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DESSERT ~MELTYKISS外伝~ 3.「 HAPPY BAKING (前編) 」

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DESSERT ~MELTYKISS外伝~



3.「 HAPPY BAKING (前編) 」





 焼き尽くされた村を見るが、異端警察隊員の衝撃は大きくない。18日前に〝爆炎〟に焼かれた村を見ていた為だった。
「随分と遊び散らかしたものだ」
 やや離れた位置に倒れていた大小2つの焼死体を眺め、モルトは溜息をつく。
振り向けば、異端警察の駐在所が、それと解らないように民家を装って建っている。
 追跡組からの報告は無い。
「耐え切れずに戦って死んだか、それとも現在も追跡中か」
 だが、駐在所から見つかった死体の数。そして、火縄錠銃などの焼けた武器の数から、死亡はほぼ確定とみられた。
「所詮は付け焼刃、か。戻ったら追跡専門の班でも作る必要があるかもしれんな」
 モルトは異端警察隊員の槍担当員16名と十字弩担当員12名を従え、生存者の確認を行っている。
 コン=バボンは村の外で槍担当員10名と待機。そして、カナディアとライ、グレーンに残りの隊員は追跡組とした。


◆◇◆


「くそったれ。何で俺が追跡組なんだ」
 ライは悪態をついて望遠鏡で生存者の捜索を行っているモルトを眺める。
「当然。君は後衛で輝く人間だ」
 銃士9名。火縄錠銃担当員14名を任されたカナディアとライは村より高い位置にある林の中に潜伏していた。
 村との距離は走って15分かそこら。事が起きてから助けに行くには難しい距離である。
 モルトは、急場しのぎで編成した追跡組の失敗を物理的に解決しようと考えた。つまり、助けようにも助けれなくすればいい。
 恐らく、魔女との戦闘を行った場合、カナディア達が加勢に行く頃には戦いは終わっているだろう。
 一度始まってしまえば、勝つにしろ負けるにしろ、魔女や人狼との平均戦闘時間は驚く程短い。
「けどな。俺が集めた奴らなんだぞ」
 歯噛みをしながらライは望遠鏡を覗く。
 ライは自分が担当した人事の相手の詳細を事細かに調べ上げていた。それこそ、彼らの友人知人よりも、よく彼らの事を知っている。
 殺される姿や死体へと変わった姿を見た時、ライの頭の中では自分が調べた情報が走馬灯のように廻った。
 その感覚に襲われた夜は、何時も酒と喧嘩で誤魔化すしかなかった。
「まだ君には働いて貰いたい、という事だと思う」
 カナディアはライから望遠鏡を取り上げると、モルトを覗き見た。
「よくやるよ」
 小さく呟く。
 モルトは異端警察隊員の士気が低下しているのを見て、自ら陣頭に立って捜索を指揮している。同時に、囮をこなそうともしていた。
 モルトは、〝爆炎〟の魔女が何らかの目的を持って行動していると予想している。
 そして、襲われた村を見て〝爆炎〟が実験じみた事をしていると気付いた。


「燃え方が違う」
 コン=バボン、ライ、カナディアを集め、モルトは言った。
「死体の燃え方が違う。炭化したのもあれば普通に焼けた物もある大別すれば数種類だろうが、細かく見れば何十にも及ぶ」
 それに関してはカナディアが調べていた。死因となった燃焼速度が明らかに異なっていたり、身体の一部しか残っていなかったりしていたのだ。
「恐らく、〝爆炎〟の魔女は、魔法の研究か、実験か、それとも練習か。兎に角、そういう目的を持っていると予測できる」
 そう言って、モルトは強きに笑った。
「ならば、我々が実験材料になってやろうじゃないか。向こうも、只の村人には飽きているかもしれん」


「グレーン」
 カナディアはグレーンを呼ぶ。
 木の上で歯車錠銃を構えていたカナディアが僅かな音だけで静かに降りてくる。
 それを眺めながら、カナディアは望遠鏡から目を離す前に、望遠鏡の中に移るモルトへと呟いた。
「怖い癖に」
 グレーンがカナディアの近くに寄る。
「ライ。グレーン。移動しよう」


◆◇◆


『残念ですが、生きてる者は居ないと思いますよ?』
 突然、声を掛けられてそちらへとモルトが視線を向けると、小さな炎の塊が浮かんでいた。
 まるで死者を導く鬼火だ。モルトは片手を上げて隊員を集める。
「貴様が〝爆炎〟の魔女か」
『ご存知とは光栄です。ブレンデッド男爵』
 炎の塊が人の、女性の姿へと形を変える。
「所で、我が領内へと立ち入る許可証を見せて貰えるかね」
 モルトは後ろ手を組んで泰然と〝爆炎〟と対峙する。内心の恐怖を後ろ手に隠しながら。
 隊員が、モルトの背後で隊列を組む。
『発効した憶えが?』
「いいや」
『回りくどい言い方は結構です。ハッキリと仰ってくれません?』
 表情は見えぬ筈なのに、炎の顔が挑発的に微笑んだ。そんな気がした。
「異端者は速やかに死ね」
 モルトが剣を引き抜き、切っ先を〝爆炎〟へと向ける。〝爆炎〟が呪文を唱えた。

『 私が命ず、炎よ 「 総員、突撃! 」 その男を焼き払え! 』

 〝爆炎〟の呪文を押し潰すように突撃を命じ、モルト自身も剣を手に〝爆炎〟へと走る。
 先ほどまでモルトが立っていた場所を突如として現れた炎が焦がし、モルトの後続の隊員2名を焼き払った。
「 弩兵は距離を取って各個で 『 私が命ず、炎よ彼らを貫け! 』 射撃を行え! 槍兵は私に続け! 固まるなよ! 」
 槍担当員達が〝爆炎〟へと突きかかる。だが、横殴りに炎が宙を走り、突こうとした3名を貫いて燃やす。
 更に果敢にも2名が〝爆炎〟へと槍を突き出す。同時に、十字弩から放たれた矢が11本、〝爆炎〟を襲う。
『 私が命ず、 「 2人側面へ行け! 同時に突きかかるのは2人まで。絶えず突け! 」 炎よ周囲を焼き尽くせっ! 』
 〝爆炎〟を包み込むように炎が廻る。
 矢と槍を焼き、果敢に突きかかった2名をも焦がし尽くした。
「 怯むなよ! 背面に 『 私が命ず、炎よあの男を貫けっ! 』 2人行け! 後続、続け! 」
 指示を出しながら、モルトは転げるように横へと目の前に現れた炎を避けた。背後の1名が炎に貫かれて倒れる。
 素早く立ち上がり、〝爆炎〟へと切りかかった。
「手を緩めるな! 攻勢を継続しろ!」
『私が命ず、』
 モルトの一振りを後ろへずれて回避し、〝爆炎〟は呪文を唱える。
『炎よその男を焼き尽くせ』


◆◇◆


「始まったか!」
 コン=バボンは部下10名と共に迂回起動を採り〝爆炎〟の側面を狙う。
 一度、部下を制止させ、一息つかせた。
「いいか。これから先は足を止めるな。ただひたすらに走って、魔女に一槍喰らわせる事だけを考えろ」
 渋面を更に厳しくしてコン=バボンは部下に言い含めた。
 コン=バボンの率いる10名は異端警察隊員の中でも職務が長い方だった。全員、覚悟を決めた顔で頷く。
「好し」
 大きく頷くと、コン=バボンは炎で赤く輝く戦場へと向き直る。
「総員、突撃」


「グレーン。見える?」
 大木に登ったグレーンが頷いて見せると、カナディアは好し好し、と頷いた。
「勝手に位置取りを変えていいのか?」
「僕の方がモルトよりも優秀だから大丈夫」
 ライが眼鏡を直しながら訊くと、カナディアはさも当然そうに答えた。
 カナディア達、追跡組は村の近くへと移動している。肉眼で、村の中の様子が大まかに解る程度で。
 但し、全員が伏せて草木や泥を使って徹底的に偽装を行っていた。
「問題発言だな」
「事実だから。武道も、学問も。僕の方が上。でも、僕には、あれは無理だな」
 陣頭で戦っているであろうモルトの方へと視線を向けて、カナディアは呆れと尊敬の入り混じった目をした。どちらかと言えば、呆れが強いが。
「モルトは、隠れ家まで追うべきだと言ってたけど、無理だと僕は思う。ここで勝負をつけないと」
 この人数だ。移動すればどうしても失敗が重なる。そうして気付かれたら、全てが台無しになる。全ての死が。
「要はタイミングだよ。不意を突く点では、モルトの作戦と同じ。ただ、そのタイミングが違う。ただ、それだけの事」
 そう言うと、カナディアは望遠鏡を手にした。
 しかし、覗くのを躊躇う。魔女と正面から戦って勝てる見込みは、過去の戦歴からも、1割に達しない。
 今、この瞬間にも、モルトが炭へと変わっているかもしれないと思うと、カナディアは望遠鏡を覗く勇気を持てないでいた。


◆◇◆


 賞賛されて然るべき動きであった。〝爆炎〟の呪文を3度、回避したモルトは膝立ちの姿勢へと身体を起こす。
『私が命ず、その男を―』
 呪文が中断される。十字弩からの射撃が〝爆炎〟を掠めて飛ぶ。その間にモルトは左手を後ろ腰へと回した。
 付き従った槍担当員は残り5名を残す所となっている。1名が鋭い踏み込みで槍を突き出した。
『―燃やし尽くせっ!』
 急遽、〝爆炎〟は呪文の対象を突きかかって来た1名へと変えた。
 悲痛な叫びが周囲を震わせ、燃える身体を地面へと当て擦って転がる。
『次から次へとっ!』
 背後と正面から2名が突きかかる。彼らの目は一様に狂喜を宿している。仲間が次々と凄惨な死を遂げて行く様が彼らを狂わせた。
 蛮声。恐怖の震えは武者震いへと脳内で変換される。狂喜が恐怖を上回った。
 復讐に酔う。
『私が命ず、炎よ周囲を薙ぎ払え!』
 炎がぐるりと円を描いた。その円周上に存在した正面と背後の2名を焼き払う。
『残り―!』
 擦過音。点火用火薬が爆ぜ、発射薬が爆燃する。
 モルトの左手に握られた、歯車錠短銃から放たれた銃弾が〝爆炎〟の胸部を貫いた。炎が散り、胸に穴が開く。
『――』
 更に、残る2名の槍と9発の矢を受けて炎の塊は四散した。
 暫し、沈黙。そして、歓声が上がる。
「気を抜くな!」
 モルトは、歯車錠短銃の再装填を行いながら立ち上がった。
「あれは本体じゃない。本体は必ず近くに居る。固まらず、全周囲を警戒しろ!」
 その指示に、再び緊張が戻る。だが、その顔や姿勢から覇気は無く疲労しか無い。
 先程で終りではなく、それどころかもっと手強いであろう本体が居ると言われては、仕方が無いだろう。
 更に、一度歓声を上げて気を抜かせてしまった。
 モルトは失敗を悔やみながらも歯車錠短銃の再装填を終えて、右手に剣、左手に歯車錠短銃を保持して周囲に視線を走らせる。
 そして、静寂を砕く呪文が響いた。



「私が命ず、炎よ彼の者達を焼き払え!」
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