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廃城の最奥の部屋にその少女は待っていた。
かつては「光の王女」と呼ばれた輝くほどの美貌と気高さで。
しかし、その瞳の色はかつての優しさを湛えた深い海の色から血のような深紅の色に変わっている。
赤い目の少女は入ってきたもう一人の少女に向かって言った。
「お待ちしておりました、もういらして下さらないのかと思っていました……」

シャリはこう言い残して消えた。
「この奥には世界を滅ぼしたいという願いがある。そして君は世界を救いたいという願いだ」
世界を滅ぼしたい願い、そう聞いて覚悟は出来ていた。
しかしそこに待ち受けていた、かつて友人として仲良く談笑したこともあるその少女の姿の変わりようを見て身がすくんだ。
「ティアナ様……」
「……あなたが……わたしを見捨てて……」
ティアナと呼ばれたそのドレスを纏った少女は目をそらして独り言のように言った。
「あなたがアトレイアを救ったからこうなった!あなたはわたしからすべてを奪った……この泥棒猫……!
「わたしが愛していたゼネテスもレムオン様も、皆、わたしの手からすり抜けていった……!」
「ティアナ様、それは違うのです!」
「何が違うのです?」
ティアナはぎらりとその赤い瞳を光らせて少女の方を睨んだ。そしてつかつかと少女の方に歩み寄った。ドレスの裾が地面に擦れて音を立てる。
二人の少女の顔が対峙した。
「全部、あなたのせいです……こんな世界、神の力で壊してやるんだわ……!」
「ティアナ様!私は、あなたも救いたかった!今なら間に合います、目を覚まして下さい!」
「綺麗事など言わないで!この偽りの勇者!」
ティアナはいきなり少女の首を両手で掴んだ。その細腕が若い女性のものとも思えぬ力で少女の首を締め上げた。
「ああっ!」
爪が食い込み、血が滲む。片手剣を持つ手が震える。必死に振りほどこうとするが、もはや王女の力は人間のそれではない。
躊躇した。闇に墜ちたとはいえ、かつての友人に剣を振るう事になるとは。
少女は覚悟を決めて、ティアナに剣を振り下ろした。
剣はティアナを掠めて、ドレスの布地を斬ったらしい。ティアナは一瞬怯んで、少女の首から手を離した。
しかしその後、ティアナは可笑しそうに笑いながら言った。
「ウフフ、このわたしを拒絶するというのですか?かつては仲良くお話したこともあったではありませんか、勇者様?」
「そうです、ティアナ様、私はあなたとは戦いたくない!」
「そう、戦わずに済めばいい……けれどもわたしはもう引き下がるわけにはゆかない……勇者様、あなたに見せたいものがありますわ」
ティアナは美しい微笑みを絶やさずに言った。


「あなたが奪っていった、わたしの大切な人たち。あなたには渡さない。でも死の間際、感動の再会というのも一興でしょう?」
ふと、回りの空気が歪んだ。ぐらりと視界が揺れ、辺りが暗い闇の気配に包まれる。
ああ、まさか、そんな筈は。
「ゼネテス……レムオン兄様……!」
あの時救えなかった、助けを求めていたのに救えなかった大好きな二人が今ここにいる。
しかし、その瞳にはかつての優しさや親愛に満ちた光はない。二人とも一度は死に、闇に墜ち、その瞳には深い狂気の色を湛え。
「どう、偽りの勇者様?あなたがご大層な世界を救う願いであったのならば、この二人も救えたのではなくて?」
「……」
「それだけではないわ。あなたのお仲間はどうしたの?あなたの大切な仲間……あなたのせいで死に追いやってしまった人もいるのではなくて?」
「……あああぁぁぁっ!」
ティアナに真実を突きつけられ、少女は悲鳴を上げた。
旅の途中から、少女はいつもいつも自分を責め続けてきた。
出会い、ある者は仲間になりながらもいつの間にか運命に巻き込まれ、死を迎えた者たち。もう戻ってこない、あの笑顔。
それを知りながらどうすることも出来なかった自分。
自分が世界を救う願いであるのなら、その者たちも救えた筈。そして、好きだったこの二人も救えた筈。
クーデターが起きた日、二人を助けることが出来ず、泣きながらロストールの街中を走ったあの日の事を思いだす。

「さあ、感動の再会ですわ。二人とも、愛しいこの人のせいであなた方は殺され、闇に墜ちたのですよ、ウフフ」
ゼネテスとレムオン。否、かつてゼネテスとレムオンであった二人。今は闇に墜ち、狂気に取り憑かれている。
恐らくは正常な意識すら残っていまい。
けれども見た目には、生きていたあの時の姿と変わらない二人。
怖い――戦いたくない――
少女は怖じ気づいた。破壊神ウルグが自分に取りつこうとした時もこんな恐怖は感じなかった。
あの時は戦う相手は自分自身であり、何の躊躇いもなく剣を振るうことが出来た。
だが、今の相手は、自分の力が足りずにその為に闇に墜ちたゼネテスとレムオン。
そして、その周りを死に追いやってしまった大切な仲間達の念がぐるぐると渦巻いている。
そのすべてが激しく少女を責め続けている。
これは、報いなのか――?何故、戦わなくてはならないのか――?
少女は旅の途中からいつも思っていた。自分は強い人間でもない、勇者でもない。
無限のソウル?勇者?そう囁かれるたびに耳を塞ぎたかった。世界を救う願い、そんな大きなものにはなりたくなかった。
自分はただ、自分と自分の愛する仲間が幸せであれば良かった。いつの間にか運命に振り回されて、翻弄されて、英雄に祭り上げられて。
もし、自分が本当に世界を救う願いであったのなら。
――なんて弱く脆い願いなんだろう。
死に追いやってしまった仲間達の顔が甦ってくる。


「いやだぁぁっ……!」
少女は次の瞬間、何もかも捨てるようにその場から逃げ出した。この二人とは何があっても戦えない。戦いたくない。
例えかつて同じ時を生きていたあの二人と今ここにいる闇に墜ちた二人とは違うのだと頭の中では分かっていても。
かつてアイリーンという名の少女に戦いを挑まれてそれを拒んだ時のように、少女は逃げた。
恥も自尊心も誇りも消えうせた。恐怖と自責の念だけが今の少女を支配しているすべてだった。
「敵前逃亡?勇者様ともあろうお方のやることとは思えませんわね。ここから無事に逃げられるとでもお思いですか?」
ティアナの声が追い討ちをかける。そして、背後から振りほどこうとしても叶わないほどの強い強い力で抱きしめられた。
冷たい感触――かつては自分の義兄レムオンだった人。
白い長髪を振り乱し、目は腐った血のような淀んだ赤い色。開いた唇の中から牙が見えた。
「何故逃げるのだ、俺は……お前を愛していた、お前だけを愛していた」
抱きすくめられ、首に冷たい感触と鋭い痛みを感じた。生暖かいものが首筋から伝うのを感じる。
血を――吸われている。
振りほどこうとした少女の耳元でレムオンが囁いた。脚がすくんだ。
「逃げないでくれ、お前だけが俺を受け入れてくれた……」
「あ、ああぁっ……」
以前、吸われた時の比ではない。みるみる、身体中の力が抜けてゆく。手先が痺れ、目の前が暗い霧で覆われる。
「俺はもう、お前を失いたくないのだ」
「レムオン……兄様……!」
「俺の傍にいてくれ」
それは共に生きている時に掛けて欲しかった言葉。今囁かれるのはあまりにも哀しく恐ろしすぎた。
がくりと少女は膝をついた。寒けがする。手から愛用の剣がかたり、と滑り落ちた。

膝をついた少女は這うようにしてレムオンから逃れようとした。
少女の行く手をゼネテスが阻む。少女の顔の前に、ゼネテスの顔が近付いた。
見た目には何も変わっていないのに、その瞳の中には何とも言えない深い闇と狂気を湛えて。
「会いたかった……お前さんに、また」
「ゼネテス……」
「こんな事になっちまってもよ、お前さんのことは忘れてなかったぜ」
ああ、嘘だ、こんなことは。
かつて、冒険者の先輩としてたくさんの助言を与えてくれた人が。人間として尊敬していた人が。かけがえのない友人だった人が。
何度酒場で笑い合い、語り合っただろう。部下として同じ戦地に赴いたこともある。今はもうその記憶さえも残っていないのか。
「今になって分かるとはね……お前さん、そんなに可愛い顔をしてたなんて」
「ゼネテス、目を覚まして!」
呼んでも無駄なことは分かっている。それでも名前を呼ばずにはいられない。
肩をがっちりと捕まれる。何をされるのだろう。振りほどきたくとも、先程の吸血のせいで身体に力が入らない。
「こんないい身体をしていたとはね……」
「やっ……ああっ……」
片腕の中に抱き留められ、防具の隙間から手を差し入れられる。胸の上を這い回る他人の手の感触。
体温を感じない。氷に触れたような冷たい感触。それでも初めての感触に身体が戸惑う。
「お前さん、感じているんだろ?」
「あっ……んんっ……」
堪えていても吐息が漏れる。頭の中では拒否しているつもりでも、身体から伝わる心地よい感触。自分は知らずにこの男を愛していたのだろうか?


「はっ、はっ……やめて……」
防具を付けていない尻を鷲掴みにされ、撫で回される。知らずに呼吸が荒くなる。脚ががくがく震える。
「お前さんとはキスしたこともなかったっけか」
頭の上から男の独り言のように呟く声が聞こえた。
「じゃあ……こっちから可愛がってもらおうか」
「……ぐうっ!」
いきなり頭を掴まれ、股間に顔を埋めさせられた。いつの間にか、屹立する男の剛直がそこにある。
初めて見るものに、嫌悪感と恐怖を感じる。しかし、どうすることも出来ない。
口を無理矢理こじ開けられ、それを口の中に押し込まれた。腐敗したものの匂いがする。
「……ううっ……!」
「歯、立てるなよ」
冷たい。氷の塊を押し込まれたようだ。口の中がすぐに痺れた。舌も硬直してしまい、動かない。
ただ、唾液がどんどん口の中に溜まり、唇の端からだらだらと飲み込めない唾液が流れ落ちた。
それは咽の奥へ奥へと侵入してゆく。大きく膨張しながら、咽の奥まで塞ぎ、凍りつかせて。
苦しい、息ができない。頭を強く押さえられ、動くことも逃れることも出来ない。
えづきそうになる。噎び泣きが漏れた。涙が頬を伝う。咽の奥がごろごろと鳴る。
上目遣いに男の顔を見ると、男は満足げな表情で少女の顔を見下ろしている。その表情は固く、人間らしさのかけらもない。
好きだったゼネテスがこんな酷い事をする筈がないのに。何故。
「そろそろ出すぜ……零すなよ」
「……っ!」
それが咽の奥に、口の中に放出された時、確実に口の中が焼け爛れたと思った。
男の精ではない、何かもっと忌まわしい、劇薬のような腐った肉のような味、匂い。
少女はえづいた。吐き気を堪える。涙がぼろぼろ零れた。口の中の男のそれがびくびくと震えているのを感じる。
「出すな、全部飲むんだ」
頭を強く押さえつけられ、吐き出せない。噎びながらほとんど全部飲み込んだ。飲み込む度に咽の奥が痺れていくような感覚を覚えた。
男はずるりと少女の口からそれを引きずり出した。唇から飲み残した液がつうっとこぼれ落ち、咽に、胸元に伝った。
それは闇のように黒く淀んだ液体だった。

「ゼネテ……うっ!」
少女は耐えきれず、込み上げてくるものを吐き出した。床の上に溜まりを作る、黒い液体に赤いものが混じっている。口の中に鉄の味が広がる。
咽が、胃が刺すように痛い。眩暈がした。ぐるぐると回る視界の中で、今自分を陵辱した男の姿が霞んで消えてゆく。
「ゼ、ゼネテス!?」
「お人形遊びは終わりですわ……今度はもう一人のお人形に可愛がってもらいなさい」
ティアナの冷酷な声が聞こえた。

「酷いことをするな、あの男は……」
かつて自分の義兄だったその男が、地に這うように地面に突っ伏している少女の身体を抱きかかえた。
胸の中に抱かれていても、温もりも鼓動も感じなかった。まるで動く彫像に抱かれているようだ。
冷たい指が、頬を撫でる。袖口が口元の血と汚物を拭い取る。
唇の上に唇が重なった。冷たい。氷のような唇の感触。見つめた男のその顔は生前と同じように端正だったが、その色は蒼白で血の気がなかった。
「レムオン兄様……」
「お前を俺だけのものにしたかった」
冷たい唇が首筋を、胸元を這う。乱れた男の白い髪が少女の顔にかかる。
かつては幾度も夢見た、けれど、今となってはただ恐ろしいだけの光景。今自分を抱いているのは憧れていた義兄であって義兄でない男。
漂っているのは何の匂いだろう。饐えた死の匂いか。冷気のように纏わりつく、闇。
男が少女の防具を外す。もうそれを止める手だてがない。されるがままに防具を外され、また胸の中に抱かれる。
冷たい手が短いスカートの中に入る。太股を撫でられる。掌の冷たさに悲鳴を上げたくなる。
じゅっ、と脚の間に熱く湿った感触を感じた。指が這う股の内側に、伝う蜜の感触。
「ほら、お前の身体は正直だ……」
「兄様、やめて……」
「こんなに」
男は少女の愛液で濡れた指を目の前に突きだして見せた。少女の頬が羞恥に染まる。
心の中は拒んでいる筈なのに、何故この冷たい愛撫を受けただけでこんなに自分の身体は反応してしまうのだろう。
目の前にいるのは憧れていたレムオンではない筈なのに。ただの操られている傀儡でしかない筈なのに。

レムオンの赤い瞳の中に少女自身の顔が映っている。自分の顔は恐怖と、徐々に自分を支配し始めた法悦とで歪んでいる。
男の瞳の中に囚われた自分。
男が服に覆われた胸の頂きに唇を這わせた。そこを服越しに噛まれる。鋭い牙の感触。
その強すぎる愛撫にも少女の身体は敏感に反応し、身体は反り、脚の間にまた熱い感触が広がる。
「さあ、声を聞かせてくれ。俺を受け入れてくれ」
下着は引きずり下ろされ、少女の泉の中に冷たい指が刺し入れられる。びくりと少女の身体が跳ねた。
「ああっ……」
「お前は、温かい」
ぐるりと指を回された。蜜が溢れ出し、男の指に纏わりつく。それでも尽きない分は泉から溢れ出し少女の股の内側を伝う。
「ああ、お前は乙女のままだったのだな」
「いや……」
「お前を誰のものにもしたくなかった、お前は俺だけの妹だ」
赤い、生命の感じない目で見つめられる。呆気なく落ちてしまいそうになる。
こんなに憧れていたのに、愛して、共に生きて欲しかったのに、救えなかった人。
恐怖と、このまま身を任せたい劣情が少女の胸の中をぐるぐると渦巻く。

男の胸に抱かれている今なら、男が下げている剣を奪って斬り付けることも可能だろう。
正常な思考力がある状態なら、少女はそうしたかもしれない。
けれど今の少女には、もはやそれを思いつくことさえもなかった。ただレムオンの赤い瞳に射貫かれたように、少女は指一本動かせなかった。
男は少女の身体を腕の中から離した。少女は床にくずおれる。腰を抱えられ、顔を向こう向きにさせられた。
犬のように四つんばいにされる。短いスカートが捲り上げられる。脚が広げられ、すっと泉を、菊座を指で軽く弄られた。たらりと蜜が溢れる。
男が衣服を下げる気配がした。まさか、と思った次の瞬間、男は少女の上に覆いかぶさった。


廃城の閑散とした部屋の中に少女の叫び声が反響した。
「いやあぁぁ!!」
何かが身体の奥で裂けた。氷のように冷たい男の楔が背後から脚の間に打ち込まれ、ぐちゃっと音がした。愛液が飛び散る。
痛い、耐えられぬほどの痛み。鋭利な刃物で裂かれたと感じた。楔は角度を変えつつ、中に侵入してくる。
上半身の力が完全に抜けた。ぐたりと地面に突っ伏してしまう。男は腰をしっかりと抱きかかえて、離さない。
どうして、どうしてこんな事に。痛みと打ちのめされた衝撃とで思考は完全に焼き切れる。
「いたい、いた、い……!」
声が上擦る。純潔の証が脚の間を伝い、染める。視界が灰色の霧で覆われる。
氷の楔が身体の中を押し広げながら侵入する。堪えられぬ痛みが身体の奥から生まれては消え、また生まれる。
湿った音と、激しく肉と肉がぶつかりあう音。地面に押し付けた頬が冷たい、髪の毛の擦れるざりざりという音が聞こえる。

激しく首を振りながら少女は切れ切れに叫んだ。
「兄様、やめて、お願い……!」
「ああ、お前の中は温かい」
逃れようと前に這おうとしても強い力で捕えられ、逃げられない。氷の楔が自分の中を動くたびに焼ける様な痛みが走る。
うなじに口付けを落される。甘噛みされる。牙の感触が、痛い。首筋からの出血が止まらない。
ぐちゃり、ぐちゃり――と湿った音が響く。男の楔が狭い道を、そして心の中を蹂躙してゆく。息苦しい、呻きを押さえられない。
何度も腰を打ち付けられ、胎内を掻き回されながら少女は震え、いつの間にか悲鳴ではなく謝罪の言葉を叫んでいた。
これは報いだ。英雄崩れの自分が受けている報いだ。
一体自分のどこが英雄だというのだ。愛した者も救えずに、どうして世界が救えるものか。
「あぁ、ごめんなさい、許して……!」
痛みが無力な自分を戒める甘美な感触に変わってゆく。痛みが自分に贖えと命令する。
「ゼネ、テス……にい、さま……助けて、あげられなくて、ごめん、なさい……!」
この痛みを感じることで自分の罪が少しでも贖えるものなら。
例え永遠にこの苦痛が続いてもそれで許されるものなら。
何度も何度も許しを請い願う。ここにはいない、死へ追いやってしまった者たちへも。
全身ががくがく震える。胎内が男の分身を締め上げている。初めて侵入してきたものに戸惑いながらも、男のすべてを絞り取ろうと。
愛する者に抱かれる悦びなど何処にもない、ただ痛みと恐怖しかそこにはない。少女は喘いだ。
それでも身体は快楽に震えるように絶え間なく蜜は泉から流れ落ちる。この男から与えられる痛みは自分だけに与えられた甘美な罰だ。
「許して、ゆる、して……ああっ!」

「出すぞ、俺を受け入れてくれ」
その言葉に顔が恐怖で引きつる。それを――それを受け入れたら、自分は。
止められる術もなく、身体の中の男の楔は激しく脈打ち、どくどくと何かが注ぎ込まれた。
とても冷たい、それでいて焼け爛れるような感触が下腹部に広がる。
激しい痛みを感じながら、少女は耐えられず二度目の血を吐いた。黒く赤い溜まりが床の上に広がる。
やがて、胎内の圧迫感と、自分を支えていた男の手の感触が消えた。少女は支えを失い血に染まる床の上にくずおれた。
しばしそのままの態勢で動けなかった。やっと頭だけを起こして自分の背後を見る。
自分を蹂躙していたはずのレムオンの姿は影のように消えうせ、もうどこにもない。
ただ、下腹部と咽と胃の中に残された焼けるような痛み。手足の先が痺れ始めている。
「レムオン兄様、にい、さま……!」
身体の中に注ぎ込まれたのは、恐らくは闇。そうとしか形容できぬ、哀しく恐ろしい、闇そのもの。
そして心の中にも暗い闇が広がってゆく。今まで一度も感じたことのない、深い深い絶望と虚無。そして思い知らされた、自分の無力さ。


戦地で見た、虫けらのように命を散らす数多の兵士達。抗う術もなく殺戮される民。
それと今の自分と何が違うと言うのだ?
勇者というものも所詮、運命のひとつの捨て駒でしかないのかも知れない。
少女は初めて、世界を呪いたいと思った。たぶん、闇に墜ちるという事はこういう事なのだろう。
泣きたいと思ったが泣けなかった。慟哭さえも闇の中にかき消された。
動くことも出来ずに、少女は全身で冷たい床の感触を感じていた。血の匂いと腐敗臭が静かに漂う。

ティアナは床に倒れ伏している少女を見下ろしていた。何も言わない。ただ黙って少女の動かない身体を見つめている。
少女は顔を上げた。そこにティアナの静かな表情を見いだし、何か言おうとした。
しかし、言葉は唇が動いただけで消えた。
ティアナはそっと少女の方へ歩み寄った。そして膝を突き、その乱れた髪をさらさらと手で梳いた。
その表情にはもう、敵意も恐ろしい憎悪も見えない。
少女はやっと、言葉を発することが出来た。しかし、身体中に広がってゆく激しい痛みと痺れがもう自分の命が長くないことを知らせていた。
「私は、死ぬのですか……?」
ティアナは少女のその言葉を聞いて、頷いた。
「ええ……悲しいですか?わたしが憎いですか?」
「……いいえ」
何故か、そう答えられた。あれほどまでに世界を救いたいと思っていたのが嘘か幻のことのようだ。
心の闇が、心地良い。自分は闇に負けたのだ。それでもいいと思えた。
ティアナは静かに自分を見下ろしている。その瞳にはいつの間にか光の王女としての慈愛の色が戻ってきている。
ティアナは以前のように静かな、優しさを含んだ低い声で語りかけた。
「辛かったでしょう?今まで勇者と呼ばれ、重いものを背負わされてきて……あなたの苦しみ、分かりますわ……
「わたしもそうでした。光の王女などと呼ばれ、褒め称えられて……けれど、心の内側の苦しみなど誰にも分かって貰えなかった。
「こんな世界に生まれなければ、あなたとわたしはいいお友達のままでいられたのに……親友になれたかも知れないのに……
「あなたは充分、報いを受けました。こんな世界、わたしが終わらせてあげますから……あなたももう、苦しまなくていいのですよ」
もうその言葉を否定する力は残っていなかった。何故か口元に微笑みが浮かんだ。
安堵にも似た感情が静かに胸の内に広がってゆく。
ティアナの顔が少女の顔に近付いた。そしてドレスの端で少女の口元の血を優しく拭った。
一瞬、少女にはティアナの顔が母の顔と重なって見えた。惑わされているとしても、それでも良いと思った。
ティアナはそっと少女の唇に口付けを落した。生きているものの口付け。温かかった。
「これで良かったのです、あなたとわたしは、もう憎しみ合わなくて済みます」
その言葉を聞いて、少女は目を閉じた。光も音もない、すべてが闇で閉ざされてゆく。耳元でティアナの囁く声を聞いた。
「おやすみなさい……わたしがあなたの安らぎになってあげますから」

-終-