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京都御所は、その古来の内裏の形態を今日に保存している由緒あるもので、現在のものは安政2年(1855年)の造営である。紫宸殿を始めとし、清涼殿、小御所、御学問所、御常御殿など平安時代以降の建築様式の移りかわりをつぶさに見ることができます。

  • 紫宸殿

紫宸殿は即位の礼や節会などの儀式が行われた御所の中でもっとも格の高い正殿です。明治天皇、大正天皇、昭和天皇の即位の儀式もここで執り行われました。

  • 清涼殿

中殿ともいいます。平安朝では、天皇の日常の住居として使われていました。


京都御所は、南北朝時代の光厳天皇が元弘元年(1331)に里内裏だった土御門東洞院殿を皇居と定めたものです。以後、信長、秀吉、家康らが修理、造営を行いましたが焼失し、現在の建物は総奉行・松平定信によって安政2年(1855)古制にのっとって再現されたものです。

御所の正殿ともいわれる「紫宸殿」は、即位の大礼など大儀が行われるところで、檜皮葺、総桧造りの清楚な感じの建物です。また「清涼殿」は、天皇の日常の住居であったところです。そのほか、小御所、御学問所、御常御殿など典雅な建物が並び建ち平安朝のムードを今に伝える優雅なたたずまいです。
御所の東南にある「大宮御所」と「仙洞御所」は上皇の住居で、寛永7年(1630)小堀遠州が後水尾上皇の隠居邸を造営したことに始まり、以後上京区5人の上皇が居住しましたが、安政元年(1854)に焼失してしまいました。再興されることはなく、現在は庭だけを残しています。東西100m、南北200mの長方形域の苑に北池と南池があり、池にはもみじ橋、八ツ橋が架かり、ことに八ツ橋の上にかかるフジはみごとです。
京都御所・仙洞御所・大宮御所などを包む、南北1.3km、東西700mの広い緑地が京都御苑です。明治2年の東京遷都までは、宮家や、約200の公家の屋敷もありましたが、現在では芝生と玉砂利の広い道に変わり、公園として市民の憩いの場になっています。御苑の四方には9つの門(石薬師・清和院・寺町・堺町・下立売・蛤・中立売・乾・今出川)があり、それぞれに歴史の物語を秘めています。苑内は自由に見学することができます。