カランコロン。
古い木の扉に取りつけられた小さな鐘が鳴って、今日もお客さんがやって来た。
ここは薬草屋<平安堂>。
女主人の隅田川・千代子・アンダーソン女史が自家製ハーブで 作ったお茶や菓子、雑貨を扱っている店だ。
もともと古い蔵であった建物を改造してつくった店なのでどこか重々しい雰囲気はあるが、千代子女史によって少し神秘的でエキゾチック、それでいて華やかな空間が演出されている。
街外れという立地にも関わらずそこそこの客入りを保っているのは、この女主人の小洒落たセンスと面倒見のいい彼女の気質によるところも大きく、買い物だけでなく恋の相談などで訪れる娘も少なくない。
「あら、いらっしゃい」
「いらっしゃいませっ」
笑顔で客を迎えるのは千代子女史と、私、看板娘(見習い)やしほ。
迷子と勘違いされたのがきっかけで国民になったが、それはそれで運が良かったと思う今日この頃。
国民はみんな親切で暖かい人達ばかりだし、引き取ってくれたアンダーソン家でも実の娘同様に可愛いがってもらっている。
「ごんにぢわぁ」
板張りの床をコツコツと鳴らしゆっくり入って来たのは、街の反対側の外れに住むタビサばぁさんだった。
「おぉ、やしほちゃん大ぎぐなっだなァ。学校は楽しいが?勉強しとるが?」
「いや、もう学校は卒業してるんですよー(ってこの前も言ったような?」
タビサばぁさんは聞いてるのか聞いてないのか、頭をコクコクさせながら「んだんだ」と呟いている。
「しーっかり勉強ばすて、千代子さんさ安心さしてやれ。な?」
「はぁ」
この場合、話を合わせた方がいいのだろうか。とりあえず曖昧に頷いてみるとタビサばぁさんは満足そうに笑った。
「そうだべ。子供は母さんに心配さすもんでねぇからな」
「はい。・・・・・・ていうか『母さん』って千代子さんのことですか?」
ふと尋ねてみるとタビサばあさんは、
「他にだーれがおるよぅ」
と、歯の少なくなった口を大きく開けてケタケタと笑う。
千代子女史はふふふと笑いながら、
「あらやだ、タビサねぇさん。私にこんな大きな娘がいるように見える?」
と私の肩をポンポンと叩く。が、目が笑ってない。それにこころなしか、肩を叩く手に殺気を感じるような・・・。
(ひ、ひぇぇぇぇ)
しかしタビサばぁさんはケロッとしてのたまい続ける。
「大きいこともあるめぇ。やしほちゃんもまだ十五歳ぐれぇだろさ?」
グサッ。
私のグラスハートにダメージ+1。
慌てて、
「なっ。いやいやいやいや、私もうハタチ過ぎてますよ?なーに言ってんですかァ。あははは」
と笑い飛ばして否定する。
童顔と小さい体のせいで年下に見られてばかりなことが目下の悩みなのだ。
しかし、タビサばぁさんは一瞬キョトンとした後で、
「ハハハ、かーわいいなァ。まぁ、そんぐれぇの歳の娘は背伸びしたがるもんだがらなァ。ウヒヒヒ」
まるで信じていない様子。
「いや、あのっ、だからですね」
必死で訴えてみるも、
「んだんだ、オラにもそんだら時期があったがら分がるのよぅ」
老婆は片目をぐーっと閉じた。どうやらウインクのつもりらしい。
私はハハハ、と力なく乾いた声をあげながら、
(いいや、あとで槙さんいぢめて憂さ晴らししよう)
心の中でそっと悔し涙を飲み込んだ。
――同時刻よんた藩国某所にて、槙さんが大きなくしゃみで貴重なサンプルを吹き飛ばす姿が目撃されている。
「それはそうと。今日は何のご用かしら」
千代子さんがさりげなく話題を変えてくれた。
(実際、千代子さんは私くらいの娘がいてもおかしくない年齢なのだが、公式的にはそれより十歳ほど若いことになっている)
「あァ、んだんだ。いづもの腰痛がよぐなるお茶をもらおうど思っでな」
言いながらタビサばぁさんはこぶしで腰をポンポンと叩いた。
そのとき、
カランコロン・・・。
再び鐘が鳴って店の扉が弱々しく開いた。
「あら、今日は忙しいわねぇ。いらっしゃ・・・・・・いぃ!?」
そこには、夕焼け空をバックに長い影を従えたヒロキさんが立っていた。
更に詳しく言うと、頭からつま先までメイドスタイルでばっちり固め、顔に『絶望』の二文字を貼り付けてよれよれになったヒロキさんが立っていた。
私は思わず、
「ど、どうしたんですか!?それにその格好は」
「・・・・・・くすり」
「は?」
「毛生え、薬・・・・・・すね毛用の・・・・・・くだ・・・さ・・・い」
ばたん。
そこまで言うと、ヒロキさんは崩れるように倒れてしまった。
「なっ、ヒロキさん!」
私は慌ててカウンターを出て駆け寄り、肩をゆすって呼びかけてみた。
が、返事が無い。
ただのしかばねのようだ。
「ち、千代子さん。どうしよう~」
半泣きでカウンターを振り返ると、
「とりあえず、病院に行って人呼んでくるわ。やしほはここお願い」
「は、はい」
千代子女史は上着を取りに店の奥へと向かった。
「・・・。・・・。」
(あれ、千代子さん何か呟いてる?)
気になって耳を澄ましてみると、
「・・・メイド・・・黒タイツ・・・すね毛・・・永久脱毛・・・あの薬なら・・・」
「ち、千代子さん!?」
「ああ、何でもないのよ。気にしないで」
いつもより更に輝き増してにっこりと微笑む千代子さん。
(ひぇぇぇ。いやいやいや、あんまり深く考えるのはやめとこう)
「と、とりあえず毛布か何か掛けてあげましょうか・・・・・・ってタビサさん何写真撮ってんの~!?」
店を振り返ると、老婆がウケケケと奇声を発しながら、床に倒れ込んだ青年の姿をパチパチと写真に収めている。
「老い先短い年寄りの楽しみだ。邪魔すんじゃねぇ」
「いやいや、そんなもの残されたら後で血の涙流しますから」
「ん、何て言っただ?聞こえねぇなァ」
老婆はそらとぼけて開き直っている。
(こンの確信犯め~)
それにしてもこんなにボロボロになるなんて一体何があったのだろう。
床に膝を付いて、とりあえずワンピースの裾の乱れを直す。
(・・・ん?)
ふと、何かがセンサーにひっかかった。
(?)
確かめるためにもう一度ぐったりと気を失っているヒロキさんの寝姿を見る。
黒の膝下丈ワンピースに白いリボンカラー。
フリルをあしらった同じく真っ白なエプロンとカチューシャ。
そして黒タイツとストラップの付いた黒い革靴。
ピコピコピコ・・・。
自分の中のメーターにポイントが次々と加算されていく。
ピコピコピコピコ・・・・・・ピコーン。
瞬間、脳内にアドレナリンが大放出された。
「ッこれ、い、いいかも!」
私は立ち上がり、クルッと回れ右をして店の奥に駆け込んだ。
「千代子さーん!デジカメどこにおいたっけー。デジカメデジカメー!早く~~~!」



――その後、老婆と看板娘(見習い)、それに青年を追って来た城のメイド達による写真撮影会で、平安堂は大変な賑わいを見せたそうな。

<了>

(文:大村やしほ)