を手に控えている。灰色の人狼は完全にその内なる破壊衝動に身を任せているようだ。満月の夜でも無いのに人狼化出来るという事は、この灰色の人狼はある程度〝力〟を制御出来ていた筈なのだが。

 鋭く、短い、擦過音。直後に爆燃の音。

 灰色の人狼が突然、お辞儀をしたように頭を倒した。その後頭部からは紅い血。後頭部並びに人狼の背面というのは伸びた髪によって覆われており高い防御力を発揮する。だが、有効な距離からの銃撃なら十分なダメージを与えれる事が実験で判明していた。後頭部にめり込んだ鉛弾は脳を破壊するには至らないが、その運動神経を大きく阻害した。その間隙を狙い、一斉に槍が灰色の人狼の胸へと突き込まれた。両肺を損傷した人狼にもう咆哮は使えない。灰色の人狼はその場に倒れた。

 モルトの指示で両脇に控えていた屈強な部下が戦槌を振りかざし、倒れた灰色の人狼の両手両足を砕き、最後に腰骨をも砕く。
 行動不能となった灰色の人狼をモルトは見下ろした。
「糞がっ!」
 悪態をついて、まだ後頭部の衝撃でマヒしているだろう身体を必死に動かす姿を見て恐怖と同時に愉悦を味わう。
 恐怖したのは、ここまでのダメージを受けて悪態をつける意識を保っているという点。そして、そんな化け物を打ち倒したという満足から愉悦が生まれた。
「恥を知れ」モルトは灰色の人狼を見下ろして後ろ手を組んだ。「まだ人間を殺し足りないのか?」
「黙れ! 貴様等こそ恥を知れ! 本当の神を忘れ、恩を忘れた愚か者共が!」
 灰色の人狼は、徐々に人狼の姿から元の姿へと戻っていく。
「厚かましい奴だな」モルトは顔を顰めた。「我々はお前達の玩具では無い。まして、子供でも無い。それが言うに事欠いて親気取りか。お山の大将を気取りたいのか? 所詮は獣という訳か」目を細め、見下す。「例えば、私が池を作ったとしよう。そこに、魚の卵を入れて孵化して育てる。彼らは私を神と崇めるか? 違う。独自のコミュニティを作る。その生き物に合ったシステムを構築する。成る程。確かに歴史上で貴様等の上位種である大神を信仰した時代はあった。だが、それで驕ったのは貴様等の方では無いのか? 崇め奉られる事を当たり前に享受しすぎた。我々の自立を許さなかった。我々が築こうとするものが気に食わなかったのだ」捲くし立てるように喋り、その事に少々バツが悪そうに組んだ手を解いて制帽のツバを僅かに下ろした。
「つまり、貴様は自分たちを魚と同じだと言うのか」今や人間の姿へと戻った灰色の人狼は嘲った。「厚顔無恥で当然という訳だ」
「それで結構だ」モルトは頷いた。「生物とはそうした物だ。そうして進化する。自立の道を歩む。貴様等は過去の囚われてる悪霊そのものだ」
「開き直りもそこまで来ると呆れるな」
 灰色の人狼の失笑を背にモルトはその場を離れた。直ぐに影の様にグレーンが半歩後ろに寄り添う。その手には最新式の歯車錠銃があった。

 死傷者は決して少なくは無かった。銃士が3名死亡。2人が負傷。隊員は11名が全員死亡した。戦闘後は生きていた者も出血で後に死亡した。
 だが、その村から生存者12名を救出する事が出来た。これは重要な事だ。モルトは部下の達成感に包まれた顔を見て廻りながら彼らを賞する。
 無駄死にこそ、彼らが最も恐れる事なのだから。



 断頭台の刃が落ちる。
 異端警察によって捕らえられた魔女が前座として2人処刑された。

「次は、村々を襲い焼き払った暴虐なる人狼です」

 事前に魔力で反応させられて灰色の人狼の姿を晒している。
 騒げば民衆を喜ばせる良い晒し者に成ると気付いているのか、存外大人しかった。
 モルトが見守る中、熱気と興奮に包まれた処刑は順調に進行する。
 異端者の血で濡れた、ストロベリー・ドロップ(深紅の断頭台)が新たな血に染まった。

 ゴトリ。

 喚声が木霊した。
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