よんた藩国・某地下研究室。

十数台のモニターの並ぶ警備室のようなその部屋の主は、モニターを見る格好のまま憂鬱だった。
一つしかない扉が開いても見ようともせずに、何かを考え込んでいる様子だった。
開いた扉から入ってきたのは、10代前半の少女だった。
お盆にお茶を乗せている。

「どうかされましたか? ドクター。」
「・・・・・・。」
呼びかけた少女、彩を見つめたままさらに考え込むドクターこと、玖礼 蒼麒。

「・・・ど、ドクター。そんなに見つめられては、恥ずかしいです…。」
彩は顔を赤くしている。かろうじてお茶をこぼさずに耐えている。

「やらん・・・。絶対にやらん。」
「ならそんために、ちゃーんと仕事してや?」
通信機から聞きなれた関西弁が聴こえてくる。
どうやら蒼麒の考えていた事を読んでいたようだ。
「ああ、もちろんやることはやるさ。しかし、なぜ俺の考えてる事が分かった?
 通信機では聞こえなかったはずだろう。」
「まぁ、彩ちゃんが来た気配があったからな。どうせドクターの頭ん中は彼女の事でいっぱいやろう、ってな。」
気持ちが分からんでもないけどな、と聞こえるか聞こえないかの呟きが通信機の向こうで聞こえた。

「で、次のステップに移行やで、ドクター。準備は終わってるんやろ?」
「当然だ。いつでもいける。」
「んじゃ、確認し次第、スタートしてくださいな。自分は次の準備しときますから。」
「分かった。」
通信が切れたことを確認する、蒼麒。

「彩、例の部屋の掃除は済んだのか?」
「はい、もちろん塵一つ残っておりませんわ。」
「では、そこで待機しておいてくれ。」
「はい、ドクター。」
ニコリと微笑みを残して、彩は部屋を後にする。

蒼麒は目の前のキーボードを弾きながら数日前のことを思い出す。


「はぁ…、彩。なんであんなビキニと…」
「全くや、あんなんとこ嫁いだらどんなことになるやら。」
「来か。毎度のことながらいつの間に来たんだ? いや、それよりまだ嫁ぐと決まったわけじゃないぞ、見合いするだけだ。」
「まぁ、細かい事は気にせんとってや。とにかく邪魔、したいよな? ドクター。」
「それはそうだが…。」

こいつとこういう取引すると、なにかしら面倒な事になるからな…。

蒼麒が胡散臭そうな目で考え込んでいると、来は1枚の紙を取り出した。
「とりあえず目、通しといてや。それに協力してくれたら、彩さんはなにが何でも赤ビキニにはやらん。」
さっと流し読み、顔を上げる蒼麒。
「いや、協力するのはしても構わないが…、本当に“あれ”をなんとか出来るのか?
 なんと言っても、あのビキニだぞ?」
「まぁ、たぶん、な。そっちの方にはドクター、協力惜しまんやろ?」
「仕方ないか…。」
ため息混じりに承諾したのだった。


時間は戻り、蒼麒は一台のモニターに集中している。
そこに映っているのは、桜の木の生えた公園の近くを歩く二人の男女だった。
「ミッションスタート。」
小声で呟き、キーを叩く。


一方そのころ、我らが悲運の摂政・裕樹と、それを見守る女神のような状態の支那実は
春を呼ぶ祭が行われる公園の近くまで来ていた。

「このあたりの桜は咲くまでにもう少し時間かかりそうですね。」
「あー、毎年この辺は遅いからな。
 でも、広場の方はここより早いやろうから、じきに咲きそうやな。」

ようやく平常心を取り戻しつつある裕樹。
支那実ともなんとか普通の会話が出来ている。
あれからは、大した不幸にも見舞われていなかった。

ゴゴゴゴゴ・・・・・・

そんな裕樹の平穏は、地響きと共に終わりを告げた。

「な・・・なんか揺れてるよな?」
「地震、でしょうか・・・?」

支那実、少し不安そう。
裕樹、かなり不安そう。

ゴゴゴゴ・・・ドーン!

派手な音と共に、奇妙なものが地面の雪を押しのけて現れた。
“それ”は長いミミズのようにくねくねしながら、頭に二枚貝のようなものがついており、なにやらパクパクしていた。

「・・・なんや、あれ。」

支那実、少し好奇心がくすぐられる。
裕樹、突然の出来事に呆けている。

しばらくの間、うねうねしていた“それ”は突然向きを変え、二人の方に照準を合わせた。

――目標確認 座標入力完了 捕獲開始

どこかでそんな声が聞こえた気がした。

次の瞬間、裕樹の横に“それ”が上から落ちてきた。
支那実の真上であった。

そろそろと“それ”が元の位置に戻った時、支那実の姿は無かった。

「・・・支那実ちゃん、食われた?」

一瞬呆然としていた裕樹だが、すぐに別の感情が動き出した。
その感情に従うまま、ただただ“それ”に向かって走り出す。

が、“それ”は再び地面の中へと戻っていった。
そこには、あるべきはずの穴さえ無かったが、裕樹にはそんなことを気にしている余裕が無かった。

「なんで・・・こんな・・・。くっそ・・・」

裕樹はこれでもか、というくらい強く拳を握り締めていた。

「支那実を返せーーっ!! こんちくしょーーー!!」

//*//

つづく

(文:雷羅 来)