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DESSERT ~MELTYKISS外伝~ 3.「 BISCUIT 」

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DESSERT ~MELTYKISS外伝~



2.「 BISCUIT 」




 爆炎の魔女に襲われた村は、完全に焼き払われていた。
 炭化した遺体が様々な形状で残されている光景は怒りを通り越して恐怖を異端警察隊員に与えていた。
「士気が落ちてますな」
 コン=バボンは渋面を深めてモルトに囁くと、モルトは頷いて苦笑を浮かべた。隊員の手前、砕けた口調ではあるものの上官に対する言葉遣いに直っている。ライ・ホップキンを手招きで呼び、3人だけで集まりながらモルトは苦笑いを消した。
「これで士気が落ちなかったら、それはそれで隊員の正気を疑うがね」
「で。これからどうすんです?」
 ライが眼鏡の位置を直す。眼鏡を直す暇も無く、出動となってしまった。それが気に入らず、終始不機嫌である。
「爆炎の姿は無し。そりゃそうですわな。暴走した人狼なんかと違って、奴らは隠れる事が出来ますからね」
「特に爆炎は今まで好き勝手やっときながら生き残ってますからな」
 コン=バボンもライの言葉に同意の頷きをする。
「斥候を出す。ライ、ここら辺の村々と均等な距離である場所に野営地を設定しろ。コン=バボンは斥候の選抜。各村に設置された駐在所と連携を取って異変が起きたら即座に報告。いいか? 例え村が焼かれても隠れて〝爆炎〟の追跡を行う追跡組も編成して各村に派遣する斥候に同行させるようにしろ。追跡組の選抜は任せる」
 2人が頷くのを見て、モルトは笑みを浮かべた。
「奴の性格は聞いていた。それに、この現場を見て確信した。強いのだろうが、派手で迂闊な奴だ。付け入る隙はある」
「だといいんですがね」
 肩を竦めてライは溜息をついた。コン=バボンはモルトに笑みを返すと斥候の餞別へと隊へ戻る。
「さて。ライ、我々は野営の準備に取りかかろう。次に〝爆炎〟が出るまで待機する」


◆◇◆


 野営地のテントの中。モルトは〝爆炎〟の魔女に関する資料に目を通す。
 しかし、資料と言ってもそう多くは無い。今までに関与したと思われる事件が列記されてるだけのものだ。
 爆炎のアレス。そう、自称している魔女。
 人体実験を好み、人を狩っては自らが扱う炎の魔法の実験台にする。
 焼かれた村は十数件に及び、〝爆炎〟の仕業であろう行方不明者も多い。
 だが、それらの事件の報告から浮かび上がる人物像は、子供、というイメージだった。
 危険な力を手に入れて、それを弄ぶ子供。
 少なくとも老獪な印象は薄い。
「実際に相対してみないと解らんか」
 結局の所、モルトが見ているのは文字の羅列だ。それを見て事前に情報を得るのは大事な事だ。
 あとは、それを生で見て照らし合わせる必要がある。
「モルト様」
 蚊の鳴くような声にモルトが顔を上げると、グレーンが水差しを手に入ってきた。
 モルトは黙って器を手にすると、その器にグレーンが水を注ぐ。
 グレーンはモルトの奴隷だった。
 帝都に何度か行った折に貴族連中の接待を受け、付き合いで買った奴隷であった。
「グレーン。身体を大事にしろ。特に、指を冷やすなよ。指を凍らせたら引き金が引けん」
 小さく頷くグレーンを見てモルトは満足そうに頷いて水を飲み干す。
 グレーンの銃の才能を知ったのは偶然の事だった。それまで、グレーンは率直に言って用を足さない奴隷であった。
 読み書き、発音も拙い。馬の世話はモルトに買われるまでやっていたのでマシだったが、家事などは毛頭駄目だった。
 とは言え、モルトはグレーンを雑に扱う気など全く無かった。奴隷を買うなどと柄にも無い事をした負い目もある。
 何とか得意なモノが無いかと模索していた、ある日。
 その日は、グレーンに馬を引かせ、モルトは鳥撃ちを楽しんでいた。
 ふと、銃声に身を僅かにも振るわせる事の無いグレーンに気付き、撃たせてみる事にしたのが切っ掛けだ。
 普通は奴隷に銃を持たせるのは危険な事なのだが、モルトはグレーンの性格から危険は無いだろうと判断を下していた。
 最初は戸惑ったものの、モルトから銃の扱いを教わり、グレーンは鳥を撃つ。
 結果は、散々なものだった。その日は一羽も仕留める事無くモルトとグレーンは屋敷へと帰る事となる。
 だが、モルトは満面の笑顔だった。
 漸く、グレーンの得意そうなモノが見つかったのだから。
「〝爆炎〟の能力上、接近して仕留めれる相手じゃない」
 再び資料に目を落とすモルト。その姿をグレーンはじっと見つめ、モルトの言葉に頷きを返す。
「最後のトドメはそうなるかもしれんが、兎に角遠距離からの射撃が重要になる」
 グレーンはモルトの役に立ちたかった。
 今まで、役立たずとして虐げられていた自分に、役に立てる事を見つけてくれたモルトの役に。
 それは、今までの反動が大いにある。役に立てるという新鮮さが彼女の気持ちを後押ししていた。
 通常であれば、年月や辛い出来事でその気持ちは簡単に立ち消えてしまうだろう。その程度の感情にすぎない。
 グレーンが自分の気持ちがどうであるのか理解しているとは言えなかった。
 ただ、今は直向きにモルトの役に立てる事を喜んでいた。
「お前の狙撃に期待している」
 そう言って立ち上がったモルトは、グレーンの肩に自分が使っていた毛皮の外套を掛けてやってからテントを出た。
 テントを出る一瞬、グレーンの顔が歓喜で輝いたのを視界の端に捕らえている。
「本当に大事にするのならば」
 夜気に頬を鋭く突き刺されながら、寒さで痙攣したかのように自嘲を浮かべた。
「こんな場所には連れ出さないだろうな」


◆◇◆


 〝爆炎〟が現れたという報告の狼煙が昇ったのは野営を開始して16日目の事だった。
「野営地から2日の距離か」
 報告を受けてライの広げた地図を睨み、モルトは唸った。
「まぁ、間に合わないでしょうな」
 ライは肩を竦めた。コン=バボンも苦々しい表情を浮かべていたが、3人に焦りは無い。当然、予測された事態だからだ。
「追跡組が生きてなければ、空振りだ」
 そう呟きながら、モルトは野営地の撤収を命じる。
「撤収準備終了後、迅速に移動を開始する。但し、戦力を維持しながらの全力移動だ。疲れて戦えない状態になっては困るからな」
 それは、異端警察の限界の1つだった。
 軍の兵士の様に長期の訓練が出来ない為、兵士と比べると必然的に異端警察隊員の耐久力は劣る。
 異端警察隊員は数年で止める者も多い。故に、兵士と違い長期の視点における育成が不可能に近かった。
 モルトが求めるのは軍としての意識なのだが、隊員達の異端警察に対する意識は自警団に近い。
 この差は大きかった。
「いっその事、我々で民間の異端警察もどきでも立ち上げましょうかね」
 コン=バボンの台詞は冗談めかしてはいたが顔は真剣そのものだった。
「私兵か。悪く無い」
 それを聞いてモルトは笑う。
「簡単に言うのはいいがな。どうせ、人数を集めるのは俺なんだろ」
 ライはうんざりしたように言って、そして笑った。
「〝爆炎〟を仕留めたら、その報告書を帝国にでも持ち込んで立ち上げを嘆願するとしよう。今は、これで戦うしかあるまい」
 笑いながら、モルトは腰にブレンデット家伝来の宝剣を腰に佩いた。


◆◇◆


 幼い頃に暖炉の火で火傷して以来、マーク・メーカーズは火を恐れていた。
 だが、今目の前に広がる炎を見ると、マークはそんな些細な火でトラウマを抱えていた事を馬鹿らしく思うようになっていた。
『私が命ず、炎よその男を焼き払えっ!』
 逃げる男を炎が包み込んだ。手に抱えていた子供を自らの炎から遠ざけるように放り出し、悲鳴を上げて倒れる。燃えているのは、体格の良い厳格そうな男だった。陽に焼けて、浅黒く、分厚く硬化した皮膚から農夫であったのだろう。彼の抱えていた子供、男の子は燃える彼を呆然と見つめている。父親なのか、それとも偶然にも逃げる途中で彼が拾った男の子なのだろうか。
 もし、父親ならば威厳のある父親だったのだろう。男の子も誠実そうな、善き息子だったに違いない。
 彼は泣き喚きながら燃えた。見苦しく悶え苦しみながら。
『やはり外からだと時間がかかりますね。では、内側から』
 浮遊する、女性のシルエットをした小さな炎の女。〝爆炎〟の魔女。
『私が命ず、炎よその子を内から焼き尽くせっ!』
 男の子の穴という穴から炎が噴出した。
 目。口。鼻。耳。尻。
 体内で燃え上がった炎が空気を求め外へ外へと焼き尽くす。
 幸いな事は、脳が直ぐに燃えて男の子があまり苦しんだ様子は無かったという点か。
 そして、男と男の子の焼死体が転がった。
『悪く無いですね。問題は、狙いに集中が多少必要な事でしょうか』
 呑気な声。先程の男の悲鳴を聞いた後だからこそ、その声がコントラストとなって皮肉のように響く。
 マークは手にした火縄錠銃を握り締めた。
 追跡組は何があっても動かず、〝爆炎〟の後を追わなければならない。
 だが、マークは自問した。自分は何の為に異端警察に入ったのか?
 彼らのような人々を守る為ではないのか。
 だが、その考えは唾棄すべき言い逃れであった。マークは自身の正気を保つ為に安易な道へ、匹夫の勇へと走る。
 今自分の手には〝爆炎〟を討ち取れるかもしれない武器があるのだから。自分に言い聞かせて。
 マークは火縄錠銃を構えた。装填準備は済んでいる。火蓋を開ける。
 静かに狙う。銃口が大きく上下する。マークの呼吸が乱れているからだ。落ち着こうとすればする程、息が荒くなる。
 そして、突然響いた、炎の熱で家屋がひしゃげる音に身体が痙攣し引き金を思わず引いていた。
 爆燃の発砲音。
 銃弾は〝爆炎〟の近くを通りすぎ、戸板に命中した。
『な、何?』
 驚いた様子で〝爆炎〟が周囲を見渡し、マークに気が付いた。
『成る程。異端警察。そんな所に隠れていたのですね』
 マークは慌てて次弾の装填を開始する。震える手で、火薬皿に溢れんばかりに点火用火薬を注ぎ銃口から規定量以上の火薬を投入する。
 ただひたすらにマークは次弾の装填に没頭した。そうして迫る恐怖を忘れようと努めている。弾丸を入れてカルカ杖で突きまくる。
 もう一発撃てば全て助かる。そう思いこんでいるように見えた。
『私が命ず』
 もったいぶるように、〝爆炎〟はゆっくりと丁寧に呪文を唱える。
『炎よ其の男を貫け』
 炎の線が鮮やかに引かれた。
 その線上にマークが居る。マークへと炎が到達した瞬間、マークが所持していた体中の黒色火薬が爆燃した。
 燃えるマークのパーツが飛び散る。
『異端警察、ですか。次の実験材料は聖騎士にしましょう、とも思っていましたけど』
 その光景を見て〝爆炎〟は人の形から、只の炎の塊へと成る。
『ウォーミングアップには丁度良いかもしれませんね』


 そして、消えた。
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